一九四一年一二月二三日。
 アメリカ合衆国首都ワシントンは昨日から降り続く雪によって化粧を施されていた。
 ペンシルバニア通り一六〇〇、「白亜の館」と呼ばれるホワイトハウスも、石材の硬い白の上に雪による柔らかい白が積み重なっていた。
 アメリカ合衆国の大統領府たるこのホワイトハウスはまさしくアメリカ合衆国の象徴であり、その色はアメリカ合衆国の潔白を意味している。
 だが、この潔白の城たるホワイトハウスの西棟の一室で査問にかけられている男は自身の潔白を疑われていた。
 アメリカ合衆国海軍第三艦隊司令長官、ウィリアム・ハルゼー中将。
 大日本帝国海軍第一航空艦隊による真珠湾攻撃を許してしまったハルゼーの責任の所在を確認するための査問会、最高裁判所判事オーウェン・ロバーツを委員長としたことから「ロバーツ査問委員会」が今まさにたけなわであった。

海神の戦記
第二章「急行」


「提督、君は艦隊の乗員に半舷上陸を許していた、間違いないね?」
 わざとらしすぎるほど嫌味たらしく眼鏡を直しながら尋ねてくる査問委員会の委員。ハルゼーが、もし査問にかけられる立場でなかったなら、その嫌味な眼鏡に拳骨をためらわず叩き込んでいたであろう。
 何せ委員は本職の軍人ではなく、それどころか軍歴が一秒たりとも存在しない国務省の職員であった。アマチュアがプロフェッショナルを偉そうに査問にかけようというのだ。
 しかし今のハルゼーは査問を受ける立場にあり、しかも周囲は好意的ではない。ならば自分の欲求を抑えこむのが大人の所業であろう。
「はい、間違いありません」
「それが原因で艦隊のほとんどが人員不足でジャップの奇襲攻撃を許し、このザマというわけだ」
 委員が機械を操作し、部屋の照明が消える。そして代わりに映写機でスクリーンに空母の姿が映し出される。
「空母ヨークタウン、魚雷二本と爆弾六発を受けて大破着底………」
 委員が第三艦隊に編入されて、真珠湾で大打撃を被った空母の名前と被害状況を説明する。そして映写機は次々と別の空母を映し出す。
「空母ホーネット、魚雷四本と爆弾一発を受けて同じく大破着底。
 空母レキシントン、魚雷三本を受けて大破着底。
 空母サラトガ、魚雷七本と爆弾一〇発を受けて大破着底。
 空母エンタープライズのみ、爆弾二発の被弾のみで飛行甲板中破の判定………」
「……………」
 ハルゼーは口に出しては何も言わず、しかし映写機がスクリーンに映し出した写真からは眼をそらさなかった。
「空母エンタープライズはサンディエゴの工廠で修理することになったが、他は絶望的。そう言わざるを得ないですね、提督?」
「………はい」
「我々、委員会としては提督の作戦指揮能力に疑問を抱かずにはいられません」
 眼鏡を何度も直しながら、耳障りな声で言いたい放題に続ける委員。「猛牛」と呼ばれる男は肩を震わせながらも、しかし必死の自制で怒声を封じ込めていた。
黙 れ、下 衆Shut up,vulgarian!」
 だが、ハルゼーのものではない怒声が委員の発言をかき消した。その場の誰もが予想外の発言者に注目する。視線が集まる先にいたのは、濃紺のドレスブルーに身を包んだ四ツ星の海軍大将であった。
「ハ、ハズバンド・キンメル太平洋艦隊司令長官………」
 査問会の委員長であるオーウェン・ロバーツが怒声の主の名を口にする。だがロバーツが怒声の制止を行うより早く、キンメルの第二射は放たれていた。
「ハルゼー中将は、いや、第三艦隊のみならず、合衆国海軍の全軍が日本からの宣戦布告の報告を受けていなかった! つまり未だ合衆国海軍は戦闘状態にはなく、平時の状態であったのだ。たとえどれほど米日関係が冷え切っていたとしても、我々は宣戦布告を受け取るまで戦闘の態勢は取らなかった」
 キンメルが机に拳を叩きつけ、さらに吼える。キンメルの怒声は委員会の肝を夾叉するどころか、轟沈せしめんほどの威圧を放っていた。
「非難されるべきは宣戦布告前からハワイ近海に艦隊を出撃させるという軍事行動に及んでいた・・・・・・・・・・帝国海軍と! 宣戦布告の一報を真っ先に合衆国海軍に伝えなかった国務省ではないか!!」
 キンメルの視線が委員会に出席していた国務省職員である委員に向けられる。キンメルの貫くような眼光を受けて逃げ出さなかった委員は褒められるべきだろうか? いや、あれは「逃げ出さなかった」のではなく、「逃げることを忘れていた」だけだ。
「正しい情報の伝達を遅らせるばかりでなく、合衆国海軍最優秀の空母機動部隊指揮官であるハルゼー中将を非難するなど、この私が絶対に許さんッ!!」
 キンメルはそう言い切ってしまうと腕を組んで席に座りなおした。キンメルの怒号の斉射を浴びた委員は震える膝に苦労しながら席に着いた。それを見た初老の紳士が静まり返った委員会に音の波紋を立てた。
「キンメル長官の言う通りだ。確かに私は真珠湾攻撃の当事者に話を聞くために委員会を立ち上げたが、それは騙まし討ちを受けた哀れな被害者に追い討ちをかけるためではない」
 紳士は椅子に腰掛けたまま穏やかな口調で続ける。
「我々が為すべきは太平洋の向こう側と大西洋の向こう側にいる敵を打ち倒すことだ。責任のなすりあいは今やることじゃあない」
 紳士の声は終始穏やかなものだった。そして紳士は自らの椅子に付けられた車輪を手で回し、すーっとロバーツの席まで座ったまま移動する。そう、紳士は脚が不自由のため車椅子で生活をしていた。
「ロバーツ君、くれぐれも勘違いしないでくれたまえ」
 紳士、アメリカ合衆国第三二代大統領、フランクリン・ルーズベルトは微笑みながらロバーツの肩をポンと叩いた。



「すまない、キンメル………」
 ルーズベルトの言葉が締めの言葉となり、この日の査問会は終了となった。ハルゼーはキンメルと肩を並べてホワイトハウス西棟の廊下を歩きながら頭を下げた。
「真珠湾の件なら気にするな。アレは誰が指揮していても同じ結果となっただろう」
 キンメルはそう言って親友にこれ以上の謝意は無用だと言い切った。
「しかし帝国海軍め、好き勝手に暴れまわってくれるものだ」
 キンメルが苦虫を噛み潰した表情で舌打ちする。
 結局、一二月七日(ハワイ時間)に帝国海軍が真珠湾を奇襲攻撃した際、帝国海軍は攻撃隊を四度も放ち、第三艦隊の空母だけでなく真珠湾の港湾施設や燃料タンクを破壊しつくしていた。これが判明するのは戦後のことであるが、第一次攻撃隊と第二次攻撃隊によってハワイの飛行場と空母を叩けたことによって帝国海軍は早期撤退をやめ、第三次攻撃隊と第四次攻撃隊を発進させていた。
 魚雷による対艦攻撃ではなく、爆弾による対地攻撃に主眼を置いた第三次攻撃隊と第四次攻撃隊は真珠湾の港湾施設を狙い、結果として真珠湾の燃料タンクも破壊していった。燃料タンクが破壊された際に漏れた重油が真珠湾の海に撒かれ、そして海までも燃やし尽くした。
 真珠湾が戦前の姿を取り戻すのには年単位の時間が必要となるだろう………。
 真珠湾で大破着底した三隻の空母の戦列復帰が絶望的だと国務省の査問委員が語ったのにはそういう理由があった。
「新聞は真珠湾をどう報道しているのだ?」
「一応、日本人は宣戦布告を届けてから真珠湾に攻撃を加えた。私は真珠湾に向けて出撃した時点で軍事行動だと見なしているが、『卑怯な騙まし討ち』と世論は捉えていないようだな」
「米日開戦の通達が合衆国軍に届くのが遅かった、それは合衆国の落ち度だと国民は思ったということか」
「それに真珠湾よりもマレー沖の方が今はホットなニュースだよ」
「………話は聞いているが、本当なのか?」
 腹の底から搾り出すようなハルゼーの声。キンメルは皮肉めいた微笑を浮かべる。
「おいおい、合衆国海軍きっての航空主兵論者、『戦艦なんぞ儂の空母で沈めちゃる』と鼻息を荒くしていたのはお前じゃないか、ハルゼー」
「ああ、合衆国海軍の空母機動部隊ならそれはできると信じていたさ。だが、ジャップがそれをやるとは………」
「まぁ、正確には空母機動部隊じゃなくて陸上基地から発進した双発攻撃機らしいがね」
 真珠湾攻撃からわずか三日後(アメリカ基準)の一二月一〇日、南シナ海で帝国海軍の第二二航空戦隊が陸上攻撃機による王室海軍東洋艦隊に対する攻撃を敢行。同艦隊の主力であった戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レパルスの撃沈に成功していた。
 これによって英国はアジア方面の制海権を喪失し、帝国陸軍によるシンガポール攻略を阻むことはほぼ不可能となっていた。
 だが、世界中の海軍関係者にとっての衝撃は、「航空機のみでの攻撃で戦艦が沈んだ」という結果であった。マレー沖海戦によって航空機の攻撃力が戦艦の防御力を大きく上回ることが実証され、洋上で航空機を運用できる航空母艦の価値は大きく向上していた。
 真珠湾攻撃で航空母艦三隻を失った合衆国太平洋艦隊にとって、それは最大の凶報であった。キンメルは訓練によって真珠湾を出ていたために真珠湾攻撃の災禍に遭遇しなかった麾下の戦艦部隊を中核に帝国海軍と戦うつもりだった。航空母艦が無くとも海の女王である戦艦が無事ならば恐れることは無い。それがキンメルの作戦だったのだ。
 しかしマレー沖海戦で航空機の価値が向上したことでキンメルの作戦は根底から覆っていた。それがキンメルにとって忌々しい。
「………とにかく、査問会はもうしばらく続くだろう」
 キンメルはゴホンと咳払い一つしてから話題を変える。
「だが、査問会が終われば第三艦隊司令長官としてお前の力、存分に振るってもらう。だからあんまりアバレるんじゃないぞ?」
 懸念事項をすべて心の内に押し込み、努めて明るく振舞う。
「そいつはありがたい。だが、儂が査問会にかけられている間、第三艦隊はどうするんだ? エンタープライズの損傷程度なら二週間もあれば復帰できるはずだが………」
「安心しろ。お前が不在の間の代理ならすでに見つけている」
「儂の代わりがそう易々と務まるかな?」
 どこかおどけた口調で尋ねるハルゼーに対し、キンメルは目の前の親友の声真似で応えた。
「空母機動部隊の指揮官として極めて優れた技能をもつだけでなく、その性格並び頭脳においても極めて優れた人物だ。さて、ハルゼー、汝に問おう、第三艦隊を預かる男、誰かわかるな?」
 キンメルが語った人物評は、かつてハルゼーがその人物に対して語った人物評の流用であった。だからハルゼーは言われるまでもなく、答えを理解していた。
「勿論だ。アイツが預かってくれるなら、これ以上の安心はあるまいよ」
 ハルゼーはニヤリとキンメルに笑顔を浮かべた。キンメルも呵呵と大笑し、親友の背中を叩いて言った。
「さ、飯でも食いに行こう。実は近所に美味いステーキハウスを見つけたんだ。美味いアーリータイムズも飲めるぞ」
「そいつはいい。査問会の嫌味ったらしい顔を忘れるにはちょうどいいな」
 二人合わせて七つの星を持つ海軍大将と海軍中将は、まるで大学生のような顔つきでホワイトハウスを後にした。



 舞台は東 海 岸ワシントンから対岸に飛んでサンディエゴに移る。
 ドックで修理を受けるエンタープライズの姿が窓の外に見えるサンディエゴ軍港の一二号館三階会議室。エンタープライズが修理を受けている間、司令部を地上施設に移すことを決定したためにこのような光景となっていた。
「私が第五艦隊司令長官となるレイモンド・スプルーアンスだ。よろしく頼む」
 そう言って挨拶を始めたのは、自己紹介の通り、第五艦隊司令長官を任命されたレイモンド・スプルーアンス海軍中将だ。スプルーアンスは自分の幕僚となる男たちの顔を見回してから続けた。
「さて、最初に幾つか述べておこう。まず、第五艦隊と第三艦隊の差は司令長官だけであること。つまりハルゼー中将の留守を私が預かる間だけ第五艦隊となる。司令長官が変わっても艦隊の編成も、幕僚人事も変更は行わない。
 次に、私は諸君ら一人一人について、いささかの不安も抱いていない。君たちは誰もが正しい資質を持つ者ライトスタッフであるし、私もそれを知っている。私が何を証拠に君たちのことを知ったかは、私がハルゼー中将をよく知っているからだと言えばいいだろう。私が知っているハルゼー中将は、君たちの中に不適任者がいたら迷わず海に投げ込んでいるはずだ。君たちの制服は海水に濡れていない。だから、君たちは正しい資質を持つ者ライトスタッフだ。
 ………私からは以上となる。諸君、よろしく頼む」
 スプルーアンスはそう言ってから敬礼。答礼は一糸乱れぬ見事なものだった。真珠湾攻撃でどん底に落ちた第三艦隊であるが、その心意気はまだ折れていない。まだ、我々は負けていないのだ。
 スプルーアンスはそれから幕僚を集め、第五艦隊に属する全艦艇の現状を視察。真珠湾で損傷を被った艦が何隻いて、修理にどの程度の期間と予算を要するのかを確認していった。
 慌しく息をつく暇もない時間が過ぎていく。それでもスプルーアンスは仕事に忙殺されるつもりはなかった。常人では考えられないほど手早く第五艦隊の現状を纏め上げてからスプルーアンスは一人の男を呼んでいた。
「ユーキ・テフラ中佐、入ります」
 第三艦隊から引き続いて第五艦隊航空参謀となったユーキ・テフラが若干強張った敬礼をしながらサンディエゴ軍港一二号館四階に設けられた第五艦隊司令長官用執務室に入ってきた。
「よく来てくれた」
 スプルーアンスはそう言うと立ち上がって自らの分とテフラの分と、二杯のコーヒーをカップに入れて差し出した。ハルゼーとは異なる智将タイプに見えるスプルーアンスだが、目下の者に対して飾らないという点ではハルゼーと共通しているようだった。
「あ、ありがとうございます」
 とはいえスプルーアンスと組むのは初めてのテフラはまだ言葉を選ぶ必要があった。ハルゼー相手のように潤滑に口を動かせるようになるほど、目の前の第五艦隊司令長官のことを知ったわけじゃないのだから。
「そう緊張しないで欲しい。それにこのコーヒーも単なるインスタントコーヒーだしね」
 スプルーアンスはそういうと机の上に置かれていた握り拳ほどの大きさのシュガーポットの蓋を取って砂糖を入れる。テフラもそれに倣って黒一色の液体に白の粒を撒く。
「………インスタントコーヒーの発明者は日本人だという話を知っているかな?」
「確か、カトウとかいう日本人でしたね。もっともインスタントコーヒーの特許を取得したのはアメリカ人でしたが」
「アメリカ人が取得した特許はカトウがインスタントコーヒーを発明してから七年後のことでもある。黄禍論を下敷きに、日本人との戦争は容易いものだと考えている者は多いが、彼らは決して白人に対して劣ったりはしない」
 スプルーアンスの瞳から笑気が消える。テフラはスプルーアンスの眼をじっと見ながら次の言葉を待つ。
「私たち合衆国海軍は、持てる限りを尽くして戦わなければならない」
「はい、その通りだと思います」
 テフラの同意を受けたスプルーアンスの瞳に再び微笑みの色が浮かぶ。
「テフラ中佐、君が安易なおべっかを使わないことはハルゼーから聞いている。その君に同意してもらえたのは嬉しいよ」
「あ、いや、私は………」
「ははは、何も責めているわけじゃない。気にしないでくれ」
 スプルーアンスはそう言って、「では、本題に入ろう」と告げた。
「まだ正式な命令は受けていないが、キンメル長官は大西洋艦隊から空母レンジャーとワスプを回航することを依頼した」
「!?」
 レンジャーは合衆国海軍にとって初の「設計段階から空母だった」空母である。エンタープライズより小さいが、エンタープライズに匹敵する航空機搭載量を誇っている。
 もう一隻のワスプはヨークタウン級の縮小版ともいうべき空母で、サイズ的にはレンジャーよりも小さいくらいだ。しかし航空機の搭載量は七六機と戦力としては十分である。
「エンタープライズの修理自体は年内に終了する。四二年はこの三隻の空母で帝国海軍と戦うことになる」
「しかし、それでは大西洋艦隊に空母がいなくなりますが?」
「ドイツ海軍の主力は潜水艦だ。潜水艦なら駆逐艦で対処できる。イタリア海軍は地中海の出入り口をイギリスがガッチリと抑えている以上、脅威ではない。だから空母は大西洋艦隊には不要、という話だ」
 キンメルが大西洋艦隊を口説き落とした時と同じ論調を披露するスプルーアンス。テフラもその論調には賛同の意を示した。
「なるほど。しかし帝国海軍の空母は大型の空母だけで六隻、しかも一万トン程度の小型空母はもっと沢山います。逆さに振っても三隻しかない我々とは違って………」
「それを知恵でカバーするのが我々の仕事というわけさ、テフラ中佐」
 スプルーアンスはそう言ってから、ふと思いついたことを尋ねた。
「………そういえば君の名前は苗字も含めて変わっているな。苗字のテフラはケルト神話における海の神の名前。そして名のユーキは最初はロシア人によくあるユーリかと思ったが………」
「ええ、ユーリYuriではなくてユーキYukiになります」
 そう言ってテフラは微笑むが、その表情は作られたぎこちなさが見て取れた。恐らく彼の名前に何らかのコンプレックスがあるのだろうが、スプルーアンスはそれを根掘り葉掘り尋ねるほどいやらしい男ではなかった。
「いや、今は君の名前より三隻しかない空母の運用法だな」
 スプルーアンスはそう言って話を逸らす。テフラはスプルーアンスに対して目配せで謝意を示し、自分に与えられた職務を全うするべく頭のスイッチを切り替えた。



 ………ここで神の視点で語り始めることを許していただきたい。
 一九四一年一二月八日(日本時間)に大日本帝国はアメリカ合衆国、イギリス、オランダに対して宣戦を布告し、これらの国家に対する攻勢を開始していた。
 真珠湾攻撃とマレー沖海戦の結果、太平洋西岸とフィリピン近海、南シナ海の制海権は大日本帝国が手中に収めることとなり、帝国陸軍はほぼ無傷のままフィリピン、マレー半島、インドネシアへの上陸を果たしていた。
 先ず一九四二年二月一五日にシンガポールのイギリス陸軍が降伏。
 インドネシアでの戦いも順調で、一九四一年三月頭には完全制圧が可能との目処が立っていた。
 そして最後に登場するのがフィリピンであった。
 フィリピンを防衛するのはダグラス・マッカーサー率いるアメリカ極東軍はフィリピン最大の都市であるマニラの防衛は兵力、火力、地の利の三点が足りないために不可能であると判断し、ほぼ全軍をバターン半島とコレヒドール島に転進させての篭城作戦を取っていた。
 アメリカ極東軍は寡兵であったが、帝国陸軍第一四軍の数度に渡る攻撃をすべて跳ね除けることに成功していた。
 真珠湾攻撃の騙まし討ちの喧伝の効果が思ったより薄いことに落胆していた合衆国首脳はアメリカ極東軍の奮戦を宣伝することで合衆国国民の戦意を煽ることにしていた。それ自体は一定の効果があった。それは合衆国陸海軍の志願者数が急増したこと等のデータでハッキリと現れている。
 だが、このアメリカ極東軍の奮戦を宣伝することが、次なる悲劇の始まりだということを一体何名が理解していただろうか………?
 一九四二年三月三日、アメリカ合衆国大統領フランクリン・ルーズベルトは自らの執務室に合衆国艦隊司令長官アーネスト・キング大将を呼び、こう告げたという。
「フィリピンのアメリカ極東軍が崩壊寸前だ。海軍は今すぐフィリピンへ急行し、同部隊を救援してくれたまえ」


次回予告

「戦友の命を救うため」。
 それは命令される側の自由意志を奪う文字通りの「殺し文句」。
「さぁ、急げ! 戦友の命が尽きる、その前に!!」
 命を救うために整わぬ戦備で死地へと向かう。
 では、我々の命は誰が救うのか。誰かが忌々しげに呟く。

次回、海神の戦記
第三章「空に舞う」
我々の命を救うのは、我々が出した知恵だ


第一章「日米開戦」

第三章「空に舞う」

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