「お父………様?」
 フラックスが造り上げた超巨大重戦車クライシスを撃破し、世界を救ったのだという感慨にひたるヨハンたちの前に姿を現したのは一人の中年男であった。まるで吸い込まれそうなほど深く静かな目をした痩せ型の中年男はマリィの声を聞いて静かに頷いた。
「………久しぶりだな、マリィ」
 そして中年男はヨハンの方に歩み寄り、そして頭を下げた。
「君が、ヨハン君だね? 噂は聞いているし、クレメントのことも聞いている。クレメントには、悪いことをしたと思っている………」
「そんな………父は、モンスターハンターとしてモンスターと戦い、そして死んだんです。別に、リカルドさんのせいってわけじゃ………」
 ヨハンの言葉を聞いたマリィの父、リカルドはクレメントがしてくれたようにヨハンの髪をなでた。
「………クレメントはいい息子を持ち、そしていい父親であったようだな」
 リカルドの穏やかな言葉を聞いたヨハン。彼は涙が頬を伝って初めて自分が泣いていることに気付いたのだった。
「何だかよくわかんないけど、ヨハンたちはあの人を探していたってこと?」
 つい最近ヨハンたちと旅を始めたばかりのライラは、ヨハンに尋ねた。ヨハンは迷った表情を見せたが、しかし意を決して説明した。
「はい、この方はマリィのお父さんで、伝説のモンスターハンター兼メカニックのリカルドさんです。僕は、マリィとリカルドさんを会わせるために旅をしていました」
「なるほどね。でも、どうして私にそのことを言ってくれなかったの?」
 当然の疑問ではある。しかしその事情を面と向かって説明するのは難しい。ヨハンはしどろもどろになる。
「え、実は、その………」
 そんなヨハンに変わって説明する声が被さった。
「その男はある組織に追われていたから、いつどこでその組織と縁がある者と会うかわからないからおおっぴらに探すことができなかった。そういうトコだろ、ヨハン?」
 その声はビリーのものだった。ビリーはヨハンたちから数歩引いた所に立ち、懐から拳銃を取り出して、その銃口をヨハンたちに向けていた。
「ビリー、さん?」
「おぉっと、動かないでもらおうか。俺も人間を撃つのは好まないんでねぇ………」
 ビリーは露悪的な口調でそう言うと、何かを待ち始めた。白兵戦のエキスパートであるソルジャーのビリーに銃口を向けられた状態では誰も身動き一つ取れなかった。そのまま時間だけが流れていく。だが、その時間の流れは残酷なまでにゆっくりとしたものだった。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY
第一六話「暗転」



 ビリーが待っていた物は半時間も経たずに到着した。だが、その短い時間がヨハンには永遠のように思われた。ヨハンには訳がわからなかった。同じパーティーの仲間であるビリーに銃口を向けられ、脅迫を受けている。何故? 何で? 理解不能!
 ビリーが待っていたのは二台のトラックだった。荷台に載っているのは荷物ではなく、完全武装したソルジャーたちであった。みな、紺色の制服に身を包み、そして緋色のベレー帽を頭に載せていた。それは、シティ・ガーディアンズの制服であった。
 アサルトライフルや短機関銃、さらには重機関銃を持ったソルジャーたちがトラックの荷台から次々降り、その銃口をヨハンたちに向ける。ヨハンたちは三分後には無数の銃口で囲まれていた。
「………これは一体、どういうことかしら?」
 付き合いが短い分ショックも軽かったのだろうか。ライラがビリーに尋ねた。その口調は棘が多分に混じっている。
「まぁ、簡潔に説明すると、お仕事って奴さ」
 シティ・ガーディアンズソルジャー部隊による包囲が完成したことを確認したビリーは拳銃をしまい、ライラの質問に答えた。
「あなた、シティ・ガーディアンズだったの?」
「そういうことだな」
「ヨハン君を騙していたのね?」
「それはお互い様だと言いたいがね。ヨハンだって自分たちがうちの社長リカルドを探していたことを俺に話したことはなかったぜ。あと、その娘が社長の娘だってこともな」
 ビリーの言葉に俯くヨハン。確かに、僕はビリーさんに旅の本当の目的を話すことはなかった。責められても仕方ないのだろう………。
「まるで子供みたいな言い訳ね。気に入らないわ」
「ライラ、お前に是非を問う必要もないがね」
 ビリーはにべもなくそう言うと視線をリカルドの方に向けて言った。
「さて、社長、ご同行、願えますかな?」
「………それは、私だけかね?」
「そうですな、お嬢様にもご一緒していただけると嬉しいですね」
「では、ヨハン君たちには手を出さないのだね?」
「手を出す理由がありません。それともシティ・ガーディアンズは人を撃つ組織でしたかな?」
 皮肉交じりのビリーの言葉を気にかけたようすもないリカルドであったが、しかしビリーの言葉には従う様子だった。マリィの肩を叩き、一緒に行こうと呟いた。
「ま、待って………」
「動くな!」
 ようやくパニックから立ち直ったヨハンが一歩足を踏み出す。しかし、ヨハンにシティ・ガーディアンズの銃口が集中する。もう一歩でも動けば容赦なく引き金が引かれるだろう。
 その間にリカルドとマリィはトラックの荷台に載せられていた。二人の手首には抵抗ができないように手錠がかけられる。それを見てからビリーが言った。
「じゃあな、ヨハン。お前と一緒に旅していた時間、楽しかったぜ。これは、偽りのない本音だ」
「ビリーさん………」
 ビリーは愛用のサイドカーに腰を下ろし、そしてエンジンをかける。排気煙と砂塵を残してサイドカーとトラックは走り去っていった。ジャック・イン・ザ・ボックスはトラックに牽引されていった。後に残されたのはヨハンとライラの二人だけであった。



「マリィ、こんな時に何だが………」
 トラックに揺られながらリカルドが小さな声で尋ねた。その声は耳元でささやかれない限り、トラックのエンジン音でかき消されてしまうようなほどの小ささだった。
「今回の旅でどんなことを経験したか教えてくれないか? 何せ退屈でしょうがない」
 リカルドとマリィの周囲はシティ・ガーディアンズのソルジャーに囲まれている。もちろん、武器も持ったままだ。しかしリカルドは悠然とした態度でそう言った。
 マリィは父と同じ程度の声量で応えた。
「お父様…………」
「何だい?」
「私、お父様に会えたら色んなことを話そうと思っていました。カンビレでお爺様と一緒に暮らしていた時のこと、そしてヨハンと一緒に旅していた時のこと………」
 マリィは俯き、唇を震わせる。
「でも、今は何も話せません。私、怖い………」
 リカルドは怯える娘を見て初めて驚いた表情を見せた。そして娘の肩を抱いて慰める。
「大丈夫だ。お前には絶対に手出しはさせないさ」
「ええ、お父様がいるなら安心できる。それはわかっているのに、でも不安なのです。ヨハンが、ヨハンがいないと、震えが止まらない………」
「!? 本当に、本当にそう感じているのかい、マリィ?」
「はい………。自分でも理解できない感情なのです」
「そう、か………」
 リカルドは深く息を吐いた。マリィの言葉を噛み締めるように味わい、そして言った。
「マリィ、それはお前がヨハン君を好きになったということだ」
「私が、ヨハンを………?」
「そうさ。そして、それはとても素晴らしいことなんだ」
「素晴らしい、こと………?」
 マリィは父の言葉を反芻しながら首を傾げた。父の言葉の真意が、彼女には理解できなかったのだった。だから彼女は自分にも理解できる範囲で行動を起こした。マリィは両手を組み合わせ、祈るように呟く。
「ヨハン………」
 世慣れぬ少年の名を呟いただけなのに、マリィの心の中に広がりつつある不安の霧が晴れていくのを感じた。



「……………」
 ヨハンはどういう表情をしていいのかすらわからず、ただただ呆然と立ち尽くすだけであった。せっかく旅の目的であったリカルドとの合流に成功したにも関わらず、仲間だと信じていたビリーがシティ・ガーディアンズの一員で、ビリーはリカルドと、そしてマリィを連れて行ったのだった。1+1=2でないと証明されたかのように、当たり前だと思っていたことが否定されたのだ。ヨハンは脚に込める力すら失って、うずくまってしまう。そんなヨハンに立ち上がるように言ったのはライラであった。ライラはヨハンの肩を揺すって奮起を促す。
「ちょっと、ヨハン君! 何、呆けてるのよ!」
「ライラさん………」
「悔しくないの!? アイツビリー、今までずっとこの時を待っていたのよ! ずっと、私たちと行動を共にして、この時が来るのを内心では待ち望んでいたのよ!!」
「ビリーさんはそんな人じゃ………」
「『そんな人じゃない』? 私はあなたたちと行動を共にしたばかりだったから、確かに断言はできないわ。でも、アイツがヨハン君を利用したのは事実じゃない!」
「……………」
「私は、人を裏切るのも、人に裏切られるのも嫌なの。私は、絶対にアイツを許さないわ」
 ライラはそう宣言するとヨハンの肩から手を放し、自分の戦車オリオールに足を向ける。
「それに、確かめたいの」
 ライラの声に目を向けるヨハン。ライラの背中がヨハンの目に映る。ヨハンはライラの背中に尋ねた。
「確かめる? 一体、何を………?」
「真相よ」
 ライラの背中が当然だと言わんばかりに力強く断言した。
「真相………」
 真相。ヨハンはそれを初めて聞いた単語のように、言いなれない様子で呟いた。
 そうだ。僕はまだ知らないことが沢山ある。リカルドさんのこと、シティ・ガーディアンズのこと、ビリーさんのこと、そしてマリィのこと………。ここでうずくまっているだけでは百万年かかっても知ることはできない。「知る」ためには行動が必要であった。そう、人は行動を起こさない限り、何も得ることはないのだ。
 ヨハンは脚を踏ん張ってグッと立ち上がる。そしてオリオールのシャシーを登ろうとするライラの背中を呼び止めた。
「ライラさん! 僕も、僕も行きます!」
 ライラはヨハンの言葉を聞くと振り返り、しかし口に出しては何も言わず、ゆっくりと一度だけ頷いた。
 ヨハンは力強い眼差しでメタル・ユニコーンを見つめ、そしてメタル・ユニコーンに乗り込み、シルフィードエンジンに息吹を吹き込んだ。



「ご苦労だったわね、ビリー」
 ノブタイにあるシティ・ガーディアンズ本部に戻ったビリーを呼び寄せたのはシティ・ガーディアンズ代表のブレンダであった。ブレンダは本部の応接室でビリーを迎えた。ブレンダは豪奢なソファーに腰を下ろし、ビリーにも座るように言った。
「どうも」
 頭こそ下げたものの、ビリーの声色と表情は不機嫌の色に染まっていた。
「機嫌が悪そうね」
「あんなガラにもない役をさせられたら誰だって機嫌を悪くする」
 ムスッとした顔でビリーは言い切った。しかしブレンダは気にも留めない。明日の天気でも話すかのような気楽さで返した。
「そうね、あなたは生粋のソルジャーだったものね」
「ところで、社長に娘がいたなんて聞いていなかったが………ブレンダ代表は知っていたか?」
 機嫌が悪いサマを見せても平然としているブレンダに腹をたてたビリーは話題を変えた。リカルドの娘、すなわちマリィの話になるとブレンダの表情が急速に曇り始める。
「いいえ、私も驚いているわ」
 首を横に振るブレンダを見たビリーは皮肉に笑いながら言った。
「へぇ、社長にお熱のアンタが、社長の娘のことを知らなかったとはお笑い種だな」
「……………」
 ビリーの言葉を受けたブレンダが今度は不機嫌になる番だった。綺麗に整えられた眉が斜めに傾く。ビリーはそんなブレンダの怒り顔を楽しげに茶化す。
「おお、怖い怖い」
 ビリーはそう言い残すとブレンダの前を後にした。一人残ったブレンダは両手を組み合わせて額をそれに乗せた。
「あの娘………本当に、何者なのかしら」
 ブレンダがそう呟いた時、ビリーと入れ違いになる形で二人の男が入ってきた。二人とも同じ顔の形をしており、唯一ほくろの位置で二人を見分けることができる。そう、彼らは双子のモンスターハンターであった。
「ファイター兄弟、ちょうどいいタイミングで来てくれたわね」
 ブレンダの言葉を受けて、右頬にほくろを持つ男が口を開いた。
「俺たちを呼んだようだが、何の用だ? サルモネラ・ロンダーズが崩壊した今、俺たちを使わなければならないほどのモンスターはそうそういないはずだが………?」
 右頬にほくろを持つのが「ファイター兄弟」と呼ばれる双子ハンターの弟のアローである。アローという名に相応しく、長距離砲戦に特化した駆逐戦車を駆ることで知られている。
「そのサルモネラ・ロンダーズの最終兵器を倒した男が、じきにこのシティ・ガーディアンズに来るわ。あなたたち兄弟でその男を倒して欲しいの」
 ブレンダは胸ポケットから何枚かの写真を取り出し、ファイター兄弟に見せた。その写真はヨハンを写していた。
「ほぉ、シティ・ガーディアンズが人間を撃つというのか?」
「今回は緊急事態よ。ようやく確保した社長を逃がされるわけにはいかないの」
「しかし、まさかこんな年端のいかない子供がサルモネラ・ロンダーズを壊滅させたとは………」
 アローは写真に写るヨハンを見て、信じられないといった声を上げる。だが、そんなアローの肩を叩いた男がいた。
 アローとは対照的に、左頬にほくろを持った男、ファイター兄弟の兄、スピリッツであった。
「アロー、見た目で判断を下してはいかん。ビリーの手伝いがあったとはいえ、サルモネラ・ロンダーズの首魁を討ったのは事実なのだ」
「うむ、そうだな、スピリッツ」
「彼とならいい戦いができそうではないか、アローよ」
 スピリッツがニヤリと口の端を吊り上げる。それは近い将来に約束された死闘を楽しみにする戦士の微笑みであった。そしてアローも兄と同じ壮絶な微笑みを浮かべていた。
 ファイター兄弟の微笑みを見ながら、ブレンダは心の中で呟いた。
 ………ヨハン。あなたには死んでもらうわ。あなたは、生きていてはいけない人なんだから。



「………そうか。シティ・ガーディアンズはリカルドを捕縛したか」
 血のように赤い夕日が地の底に沈むのを眺めながら、彼は血のように赤いワインを楽しんでいた。彼の名はジェイク。ハンターオフィスの代表を務める男である。ジェイクは風呂上りの体に小ぎれいなバスローブをまとっている。
「ジェイク様、いかがなさいますか?」
 そんなジェイクに尋ねた側近は黒いスーツに身をつつんでいた。
 彼らは、異様であった。文明が崩壊したこの世界で、彼らは文明を謳歌しているのだった。これがモンスターハンターたちに賞金を与えるハンターオフィス上層部の姿であった。
 ジェイクはグラスの中でゆれていたワインを飲み干すとグラスをテーブルに置いて言った。
「私たちもノブタイに向かうぞ。リカルドをシティ・ガーディアンズに預け続けるわけにはいかん」
「かしこまりました」
 ジェイクの言葉を受けて黒いスーツの男がジェイクの脱いだバスローブを受け取り、別の黒スーツがジェイク用のスーツを用意した。わずか数十秒でジェイクは全身をスーツに包み、バッチリと決めてみせた。
「シティ・ガーディアンズ………貴様らの役目は終わったのだよ」
 ジェイクはそう呟くと、足早にハンターオフィス本部を後にした。



 この日、様々な場所で、様々な決断が行われた。
 その末に待ち受けるのが何かは、まだわからない………。


次回予告

 ………この世界で一番の快感は何だと思う?
 そりゃもちろん生きているという実感だ。命をこれほどかみ締めることができるのは、文明が崩壊した今くらいだろうさ。
 そんな命をかみ締めることに快感を覚える兄弟が相手か………。
 ヨハン、厄介な相手だが、負けるんじゃないぞ。お前が求める真相とやらにたどり着きたいのならな。

次回、「命」


第一五話「Get up!!!」

第一七話「命」

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