未だ燃え尽きない炎が黒煙をあげ、バラックだった瓦礫は片付けられることなく山と集まっている。
 カンビレの村は廃墟の地と化していた。
 この廃墟の地が復興する事はないだろう。わずかに生き残った村人はみな年老いており、自分たちの死でこの村に幕が引かれることをよしとしていたからだ。
 だが、この村を訪れていた若人たちは朽ちていくことをよしとはしなかった。
 今、その若人の象徴が再生の時を迎えようとしていた。



「……………」
 ミトロファン研究所の入り口傍で力なく腰かけているのはライラだった。ライラは脚を抱きしめるようにして座り、暗い眼差しを地面に向けていた。
 そんなライラを見つけて声をかけたのはビリーだった。
「よっ、元気ないな」
 ビリーはライラの返事を待たず、水筒を取り出し、蓋兼カップを外すと水筒の中を注いで手渡した。水筒の中はボムポポで淹れた代用コーヒーだった。
「ま、飲めよ」
「………ありがと」
「随分と暗くなったな」
「明るく………振舞えるはずがないでしょ」
 死んだと思われていた弟、オズワルドが再びライラの前に姿を現した。しかしその弟はジェイクが人類に溶け込むために放った人型モンスターが化けたものだった。オズワルドはヨハン殺害のきっかけを作り、マリィをさらって逃亡した。
 その事実はライラの心を踏みにじるものだった。
「………お前、覚えてるか?」
 ライラが応えなくてもビリーは言葉を続けた。
「お前、シティ・ガーディアンズの本部で俺を叱っただろ。覚えてるか?」
「……………」
「俺はあの言葉で救われた。感謝している。だから、今度は俺がお前に言葉をかける番だと思うんだ」
 ビリーはライラの肩に手を置き、ライラの視線を自分の顔に向けさせる。
「いいか、ライラ。お前は確かにドジを踏んだ。失敗した。だが、お前はまだ生きている。生きているなら、チャンスはなくならない! 生き続けている限り、失敗の落とし前をつけることは………絶対に出来る!!」
「ビリー………」
 ビリーの言葉を聞いたライラの眼に色が戻り始める。精気の色が広がり始めるライラの瞳に映るビリーは少し照れくさそうだが、満面にニコリと笑みを浮かべた。
「いい顔だ。お前は、元気な顔が似合うぜ」
 そう呟いてから三〇秒後、自分の発言を吟味したのかビリーは急に顔を赤くして続けた。
「いや、変な意味はないから!? 別にキレイだとかそういう意味じゃ………」
「………フフ」
 ライラは必死に言いつくろおうとしてボロを広げているビリーがおかしくて笑った。ビリーはどんな表情をしていいのかわからず、手持ち無沙汰に頭を掻いていた。



「リカルド、お前は恐ろしい子じゃ」
 オズワルドに撃たれた右胸に包帯を巻いたミトロファンが呟いた。父親から「恐ろしい」と表現された息子は無表情のまま応えた。
「………ええ、自覚はあります」
 リカルドはベッドに横たえられたヨハンの遺体に手を加えることを止めなかった。作業を続けたまま会話を続ける。
「でもね、父さん。私は自分の行いに後悔はない」
「………それが原因で人類が滅びようとも?」
「私の行動の結果、人類が滅ぶというのなら………放っておいても人類はいつか滅びることになる。それは要するに結末が訪れるのが先になるということです」
「………決意は固いようじゃな。まぁ、お前はお前が信じる道を行けばいい。それを笑ったり、けなしたりする事は大破壊以前から変わらぬタブーだろうさ」
「ありがとう、父さん」
 リカルドは目の端に涙を蓄えながら、最後の作業を終えた。そして………ヨハンの遺体・・の左胸に手を伸ばす。



 ヨハンは暗黒の中に自分がいることを自覚した。
「ここは、どこだろ………?」
 暗闇を歩くが光はどこにも見えない。ヨハンの心に不安が広がっていく。
『久しぶりだな、ヨハン』
 ヨハンは不意に聞こえた声に体をビクリと強張らせた。しかし、それは一瞬のこと。その声の正体に気付いてすぐさま緊張を解いた。
「その声………父さん!?」
 ヨハンは視線を右に左に動かすが、しかし彼の眼には何もうつらない。
『そうだ』
 その一声を合図に暗闇の中にぼんやりと浮ぶ人影。その人影はヨハンを庇って死んでいった父、クレメントのものであった。クレメントは足を動かさずにヨハンに近付き、ヨハンの頭を撫でた。クレメントはヨハンを褒める時、いつもそうやって頭を撫でてくれた。
「と、父さん………」
『少し見ないだけで大きく、立派になったな、ヨハン』
 お前は父の誇りだ。クレメントの大きく、ゴツゴツとした手がそう語っていた。ヨハンは久しぶりの感触に顔をほころばせる。
『さぁ、行こうか』
「行くって………どこに?」
『何の心配もいらない理想郷。お前はそこで俺と、母さんと一緒に暮らすんだ』
 クレメントの言葉を聞いてヨハンはすべてを悟った。ガクリと肩を落として呟いた。
「………そっか、僕は死んだんだね。ジェイクに殺されて………」
『その方が幸せだ』
「え?」
『お前も聞いただろ? マリィはノアに生まれ変わるのだ、と。ノアとなったマリィは………きっと大破壊を繰り返す。そうなったら人類はみな死んでしまうだろう』
 その惨状を見ることなく死ぬ。それは逆説的な意味の幸福であった。
『さぁ、行こうか、ヨハン』
 ヨハンの肩を叩いて促すクレメント。しかしヨハンは動かなかった。
『ヨハン?』
「………ごめん、父さん。僕、まだそっちに行けない。行きたく、ないんだ」
『生き続けたとしても辛いだけだぞ』
「たとえそうだったとしても、やっぱり僕はマリィを放っておけないんだ。マリィがノアになって、また大破壊を繰り返すというのなら………なおさら放っておけない」
『………ヨハン、お前はマリィを愛しているんだね?』
「はい」
 クレメントの質問に、ヨハンは迷いなく答えた。そして続けて言い切ってみせる。
「僕は、マリィを愛し足りません。だから、まだ死ねません」
『その言葉が聞きたかった』
 ヨハンの背後から聞こえる声。振り返ったヨハンが見たのはGZの姿だった。
『ヨハン、お前の肉体はノアシステムNo.Jによって破壊された。だが、私のボディーを使えば生き続けられる』
 GZは自分のパーツを用いたサイバーウェアを提案していた。ジェイクによって肉体をズタズタに裂かれているヨハンにとって、それは唯一しかない生存の道であった。しかしヨハンは一つだけ気にかかることがあった。
「GZ………でも、そうしたらGZはどうなるの?」
『私のプログラムは消え、ヨハンの意識が上書きされる。つまり私は消えるということになるな。だが、気にする事はない』
 GZはゆっくりと前進を始める。
『私の役目はヨハン、お前が行う。マリィも………それを望んでいる』
 GZの影がヨハンの傍をすぎ、どんどん遠くへ、小さくなっていく。
『ヨハン、サラバだ』
 GZの最期の言葉が聞こえ、姿が完全に見えなくなる。再び暗闇の中はクレメントとヨハンの二人だけとなった。クレメントはこれ以上は何も言わず、ヨハンに向けて親指をグッと立ててみせた。
「………父さん、行って来ます!」
 ヨハンはそう告げると父に背を向けて駆け出した。暗闇を走るヨハン自身が光となり、暗闇の底から飛びたっていく。クレメントはそれをじっと見守っていたが、もう一つの人影がクレメントに寄り添うように現れる。二〇代中盤の女性の影だ。
『………行ってしまいましたね』
 その声は少し残念そうな響きを持っていた。クレメントは女性の肩を抱き寄せながら、視線をヨハンが飛び去った方向に向けたまま言った。
『あの子なら大丈夫だ。だって、あの子は僕たちの息子なんだから………』



「………ん」
 ヨハンは照明の灯りが眩しくて眼を開いた。そしていつもより重く感じる体をゆっくりともたげる。
 ウィー………。
 かすかに聞こえる駆動音。その音はヨハンの関節から聞こえていた。駆動音をかき消すかのように声がする。
「目を覚ましたようだね。私が誰かわかるかい?」
 ヨハンは顔を声の方へ向ける。その声の主は中年の男であった。名は、覚えている。
「リカルドさん」
 ヨハンに名前を呼ばれたリカルドは静かに頷いた。そのまま三分ほど沈黙が続く。が、沈黙が耐えられなかったのか、リカルドが続けた。
「………驚かないのだね」
「この体のことですか?」
 ヨハンは右腕を天井へ向けて上げる。沈黙の中では関節が奏でる駆動音のメロディーがよく聞こえてしまう。
「ヨハン君、君の体は………」
「わかっています。GZのボディーを使って、僕にサイバーウェアを施したんですよね?」
 サイバーウェア。
 人体の一部、または大部分を機械に置き換え、延命や身体能力の向上を目指す失われた技術。
「サイバーウェア、か………果たして全身のすべてを機械に置き換えてもそう表現していいものか、悩むところだな」
 リカルドは雑念を振り払うように頭をゆっくり二回振って、話題を変えた。
「………さっそくだが、出発するぞ」
「マリィの許へ、ですか?」
「そうだ。行きたくないか?」
「まさか」
 ヨハンはニコリと微笑むとベッドから降りて立ち上がる。近くの洗面所に備え付けられた鏡に自分の姿を映して見る。
 外見だけなら生前・・のヨハンとほとんど変わりはない。もっとも左腕は金属のフレームがむき出しになっているし、瞳も透明のレンズになっている。明らかにヨハンは人間ではなかった。
「よかったら使いなさい」
 リカルドがそう言って渡したのは黒いサングラスとヨハンの体格には大きめの革ジャンだった。レンズの瞳をサングラスで隠し、金属の腕に長袖を着せる。
「なんだか、あまり似あってないな」
 ワイルドでラフな格好だ。童顔の少年、ヨハンにはつりあった格好とは言いがたいが………。
「何、馴れだよ、ヨハン君」
 リカルドの言葉に肩をすくめるヨハン。
 少年は、文字通り鋼の肉体に生まれ変わったのだった。



 はるか東方、クライムカントリーと呼ばれる荒野に積み重ねられた瓦礫。
 それはかつて地球救済センターと呼ばれた施設の残骸であった。
 だが、この残骸の中でも再生の時が訪れようとしていた。
 円筒形のガラスの中に納められた球体。正面部の中心には球体に下半身を埋めた少女の姿があった。
 そう、少女の名はマリィ。ノアの端末を束ねるため、ノアが自らに一番近い存在として生み出したノアシステムNo.Mのことだ。
 マリィをさらい、球体の核とするべく命令したのはジェイクと名乗るノアシステムNo.Jであった。ジェイクは円筒形のガラスを愛おしげに撫でながら、少女に視線を送る。
「No.J、ノアの再生はまだなのでしょうか? もう何時間もあのままですが………」
 まったく身じろぎしないマリィに不安を覚えたのか、オズワルドがジェイクに尋ねた。
「ノアは………いや、マリィ・ノアは今、かつてのデータの修復を行っているのだ。あの膨大なデータの修復を………それはマリィ・ノアの演算能力をもってしても時間がかかるものだ」
「はっ………」
「あと少し………あと少しで、我らの悲願が成就する………」
 ジェイクはオズワルドの方へ振り返ると、冷酷そのものの口調に切り替えて言った。
「リカルドたち人間は必ずこのマリィ・ノアの許へ来る。全兵力をこの地球救済センター周辺に集結させろ。何としてもマリィ・ノアを守り抜くのだ、いいな!」
 ジェイクの指示にオズワルドは言葉なく頷いた。オズワルドの動きに合わせて地球救済センターの警護を行うすべてのモンスターたちが臨戦態勢に入る。
 ガシャン
 機械人間の軍団が一斉に撃鉄を起こす音が響く。それはこれから演奏される戦場交響曲開始の合図であった。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
最終章 第三幕
「審判の時」


 はるか東の、クライムカントリーと呼ばれる大地に地獄の門ヘルゲートと呼ばれる関所がある。
「地獄」と称されるこの関所の向こうに地球救済センターがある。
 ヘルゲート自体はどれくらい前になったのかもはやわからないほど昔、ノアを破壊したモンスターハンターによって開放されている。ノアが破壊され、地球救済センターが廃墟となってからこの門がくぐられることは人間、モンスター問わずになかった。
 だが、二両の戦車が今、この門をくぐり向こう側へ渡ろうとしていた。
 一両はオリオールと呼ばれる駆逐戦車だった。シャシーに直接砲を搭載した快速駆逐戦車の操縦席でハンドルを握っているのはライラだった。
 オリオールから少し遅れてヘルゲートをくぐったのは双頭の竜だった。
 遠目ではそう見間違えてしまいそうなシルエットを誇る中型戦車がキャタピラをきしませながら前進する。それはリカルドの切り札ともいうべき存在だ。彼が伝説を築き上げていた頃に使っていた、戦闘力のみを追求した最強の戦車。名をシルバーフロンティアという。
 獲物に飛び掛ろうとする猫科の肉食獣のような砲塔から伸びる二つの主砲。それは大破壊が起きる寸前の人類が発明したレールガンと呼ばれる兵器だった。火薬を使う従来の砲に比べて破格としか形容できないほどの運動エネルギーを持った砲弾を発射できるレールガンを二門搭載したシルバーフロンティアはまさに最強の火力を持った戦車であった。
 オリオールの上で自らの背丈より長いライフルに油を差しているのはビリーであった。
 ガシャン
 油が塗られたビリーの長銃、パイルバンカー・カスタムは心地よい金属音を立てる。レバーを引くことで弾丸が装填され、アタッチメントを装着したパイルバンカー・カスタムはサーベルタイガーのような精悍さを誇っていた。
 ビリーはチラリとすぐ隣で正座している少年に視線を送る。機械の体を持つ少年はレンズでできた瞳の奥で何を見ているのだろう?
「………そんなの、答えを聞くまでもないじゃないか」
「え?」
「いや、なんでもない………」
 ビリーはかすかに笑い声をたてる。少年は、ヨハンはビリーの顔を見て首をかしげる。ビリーはヨハンの肩に手を置き、言った。
「この奥に………マリィがいるんだな」
「………はい」
「しっかりやれよ、ヨハン」
 ビリーはヨハンの背中を軽く叩いた。ヨハンは一度だけ深く頷く。その瞬間、ガクリと揺れたかと思うとオリオールが停止する。ヨハンとビリーの視線がシルバーフロンティアに向けられる。
『それじゃ、また会おうか』
 リカルドがいつもと変わらない、まったく澱みがない口調で告げる。悟りを開いた聖人とは彼のような男をいうのではなかろうか?
『お互い生きているならすぐ会おう。死んでしまったら………再会が遅くなる事を願おうね』
「社長、相変わらずジョークのセンスはねぇな!」
 ビリーがリカルドの冗談をはやしたてる。リカルドは苦く笑うとシルバーフロンティアを地球救済センターへ向けて進める。シルバーフロンティアはこの時代における最強の戦車だ。ゆえに正面から地球救済センターを目指し、地球救済センターを守る戦力をひきつける囮となるのだ。
 だが、いかにシルバーフロンティアが最強の戦車だといえど………地球救済センターの周辺を警護するモンスターの数は師団、いや、軍団規模に達している。単独でかなうことはないだろう。
「……………」
 ライラは言葉なくオリオールを再び前へと進め始めた。リカルドが命を賭して自分たちの道を開くと言うのだ。言いたいことは沢山あるが、ここは飲み込んで前進を続けるのだ。そう、すべてを………すべてを終わらせるために。



 キュオン
 電磁力によって吐き出された砲弾が空を斬り裂く。キャノン砲の三倍以上を誇る超初速はまっすぐに突き進む。その膨大な運動エネルギーはATエレファントと呼ばれる重戦車型モンスターの装甲を易々と突破してみせた。いや、装甲を貫くだけではない。着弾の衝撃で何十トンもあるATエレファントが宙に浮き、横転を繰り返す。ジェイクの配下である機械人間が七体、鉄くずの下敷きとなってつぶされる。
「何だ!? 敵襲か?」
 機械人間の一体が忙しなく視線を動かす。眼のレンズを望遠のものに切り替え、遠方を確認する。しかし望遠レンズをもってしてもゴマ粒のような小ささでしか見えないほど遠くにしか戦車は確認できない。
「まさか………あの距離でATエレファントを撃破するのか!?」
 機械人間は通信機の受話器を持ち上げ、相手の返事を待たずに喋り続ける。
「こちら正面ゲート、敵戦車の長距離射撃を受けています! 指示を………」
 その瞬間、受話器を握る機械人間に影が差す。バカな、今日は雲一つない晴天だったじゃないか………。機械人間の思考が天候の事に向いた時点で機械人間は活動を停止していた。
 シルバーフロンティアが装備するレールガンの第二射を受け、二両目のATエレファントが吹っ飛んだのだ。ATエレファントに圧し潰された機械人間はピクリとも動かなくなった。
「敵襲! 敵襲!!」
『全軍、正面の敵戦車を撃破せよ! 敵はリカルドだ!!』
 シルバーフロンティアの強さに気付いたモンスターたちが全軍をあげて動き始める。
 ジェイクは全軍をあげてリカルドを迎撃する指示と出し、無線機の受話器を置いた。
「No.J、リカルド一人に全戦力を投入すると言うのはいかがなものかと………」
 オズワルドがジェイクの指示に異論を唱えようとする。しかしジェイクはそれを左手をあげることで制止させた。
「いや、リカルドはシルバーフロンティアと呼ばれる戦車を使っている。レールガンを二門搭載した強力な戦車だ。全軍をあげて倒すにたる相手だ」
「レールガン………大破壊が起きる寸前に人類が開発に成功したと聞く、究極の砲熕兵器ですか」
 なるほど、ならばリカルドの脅威は圧倒的と考えていいだろう。オズワルドがジェイクの決定に頷いた時、ジェイクがオズワルドに背を向けたまま告げた。
「オズワルド、君に一つ命令を与える」
「はっ」
 オズワルドはジェイクの命令を待って直立不動。そしてジェイクの口から命令を聞いてもオズワルドは眉一つ動かす事はなかった。



「正面ゲートだ! 敵は正面から来ている!!」
 人の姿をしたモンスター、機械人間の兵たちが銃や噴進砲の筒を抱えて走り出す。彼らが持つ武器の目標はシルバーフロンティアであった。シルバーフロンティアはわずか三分で六両のATエレファントを破壊し、小隊規模の機械人間を倒していた。レールガンの超長射程を頼みにした狙撃により、モンスターたちはシルバーフロンティアに一撃を浴びせるどころか一度も発砲できていない。
 故に人海戦術に頼らなければならなかった。レールガンの攻撃よりも多い数で攻め寄せ、シルバーフロンティアに接近戦を挑もうというのだ。
 それはシルバーフロンティアの戦力を考えれば当然の判断だといえた。
 だが、それだけにリカルドの「本命」は安全だった。
「よっしゃ、走れ、ライラ!」
 オリオールの車体上方に搭載されている一一ミリバルカンをCユニット越しではなく、直接扱いながらビリーが叫ぶ。
「ィヤッホー!」
 ビリーの喊声に負けじと吼える一一ミリバルカンが、シルバーフロンティアに向かって走り出そうとしていた機械人間の重機関銃中隊を蹂躙する。装甲を持たない機械人間が一一ミリ弾の直撃を受けて千切れ飛ぶ。
 人間相手ならば阿鼻叫喚の、一方的な虐殺となったであろう奇襲攻撃も、機械人間たちは冷静に対処した。目標をシルバーフロンティアからオリオールへと変更し、RPG−7を構える機械人間。
「!?」
 だがRPG−7が発射されるよりも早く、機械人間は鉄球を腹に受けてのけぞる。否、それは鉄球ではない。ヨハンの左拳が機械人間をしたたかに打ちのめしたのだ。ヨハンのパンチを受けて射線がズレたRPG−7はあらぬ方向へと飛んでいく。それを見届けたヨハンは大地を蹴って、オリオールの天井部に跳び乗る。
「ライラさん、あと八〇〇メートルです!」
 七〇〇………
「ライラ、四時方向に敵戦車だ! 副砲で撃つぞ!!」
 六〇〇………
「ビリーさん、副砲じゃダメです!」
 五〇〇………
「みんな、このまま突っ切るわ!」
 四〇〇………
「うわ、撃ってきたぞ!?」
 三〇〇………
 ドグォウ!
 二〇〇………
「ヨハン、俺の体を抑えてろ! 一七ミリ弾なら………」
 一〇〇………
 ズドゥ!
 九〇………
「ザマーみろ! やったぞ!!」
 七〇………
「口、開けてると舌噛むわよ!」
 五〇………
「マリィ………」
 三〇………
「……………」
 一〇………
「今、行く!」
 ゼロ。
 かつてノアが納められていた地球救済センターの地下へと通じていたエレベーターも今では廃墟と化し、登る事をやめたエレベーターは奈落へと通じる穴に堕していた。その奈落への巨穴に、オリオールが飛び込んだ。重力に導かれ、オリオールが進む。地の底で目覚めようとする「神」を取り戻すために………。



「な、何とかなるものね………」
 ライラが着地の衝撃で大破したオリオールのハッチを蹴り開けながら言った。
「戦車で何百メートルもダイブするなんて、人類史上初めてじゃないかしら?」
「しかも誰一人ケガしなかったんだもんな………ツキはあるかもな」
 じっと見上げるビリー。しかし地球救済センターの底は地上の光が一切差し込まない、暗闇の世界であった。あらかじめ用意しておいた懐中電灯のスイッチを入れ、光の棒で辺りを探る。
「ここらは土がむき出しなんだな………」
 そう言ってビリーが歩き始めようとした時、ビリーは襟をつかまれて引き寄せられた。ビリーを引き寄せたのはヨハンだった。
「ビリーさん、そっちは巨大なアリジゴクがあります」
「アリ………?」
 恐る恐る懐中電灯の光を前方に向けるビリー。光によって暴き出されたのは半径二〇メートルはあろうかという巨大なクレーターであった。その中心で不気味に蠢く巨体が見える。ビリーは思わず懐中電灯の灯りを逸らしてこれ以上の直視を避けた。
「ありゃ、人間ジゴクだな………」
「ヨハン君の暗視装置が頼りね、ここは………」
「はい。僕が先導します」
 ビリーとライラはヨハンの肩に手を置いて、暗闇を進む。
 いつ敵が襲ってくるかわからない緊張感の中、ヨハンたちの感覚は鋭く研ぎ澄まされ、一秒が一時間のようにも感じられる。
 だから、どれくらい歩いただろうか?
 踏みしめる地面の感触が土からコンクリートに変わった時、ライラは思わず声をあげてしまった。
「キャッ!?」
「コンクリート………?」
 バシッ!
 ライラの声を待っていたかのように、暗闇の帳が人工の光によって掃われる。照明のあまりの眩しさにビリーとライラは二〇秒ほど視力が働かなかった。
 ようやく視力を取り戻した時、三人の目の前には一人の青年が立ちはだかっていた。青年は恭しく挨拶を始める。
「ようこそ姉さん。………そして愚かな人間たちよ」
「オズワルド………」
「テメェが待ち伏せてやがったか」
 ビリーがパイルバンカー・カスタムを構えなおす。ジャキとレバーを引き、一七ミリ弾が装填される。ビリーはオズワルドを睨みながら言った。
「ヨハン、ここは俺たちに任せな。マリィを、助けてこい」
「ふふ、ご安心を。僕はNo.Jからこう命令されています。『人間をこの先へ通してはならない』と………」
 オズワルドはゆっくりと左手を伸ばし、ヨハンを指差す。
「君はもはや人間ではない………どちらかといえば我々と同じ。よって、No.Jの命令は適応されません。進むも退くも………ご自由に」
「………僕が、人間じゃない」
 オズワルドの言葉を吟味するように反芻するヨハン。オズワルドは目を細め、口元を吊り上げる………皮肉めいた笑顔で続ける。
「まさかまだ人間のままだとでも? 本当にそう考えていたのなら………なんとも滑稽ですよ」
「オズワルド………」
 ライラはヨハンとオズワルドの顔を交互に見やり、顔を青くしている。
「何、ぼうっとしているんだ、ヨハン」
 張り詰めた空気が漂う中、声でヨハンの背中を押す者がいる。声の主はビリーだった。
「せっかくそこのがタダで行かせてくれるってんだ………『コイツはラッキー』くらいの気持ちで素通りすりゃいいじゃないか」
「ビリーさん………」
「何、そこの口が減らないポンコツをさっさと始末して追いつく」
 ビリーはオズワルドを一べつだけして、ヨハンに言い切った。その言葉にヨハンは止めていた脚を再び動かす。オズワルドは宣言通り、ヨハンには目もくれなかった。
「………さて、一つ質問だが」
 オズワルドが舞を舞うかのように両手をゆっくりと動かしながら、ビリーに尋ねる。
「口が減らないポンコツとは僕のことかな?」
「お前以外に誰がいる」
「君たちのすぐ傍にいたと思うが?」
「ハハハハハ!」
「何がおかしい?」
 オズワルドの言葉をビリーは笑い飛ばした。そしてハッキリと言い切る。
「やっぱテメェは目が節穴のポンコツだ。俺たちの傍にいたのは、ヨハンだ」
「そう、全身を機械に換えた………」
「だから何だってんだ? アイツは体を機械にしても、心までは変わらなかったぞ」
「………人間如きが小生意気な屁理屈を!」
 オズワルドの両手の指先から爪がナイフのように伸びる。そして伸びた爪でビリーを斬り裂くべく、奈落の底を蹴って跳びかかる!
「おおおおおおおおおお!」
 ビリーは跳びすさりながらパイルバンカー・カスタムを放つ。
 ズオゥ、ズオゥ、ズドゥン!
 放たれた三発の一七ミリ弾はオズワルドの進路にぶつかるように放たれている。歴戦のソルジャーであるビリーの経験が導き出した射線だ。中心の一発を右に避けても、左に避けても一七ミリ弾は獲物を逃がさない。
 だが、オズワルドは右でも左でもない、第三の進路、上へと跳んだ。重力をも味方につけ、オズワルドがビリーに迫る。
「パイルバンカー・カスタムの装弾数は三発! 再装填の時間は与えん!!」
「ビリー!!」
 ライラの沈痛な叫びが地獄の釜の下で反響し、オズワルドの爪はビリーの胸へと突き立てられる!!



 ライラの叫びはここまで届かなかった。
 地獄と呼ばれた門を潜り、奈落へと通じる穴を落ちた先………。言わばこの世界でもっとも遠い場所。それは神の世界に一番近い場所なのだ。
「よく来たな、ヨハン………待っていた」
 ノアシステムNo.J、ジェイクは神の世界へ侵入した少年に向かって声をかける。鋼の肉体を持つ少年はジェイクに対して何も言わず、視線を忙しなく動かして愛する者を探す。
「お前が探している存在、鋼の聖女フルメタル・マリィならばあそこだ」
 ヨハンの視線がジェイクの指差す先へ向けられる。その先にあったのは巨大な球体であった。直径三〇メートルにも達しようかという巨球は防弾ガラス製の透明な筒の中に鎮座していた。
 その球体の表面は傷一つないほど滑らかであった。しかし、一箇所だけコブが認められた。いや、それはコブではなかった。
「マリィ!」
 目を凝らし………センサーアイの倍率を上げたヨハンの視界に映ったのは、球体に下半身と両手を埋めたマリィの姿だった。まるで球体に彫刻の意匠を取り付けたかのように見える。
 ヨハンはマリィを助け出すべく球体が収められた筒へと走り出そうとする。が、当然ジェイクはそれを許さない。
 ヨハンの足元に銃弾が突き刺さる。ジェイクの右手には四五口径の拳銃が握られ、銃口からはうっすらと煙が吐き出されていた。
「………さぁ、共に聞こうではないか」
 微動だにしなかったマリィの眼が開かれようとしている………。
「新たに誕生した神、マリィ・ノアの審判の結果を!」
 眼が開かれると同時に、マリィの身も起こされていく。それはまるでサナギから、今まさに生まれ変わろうとしている蝶を連想させる光景だった。ジェイクが言う「神の誕生」には説得力があった。
「ふふふ、ふはははは! 今度こそ、人類の最期だ!! ははははは!!!」
 ジェイクの高笑いを賛美歌に、「神」が誕生する。
「マリィ………」
 神が告げる審判は千年の王国を生み出すだろう。
 その王国は人類のためのものか、モンスターのためのものか………。ヨハンは静かに息を飲んだ。
「………私はノア………マリィ・ノア……………」

今、審判が下される。


次回予告

 ………ビリーさん、ライラさん、リカルドさん、ブレンダさん、みなさん。
 僕は、みなさんに会えたことを絶対に忘れません。
 さぁ、行こう、マリィ。
 僕たちの旅は終わらない!

LAST EPISODE
「微笑みの旅立ち」


最終章 第二幕「消える命、芽生える心」

LAST EPISODE「微笑みの旅立ち」

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