一九八五年五月一〇日。
 人類に残された時間はあとわずかだった。
 戦争管理人アドミニスター最後の生き残りにしてすべての元凶であるヘッツァー=コバルト・ダンケルハイトが、人の遺伝子を組み替えて生物兵器とする細菌兵器GBVを世界中に散布したからであった。
 コバルトによって滅ぼされた異世界レパルラントからこちらの世界に戻ってきたユウ・ブレイブは対GBVのワクチンを用意し、日本の皇族を経由して量産させておいたのだが、GBVは改良型であったために絶対的な効果にはならず、GBVの進行を抑える程度の効き目しかなかった。
 ブレイブと同じく異世界からコバルトを討つためにこちらの世界に戻ってきたマスクド・シャインはマシンヘッドの本拠地である箱舟に殴り込みをかけ、コバルトを追い詰めてGBV散布の停止とワクチンの生産を行わせる作戦を提案。それはもはや作戦という次元ではなかったが、人類に他の手段はなかった。
 繰り返す。人類に残された時間はあとわずかなのだ。
 霊子甲冑 皇武と特機ガンフリーダムMk−U、そしてPA部隊クリムゾン・レオを載せて、宇宙戦艦ヤマトは箱舟を目指して出港したのだった。



葬神話
第一六話「ノアの箱舟」



 北米を発ったヤマトは大西洋に浮かぶ超巨大人口島「箱舟」を目指して進む。その間、ヤマトのブリーフィングルームでは最終確認が行われていた。
「これが箱舟です。全長八キロ四方の正方形型の超巨大人口島………」
 箱舟を遠くから映した写真を背に源 猛中佐が言った。どれくらい遠くから撮ったのかはわからないが、その遠近法を無視したかのような圧倒的存在感は伝わってきた。
「スゴイな、こりゃ本当に島だな」
 シャインが感嘆の声を漏らした。源はそれを聞いて自嘲気味に言った。
「この箱舟の建造自体が歴史に残る一大プロジェクトでしたから。もっとも、建造当初とはまた別の意味で歴史に残る結果になりましたが」
 源はそう言うと箱舟の内部構造を映した写真に切り替えた。
「ノアは箱舟の中枢に収められています。中枢に向かうには箱舟の各所に設置されている換気用のエアダクトを破壊し、そこから侵入するのが一番でしょう。その役目をガンフリーダムMk−Uと皇武にやってもらいます」
「はい!」
「ロジャー」
 アーサー・ハズバンドは元気よく答え、シャインは拳を固く握り締めた右腕を胸の前にかざしてポーズをとって言った。
「クリムゾン・レオのみなさんには箱舟に強行着陸するヤマトの周辺に展開、ヤマトを護ってください。ヤマトがないと特機部隊がワクチンを持ち帰ったとしても帰る事ができなくなりますからね」
「了解した」
 クリムゾン・レオを代表して隊長のレオンハルト・ウィンストンが頷いた。
 その時、ヤマトの艦内全域に警報が鳴り響いた。何事かと慌てるものはいない。みな、いよいよ来たのかと身構えるばかりだった。



 ヤマトの艦橋では冷静に指示が飛ばされていた。艦長の元山 満大佐は紆余曲折色々あったが、ヤマト乗員の信頼を得ることに成功していた。
「マシンヘッド接近!」
「レンジ四に侵入するのに何秒かかる?」
「あと二分です!」
「では三〇秒で全兵装の使用準備、いいな?」
「アイアイサー」
 艦長用のシートに腰を落ち着けているが、元山は脚が震えるのを止められなかった。一体、どれくらいの規模でこちらに攻撃を仕掛けてくるだろう。おそらく、箱舟にあるゴーストX−9のすべてを出撃させてこのヤマトを迎撃するのだろう。果たしてヤマトはその攻撃に耐え切ることができるだろうか。ヤマトは大和のように、雲霞の如き航空機の攻撃で沈むのではないだろうか………。
 そんな元山の肩を叩いて落ち着くように促したのは警報を聞いて艦橋にやってきたシャインだった。
「艦長がそんな様子じゃ部下もビビッちまうぜ。上に立つ奴は常にふんぞり返って部下を安心させねーといけないんだ」
「は、はい………」
「全兵装使用自由」
 緊張のためなのか皮下脂肪が厚いためなのか。全身に汗を滲ませた太った部下が報告した。
「ゴースト、レンジ四に侵入!」
 レーダー員の報告に元山はシートからすっくと立ち上がって言った。
「波動砲で撃て!」
「了解、波動砲充填開始………」
 ヤマトの艦首には艦首極大出力粒子砲がある。通称「波動砲」と呼ばれるこの兵器はガンフリーダムのGキャノンと同じ原理の粒子砲だが、ヤマトのそれはヤマトの巨体に相応しく、ガンフリーダムのものより幾倍も強力であった。
「エネルギー充填一二〇%!」
「撃てぇーッ!」
 ヤマトの艦首から極太のエネルギーが発射される。発射と同時にヤマトは回頭を行い、超弩級大出力のエネルギーでゴーストの編隊を斬り裂いた。まだまだゴーストの編隊はヤマトから遠い位置にいたために、シャインたちの目に映る爆発の閃光はまるで花火のように淡く小さなものだった。
「やったか?」
「敵編隊の三〇%を撃墜。敵編隊、なおも接近中! 三〇秒後にはレンジ二に侵入します」
「波動砲の第二射を放つ余裕はもうないか………。レンジ二に侵入次第対空ミサイル発射。PA部隊はもう出しておいて、レンジ一に侵入したゴーストを撃たせるんだ」
「了解!」
 レンジ二にゴーストが接近した時、ヤマトの艦体のあちこちに設置されているミサイル発射管から一斉に対空ミサイルが発射された。大空に真っ白い航跡を残して対空ミサイルがゴーストをさらに撃墜する。しかしゴーストの数はぼう大という表現ですら生ぬるいほどに多い。ヤマトの必死の迎撃をすり抜けて、ゴーストの異形としかいいようのないグロテスクなシルエットが近づく。
「対空パルスレーザーで弾幕を張れ!」
 ヤマトはハリネズミのように対空パルスレーザーの銃身を持ち上げ、銃口から光の矢を次々と放つ。音など問題にしない光の矢はゴーストやゴーストの放った対艦ミサイルを容赦なく射抜く。対空パルスレーザーに死角はなかった。
 だがゴーストの数はヤマトを設計した技術者の想定をはるかに上回るほど多かった。対空パルスレーザーの間をすり抜けた対艦ミサイルが一発、ヤマトの右舷中央部に突き刺さる。全長二六〇メートル以上の巨体が着弾の衝撃でグラリと揺れる。
「被害報告!」
「右舷装甲が少し焦げた程度です。戦闘、航行共に異常ありません」
 被害軽微也。その報告に元山はふぅ、と額の汗を拭った。
「安心するのは早いぞ」
 厳しい表情でそう言ったのはシャインだった。
「被弾したと言うことは、このヤマトの対空砲火も完璧ではないと言うことだ。これから先、必ず被弾が相次ぐぞ」
「お、脅かさないで下さいよ。このヤマトは必ず箱舟までたどり着いて見せますから」
 元山はシャインの言葉に引きつってはいるが笑顔を向けた。それを見てシャインは初めて相貌を崩した。
「ふふ、さっきの俺の言葉、早速実践してくれて嬉しいぜ」



『これ以上ゴーストを接近させるのは危険だ! ガンフリーダムを出してくれ!!』
 元山は格納庫のガンフリーダムMk−Uに応援を要請した。
 ガンフリーダムMk−Uは空を飛べてゴーストにも負けない機動性を誇る特機で、申し子であるアーサー・ハズバンドの腕前が合わさればゴーストなど敵ではなかった。だが逆に言えばガンフリーダムMk−Uくらいしかヤマトには頼れるモノがなかった。ドラグーンは飛行可能ではあるが、飛ぶために造られたゴーストX−9と比べては格段に劣るからだ。
「駄目だ! 出力が全然上がらないぞ!!」
 しかしヤマトが箱舟を目指して飛び立って以降、ガンフリーダムMk−Uの動力炉である「聖龍」は沈黙を護っていた。PA部隊の整備担当としてヤマトに乗り込んでいた田幡 繁とマーシャ・田幡は一向に力を発揮しようとしない「聖龍」に苛立ちを覚えつつあった。
「クソッ、何が純然たる願いの力を持った動力炉だ! 今、動かないでいつ動くって言うんだよ!!」
 田幡は苛立ちに任せて拳をガンフリーダムMk−Uに叩きつけたが、それでも「聖龍」は何の反応も示さなかった。
 再びヤマトが被弾して格納庫も激しく揺れた。「聖龍」が力を発揮しないために灯り一つないガンフリーダムMk−Uのコクピットでアーサー・ハズバンドは一人ボンヤリと考え事をしていた。
 GBVと呼ばれる細菌兵器の散布。
 それが人類絶滅の原因になろうとしていた。みんなはGBVによって別の何かに変わろうとする肉体を、ワクチンで抑えながら戦っている。
 だが、僕にはそれがなかった。GBVに対し、僕の体は何の反応も示していない。
「………やはり僕が申し子だから?」
 申し子。日米共同の研究で生み出された遺伝子を改造された超人間。だが申し子で長生きできた者は僕しかいなかった。申し子の計画に何かあったのだろうか………?
 アーサー・ハズバンドは唯一何の変化も示さなかった己の肉体を不気味に思い始めていた。その自らの肉体への不信はアーサーから戦う力を奪っていた。
 不意にガンフリーダムMk−Uのコクピットハッチが開く。
「アーサーはん」
 そして訛りのキツイ英語でアーサーに話しかけてきた者がいた。それはマスクド・シャインの伴侶で、パーティーで使われるような赤いジョークグッズの眼鏡で顔の多くを覆い隠し、チュルルと名乗っている女性であった。
「彼女に任せて大丈夫なのかい?」
 チュルルは「自分がアーサーと一対一で話をする」と言って田幡たち整備兵に人払いを願った。どんな手を尽くしても「聖龍」が反応を示さないし、一度引いた所から問題を見直す必要があると判断した田幡 繁はチュルルの申し出に応じてチュルルとアーサーの会話が絶対に聞こえない場所に退いたのだった。
「私たちには打つ手が思いつきすらしませんからね。彼女にこの場は任せてみましょう」
 そう言うと田幡はガンフリーダムMk−Uのどこに問題があるのかチェックリストの項目から細かく調べなおし始めたのだった。



「あ、はい? 何でしょう?」
 コクピットを開けて声をかけてきたチュルルに対し、アーサーはどこか上の空で応えた。
「何や、いつも大人しいなぁとは思てたけど、今日はもっと覇気がない感じやで。もっとシャキッとしてや」
 チュルルはグッと体を前に倒すとアーサーの額をピンと弾いた。
「は、はい」
「……………」
「………? チュルルさん?」
 アーサーは自分をじっと見つめていたチュルルに声をかけた。チュルルは恐る恐るといった声で尋ねる。
「一つ、訊いてええかな? アーサーはんてどこで生まれたん?」
「ああ、僕ですか? 僕はあの『申し子』計画で生み出されたんです」
 そのことで好奇心と畏怖が交じり合った視線で見られることにアーサーはなれている。だからアーサーはからっと陽気に言ってのけた。「スゴイでしょ?」と冗談めかして付け加えようとしたが、眼鏡越しに見えるチュルルの眼差しを見てやめた。アーサーを心から気遣ってくれていることがわかる眼差し。それはアーサーの記憶の奥底に眠る何かを掘り起こした。
(そうみたいや………。うちは昔から発明こそ人を幸せにする糧やと思ってたんやけどなぁ………)
 記憶の奥底で、チュルルさんが幼い僕たちを前にしてそう呟いている。
(美味しい料理を作る包丁ですら人を殺める事ができる。要は使い方だろうさ………)
 チュルルの肩を抱き寄せながら妻の悲しみを慰めるシャイン。
「あれ………?」
 アーサーは顔に左手を添えて頭を振る。アーサーの記憶はどう考えてもおかしかった。何故子供の頃の僕がチュルルさんたちに会っているのだ?・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「思い出したみたいやね………」
「一三年前、一九七二年のクリスマスイブの夜に、僕は貴方たちに会っている………? まさか、嘘ですよね?」
「嘘やない。うちらはこちらの世界とは違う異世界レパルラントから来てるからね。こっちとあっちじゃ時間の流れ方もちゃうねん」
 チュルルの言葉に信じられないと口を開けるアーサー。だが事実を目の前にしては信じる他はなかった。
「じゃああの時に僕の髪の毛を一本抜いていったのはなぜなんです?」
 アーサーが長年の疑問を口にした時、チュルルの表情が曇ったのがわかった。だがチュルルは真摯に答えてくれた。
「………ワクチン作るためにGBVのサンプルが欲しかったからや」
「え?」
「申し子計画というのはやなぁ、人の遺伝子にあらかじめGBVを組み込んで産むと言う計画やってん。偶然なのか何なのか、今となってはわからへんけど、その申し子計画で唯一長生きしたアーサーはんに今回散布されたGBVが一切効いていないのはそういうわけやってん」
 チュルルの言葉を受けてアーサーは自分の手をじっと見た。その手は人間の肌を持った人間の手にしか見えなかったが、しかし自分の遺伝子には人を異形の怪物とするGBVが埋め込まれている………。
「あのな、アーサーはん………」
「いえ、大丈夫です、チュルルさん」
 呆気にとられていたアーサーだったが、チュルルの言葉を遮って力強く言った。
「僕はずっと考えていました。申し子として生まれ、唯一長生きした僕は何をするべきなんだろうか、と」
「……………」
「今、やっとわかりました。僕はこの時のために生きていたんだって」
 アーサーは拳をグッと握り締めて言った。
「チュルルさんたちはワクチンでGBVを抑えているとはいえ、本調子じゃない………。でも僕なら今でも全力を発揮できる。僕は、この瞬間のために他の申し子のみんなから力をもらってきただと思います」
 アーサーの声には覇気がこもっていた。アーサーは今、戦う意志を取り戻したのだった。そしてアーサーが決意の言葉を口にするのを待っていたかのように「聖龍」に火が灯る。コクピットに灯りが点き、計器類が針を動かし始める。
「あ………?」
「やっぱりな。このガンフリーダムはずっと待ってたんや。自らがパイロットとして選んだアーサー・ハズバンドがやる気を取り戻すのを」
 チュルルはそう言うとコクピットから離れる。
「さ、行ってき。アンタの決意の程を見せて来たり」
「はい!」
 そして閉じられるコクピットハッチ。ガンフリーダムMk−Uのコクピットブロックは壁面のすべてがモニターとなり、周囲の状況が完全に見渡せるようになる。足元を見れば田幡たちがガンフリーダムMk−Uの足元に集まって、全員で帽子を振って見送ってくれていた。アーサーはそれを見て、さらに力がわいてくるのを感じた。
 そうだ。僕が戦おうとした理由。それを今思い出した。
「僕は、戦うために生み出された。そして戦えないで泣いている人たちがいる。僕は、そんな人たちのために戦いたいんです!」
 申し子の施設から僕を引き取って、実の息子のように育ててくれたナナス・アルフォリアはそう言って傭兵の道を志そうとしていたアーサーとケンカした。それはアーサーが優しい心を持っていて、戦場で必ず傷つくであろう事を知っていたから。最終的には売り言葉に買い言葉でナナスの許を飛び出したが、この決意を忘れて戦う事を辞めた時、ナナスはきっと傭兵を志した時以上に怒るだろう。裏切りは人が犯してはならない罪の一つだが、自分を裏切ることは他人を裏切ることよりも重いのだ。
「僕は、裏切らない………!」
 アーサーはガンフリーダムMk−Uを格納庫のハッチの前まで歩かせ、そして艦橋に通信を送った。
「遅くなりました! ガンフリーダムMk−U、出れます!」
『よし、今すぐに出てくれ!』
 グイイイイとゆっくり開き始めるハッチ。ガンフリーダムMk−Uは背中に背負うフライヤーシステムのブースターを全力で噴かして大空へと飛び立った。
『アーサー、聞こえるか?』
 ヤマトを発ったガンフリーダムMk−Uに通信を送ってきたのは田幡だった。
『ゴーストと戦う時は高速形態を取れ。左の赤いボタンを押せ』
 田幡に言われるままにアーサーは赤いボタンを押した。その瞬間、ガンフリーダムMk−Uの特徴的な逆三角形型の胸部装甲が持ち上がり、手足が小さく折りたたまれ、フライヤーシステムの翼が後退翼の形に変形した。こうなったガンフリーダムの空気抵抗は以前のものとは比べ物にならないほど小さくなり、従来では考えられないほどの高速戦闘が可能となっていた。
「なるほど、高速形態………。いける!」
 アーサーは操縦桿を左に倒してロールを決めながらヤマトに襲い掛かるゴーストの群れにガンフリーダムMk−Uを突撃させる。高速形態では二本の長砲身砲が伸びているが、そのうち左の方はMk−Uから使われることになった 荷電粒子銃 ゲイ・ボルグであった。神話の英雄が持つ槍の名を持つ荷電粒子銃は非常に砲身が長く、見た目には銃と言うより確かに槍であった。そのゲイボルグから光線を連射する。光線はゴーストの装甲を易々と溶かし貫いた。
 ゴーストはヤマトを護るガンフリーダムMk−Uも脅威であると部隊を分けて攻撃してきたが、それこそがアーサーの狙いであるといえた。
 一機のゴーストに覆いかぶさるように飛行するガンフリーダムMk−U。アーサーはそこで再びガンフリーダムMk−Uを人型に変形させ、ゴーストを踏み台にして勢いを加速させる。ガンフリーダムMK−Uの左手に搭載されている電磁破砕式手甲 ナックルショットで左手を覆い、左手に局所的な磁場を発生させてさらに別のゴーストを叩き砕く。
 バラバラに攻めては勝ち目がない、とゴーストは各方位からガンフリーダムMk−Uに迫る。だがアーサーはガンフリーダムMk−Uの音声認識システムに向かって叫んだ。
「V−MAXIMUM、発動!!」
 その言葉を聞いたガンフリーダムMk−Uは「Ready」と返答。パイロットの音声入力を持って初めて発動されるガンフリーダムMk−Uの超機動システム「V−MAXIMUM」が発動したのだった。V−MAXIMUMはXN−PAやシム・エムスが使っていたV−MAXを参考に作られた超機動システムで、自機を青いバリアフィールドで包み、高速形態以上の高機動戦闘を可能とさせるシステムであった。
 ガンフリーダムMk−Uの胸部からバリアフィールドが発生され、ゴーストが全方位から発射したミサイルをガンフリーダムMk−Uの本体に触れる前にすべて誘爆させた。誘爆の際の破片は衝撃もすべてバリアフィールドに阻まれたのでガンフリーダムMK−Uは無傷であった。
 ガンフリーダムMk−Uは攻撃を終えてフライパスしようとしていたゴーストに追いつき、そして追い越した。V−MAXIMUM時に発生されるバリアフィールドは追い越されたゴーストにも影響を与え、青い波動に包まれるガンフリーダムMk−Uが周囲を飛び回るだけでゴーストはバラバラと落ちていった。
 そしてゴーストが固まっている空域を見つけたアーサーは一瞬で照準を定め、超極大出力粒子砲であるG−Mk3を放った。
 たった三分間の戦闘でゴーストの六割が撃墜され、ヤマトの安全は確保されたといってよかった。
『よし、もう大丈夫だ。一旦ヤマトに戻って補給を受けてくれ』
「了解、ガンフリーダムMk−U、帰還します」



 箱舟の中枢でコバルト・ダンケルハイトはガンフリーダムMk−Uの奮戦を楽しみながら眺めていた。
「ふふふ。ギュゼッペとか言った男が作った申し子、なかなかやるではないか」
 コバルトは拍手喝采でご機嫌であった。
「さて、ノアよ。いよいよ人類がこの箱舟に乗り込んでくるぞ。どうするのだ?」
 コバルトはノアの凋落を楽しんでいた。輪廻の輪を超えて生き続ける悪魔のような男にとってはすべてが遊びであった。彼は常に刺激を求めていた。その考えが戦争挑発人ヘッツァーとして活躍の原点になっていたのだった。
 だがコバルトによってプログラムに異常をきたされたノアはそんなことを意に介することはなかった。ノアは誰に言うでもなく言った。
『人類………知性トイウ武器ヲ身ニ付ケタ悪魔ノ猿ヨ! 滅ビルガイイ!!』



「いよいよ見えたな………」
 ヤマトはついに肉眼で箱舟が見える距離にまで近づくことに成功していた。
「PA部隊の準備はいいか?」
「はい。いつでも」
「箱舟着陸は何分後だ?」
「一〇分もかかりません」
 部下の報告を受けて元山はうむと頷いた。とりあえず人類は箱舟にたどり着くことができたのだった。後は中枢にいるGBV散布の原因であるヘッツァーを探して捕縛するだけであった。それが上手く行くかどうかは別の話だが、元山が一仕事をやり終えたのは事実だった。奇跡に等しい確率の作戦を一つこなしたのだった。
「この勢いでもう一度奇跡を起こすぞ………」
 元山は誰に言うでもなくそう呟いた。
 だが次の瞬間、彼はとてつもない悪寒に襲われて思わず叫んだ。
「取り舵一杯!」
 操舵手は元山の叫びに思わず反応していた。そしてそれが結果的にヤマトを救うことになった。取り舵で左に傾きつつあったヤマトの艦体をエネルギーの奔流が撫でた。エネルギーの奔流に撫でられたヤマトの艦体部分は完全に消し飛んでいた。
「左舷大破!」
「な、何事だ………!?」
「機関、出力を維持できません! このままでは落ちる………!!」
 機関室からの報告を聞いた元山は顔面を蒼ざめさせた。機関が出力を維持できなければヤマトは海に落ちる。海に落ちればどうなる? それは決まっている。人類は滅ぶと言うことだ………。
「機関室、何としてもヤマトを浮かせるんだ! 大気圏内用の翼を最大限まで展開しろ! 今は高速巡航のためにたたんでいるはずだが、それを伸ばせば少しは揚力が確保できるはずだ!!」
「りょ、了解………!!」
 だがそれでもヤマトの高度は下がるばかりであった。元山はギリッと歯を噛み締めると艦内通話で宣言した。
「これより本艦は箱舟に強行着陸を行う! かなり揺れるからしっかり掴まっていろ!!」
 そして元山は操舵手に言った。
「進路を箱舟に向けろ! 箱舟に艦首を突き刺すくらいの勢いで突っ込むぞ!!」
 着陸というよりは墜落といった体でヤマトは艦体を箱舟に打ち付けることとなったのだった。



 ヤマトが胴体着陸? を行ったのは箱舟の北西側であった。
「作戦に変更はない。繰り返す、作戦に変更はない!」
 ユウ・ブレイブの声がヤマトの艦内と周辺に響き渡る。
「クリムゾン・レオはヤマトの確保。ヤマトの乗員は再離陸のために応急修理を急げ。そして皇武とガンフリーダムMk−Uは中枢を目指すんだ。いいな!?」
 ブレイブは言うだけ言うと無線のマイクを元の場所に戻して座り込んだ。着陸の際にブレイブは右脚を折ったらしかった。右脚に力が入らず、立つことができない。
 無理もない。それにしても墜落同然にも拘らず、クリムゾン・レオや特機部隊が無事だったのは奇跡としか言いようがない。
「大丈夫ですか、ブレイブ大佐?」
 そう言ってブレイブに声をかけてきたのは源であった。源は額から血を流しているが、五体は満足な様子だった。
「君は無事だったのか………。もしかして俺は軍令畑で生きてきたから、鍛え方が足りなかっただけなのか?」
 つまらないことを残念そうに言うブレイブに源は思わず苦笑した。
「何を言ってるんですか、こんな時に………」
「………まったくだな」
 ブレイブは自分の言葉を恥じるように言うとポケットから煙草を取り出して吸い始めた。
「………軍令畑で生きてきた俺にできることはもうないな」
 作戦指導。それだけが自分の取り柄だった。だがこの決戦に作戦など必要ではない。必要なのは滅びの定めに敢然と立ち向かう強固な意志を持った戦士だった。ブレイブは策士であっても戦士ではなかった。
「私だって軍令畑ですよ。でも私にはまだすることがある」
 源の言葉に目を丸くするブレイブ。
「人類の勝利を祈ることです。些細なことかもしれませんが、しかし大切なことだと思います」
「………なるほど。微力だが、ここで祈り続けるとするか、俺たちは」
「はい」
 ヤマトに乗り込んでいた二人の策士はここで役目のすべてを終え、勝利を祈り始めた。



「しかしさっきの一撃は何だったんだ………?」
 ヤマトの周辺を確保するためにクリムゾン・レオは出撃した。しかしレオンハルトにはヤマトを一撃で大破させたあの光がわからなかった。だがその答えはすぐさま得ることができた。
 不時着したヤマトを完全に破壊するべく現れたマシンヘッドの中にレオンハルトは答えを見たのであった。
 それは重武装マシンヘッドとして知られるハンマーよりさらに頭一つ大きな機体であった。その超巨大マシンヘッドの左腕は長大な砲身となっていた。そしてその砲口からは今もうっすらと煙が出ている。
「あの大型………。あれは特機だな」
 そして左腕の砲はGキャノンのような大出力の粒子砲なのだろう。なるほど、Gキャノン級のエネルギーキャノンならばヤマトであっても一撃で大破するわけだ。
『どうするの、レオ? アーサーたちを呼び戻す?』
 レオンハルトの恋人であるルディことドゥルディネーゼ・ブリュンヒャルトの声。だがレオンハルトはその声に頭を振った。
「いや………。彼らには最重要任務がある。呼び戻す訳にはいかん。この場は我らで死守するぞ!」
 レオンハルトはそう言うとスロットルを開いてドラグーンをマシンヘッドの群れに前進させた。それに続く真紅の獅子たち。
 奇跡を当てにしなければ勝ち目がない箱舟での戦いはこうして始まった。



「さ〜て、エアダクトはどっこかな〜っと」
 あえて明るく振舞うことでシャインは緊張から逃れようとしていた。
 この箱舟が敵地であり、そして自分たちの戦力はあまりに少ない。だから緊張している。そう説明できればそれだけ楽だろうか。今のシャインが緊張している原因は別にあった。
 異世界レパルラントを滅ぼした元凶がここにいるから。世界を滅ぼし、輪廻の輪すら超えたほどの敵を相手に本当に勝てるのかどうかと言う不安。それがシャインの体を固くしていた。
『あの、シャインさん』
「ん? どした、アーサー」
『ノアっていうのはこの箱舟の中枢にあるんですよね?』
「まぁ、そうらしいな。少なくともブリーフィングで見た内部の図ではそうなってたな」
『じゃあエアダクトを探さなくてもいい方法があるんですけど?』
「ほぉ。時間がないんだ。いい案があるなら実行してくれよ」
 アーサーは「はい」と言うとガンフリーダムMk−UのG−MkVを足元に向けた。そして一気に放つ!
 G−MkVの放ったビームは箱舟の何十枚とある隔壁をすべて溶かし、箱舟の中枢までの直線路を築いたのだった。
「なるほど。確かにこの方が近道だな」
 シャインはそう言うと箱舟の中枢に続く穴に皇武を飛び込ませた。そしてガンフリーダムMk−Uが続く。
「やれやれ………。乱暴極まりないやり口だな」
 G−MkVの影響なのかどうかシャインたちが知るはずもないが、灯りが一つもない部屋でアーサーの作戦を「乱暴」と評する声が聞こえた。アーサーはその声に聞き覚えはなかったが、シャインはその声を知っていた。彼が持つ魔剣エグゼキューターに残されていた記憶の断片がその声を覚えていたからだ。
「よくぞここまで来たな、とでもいえばいいのかな?」
 コバルト・ダンケルハイトはそう言ってくつくつと笑った。まるで子供のように純粋な笑い声であったが、それは純粋に悪の笑い声であった。シャインは皇武が右手に持つエグゼキューターがうずいているのを感じた。
「コバルトォォォ! 貴様ぁーッ!!」
 そしてそのうずきに促されるままに、皇武は刃渡り一〇メートル以上のPAサイズの大剣となっているエグゼキューターを振り下ろした。


次回予告



「私は宇宙の力を持っている」



「俺たちは………信じている!



「強くなれる、理由があるんだ………。揺るぎないと………ゥオオオオオオオ!!」




葬神話
最終話「神話の終わり」




――これが人類最新の神話の終焉だ


第一五話「滅ぶ世界」

最終話「神話の終わり」

書庫に戻る
 

inserted by FC2 system