………その男は「死」を纏っていた。
 まるで呼吸をするように、ごく自然な動作で男は「死」をバラ撒いていた。
 男が殺すのはただ一つ。人間を殺めようとする異形の怪物、モンスター。男は、モンスターハンターとして不動の名声を得ていた。
 しかし名声は男の心を一片たりとも満たさなかった。男の望みはただ一つ。モンスターが人間を襲う事がなくなること。名声を得るために戦っているわけではない。
 男はモンスターを皆殺しにすることで望み、「夢」をかなえようとしていた。だから男は常に戦いに身を置いていた。
 幾千、幾万の戦場を越えて………男は自分が見果てぬ夢を追いかけている事に気付こうとしていた。自分がモンスターを殺すペースより、モンスターが生産されるペースの方が早かったのだ。
 だが、男はそれでも諦めなかった。たとえ砂漠にジョウロで水を撒く行為であったとしても、諦めなければ夢は叶う、夢に追いつける事が出来る………。
 誰よりも強く、そして聡明だった男だが………男は気付いていなかった。いや、あえて目を逸らしていただけなのだろうか?
 男は、自分の抱いた夢に呪われていた。



 グシャア!
 二〇五ミリキャノンの直撃は護衛のガードゴーレムの体に大きな穴を開けていた。ガードゴーレムは力なく膝をつき、荒野に鋼の体を横たえる。
 陽光を浴びて煌く銀色の戦車は発砲の熱が冷める間もなく、再び雄叫びをあげた。
「クッ………!」
 二〇五ミリキャノンが放ったのは榴弾。旧世紀での基準を用いるならば、重巡の主砲に匹敵する大口径榴弾は爆風だけで人を吹き飛ばす。爆風に吹き飛ばされたのは女性だった。まだ年端のいかない、幼いとさえ言っていい少女。
 だが、その少女が人間でないことは一目でわかる。二〇五ミリ榴弾の爆風で千切れた右足から覗く金属のフレーム、血の代わりに溢れるオイル、それらが彼女の正体を示していた。
「なぜだ………」
 右足からこぼれるオイルを両手で必死に塞ぎながら、少女型アンドロイドは一方を睨みつける。少女型アンドロイドの視線の先には戦車を降りた男の姿があった。
「なぜ、人間如きがここまで戦える!?」
 信じられないという叫びが声からも窺える。少女型アンドロイドの視線を受けながら、しかし男は意にも介さず歩みを進める。
「なぜだ………」
 少女型アンドロイドの疑問には答えず、男は拳銃の銃口を少女型アンドロイドの頭に向ける。引き金にかけられた指に、わずかでも力を込れば発射された銃弾が少女型アンドロイドの頭を撃ちぬき、少女型アンドロイドは活動を停止するだろう。
「………どうだ、人間の力、思い知ったか?」
 口ではそう言いながら、男は自分の強さを誇るわけでもなく、淡々と言った。あまりに乾いた口調だったため、少女型アンドロイドはそれが自分にかけられた言葉だと気付くのに時間を要した。
「………?」
「人間は、お前たちが考えているほど弱くはない」
「その、ようだ………。さぁ、早く引き金を引けばいい。そうすればノアの端末がまた一体、この世界から消える事になる」
 少女型アンドロイドは諦めが濃い口調で言った。
「………どうした? 何を躊躇っている?」
 いつまで待っても引き金を引こうとしない男に、少女型アンドロイドが尋ねた。そして、男は驚くべき提案をしてみせた………。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
最終章 第一幕
「鋼の聖女」



 カンビレの村は滅びる定めにあった。
 村の井戸はほぼかれはて、新しい水脈が見つかる様子もない。カンビレの村に住んでいた若者は新たな水を求めて移動し、村に残る事を決めた数十人は、全員が老い先短い老人たちであった。
 そんな寂れたカンビレの村にひっそりと建っているコンクリート製の建物。その看板には「ミトロファン研究所」と書かれていた………。
「久々に顔を見せたと思えば、まったく………」
 スプリングがヘタレたソファーに来客たちを座らせ、冷えた茶を入れたグラスを盆に載せて運びながらミトロファン老人は言った。
「お前が儂を頼る時は、決まって厄介ごとも持ち込むな、リカルドよ」
 来客たちの一人で、ソファーの中心に座るリカルドが苦く笑った。申し訳なさそうに父に頭を下げる。
「すまないね、父さん。私も年に一度は顔を出したいんだが………色々と忙しくってね」
「見え見えの世辞はよしなさい。それに、儂はお前の持ち込む厄介ごとに巻き込まれるのが好きなんじゃ。何せお前は人類のために戦っていると知っているのじゃから………」
「すまない、父さん………」
 リカルドは視線を後ろに逸らす。リカルドの右隣に座っていたヨハンも視線をマリィの方へ向ける。その視線の先にはノアシステムNo.Bとの戦いで大破・・したマリィの姿があった。
 金属製の骨格が引き裂かれた腹部から覗いている。何と痛ましい姿だろう。ヨハンは思わず顔をしかめて視線を逸らした。
「とにかく、マリィのことは儂に任せなさい」
 ミトロファンはそう言って立ち上がると、マリィを自分の研究室に運ぶよう指示した。



 ビリーとライラの二人は特にすることもなかったので、カンビレの村を散歩していた。といっても人口が数十人しかいないカンビレの村では見るべきところなどあるはずがなく、二人は疲れを感じるまでブラブラと歩くだけだった。
「………マリィ、大丈夫なのかしら?」
 ライラの声は返事を期待したものではない。だからビリーはライラに自分の思いを発した。
「むしろ俺が気になるのはマリィの言葉だな」
「言葉?」
「マリィがGZを庇った時の言葉だ」
 ノアシステムNo.Bの攻撃にさらされたGZを庇ったマリィは意識が途切れる寸前に、こう言った。
『あなたも………ノアの呪縛から逃れられたらわかるわ………私のしたことが………』
「ノアの呪縛………」
「ああ、そしてこうも言った」
『あなたも、自由に………』
「確かめるしかないだろうな、アイツに」



「………寝てしまったようだね」
 ミトロファンの言葉にリカルドはソファーに横たわるヨハンに視線を向けた。毛布を被されたヨハンは静かな寝息をたてている。
「ヨハン君はマリィを心から心配してくれていたから」
 リカルドはヨハンの頬をそっと撫でる。
「気が張り詰めっぱなしだったんだろう」
「………いい子だな」
 ミトロファンは機材の確認をしながらいった。リカルドは父の言葉に頷いた。
「………で、マリィは直せそう・・・・か、父さん?」
「ああ、治して・・・・みせる………と、言いたい所だが………」
「何か問題でも?」
「お前も予想はしていたんじゃないのか、リカルド?」
「………そうか」
 リカルドは深く息を吸い込み、ゆっくりと、味わうように吐き出した。
「審判を………受けるか」



「おい、GZ」
 ビリーとライラはカンビレの村入り口で棒立ちしているGZに声をかけた。待機状態として省エネルギーモードになっていたGZはビリーの声を受けて、全身にエネルギーをみなぎらせ始めた。そのため返事は五秒後となった。
「何だ?」
 GZの感情を悟らせない、凹凸に乏しい声が響く。
「いくつか聞きたいことがある」
「………何だ?」
「お前、マリィのことを鋼の聖女フルメタル・マリィと呼んでいるが………ありゃ、どういう意味だ?」
鋼の聖女フルメタル・マリィがアンドロイドだからだ」
 ビリーの質問にGZは澱みなく答えた。代わってライラが口を開く。
「じゃあ、マリィがあなたを庇った時に『ノアの呪縛』と言ったのはどういうことかしら?」
 しかしライラの質問にGZは答えなかった。ライラの質問など存在しないかと言わんばかりに無視を決め込んでいた。
「答えられないっていうの?」
「そう、イエスだ」
「………じゃあ質問を変えるわ。あなたも、ノアによって造られた、人類を抹殺するためのモンスターなの?」
「ノーだ」
「じゃあ、誰に造られたの? 教えてちょうだい」
「私を造ったのはノアだ」
「何? お前、ノアに造られたモンスターじゃないって言ったぞ」
「私は人類を抹殺するために造られた存在ではない。だからノーと答えた」
 さすがはコンピュータというべきか。融通の利かない応答を返す奴だ。ビリーはGZの返答を聞いて眉をひそめた。
「………じゃあ、お前は何のために造られたんだ?」
鋼の聖女フルメタル・マリィを護るためだ」
「マリィを護るために………」
「ノアが造った?」
 ビリーとマリィの声が重なった。その先を続けたのはビリーだった。
「………マリィは、何だ?」
「質問の意図、理解不能」
「マリィは、誰が、何のために造ったアンドロイドなんだ?」
「解答不能」
「GZ、お前、知ってるな?」
「解答不能」
「……………」
 これでは埒が明かない。GZは機械だから話術で引っ掛けて情報を引き出すことは出来ないだろうし………そもそもビリーもライラも話術は自慢できるほど巧みではない。
 ライラが諦めて肩をすくめようとした時、二人の耳がある音を捉えた。履帯が乾いた荒野を踏みしめる音。唸りのような音をたてるディーゼルエンジン。戦車がカンビレの村に近付きつつあった。
「ありゃあ………T−55だな」
 茶碗のように丸っこい砲塔が特徴的なT−55だが、主砲は一六五ミリロングTにすげ替えられ、副砲にビームブラスターが搭載されている。その戦闘力はかなりの水準であるといえる………。
「おい! どうかしたのか、ハンター!!」
 ビリーたちの前で停止するT−55。ビリーは大きな声で呼びかける。その声に導かれるかのように、一人の青年がシャシーのハッチを開けて姿を現した。日によく焼けた黒い肌と乱雑に切られた髪が目に入る。
「いやぁ、エンジンの調子が悪くって、ちょいとメンテナンスしたいんだ。なぁ、修理屋はあるかい?」
「残念だが、ここに修理屋はないぞ。自分で修理するんだな」
「あちゃ………ん?」
 青年はビリーの隣のライラに気がつき、視線を釘で打ち付けられたかのように固定させた。ライラの方も青年を言葉なくじっと見つめている。
「ん? お前ら、知り合いか?」
「オ………オズワルド!」
「姉さん! ライラ姉さんじゃないか!!」
 青年はT−55から飛び降りてライラに抱きしめた。ライラの方も青年にひっしと抱きついている。
「オズワルド………? まさか、ライラの弟さんのことか!?」



「ガードゴーレム………融通の利かない面倒な奴だ」
 ノアシステムNo.Jことジェイクは世界中に散らばらせた偵察UFOやパトロールバチを始めとする偵察用モンスターに「アレ」の情報を捜し求めさせていた。その中の一体が「アレ」を発見したとの報告にジェイクは喜ぶかと思われたが………「アレ」の所在を知ったジェイクは忌々しげに呟いた。
「リカルド………やはりお前がすべて手を回していたか。だが、『アレ』は返してもらう」
 ジェイクは右手を掲げる。それを合図にモンスターの軍団が咆哮をあげる。その数は三百体。
「ノア新生のための最終作戦だ! これよりオペレーション・聖  告Annunciationを発動する!!」
 ジェイクの軍勢は一斉に西を目指し始めた。
 聖告。大破壊のはるか前、救世主を名乗り、救世主と呼ばれた男を処女でありながら受胎した聖母に与えられたお告げ………。
 荒廃した地球再生を目指すノアを新生させようとするジェイクにとって、これほど相応しい作戦名があろうか。
 ジェイクが静かに笑う。



「では、オズワルド君はハンターオフィスに謀殺されかかったところを命からがら逃げ出したというのだね」
 オズワルドはライラの案内でミトロファン研究所に招待されていた。この研究所にはパーツが豊富にストックされている。それを使えばいいとライラが言ったのだ。
 しかしオズワルドはT−55の整備を行う暇を与えられなかった。死んだと思われていたオズワルドが姿を現したのだ。聞きたい事はそれこそ山ほどあるのが当然だ。
「はい。ハンターオフィスの上層部はモンスターに牛耳られて………それに気付いた僕を謀殺しようとしたんです」
「ハンターオフィスを牛耳ったモンスター………きっとジェイクのことね」
 オズワルドの言葉を補足するライラ。
「ジェイク? 姉さん、それは誰だい?」
「ノアっていう人類抹殺を狙ったコンピュータの端末の一体よ。私たちは今、そいつと戦っているの」
「……………」
 姉弟の会話を面白くなさそうに見ているのはビリーだった。ビリーは、寝起きで頭がぼんやりしているのか、それともマリィが心配でオズワルドの事を気に出来ないのか、会話にまったく入ろうとしないヨハンの脇を肘で突付いた。そしてヨハンにだけ聞こえる声量で囁きかける。
(なぁ、ヨハン。お前、どう思う?)
(どうって………)
(感動の姉弟再会、めでたしめでたしだとライラは考えているようだが………)
(ビリーさんは違うんですか?)
(お前だって見ただろ、シティ・ガーディアンズの本部で働いてる奴らが人間型アンドロイドだったのを)
 ヨハンはその人間型アンドロイドに背中をばっさり斬り裂かれている。当然、その痛みはまだ記憶に新しい。
(まさか、ビリーさん………)
(………俺はもう何年も戦闘の渦中にいたんだ。いい話を頭ごなしに信じる事は………もうできないのさ)
 ビリーはソファーの背もたれに体を預ける。
「ビリーさん………」
 ヨハンがビリーに声をかけようとした時、カンビレの村に設置されているスピーカーがけたたましい騒音を上げ始めた。
「!? 何だ?」
 ビリーが背筋だけを使って飛び起きる。
「父さん、この警報は………」
「うむ、儂が設置したレーダーに反応があったようじゃな………モンスターじゃ!」
「社長!」
 ビリーがパイルバンカー・カスタムに銃弾を装填しながら呼びかける。リカルドは間髪入れずに指示を出した。
「うん。ヨハン君とビリー、それにオズワルド君は私と一緒にモンスターの迎撃に出てもらう」
「あれ? 私は?」
「ライラはミトロファン博士とマリィを守るんだ!」
「ビリーの言うとおりだ。頼むよ、ライラ君」
「はい!」
 それぞれの役割は明確だ。リカルド、ヨハン、オズワルドの三名はそれぞれの戦車でモンスターを蹂躙する。ビリーは戦車の死角に回ろうとするモンスターを排除。ライラは戦闘能力のないミトロファンとマリィを守る。それがわかりきっているからこそ、行動も素早かった。
 始まりの村を舞台に、決戦が始まろうとしていた。


次回予告

 狂信者の指導者が嘲笑う。
「人間ごときに我らが止められるものか!」
 彼は命が燃え尽きるその瞬間でも戦い続けようとした。それを嘲笑う事は誰にも許されない。
 そう感じたからこそ、それは動いたのだ。

最終章 第二幕
「消える命、芽生える心」


第二一話「野獣」

最終章 第二幕「消える命、芽生える心」

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