「コバルトォォォ! 貴様ぁーッ!!」
マスクド・シャインは魔剣エグゼキューターに促されるままに振り上げた大剣を一気に振り下ろす。大気の壁をも斬り裂きながらエグゼキューターの刃がコバルト・ダンケルハイトに迫る。
ガキィッ!
だがエグゼキューターの刃はコバルトには届かなかった。コバルトの至近で刃は止まってしまったのだ。
「ぬ、ぬがああぁぁぁぁ!!」
皇武の全力で刃を押し込もうとするが、コバルトの至近に張られている見えない壁には刃が立たなかった。
「ふふ、滑稽だな」
コバルトは必死で刃を通そうとする皇武を見て失笑した。
「貴様!!」
コバルトの失笑はシャインの怒りに油を注ぐことになるが、しかし怒りの炎はコバルトには届かなかった。
「皇武、とか言ったか?
コバルトは皇武を品定めするように見回し、そして続けた。
「私のGBVによって一度滅んだ世界でこのレベルの魔導機を作り上げたことは褒めてやろう。精霊増幅装置………。私以外にもそれを作れる者がいたとは正直驚きだからな」
「そうだ。俺は精霊、いわばこの星の生きとし生ける物から力を借りて戦っている………。星を相手に、一人の人間が勝てるはずがない!!」
皇武は全力をさらに上回るパワーでエグゼキューターを押し込む。コバルトを取り巻く見えない壁が軋む音が聞こえ始める。
「なるほど………。だが、お前は一つ思い違いをしているのではないか、時を超えた戦士よ」
「何!?」
「確かに星を相手に一人の人間が勝てるはずがないだろう」
コバルトはすっと右手を高く掲げた。それを合図に箱舟全体が揺れ始める。
「なっ………」
シャインやアーサーだけではない。大気までもが恐怖に震え始めた。
「だが、お前たちの目の前にいるのは一人の人間ではない。唯一絶対の、神なのだよ」
コバルトがそう言い終えると同時に箱舟の床を突き破って一機の巨大人型兵器が姿を現した。皇武と同程度の背丈を誇る漆黒の巨人。エグゼキューターに宿るハムート・バルークスの記憶がさらに震えだす。
「グラン………ハイト………!!」
グラン・ハイトは右手を伸ばし、コバルトを護っていた壁を破ろうとしていたエグゼキューターの刀身を掴み、引きずり上げた。皇武の力を持ってしてもグラン・ハイトの力に抗うことすらできなかった。
コバルトは箱舟の床を蹴るとグラン・ハイトの胸部に埋め込まれた水晶球の中に吸い込まれた。どうやらその中がコクピットのようだった。
「この私の顔を抉り取った忌まわしき魔剣………。砕け散るがいい!!」
コバルトはそう言うとエグゼキューターの刀身を受けていた拳に力を込めさせる。今までありとあらゆるマシンヘッドを一刀両断にしてきた魔剣がまるで泥細工であるかのように簡単に握りつぶされた。
「魔剣が………折れた!?」
アーサーは信じられない光景を目にしていた。ヘッツァーが呼び出した特機は皇武の魔剣を片手でへし折ったのだった。
「クッ………!」
アーサーはスロットルを開き、「聖龍」の力を解放。左手をナックルショットで覆い、グラン・ハイトに殴りかかる。
だがグラン・ハイトはナックルショットの一撃を微動だにせず受け止めた。ナックルショットを叩きつけてもグラン・ハイトの装甲には傷一つつかなかった。それどころか殴りつけたガンフリーダムMk−Uの左手の方が砕ける有様であった。
「う、うわッ!?」
左手がくだけるのを見てアーサーは咄嗟にガンフリーダムMk−Uを後退させる。
「人の純然たる願いを宿らせた『聖龍』か………。そのパワーは皇武の精霊増幅装置に勝っているくらいだな」
「うう………」
「だが、星や人の願いが何だと言うのだ」
コバルトはシャインたちに高らかに宣言した。
「私は宇宙の力を持っている」
「宇宙………だと?」
「それは一体………?」
「この宇宙には何でも飲み込んでしまうブラックホールと言う空間が存在する。私のグラン・ハイトの動力源は縮退炉、即ちあのブラックホールを使っているのだ」
「な、何………!?」
「人の純然たる願いや生きとし生ける物の力が何だというのだ。そんなものは所詮、一惑星レベルでの力でしかない。だが、私の力はそれらを超越した、宇宙規模の力だ。お前たちで敵うはずがなかろう」
コバルトはそう言うとグラン・ハイトを一歩進ませる。それを見たシャインとアーサーは思わず一歩退いてしまう。
コバルト・ダンケルハイト………。何て強力な相手だ。俺たちとは次元が違いすぎるのか………!!
「ふふふ、伝わってくるぞ」
「え?」
「お前たちの怯えきった心の声だ。心地よいな、実に心地よい。希望が打ち砕かれて絶望に歪む人間を見るのは実に楽しいな、はははは」
「………じゃねぇ」
「え?」
「冗談じゃねぇって言ったんだよ!」
皇武が自らの脚を平手で強く叩く。皇武の動きはシャインの意志がトレースされている。シャインは自らの脚を叩いているのだろう。グラン・ハイトに怯えて逃げ出そうとする自らの脚を。
「テメーの好きなことなんざ、絶対にやらねぇ! 俺が好きな事の一つは、自分が強いと思ってる奴に『No!』と断ってやることなんだ!!」
皇武は折れてしまったエグゼキューターを放り捨て、徒手空拳でグラン・ハイトに立ち向かう。
「………私は幾つもの平行世界で戦争を起こした。そしてお前はことごとくで運命に抗っていたな、山本 光!」
皇武のオリハルコン製の鉄拳がグラン・ハイトを打ち付ける。だがナックルショットですら打ち負けたグラン・ハイトの装甲に、皇武の拳が通用するはずがなかった。皇武の拳がグラン・ハイトを殴りつけるたびに皇武の拳が逆に砕けていくばかりであった。
「だが力なく抗うだけでは憐れという物だ。消えるがいい!」
グラン・ハイトの胸部装甲が開いたかと思うと、胸の水晶を中心にエネルギーが集められていく。それは精霊増幅装置でも聖龍でも発揮できないほどに強力で、そして濃密だった。グラン・ハイトは直径三〇センチほどの大きさに縮退炉が生み出すエネルギーを集めたのだった。
「深淵の闇に消えろ………!」
コバルトはそう言うと、グラン・ハイトに集めさせたエネルギーの塊を放たせた。直径三〇センチほどの小さな塊であったが、それはグラン・ハイトが生み出した超小型ブラックホール。腹をすかせて獲物を求める野獣のような貪欲さで超小型ブラックホールは皇武とガンフリーダムMk−Uを飲み込んだのだった。
どちらが上で、どちらが下なのか。
方向感覚がまったく消失した世界でアーサーは目を覚ました。「聖龍」はまだ無事らしく、ガンフリーダムMk−Uのコクピットにはわずかだが明かりが灯っていた。しかし計器類は完全に壊れており、また操縦桿を動かしても反応がないことからガンフリーダムの四肢もバラバラになっているようだった。全周囲モニター越しに外を見回しても黒しかなかった。
「………死んじゃったのかな、僕?」
アーサーは誰に言うでもなく呟くと、ガンフリーダムのシートに背中を預けてそっと目を閉じた。
やれるだけのことはやったと思う。だけど、グラン・ハイトと呼ばれる特機の性能は僕たちの次元をはるかに超越したモノだった。あれじゃ勝てなくて当然かもしれない………。
(諦めるのか?)
ふとアーサーの耳に懐かしい声が聞こえる。アーサーはその声に身を起こし、周囲を見回したがやはり周囲は黒一色しか見えなかった。だがアーサーは確かに声を聞いたのだ。アーサーは確認の意味を込めて呟いた。
「………隊長?」
その声に応じるかのように、ぼんやりとアーサーの前に姿を現したのは傭兵PA小隊ソード・オブ・マルスの隊長だったハーベイ・ランカスターであった。
(久しぶりだな、アーサー)
「隊長………。どうしてここに?」
(この『聖龍』には純然たる願いが込められているのは知っているな? 俺の肉体はリベルの戦場で死んだが、魂はこの『聖龍』でずっと機会を待っていたんだ)
「機会………?」
(そうだ。幾多の平行世界で戦争を起こし、多くの命を奪ったコバルト・ダンケルハイトを倒す機会だ)
「ですが、アイツにはとても勝てません………。ガンフリーダムMk−Uも大破していますし、ここがどこかもわかりませんし………」
(何を言っている。ガンフリーダムはまだやられてはいないぞ)
ハーベイの魂はそう言うとパチンと指を鳴らした。それを合図に一面を覆っていた闇が白い光に払われていく。光はガンフリーダムの四肢が健在である事をアーサーに見せた。グラン・ハイトとの戦いで破損した左腕も修理されているので健在どころか完全になっているといえた。
「これは………」
(このガンフリーダムには人々の願いが込められている。平和を願う、人々の心が)
ハーベイはそう言うとアーサーに背を向け、ゆっくりと遠ざかっていこうとする。ハーベイはガンフリーダムMk−Uのコクピットブロックの壁面をすり抜け、外へ出ていき、そして一点を指差した。その先には箱舟の姿がぼんやりとだが見えていた。
(俺たちは………信じている! お前たちの勝利を!!)
「はい!」
アーサーははっきりと頷くとガンフリーダムMk−Uを箱舟に向けて前進させた。
アーサーと同じ、上も下もないブラックホールの底でシャインは目を覚ました。ガンフリーダム同様に皇武もコクピットブロックに傷はなかった。聖龍と精霊増幅装置が生み出すエネルギーでコクピットブロックだけでも守ってくれたのだろうか。
(すまない………。私は焦りすぎていた)
魔剣に宿るハムート・バルークスの記憶がシャインの意識に語りかけてくる。その言葉は謝意の言葉であった。
(グラン・ハイトの力が圧倒的であることはわかっていた。わかっていたはずだったのだが………)
「気にすんな………」
シャインは静かにそう言った。
「ここって、ブラックホールの中なんだろうな………」
シャインはそう呟くと目を閉じ、耳を済ませる。
「俺、精霊の力を借りて戦ってたけど、そのくせ精霊のことは何もわかってなかったんだろうな」
この世界の森羅万象に宿る命。それが精霊の正体。いつでも精霊は自分の傍にいてくれた。ブラックホールの底で、シャインは改めてその事実に気付いたのだった。
「聞こえる。精霊たちが俺に応援を送ってくれている」
(ヤマモト………)
「エグゼキューターは折られた。だが………」
シャインはゆっくりと身を起こし始める。
「俺の心の剣は、まだ折られちゃいない」
ブラックホールに吸い込まれた際に傷つき、千切れ飛んでいた皇武の手足が瞬く間に再生する。エネルギーさえあればどこまでも自己修復可能なオリハルコンに皇武の精霊増幅装置で生み出されたエネルギーがどんどん送り込まれていた。
「心に剣、輝く勇気………」
皇武が右の手をかざすと空間に亀裂が生じ、一振りの剣が現れた。その剣は魔剣 エグゼキューターであった。魔剣は持ち主の心が折れぬ限り、どこまでもついてきてくれると言っていた。
「いくぜ」
シャインはそう言うと、魔剣を上段に構えて一気に振り下ろした。
斬
魔剣は空間をも斬り裂いた。斬り拓かれた空間から見えるのは箱舟であった。シャインはブラックホールから箱舟までの距離を切り取ったのである。
皇武が箱舟に戻ろうとした時、同じく復活を果たしたガンフリーダムMk−Uがやってきた。
『シャインさん、無事だったんですね!』
「お前も無事だったか」
ガンフリーダムMk−Uと皇武はガッシと互いの手を握り合って互いの復活を祝う。
「さぁ、行くか!」
『はい!!』
ガンフリーダムMk−Uは高速形態に変形し、皇武はそのガンフリーダムMk−Uの上に乗った。そしてガンフリーダムMk−Uは皇武が斬り拓いた空間の斬れ目を飛び越えたのだった。
ヤマトを護っていたクリムゾン・レオは極めて劣勢にあった。
もともとたった数十の部隊で箱舟に乗り込むと言うこと自体が無茶だったのだが、それでも一応の戦線が形成できていたのはさすがだった。
大出力の粒子砲を左腕に搭載した特機を撃墜することに成功していたが、しかしコロッサスやハンマーの大軍に飲み込まれつつあった。
「畜生! 敵が多すぎる! 後退しよう!!」
『バカ言え! 後退できる距離などもうどこにも残っていないんだぞ………うわあああ!?』
ミサイルを回避しそこねたドラグーンがコクピットブロックを直撃されて弾ける。
もはやクリムゾン・レオは小隊規模にまで数が減っていた。
「うおおおお!!」
だがそれでもレオンハルト・ウィンストンを始めとする生き残った獅子たちは奮迅の活躍を見せていた。レオンハルトなどは箱舟の戦いだけで、今まで撃墜した数の三倍の数のマシンヘッドを破壊していた。
しかしレオンハルトもついにコロッサスの放った一弾に捉えられてしまう。フライヤーシステムの翼を撃ち抜かれたレオンハルトのドラグーンは揚力を失って箱舟の大地に墜落してしまう。墜落の衝撃で一瞬身動きが取れなくなったレオンハルトのドラグーンにハンマーが容赦なくミサイルを連射する。
「レオ!」
レオンハルトの恋人であるルディことドゥルディネーゼ・ブリュンヒャルトのドラグーンが
対機甲用五〇ミリリボルバーカノン シューティングスターを連射し、ミサイルを迎撃する。だが「歩く弾薬庫」であるハンマーの放ったミサイルをすべて迎撃することは不可能だった。
だがレオンハルトのドラグーンの前に真紅の巨躯が立ち塞がった。エリック・プレザンスが駆るアルトアイゼン・リーゼであった。アルトアイゼン・リーゼはPAとしては破格の装甲を誇り、多少の被弾ならば意にも介さない。だがさすがにミサイルが命中するのは厳しかった。アルトアイゼン・リーゼの左腕がミサイルによって吹き飛ばされる。だがアルトアイゼン・リーゼは残された右腕に搭載されている巨大杭打ち機 リボルビング・バンカーをハンマーの顔面に叩き込む。あるとアイゼン・リーゼの杭はハンマーの頭部をグシャグシャに破壊した。当然ながら再起不能だ。
「クソ………。これ以上は持たんか!?」
「さっきから何度もアーサーたちに通信を呼びかけているが、応答がない………。もしかしたらやられたのかもな」
「そんな………!」
鉄の意志で戦うクリムゾン・レオだったが、さすがに弱気になり始めていた。だがその時、クリムゾン・レオが戦う上空に異変が生じた。空間に亀裂が走ったかと思うとその裂け目から皇武を乗せたガンフリーダムMk−Uが飛び出てきたのである。皇武はガンフリーダムMk−Uを蹴って箱舟の大地に跳び降りる。そして魔剣をキロメートル単位にまで伸ばすと大きく薙ぎ払った。この一撃で数百のマシンヘッドが一気に破壊される。
「我が剣に、断てぬ物無し!」
「皇武にガンフリーダム………。どうしてあんな所から!?」
「説明は後です! それより………」
箱舟がグラリと揺れる。箱舟の床を突き破ってグラン・ハイトが登場したのであった。
「コバルト………俺たちは戻ってきたぜ!」
皇武は魔剣を元の大きさに戻すと切っ先をグラン・ハイトに向けて言った。
「何度やっても同じ結果しか生まれないぞ」
「そんなこと、やってみるまでわからない!」
アーサーはそう言うとガンフリーダムMk−Uを人型に戻し、グラン・ハイトに向かって飛びながら荷電粒子銃 ゲイ・ボルグを放つ。さっきまでのゲイ・ボルグならばグラン・ハイトの装甲を焦がすことすらできなかっただろう。だが今のガンフリーダムMk−Uが放った光線はグラン・ハイトが張るバリアを突き破り、肩を撃ち抜いたのだった。
「何!?」
コバルトはゲイ・ボルグに撃ち抜かれたグラン・ハイトの肩を信じられないという面持ちで見やる。だが戦闘中に余所見は禁物であった。コバルトが気付いた時にはガンフリーダムMk−Uが至近に迫っていたのである。
そしてナックルショットを装備したガンフリーダムMk−Uの拳がグラン・ハイトをしたたかに打ちつける。ガンフリーダムMk−Uの渾身の左ストレートにグラン・ハイトは大きくのけぞる。すかさずガンフリーダムMk−Uの突き蹴りがグラン・ハイトを襲う。グラン・ハイトはたまらず仰向けに倒れこむ。
「バカな! 縮退炉の出力を聖龍が上回っているというのか!?」
仰向けに倒れこんだグラン・ハイトのメインカメラは雲一つない空を映す。空には太陽が輝き………そしてその太陽を背に、皇武が魔剣を構えて跳んでいた。
「ぐぬっ!」
グラン・ハイトは身をよじって皇武の一撃を回避する。そして素早く立ち上がり、グラン・ハイトは初めて戦うために身構えた。
「バカな………。このグラン・ハイトを相手にできるほどのパワーを発揮しているだと!?」
「わかるまい、コバルト! お前に僕たちの力の源が!!」
人の願いの力は宇宙をも凌駕するほどに大きく、強い。その力が故に聖龍は今まで封印されていたのだ。
「俺たちには理由がある。強くなれる理由があるんだ………。揺るぎない愛と………ゥオオオオオオオ!!」
皇武に力を貸す精霊、すなわち命は地球だけではない。この宇宙全体の命から皇武は力を借りて、引き出していた。
つまりガンフリーダムMk−Uと皇武の力は宇宙よりも大きいのだ。宇宙の一部にすぎない縮退炉のパワーを超えていて当然であろう。
「ぬ!」
コバルトは向かってくる皇武が振るう魔剣をグラン・ハイトの剣で受け止めた。次元を超越することができるグラン・ハイトは異次元にその武装を隠すことができた。今出した剣はその一つである。
一進一退の鍔迫り合いが続くかと思われたが、宇宙全体の力を身につけた皇武のパワーはグラン・ハイトのそれを大きく上回っていた。皇武が押してくる力を必死に抑えていたグラン・ハイトであるが、足が次第に箱舟にめり込みつつあった。つまりパワー負けしているのであった。
「負けん! このコバルト・ダンケルハイトは輪廻の輪を越え、神になるべく運命付けられた男だ! こんなことでは負けん………!!」
「お前は神などではない! 誰かを傷つけることでしか楽しめない、ただの孤独な男だぁーッ!!」
グラン・ハイトの剣が魔剣によって折られ、グラン・ハイトは袈裟がけに装甲を斬り裂かれる。グラン・ハイトもオリハルコン製であるが、グラン・ハイトの修復しようとするエネルギー以上の一撃を受けたために修復は始まらなかった。
「おのれ………おのれ………ッ!!」
コバルトは目を血走らせ、グラン・ハイトの胸部装甲が開かれる。
「こうなれば、この星を飲み込むほどのブラックホールを撃ってくれる!!」
「何!?」
「お前たちには勝てないが、この世界だけは滅ぼさせてもらうぞ!!」
「奴にブラックホールを撃たせるなーッ!!」
皇武が大地を蹴って、ガンフリーダムMk−Uがブースターを全力で噴かしてグラン・ハイトに迫る。
「もう遅い! 滅びろ!!」
コバルトの指がブラックホール発射スイッチに触れようとした寸前、ガンフリーダムMk−UがG−Mk3を放っていた。グラン・ハイトに向けてではない。自らの前にいた皇武目掛けてである。皇武は背中に刀身が触れるほどに魔剣を振りかぶっており、G−Mk3のエネルギーを魔剣の刀身で受ける形となった。そしてG−Mk3の威力を受けて皇武はさらに加速される。コバルトが発射スイッチを押した瞬間、皇武はG−Mk3のエネルギーを刀身に受けて光輝く魔剣をグラン・ハイトの胸部装甲前に完成しつつあったブラックホールに突き立てた。
聖龍のエネルギーを余すことなく放ったG−Mk3の力を刀身に受けた魔剣はブラックホールのエネルギーをかき消すほどのパワーを持っており、グラン・ハイトが地球を飲み込むべく作り上げたブラックホールを霧散させてしまった。
「剣よ、光を呼べ!」
シャインはそう叫ぶとブラックホールを霧散させるほどのパワーを持ったエグゼキューターでグラン・ハイトを斬りつけた。
一度。
二度。
三度………!!
皇武の斬撃はグラン・ハイトを斬り裂き、戦闘不能に追い詰める。グラン・ハイトはもはや立つことすらできなくなり、片ひざを突いてうずくまる。
続いてシャインが行ったことは、グラン・ハイトに、コバルト・ダンケルハイトにトドメをさすこと………ではなく、彼に手を差し伸べることだった。
「早く脱出しろ。グラン・ハイトはもう持たんぞ」
「クッ………。GBVを止めたければ私を殺せ。そうすればGBVは止まるぞ」
コクピットブロックを覆っていた水晶は皇武の斬撃によって割れ、破片が額に突き刺さって血を流すコバルトの痛々しい姿が目に見えていた。
「GBVを止める、か。それも確かに重要だが、お前を殺すわけにはいかない」
シャインは皇武のコクピットから出ると、自ら手を伸ばしてコバルトに脱出を勧めた。
「お前はこれからも生きて、今までやってきたことを償ってもらう。それがお前のやるべきことじゃないのか?」
コバルトの眼には手を差し伸べるシャインの姿がハムート・バルークスのそれに重なって見えた。いや、実際にエグゼキューターに宿るハムートもコバルトに生きるように願っていた。
(ヤマモトの言うとおりだ。お前は生きて、罪を償うのだ。永遠に生きて、な)
「私を………私を許すというのか、ハムート?」
(許す、許さないではない。それに生きることは決して楽な道でもない。生きて罪を償うということはここで死ぬよりも辛いことになるだろうからな)
「……………」
「コバルト、何をしている? 早くこっちに飛び移れ!」
コバルトは手を差し伸べるシャインを見ていたが、グラン・ハイトの計器を見てその表情を改めた。
「………甘い」
「え?」
「甘い、甘いぞ、ハムート・バルークス!」
コバルトはそう叫ぶとグラン・ハイトを再び立ち上がらせた。グラン・ハイトの傷が見る間に癒え始めている。コバルトはまだ戦うつもりなのか………?
「この私はコバルト・ダンケルハイト! その存在は神なのだ! 道は、己で決める!!」
コバルトはそう言うとグラン・ハイトに次元をこじ開けさせる。
「コバルト! 別の次元へ逃げるつもりか!」
皇武に戻ってコバルトを追おうとするシャイン。だがハムートの魂だけはコバルトの真意に気付いていた。故にハムートはシャインに待つように言った。
「………人間の素晴らしさにもっと早く気付ければ、こうはならなかったのかもな」
コバルトはそう言い残すとグラン・ハイトをこじ開けた次元の彼方に潜り込ませた。そして強引に閉じられる次元の裂け目。まだ閉じきらぬ次元の裂け目から皇武やガンフリーダムMk−Uでも立っていられないほどの強い衝撃波が漏れる。だがそれは一瞬で止まった。次元の裂け目が完全に閉じられたからだ。
「ハムート、コバルトは一体………?」
(グラン・ハイトの縮退炉が暴走していることに奴は気付いたのだ。暴走した縮退炉はこの星のみならず銀河そのものを飲み込んでいただろう。奴はそれを防ぐために次元と次元の狭間に自らを封印したのだろう………)
「では………」
コバルト・ダンケルハイトは輪廻の輪を超えた不老不死の存在だ。暴走した縮退炉の中でもその生命を終えることはなかろう。つまりコバルトは永遠の苦痛の中で死ねないまま漂うことになるのだった。
「あれが、彼なりの償いなんでしょうか………?」
アーサーがポツリと呟いたが、その言葉が正しいとも間違っているとも断言できる者は誰一人いなかった。当然だ。数式などと違い、それは答えがでない問題なのだから。真実はそれぞれの中にあるのだろう。
『………ちら………マト………こちらヤマト! ようやく繋がったか?』
雑音だらけだが、ヤマトからの通信が生き残った者たちの耳に届く。
『世界中でGBVの消滅を確認した。そしてノアの機能が停止したことも確認できた』
「え………? それって………?」
『我々は勝ったんだ! 我々は、未来を勝ち取ったんだよ!!』
「やった………」
「やったーッ!!」
生き残った者はそれぞれの形で、未来を勝ち取った喜びを表現した。ある者は喜びのあまりにドラグーンのコクピットから跳び下り、ある者はヤマトのシートで心地よい余韻に浸りながら気を失い、ある者はスキップで箱舟を駆け回る。
こうしてマシンヘッドの叛乱は終わりを告げたのだった。
一九八五年六月一五日。
マシンヘッドの叛乱終結による世界中のお祭り騒ぎのムードも次第に集束に向かい、そして復興が始まろうとしていた。
そんな中、瓦礫の街となったニューヨークでフリージャーナリストのエルザ・システィーは友人でありソード・オブ・ピースの一員であるサーラ・シーブルーと共に歩いていた。ニューヨークから避難していた人々の帰還によって日に日にニューヨークは人の気配を取り戻しつつあった。だがニューヨークの人口が少なくなることはどうしても避けられないだろう。マシンヘッドによって殺された人数は生半可ではないからだ。
「それでもこの街は蘇る………といったところかしら?」
エルザは復興に向かって進もうとするニューヨーカーを写真に収めながら呟いた。
「ところで、ヘッツァー………コバルト・ダンケルハイトの件、最高機密扱いになるらしいわね」
「ええ、最低でも一〇〇年、下手すればもっと長い間人の目には触れることができないって話だそうね」
輪廻の輪を超えた不老不死の男によって今までの争いの歴史が作られた、などとても公表できるものではない。それが国連の判断であった。
「エルザ、それでも貴方は取材を続けるの? 発表できないかもしれないわよ?」
「私自身の手で発表できなくても、私が調べた記事を未来の人々が必ず眼を通す日が来るわ」
エルザはサーラの言葉に力強く言い切った。
「私たち人間は数千年かけて文明を作り上げてきたけど、この数ヶ月でその数千年分の進化量を遂げたと思うわ。そしてこの人類の進化の加速は必ず続く。そうなればあの情報を公表しても動じない社会なんて、意外とあっという間に来るかもしれないわよ」
ヤマトは箱舟での戦いの後、ドックで修理と改装を同時に受けていた。
「この船を旗艦として月面開発を行う、か………」
ヤマトの
ただ元山にとって唯一の悩みは乗員が相変わらずオタク100%で構成されていることだったが、元山もこの数ヶ月の戦争で彼らに理解を示すことができるようになっていた。仲間になろうとは決して思わないが。
「艦長、今後ともよろしくお願いします」
そう言って引き続き元山の部下となるオタクが敬礼したが、元山は彼らの好むネタで応えてしまった。耳に入るのがオタクのオタ会話ばかりだったので、自然に身についてしまったのだろうか。
「この船は軍艦ではない。私を艦長と呼ぶな」
………元山が彼らの仲間になる日も意外と近いかもしれない。
東欧の小さな国、リベル。
エリック・プレザンスは戦争終結後、この地に戻ってきていた。エリックは傭兵時代に稼いだ資金を元手に、この地で孤児院を経営していた。そして戦争によって心を壊された愛する人を看病しながら余生を送るつもりだった。
エリックを乗せた列車は孤児院のある村のすぐ近くの駅に止まる。列車からホームに降り立ったエリックを孤児院の子供たちが走りよった。
「先生!」
「先生、お帰りなさい!」
「先生、先生!」
自分の許へ駆け寄り、そして抱きついてくる子供たちの頭を優しく撫でてエリックは言った。
「ただいま。みんな、待たせたな」
子供たちの中で最年長のアーダルベルトが子供たちを代表して言った。
「先生、その言葉は僕たちじゃなくて、あの人に言ってください」
「あの人………?」
アーダルベルトが合図すると、エリックの周囲を囲んでいた子供たちが一斉に引いた。そして一台の車椅子に腰を降ろした女性が姿を現した。その女性こそがエリックにとって最愛のエリシエル・スノウフリアであった。
「エ、エリィ………」
エリックに愛称を呼ばれたエリシエルは頬を赤らめながら「お帰りなさい、エリック」と応えた。エリックは荷物や子供たちへのお土産が入っているカバンをホームに落としてしまう。呆然としながらエリィの顔を見るばかりだ。
「先生たちが箱舟を攻めてGBVを除去した際に、エリシエルさんの意識も戻ったんです。早く連絡したかったんだけど、先生に連絡がつかなかったから………」
アーダルベルトが事情を説明するが、それはエリックの耳には入っていなかった。エリックは我に帰ると一も二もなく車椅子に座るエリィを抱きしめた。そして溢れる涙を抑えようともせず、エリィの復活を喜んだのだった。
これもコバルトの償いだったのかはわからないが、戦争によって幸福を奪われたエリックは、戦争終結後に幸福を取り戻したのだった。
リベル出身でクリムゾン・レオを率いて戦い続けたレオンハルト・ウィンストンはリベルには戻らなかった。
彼はソード・オブ・ピースへの残留を希望し、これからも平和を乱す邪悪に対し戦い続けることにした。
そして彼の選んだ道には寄り添うように、常にドゥルディネーゼ・ブリュンヒャルトの姿があったという。
後世の戦史研究家は口を揃えてこう言った。
「紅の獅子は平和の象徴である」、と………。
「ではアーサーは月面開発船団に加わるのですか」
田幡 繁の言葉を受けてアーサー・ハズバンドは深く頷いた。
「はい。僕の身体能力の高さは、ああいう過酷な環境でこそ真価を発揮できるでしょうから!」
「なるほどね。月面開発船団ならあそこで使うMW(マシン・ウォーカー。民需用PAのこと)ならうちの旦那様の開発チームが担当することになるだろうね。こんごともよろしくお願いするよ、アーサー」
マーシャ・田幡がそう言ってアーサーの背中を叩いた。身構えていない所をしたたかに叩かれたのでむせるアーサー。アーサーは口を尖らせてマーシャに言った。
「まったく………半年後にはお母さんになるんでしょ? もう少し手加減してくださいよね!」
マーシャ・田幡の妊娠が発覚したのは箱舟での戦いが終わってすぐだった。「お母さんになる」と言われてマーシャは頬を赤く染める。
「大丈夫ですよ。マーシャと私の子供なら、そう簡単にはへこたれません」
田幡 繁はそう言ってのろけ始めた。田幡夫妻ののろけ話はそれから三時間も続いたと言う………。
大日本帝国最大の工業都市である東京に設置された自然公園は、日曜ともなると人で賑わうことになる。人為的に木々が植えられた自然公園だが、工業都市である東京にとって貴重な緑の色を提供してくれる場所だった。
公園で息子と遊んでいたのはエレナ・ランカスターだった。
エレナにとっての最愛の人はすでに故人である。しかし彼が残してくれた子供は彼女の生きがいであった。
だがそれだけでなくエレナは箱舟での戦いが終結した後、確かに彼の声を聞いたのだった。ハーベイ・ランカスターの魂はエレナにこう伝えたのだった。
(俺はいつでもお前たちを見守ってるぜ)
死んだはずの最愛の人から言葉をもらえたのである。自分は何て幸せな女だろうか。
エレナ・ランカスターの人生はとても充実した物になるだろう。それは誰にも否定できない事実だった。
ソビエト連邦首都モスクワに短い夏が訪れる。
「むー………」
毎年夏は大歓迎していたヨシフ・キヤ・マモトであったが、今年の夏はあまり喜べなかった。何せ中東戦線を戦ったことのあるマモトだ。もはやモスクワの夏ですら寒いと思えるようになっていた。
そんなマモトの傍らで、幸せそうに家事に励むのはアンナ・フェルフネロフスキだった。彼女は戦後もマモトの家でマモトに保護される道を選んだのだった。基本的に家事能力が絶無のマモトにとってそれは望ましいことのはずだったのだが、マモトは別のことでも頭を悩ませることになる。
アンナはどうして自分の傍にいようとするのだろうか。もしかして私がアンナを縛り付けているのだろうか………?
アンナの気持ちも知らず、ピントが大いにズレまくった悩みに頭を痛ませるマモトがアンナの気持ちに気付き、求婚するまでには時計の針を何百何千も回転させる必要があった。
シャインとチュルルによって京都の実家に送られたのは高橋 木葉であった。
「ああ、木葉、よく無事だったな〜」
木葉の祖父である高橋 柳也は無事に帰ってきた孫を見て涙を流してほお擦りしそうな勢いで喜んだ。実際にそれができなかったのはシャインが柳也の襟元を引っ張って阻止したからだ。
「高橋さん、俺たちがついてたんですぜ。五体満足で帰ってきて当然でしょ」
シャインは柳也の喜びが過剰すぎると不平を漏らしたが、裏葉がポツリとつぶやいた。
「でも木葉にメイド服を着せたり、暗い未来に頭を悩ませる木葉を放ったらかしにしてたのは事実ですよね」
裏葉の顔は笑っているが、声と気迫は笑っていなかった。シャインはグラン・ハイトと対峙した時以上のプレッシャーに襲われて、思わず後ずさり。
「そ、そういやぁ、これからどうなるんだ、木葉ちゃんは?」
「どうなるって?」
「いや、裏葉さんや木葉ちゃんって全知のスキルを持ってたんだろ? でも俺たちが未来を変えちまったから………」
「そういうことなら私たちはスキルが無意味になってしまったというところですね。これからは普通の人と同じ、未来を手探りで探し続けることになるでしょうね」
「へぇ、なるほど………」
シャインは感心した面持ちで何度も頷いた。
「あ、あの、シャインさん」
木葉がシャインに声をかける。
「私も、私もシャインさんたちのように力強く未来を切り開けますか?」
シャインはニコッと微笑んで親指を立てて言い切った。
「当然! 強い意志さえあれば、誰だってヒーローになれるのさ!!」
「さて、私の役目は終わった」
ユウ・ブレイブはそう言うと仮面を外し、結城 繁治として源 猛に向き合った。
結城 繁治は「鬼畜王」とまで呼ばれるほどの外道作戦を展開し、かつての日米戦争を戦い抜いた。だがそれだけに結城の一族は姓を変え、住む場所を変え………。つまりは過去を消して生きていかねばならなかった。結城 繁治は、その子孫である源 猛に結城一族を代表させて自分を裁かせるつもりだった。
「銃が無いならこれを使えばいい」
そう言って結城が差し出したのは一四年式拳銃だった。日米戦争の際に支給された品だが、時を超えてやってきた結城が持っていたために今をもって新品同然だった。
源は結城から手渡された銃をじっと見ていたが、意を決して銃口を結城に向けた。
パンッ
渇ききった銃声が一つ轟く。銃弾は結城には当たらず、後ろの壁を抉っただけだった。
「………殺さないのか? 君は俺を殺す気満々だったはずだが?」
必中の距離で当たらなかった銃弾。それは源が銃口を逸らしたからだ。結城は源を見つめて尋ねた。
「私は………」
源は拳銃を床に落として続けた。
「確かに私は貴方を蔑んでいた。味方をも犠牲にする戦い方以外にも勝てる道はあるはずだと信じていた」
「……………」
「だが、私も今回の戦争を指揮する立場に立って、初めてわかった。軍を指揮すると言うことは、そういうことなのだ、と」
源はすっと右手を差し伸べた。結城は一瞬迷った表情を見せたが、その手をガッチリと掴んだ。
「貴方は生きてくれ。死んでいった者たちの分も。それが私から貴方に送る言葉だ」
「………了解した」
結城はそう言うと源に対して敬礼を送った。それは背負ってきた重荷からすべて解放された者独特のすがすがしさを感じさせる物だった。そして源も同様の敬礼を見せた。
過去と現在の結城一族は、こうして呪縛から解かれたのであった。
そしてついにシャインたちが
見送りは誰一人いなかった。
当然だ。彼らの存在は本来、この世界にあってはならない存在なのだから。
地平線の彼方からゆっくりと昇り始める朝日を見ながら、三人は異世界へ戻ろうとしていた。
「ほぉ、綺麗な夜明けだな」
ブレイブがしみじみと呟いた。
「みんなで勝ち取った平和、長くいつまでも続いて欲しいね」
チュルルの言葉を聞いたシャインはチュルルの肩に手を置いて言った。
「続くさ。いつまでも、な」
「………そうやね。そう信じよか」
チュルルが顔をシャインの胸元に埋めながら朝日の光を気持ちよさそうに浴びる。二人の様子を辟易した様子で眺めていたブレイブが呆れ顔で言った。
「さて、バカ夫婦。帰るぞ」
「………ああ」
シャインはそう言うと皇武に乗り込み、そして魔剣エグゼキューターを振るって空間を斬り裂いた。
三人の姿は朝日によって眩しく輝きながら………そして唐突に消えた。
こうして神話は終わりを告げる。次から始まるのは、人の暮らしであった。
どこまでも眩しい朝日に照らされながら、人の暮らしが始まったのである。
STAFF ROLL
(IEでのみ動作確認。他のブラウザではちゃんと見れるかどうかわかりません)