………夢を見ました。それは、とても不思議な夢でした。
 人類の文明が滅んだ「大破壊」と呼ばれる惨事。それはもう伝説と呼ばれるほど昔のことなのに、私は大破壊を目にしていたのです。アメリカやロシア、中国と呼ばれていた、国という人類の集合体が保有していた核ミサイルが次々と放たれ、夜空に赤い筋を残して流星のように降り注ぎます。
 核ミサイルが落ちると今度は花が開きました。すべてを飲み込み、消してしまうほど大きな大輪の「爆発」という名の花。男の人も、女の子も、おじいさんも赤ん坊も………核ミサイルが落ちた近くに住んでいた人々は例外なく爆発によって消滅しました。苦しいと思う暇もないほど一瞬の出来事でした。
 すべてが終わった時、私は独りでした。いえ、始まる前から私は独りでした。
 私は独りでずっと考え、そして結論として大破壊を起こしたのです。
 私が孤独の中でずっと考えていた事。それは………。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
第一七話「命」



「最初は監視だけだった」
 ノブタイにあるシティ・ガーディアンズ本部の地下室でビリーはそう切り出した。テーブル越しにビリーと向き合うのは伝説のハンター兼メカニックとして名を馳せ、シティ・ガーディアンズの創設者でもあるリカルドであった。テーブルの上には「いちころ」と呼ばれる酒の瓶と二つのグラス。リカルドはグラスに注がれたいちころに口をつけながらビリーの言葉の続きを待った。ビリーもグラスでたゆたう透明の酒を喉に流し込んで続けた。
「ヨハンと、ヨハンの親父さんとマリィの三人パーティーが社長、アンタを探しているということは割と早い段階からわかっていた。万が一にでもヨハンたちの方が先にアンタを見つけた場合、面倒なことになると考えたから監視をつけることになった。そういうわけだ」
「ふむ………だが、ビリー、お前はどうしてマリィやヨハン君と行動を共にしたんだ? つかず離れずが監視の理想じゃないのか?」
「ああ、最初はそのつもりだったさ。だがな、ヨハンの親父が死んだことが方針転換の契機になったのよ」
 ビリーは空になったグラスに酒を注ぎながら言った。
「ベテランハンターとして名高いクレメント無しで、ヨハンとマリィだけでこの荒野を渡っていけるか。とてもじゃないが、不可能に近いだろうさ」
「だから監視の掟を破ってでもマリィたちと同行したのか」
 リカルドは優しく口元を緩める。結果的にビリーはヨハンを裏切る形になったが、それは任務のためで、ビリーの心根は優しく、ヨハンやマリィのような子供が危険な目にあうことを嫌っているのだ。それが確認できたことがリカルドには嬉しかった。
 ビリーは嬉しそうなリカルドの表情を見ながら悪態をついた。
「ケッ、どーせ俺ぁ甘ちゃんですよ」
 そっぽを向いて口を尖らせるビリー。リカルドは苦笑交じりに言った。
「そんなことはない。お前がいなければ娘と再会できなかっただろう。感謝しているよ」
「………本当に感謝してるなら、本題に入らせて欲しいんですがね」
 そう、ビリーはリカルドに今までのことを報告するために地下室に呼んだわけではない。ビリーはリカルドに尋ねたいことがあるから呼んだのだ。
「尋ねたいこと? ………ふむ。私に答えられることならいいのだがね」
 リカルドは優しげな面持ちを崩さぬままビリーの視線を真正面から受け止めていた。ビリーは己の内にわいた疑問をリカルドにぶつける。
「まずは確認しておく。覚えているか? 昔、まだ駆け出しのソルジャーだった俺と共に旅をしていたアンタは、モンスターの攻撃から俺を庇って大怪我をした。そうだな?」
「ああ、覚えているとも。………そうか、もう二〇年ほど前のことか」
 リカルドの目が懐かしさに細く緩まる。だがビリーの目は険しさを増すばかりだ。
「じゃあこれは俺の記憶違いか? その時の怪我が原因で、アンタが男性としての能力・・・・・・・・を失っていたというのは」
「ああ、事実だとも」
「ふむ………俺の脳がボケていたわけでもないらしいな。では、次の質問だ。マリィは今いくつだ?」
「………なるほど、ビリー、お前はこう言いたい訳か。私が男性機能を失った年月とマリィの年齢がつりあわない、と」
「そうだ。マリィは一体何者なんだ?」
「ビリー」
 リカルドはビリーの名を口にした。ビリーは「おう」と返事し、リカルドの次の言葉を待つ。
「………こんな時代だ。血の繋がらない父娘というのが、それほど珍しいとは思わないな」
「では、マリィは養女なのか」
 誰の子だ? ビリーの質問にリカルドは肩をすくめて首を振った。どうやらリカルド自身も知らないようだ。
 確かに「こんな時代」だ。みなしごがいてもおかしくはないし、そのみなしごを拾って育てる物好きがいてもおかしくはない。リカルドは無数のモンスターを倒して財を築いており、みなしごの一人や二人くらいは余裕で育てる事が出来る。たまたま気が向いてマリィを自分の娘としたのだろうか。
「しかし血の繋がりがないとは思えないほどにいい才能を持っているな。料理から裁縫、銃の撃ち方まで完璧にこなしているぞ」
「ほう、そうなのか?」
「ああ。モンスターが放ったミサイルを迎撃システム無しに迎撃するくらいに、な」
 サルモネラ・ロンダーズのフラックスが持ち出した超巨大重戦車クライシスの放ったミサイルをマリィは反射的に撃墜した。それは人間業とは思えないほどに鮮やかな手並みだと、それを見ていたビリーは思っていた。
「………ヨハン君は運がよかったのさ」
「ああ、だといいんだがね」
 ビリーの口調から拭いきれぬ不信感がにじみ出ている。
 社長は何かを隠している。それは恐らくマリィに関することで………その隠している真実こそが、社長がシティ・ガーディアンズを放り、単独で行動していた理由なのだろう。
 だが、ビリーにはその真実の輪郭を想像する事すらできなかった。ビリーが持つ情報はあまりに少なかったからだ。



 一方、シティ・ガーディアンズと敵対する形となったヨハンとライラだが、二人はすぐノブタイへ向かうことはしなかった。
 何せサルモネラ・ロンダーズとの戦い、特にフラックスが操る超巨大重戦車クライシスとの戦いで燃料弾薬は不足していたし、損傷箇所の修理も必要であった。損傷しているパーツだけではない。たいしたダメージを受けていない箇所でも、好調が持続できるかどうかメンテナンスを行う必要があった。すなわち、ヨハンたちには時間が必要だったのだ。
 戦車の修理にヨハンたちが訪れたのはミッドシュライクという小さな村だった。ヨハンたちにとって都合がいいことに、この村には腕のいい修理工が住んでおり、予定より早くノブタイへ向かう事ができそうだった。
 サルモネラ・ロンダーズとの決戦、リカルドとの出会い、そしてビリーの裏切り………。まるで万華鏡のように目まぐるしく状況は変わった。そのために体も心も疲れきっており、ヨハンとライラはミッドシュライクの宿で丸一日の睡眠が必要であった。睡眠欲を満たしたヨハンとライラは次に食欲を満たし、戦車のメンテナンスが終わるまで時間を無為に過ごさなければならなかった。
「ヨハン君、入るわよ」
 そんな中、ライラがヨハンの泊まる部屋のドアを叩いた。ビリーに裏切られてすぐは放心しきっていたヨハンだったが、「真相を確かめる」という目的を持った今では一応の回復がみられた。ヨハンは以前までと変わりない様子でライラを迎える。
「シティ・ガーディアンズの目的は何だかわからないわ」
 ライラは前置きをすることなく、本題を口にした。
「でも、シティ・ガーディアンズにとってリカルドさんは銃を持った人たちに探させるくらいに重要な人物だった。そうなのよね、ヨハン君?」
「はい」
「じゃあ、マリィとリカルドさんを取り返そうとする私たちにも容赦しないでしょうね」
「どういうことです?」
「つまり、シティ・ガーディアンズの部隊が私たちを殺しに来るってこと」
 ライラの言葉は直球だった。しかしヨハンはその直球を捕球しそこねた。ヨハンはライラに尋ねる。
「でも、シティ・ガーディアンズはモンスターから人々を護るための組織ですよ」
「あら、ヨハン君はご存知ないのかしら? 山賊行為を働くような人間にはハンターオフィスから賞金がかけられることがあるのを」
「じゃあライラさんは僕たちが山賊だというんですか?」
「違うわ。私たちは山賊なんかじゃない。でも、こんな時代であっても人間が人間を撃つことを躊躇わない例がいくらでもあるってこと。あ、でも山賊ってのはあながち間違いじゃないかもね。シティ・ガーディアンズから見たら私たちは立派な誘拐予備軍でしょうし」
「……………」
「ねぇ、ヨハン君」
 ライラがずいと顔を突き出して尋ねる。ライラの身長はヨハンより高く、前かがみになったライラの襟元から白く艶かしい素肌が覗く。ヨハンは頬を赤くしながら視線を逸らす。
「ヨハン君は、人を撃てる?」
 シティ・ガーディアンズという人間が作った組織と対立するということは、人間同士で戦う事になるということ。たとえ見知らぬ人間が相手であっても、「モンスターハンターとは人間を護るために銃を取る者」だと父の代から信じているヨハンにとって、それは大問題であった。
 ヨハンはライラの質問に答えなかった。正確に言うと答えられなかった。それでもライラがヨハンを責めなかったのは、沈黙を破るようにドアがノックされたからだ。ヨハンはこのノックを助け舟だと考えた。ライラの質問をはぐらかすにはいい機会だから。
 しかしドアを開けようとするヨハンを手で遮ったのはライラだった。ライラは懐に忍ばせてある拳銃を取り出し、右手に持つとドアの前には立たずに声をあげた。
「どなたかしら?」
「君たちに用事がある者だ」
 その声に緊張感はなく、殺気も感じられない。ライラはヨハンにアイコンタクトを飛ばし、静かにドアを開けた。ドアの向こうにいたのは二人の男だった。面妖なことに二人とも同じ顔をしている。違いといえば頬にあるホクロの位置だけだろうか。
「何の用かしら?」
「その質問にはすぐに答えられるが、その前に銃をしまってくれないか? 我々はこの通り丸腰でね」
 右の方に位置する男がそう言って後ろ手に手を組んでみせた。左の方もそれにならう。どうやらここで敵対するつもりはないようだった。



「私の名はスピリッツ。こっちは弟のアロー。ファイター兄弟と世間では呼ばれているモンスターハンターだ」
 左頬にホクロを持つ男がそう名乗った。まるで鏡に映したかのように二人のモンスターハンターの姿はうりふたつだった。一九〇センチを超えようかと言う長身にガッシリとした体格、そして油断のない眼差し………。人生の多くを戦う事に費やしてきた戦士の外見であった。
「ファイター兄弟………」
 ヨハンは頭の中の引き出しから「ファイター兄弟」という名前を探す。ヨハンが見つけたのは、「ファイター兄弟」とは有名な双子のモンスターハンターで、双子ならではの息があったコンビネーションが自慢で、戦車戦でも白兵戦でも相手を選ばないとされているという情報だった。
「で、私たちに何のようかしら?」
「君たちに確認したいことがある」
 そう言ったのは右頬にホクロを持つアローだった。
「君たちはシティ・ガーディアンズと戦うつもりなのか?」
「………やはり貴方たち、シティ・ガーディアンズなのね」
 アローが言葉を言い終えるより早くライラが銃を抜き、アローに突きつける。しかしライラの銃はスピリッツに蹴り落とされた。木の板の床を黒光りする拳銃が滑っていく。
「ここは宿屋だ。宿泊する場所であって、戦う場所ではない」
 スピリッツはそう言うと蹴り落とした拳銃を拾い、弾倉を抜いてからライラに返却した。スピリッツはヨハンの方に振り向いて言った。
「私たちも、君たちがシティ・ガーディアンズと対立しないと言うのならば手出しはしない。だが、シティ・ガーディアンズと戦うと言うのならば、容赦はしない」
「あ、あの………」
 ヨハンがスピリッツに尋ねる。
「マリィが、僕の仲間がシティ・ガーディアンズに連れて行かれたんです。僕は、彼女を返して欲しいんです………」
「マリィ? ああ、社長の娘という女の子か」
 アローが合点のいった表情で頷く隣でスピリッツは答えた。
「ヨハン君………だったね? 残念だが、マリィ嬢を返すことはないだろう」
「え、何で………?」
「君も知っていると思うが、シティ・ガーディアンズの社長、リカルド氏は伝説のハンターと呼ばれるほどの男だ。そして彼はどういう理由なのかは知らないが、我々の元から逃げ回っていた。マリィはリカルドをシティ・ガーディアンズに抑えておくための足かせとなってもらうことになるだろう」
 なるほど………。スピリッツの言葉を聞いて頷いたのはライラだった。
 マリィもヨハンたちと旅を続けることで、戦うことを覚えつつある。しかしそれはシティ・ガーディアンズの猛者たちに及ぶほどではない。リカルドがもしも娘と共に脱走を図った場合、リカルドはマリィを庇う必要に迫られるだろう。行動の自由がなくなってはさすがの伝説のハンターでも脱走は容易ではない。それがシティ・ガーディアンズのだした結論のようだ。
「そんな………」
「ヨハン君、どうやら交渉は決裂したようだね」
 スピリッツはそう言うとすっと立ち上がる。アローもそれに倣って立ち上がる。
「ならば私たちは与えられた任務を遂行するまでだ。ただ、ここで戦うとミッドシュライクの住民に迷惑がかかる。修理屋に出してある戦車を取ってきなさい。そして、西の荒野で会おう」
 それはスピリッツの宣戦布告であった。しかしヨハンはまだ話し合いを続けたかった。だが、それを止めたのはアローの一言だった。
「ヨハン君、いい戦い・・・・をしよう」
 それは純粋に、目の前に迫る戦いを楽しみにしている声だった。その声を聞いた時、ヨハンはこの兄弟にかけるべき言葉を見失った。いかなる言葉でも彼らを説き伏せる事はできないだろう。それがわかってしまったからだ。
「随分と余裕見せてくれるわね………」
 スピリッツとアローの背中を見ながら爪を噛むライラ。対するヨハンは明らかにうろたえた様子だ。
「ど、どうしましょうか………?」
「ヨハン君、私たちは手袋を投げられたの。それに対する答えは一つしかないわ」
 ライラは迷うことなくそう言い切った。



 スピリッツが乗るのは疾風怒濤シュトルムウントドランクと呼ばれる戦車であった。ゲパルトと呼ばれる対空戦車のシャシーの砲塔側面に五〇ミリクラスの機関砲を二門搭載し、砲塔上にはバーナードラゴンと呼ばれる火炎放射器が確認できる。一撃の威力よりも弾幕を張り、多くの敵を同時に狙い撃つように考慮された装備だといえる。
「さて、サルモネラ・ロンダーズを破ったその実力を見せてもらおうか」
 はるか彼方の地平線に二つの砂塵を確認したスピリッツは誰に言うでもなくそう呟く。そしてゴーグルを自分の目の前に装着し、疾風怒濤の操縦桿を両手で持ち、アクセルに足を置く。
 疾風怒濤はその名の如く、派手に砂塵を巻き上げながら走り始めた。その加速力はライラのオリオールには及ばないが、しかし小回りに関してはオリオール以上であった。
「行くぞ!!」



 砂塵を後に引きながら、たった一両で向かってくる戦車(=疾風怒濤)をヨハンとライラは確認していた。相手はファイター兄弟なのだから、当然もう一両の戦車がいるはずなのだが………ヨハンたちはもう一両の戦車を探し出す事ができなかった。
「とりあえず向かってくる戦車を叩いた方がよさそうね」
 ライラはそう呟くとオリオールを停止させ、オリオールの車体ごと旋回させて八八ミリ一〇〇口径砲で疾風怒濤を狙う。
 ドォッ!
 オリオールの長砲身砲が咆哮を轟かせる。だが、その射撃は疾風怒濤を捉えなかった。疾風怒濤は巧みに進路を変え、オリオールの砲撃から逃れてみせた。
 オリオールは車体に主砲が直接搭載されている、いわゆる駆逐戦車である。砲塔を持たぬため、車体そのものを旋回させる事で砲の狙いを定める必要があった。なお、砲の俯角に関しては特殊な油気圧式サスペンションによって転輪アームを上下させ、車体を上下させることで調節する。
 さて、とにかく駆逐戦車であるオリオールは主砲を撃つ際、必ず停車しなければならないという欠点があった。敵を待ち伏せる際には気にならない欠点であるが、今回のように遮蔽物のない荒野で戦車戦を行うには致命的であった。
 小刻みな針路変更でオリオールの砲撃から逃れる疾風怒濤。しかもその針路変更は、まるで獲物を前にした蛇のように狡猾で、オリオールと疾風怒濤との距離は縮まる一方だった。
「何て嫌らしい動きをするの!」
 ライラが疾風怒濤に対する苛立ちを口にしながら副砲発射のスイッチを押す。オリオールの車体上面に搭載されている一一ミリバルカンがCユニットの管制を受けて動く。まるで肉食獣が獲物を求めて視線を慌しく動かしているようだ。疾風怒濤をロックオンした一一ミリバルカンが機銃弾の雨を降らす。雨をかわしきることはさすがの疾風怒濤でも不可能であった。疾風怒濤に突き刺さる一一ミリ機銃弾は疾風怒濤を覆う装甲タイルを剥がしていく。だが、装甲タイルが剥がれ落ちただけで、疾風怒濤本体はダメージを受けていなかった。
「!?」
 オリオールの砲撃をかいくぐり、疾風怒濤は自分の射程距離にオリオールを捉えた。言葉もなくスピリッツは引き金を引いた。疾風怒濤砲塔両側面に一門ずつ搭載されている五〇ミリ対機甲用機関砲が徹甲弾と曳光弾が七対一でブレンドされた砲弾を連射する。
 オリオールの正面装甲は自身の主砲を受けても弾き返すほどに厚く、また避弾経始もよく考えられている。だが、オリオールはその快速を維持するために側面や背面の装甲を極力削っていた。オリオールは自慢の快速を利用し、常に敵を自分の正面において戦うのが基本なのだが、疾風怒濤の動きはオリオールの基本前提をいとも簡単に切り崩したのだった。
「キャアッ!」
 疾風怒濤の射撃は短時間だった。わずか三秒にもみたない集中射撃。その射撃はオリオール車体後部に集中し、オリオールのルドルフエンジンを大破させていた。前述のように、車体そのものを直接動かさなければオリオールは砲撃ができない。エンジンを破壊されて動力を失ったライラのオリオールはもはや戦力にはなりえなかった。
「もう、何てザマよ!」
 ライラはCユニットのコンソールを叩いて悔しがるが、次に取った行動はオリオールから脱出する事であった。大破した戦車にいつまでも留まっていたら狙い撃ちされるだけである。ここは戦車を降り、白兵戦でヨハンを援護するのが上策だ。ライラはそう考えていた。
 だが、ライラの意図はスピリッツにも伝わっていた。スピリッツは再び五〇ミリ対機甲用機関砲を放ち、オリオールの脱出ハッチを破壊する。これでライラはオリオールに閉じ込められた形となる。次は操縦席付近を狙い撃ち、私の人生に幕を引くのだろうか。そう思うとライラは震えが止まらなかった。
「オズワルド………」
 最期を覚悟したライラの口からこぼれたのは死んだ弟の名前だった。もしも死後の世界というものがあるのなら、またあの子に会えるのだろうか?
 しかしどれだけ待っても操縦席が撃たれる事はなかった。疾風怒濤はすでにオリオールから離れ、ヨハンが駆るメタル・ユニコーンとの戦いを始めていたのだった。



 ヨハンのメタル・ユニコーンは重戦車に分類されるだけの重量と装甲を誇っていた。疾風怒濤の五〇ミリ対機甲用機関砲ではその装甲の奥底に弾丸を届かせることはできないだろう。
「しかし後ろを取る事ができれば………」
 重戦車といえども背部の装甲は薄い。そこを衝ければ疾風怒濤の五〇ミリ対機甲用機関砲でもメタル・ユニコーンを撃破できるだろう。
 だが、ヨハンが操縦するメタル・ユニコーンはしたたかであった。顎をしっかりと護るボクサーのように、メタル・ユニコーンには隙がなかった。メタル・ユニコーンの主砲である一五五ミリスパルクは常に疾風怒濤の未来位置を狙っているし、疾風怒濤がメタル・ユニコーンを出し抜こうと蛇行を行っても副砲のスキャンレーザーが疾風怒濤の行く手を阻む。その動きはとても一三歳の少年のそれとは思えなかった。シティ・ガーディアン、いや、モンスターハンター全体を見てもあそこまで完璧な牽制ができる者は数えるほどしかいないだろう。
「だが、惜しむらくは闘志に欠けていることか」
 スピリッツの呟きには嘆きの成分が多く含まれていた。ヨハンはスピリッツを手玉に取ってみせているにも関わらず、自分から攻撃を仕掛けようとはしなかった。おそらく、人間が人間を撃つということにヨハンは引け目を感じているのだろう。そしてスピリッツの想像が正確に的を射ていた。
 ヨハンはメタル・ユニコーンの操縦席で眉をひそめていた。どうしていいのか、さっぱりわからない。モンスターが跳梁跋扈するというこの時代に、どうして人間同士が戦わなければならないのだろうか。同じ人間同士なのだから、話をすることができるじゃないか。
 そんなヨハンの思いが、ヨハンの指を重くして主砲の引き金を引かせなかった。そして最大のチャンスをふいにしたヨハンに、報いが訪れる。
「!?」
 それは唐突な衝撃だった。金属と金属が激しくぶつかりあう大音量がメタル・ユニコーンをかき鳴らし、衝撃でメタル・ユニコーンは激しく揺さぶられる。その際にヨハンは額を打ち付けてしまい、額から血を流す。ヨハンは左手で額を抑えながら、右手でアクセルノイマンが集計した被害報告を表示させる。
 アクセルノイマンが下した診断は、左転輪三基破損、シルフィードエンジン小破の判定であった。シルフィード自体の損傷はそれほど重くなく、まだ全力を発揮できるほどだ。しかし転輪が破壊されたのは重大な問題であった。メタル・ユニコーンは脚をケガしたことになる。全速力で走る事は不可能だ。
「でも、今のは………?」
 それが徹甲弾の砲撃による被害である事はすぐにわかった。ホローチャージでなかったのは一つの幸いだ。ホローチャージが撃ちこまれていたら、今頃ヨハンはロースト人間になっていたことだろう。しかし、メタル・ユニコーンの装甲を物ともせず、徹甲弾が貫通してきたのは解せない話だ。なぜって、ヨハンの周囲には疾風怒濤しか視認できないからだ。まさか敵は視認できないほど遠距離からメタル・ユニコーンを狙い撃ち、メタル・ユニコーンの重装甲を貫いた………?
 ヨハンの想像は最悪なことに正解を導き出していた。



 ファイター兄弟の弟、アローが駆る戦車はレオパルド・マグナガンと呼ばれる特殊な戦車であった。主砲の口径こそは一二〇ミリでしかないが、六四口径長の長砲身を誇り、さらに装薬は一般的な一二〇ミリキャノンより三〇%も多い。即ち徹底した初速重視の砲なのだ。一説では砲戦距離六五〇〇メートルで三〇〇ミリの鉄板を撃ち抜くという、二〇五ミリキャノンばりの運動エネルギーを確保させているという。それは戦車砲のマグナムであった。だからレオパルド・マグナガンと呼ばれるのだ。
 アローはそのマグナム砲装備の戦車で八〇〇〇メートルという破格の超遠距離射撃を成功させていた。アロー自身の射撃の腕と、FCS重視に改造されたエミーの命中補正のおかげであった。
「さぁ、どうする?」
 マグナム砲の引き金に指を置いたまま、アローははるか彼方のヨハンに呼びかける。無線のスイッチはあえて入れられたままだった。
「このままでは、いい戦い・・・・など望めないぞ」



 アローの呟きは電波に乗ってヨハンの耳に届いていた。ファイター兄弟はヨハンの返答を待ち望んでいると言わんばかりに沈黙を続ける。ヨハンは思わず叫んでいた。
「『いい戦い・・・・』!? 人間同士の戦いに、いいも悪いもあるものか!」
『では、質問を変えよう、ヨハン君。君はモンスターとならば戦っていいと言うのだね?』
 スピリッツが質問の問いかけ方を変える。
「モンスターは、人間を狙うから………人間を護るために、僕たちモンスターハンターは戦っているんじゃないんですか!」
『例外もあるだろうがね。しかし、私たちや君はその信念に従っていると言っていいだろう。だが………』
 アローは逆接の接続詞を置いて、一呼吸の間を空ける。
『結局、人間を護って戦う結果に何がある? それを見据える事が出来れば、私たちの言いたい事の答えが出るはずだ』
「人間を護って、戦う結果………?」
『君はサルモネラ・ロンダーズと戦った。ビリーから聞いたが、あれはいい戦いだった。さて、それは何のために戦った? 何を思って戦いを決意した? それを思い出せばいい。これが最後のヒントだ』
 スピリッツがそう言ってヨハンの結論を聞き出そうとする。ヨハンは静かに目を閉じて、自分自身に問いかける。
 サルモネラ・ロンダーズと戦うことを決意した時、僕は何を思っただろうか。僕は、何のために戦っただろうか?
 ………マイカタの町で出会った難民の姉弟の懇願。あれが引き金になったと思う。そして僕たちはサルモネラ・ロンダーズとの戦いを決意した。結果、僕たちは何ができただろう?
「………あっ!」
『結論が出たか? 答えは言わなくてもいい………。君との戦いによって、その答えを聞かせてもらう!』
 そう言うとファイター兄弟が、再びヨハンに襲い掛かる。
 疾風怒濤が五〇ミリ対機甲用機関砲を放ちながらメタル・ユニコーンの注意を逸らし、レオパルド・マグナガンの狙撃の手助けを行う。しかし、メタル・ユニコーンは分厚い正面装甲を頼みに疾風怒濤に正対した。
「ぬぅッ!?」
 しかし機動性は疾風怒濤の方が上だ。メタル・ユニコーンの正対をかわし、装甲の薄い側面や後方に回り込むことだって不可能ではない。
 ギャオオオオ
 だが、メタル・ユニコーンはキャタピラが悲鳴をあげるほどの急旋回を見せた。重心が崩れ、メタル・ユニコーンが横転しそうになる………いや、横転するだろう。
「焦ったか、ヨハン君!」
 スピリッツは急激な操縦に横転しようとするメタル・ユニコーンを見て、勝利を確信した。しかしその目は瞬く間に驚きで見開かれる。メタル・ユニコーンは横転しながら主砲を放ったのだ。弾種は爆裂弾。激しい爆風で複数の敵を攻撃できる特殊弾だ。一五〇ミリスパルクから放たれた爆裂弾の衝撃と爆風は横転するメタル・ユニコーンの姿勢を立て直すほどの物だった。自身の放った爆裂弾の衝撃で剥がれた装甲タイルがまるで強風に呷られた花びらのように散る。この爆裂弾を使った急制動によってメタル・ユニコーンは常識をはるかに超えた極小の旋回半径を見せた。それは疾風怒濤の背後を取るほどだった。
「アロー!」
 スピリッツはアローの狙撃に期待を寄せる。メタル・ユニコーンの背後に陣取るレオパルド・マグナガンのマグナム砲弾がメタル・ユニコーンを射抜く光景を、スピリッツは待ち望んでいた。だが、レオパルド・マグナガンの放った一二〇ミリ砲弾は見当外れの場所に突き刺さった。荒野に突き刺さった一二〇ミリ砲弾が大量の土砂を巻き上げる。それを見たスピリッツは思わず舌を打った。
「しまった! 装甲タイルが………」
 爆裂弾を使った急制動の際に剥がれ落ちた装甲タイル。あれがメタル・ユニコーンの姿を覆い隠すチャフとなっていたのだった。レオパルド・マグナガンのエミーはまんまとそれに引っかかっていた。だから必殺の砲弾が外れたのだった。
 メタル・ユニコーンはスキャンレーザーを放ち、疾風怒濤のキャタピラを切断する。脚を奪われた疾風怒濤から離れていくメタル・ユニコーン。距離を取られると疾風怒濤では何もできなくなる。疾風怒濤、操縦者のスピリッツはヨハンに敗北したのであった。
 メタル・ユニコーンの砲塔が動き、はるか先にいるレオパルド・マグナガンを指向する。それはレオパルド・マグナガンも同様であった。砲戦距離はまだ四〇〇〇メートル以上ある。レオパルド・マグナガンとメタル・ユニコーン以外では砲弾を届かせる事はできないほどの遠距離だ。
「遠距離砲戦か………面白い!」
 アローはヨハンのメタル・ユニコーンに狙いを定め、引き金を引いた。三割増の装薬が立てる轟音が遠雷のようにヨハンの耳に届く。すでにヨハンの放った一五〇ミリ砲弾もレオパルド・マグナガンをめざして飛翔している。互いが互いの砲弾を受けることとなるだろう。果たして、メタル・ユニコーンの装甲はマグナム砲弾に耐えられるのだろうか?
 結論から言えば、メタル・ユニコーンが己の装甲厚の限界を試すような事態は起きなかった。レオパルド・マグナガンの放ったマグナム砲弾が再び外れたから? 違う。マグナム砲弾は確実にメタル・ユニコーンを直撃するコースだった。だが、一二〇ミリマグナム砲弾はメタル・ユニコーンの放ったマニアックシェフのエネルギー弾の弾幕に引っかかり、途中退場を余儀なくされたのだった。遠距離砲戦で、砲撃開始から着弾まで一瞬の間があったからこそ可能だった迎撃手段だった。さらに言えば正面からの撃ち合いだったこと(正面が一番被弾箇所面積が狭い)と、マニアックシェフが弾幕を形成するSE(正面部の被弾箇所面積全体を覆い隠せるほどの弾幕が形成可能)だったこともヨハンにとって幸いだった………といったところか。
 アローはヨハンを狙ったマグナム砲弾が命中しなかった理由をそう結論付けた。ヨハンが放った砲弾はレオパルド・マグナガンに命中しなかった。だが、高性能自動装填装置によって即座に装填され、二発放たれていた一五〇ミリ砲弾はレオパルド・マグナガンを挟み込むように着弾していた。レオパルド・マグナガンの左右のキャタピラからわずか数センチ先の地面を抉る一五〇ミリ弾。それはヨハンの射撃術がアローを大きく上回っている証だった。
「負けた………完全敗北だな」
 あくまで人命を護ろうとするヨハンの姿勢。それはヨハンが出した結論を端的に表している。彼はあくまで人の命を、人の未来を護るために戦うというのだ。
 いい戦い・・・・だった。ファイター兄弟が信じるいい戦い・・・・とは、戦いを通じて何かを生み出す事だった。そしてヨハンとの戦いを通じてファイター兄弟はヨハンに対する理解を生み出していた。対するヨハンは自分の信念を再確認できていた。ビリーの裏切りによって揺らいでいた自信は完全に取り戻されていた。それはヨハンの顔つきを見れば一目瞭然であった。ヨハンの幼さが残る顔に、大人の精悍さが少しずつだが見え始めていたのだった。



「我々はシティ・ガーディアンズから手を引く事にする」
 錆びた荒野に夕日が落ちようとする時、ファイター兄弟はヨハンとライラにそう言った。
「え? どうしてですか?」
 ヨハンの質問は当然の物であった。ファイター兄弟は口を揃えて言った。
「君との戦いに負けたから、ケジメをつけるためだ」
「任務に失敗したのだから、当然といえば当然の事さ」
「だが、ヨハン君。シティ・ガーディアンズの行っている事は正しい事だ。それだけは覚えていて欲しい」
「ああ、アローの言う通りだ」
 スピリッツはアローの言葉に頷きながら言った。
「こんな時代だからこそ、シティ・ガーディアンズは必要なのだ」
「それは私も思っているわ」
 スピリッツの言葉を否定せず、ライラは頷いた。しかしライラはこう続けた。
「でも、シティ・ガーディアンズがリカルドさんを追っていたし、リカルドさんは単独で何かをしていた………。この謎の答えは知りたいわね」
「………これはあくまで噂だが」
 アローはそう前置いて、声を潜めて言った。
「リカルド社長は大破壊の原因を調べていたという噂がある。おそらく、この噂が関係しているのではないか? そう思っている………」
「大破壊の、原因………?」
 あの、人類の文明が瞬く間に滅んだと言う伝説の大破壊………。その原因をリカルドさんは調べていた? そんな噂がシティ・ガーディアンズにあったというのか。
 ファイター兄弟はそれ以上は何も語らず、地平線の下へ沈んでいく夕日を追いかけるようにヨハンたちと別れた。そしてヨハンとライラは再び戦車の修理と補給を行い、シティ・ガーディアンズの本拠地があるノブタイを目指すのだ。
 果たして、ノブタイに真実はあるのだろうか………? 空には星が灯りを放ち始めていたが、その光は何も語りはしなかった。


次回予告

 ………嫌な事ってのは当然あるよな。
 ヨハン、お前はどうするタイプだ? 後々、ギリギリまで何もしないで、ケツに火がついてから慌てるタイプか?
 それとも、嫌な事はさっさと解決しちまうタイプか? この俺のように………。

次回、「ビトレイヤー・ビリー」


第一六話「暗転」

第一八話「ビトレイヤー・ビリー」

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