葬神話
第五話「大東京消滅」


 人類と、その人類抹殺を宣言した完全自立型無人PA『マシンヘッド』との戦いは膠着状態になりつつあった。
 当初こそ、全世界規模で暴走を開始したマシンヘッドに対し、人類の戦力の絶対数が足らなかったがために苦戦を強いられたが、人類が持てる工業力のすべてを注いで戦力補充に努めるようになってからはマシンヘッドとの数の差は逆転することとなっていた。
 いかにマシンヘッドが有人機をはるかに上回る性能を有していたとしても、数で絶対的に劣っていては勝ち目は無かった。
 さらにマシンヘッドの生産拠点が大西洋上の箱舟と呼ばれる巨大人工要塞島にのみしか無いことがマシンヘッドの戦力補充の足かせとなってしまったのだった。
 そこで一一月に入った頃から、マシンヘッドは戦力の集中を図り始め、ヨーロッパ、アフリカ、ロシア方面のマシンヘッドを中東方面に。アメリカのマシンヘッドも東海岸に集結を開始。
 張り詰めた緊張感に包まれながらも、世界から砲声が途絶えていた。もっとも次に砲声が鳴り響く時は、ちょっとやそっとじゃ鳴り止まないほどに強力なものになるであろうが。



 一九八五年一一月一三日午後一二時三一分。
 大日本帝国東京府旧帝国陸軍第三師団練馬駐屯地。
 一機の、銀翼を持ったPAが練馬駐屯地上空を舞っていた。
 背部のメインブースターのみならず、脚部や腕部に搭載された補助ブースターを噴射することでこのPAは巧みに姿勢を制御し、鋭角的な飛行を可能としていた。
 日米共同開発特機X−1 ガンフリーダム。
 小型の核融合炉を搭載した最強のポテンシャルを誇る特機である。
 リベルでの戦争末期に大破したガンフリーダムであるが、何とか修理を終えて再び戦火に向かおうとしていたのだった。
「思ったより時間がかかっちゃったね、シゲル」
 マーシャ・田幡が夫である田幡 繁にコーヒーを手渡しながら言った。マーシャの手渡したコーヒーは砂糖が一切入っていないブラックコーヒーであった。ガンフリーダム修復のために徹夜が続いていた田幡にとっては極めてありがたい差し入れであった。
「『ソード・オブ・ピース』設立後の軍備解体の波から逃れることができていただけで奇跡だったと思いますから、贅沢は言いませんよ」
 田幡は疲労のためにいささかやつれた顔だったが、それでも一仕事を終えたという達成感を眼に湛えていた。
 ガンフリーダムは『ソード・オブ・ピース』設立後は、田幡たちの運動の成果もあって解体だけは免れて、ずっと和歌山県のゼロパークという軍事博物館で展示されていた。しかしこのゼロパークという軍事博物館がクセモノで、ガンフリーダムはほぼ野ざらしに近い状態で展示されていたのであった。
 そのためにマシンヘッドの叛乱開始によって再びガンフリーダムを動かそうとした時、パーツの八割以上を交換する必要があったのだった。そのためにガンフリーダム復活に二ヵ月近く使ってしまうことになっていた。
「ガンフリーダムが戦線復帰すれば、マシンヘッドの再攻勢にも楽に立ち向かえることになるでしょうね」
 ガンフリーダムには戦略ビーム兵器であるG−Mk2が搭載されており、その一撃で師団規模にダメージを与えることができた。確かにその一撃があれば戦況はかなり人類側優位となるであろう。
「さて、ガンフリーダムは快調そのもののようですし、そろそろガンフリーダムの試運転を止めますか」
 田幡はそう言うと無線のマイクを手に取った。
「アーサー君、ご苦労様です。下に降りて、昼食にでもしましょう」
『あ、はい。わかりました』
「………ところでシゲル。エレナは今日いないのかい?」
 田幡たちと一緒にガンフリーダム復活のプロジェクトに参加しているはずのエレナ・ランカスターの姿を見かけないことに気づいたマーシャが尋ねた。
「ああ、彼女は今日は非番です。多分、ハーベイJr.を連れてどこか遊びに行ってる筈ですよ」
「ふぅん………」
「ガンフリーダムが復活できたので、明日から三日ほどは僕も休暇を取ろうと思っています。マーシャさん、どこか行きたい所ありますか? こんな情勢だから東京近郊が限界でしょうけど………」
 田幡は好きな女性を初めてデートに誘う男子学生のように顔を真っ赤にしながら言った。そしてマーシャは初めてデートの誘いを受けた女の子のように照れながらどこに行こうかと思案をめぐらせた。
 結婚してから二年以上経つが、いつまでも初々しい夫婦であった。



 大日本帝国………いや、世界でもトップクラスの超大工業地帯である東京はどうしても環境が劣悪になってしまいがちであった。
 しかし東京から少し離れたなら………たとえば千葉県の九十九里浜などに行ってみたら、そこは東京の隣とは思えないほどに綺麗な海と砂浜であった。
 エレナは息子であるハーベイJr.を連れて九十九里浜を訪れて、真っ先にその浜の美しさに眼を奪われたのであった。
 関東大震災以後、急激に発展した大日本帝国であるが、ここは時の流れに取り残されたのではないかと思えるほどに前時代的ま風景が広がっていた。
「ママ、貝殻」
 ハーベイJr.が砂浜に落ちていた桜色した貝殻を拾ってエレナに見せる。
「あら、綺麗な貝殻ね、ハーベイ」
「うん!」



 しかし九十九里浜が前時代的な光景を取り戻したのはつい最近のことであった。
 一九五〇年代、関東一円は東京の工業地帯からでる産業排水、排煙によって海は濁り、空はドス黒く染まっていたのであった。
 もはや関東近海では魚が取れず、それどころか海水浴すら不可能だとされているほどであった。
 だがそれではいけないと関東方面再生のために立ち上がった者たちがいた。
 その運動は日本再生計画と呼ばれ、関東のみならず日本全土の企業に環境保全を説いてまわっていた。
 この日本再生計画の最前列で活動していたのが、大日本帝国が世界に誇る大劇団「帝国華撃団」であった。元々、この華撃団は関東大震災以後、急激に工業化を進めていた東京で、劣悪な環境下で働く東京府民を応援する意味で誕生していた。しかしその公演の評判が高まるにつれて華撃団はその活動拠点を日本の首都である大阪に移し始めていた。一九五〇年代には東京での公演が年に一回も行われないという有様であった。
 そんな当初の目的を見失っていた華撃団に喝を入れたのが一九三〇年代から四〇年代にかけて華撃団の看板女優であったソレッタ・織姫であった。
 織姫は四〇年代末に、利潤追求に走りすぎるあまりに設立の目的を見失った華撃団と喧嘩別れしていたが、五〇年代半ばに華撃団の女支配人として返り咲くこととなった。当時の華撃団は官僚の天下り先などに使われるほどに腐っており、興行収入は下降の一途を辿っていたのだった。
 織姫は華撃団支配人に就任すると、真っ先に公演回数をそれまでの半分にまで減らすという大胆な策を打ち出した。公演の回数を減らしては劇団としてやっていけないとスタッフは織姫に翻意を求めたが、彼女は頑なに自分の意見を押し通した。
「練習期間を削ってまで公演し、その末にお客さんにオソマツな公演を見せることになりまシタ。だから客の入りが悪くなったのデース。これからは少数精鋭で行きマス!」
 結論を言えば、織姫の策は見事に当たった。
 織姫は自分の知名度をフルに活用し、テレビ、ラジオ、雑誌といったあらゆるメディアで華撃団が生まれ変わったことを宣伝してまわったのだった。これで新生華撃団を世間に印象付けて、さらに本当に世界最高クラスの公演を行う。
 これによって華撃団はかつての熱気を取り戻すことに成功したのであった。
 そんな彼女が華撃団再生と同じくらいに力を入れていたのが東京の再生であった。
 まだ産業廃棄物を規制する法律が無かった日本。
 そのために工場は何の対策も無いままに産業廃棄物をそのまま垂れ流しているのだ。このままでは日本から自然が完全に消滅してしまうことになるだろう。
 そして彼女は自ら先頭に立って環境回復のために運動を行った。
 詳細はまたの機会とさせていただくが、一九六〇年に環境保全法が成立。
 一九七〇年になる頃には海水の汚染レベルが許容範囲にまで回復。まだ関東近海で魚を取って食べることはできなかったが、それも八〇年代が終わる頃には夢ではなくなるだろうと言われていた。



 閑話休題。
 とにかく織姫を始めとする先人たちの日本再生計画のおかげで九十九里浜は日本でも有数の海水浴場として復活したのであった。
 もっとも今は一一月ということもあって人気は少なく、閑散としていたが。
 ハーベイJr.は押し寄せては退いていく波と一緒に前に進んだり後ろに退いたりしていた。それは実に微笑ましい光景であった。
「ハーベイ、濡れたら風邪引いちゃうからこっちに来なさい」
「あい、ママ!」
 ハーベイJr.は元気よく返事するとエレナの許へトテトテと頼りない足取りで駆け寄った。
「ママ、ひこーき!」
 ハーベイJr.が空を指差して言った。
「え?」
 ハーベイの指差す先には陽光に翼を煌かせる機体が炎の尾を曳きながら飛んでいた。しかしその機体は一般的なイメージの飛行機とはまったく異なっていた。その機体には脚があった。形的にはまさに鋼鉄の鳥であるが、そんな飛行機など存在しない。飛行機では存在しない。
「あれは………まさか!?」
 エレナはそのシルエットに見覚えがあった。
 MH−02 ファイアボール。人類抹殺を宣言しているマシンヘッドの一機である。
「え!? 何故日本にマシンヘッドが………」
 エレナは茫然自失としていたが、そんなエレナをよそに数十機のファイアボールが東京を目指して飛んでいった。



 東京近海。
 異形の艦が三隻もいた。
 それは後部甲板から次々とファイアボールを飛び立たせていた。
 その正体はマシンヘッドが誇る超巨大双胴揚陸艦 デュアルクレイターであった。全長五〇〇メートル、全幅九三メートル、排水量二六万トンを誇るバケモノ揚陸艦であった。
 目標近海で後部甲板を使い、ファイアボールを飛び立たせて上陸拠点の制圧を行い、そして艦内のマシンヘッドを揚陸させるのがデュアルクレイターのもっとも得意とする戦い方であった。
 三隻のデュアルクレイターは東京を目指して進撃を続けていた。



「デュアルクレイター三隻が東京に向かってきているだと!?」
 関東方面防衛総責任者の守口中将は突然の報に声を荒げた。
「は、はい。しかもすでに浦賀はファイアボールの空撃を受けているようです!」
 ここで一つ解説しておこう。
 関東大震災後に誕生した東京新大地は三浦半島の剱崎と房総半島の洲崎を結ぶように隆起し、東京湾を完全に無くしていた。そしてかつて浦賀水道であった場所を浦賀と名付けることにしたのであった。
「何故今まで見つけれなかったんだ!」
 守口は拳を机を叩き付けた。
「中将、今はそれよりも対策を立てなければなりません!」
 そう言って守口に自省を求めたのは源 猛中佐であった。元大日本帝国統合作戦本部の男であり、非常に切れる男として有名であった。
「う、うむ………そうだったな」
 源に言われてかろうじて自省を保った守口。何とか意識を切り替えて関東の地図を広げる。
「源中佐はどこに来ると思う?」
「マシンヘッドの狙いは明白です。つまりは東京工業地帯の破壊!」
「うむ………しかし真正面から突っ込んできてもリスクが高いだけではないのか?」
 守口の指摘にも源は首を横に振った。
「いえ、マシンヘッドは無人機です。だから別に生存を考えなくてもいい………」
「あ!」
 源の言葉に守口は愕然とした表情を見せた。
「そう、今東京に向かっているデュアルクレイター三隻とそれに搭載されているマシンヘッドはすべて死兵です。それだけの大戦力を犠牲にしてでも東京の工場を破壊できれば充分にお釣りが来るでしょう。何せ………」
 源の言葉が終わるのを待たずに守口は電話に向かい、受話器を取りあげた。
「私だ! 今すぐ浦賀に関東方面の全兵力を集結させろ! ………何? 他のところに上陸する可能性!? バカモン! あそこを落とされたら………人類はお終いだぞ!!」



 大西洋のド真ん中に浮かぶ巨大人口要塞島「箱舟」。
 その中枢に収められているマスターコンピュータ『ノア』こそが全世界のマシンヘッドを操っていた。
『キシュウハセイコウシタ』
 ノアは抑揚の無い音声で呟いた………いや、話しかけた。
 ノアの声を聞いた男はノアに振り返った。
「当然だな。いきなり東京近海にデュアルクレイター三隻を送り込まれて奇襲に成功しないはずがない」
 男の顔の右半分は銀の仮面で覆われていた。彼こそ『アドミニスター』一三階段の中で唯一消息が不明となっている『戦争挑発人』ヘッツァーであった。もっともヘッツァーというのは『アドミニスター』内での彼の呼称に過ぎなかった。そして彼の本名を知るのは彼以外にいない………
『オシエテモラオウカ ヘッツァー オマエハナンダ?』
「『お前は何だ』? ノアよ、コンピュータとは思えない質問だな」
 ノアの問いかけにヘッツァーは冷たく笑った。
『オマエハでゅあるくれいたーヲトウキョウニわーぷサセタ ソンナコトハゼッタイニデキナイ』
「フ………そう、だな」
 ヘッツァーは少し思案顔をしたかと思うと自らの手で銀の仮面に手をやり、そして仮面を外した。
 ノアに感情は無い。だが万が一ノアに感情があったなら、ノアは恐怖のあまり発狂したであろう。
 何故ならばヘッツァーの仮面の下は何も無かったからだ。文字通り、何も無い。ヘッツァーは仮面をつけていた顔の右半分だけ何かに切断されて無くなっていたのだった。
「こうなっても生きている人間などいやしない………確かに『お前は何だ』とも言いたくなるか」
『デハオシエテモラウ』
「神だよ。この世のすべてを作り上げた神だ」
 再び仮面をはめたヘッツァーはにべも無く言ってのけた。
 しかしそれは紛れも無い事実であった………



「大丈夫です! みんな、必ず避難させます! だから落ち着いてください!!」
 突如、東京近海に現れたマシンヘッド。マシンヘッドが人類の抹殺を宣言しており、現にニューヨークやパリといったすでにマシンヘッドの手に落ちた都市では逃げ遅れた市民が惨殺されたという。
 一応は報道管制でその事実は伏せられていたが、人の口に戸は建てることができず、もはやそれは周知の機密となっていた。
 だから東京に住む市民は我先にと東京から離れようとして、東京中の道路はパンク寸前になろうとしていた。関東方面防衛責任者の守口はただでさえ足りていない兵力を、さらに市民の避難に当てなければならなかった。
「バカ野郎! そんな暢気なこと言ってたら機械どもに殺されちまう!!」
 我先に逃げようとする市民の波を必死に制御しようとする元大日本帝国憲兵隊の者たちに容赦なく罵声が浴びせかけられる。
「おい、兵隊さん。金なら出すから俺を先に行かせてくれないか!?」
「おい、ふざけんなよ、おっさん!!」
 恐らくは東京の工場の社長なのだろう。裕福な身なりの中年が札束をかざして憲兵に声をかける。しかしその中年の肩が青年に掴んで引き止められる。
「女、子供は優先的に脱出させろとの命令がでています。ですが、必ず無事に避難させますから、心配は無用………」
 四〇代後半と思われる元憲兵大尉が、必死に声を張り上げて民衆に落ち着くように呼びかける。
「オヤジ! 俺は逃がしてくれるよなぁ!?」
 髪を染め、ピアスをはめた若者が元憲兵大尉に向かってすがりついた。どうもその男は元憲兵大尉の息子らしかった。息子はなりふり構わずに父親に泣きついていた。自分が生き延びるためだけに。
「義昌………このバカ者がぁ!!」
 元憲兵大尉はロクデナシの息子を怒鳴りつけようとした。しかし元憲兵大尉の声は迫り来るターボファンジェットの金切り声にかき消された。
 一機のファイアボールが元憲兵大尉たちを狙って機銃掃射を行おうとしていたのだった。
「う、うわわわッ!!」
 ファイアボールの頭部(というか機首?)に装備されている三〇ミリガトリング砲 フロアガンが回転を始め、五月雨のように三〇ミリ弾を発射する。人体にとって三〇ミリ弾は掠っただけでバラバラにされてしまうほどの威力を意味している。
 気の利いた者はファイアボールの砲口から逃げようとし、ある母親は赤ん坊を抱きしめたままうずくまり、呆けたまま動けない者もいた。
 しかし自らの身を投げて民衆を三〇ミリ弾から護った者がいた。
 アーサー・ハズバンドの駆るX−1 ガンフリーダムであった。
 ガンフリーダムは厚さ二五〇ミリにも達する八三式防盾を装備できる唯一の機体であった。他の機体では重過ぎて持てないが、小型核融合炉を搭載するガンフリーダムの有り余るパワーならば軽々と扱えるのであった。
 ファイアボールの放った三〇ミリ弾はすべて八三式防盾によって食い止められた。一度、市民たちの上空をフライパスしたファイアボールは再度攻撃を仕掛けようとする。しかし………
「させるか!!」
 ファイアボールの旋回点に回り込んだガンフリーダムが、八三式防盾でファイアボールをしたたかに叩きつける。頭部を八三式防盾で叩き割られたファイアボールはコントロールを失い、ふらつく。続いてガンフリーダムは八三式防盾の先端をファイアボールの胴体部に突き立てた。八三式防盾の先端は鉤爪のようになっており、接近戦にて威力を発揮するようになっているが、それが惜しみなく発揮されたといえる。
「おお………」
 強敵と聞いていたマシンヘッドの一機であるファイアボールを易々と破壊したガンフリーダムに、市民たちから感嘆の声が漏れる。
 ガンフリーダムは空中での姿勢を変え、市民たちの方に振り向き、小さく一度だけ手を振るとすぐさま最前線に向かって飛び去った。
「……………」
「あ、あの、兵隊さん………」
 さっきまで「自分が先に避難させろ」と言っていたはずの市民が急に大人しくなり、元憲兵大尉に言った。
「さっきはすまなんだ。兵隊さんは、儂らを無事に逃がすために、必死に戦っているんだったな………だのに儂が我侭を言ってたら………逃がせるものも逃がせないよな………申し訳ない………」
「な、なぁ、オヤジ。俺にも手伝えること無いか?」
 元憲兵大尉の息子が、父親におずおずと申し出た。
「義昌、皆さん………」
 人間という生き物は完璧ではない。必ず、何かしらの欠点を抱えてはいる。
 しかし人間はそれだけで終わりはしない。人間は、素晴らしい生き物なのだ。みんな、いい人たちばかりなのだ。
 元憲兵大尉は五〇年近く生きてきて、改めて人間という生き物が素晴らしい生き物であると再認識したのであった。
 そしてそれ以降、市民の動揺は最低限のレベルにまで収拾されることとなった。



 かつては東京湾と太平洋をつなぐ水道であった浦賀。しかし関東大震災の後、そこは豊富な資源に恵まれた新大地となっていた。
 そして新大地は大日本帝国の生命線となり、大正期の急速な大発展に貢献したものだった。
 常に東京の工場は稼動しており、排煙が絶えることは大正期から一度たりとも無かったはずだった。
 しかし一九八五年一一月一三日午後三時三二分現在、東京の工場は完全に停止していた。迫り来るマシンヘッドから市民が避難を開始したからだった。
 浦賀に最初にたどり着いたのは、旧帝国陸軍第八戦車大隊の者たちであった。二〇〇ミリスーパーキャノンを搭載する世界最強の戦車である四二式戦車 獅子王を装備する部隊であった。
「PA部隊の到着はまだなのか?」
 第八戦車大隊大隊長の本橋少佐は、砲を取り去って代わりに電子機器を装備した指揮専用車に改造された獅子王のハッチから上半身を出し、タバコを吸いながら尋ねた。
「ハッ。どうも敵ファイアボールはPA部隊を足止めするために活動している模様であります」
「チッ」
 本橋は舌打ちすると吸いかけのタバコを地面に投げ捨てた。
「しゃーねーな。PA無しで戦うことになりそうだな」
 戦車の装備する砲は陸戦において最強の貫通力を誇っている。しかし高速で、フレキシブルに動くPAに命中させるのは至難の業であった。たとえ最強戦車である獅子王でもその条件は変わらない。獅子王は砲塔上に対空兼対PA用の三〇ミリ機関砲を備えているが、それでも戦車はPAに対して弱い。
「斥候から連絡! マシンヘッドが動き出したそうです」
「何機くらいこっちに来そうだ?」
「上陸したのが二〇〇〇機だから………予備を残して三〇〇程度ですかね」
「三〇〇か………じゃあ一人頭六機ってところだな」
 第八戦車大隊が保有する戦車は合計で六二両である。本橋はあえて単純計算をした。
「じゃあ、行くか………Panzer Vor!!」
 少尉時代にドイツ留学したことがある本橋はそう言って、第八戦車大隊の出撃を宣言した。
 六〇匹余りの鋼鉄の獅子がキャタピラを軋ませながら進む。
『二時方向にコロッサス! 攻撃を開始します!!』
「落ち着け! コロッサスの装備は何だ?」
『え……と………Neo−APAGです!』
 Neo−APAGとは元々艦船用だった七六ミリ速射砲を改造し、PA用に改造した武器である。かつてのAPAGのように連射による攻撃を得意としている。
「Neo−APAGなら上部から撃たれん限りは大丈夫だ! 三〇ミリで戦え!!」
『了か………』
 しかし次の瞬間、一両の獅子王の横っ腹に大きな穴が開き、そして獅子王が持つ弾薬が派手に誘爆を起こす。
「高島!!」
『大隊長、一〇時方向にコロッサス! コイツはブリッツェン・ゲヴェアで武装している!!』
 ブリッツェン・ゲヴェアとは戦車砲だった一二〇ミリ砲をさらに長砲身とし、威力と射程を向上させ、PA用に改造したものである。獅子王にとって一番恐ろしい武器であろう。
「全車、車体前面を一〇時方向に向けろ! たとえ一二〇ミリ相手でも、正面からなら耐えれるはずだ!!」
「大隊長、一二時方向からミサイル! チャフ撒いてくれ!!」
 本橋の獅子王の三〇ミリ機関砲を操る横井軍曹の報告。
「チィッ!!」
 本橋は戦車長シートに搭載されているコンソールを叩き、チャフとフレアーを射出させる。しかし獅子王たちに迫っているのは最新型対戦車ミサイルの与一であった。与一はチャフ、フレアーにも惑わされず、真っ直ぐ獅子王目掛けて迫っていた。
 獅子王の三〇ミリ機関砲が吼え、与一を撃墜するが、与一の数が多すぎた。さらに四両の獅子王がミサイルの直撃を受けて大破する。
 さらにNeo−APAGを装備するコロッサスが、三〇ミリ機関砲がミサイルに気を取られている隙を突いて跳び上がり、もっとも装甲が薄い上部を狙ってNeo−APAGを放つ。見事なまでのコンビネーションであった。
「クソッ! このままでは………」
 本橋の指揮専用獅子王を狙うNeo−APAGの砲口。
 だがNeo−APAGが放たれることは無かった。何故ならば本橋を狙っていたコロッサスは、腰を狙撃されて上半身と下半身を引きちぎられて破壊されたからだ。
「何!?」
『無事ですか!?』
 一機の天翔けるPAが本橋を助けたのであった。天翔けるPAは世界中でも一機しかない。ガンフリーダムである。
「ガンフリーダムか!?」
『そうです! これより第八戦車大隊と合流し、マシンヘッドを討ちます!!』
「ありがたい!」
 ガンフリーダムは一旦地に降り立ち、右肩に搭載されている巨大なキャノン砲を構える。いや、それはキャノン砲ではなかった。
「照準………セット!」
 ガンフリーダム内でアーサーが、もっとも敵が密集しているポイントを探り、そしてそのポイントに軸を固定する。
「発射!!」
 アーサーが引き金を引いた次の瞬間、膨大なエネルギーの奔流が右肩の砲口より放たれ、暴流と化したエネルギーはマシンヘッドたちを飲み込み、エネルギーが熱となり、マシンヘッドたちをドロドロに溶かして消し去った。
「せ、戦車長………あれは?」
 あまりの威力に呆然とした横井の声。
「横井、あれが戦略粒子砲Gキャノンだよ。ガンフリーダムのはG−Mk2だったかな?」
 ガンフリーダムの放ったG−Mk2の一撃によってマシンヘッドは四〇機近くが一気に蒸発し、最前線での戦力比が逆転することとなった。
「よし、今だ! 全車、突撃! 機械人形なんざぁ、蹴散らしてしまえ!!」
 本橋がハッパをかけて、第八戦車大隊は突撃を開始する。
 二〇〇ミリスーパーキャノンの一撃を受けてスクラップとなるコロッサス。
 ガンフリーダムの参戦で事態は好転する………かに思われた。しかしマシンヘッドはそう甘くは無かった。
「………ん? せ、戦車長! ミ、ミサイルです!!」
 横井の悲鳴が本橋の耳をつんざく。
「落ち着いて迎撃しろ!」
「僕も手伝います!」
 ガンフリーダムが右手に持つ二〇ミリレールガンであるGガンが連続して唸る。放たれた超高初速二〇ミリ弾はミサイルを過たず貫き、迎撃する。
 しかしマシンヘッドの放った対戦車ミサイルは生半可な数ではなかった。一発、また一発と迎撃してもミサイルは次々と降り注ぐ。アーサーたちの迎撃も、まるで天から降り注ぐ雨の一粒一粒を撃つようであった。
「ダメだ! 当たる!!」
 雨のように降り注いだ対戦車ミサイルが次々と獅子王を破壊する。
「クソッ!!」
 アーサーは八三式防盾を構え、第八戦車大隊の前に立ち塞がり、ミサイルをすべて受けた。これによってさすがの八三式防盾もボロボロとなり、ガンフリーダムは八三式防盾を投げ捨てた。
「しかし今のミサイルは一体………」
 すでに第八戦車大隊の総数は半分を切っていた。これ以上の継戦は困難といえた。
 しかしマシンヘッドは第八戦車大隊のことなどお構いなしに押し寄せる。
 再び第八戦車大隊に向かって攻め寄せるマシンヘッド軍団。その中に、見慣れぬ機体がチラホラと見えた。数的にはコロッサスの三分の一程度しかいないが、その機体は異様なまでのインパクトを第八戦車師団に与えていた。
「デカイ………何だ、ありゃぁ………」
 本橋が呆然として呟いた。
 その見慣れぬマシンヘッドはとても大きかった。一般的なPAが全長一〇メートル以内であるのに、それは一三メートル近くあった。並みのPAより頭一つ以上大きい。そしてそのPAはマニピュレーターとしての手を持っていなかった。腕がそのまま武器となっているのであった。右手が二〇〇ミリクラスの巨砲となっており、左手はNeo−APAGらしき機銃が搭載されていた。
「野郎! みんなの敵だ!!」
 横井が三〇ミリ機関砲をその巨大PAに向けて放つ。しかし巨大PAに三〇ミリ弾はまったく通用しなかった。巨大PAは涼しい顔をして三〇ミリ弾を受け止める。
「な、何………?」
 横井の愕然とした表情を他所に巨大PAの肩部が開く。そこには無数のミサイルが内蔵されていた。どうやら先ほどのミサイルの驟雨を起こしたのはこの機体のようであった。
 巨大PAがカメラアイを不気味に光らせる。
 これが人類と、超重武装マシンヘッド MH−03 ハンマーが邂逅した瞬間であった。



 練馬の旧大日本帝国第三師団駐屯地を間借りした関東方面防衛部隊の司令部。
「ハンマーだと!? あれはまだ完成していなかったはずなのに………」
 ハンマー登場の報を聞いた守口が愕然とする。
「どうやらノアが完成に漕ぎ着けさせたようですね、中将」
 源の額にも冷や汗が滲む。
 ハンマーの火力は圧倒的である。
 一機で重砲一個中隊に匹敵するとまで言われているほどだった。
 だがマシンヘッドの叛乱開始の時点ではまだ未完成であり、この叛乱では出てこないと思われていたのだったが………
「も、守口中将! 大変です!!」
「何だ!? ハンマー登場以上に大変なことなどあるというのか!?」
 守口は苛立ちの余りに部下を怒鳴りつけた。そして怒鳴りつけてから自分のしたことを後悔していた。
「すまん………で、どうしたのだ?」
「デュ、デュアルクレイターがもう一隻現れました! そ、それも九十九里浜を目指しているそうです!!」
「何だって!? 九十九里に!?」
 源のみならず司令部の全員が眼を剥いた。東京から脱出した市民はひとまず千葉県に脱出させていたというのに!!
「マズイ………こちらの全戦力が東京に集結しているっていうのに………」
 源は関東方面の地図を見ながら絶望に打ちひしがれた。



 房総丘陵の山奥。
 突如、この地の空間が裂けた。
 そして一機の巨人と、三人の男女が裂けた空間から房総丘陵に降り立った。
 一機の巨人は銀色の装甲と中世ヨーロッパの鎧騎士のようなシルエットを持っていた。そして三人の男女は額から鼻の辺りまで覆い隠される仮面を装着していた。この仮面によって彼らの顔をうかがい知ることはできない。
「え………と、前に来たときは一九七二年だったっけか?」
 仮面をつけた男の一人が誰に言うでもなく呟いた。彼の仮面は目の辺りに緩やかなVの字の切れ込みが入っており、それで前が見えているようだった。
「そうだ。だから今は大体………一九八五年くらいだろうな」
 もう一人の男がそれに答えた。こちらの男の仮面は目の辺りに三本の隙間が開いている。
「にしても………何か様子がおかしないか?」
 女は関西弁で言った。彼女のは仮面というよりはジョークアイテムっぽい大きな赤い眼鏡であったが。
「ふむ………詳しい状況はわからんが」
 三本線の仮面の男が九十九里方面を指差しながら言った。
「日本が戦場になっているらしいな」
 三本線の仮面の男が指差す先にはデュアルクレイターと上陸を行っているマシンヘッドたちがあった。
「何だ何だぁ? 帝国陸軍は何やってんだ? おまけに帝国海軍はどうしたんだ? 簡単に敵の上陸を許しやがって………」
 Vの字仮面の男が呆れ声で言った。
「で、どうすんや?」
 大きな赤い眼鏡の女性が尋ねた。
「ま、見捨てるわけにもいかんでしょ」
 そういうとVの字仮面の男が白銀の、鎧騎士のようなシルエットをしたPAらしきものに乗り込んだ。
「それでこそうちの惚れた人やで〜♪」
「惚気てる場合じゃないぞ。どうやら上陸してきた奴ら、国際法の何たるかを知らんらしいな。ま、俺たちがこっちにいない間に国際法が変わったのかもしれないがな」
 三本線の仮面の男が下種を見るよう目で言った。
 上陸してきたマシンヘッドは九十九里浜付近の建物に容赦なく攻撃を仕掛けていたからだ。
コバルト………いつまでもお前の好きにはさせんさ」
 鎧騎士のPAに乗り込んだVの字仮面の男がコクピットで呟いた。
 そして鎧騎士はそのまま九十九里浜目掛けて走り出したのであった。


マシンヘッドデータファイルNo.4
MH−03 ハンマー

全長:一二.八メートル
自重:三二トン
最大自走速度(バーニア未使用):四七キロ
最大速度(バーニア使用時):一五〇キロ
最大跳躍高(バーニア未使用):七メートル
最大作戦行動時間:八九時間
装甲
チタン・セラミック複合装甲(最大装甲厚五〇〇ミリ)
動力源
ガスタービン・エンジン

固定武装
二〇〇ミリヘヴィ・キャノン砲(右腕自体が砲となっている)
七六ミリマシンガン Neo−APAG(左腕自体がそうなっている)
インパクトアンカー(左腕にNeo−APAGと共に内蔵されているパイルバンカー)
対戦車ミサイル 与一(両肩、両脚、胴体、背中などに合計一二〇発装備)
火炎放射器(頭部の口のような部分に搭載)

特記事項
 機動性が命であるはずのPAの常識を覆したマシンヘッド。
 一機で重砲一個中隊分の火力を持つとまで言われており、さらに装甲も戦車砲の直撃でも耐えるほどに厚い。
 マシンヘッドの中で最も恐ろしい機体であるといえる。


次回予告





「我が愛機の名は皇武。武を治める者だ!!」





「そんな生温い戦い方で戦争に勝てると思うなよ」





「敵なのか………それとも味方なのか………」






葬神話
第六話「光、再臨」へ続く




――これは人類最新の神話である


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第六話「光、再臨」

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