葬神話
第六話「光、再臨」


 一九八五年一一月一三日午後三時四六分。
 練馬の旧大日本帝国第三師団駐屯地を間借りした関東方面防衛部隊の司令部では一五〇インチもの大きさを誇る巨大スクリーンに東京新大地が映されていた。青い凸記号が赤い凸記号に対峙しているが、青い凸記号は徐々に後ろに下がりつつあった。
「第二〇四歩兵中隊は現場に留まり、マシンヘッドの進撃を食い止めてくれ。その隙に第三四三装甲巨兵小隊は後方に下がり、補給を行え」
 関東方面防衛部隊の参謀である源 猛は一拍の間も置かずに指示を飛ばし続けていた。彼の指示は常に的確であり、マシンヘッドの進撃に対し最善の迎撃作戦を遂行し続けていた。
 現在、東京府民を大急ぎで千葉や茨城、埼玉といった近隣県に避難させている。そのために東京の交通網は避難民で埋まり、関東方面に分散配置されていた関東防衛防衛のための部隊は関東新大地への進行ルートを限定せざるをえなかった。
 だが厚木や百里といった関東の航空基地から緊急出動した対地攻撃機 風魔10や戦闘攻撃機 電桜が関東新大地に上陸を果たしたマシンヘッドに痛撃を加え、さらに旧帝国陸軍第八戦車大隊の面々の奮戦もあって、マシンヘッドの進撃速度は微々たるものでしかない。この調子で進むのならば住民避難を完了させ、堂々と関東方面の全兵力を集結させ、マシンヘッドとの決戦が挑めるはずだった。
 しかし源は新たに寄せられた報告に目を剥いた。
「マシンヘッドの無人超巨大双胴揚陸艦 デュアルクレイターが一隻、九十九里浜に向かいつつあるだと!?」
 その報告を聞いた時、源は目の前が真っ暗になるのを感じた。しかしギリギリの所で踏ん張り、思考を巡らせて次の策を打ち出そうとする。
 九十九里浜に上陸を果たしたマシンヘッドの数は一〇〇〇。だがマシンヘッドは一体でも尋常でない戦力指数を誇る。実質的には一個師団以上の戦力が九十九里に上陸したといえる。
「ダメだ………」
 しかし思わず源は右親指の爪を強く噛み締めながら苦渋の声を絞り出していた。
「九十九里に向かいつつあるマシンヘッドを迎撃するだけの兵力が我々には無い………。私の作戦は、根底から崩壊した………」


東京新大地 in 1985



 元傭兵派遣会社『アフリカの星』整備班のエレナ・ランカスターは一人息子であるハーベイJr.を連れて九十九里浜に出ていた。
 一一月ということもあって、九十九里浜で泳ぐことは不可能だったが、世界有数の工業都市東京の近郊とは思えないほどに綺麗な砂浜を残す九十九里浜は関東在住の者にとって絶好の日帰り旅行のスポットであったからだ。
 しかしエレナはこの日、九十九里浜に来たことを後悔していた。
 九十九里浜の上空を舞う無数の赤い鋼鉄の怪鳥、MH−02 ファイアボール。九十九里浜の水平線の向こうから現れるデュアルクレイター。
 エレナは自分の命よりも大切なハーベイJr.を危険の真ん前に曝してしまったことに歯噛みする。そしてハーベイJr.の手を引いて、慌てて九十九里浜から離れようとする。
 逃げなければいけない。何としても。一ミリメートルでも遠くへ逃げなければならない。私の子供、あの人が残してくれた宝物をマシンヘッドたちから逃がさなければならない!
 エレナは母親としての本能だけに突き動かされて、九十九里浜まで乗りつけた軽自動車の後部座席にハーベイJr.を乗せ、シートベルトをしっかりと締めさせてから急いでエンジンをかける。排気量六〇〇cc程度のエンジンが吼える。その咆哮はPAや戦車のそれに比べたらか細く、頼りないがエレナたちにとってはそれだけが頼みの綱であった。
 だが人類抹殺を宣言しているマシンヘッドたちはエレナの乗る軽自動車といえども見逃しはしなかった。
 一機のファイアボールがエレナたちの乗る軽自動車目掛けて急降下。ファイアボールの頭部(機首?)に装備されている三〇ミリガトリング砲 フロアガンの一撃を受けては軽自動車など一たまりも無い。一連射だけでエレナたちは細切れに変わっているだろう。
 しかしエレナは整備班であったといえども戦場で戦っていた身である。ファイアボールの頭部の軸線に運転する軽自動車が乗ったと思ったらハンドルを切り、軸線から逸らそうと試みる。
「ママ………」
 ジグザグ走行に揺れる軽自動車。ハーベイJr.の心細げな声がエレナの耳に届く。
「大丈夫、大丈夫よ、ハーベイ! 絶対に死なせるものですか!」
 しかし如何にエレナが抵抗しようとも、所詮は上空から襲い掛かる鷲と兎の関係でしかない。狩る側と狩られる側であった。それはエレナにもわかっていた。それだけに兎の立場である自分が口惜しかった。
 ハーベイ………。お願い、私たちを助けて………。
 エレナはハーベイJr.の父にして、今は亡き最愛の夫に呼びかける。
 しかし死者では生者を護ることはできない。ファイアボールのフロアガンの機銃掃射が軽自動車の行くはずだった道を抉る。三〇ミリ砲弾によってささくれだった道路に軽自動車は足を取られて横転し、横倒しに止まる。エレナが必死にアクセルを踏もうにも道路を踏みしめていない車輪は空回りするだけであった。続けてファイアボールは砲口を横倒しとなった軽自動車に向ける。
「もう………ダメ!」
 ……………………
 死を覚悟し、瞳を閉じて意識が途切れる時を待つエレナ。しかし待てど暮らせどその時は訪れようとしない。
「………?」
 不思議に思ったエレナは勇気を振り絞って目を開ける。エレナが目を開けたと同時に鉄の塊が軽自動車の左右に落下し、その衝撃で道路を陥没させる。その落下してきた鉄の塊が真っ二つにされたファイアボールであることに気付くのにエレナは五秒ほど必要とした。
「え? い、一体何が………?」
「ママ! あれ!」
 エレナはハーベイJr.の指差す方を見やる。そこには一〇メートル近い刀身の大剣を構えるPAが仁王立ちしていた。
 そのPAはまるで中世ヨーロッパの鎧騎士のようなフォルムをしていた。塗装が白銀一色であったために、そのPAはますます中世ヨーロッパの鎧騎士を連想させた。そしてその手に持つは一〇メートル近い刀身の大剣一本のみ。APAGや一二〇ミリライフルといった火器は一切携帯されていなかった。
「何………? あんなPAがあったの?」
 エレナは職業柄PAに詳しい。しかし目の前の機体は類似する機体すら思い浮かばないほどに特異で、見たことも無いシルエットであった。
「大丈夫か?」
 妙なイントネーションの日本語がエレナを我に返らせた。その日本語は関西弁と呼ばれる方言なのだが、関東でしか暮らしたことの無いエレナにはそれはわからなかった。
 縁が大きめで分厚いレンズの、まるでジョークアイテムのような眼鏡で顔の多くを覆い隠した女性が横倒しになった軽自動車に駆け寄る。そして軽自動車のドアを開け、エレナを車から引っ張り出す。
「ハーベイ、ハーベイは………」
「ハーベイ? こちらの子供のことかな?」
 横倒しになった軽自動車から救出されたことを安心するよりも先にエレナは愛する息子の心配をした。そんなエレナに声をかけたのは、これまた顔の過半を覆い隠す仮面をつけた男であった。男の仮面には漢字の「三」形の切れ目が入っており、それで視界を確保しているらしかった。そして男はハーベイJr.を抱きかかえていた。
「車が横転した際にちょっと肘をすりむいた程度のようだ。命に別状はあるまい」
 男の声は冷静であったが、落ち着きすぎて逆に冷酷な印象を受けた。
「そんなことより早くここから離れた方がよさそうだな」
 男は九十九里浜に上陸を開始したMH−01 コロッサスとMH−03 ハンマーで構成されているマシンヘッド本隊を見ながら言った。
『ユウ………ブレイブの言う通りだ。さっさと行きな!』
 見知らぬPAに乗るパイロットの声が拡声器越しにエレナたちに届く。声の主は男のようだった。ハーベイJr.を助けた男とは対照的に乱暴だが、どこか暖かな口調であった。
「あの、ユウ・ブレイブさん?」
 エレナはハーベイJr.を助けた男に尋ねた。
「貴方たちは一体………」
 ユウ・ブレイブと呼ばれた男は白銀の巨大鎧騎士を指差しながら、にべもなく言った。
「死にたくなければ、ここで説明している時間は無い。あのバカが食い止めているうちに少しでもここを離れるぞ」
 ブレイブはハーベイJr.を抱きかかえたまま走り始める。
「あ、ちょ、ちょっと!」
 赤い大きな眼鏡の女が溜息を吐きながらエレナに詫びる。
「堪忍な。あの人、決して悪い人や無いねんけど、いつも最善の道を最短ルートで自分一人で行こうとするんよ。んじゃ、うちらも行くで」
「は、はぁ………」
 エレナは状況が飲み込めないまま、仮面の男女に言われるままに走り出した。



「行ったか………」
 白銀の鎧騎士のコクピット内の男もまた表情を覆い隠す仮面をつけていた。こちらの仮面は目の辺りに緩やかな角度のVの字の切れこみがあった。それで前が見えるのであった。
 しかし異形は男の風体だけではなかった。
 白銀の鎧騎士のコクピットは従来のPAの物とは完全に別次元の物であった。
 操縦桿やコンソールパネルが一切無く、操縦席すらない。男は白銀の鎧騎士のコクピットと呼ぶべき空間で仁王立ちしていた。ただあるのは全周囲モニター画面のみ。そのモニターもブラウン管でもなければ液晶モニターでもなかった。未知の技術がそのPAには使われていた。
「敵の数は………ざっと一〇〇〇弱か?」
 男は九十九里浜に次々と上陸してくるマシンヘッドの大軍を目算で数えながら男は上唇を舐めた。久しぶりの戦闘で緊張したためか渇ききっていた唇を濡れた舌で撫でる。
「さぁ………行くぜ」
 男は首を回して骨を鳴らす。その動きにあわせて白銀の鎧騎士も頭部を回した。そう、この白銀の鎧騎士の動きはコクピット内の男と完全に同調していたのだった。
 男の神経と鎧騎士の駆動回路は完全に同調。男は鎧騎士と一つとなり、その力を意のままに振るうことができるようになる。
 男がまず意識したのは駆ける事だった。
 次の瞬間、白銀の鎧騎士は男のイメージ通りに大地を蹴って駆ける。稲妻の如き疾駆は瞬く間にマシンヘッドの群れに鎧騎士を向かわせる。
「でええぇぇぇぇい!」
 男は裂帛の気合を込めて大剣を振り下ろす。
 MH−01 コロッサスは咄嗟に右足のアタッチメントから対PA用のナイフを取り出し、その大剣を受け止めようとする。しかしその大剣は伝説の岩をも切り裂く聖剣エクスカリバーを思わせるほどの破壊力を秘めていた。対PA用ナイフでは大剣を止めることはおろか障害にもならず、コロッサスは真っ二つに両断される。両断された際にショートした回路が火花をあげ、その火花がコロッサスの燃料に引火して大爆発。爆炎によって紅く彩られる鎧騎士。
 マシンヘッドはこの見慣れぬ闖入者に一瞬だけ面食らった様子だった。登録されたメモリーバンクにも該当機体が見当たらなかったからだろう。しかし一瞬の硬直は男にとって願ってもない好機である。
 ヒュオッ
 鎧騎士が横薙ぎに大剣を払う。一〇体以上の数のコロッサスがその斬撃に巻き込まれて上半身と下半身を離れ離れにされる。
「どこのどいつだか知らねーが、九十九里がお前らの墓場だぜ!」
 鎧騎士は大剣を構えなおし、マシンヘッドたちに啖呵を切った。



「九十九里に謎のPAが出現しただと?」
 練馬の司令部は謎のPAによってさらに混乱していた。
「映像、出せるか?」
 関東方面防衛総責任者の守口中将が尋ねる。それに対し通信を担当する中尉は「いけます!」と元気よく答えて偵察衛星による九十九里浜の映像を映し出した。
「な………」
 映像を見た守口と源………いや、司令部の者すべてを言葉も無く立ち尽くした。
 九十九里浜でマシンヘッドの大軍に立ち向かっているのはたった一機のPA、しかも大剣一本しか武装を持っていない機体だった。
「近接戦闘専用機、か? 確かソ連が試作していたことがあるとか………」
 守口は鎧騎士のようなフォルムを持つ謎のPAを見ながら必死に記憶の引き出しを探り、源に尋ねた。
「P−80カスタム・セイバーのことですね? 近接戦闘用PAというジャンルなら確かに存在します。ですがあのPAは………」
 源は鎧騎士のあまりに常識外れな戦い方に呆然としながら応えた。
「あのPAの戦闘方法はあまりに異常です」
 モニターに映る鎧騎士は大剣を振るいマシンヘッドを両断し、さらには回し蹴り一発でコロッサスの頭部を跳ね飛ばす。コロッサスやファイアボールが必死に鎧騎士に銃撃や砲撃を加えるが、鎧騎士の装甲は物ともしなかった。そんなものは端から存在していないとでも言うかのように勢いを削ぐことなく次の獲物に突進する。
 その戦いはPAの物ではなかった。強いていうなら守口の孫が夢中で見ているアニメのスーパーロボットのような戦い振りだ。
「おい、あのPAと会話できるか?」
 源は通信兵に尋ねた。
「わかりません………。ですが呼びかけてみます」
「頼む」



「さすがに一〇〇〇機もいると多いな………」
 男はマシンヘッドを大剣で切り裂き、四肢で跳ね除けながら戦い続けていた。しかしマシンヘッドの数はとても多く、男は数に飲まれ始めていた。
 幸いなことにマシンヘッドの攻撃では鎧騎士に傷一つつけることはできなかった。しかし………。
「あ! テメッ!」
 男の駆る鎧騎士を無視して千葉の街並みの方へ向かおうとするコロッサスを見つける。
「行かせるかよ!」
 しかし鎧騎士の周囲はコロッサスの群れに覆われていた。薙ぎ払っても薙ぎ払っても敵の方が数が多い以上、包囲網は崩せそうになかった。
 だが鎧騎士は大地をしっかと踏みしめて跳ぶ。そして鎧騎士を包囲していたコロッサスの頭を踏みながらさらに跳ぶ。それは機械の動きではない。まるで源 義経の八艘跳びの如き軽やかな身のこなしである。包囲を跳び越えた鎧騎士はマシンヘッドたちの前に頑然と立ちはだかる。
「残念だが、俺を殺さない限りはここから先に行くことはできないぜ」
 右手にマシンヘッドを紙のように切り裂く大剣を持ちながら、左手の中指を立てる鎧騎士。
『九十九里の所属不明機。聞こえているなら応答されたし。繰り返す、応答されたし!』
「何だ? 今、忙しいんだ。増援でも回してくれるのか?」
『応答したということは君はマシンヘッドではないんだな?』
 通信の相手の声が変わる。男が知る由も無いが、その声は源のものであった。
「ましんへっど? 俺は………」
『君を同じ人類の同胞としてお願いしたい。君は、まだ戦えるか?』
 男の正体に源は固執しなかった。相手が人間であるのならば、それ即ち味方である。今は一刻でも惜しい。話を先に進めなければならない。
「これくらいなら何とかなりそうだ。おい、九十九里に兵力を回せないほどに切羽詰ってるのか?」
『関東新大地に上陸したマシンヘッドを止めるのに全兵力を回してて、現状では不可能といわざるを得ない。尚、千葉県には東京府から避難した多くの民間人がいる』
「ふむん。………オーケー、わかった。ここは俺が食い止めてやるよ」
『ありがたい………。ところで、君のことは何と呼べばいいのかな? 見たことないPAを駆っているようだが………」
「俺か? 俺の名前ならシャインと名乗っておくよ」
『社員? いや、シャインか。輝く?』
「そして、我が愛機の名は皇武………武を治める者だ!」
 男はシャインと名乗ると再びマシンヘッドの大軍向けて、一振りの大剣だけを頼みとして向かって行く。大軍に大剣だけで立ち向かうなど無謀の極地。
 しかし「武を治める者」を自称するだけあって皇武の性能はこの世のものとは思えなかった。まるで神話世界を彩る武神たちの如き強さでマシンヘッドを蹴散らすのであった。



 しかし神話世界の武神の如き活躍を見せていたのは皇武だけではなかった。
 東京新大地で必死に戦線を支えるガンフリーダムも武神の仲間だといえた。
 皇武が大剣で豪快にマシンヘッドを両断するのに対し、ガンフリーダムは空を稲妻のように駆けながら正確無比にマシンヘッドの眉間を狙い撃つ。剛と柔。いかなる神のイタズラか、両機は両極端の性能を誇っていた。
 ガンフリーダムは高度三〇メートルを切る超低空を時速九八〇キロで飛翔し続ける。全身に組み込まれている補助スラスターを使ったその飛行は戦闘機よりも鋭角的で、ヘリコプターよりもファジーで掴み所が無かった。
 そのガンフリーダムが放つGガンはPA用レールガンで、二〇ミリと小口径ながらも戦車砲よりも強力な運動エネルギーを持たせることができる。故にマシンヘッドは一撃で破壊されるのであった。
 ガンフリーダム操縦者のアーサー・ハズバンドは必死の形相でガンフリーダムの機動に耐える。アーサーがガンフリーダムに行わせている動きは並の人間では内臓が押しつぶされても不思議ではないほどに激しかった。それでもアーサーが平気なのは偏にアーサーの生まれが特殊だったがためだ。
 アーサー・ハズバンドは「申し子計画」という遺伝子改良計画の末に生まれた経歴を持つ。そのために人間をはるかに超えた身体能力を誇るのだった。対G能力もズバ抜けており、ガンフリーダムの無茶な機動にも耐えられるのであった。
 コロッサスの放った対戦車ミサイル 与一が八発ガンフリーダムに迫る。アーサーは小さく舌打ちするとスロットルを開き、ガンフリーダムを加速させて超低空を這うように進ませる。。ガンフリーダムに追いつくべく食い下がる八発の与一。ガンフリーダムの速度は時速一〇〇〇キロを超える。対する与一は音速に等しかった。つまりは時速約一二〇〇キロ。ガンフリーダムと与一との距離は次第に狭まる。
 刹那、ガンフリーダムは足の補助スラスターを全開。ほぼ垂直にガンフリーダムを上昇させる。与一はこの機動についていけなかった。目標をロストした与一は呆然と進むしかできなくなる。
 しかしアーサーに安堵の時は許されなかった。MH−03 ハンマーの右腕となっている二〇〇ミリヘヴィ・キャノン砲の砲口がガンフリーダムを狙っていたのだった。
 ズオゥ
 激しい轟音と反動を後に放たれる二〇〇ミリ砲弾。計算しつくされたその一撃はガンフリーダムを確かに捉えていた。
「………ッ!」
 咄嗟にアーサーはフットバーを蹴飛ばしてガンフリーダムの進路を右に逸れさせる。しかしハンマーはそれすら計算ずくであった。ガンフリーダムを目前にすること一四〇メートルで二〇〇ミリ砲弾は不意に弾けた。そして二〇〇ミリ砲弾内に収められていた無数の子弾がばら撒かれ、その子弾はさらに孫弾をばら撒き、鋼鉄の驟雨と化してガンフリーダムに攻め寄せる。
 ガンフリーダムは両手を盾にしてコクピットブロックを護る。驟雨の雨粒は傘に覆われていないガンフリーダムの体に襲い掛かり、その体を食い破る。特に背中に背負うフライヤーの損害は甚大であった。フライヤーシステムの翼は散弾の雨によって破り引き裂かれたのだった。翼を裂かれて揚力バランスを崩されたガンフリーダムは飛翔を諦めざるを得なかった。使えなくなったフライヤーシステムは重荷でしかない。ガンフリーダムは背負っていたフライヤーシステムを切り離して東京新大地に立つ。
 地面に降りた瞬間にコロッサス隊の七六ミリマシンガン Neo−APAGの銃火がガンフリーダムを襲う。フライヤーシステム無しでもガンフリーダムの機動性は圧倒的である。しかしアーサーは火力不足を悟らざるを得なかった。ガンフリーダムには戦略ビーム砲であるG−Mk2が肩に搭載されているが、G−Mk2を放つには体をしっかりと固定させる必要があり、さらにはエネルギー充填の「間」も必要となる。このような乱戦ではとても使えるものではない。
 では後退すればよいではないか。
 しかし現状では後退すら難しい。マシンヘッドと人類側のキルレシオは決して一:一ではない。マシンヘッド一体を撃破するために人類側は三、いや四の犠牲が必要であった。そんな状況下で人類側の兵力とマシンヘッドの兵力数は拮抗しているのだ。現在、空軍部隊の助けもあって、前線は辛うじて形成されているがそれもいつ崩壊するかわかったものではない。
 そのような状況では後退してG−Mk2を撃つ準備を整えることは至難の技といえた。
 しかし状況に変化が訪れる。
『こちらは第一六PA大隊。これより戦闘区域に入る』
 その無線と共に無数の大日本帝国製第三世代PAである四〇式装甲巨兵 侍が増援として駆けつけたのだった。
 つまりようやくにして関東方面の全兵力が関東新大地に集結したということだった。
 兵力数が人類側圧倒的多数となった今、マシンヘッドはその数の多さに飲み込まれていくばかりとなったのだった。



「関東新大地のマシンヘッド部隊、包囲完了! 後は殲滅するだけですね!」
 練馬の司令部は歓喜に包まれていた。
 マシンヘッドは関東新大地の南端から二〇キロ地点で食い止められ、徐々に徐々に海岸へ押し戻しつつあった。
 関東新大地の油田や鉱石採掘所は多少の損害を受けたとはいえ致命的なものではなく、概算だが二ヶ月もすれば元通りに機能するようになるだろう。
 つまりマシンヘッドは関東新大地の無力化という作戦目標を完遂し損なったのだった。
 対するマシンヘッドは空軍の活躍で三隻のデュアルクレイターは撃沈され、さらに三〇〇〇体ものマシンヘッドを失う結果となった。
「この勝利は大きい………。これでマシンヘッドもしばらくは身動きがとれなくなるはずだ」
 守口はそう言って関東防衛作戦を成功させた源の労をねぎらった。
「はい。ありがとうございます、司令」
 源は肩の荷を降ろすことができたことをほっと喜ぶ表情で応えたのだった。



 東京新大地を拡大した映像に赤と青の色が塗られていた。
 青い色は次々と南下してくる赤に飲まれ、徐々に勢力を減らしつつある。赤に飲み込まれ、関東新大地が赤一色に染まるのも時間の問題といえた。
「ふん。作戦は失敗に終わったようだな」
 ここはマシンヘッドたちの総本山である大西洋上の巨大人工要塞島「箱舟」。その中枢部、すべてのマシンヘッドを統轄するマスターコンピュータ『ノア』が収められているブロックであった。
 マシンヘッドたちの総本山である箱舟に唯一居ることを許されし人間。それは、かつて企業利益のために戦争を作り出していた『アドミニスター』の幹部組織一三階段の一一段目として君臨していた戦争挑発人ヘッツァーであった。ヘッツァーの冷ややかな言葉にノアが反応する。
『ワタシノサクセンハカンペキダッタ』
 ノアは抑揚の無い人工の声で苛立ちを口にした。
『2ツノホウコウカラセメヨセルブタイニニンゲンハタイオウデキナイハズダッタ』
 ノアは何が失敗の原因だったのか考える。世界でも唯一の独立思考が可能なマスターコンピュータ。それがノアの正体である。
『ヘッツァー アレハナンダ』
 ノアは映像を切り替える。切り替わった映像には九十九里浜で奮闘する皇武の雄姿。
『アノキタイハでーたニナイ』
「ふむ………確かにあのPAはイレギュラーの存在のようだな。まさかあんな隠し球を人類が持っているとは知らなかった」
『アノPAハオマエニモワカラヌカ』
「さぁて………全世界のデータが集まっている貴様にわからぬのならば私にもわからんよ」
 それは虚言だ。
 ヘッツァーは皇武を知っていた。より正確には皇武の持つ大剣を知っていた。
 あの大剣はかつてヘッツァーの顔の右半分を削り取った魔剣である。魔剣『エグゼキューター』。竜に堕ちた勇者が愛用していた魔剣。
「ハムート・バルークス………また私の前に立ちふさがるか?」
 ヘッツァーは愉しげに笑う。ヘッツァーがこれほど愉しそうに笑ったのは久しぶりであった。



 シャインはマシンヘッドの残骸の山の上でボンヤリと九十九里浜の向こうに広がる太平洋を眺めていた。
 結局、九十九里に上陸したマシンヘッドは七割方がシャインの駆る皇武によって破壊されたのだった。マシンヘッドは皇武の振るう大剣を止めることすらできず、例外なく真っ二つにされていた。残り三割は東北・北海道方面から飛んできた空軍の空襲で破壊されている。
「………一体、どうなっちまってるんだ、こっちの世界は」
 シャインはそうボヤくと足場となっているハンマーの頭部残骸を蹴る。ハンマー頭部は返事もせず、回路をスパークさせるだけだった。
「無事で何よりだ、シャイン」
 シャインの背中越しに声をかけたのはブレイブであった。シャインのうっとうしそうな返事を聞かずにブレイブはタバコを取り出して火を灯す。
「ふぅ。こっちはロクでもない世界だが、タバコがあるのが唯一の救いだな」
「お〜い、ミッちゃ〜ん。無事やったかぁ?」
 ブレイブから少し遅れて大きめ眼鏡をつけた女性が危なげな足取りでシャインたちの許へ来る。シャインは「お、おい、足場、気をつけろよ」とブレイブの時とは正反対の態度で足場の悪い瓦礫の山を歩こうとする彼女の手を引いてやる。
「で、この機体は何なんだ? 誰も乗ってないみたいだしよ」
 シャインの疑問に答えたのは女だった。
「何か、よぅわからへんけど、マシンヘッドとかいう無人機みたいやで、それ」
「無人機? ついに人間は自分の手を汚さずにドンパチやるようになったのか」
「戦死者がいなくなるのは喜ばしい事だな。こうやって暴走して人類抹殺を宣言しなければ、の話だが」
「皮肉だな」
「神様という存在は皮肉が大好きらしいからな。当然といえば当然だ」
「嫌な奴め………ん?」
 ローターが空を刻む音を聞いたシャインは空を見やる。一機の輸送ヘリが着陸態勢に入りつつあった。
「やれやれ………新大地での戦闘がようやく一段落してこっちに来れるほどの余裕ができたらしいな」
 シャインの言葉にブレイブは確認の言葉をかけた。
「いいか、もう一度言うが、こっちにいる間、俺はブレイブ。お前はシャイン、そしてお前のカミさんはチュルルという名前で通す」
「わかってるって」
「そういいつつ思わずユウキと言いかけたのは誰かね。まったく………」
 ブレイブはふんと鼻を鳴らす。
「あ、降りてきたで」
 チュルルとこちらでは名乗るらしい女がヘリから降り立った守口と源を指差す。
「ふん………あんな生温い戦い方で戦争に勝てると思っているとは………甘ちゃんめ」
 ブレイブはヘリから降り立った源 猛をバカにした目で見やる。
 戦争に勝つことを目的に兵を動かすのならば、犠牲を躊躇ってはならない。犠牲を出すことを嫌って消極的な作戦を展開しているだけでは、敵の非情な作戦に圧し負けるだけだ。
 今回の件だって、たまたま皇武が九十九里浜にいたからあの激甘作戦で何とかなったものの、本来ならば住民避難を中止してでも軍の展開を優先させるべきなのだ。そうすれば九十九里、新大地の両方面に対応できた。ただしかなりの数の民間人が犠牲になったろうが。
 自らの手を汚す覚悟が無いのならば作戦指導の立場から足を洗えばいい。それなのに作戦指導を行うのだ。ある一定以上の覚悟を示さなければならない。
 それとも………今の戦争はそれほど甘い決意で戦い抜けるものなのだろうか?
 だとしたら悲惨だ。
 今度の相手は生半可な決意ではどうにもならない相手なのに………。いや、だからこそ「奴」は勝利を確信しているのだろうか。
 だとしたら残念だな。俺は再び帰ってきたぞ。貴様を地獄へ突き落とすためにな。この、鬼畜王がな………。


次回予告





「な………貴方たちは死んだはず………」





「俺は作戦行動中なんだろ? んじゃ帰ってきたってことだよ」





「総長………見ててください。俺、俺………」






葬神話
第七話「帰還者 ―returner―」へ続く




――これは人類最新の神話である


第五話「大東京消滅」

第七話「帰還者 ―returner―」

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