この時代における人間の集落には決まって地下シェルターが用意されている。
 人類完殺をもくろんだノアが放ったモンスターの群れから逃れるための一つの知恵だ。
 巧みに擬装された地下シェルターは、モンスターの目をもごまかす。
 カンビレの村にも設置されている地下シェルターの一基に三つの人影があった。一人はライラ、一人はミトロファン、そしてシェルター内のベッドに横たえられているのがマリィであった。
「上じゃ、結構ハデにやってるみたいですね」
 ヨハンか、それともリカルドのかはわからないが、戦車砲発砲と思しき轟音と衝撃によってシェルターの天井から塗装が雪のように舞った。
「うむ、息子たちも無事でいてくれるといいが………」
「そう、ですね………」
 ライラはミトロファンを安心させるためにニコリと微笑むと、視線をマリィの方へ向けた。アンドロイドの少女は、ビーストとの戦いでダメージを受けてから意識を失ったままだ。少女の整った顔立ちは、温もりを感じさせないほどに動かない。
「幸い、ここの設備でもマリィは治せる・・・。待っておれ、マリィ………」
「博士、私にも何か手伝えますか?」
「そうじゃな………工具箱を取ってきてくれんか? 向こうの棚にある」
「わかりました」
 ライラはミトロファンに言われたとおり、工具箱が置かれた棚に手を伸ばす。
 カチャリ
 シェルターの鍵が何者かによって解除される音。ライラとミトロファンの視線はシェルターの門に注がれる。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
最終章 第二幕

「消える命、芽生える心」



 ヨハンは座乗するメタル・ユニコーンを木製のバラックに突っ込ませた。木目が黒ずんだバラックの壁は重戦車の突入にメキョメキョと小気味よい音をたてて崩れる。このバラックも、かつてカンビレの村の人口が数百名規模だった時は使われていたんだろうが、もはや誰にも使われなくなって久しいバラックの中は埃が堆積しており、メタル・ユニコーンのキャタピラが埃を巻き上げる。
 ヨハンはこのバラックを建てた誰かに心の中で謝りながら、メタル・ユニコーンが突入した際に開いた穴からカンビレの村に迫るモンスターの群れを見やる。
 モンスターの数は百を超えている。しかもそのモンスターはグラマータイガーと呼ばれる重戦車型モンスターを中核に、アーミーゾンビやGIステルトンといった歩兵部隊が続いている。個々で活動する事が多いモンスターが、諸兵科連合部隊を編成しているのだ。それは前例がない、異常事態であった。
 だが、ヨハンにはそのモンスター部隊に心当たりがあった。彼ならば、きっとこの光景を実現させる事ができるはずだ。
「………ジェイク、ここで僕たちを倒すつもりだな」
 ヨハンはメタル・ユニコーンの主砲射程距離にモンスターが侵入してきたことを確認すると、主砲発射の引き金を引いた。
 グォウ
 メタル・ユニコーンがいななき、発砲炎の熱で大気が陽炎ゆらぐ。



『私は認識番号GZ07TAO986IUNVだ。お前たちの所属と作戦目的を言え』
 カンビレの村の前で立ち続けていたGZだが、モンスターの群れが人の目で視認できるほどの距離に迫ってきた時、初めて行動を起こした。GZは自分の身を明かし、モンスターの群れに通信を行ったのだ。
 しかしモンスターの群れからの返答はない。それはある意味で当たり前のことだった。たとえばサルモネラ・ロンダーズのような意識をグラマータイガーのような車両系モンスターは持たないし、アーミーゾンビたちの方は意識があっても知能がない。死者の兵隊にできるのは与えられた命令を実行する=人間を殺すことだけだ。
鋼の聖女フルメタル・マリィに危害を加えるのであれば、私は容赦しない。お前たちの作戦目的を伝えぬまま、前進を続けるのであれば私が相手となる』
 GZは警告を発しながら、戦斧を取り出して構える。この警告の返答もきっとない。だから、戦いの準備を始めておくのだ。
 GZはチラリとカンビレの村のバラックを遮蔽物として戦うヨハンに視線を送る。GZは自分の視線がヨハンに向かっていることに気付いて、視線をモンスターの群れへ戻す。敵味方識別ができていない大群を前に、余所見をするということはGZにとってありえないことだった………少なくとも、今までそういうことはなかった。
「何故だ」
 GZは誰に言うでもなくポツリともらした。
「何故、私はお前を気にしている」
 GZの声は誰にも届いていない。故に、GZが捉えた声はGZが求めていたこととは関係ない内容であった。
『その認識番号は………ガードゴーレムか。まさかまだ生き残りがいたとはな』
 その声の主は自らの正体を電文にしてGZに送信していた。GZのCユニットが電文を解析し、即座に答えを導き出す。
「ノアシステムNo.J………」
『そうだ。今は一応、ジェイクと名乗っているが、ね』
 GZはジェイクの言葉を黙って受け止めた。表情を持たないGZでは内心の動きが目に見えない。いや、そもそも「内心」など存在しないと考えるべきだろう。
『とにかく、我々の目的はただ一つ、ノアの再生のみ。お前はそこで待機していろ、いいな?』
「………ラジャー」
 GZはあくまで平静を保ち続けていた。だが、その視線はどこかすがるような雰囲気を漂わせていた。GZの視線の先には、鋼の聖女フルメタル・マリィが最も信頼する少年が乗る戦車があった。



 ヨハンたちとモンスターの群れとの戦いは熾烈を極める。
 短機関銃を持ったアーミーゾンビの分隊がカンビレの村に一番乗りを果たすべく、全力で大地を蹴り進む。
 それを阻止したのはリカルドのシルバーキャッスルだった。白金の城塞が二基搭載されている二二ミリバルカンを放ち、アーミーゾンビたちに襲い掛かる。まるで生地に針を連続して突き刺すミシンのように、二二ミリ弾がアーミーゾンビを地面に縫い付けていく。
 アーミーゾンビも必死に反撃を試みるが、短機関銃で戦車を破壊することができるわけがない。いや、装甲タイル一枚はがす事すら不可能だ。それでも勇敢なアーミーゾンビがシルバーキャッスルのシャシーによじ登り、内部に手榴弾を投げ込もうとする。
 しかしアーミーゾンビを振り落とさんとばかりにシルバーキャッスルの砲塔が高速で旋回する。二〇五ミリキャノンの砲身がアーミーゾンビを薙ぎ払い、時間切れとなった手榴弾が振り落とされたアーミーゾンビを砕く。
 グラマータイガーがシルバーキャッスルに砲撃を加えようと接近するが、そのグラマータイガーはメタル・ユニコーンが放った一五五ミリ徹甲弾によって擱座する。
 擱座したグラマータイガーの影からバズーカを持ったアーミーゾンビがシルバーキャッスルの側面を狙おうとする。だが、バズーカを持ったアーミーゾンビは次の瞬間に自分の頭が飛ばされてしまった。
「残念だったな」
 ビリーが愛用するパイルバンカー・カスタムの有効射程は六〇〇メートルだ。しかしそれは六〇〇メートルの射程で二五ミリの鋼板を撃ち抜くことができるという意味の有効射程であり、対象を鋼板ではなくてソフトユニットに限定した場合、その有効射程は三〇〇〇メートルをも超える。ビリーはアーミーゾンビを遠距離から狙い撃ち、前面で戦うシルバーキャッスルの援護を行っていた。
「……………」
 ビリーがパイルバンカー・カスタムの照準と連動し、ズーム機能を持つゴーグル越しの視線を別方向へ向ける。ビリーの視線の先には丸っこい砲塔が特徴的なT−55が映った。
 T−55は主砲でグラマータイガーを、副砲でアーミーゾンビを蹴散らしている。
 シティ・ガーディアンズ本部での戦いで、人間に化けた機械人間を目にしていたビリーは、最高のタイミングで登場したライラの弟であるオズワルドに警戒心を抱いていた。つまりオズワルドもモンスターなのではないかという疑いだ。
 だが、オズワルドのT−55はカンビレに迫るモンスターを相手に獅子奮迅の活躍を見せている。ビリーの心配は杞憂であった。
「………俺が心配しすぎだったのか?」
 ビリーはそう呟き、自分の右こめかみを軽く叩くと意識を戦闘へと集中させた。
 ビリーのみならず、ヨハンも、リカルドですら知らなかったことが一つだけある。それは戦うT−55の車内に誰も乗っていないということだ。無人のT−55はCユニットが動かしていた………。



 カチャリ
 シェルターの扉が開かれ、煤で汚れた青年が入ってくる。
「オズワルド!」
 ライラが青年の名を呼び、急いで駆けつけた。
「どうしたの、オズワルド!?」
 オズワルドは黒い煤が着いた頬を袖で拭いながら言った。
「姉さん、外はもうダメだ」
「え!?」
「敵の数が多すぎる。このままじゃ、全滅を待つばかりだ。ここは一旦退くべきだとリカルドさんも言って………」
 カチリ
 拳銃の撃鉄が起こされる音がシェルターに響く。古めかしいリボルバー式拳銃を手にしているのはミトロファンであった。その銃口はオズワルドに向けられている。
「ミ、ミトロファン博士!?」
「ライラさん、彼から離れなさい! 彼は、人間ではない!!」
 ミトロファンは両手で拳銃を握り、銃口を振ってライラに促した。
「な、何を言うんですか、博士………」
「そうですよ。僕が人間でないという証拠がどこに………」
 ドンッ
 拳銃の撃鉄が雷管に叩きつけられ、銃弾が発射される。銃弾はオズワルドの額に吸い込まれるように突き刺さった。その衝撃でオズワルドは仰向けにのめりこんだ。
「キ、キャアアアア!」
 弟が撃たれたショックで錯乱するライラの肩を掴みながらミトロファンは怒鳴った。
「ライラさん、よく見なさい! 彼の銃創を、よく見なさい!!」
 銃弾が命中したオズワルドの額から血は一滴も流れていない。むしろ銃弾は、金属製のフレームによって食い止められていた。当然の話だが、金属製の頭蓋骨を持つ人間はいない………。
「彼は、オズワルド君ではない。オズワルド君に化けた………モンスターなのだ」
「そ、そんな………」
 ライラは天井に視線を送ったまま動かない弟に似た機械の首に手を回し、自らの膝の上にのせる。何度目をこすっても、その姿形は彼女の弟そのものだった。しかし、それが弟でないことは証明されている………。
「儂だって、息子に言われるまで………いや、息子に教えられても信じられなかった。だから、息子はこう言った」
『戦闘中にオズワルド君がシェルターに入ってきたら、この銃で撃ってくれ』
「そして息子の言うとおりになった………なってしまった。ライラさんには、辛いことになったかもしれないが………」
 ミトロファンはライラが正視できず、背中を向ける。
 彼は、その瞬間を、待っていた。
 パンッ
「………え?」
 ミトロファンは自分が血を吐いたことが信じられなかった。血を吐いてから、胸が熱くなっていることを自覚する。
「やれやれ………ひどいことをする爺さんだ。姉さんもそう思わないかい?」
 額に穴があいたまま、オズワルドはムクリと体を起こした。その手には黒光りするオートマチック拳銃が握られている。
「オ、オズワルド………」
「ごめんね、姉さん」
 オズワルドはライラに優しく笑いかけ………ライラの首に手刀を打ちこんだ。
「オズ………ワルド……………」
 意識が黒く溶けていく中、ライラは見た。ベッドの上に寝かされたマリィに手を伸ばし、彼女を抱きかかえて歩き出すオズワルドの姿を。



 オズワルドの正体はジェイクが作り、ジェイクの意のままに動く機械人間であった。
 だが、シェルターにオズワルドが入ってきた時の「外はもうダメだ」という言葉は実は真実であった。
 重戦車シルバー・キャッスルに接近し、対戦車ロケットを撃ちこむか爆薬を仕掛けようとするアーミーゾンビを狙撃で排除していたビリーだったが、アーミーゾンビの数はパイルバンカー・カスタムの装弾数とリロード時間をはるかに上回る数だった。重戦車シルバー・キャッスルが副砲を駆使してアーミーゾンビを蹴散らすが、副砲の弾幕にも怯まずに我武者羅な突進を続けるアーミーゾンビの牙は確実にリカルドを捉えようとしていた。
 そこにメタル・ユニコーンの援護砲撃が降り注げば形勢は逆転できただろう。しかし、ヨハンは援護のために主砲を使う事ができないでいた。グラマータイガー四両が左右両方からメタル・ユニコーンに迫ってきていたからだ。
 メタル・ユニコーンはすでにバラックに身を隠すことを止め、シルフィードエンジンが発揮する大馬力を頼みにした、機動力で敵の攻撃を回避する戦い方に戦法を切り替えていた。しかしグラマータイガーの砲撃は執拗であり、鉄の一角馬は虎の顎から逃げ切れないでいた。
「クソッ………オズワルドさん、援護を頼めますか!?」
 ヨハンは被弾しつつも戦闘を継続しているT−55に呼びかける。だが、T−55から返事が来るわけがないことは読者の視点からならば理解していただけるはずだ。
「オズワルドさん! 聞こえますか、オズワルドさん!!」
『聞こえているとも、人間』
 悲鳴に近いヨハンの呼びかけに答える声があった。人を小馬鹿にする、その声にヨハンは聞き覚えがあった。ヨハンはその声の主の名を叫んだ。
「その声は、ジェイク!」
『ほう、声だけで私だとわかるか?』
「そんな人を馬鹿にした声、他にいるものか!」
『そうかい。ところで人間、一つ教えてやろう』
「何?」
『お前たちがマリィと呼ぶアンドロイドは返してもらったぞ』
「………それは、どういう意味だ、ジェイク!?」
『そのままの意味だ。さぁ、どうするかね、人間?』
「マリィを、渡すものか!!」
 グラマータイガーの砲撃から逃げるばかりだったヨハンが反撃に転じる。わずか六発の砲撃で四両のグラマータイガーは残らずスクラップに変わる。その手並みはジェイクが思わず「ほう」と感心の声をあげるほどだった。
 マリィのこととなると鬼神も道を譲るほどの気迫を発揮するヨハンだったが、そのヨハンの背後を狙い撃ったのは味方だとヨハンが信じていたT−55の一六五ミリロングTだった。
「なっ!?」
 もっとも装甲が薄い後背を、一六五ミリという大口径砲弾で狙い撃たれたメタル・ユニコーンはエンジンを破壊されて動きを止める。サルモネラ・ロンダーズとの戦いからずっと、ヨハンと共に死線を潜り抜けた重戦車がここに最期を迎えたのだった。
 しかしヨハンはメタル・ユニコーンからの脱出に成功していた。脱出の際に左手の小指を折っていたが、そんなことは些細なことだった・・・・・・・・・・・・・・。ヨハンは愛用のAK47を手にマリィを探そうとする。
「呆れ返るほどの闘争心だな、人間」
 ヨハンの耳が捉えたジェイクの声。ジェイクは、ヨハンのすぐ傍に立っていた。
「!」
 ヨハンがAK47の銃口をジェイクに向けようとする。だが、ジェイクの手がAK47の銃口を掴んだかと思うと、銃身をまるで飴細工のように曲げてしまった。次いでジェイクのつま先がヨハンの腹に刺さる。ヨハンは思わず腹を押さえてうずくまる。
「ヨハン!」
 ナイフを片手に襲い掛かってきたGIスケルトンの頭をパイルバンカー・カスタムの銃底で殴り飛ばしていたビリーが叫ぶ。だが、ビリーに襲い掛かるGIスケルトンの数はわずかも減らない。気を抜けばビリーの方が殺されかねない。
「クソッ、何とかならんのか………!」
「何ともならんさ」
 ビリーの苛立ちを含んだ叫びを聞いたジェイクが詠うように言った。
「………なぜ、だ?」
 ジェイクに腹を蹴られた際に内臓も傷ついたのか、ヨハンは血をむせび吐く。
「なぜ………お前たちがマリィを狙うんだ?」
 ヨハンの質問を聞いたジェイクは片眉をわざとらしく吊り上げた。三秒後、ヨハンの質問の意味を理解して皮肉に微笑む。
「そうか、お前たちは知らないのか。お前たちがマリィと呼ぶ、あのアンドロイドの正体を」
「………答えは知らない。でも、想像はできる」
「ほぅ、ならばお前の想像を聞かせてみろ」
「マリィも………マリィも、ノアシステムなんだろう?」
「………ほぅ」
「GZが、マリィのことを鋼の聖女フルメタル・マリィと呼んでいるから………そう、そんな予感がした」
「GZ? ああ、あのガードゴーレムのことか」
 ジェイクはチラリとGZを探すべく視線を動かせたが、一連の戦いに巻き込まれないように移動したのか、GZの姿を見つけることができなかった。
「まぁ、いい。人間、お前の想像は当っているが………それだけでは足りない部分もある」
「………?」
「あのアンドロイドはノアシステムNo.Mという。ノアシステムの中でも特別な存在だ」
「特別な………存在?」
「ノアが我々、端末、ノアシステムを作り上げた理由はシティ・ガーディアンズ本部で聞いたな? No.Mは、その端末を統べるリーダーとして作られている」
 ジェイクがそこで言葉をとぎった。そしてヨハンの顔をまじまじと見つめ、ヨハンの表情の変化を楽しむ風を見せたが………また言葉を続けた。
「我々、ノアシステムを統べるNo.Mは、我々とはデキが違う。その気になれば単体で数万規模のモンスターを管制できるだろう。そういう意味では、No.Mはもっともノアに近い存在だといえる………」
「………もっとも、ノアに、近い、存在。まさかお前………」
「そうだ。私はNo.Mを核に、ノアを造る」
「……………」
「ノアシード無き今、ノアを復活させる方法はこれしかない。ノアが再び生まれれば………今度こそ人間に引導を渡せるだろうさ」
 ジェイクはそう告げると、ヨハンの左肩を掴んでヨハンを強引に立たせた。
「人間がいう、『アノヨ』とやらで世界が滅びるのを見ているんだな」
 そしてヨハンの左肩を握りつぶした。
「ッア゛、ィ゛って………」
 ジェイクに握りつぶされた肩から血が飛び散る。赤の飛沫がジェイクの黒いスーツに斑点を描く。ジェイクは冷酷な眼差しを向けたまま、ヨハンの左腕を千切り捨てた。
 あまりの激痛と、自分の腕が自分の体を離れたというショッキングな事実。ヨハンは失われた左腕の痕を右手で押さえてうずくまる事しかできない………はずだった。だが、ヨハンはそれでも立ち上がろうとする。
「ははっ! たいした闘志という奴だな、人間。だが、その体ではどうにもなるまい?」
 ジェイクが人差し指をヨハンの胸に突き刺そうと伸ばす。ノアシステムNo.Jであるジェイクの膂力は人間の規格をはるかに上回っている。障子に指を突き刺すかのように、ヨハンの胸板を貫く。
 だが、ジェイクの人差し指はヨハンの胸に触れる事は無かった。何者かがジェイクの腕を取り押さえたからだ。ジェイクはそれでも落ち着いたまま、自分の腕を取った不埒者を咎める言葉を発した。
「………一体、何のつもりだね、ガードゴーレム?」
 ジェイクの腕を押さえていたのはGZだった。いつの間にかジェイクの後ろに立っていたGZが、ヨハン殺害を食い止めたのだった。
「ガードゴーレム、お前の役目はノアシステムNo.Mを護衛する事だぞ」
「理解している」
「ならば私の腕を押さえている手をどけたまえ」
「おかしなことだ」
「おかしいだと?」
鋼の聖女フルメタル・マリィを使ってノアを作るというNo.Jの話。それは我々、ノアから生み出されたモノたちにとって悲願だ。何よりも優先しなければならないことだ」
「そうだ、それがわかっているのなら………」
 その手を放せ。そう言おうとしたジェイクの言葉を遮って、GZが尋ねた。
「だが、その光景を何度予測しても、鋼の聖女フルメタル・マリィは笑わないのは何故だ?」
「何? 何を言っている?」
「私は短い間だったが、鋼の聖女フルメタル・マリィがヨハンたちと共に行動していたのを見てきた。ヨハンと共にいる鋼の聖女フルメタル・マリィの笑顔は………私の演算にノイズを走らせる」
「G………Z……………?」
「ヨハン、私も………マリィ・・・の笑顔を見続けていたい!」
 GZはそう言い切るとジェイクの腕を握る手を振り上げ、ジェイクをボールのように投げ飛ばした。ジェイクは猫のような身軽さで着地し、ナイフのような視線をGZに投げた。
「ガードゴーレム! 乱心したか!?」
「乱心? 違うな。私の作戦目標は一つだけだ。それは、マリィに仇なすすべての障害を取り除く事だ!!」
「バカな! この、ポンコツがぁ!!」
 ジェイクが右腕を振るとグラマータイガーとオズワルドのT−55、そしてGIスケルトンたちが突進を開始した。
「………ヨハン」
 GZは足元で倒れているヨハンの髪をクシャリと撫でた。金属製で血の通わないGZの手だったが、その手には確かな温もりが感じ取れた。
「………どうやら私の力ではここまでが限界のようだな。同じモンスターに対する攻撃命令を、私のCユニットは異常命令として処理している」
「GZ………」
「だが、心配はいらない。お前を、殺させはしない」
 GZはその巨体をヨハンに被せた。ちょうどGZの体がヨハンを守るシェルターになっていた。そこに降り注ぐモンスターの群れの一斉攻撃。だが、その攻撃はすべてGZが防ぎきった。ヨハンへダメージは………一部も通さなかった。
「ヨハン!」
「GZ!」
 ビリーとリカルドがGZたちに攻撃を仕掛けるモンスターの群れを蹴散らしにかかった時、すでにジェイクはオズワルドとマリィを伴って姿を消していた。
 そして再びカンビレの村に静けさが取り戻される………。



「………ヨハンは、大丈夫か?」
 ヨハンを庇い続けたGZは鉄くずになる寸前にまで破壊されていた。それでも発声器とCユニットが生きていたのは奇跡と呼ぶ他ない。
「GZ、君の献身に報いる事はできなさそうだ」
 リカルドは首を横に振った。左腕を千切られたヨハンは出血がひどく、心臓こそまだ動いているが………その鼓動は弱く、回復を望む事もできないほどだ。
「そう、か」
 GZもそれは理解していたようだ。だからGZはあらかじめ用意していた案を披露する。
 その提案が、すべての未来を定めたのだ。
 後にビリーがそう回想することになる、GZの提案が発声器から聞こえてきて………。


次回予告

 すべての謎は解き明かされた。
 もはやこの物語に謎はない。
 あとは聞くだけだ。
 新たに生み出された神による審判の結果を。

最終章 第三幕
「審判の時」


最終章 第一幕「鋼の聖女」

最終章 第三幕「審判の時」

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