葬神話
第七話「帰還者 ―returner―」


 一九八五年一一月一三日午後八時二三分。
 千葉県九十九里浜。
 一機の輸送ヘリが九十九里浜に着陸する。着陸するやすぐさまヘリから飛び出してきたのは関東方面防衛部隊参謀の源 猛中佐であった。源はマシンヘッドの残骸の山の上に立つ三人の許へ駆け寄る。
 三人のいでたちは奇妙なものだった。
 三人とも顔が知られないように目の周囲を覆い隠す仮面や縁の大きな眼鏡をつけていた。正体を知られたくないということだろうか。
「初めまして。私は国連平和維持部隊ソード・オブ・ピースの源 猛中佐です。貴方たちが皇武のパイロットですか?」
 源の問いに緩やかなVの字の切れ込みが入った仮面をつけた男が答えた。身長は一七八センチ程度で骨太のガッシリとした体格。短く切りそろえた髪を整髪量を天に向けて逆立てていた。仮面で顔の上半分を隠しているが、年齢は三〇代中盤といったところか。しかし仮面の奥の瞳は好奇心旺盛な少年のように綺麗に輝いていた。
「ああ、それなら俺だ。俺の名はシャイン………」
「シャイン? 貴方がシャインさんですか。あの時の無線は私だったんですよ」
 源は人懐っこい笑顔を浮かべて嬉しそうに言ってシャインに向かって右手を出した。シャインも躊躇わず出された手を取る。
「貴方のおかげで人類は助かりました。ありがとうございます」
「何、気にするな」
「しかしどういうわけだ? マシンヘッドがこんな所に出るなんて」
 目の辺りに漢字の三の字の切れ込みが入った仮面をつけた男が尋ねた。こちらは身長一七三センチ程度とやや小柄で、髪は櫛で適当に撫で付けただけであった。シャインと同じかやや上の年齢に見えるが、シャインとは対照的に仮面の奥の瞳は人との馴れ合いを否定するかのように冷たい光を湛えていた。
「ああ、コイツはブレイブだ。無愛想だが気にするな」
 シャインはそう言ったが、源は彼の眼差しに嫌悪感を感じていた。しかしそんなことはおくびにも出さず言った。
「わかりません………。大西洋ならともかく太平洋は我々、人類が制海権を握っているはずなのですが………」
「哨戒ラインにかからなかったのか?」
「はい。まるでワープしてきたかのように突如東京近海に現れましたから………」
 源の言葉を聞いたシャインはそっとブレイブに耳打ちする。
(間違いなく奴の仕業だな)
(うむ………)
 二人の男の仮面の下の目にかすかな影が差し込める。
「あの………貴方たちは一体何者なのですか?」
 ブレイブの質問によって聞く機会を見失っていた源だったが、ようやくにして本題を切り出す。
「え? あ、あの、うちらは………」
 縁が大きめで分厚いレンズの眼鏡をかけた女が困惑を滲ませながら返答に詰まる。しかし彼女の後を継いだブレイブは惑うことなく言った。
「我々が仮面をつけている理由は単純だ。我々はこのマシンヘッドによって顔を焼かれてしまってね」
 ブレイブはそう言うと忌々しげに足元のマシンヘッドの残骸を蹴った。
「というわけで顔を明かしたくはない。理解してもらえるかね?」
 ブレイブの眼光はたった一つの返事しか許さないといわんばかりに鋭く光っていた。源はその眼に射すくめられてしまった。
「え? あ、はぁ………ではあのPAは一体………?」
「ん? ああ、皇武か? 皇武はそちらの女性、チュルルさんが開発したものだ」
 ブレイブは女を指差して言った。
「あ、あはは………い、一応うちが開発したといえばそうなるんやけど………」
 チュルルと呼ばれた女は硬い笑顔を浮かべながら言いよどむ。
 そんなチュルルに助け舟を出したのはシャインだった。
「チュルルは俺のカミさんなんだぜ。美人でおまけに頭もいい。羨ましいだろう、源中佐?」
 シャインはチュルルの肩を抱き寄せながら自慢げに胸をそらせた。
 源は性格的に押しがあまり強くない。そのためにそれ以上の追求はすべてシャインとブレイブによってはぐらかされてしまったのだった。



 その後、シャイン、チュルル、ブレイブの三人は東京の帝国ホテルに案内され、そのスウィートルームを貸し与えられた。それは日米戦前から続く伝統と格式の高い高級ホテルであった。
 時に一九八五年一一月一三日午後一〇時一八分のことであった。
 尚、その間皇武は甲止力研の面々が調査を行うべく練馬の旧帝国陸軍第三師団司令部の格納庫に収められることとなっていた。
「やれやれ………。初日から色々とあったが、先ずはいい感じのスタートだな」
 シャインは帝国ホテルの最高級スウィートルームのベッドに倒れこむ。高級スウィートルームのベッドのスプリングは優しくシャインを支えた。
「お? あはは。このベッド、よく跳ねるじゃん」
 まるで子供のようにベッドにその身を跳ねさせるシャイン。ブレイブは眉間の辺りを押さえながら言った。
「はしゃぐな。三八歳」
「と、年を言うなよ、ユウ………」
「ブレイブ」
「っと。そうだったな、ブレイブ」
「シャイン、お前は本当に油断ならないな。この名前を決めたのはお前自身なんだがな」
 ブレイブは呆れ気味に窓の外の夜景を見やる。
 ブレイブの記憶にある東京の夜景は幻想的なものだった。東京新大地の油田から吹き上げる炎はウィル・オ・ウィスプのように揺らめきながら、東京の街頭が地上の星のように煌く。それは見る物を神話の世界へと誘う魅惑の景色であった。
 しかし今の窓の外はそのような幻想とは無縁であった。油田は採掘方法が進化し、昔は燃やすしかなかったガスすらも資源として使うようになり、ウィル・オ・ウィスプの煌きは彼方の物となり、工場都市としての性格が強くなった東京に夜住まう者は戦前の半分以下となっていた。ただし昼間の人口は戦前の倍以上であるが。
「まるで浦島太郎だな」
「あ? 何か言ったか、ブレイブ?」
「いや………。何でもない」
 ブレイブは頭を振って感傷を払う。
「さて、明日以降どうするかだな」
「皇武のメカニズムが甲止力研とかいう連中に解けることはあらへん。けどうちの皇武がいじられ続けるのは面白ぅ無いで」
 チュルルの意見に同意したのはブレイブだった。
「そうだな。一刻も早く我々の立場を確立する必要がある」
「そのことなら俺に任せろ。明日、大阪に行く輸送機に便乗させてもらえるようには頼んでおいたぜ」
 そう言って胸をそらすシャイン。チュルルが「さすがうちの旦那様や」とのろけるのを他所にブレイブが言った。
「シャインにしては手回しがいいと思ったが、相変わらずお前は詰めが甘い甘ちゃんだったな」
「何!?」
「お前の申請は宙ぶらりんの所で止まっていた。俺が源中佐に頭下げて乗せてもらえるようにしたんだぞ」
「………そりゃゴメン」
 シャインが顔を真っ赤にして謝る。
「しっかし高橋さんチはまだ京都にあるのかねぇ」
 照れ隠しを含めてシャインが話題をそらす。
「さぁな」
 しかしブレイブは冷たい表情を崩さない。
「まぁ、あの手の人物は代々の家を護るのが常だろう。だから京都にいる可能性は高いさ」
「高橋はんらも年とったやろうなぁ」
 思わずチュルルの口から漏れた言葉に一同は時の流れを痛感する。
 俺たちは時の流れを外れた場所で暮らしていた。だからあの時からほとんど年を取っていない。しかしこちら側は時の流れに確実に侵食されていた。
 門(ゲート)を超えた時に最初に感じたのは時の流れの恐ろしさだった。俺たちがいた頃では考えることすらできなかった兵器が戦う世界。御伽草子の浦島太郎と同じ境遇を味わうとは………思いもしなかった。
「ま、悩んでも仕方ないか」
 シャインはそういうとさっさとベッドに潜り込んだ。
「今日はもう寝ちまおうぜ。明日に備えてさ」
 その言葉に異論を挟むものはいなかった。
 時の流れに取り残された三人は、三様の感傷を胸に眠りについたのだった。



 翌日。
 旧大日本帝国空軍が使用していた木下二五式大型輸送機が飛行機雲を後に引きながら西に飛ぶ。
 二五式大型輸送機は飛行艇のように離着水も可能であったがために離島での急病人の移送などにも活躍したことがある名機であった。大きな胴体とそれに見合わぬほど小さなな翼。一部で「ペンギン」と呼ばれる所以である。
 その空飛ぶペンギンの中に三人は乗っていた。
「貴方たちが九十九里で活躍した噂の方々ですって? ニュースで見ました。最も新しい英雄の輸送を担当できるなんて光栄ですわ」
 空飛ぶペンギンの機長は二〇代半ばの若き女性であった。艶やかな黒髪を短く切っているのは飛行機乗りの宿命であるが、それは人類の損失であるとシャインは密かに思っていた。しかし体のラインにピッタリと合った飛行服によって強調されている胸に彼の目は吸い寄せられていたので、その考えは表には出なかった。もっとも劣情の方は惜しげもなく表に出ていたために、彼の妻であり控えめな胸の持ち主であるチュルルによって足を思いっきり踏みつけられたのだった。
 犬も食わぬ喧嘩を尻目にブレイブが言った。
「英雄、ね………。人は誰もが英雄ですよ、こんなご時世じゃ」
「人間はみんなライダーなんだよ」
「はい?」
 かっこつけたブレイブの発言に、足を踏まれながらも茶々を挟むシャイン。そして意味がわからず怪訝な顔をする機長。ブレイブはシャインの発言を無視して話を進める。
「ところで操縦の方はよろしいのかな、機長?」
「あ、はい。この二五式はオートパイロットですから、離着陸の際に少し手伝うだけで簡単に飛べるんですよ」
 そう言うと機長は三人にコーヒーを手渡した。
「なるほど。一度飛んだら後は着陸まで気楽にしてればいい訳だ」
「ええ。いい時代になったと思いますよ。少しつまらないですけどね」
 そう言って機長は微笑んだ。
「あ、もっと砂糖もらえますかね?」
 シャインが遠慮なく砂糖を欲しがる。機長はすぐさま一人前の砂糖が納められている紙製のスティックの束を渡す。好きなだけとって下さいということだ。シャインはその束から無造作に五本ほど掴むと遠慮なくすべてコーヒーの暗黒海に投入した。
 周囲の異常者を見るような目もどこ吹く風で甘ったるいコーヒーを美味そうに飲むシャイン。
 それを見ていた機長がクスリと笑う。
「機長、気にしないでくれ。この男は味覚傷害なのだ。亜鉛が足りないのだな」
「うちはちゃんと栄養のバランスを取った食事にしてるんやけどなぁ、ブレイブはんや」
 ブレイブの酷評に口を尖らせるチュルル。
「いえ、シャインさんが私の祖父に聞いていた人みたいでしたから」
「へぇ? 機長の爺さんが言ってた人ってどんな人なの?」
 自分ほどの甘党が二人もいるということに興味を引かれたシャインがコーヒーの湯気で顎を湿らせながら尋ねた。
「何でも焼酎を飲むのにツマミとしてイチゴショートケーキを食べるような人だったとか。後、その焼酎もカルピスの原液二に焼酎一で割っていたとか」
 思い出し笑いをしながら応える機長。一瞬だけだが三人の手がピクリと震えたことに彼女は気づけなかった。
「そ、そういえば機長。君の名前、聞いていなかったな」
 額に汗を滲ませながら尋ねるシャイン。
「あ、私ですか? そういえば自己紹介がまだでしたね。私は押川 光(ひかる)と申します。所属は第三復員省関東空輸局、いわゆる旧帝国空軍輸送機部隊で、現役時は少尉でした」
 その名を聞いた時、シャインは全身に鳥肌を立たせた。
「? あの、シャインさん?」
「お、押川って。もしかして君の祖父って………押川 恵太とか言ったりなんかしちゃったりして?」
「あ、よくご存知ですね! もしかしてシャインさん、日米戦争の頃の海軍がお好きですか?」
「え!? あ、まぁ、嫌いじゃないですよ………あははは」
 シャインは表向きは平静を装っていたが、背中は冷や汗でグッショリであった。
 押川 恵太って! あの押川かよー!!
「それじゃいいこと教えてあげます。シャインさん並の甘党の人って、あの山本 光大佐のことなんですって。祖父が言うには今の山本 光像は過ちだらけだとか。あはは、信じてもらえないかもしれませんけど、祖父は割と真顔で言うんですよ」
「あ、あぁ、何つーか………。い、意外な事実だね」
「ええ………あら。そろそろ操縦席に戻らないと。では失礼しますね」
 そう言うと押川 光は操縦席に戻っていった。
 三人、特にシャインは世間の狭さというものを痛感して頭を抱えることとなった。



 三人が京都市内にある高橋家の屋敷に到着したのは午後二時一二分のことであった。
 高橋邸は三人の記憶とは違った形をしていた。いや、知っている部分をいくつか残しているのだから増築を施したのだろう。
「おっ? 高橋の表札! やっぱここにまだいるみてーだな」
 シャインは嬉しそうに表札を指差した。
「んじゃ呼び鈴押そか」
 チュルルがそう言って呼び鈴を押す。
 昔ながらのピンポ〜ンという音がそこそこに広い高橋邸に鳴り響く。
「まったく………誰じゃ? 新聞の勧誘ならお断りじゃぞ」
 慇懃無礼に玄関の引き戸を開いて現れたのは女性であった。四〇目前かもしくはそのラインを超えたか。年齢的にはオバチャンなのだが容姿はまだまだお姉さんで通るほどに綺麗なものだった。
 しかし出てきた女性は三人のいでたちを見て半歩あとずさる。常人ならば体面を気にせず背中を見せて逃げてもおかしくないほど怪しい仮面の三人組なのに。半歩しか退がらなかったのはむしろ賞賛に値した。ちなみに先ほどの輸送機の押川 光は上から「そういう人たちである」との通達があったので驚くことはなかった。
「な、何じゃお前たちは? 一体何者じゃ!?」
「その慇懃な口調………。もしかして神奈か?」
「何? 余の名前を知る………。お前は何者じゃ!?」
 ぶしつけに自分の名前を呼ばれた高橋 神奈は一目散に逃げ出したい欲求に必死に耐えながら勢いよく怒鳴る。しかしそれが虚勢だと気付かぬは本人ばかり也。
「お? 随分な挨拶だな? 昔、『こっから富士山が見えなかったら眼鏡かけろや、ゴルァ(゚Д゚)!』と凄んだ男を忘れたか?」
「アンタ、そんなんやったんかいな………」
 シャインの言葉にチュルルが頭を抱え、神奈は記憶中枢を刺激された様子だった。
「ああ! で、でもあの無礼者は死んだはず………」
「どうなさいました、神奈様?」
 時の流れが若さを侵食しきっているはずなのに、それでも往年の美貌を保つ神奈の養母 裏葉が神奈を心配して顔を出す。裏葉の傍らには彼女の最愛の夫である柳也が寄り添っていた。
 三人は知らないことだが、この夫妻は日米戦争後はマリアナ諸島で暮らしていたが、今回のマシンヘッドの叛乱開始直後に神奈の夫の手引きで京都の高橋邸に疎開していたのだった。
「お? こっちは大して変わってないねぇ。もしかして妖怪か何かだったのかい、裏葉さん?」
 シャインが記憶とほぼ変わりない裏葉を見て嬉しそうに微笑んだ。
「な………貴方たちは死んだはず………」
 シャインたちの正体を悟った裏葉が声を詰まらせる。それに対しシニカルな笑みを浮かべてシャインは言った。
「俺は作戦行動中なんだろ? んじゃ帰ってきたってことだよ」
 そう言うとシャインはおもむろに仮面に手をやり、顔の半分を覆い隠していた仮面を取り外す。それにブレイブとチュルルも倣った。
 仮面を取り外したシャイン。
 その正体は日米戦争時に戦艦 大和の艦長としてマリアナ沖に散り、戦意高揚のために虚構の英雄となった男。その名は山本 光であった。
 チュルルの正体は英雄山本 光の最愛に妻にして謎の失踪を遂げた悲劇の大女優。李 紅蘭であった。
 そしてブレイブの正体は日米戦争を講和に導いた最功労者でありながら日米戦争でもっとも忌み嫌われた鬼畜王。結城 繁治であった。



 それから一時間はシャインこと山本たちの今までの話で盛り上がっていた。(要するに超火葬戦記の話)もっともいちいち話を変に膨らませようとするシャインの暴走とそれを冷静にツッこむブレイブの漫才さえなければ二〇分ほどで終わりそうな感じがしたが。
「………てなわけで、うちとミッちゃんと三十六(山本たちの養子)の三人でレパルラントで暮らすことにしたんよ〜」
 そう言って話を締めながらシャインの腕に抱きつくチュルル。まぁ、見事なバカップルぶりで。
 これは日米戦前に二人の交際を極秘としていた反動なのだろうか。高橋 柳也はそんなことを思いながら二人を見ていた。もっとも高橋夫妻も齢八〇を超えながら未だに人前でも平気でイチャつくような夫婦だったりするわけだが。異常者は自分が異常だとは思わないのであった。
「異世界レパルラントねぇ。個人的には信じがたい話だが………」
 柳也がそう言いながらタバコを咥えるとブレイブこと結城が火をつけた。ブレイブはすでにこの家に来てからタバコを一〇本以上吸っている。
「目の前にお前たちがいるんじゃ信じる他ないようだな」
「さっすが高橋さん! 話がわかる!」
 そうでないと作者も困る。
「で」
 柳也は吸い終えたタバコをブレイブの吸殻であふれかえりそうになっている灰皿に埋没させた。
「お前たちは何でこっちに来たんだ? そのレパルラントとやらではこちらの情勢はわからないんじゃないのか?」
「私たちがこの時期にこちら側に来たのはまったくの偶然です。ですがいい時期に来る事ができたとも思いましたよ」
 ブレイブは一四本目のタバコを箱から取り出して咥えようとする。しかし不意にその手をピクリと止める。神奈の傍でちょこんと座る少女が気遣わしげな瞳で自分をじっと見ていたことに気付いたからだ。タバコをそっと箱の中に戻して続ける。
「私たちがこちらに来た理由はただ一つ。復讐です」
「復讐?」
 柳也の視線が研ぎ澄まされた真剣の如き光を放つ。柳也の妻、裏葉が三人に言った。
「では貴方たちは『アドミニスター』幹部唯一の生存者にして現在行方不明のヘッツァーを倒すというのですね」
「ええ」
「彼は輪廻を超えた存在ですよ」
 裏葉の言葉に驚くこともなく答えたのはシャインだった。
「そう。奴は不老の存在。そしてこの世界に戦乱の種を撒く悪魔」
 彼らはこのマシンヘッド叛乱を鎮圧するためにこちらに来たのではない。その奥に控えている元凶を断ちに来たのだ。
「………なるほど。これで貴方たちがここに来た理由もわかりました」
「なら話は早い。さっそく我々と共に………」
「ですが私はもう年です。貴方たちと共に戦場を巡るなどとてもできはしません」
 しかし裏葉はシャインたちの申し出を断った。
「………仕方ありませんね」
 ブレイブは予想以上にスンナリと引き下がった。しかし納得がいかないと立ち上がったのはシャインであった。相変わらずストレートに感情をぶつけてくる人だ。裏葉は自分の知る姿のままのシャインこと山本の姿を眩しそうに見つめる。
「何でだよ、裏葉さん! そりゃ貴方の力を利用するのはただ事じゃないことくらいは承知してるけど………だからって!」
「落ち着け、シャイン」
 ブレイブがシャインの袖を引いて自制を促す。
「これが落ち着いていられるか!」
「神奈さんの娘さんが怯えているぞ」
「む………」
 ここでようやくシャインは自分がからかわれていたことに気付く。
 そうだった。裏葉さんはお茶目というか何というかな性格の人で、瞬間湯沸かし器の自分はよくからかわれては感情をむき出しにしていたのだった。チッ。三つ子の魂百までってか。
「さて、人の悪い意地悪はやめて頂きたいですな、裏葉さん」
「ふふ………。ですが私が行かないのは事実です。代わりにこの子を行かせようと思います」
 裏葉はそう言って神奈の娘、木葉の背中を優しく叩いた。
「この子は………」
「神奈の娘で木葉といいます。この子は私と同じ全知の力を持っています」
 裏葉の決定に木葉は小さな眼をパチクリとさせていたが、翻意を求めて裏葉の袖を引いた。
「その子が? しかしその能力は一時代に一人しか持ちえないと聞いていたが………」
「ま、例外はあるってことやね」
 ブレイブとチュルルの会話を聞きながら木葉は助け舟を求めて母である神奈を見やる。しかし神奈は木葉の求める舟を出さなかった。
「木葉。余の意見で変わるような決心では、結局どの道を選んでもダメじゃ。自分で考えるんじゃな」
「う、うん………。あ、あの、山本さん」
 木葉がおずおずとシャインに声をかける。
「ん?」
「運命は、変えられるのでしょうか?」
 シャインは迷うことなく言い切った。
「運命なんてこの手で掴む物だぜ、木葉ちゃん」
「私の手でも、掴めますか?」
「余裕」
 木葉は力強く頷いた。返答はそれで充分だった。
「んじゃ裏葉さん、神奈さん。木葉ちゃんをお借りします」
「ちょっとでも傷をつけたら承知しないですよ?」
 にこやかな表情だがそれだけに裏葉の言葉は背筋が凍る迫力があった。
「さて、高橋さん。実はもう一つお願いがあるんだけど」
 シャインが揉み手で柳也に頭を下げる。
「お願い? 何か嫌な予感がするなぁ」
「なぁに、ちょっとセッティングをお願いしたいだけですよん♪」
「セッティングぅ?」
 怪訝な表情の柳也にシャインはある名前を告げる………。



 一九八五年一一月一四日午後七時半。
 大日本帝国帝都大阪。
 大正時代の関東大震災後に誕生した東京新大地を元手にした帝国の急速な発展は東京の空気を汚し、時の皇太子(つまりは後の昭和天皇)の肺に暗い影を落とすこととなった。
 そのために大日本帝国は東京完全工業化のために皇族のみならず政府機能のすべてを別の場所に移転する、つまりは遷都を決意。
 紆余曲折の末に帝都大阪は誕生したのであった。
 大阪に移った大日本帝国の皇族が住まうのは増築&改築工事の末に江戸城をも上回る巨城として生まれ変わった大阪城であった。
 その大阪城の宮中晩餐会のために使われる部屋に今上天皇裕仁と、大正天皇の第三皇子である高松宮 宣仁(元海軍元帥・軍事参議官)、そして父である伏見宮が引き起こした第二次二・二六事件の責を取るために皇族の地位を捨てながら、血の滲むような努力の末に大日本帝国首相となって帝国再建を見事に成功させた伏見 博信が集められていた。
「マリアナで楽隠居していたはずの高橋殿がこっちに戻ってきていたことにも驚きましたが」
 伏見がこの場に集まった面々を見て言った。
「その高橋殿からここに来るように言われたのはもっと驚きです」
「宣仁と博信に会わせたい者がいるということだ」
 今上天皇裕仁が伏見に言った。
「ただ、朕も彼を話に聞くだけでなく一度でよいから一目見てみたい。だから一緒させてもらう」
「あの、陛下。その私たちがここで会う者は私たちが知っている者なのですか?」
 今上帝は楽しそうに頷き、高松宮と伏見は顔を見合わせる。二人ともいわゆるやんごとない身分である。知り合いは数多くいるが、今上帝にここまで興味を引かせるような人物に心当たりはなかった。
「陛下。彼が到着いたしました」
 宮内庁の初老男が恭しく一礼。そして一人の男を案内する。男は純白の海軍第二種軍装に身を包んでいた。男は緊張にも負けずに敬礼。しかしどこか余所余所しい、表情の硬い敬礼であった。
「………ッ!?」
 男の姿を見た高松宮と伏見が息を呑む。その驚愕に引きつった顔は男を捉えていた緊張の鎖を解き砕いた。男は完全に調子を取り戻して言った。
「帝国海軍大佐、山本 光! ただいま戻りました!」
 海軍軍人らしい凛とした声。そして山本はニヤりと笑う。
「山本………」
「ほ、本当に山本 光なのか!?」
 高松宮は勢いよく立ち上がる余り椅子を倒してしまう。しかし高松宮はそんなことを気に留めることすらできなかった。
「へへ、足ならちゃんとついてるぜ、テル」
 高松宮と山本は海兵での同期生だった。当時(海軍軍人を志してたくせに)共産主義に被れ、身分制度なんかクソ食らえだと思っていた山本は高松宮に遠慮なくタメ口で話しかけたのだった。皇族であったがために親友という間柄に恵まれなかった高松宮はコロリと堕ち、周囲が気付いた頃には宮様は山本の振りまく問題児ウィルスに汚染されてしまったのだった。ソード・オブ・ピース設立によって帝国海軍は解体となったが、それでも「夜の兵学校宿舎を抜け出し、呉の立ち飲み居酒屋で安酒を呷る高松宮と山本」というのは最重要国家機密として闇の底に封印されていた。ちなみに山本&高松宮関連の機密事項はそれだけではなく、ファイル一冊分はあるらしい。さらに翌年には新たに入学した伏見宮 博信までもがその仲間に加わってしまい、その時期の宮内庁は山本暗殺を本気で考えていたといわれている。
「よ、よくぞ生きて………」
 しかし山本は高松宮の言葉を途中で止めた。
「積もる話があるのはわかるが、今はそれ所じゃない。俺の話を聞いて欲しい」
 そして山本は高橋邸でも語った話を三人の皇族に聞かせるべくコホンと一つ咳払い。
 自分と大和が霧に包まれて異世界レパルラントに行った事。
 レパルラントの争いを止めるために戦った事。
 今では紅蘭と三十六とレパルラントで平和に暮らしている事。
 しかし今回、こっちの世界に戻ってきたのはすべての元凶を倒すためだという事。
 そのために今は仮面で顔を隠し「シャイン」と名乗っている事。
 すでに九十九里浜で戦った事………。
「なるほど。大体の事情は分かった」
 高松宮は椅子の背もたれに寄りかかって天井に吊り下げられているシャンデリアを見上げる。
「で、私たちにできることはないんですか、先輩?」
 伏見は身を乗り出して訊く。山本&高松宮コンビの後輩として宮内庁に頭を抱えさせていたあの頃のノリで伏見は尋ねていた。
「とりあえず俺と結城と紅蘭、そして高橋さんチのネクストジェネレーション木葉ちゃんに肩書きをくれ。そのソード・オブ・ピースとやらに俺たちの参加したい」
「そのヘッツァーとやらを直には狙わないのか?」
「奴は『箱舟』の中枢にいるそうだ。さすがに俺たちだけじゃどうしようもない位置だ」
「なるほど。だからソード・オブ・ピースに協力して『箱舟』まで行くって訳だな」
「でも先輩、その情報はホントなんスか? 国連が方々に手を回してもわかんなかった情報ですよ、それ」
「後、お前ら三人はともかく何でその木葉ちゃんとやらにまで肩書きが必要なんだ?」
 木葉がこの世界の始まりから終焉までの知識を持つという全知の能力者であることは元首相であっても知らないようだ。伏見の口ぶりでは裏葉さんがそうであることも知らないらしい。………となると裏葉に聞こうと言った張本人である結城の奴は何で知ってたんだ? 山本は不意に疑問にかられたが今はどうでもいいことだろう。
「先輩?」
「あ、いや………。とにかくそれは確実なんだ。ホント。木葉ちゃんは………その、可愛いから?」
「お前、あっちの世界でロリコンに目覚めたのか?」
「妻帯者の癖に」
「山本」
 今まで黙って話を聞いていた今上天皇が山本たちに口を挟んだ。
「は、はい!?」
「肩書きの件は朕に任せろ。宣仁も博信も必要以上のことを訊かない方がよいのではないか?」
 今上天皇は二人の皇族には見えないように山本に目配せする。
「そ、そう! このことはレパルラントの秘密に関係してるんだ。あまりこっちの世界でそういう事情を話すわけにもいかないから………勘弁してください!」
「まぁ、陛下がそう仰るのなら………」
 二人はしぶしぶといった体で矛を収めてくれた。
「で、山本。用件は他にあるか?」
「え? あ、はい、これくらいですね」
「あ、そう」
 今上天皇はそう言うと山本たちを晩餐に誘った。
 今上天皇は心のうちで密かに山本に呟いた。
 朕の姪っ子のことはよろしく頼む………。姪といっても朕は彼女を抱き上げることはおろか見ることすら許されないのだが。
 神奈が今上天皇の妹にあたることを知るのは今上天皇と高橋夫妻のみ。神奈自身ですら自分が皇族であることを知らない。木葉にいたっては何をかいわんやである。
 皇室は二六〇〇年以上続くが、それ故に人には言えぬ事情が螺旋となって複雑に絡んでいるのであった。



 満天の星空の下、男は花束を置いた。
 花束は墓石に添えられたのだった。その墓石には「遠田 邦彦」と書かれていた。
 夜に墓地を訪れるものがいないのは当然のことだが、どうもこの墓地は昼間に訪れる者も少ないらしい。手入れが明らかに行き届いていなかった。
 ブレイブは仮面をそっと外して結城 繁治に戻り、今は亡き上司の墓前で呟く。
「総長………見ててください。俺、俺………」
 一〇分ほどそのまま佇んでいたかと思うと結城はブレイブに戻り、遠田の墓に背を向ける。
 もう二度とこの墓前に立つことはないだろう。
 だから次に会う時はあの世で会う時だ。
 その時に胸を張って総長に報告できるようにするのだ。
 我が身に宿る才能のすべてを用いて。
 おぼろげな月が彼の背中を照らしていた。


次回予告




「ハムート・バルークス様がおられる限り、我が王国は安泰ですわ」




「ふはは………せいぜいしませてくれ」




「コバルトオオオォォォ! 貴様ァァァァ!!」





葬神話
第八話「始まりの時」へ続く




――これは人類最新の神話である


第六話「光、再臨」

第八話「始まりの時」

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