ノブタイにあるシティ・ガーディアンズ本部。
 広大な敷地に建てられた施設は、大破壊の以前より武装集団、すなわち軍の根拠地として活用されていたと言う。大破壊によって表面には深い傷痕が残るシティ・ガーディアンズ本部であったが、今また新しい傷が増やされていた。
 シティ・ガーディアンズ本部に響く銃声。放たれた銃弾は施設の壁や地面に突き刺さる。互いに相手の肉体を目掛けて引き金を引いているのだが、未だに命中弾は共になかった。
 まるで槍のように長い対物ライフルを抱えて走る男が、腹に力をこめた大声で言った。
「戦車の操縦は前から上手いと思っていたが、白兵戦もなかなかやるじゃないか、ヨハン!」
 男は対物ライフルに一七ミリ弾を装填しながら続ける。
「これもお前の親父の教育の賜物って奴か?」
 返答は銃声だった。AK47の太い銃声がこだまする。
 男の名はビリー。杭打ちパイルドライバービリーとして名を馳せるソルジャーであり、ヨハンという名の少年と共に戦ったこともある男であった。
 ビリーは壁を背にしながら腰だめに対物ライフルを構え、引き金を引く。AK47のそれとは比べ物にならないほどに強烈な銃声、いや、砲声が轟いた。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
第一八話「ビトレイヤー・ビリー」



 時は少しだけ遡り、冒頭から数えて四時間ほど前に場面を移す。
 シティ・ガーディアンズ本部の一室に一組の父娘が幽閉されている。父の名前はリカルド。シティ・ガーディアンズの創設者にして、生ける伝説とまで呼ばれたモンスターハンターだ。シティ・ガーディアンズ創設後はモンスターハンターを半ば引退したようなリカルドであるが、在りし日には呼吸をするが如くモンスターを殺すハンターと同業者から尊敬と、それ以上の怖れを抱かれていた。そんなリカルドが、幽閉されている部屋の中で静かな寝息を立てていた。その寝顔に殺気は感じられない。しかし、だからといって隙があるわけではない。「呼吸をするが如くモンスターを殺す」と呼ばれた一端が寝顔からも見え隠れしていた。
 そんな父の傍で娘は静かに腰を降ろし、ただ時が過ぎていくのを待っていた。娘の名前はマリィ。父を探すためにモンスターと戦う道を選び、そして父と共にシティ・ガーディアンズに幽閉された少女である。艶やかな黒く長い髪は、部屋に備え付けられている扇風機の起こす風によって揺れる。砂と埃の世界で生きているにも関わらず、マリィの髪は柔らかく、甘い匂いがする。
 静かに寝息をたてる父と、そんな父を起こすまいとじっとしている娘。父娘の一時を冷ややかな目で見ていたのはビリーだった。ビリーは部屋の中にいる父娘が食べた昼食の皿を載せたトレイを片手に部屋から離れた。
「あなた自ら食事を運ぶなんて………パーティーを組んで戦っていたよしみという奴かしら?」
 トレイを持ったビリーを見かけたブレンダが声をかける。
 ブレンダはリカルドが留守の間、シティ・ガーディアンズの運営を任され、代表を務めていて、それは今も同じだ。リカルドが自分の意思でシティ・ガーディアンズに戻ってきたならともかく、シティ・ガーディアンズにムリヤリ連れてきたという現状ではブレンダの代表続投もやむなしであった。
「まぁ、そんな所だ」
「ところで、ファイター兄弟がヨハンの一件から手を引くと連絡してきたわ。ヨハンたちはこのノブタイに向かってきているという連絡も添えて」
 ビリーはシティ・ガーディアンズ厨房に足を運び、流し台に昼食を運んだ食器を置き、蛇口を捻る。ノブタイの地下水を汲み上げた水が蛇口より放たれ、食器についた汚れを跳ね除ける。
「なるほど。次は俺がヨハンと戦う番ってことか」
 ビリーはスポンジに洗剤を滲ませ、食器を丁寧に洗う。銃を枕にして寝る事が珍しくないソルジャーのビリーにとって、皿を洗う事は銃器のクリーニングと同じようなモノで、手馴れたものだった。
「シティ・ガーディアンズの部隊も出すわ」
「ハッ、たかだか二人にシティ・ガーディアンズが腰をあげるなんてのは情けない話だな」
「忘れないでもらいたいわね。ヨハンは、サルモネラ・ロンダーズが作り上げた最終兵器を破壊しているのよ」
「俺も一緒になって戦ったが………確かにヨハンの力は大きかったな」
「ならばシティ・ガーディアンズの部隊を出しても不思議ではないでしょう?」
 ブレンダはそれだけ告げるとビリーに背を向けた。身を翻した際に、背中に届く金髪が揺れる。表面上は落ち着き払っているように見えるが、しかしブレンダの歩調には抑えきれない激情が見て取れた。ヨハンに対して何かしら思うことがあるのだろうか? 無論、それを訊いた所で答えが返ってくるはずがない。
 ビリーは皿を洗いつつ肩をすくめる。内も、外も、どいつもこいつも隠し事ばかりだ。もっとも、人間なんだから隠し事の一つや二つはあって当然なのだが………。
「個人のヒミツとするには大きすぎるような気がするぜ」
 ビリーは誰に言うでもなく、自分の心情を口にしていた。誰もいないシティ・ガーディアンズの厨房で、その呟きを聞いたのはビリーと、羽虫だけであった。



「社長代理、お客様がお見えになっています」
 ブレンダが秘書として雇っている初老の男がブレンダにそう言った。社長代理用執務室の机で書類と格闘していたブレンダは視線を書類から上げて、尋ねた。
「客? 誰かしら?」
「はい。ハンターオフィスの代表のジェイク様です」
「ジェイク………? あの男が?」
 ハンターオフィスの新たな代表として就任したというジェイクと言う男。ブレンダは以前、サルモネラ・ロンダーズという脅威に対抗するためにシティ・ガーディアンズとハンターオフィスで共同戦線を築き上げた際に会ったことがある。表面上は穏やかで、人懐っこい笑顔を浮かべていたが、その内心では一物も二物も隠しているように思われた。
「社長代理との会見を求めています」
「わかりました。会見に応じましょう。この部屋までお通しして」
「はい」
「あ、ちょっと待って」
 ジェイクを呼びにいこうとした秘書の背中をブレンダは呼び止めた。
「………もう一度確認したいんだけど、シティ・ガーディアンズの諜報班から何か新しい情報は来てないかしら? もちろん、あのジェイクに関することで」
「そのような報告は受けておりません」
「そう………ありがと。じゃあ、ジェイクさんを呼んできて。あと、紅茶でも用意してあげてね」



 秘書に案内されてきたジェイクはブレンダが使う執務室の端から端まで視線を動かした。
「よく整理された、いい執務室ですね」
 ジェイクは挨拶代わりにそう言った。ブレンダはわざとらしく肩をすくめて応える。
「この部屋を片付けてくれているのは秘書のダドリーで、私は汚すばかりですけどね」
「忙しい身は部屋の掃除なんか構ってられませんからね。私もそうですから、よくわかりますよ」
「ええ、私は忙しい。だからこうして書類仕事をしながら会見させてもらいます」
「ええ、構いませんとも」
 ジェイクはそう言うと勧められる前に、来客用のソファーに腰を降ろした。そして秘書のダドリーが紅茶と茶菓子を盆に載せてやってくる。
「で、今回はどのようなご用事かしら?」
「いえいえ、ちょっとシティ・ガーディアンズを見学させてもらおうと思いましてね。あとはインタビューといった所でしょうか」
「インタビュー? 私にかしら?」
「あなたのような綺麗な方の話も聞いてみたいのは確かですが、私が話をしたいのは別の方です」
「別の………?」
「そう、このシティ・ガーディアンズの社長と話がしたいのです、社長代理」
「!」
 ジェイクの言葉に体を強張らせるブレンダ。執務室に張り詰めた空気が流れる。
 しかし、その空気を切り裂くように執務室の電話が鳴り響く。それは内線電話で、シティ・ガーディアンズ本部内でのみ通じるモノだ。そしてこの電話が鳴る時、ブレンダに緊急で知らせなければならないことができたということだ。
 何が起きたのか。電話の向こうから聞こえた声は信じられないことをブレンダに告げた。受話器を降ろした時、ブレンダは顔色から余裕の色を失っていた。
「失礼、緊急の用事ができました」
 ブレンダはそう言うとすっくと立ち上がって執務室を出ようとする。ジェイクはブレンダの後をついてこようとする。止めるべきか? いや、彼のような素性の知れない者は自分の目の届くところにいてくれた方が都合がいい………。そう考えたブレンダはジェイクを止めなかった。麗しき社長代理はハンターオフィスの代表を伴って、足早にシティ・ガーディアンズ地下に設置された司令室へと向かうのだった。



「状況は?」
 司令室についたブレンダは、司令室に待機していたシティ・ガーディアンズの面々に会釈することもせずに尋ねた。ブレンダに態度に顔をしかめる者はいなかった。誰もが青ざめた表情を見せている。
 司令室のコンピュータを使っているオペレーターが司令室のスクリーンに周辺の地図を表示し、その一角を赤く塗ってみせる。
「現在、本部から六〇キロの地点に集結しつつある模様です。その数はすでに三〇〇を超えたと報告があります」
「報告をくれたのは誰かしら? 監視を続けるように言って」
「ダメです。すでに通信が途絶しています。おそらくは………」
 オペレーターの声は暗い。ブレンダはオペレーターから視線を逸らし、スクリーンを見やる。
 シティ・ガーディアンズの本部からわずか六〇キロの地点に、圧倒的多数のモンスターが集結しつつある。それが先ほどの電話の内容であった。その数は三〇〇を超え、なおも増加中だという。
 さらに集結しつつあるモンスターはこの地域に出没するモンスターとは一線を画していた。ヘタな賞金首よりも強力な武装を誇るグラマータイガーと呼ばれる戦車型モンスターや、戦車の装甲すら焼ききるほどの大出力レーザー砲を装備したバイオバズズと呼ばれる蜂型モンスターなどがすでに確認されている。その大集団が何を目指すのかであるが、この周辺にはシティ・ガーディアンズの本部があるくらいなので、その目標は確実にシティ・ガーディアンズであろう。モンスターたちはこのシティ・ガーディアンズを本格的に潰しに来たということだ………。
「今、シティ・ガーディアンズにはどれくらいの戦力があるのかしら?」
「戦車一七両、ソルジャー二八名です」
「ちょっと辛い戦いになりそうね………。とにかく迎撃するわよ。あと、各所に派遣している者たちを急いで呼び戻すように手配して」
 ブレンダの顔色に焦燥が浮かんだのは一瞬だけだった。すぐさまブレンダは社長代理の顔に戻り、矢継ぎ早に指示を出していく。そんなブレンダを横目で見つつ、ビリーは司令室の端で愛用の対物ライフルHS−SATパイルバンカー・カスタムの分解整備を行っていた。ブレンダの下した出撃命令を無視して銃の分解整備を続けるビリーにブレンダが言った。「あなたは何をしているの?」
 ビリーは身じろぎするもせずに応えた。
「ヨハンを迎える準備をしているのさ」



「さて、ヨハン君。ノブタイまで後少しね」
 ライラの言うように、ノブタイまであと一五分ほどの地点でヨハンとライラは戦車を停め、BSコントローラーで周辺の地形を確認していた。彼らは知らない事だが、ヨハンたちとシティ・ガーディアンズ本部とモンスターの集結場所は、ちょうど一本の線で結ぶ事が出来た。その中心点にあるのがシティ・ガーディアンズの本部である………。
 ノブタイは小高い丘陵に立てられ、大破壊の影響か、それとも元々なのかはわからないが、周囲には草木がまったく見られない。だからといって身を隠す場所がないわけではなく、大破壊の後の混乱の名残からなのか周辺には大人一人が入れるのがやっとの塹壕の跡があちこちに見ることができた。
「ところでヨハン君、一つ質問していいかしら?」
 ライラはそう言ってBSコントローラーに視線を落とすヨハンに尋ねた。
「あなた、本当にビリーが撃てるの?」
「……………」
「私はあなたたちのパーティーに合流して日が浅いうちにこんなことになったけど、それでもビリーと戦うのは気持ちいいものじゃないわ。確かヨハン君はお父さんを亡くしてすぐにビリーと出会って一緒に旅をしてたのよね? だったらヨハン君にとってビリーは頼れるお兄さんといった感じじゃないのかしら?」
「そう、ですね」
 ライラの言葉を聞いていたヨハンだが、堪えきれずに口を開いた。
「僕は幼い頃に母さんを亡くし、ずっと父さんと旅をしていました。でも、父さんも死に………ビリーさんはとても頼もしかったです」
「そんな人が、撃てるの? 何だったら私が撃つわ。どうかしら?」
 ライラの申し出にヨハンは首を振った。横に振られたヨハンの顔。それは苦渋に満ちていた。
「いえ、僕がやります。ビリーさんを撃つのは、僕がやります」
「………いいの? きっと、後悔するわよ。兄と慕うほどの仲だったなら、絶対に」
「後悔………自分でも思います。でも、後悔してでも、僕はマリィを助けたい」
 苦渋の面持ちのヨハン。しかしその目は決意が光っていた。それを見たライラは自分が口出ししていい問題ではないと知り、ヨハンの肩を叩いた。
「絶対に、マリィちゃんを助けましょうね」
「………はい」
 ヨハンが首を縦に振り、視線を上げる。その眼差しが見つめる先に、マリィが父親と共に捕らわれている。
 マリィ、今行くからね。そう呟いたヨハンの声を聞いたのは、ヨハンの周りを飛ぶ小さな羽虫だけであった。



 シティ・ガーディアンズ本部を出撃したシティ・ガーディアンズのハンターたちはモンスターの大群を相手に一歩も引かずに奮戦していた。モンスターの大群はシティ・ガーディアンズの攻撃を受けて戦線を押し込まれていて、集結場所から二〇キロは後退させられていた。戦況はシティ・ガーディアンズ優勢であった………かに見えた。
 だが、シティ・ガーディアンズのハンターたちはモンスターたちの手のひらで踊らされていたのだった。モンスターたちは意図された後退を繰り返し、シティ・ガーディアンズのハンターたちを本部から遠ざけつつあるのだ。本部の戦力は手薄であり………それは侵入にはうってつけであった。
 シティ・ガーディアンズの本部の敷地は広く、建物が多い。しかし人気は少なかった。
「おかしいわね」
 シティ・ガーディアンズの抵抗をまったく受けないままシティ・ガーディアンズの本部に入る事ができたことをいぶかしんでライラが呟いた。
「抵抗がないにも程があるわ………。これってやっぱり罠かしら?」
 ライラの声は無線の電波に乗ってヨハンの耳に届く。ヨハンは周辺を警戒しながら応えた。
「わかりません………。でも、罠だろうが僕はマリィを探すだけですよ」
『そいつは実に男らしい意見だな、ヨハン』
 ヨハンたちが使っている無線に割り込む男の声。その声はヨハンがよく知る声だった。
『男子は三日会わなければ、注意しないといけないらしいが………少なくともちょっとは男らしいセリフが吐けるようになったようだな、ヨハン』
「ビリーさん!?」
『今、このシティ・ガーディアンズはモンスターの大群と戦闘中で、お前たちに構う暇なんかないってことさ。罠じゃなくてよかったな、ははは』
 自嘲気味な笑い声をあげるビリー。その笑い声をかきけすようにライラが無線に割り込んだ。
「それで、裏切り者が何の用かしら?」
『裏切り? 俺はもともとシティ・ガーディアンズなんだから、裏切りではなくて表切りとでも言って欲しいね』
「相変わらず憎まれ口は立派ね」
『ま、愛しのマリィちゃんに会いたければ俺を倒していくんだな。俺たちシティ・ガーディアンズはお前たちに社長とマリィを渡すつもりはないからな』
「戦車二台に一人で挑むっていうの? 随分とバカにしてくれるわね」
『ふん。広い荒野ならともかく、こんな建物が林立するシティ・ガーディアンズの本部だと戦車はただのでくの坊だってことを教えてやるよ』
 そう言うと無線は切れ、代わりに銃声が響いた。ライラの乗るオリオールの装甲タイルに命中した銃弾は装甲タイルを簡単にはがしてしまう。有効射程六〇〇メートルといわれるHS−SATパイルバンカー・カスタムの破壊力がなせる業であった。
「クッ、狙撃!? どこから………?」
 しかしライラの目には人気のない建物と広い敷地しか映らない。無煙火薬なんて、誰が発明したのかしら。ライラはそう毒づいた。その時、シティ・ガーディアンズの敷地のすぐ傍に一発の砲弾が着弾した。地面を揺する衝撃と鼓膜を震わせる爆音。シティ・ガーディアンズの建物のガラスが何枚か割れ、光を反射しながら降り注ぐ。
「何!?」
「ライラさん、どうやらモンスターの別働隊がこっちに迫ってるみたいですよ!」
 ヨハンの言葉を聞いてライラも周辺を確認する。数こそ少ないが、五両のグラマータイガーがシティ・ガーディアンズに迫ってきていた。シティ・ガーディアンズの戦力は後退を続けたモンスターの大群に釣られて本部を離れているようだ。五両のグラマータイガーは何にも邪魔されずにシティ・ガーディアンズの本部へと迫る。
「しょうがないわね! ヨハン、ビリーの件は任せるわ! あのモンスターは………」
 オリオールが大出力ガスタービンエンジンであるルドルフを猛らせて超信地旋回。背部から吐き出される蒼い排気炎が美しい。
「私が引き受けるわ!!」
 ライラは排気炎の跡を残してシティ・ガーディアンズに迫るグラマータイガーを迎撃しにいく。シティ・ガーディアンズは敵であるが、しかしこのシティ・ガーディアンズにはマリィがいるのだ。モンスターの好きにさせていいはずがない。
「ライラさん………」
 ヨハンは一言ライラの名を呟くと、口をギュッと閉じてAK47を手に取ると、メタル・ユニコーン天井にあるハッチを開き、愛車を飛び出した。シティ・ガーディアンズ本部周辺はともかく、本部内は遮蔽物だらけだ。そうなると視界が狭い戦車で戦うよりも、生身で戦った方が有利である。そう考えたからだ。ヨハンはメタル・ユニコーンの砲塔から飛び降りるとAK47を抱えて足早に走り始めた。



 ………こうして時系列は冒頭に戻るのだった。
 さて、ビリーが持つパイルバンカー・カスタムの威力は絶大だ。装甲目標に対する有効射程は六〇〇メートルしかないパイルバンカー・カスタムであるが、非装甲目標、すなわち人体に関する有効射程は三〇〇〇メートルを超える。それに対してヨハンのAK47はカタログ的に見るならば非力だといえた。
 しかし、シティ・ガーディアンズ本部を舞台とした戦いで三〇〇〇メートルを超える超射程は役に立たないだろう、今、互いの距離はせいぜい一〇〇メートル以内なのだから。そうなれば槍のように長いパイルバンカー・カスタムの振り回しにくさがネックとなり、アサルトライフルであるAK47を装備するヨハンに有利が生じるはずだ。ヨハンはハンターたちの宿舎と思われる施設の壁を背にして息を整えていた。銃撃戦の開始から五分ほどしか経過していないが、全速力で走り回ったために全身に酸素が足りていない。少し呼吸を整えなければ………。
「!?」
 突然に走る痛み。ヨハンは痛みの原因である左ふくらはぎを抑えてうずくまりかける。だが、痛みを無視してヨハンは走り出す。一七ミリ弾が命中した左ふくらはぎは無惨に抉れ、血が溢れんばかりに噴出してくる。しかし、それでもヨハンは歩みを止めようとしなかった。動く事を止めたら、次に来るのはトドメの一撃である。
「はぁ、はぁ、はぁ………」
 疲労に加えて、痛みと出血によってヨハンの呼吸はますます荒くなる。油断していた。壁を背にしているから背後は安全だと思っていた自分の迂闊が憎らしい。ビリーさんが持っているHS−SATパイルバンカー・カスタムは対物ライフル。コンクリートの壁くらいは易々と貫通できて当然じゃないか………!
 ヨハンにとって幸いだったのはコンクリート製の壁がパイルバンカー・カスタムの一七ミリ銃弾のエネルギーの大半を吸収してくれたことだ。これがなければヨハンの左脚は吹き飛ばされていたことだろう。
 ヨハンは痛む脚を無視して走り始める。そして煙幕手榴弾を周辺に投げ、煙に紛れて隠れようとする。少しの間だけ隠れて、深沈代謝を強化させて傷を瞬時に回復させる回復ドリンクを飲むつもりだった。
 だが、歴戦のソルジャーであるビリーがそれを許すはずがない。それに、ビリーにとって煙幕は隠れ蓑にならなかった。パイルバンカー・カスタムの照準機はゴーグルのような双眼鏡型で、パイルバンカー・カスタムにコードを接続する事で射撃時の弾道補正や距離の算出を行ってくれる。照準機の機能の一つとして赤外線探知のモードがあるのだった。これで人型の熱を探し、かするだけで絶命する一七ミリ弾を撃ち込めばいい。
「悪いな、ヨハン………俺の勝ちだな」
 しかしビリーはパイルバンカー・カスタムの引き金を絞らず、照準機を外して裸眼を見せた。
「アイツ………やってくれる!」
 ヨハンは煙幕だけを投げたのではなかった。火炎瓶も同時に投げ、周囲を熱で囲んだのだった。こうなっては周囲の熱が隠れ蓑となってヨハンの姿が見えなくなる。ビリーは一端照準機を外し、煙幕がはれるのを待つ事にする。何、焦らず次の機会を待てば………。
 カッ
 裸眼をさらした次の瞬間、眩い閃光がビリーの網膜を突き刺した。
「ううっ!?」
 ヨハンは煙幕手榴弾と火炎瓶で、ビリーから姿を隠したのではなかった。あれはビリーが照準機をつけてヨハンを凝視し、さらにその照準機を外させるためにしかけられた巧妙な罠だったのだ。照準機をつけてヨハンを狙い、炎で見えなくなったヨハンのために照準機を外す………。この瞬間、ビリーの裸眼は確実にヨハンのいる方向へ注がれる。ヨハンはその一瞬の隙にあわせて閃光手榴弾を炸裂させたのだ。眩い光のために視界を奪われるビリー。
 ヨハンには充分すぎる時間が与えられた。ビリーの背後に回り、銃口を押し付けるヨハン。
「………やってくれたな、ヨハン」
 だが、ビリーも負けてはいない。懐から取り出した拳銃を、まるで腕組みするかのよう手を後ろに回し、背中越しのヨハンに向けていた。仮にヨハンがビリーを撃てば即座にビリーの拳銃が火を吹いてヨハンを射殺し、逆もまた然りである。それは千日手と呼ばれる構図だった。
「ビリーさん、まだやりますか?」
 それはヨハンからの和平提案だった。かつて一緒のパーティーとして戦った者同士、戦い続けるのはあまりに不毛であった。
「当然だ。俺は、まだやれるぜ」
 しかしビリーはヨハンの提案を迷わず拒絶した。ヨハンはそれ以上は何も言わず、さっと身を翻してビリーの背中に自分の背中をぶつけた。それは互いに背を向けあい、三歩歩いてから振り返って相手を撃つという、大破壊以前から伝わる伝統的な決闘方法の合図だった。
 ビリーは「ふん」と鼻を鳴らす。それがヨハンの決闘に応えるという合図だった。
 一歩。二人の男の脚が地面を踏みしめる音が耳に届く。
 二歩。同じ戦場で同じ敵を相手に戦っていた二人の決着が近付く。
 三歩。もはや迷いはない。ビリーは素早く振り返り、眼前に立ちはだかるヨハンを撃とうとする。
 だが………いない! ビリーの視野にヨハンはいなかった。誰もいない空間に向けて放たれるビリーの拳銃。ビリーは咄嗟に視線を下げる。
 そこには地面に寝そべるヨハンがビリーにAK47を向けていた。
 銃声がスタッカートで連続して響く。
 銃弾は過たずビリーの胸に突き刺さり、ビリーは自分の血が宙を舞うのを見ながら仰向けにゆっくりと倒れた。
「ビリーさん!」
 ヨハンは服についた泥を払う事もせず立ち上がり、倒れたビリーを抱き起こす。
「………ヨハン、強いな」
 荒い息でビリーはそれだけ呟くとヨハンの背中を叩いた。その力はビリーとは思えないほどに弱々しく、ヨハンが失わせた物の大きさを感じさせる。
「………行けよ。お前は、勝ったんだからな………C棟の地下にいるぜ、マリィたちはよ………」
「ビリー………さん………」
 ヨハンは静かにビリーを寝かせると一度だけ大きく頭を下げて、ビリーの許を走り去った。ヨハンは、ライラに語った通りだった。ヨハンはビリーを撃った事を後悔している。しかし、それ以上に、その後悔以上にマリィを助けたいのだった。
 独り残されたビリーは銃弾が胸に刺さった痛みに身をゆだねながら、自分の生命が消えていくのを冷ややかに観察していた。
「………裏切り者には、相応しい最期かな」
 口を吐いて出た言葉は、やはり憎まれ口だった。しかし言葉とは裏腹に、ビリーの心は寂しかった。
 あーあ、こんな想いするのなら、ヨハンたちの監視なんて任務、引き受けるんじゃなかったぜ………。
 そんな中、一両の戦車がビリーのすぐ傍で止まる。戦車の排気ガスがビリーの呼吸を邪魔し、激しく咳き込む。
 チッ、どこのバカだか知らないが、俺が死んでいくのを邪魔しにきやがったか。こんなバカに殺されるのは勘弁………。
 チクリとビリーの右腕に何かが刺さる感触。そして何かがビリーに注がれ、ビリーの痛みは瞬く間に消えていく………。それはエナジーカプセルと呼ばれる回復薬の原液を直接体内に注射するエナジー注射と呼ばれる回復アイテムだった。
 痛みが消え、気分が楽になったビリーは、自分に回復アイテムを使った者の顔を見やる。それはライラだった。
「お前………何やってんだ?」
 返答は平手打ちだった。ビリーの右頬を痛打する一撃。
「モンスターを倒して急いで来てみれば………あなた、それで許されると思ってるの?」
「何………?」
 怪訝な表情のビリーを見たライラは火がついた油のようにビリーを怒鳴った。
「あんな憎まれ口叩いて、ヨハン君に恨まれて、ヨハン君の後悔を少しは減らしたつもりなんでしょうけど、あんな見え見えの気遣いじゃよけい辛くなるだけでしょうが!」
「……………」
「あんなカッコつけた自己満足な終わり方、私は許さないわ。あなたは、もっと残酷で辛いことをしてもらいますから!」
 ライラはそう言うとビリーの手を引いてビリーを立ち上がらせる。ビリーは困った表情で尋ねた。
「おい、じゃあ、俺はどうすればいいんだ?」
「謝るのよ」
 ライラの答えは単純だが、しかしビリーが一番行いたくないことだった。故にビリーは一種の逃避として死ぬ事を選んだのだが………。
「誠心誠意を込めて、ヨハン君に謝りなさい。そして、ヨハン君が許してくれるまで、石にかじりついてでも生きるのね。それがあなたのやるべきことでしょ、違うかしら?」
「………やはり、そうしないとダメか。格好悪いなぁ」
「それだけのことはしたの。格好悪いのは我慢しなさいって」
 ビリーは肩をすくめるとパイルバンカー・カスタムを手に取ると肩に担ぎ、オリオールのシャシーの上に腰かけた。
「さぁ、少し遅れたけどヨハン君に追いつかないとね」
 ライラはそう宣言するとオリオールを走らせ始めた。揺れるオリオールのシャシーの上で、ビリーは涙していた。裏切った自分にもう一度チャンスを与えようというライラの心遣いに………。


次回予告

 ………役者は揃ったようだな。
 では、みなにすべてを打ち明けようか。
 大破壊のこと、世界のこと、モンスターのこと、私のこと………。
 ………そして、「鋼の聖女」のことを。

次回、「明かされる謎」


第一七話「命」

一九話「明かされる謎」

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