ロンダー刑務所の地下で開発されていた超巨大重戦車クライシス。
 サルートを殺害し、自らをクライシスのCユニットとしたフラックス。そのフラックスに埋め込まれたノアシステムNo.Fは抹殺システムに従い、再び大破壊を起こそうとする………。
 荒れ狂う野獣のように何もかもを破壊しようとするクライシスを遠目で見ながら、一人の男が呟いた。
「そうか、フラックスを撃てなかったか、サルート………」
 その男の肉付きは一見薄いが、しかし実戦で鍛え上げられたために見ためよりはるかに逞しい。ボサボサの髪を後ろで一つに束ね、縁のない眼鏡の下に光る瞳は穏やかで、そして未来を見つめていた。
 男の名はリカルド。誰よりも多くのモンスターを退治し、誰よりも多くの戦車を修理した伝説のハンター兼メカニック。サルートにフラックスの異常を伝えたのは彼であった。サルートと縁が深いフラックスの始末はサルート本人につけさせた方がいいだろう、というリカルドの気遣いであったのだが………。
「ならば私がやるしかない、か………」
 リカルドは自らの愛車シルバー・キャッスルに乗り込もうとするが、しかしハッチを開けた所で乗り込むのを止める。彼の視界に戦車が巻き上げる砂塵が映ったからだ。リカルドは首に提げていた双眼鏡を覗く。その正体は砲塔に盾の紋章をペイントした戦車群であった。
「シティ・ガーディアンズか………」
 だがクライシスに立ち向かおうとするのはシティ・ガーディアンズだけではなかった。ロンダー刑務所から二両の戦車と一台のキャンピングカー、そして一台のサイドカーが姿を現す。
「あれは………」
 リカルドは双眼鏡を覗いたまま、彼らとクライシスとの戦いを見物する事にした。彼らがリカルドの望む力を手にしているかどうか、それを見極めるためである。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第一五話「Get up!!!」



「それにしても………」
 何と言う大きさであろうか。目の前の超巨大重戦車(クライシスのこと)は遠目にも大きかったが、近寄れば近寄るほどにその大きさが破格の物であると痛感させられる。クライシスを前にすると、重戦車に分けられるヨハンのメタル・ユニコーンが子供のおもちゃのように見えるくらいだ。
「アイツは、ダイダロスだな」
「ダイダロス? 何ですか、それ?」
 クライシスを見てビリーは何かを思い出したようだ。ビリーはクライシスのことをダイダロスと呼んだ。
「昔、北方で暴れていた戦車型モンスターだ。サルモネラめ、どこで手に入れたか知らんがダイダロスを修理したらしいな」
「でも、おかげで安心したわ」
 ビリーの言葉を聞いて安心した声で呟いたのはライラだった。ライラの言葉の真意がつかめず首を捻るマリィ。そんなマリィを知ってか知らずかライラが自らの発言の補足説明をする。
「あの戦車、強そうだけど昔に一度倒されたってことじゃない。誰が倒したのか知らないけど、私たちと同じ人間が倒した事には変わりないわ。なら、私たちにだって倒す事はできるはずよ!」
「何と前向きなご意見だ」
 呆れ声のビリー。しかしマリィは合点がいったようすで言った。
「でも、確かにその通りですよね。きっと、私たちでも勝てますよ」
「とりあえず、後ろに回りこんで砲撃を浴びせてみましょう」
 ヨハンは頃合を見計らってそう言った。ああ、パーティーを組んでいて本当によかったと思う。あの超巨大重戦車を前に、自分一人だけでは萎縮して何も出来なかった事だろう。だが自分の他に三人も仲間がいれば、互いに励ましあって勇気を起こすことだってできる。
「了解だ」



 クライシスの登場に驚いたのはシティ・ガーディアンズもであった。巨大なモンスターだけならばスナザメなどを一例として多く存在する。だがここまで大きなヴィークル系モンスターは類を見ない。
 シティ・ガーディアンズが派遣したサルモネラ・ロンダーズ討伐隊を率いるデニスはクライシスの大きさに圧倒される。
「サルモネラの奴ら、とんでもないモノを隠してやがった………」
 しかしデニスは穏やかならざる心中を隠し、勇ましい声で喉頭マイクで呼びかける。
「敵は確かにデカいが、それだけに撃てば必ず当る! 一斉に砲撃を浴びせてやるぞ、弾種は徹甲弾だ!!」
 貫通力の高い徹甲弾ならば、あの巨大な戦車の装甲を貫き、部品を破損させることができるかもしれない。破損させた部品が重要箇所ならばシティ・ガーディアンズにも勝機は見出せよう。
 シティ・ガーディアンズの多種多様な種類の戦車が砲塔を、シャシーに直接主砲を搭載した駆逐戦車はシャシーごとクライシスに向ける。
「ファイア!」
 デニスの号令でサルモネラ・ロンダーズ討伐隊の全車が主砲を放った。七つの砲声がほぼ同時に轟き、七発の徹甲弾がクライシスに向かう。それらはすべて一〇〇ミリ以上の大口径砲から放たれている。並大抵のモンスターならば確実に仕留める事ができよう。しかしクライシスは並大抵ではなかった。
「何!?」
 まるで鉄の壁に石を投げつけたかのように、七発の徹甲弾はすべて弾かれた。弾かれて明後日の方向に飛んでいった徹甲弾が荒野に突き刺さる。
「主砲が………きかないだと!?」
 デニスは額に冷たい汗を滲ませながら歯をきしらせる。



 ビリーが言ったように、クライシスの原型はかつて北方で暴れまわっていたダイダロスというヴィークル系モンスターであった。だがクライシスはダイダロスを修復しただけというわけではなかった。フラックスはダイダロスの主砲をレーザーキャノンに換装していたのだった。
 全身の各所にコードを接続し、クライシスを意のままに操ることができるようにしたフラックスが抑揚のない声で呟く。
「破壊の神への生贄だ………ありがたく思え」
 クライシスのレーザーキャノンがシティ・ガーディアンズのサルモネラ・ロンダーズ討伐隊の方に向く。そしてレーザーキャノンの砲口奥深くが煌いたかと思うと、次の瞬間には極太のレーザーが発射されたのであった。その光はシティ・ガーディアンズの戦車隊を包み、膨大なまでの熱量で装甲を焼く。装甲が熔けるよりも車内の砲弾が引火する方が早く、レーザーの照射を三秒受けただけでシティ・ガーディアンズのサルモネラ・ロンダーズ戦車隊は次々と車内からの爆圧で爆ぜていった。だが砲弾が誘爆するよりも早くに車内の人間は死んでいた。
 シティ・ガーディアンズのサルモネラ・ロンダーズ討伐隊を全滅させたフラックスは殺人と破壊という真っ赤なカクテルに酔いしれる。
「すべての破壊だ。何もかも消え、存在するのは私のみ………。今日、私は神になる」
 クライシスが放った超大熱量を持つレーザーの源はクライシスのエンジンが生み出していた。そのエンジンこそがあのスピードイーターの残骸から回収したミュートエネルギー炉であった。大破壊前の技術で作られ、在来のエンジンとは隔絶したエネルギーを生み出すミュートエネルギー炉。クライシスが大破壊を再び引き起こすと、リカルドがサルートに警告したのは決して誇張ではなかった。
「さぁ、クライシス。新たな破壊を、他の者にも分け与えてやろう!」
 だがそんなクライシスに対し、ヨハンたちは果敢にも戦いを挑むのであった。シティ・ガーディアンズを撃つために停止していたクライシスの背後に回りこんだヨハンが砲撃を浴びせる。さすがのクライシスもヨハンのメタル・ユニコーンの一五五ミリスパルクを弾くことはできなかった。だがミュートエネルギー炉とCユニットであるフラックス自身は巨大なクライシスの中枢にある。クライシスの表面装甲を貫く事ができた一五五ミリ徹甲弾であったが、中枢に至るまではいかなかった。
「ダメか!?」
 弾かれることはなかったが、クライシスがダメージを受けた様子もない。平然としているクライシスを見たヨハンは思わず叫んでいた。自動装填装置が次弾を装填する。装填が終わるや即座にクライシスに向けて放つ。だが、やはり中枢にまで徹甲弾は届かない。クライシスの大きさは即ち防御力の高さの表れであるといえた。
「なら、弱点を狙えば………」
 そう口に出すのは簡単だ。しかし実現させるのは非常に困難であると言わざるをえない。初めて見える相手で、しかも相手の放つレーザーキャノンは戦車隊を一撃で消し去るほどの破壊力を誇っているのだから。そのような強敵を相手に弱点がスンナリ見つかるとは思えなかった。だが、その困難なことを実現できなければヨハンは死ぬだけだ。たとえこの場から逃げたとしても、相手は大破壊を起こすつもりなのだ。逃げ場などあるはずがない。つまりヨハンが生き残るには何としてでも短時間でクライシスの弱点を探しあてるしかないのであった。
「邪魔だぞ、オマエ」
 背後から一五五ミリ徹甲弾を食らわせてくるヨハンに対し、フラックスはさして気にした風でもなかった。まるで自分の周囲を飛び回る羽虫を払うかのような口調でフラックスはクライシスに攻撃させた。主砲であるレーザーキャノンではなく、それ以外の武装―対戦車ミサイルや機関砲などの通常兵器での攻撃であった。たかが一両の戦車を相手に主砲を使う必要はあるまい。それに、じわじわとなぶり殺すやり方も一興ではないか。
「うわっ!?」
 メタル・ユニコーンに機関砲弾が降り注ぐ。必死にハンドルを握るヨハンであるが、雨天の中雨粒をさけて通る事ができないように、機関砲弾を全弾回避する事はできなかった。メタル・ユニコーンを包み込むように張られている装甲タイルが次々と剥がされていく。そして弾速の関係で遅れていた対戦車ミサイルが鋼の一角馬メタル・ユニコーンに襲い掛かる。機関砲弾の雨で装甲タイルがはがれた部分にそのミサイルが命中すればメタル・ユニコーンは破壊されてしまうだろう。
「ヨハン!」
 だがクライシスの放った対戦車ミサイルは正対で放たれたミサイルによって迎撃された。そのミサイルを放ったのはマリィが乗るジャック・イン・ザ・ボックスであった。
「大丈夫ですか?」
「あ、ありがとう………。でも、ジャック・イン・ザ・ボックスのCユニットに迎撃システムってあったっけ?」
 Cユニットは照準の補正を行い、さらに操縦のアシストを行う戦車の頭脳だ。Cユニットには特殊なプログラムが施されているパーツも存在し、中でも迎撃システムと呼ばれるプログラムは敵の放ったミサイルや砲弾を迎撃し、安全を確保する事ができる。しかしジャック・イン・ザ・ボックスのCユニットはもっとも安価でもっとも低性能なHAL900であり、そのような特殊プログラムは一切ないのだが………。
「実は、適当に撃ったら当ったんです………本当、運がよかったです」
 おずおずといった体で真実を告げるマリィ。ヨハンは冷や汗が止まらなかったが、しかしこうも思った。マリィがあてずっぽうで放ったミサイルが自分を狙っていたミサイルに命中した。決してかんばしくない戦況であるが、しかし運気だけは上を向いてくれているらしい。このまま幸運でいいから弱点にこちらの攻撃が当って欲しいものだ………。
 ヨハンが紙一重で死神の鎌から逃れた時、砂塵と蒼白い炎を後に引きながら、オリオールがその快速を活かしてクライシスに急接近する。オリオールの上面にはパイルバンカー・カスタムを提げるビリーがしがみついていた。
「いっけぇ!」
 クライシスにオリオールが正面衝突するかと思われた瞬間、ライラはオリオールのハンドルを右に切る。ギリギリの所でオリオールはクライシスにぶつかることはなかった。ほぼ直角に近い右折で今度はクライシスから離れていくオリオール。クライシスから離れていくオリオールの上面にビリーの姿はなかった。ビリーはライラがハンドルを切る直前にオリオールの上面を蹴り、クライシスに跳び移ったのであった。パイルバンカー・カスタムの杭打ち部分をクライシスに打ち込む楔とし、それを足がかりにクライシスを登っていくビリー。ヨハンの主砲が撃ち抜けないというのなら、内部に切り込んで破壊するまで。これがソルジャー・ビリーのやり方であった。
 だがミュートエネルギー炉が発する熱を排出するための排気口から噴出す熱風がビリーを直撃する。風だけならば耐える事ができたかもしれないが、熱の方が問題であった。それまでパイルバンカー・カスタムの杭を巧みに使ってよじ登っていたビリーだが、熱風の直撃を受けてバランスを崩して落下してしまう。ビリーは二階ほどの高さから落ちることになる。
「ビリーさん、大丈夫ですか?」
「ああ、下が砂で助かった、って所だな。それよりヨハン、側面にある排気口を狙えるか?」
 ビリーが落下した場所は砂地であったのは幸いであった。あと、ビリーは埃や塵をよけるために外套を常に身に着けているのもいい方向に作用した。外套を身に着けていたためにビリーは熱風を浴びても火傷しなかったのだった。自分を気遣うヨハンに対する返事もそこそこに、ビリーはそう尋ねた。クライシスの側面に確かに巨大な排気口が覗いている。
「あれを破壊して詰まらせる事が出来れば、あのバケモノ戦車のエンジンがオーバーヒートするんじゃないか? もしオーバーヒートすれば………」
「そうか! あのレーザーも使えなくなる………」
 ビリーの言葉の真意を悟ったヨハンは早速クライシスの側面に回る。だがクライシスも黙ってはいない。小癪なハンターたちに自慢のレーザーキャノンを放つことに決めたのだった。砲塔を旋回させ、ヨハンのメタル・ユニコーンに砲口をあわせようとする。だがそうはさせじとオリオールの長砲身八八ミリ砲が轟き、ジャック・イン・ザ・ボックスが残りのミサイルをすべて放つ。
「クッ、邪魔を………するなーッ!!」
 フラックスの絶叫と同時に放たれるレーザーキャノンの光。だがそれと同時にヨハンの放った一五五ミリ通常弾がクライシスの排気口に突き刺さる。排気口の途中までしか到達できなかった一五五ミリ弾はそこで炸裂し、クライシスの排気口を塞ぐ事に成功する。クライシスは排熱が上手くできなくなる。あのスピードイーターはミュートエネルギー炉を冷却するために走り続ける必要があった。クライシスは超大型のシャシーに相応しいほど巨大な排気口と冷却ファンを設ける事で冷却問題を解決していたのだが、その排気口が破壊されたのである。さらにレーザーキャノンを放った瞬間のできごとであったことが重なり、クライシス内の温度はたちまちに上昇する。
「ああ、あああーッ!?」
「か、間一髪………」
 オリオールとジャック・イン・ザ・ボックスの攻撃で照準を乱されたためにレーザーキャノンの光がメタル・ユニコーンに当る事はなかった。光はメタル・ユニコーンから少し離れた砂地に突き刺さり、一帯をガラスに変えてしまっていた。ヨハンは自分がまだ生きていることに安堵の息を漏らした。
「これであのレーザーも使えなくなったはず………」
 そう、確かにビリーの読みどおりにクライシスのミュートエネルギー炉はオーバーヒートし、停止していた。ミュートエネルギー炉の停止によってエネルギーの供給が止まってしまったクライシスがレーザーキャノンを撃つ事はもうできなくなっているといっていい。だが、それはヨハンたちの勝利を意味するわけではなかった!



 ミュートエネルギー炉の停止によって予備の通常動力エンジンが動く。使用可能兵装は機関砲とミサイルのみになっていた。
 だが、それだけのことも今のフラックスには理解不可能であった。ミュートエネルギー炉が停止するほどの熱がクライシス中枢を襲ったことにより、フラックスの体内に埋め込まれているノアシステムNo.Fの一部が焼ききれてしまったのだった。
「うぅ………う?」
 フラックスは自分の体から何本も、何十本も伸びるコードを見つめる。そして内から湧き上がる衝動にしたがって腕を振り回し、そのコードを切断する。
「ウゴけ、ウゴけーッ! この、うゴケったラ、ウごクンダーッ!!」
 自らが切断したコードによってフラックスはクライシスを満足に動かす事ができなくなっている。にも関わらず、フラックスはそれがわからず手足をジタバタさせる。
 今までのフラックスは大破壊を遂行するというノアシステムNo.Fの抹殺プログラムに従って動かされていた。だが、そのノアシステムNo.Fの一部が焼ききれてしまったために抹殺プログラムは不完全になっていた。そして不完全な抹殺プログラムが生み出す破壊衝動は、本来ならば大破壊遂行のために必要で、破壊してはならないモノ=クライシスまでも破壊しようとしていた。
 クライシスの機関砲がクライシス自身を撃つ。対戦車ミサイル発射管が機関砲によって破壊され、装填されていたミサイルが誘爆を起こす。これによって砲塔の四割が吹き飛ばされる。
「な、何だ、一体? 何やってるんだ、アイツ………?」
 クライシスの突然の狂行が理解できないヨハンたち。呆然の面持ちでクライシスを見守るばかりであった。
「ヒャハハハハハハハハハハ! ハかイ、はかイダーッ!!!」
 呆気にとられるヨハンたちが目に映ったのだろうか。フラックスは狙いをヨハンたちに変える。クライシス残存の機関砲座とミサイルをデタラメに連射しながらクライシスをヨハンたちの方へ走らせる。ミュートエネルギー炉を失い、通常動力で走るクライシスに先ほどまでの勢いはなかった。クライシスに砲撃をあびせるヨハンたち。衝撃でクライシスが揺れるたびにフラックスのノアシステムNo.Fは支離滅裂を加速させていく。
「なンナンだぁ、おまエタちだレだ! ぼクノジャまをすルナーッ!!」
 おぼつかない足取りでふらふらと進むクライシス。ヨハンたちはクライシスの背後に回り、攻撃を続ける。フラックスはヨハンたちに対する興味を失ったのか、それともヨハンたちを見失ったのか………? ただ前方にだけ射撃を、狙いなど少しも定められていない盲目射撃を続けるだけだった。
 そしてクライシスはロンダー刑務所の壁を踏み潰して敷地内へ侵入する。今のロンダー刑務所は地下空間が崩壊し、地盤が非常に不安定である。クライシスのような超巨大重戦車を支えられるはずがなかった。クライシスがロンダー刑務所の中庭に差し掛かった時、まだ崩壊を免れていた地下空間部分にも限界が訪れた。クライシスはまるで落とし穴にはまった巨象のようにその身を沈めていく。そしてその時、ヨハンが放った一五五ミリ徹甲弾が穴だらけになっていたクライシス後部に突き刺さる。その一弾は穴だらけになって弱っていたクライシスの装甲を易々と穿ち抜き、ついに中枢にまで達したのであった。ミュートエネルギー炉に突き刺さる徹甲弾。兆弾となって跳ね回った一五五ミリ徹甲弾によってミュートエネルギー炉は爆発を開始する。
 カッ
 穴に半分以上を沈めていたクライシスから幾筋かの光が漏れたかと思うと、次の瞬間には眩いばかりの閃光、圧倒的な衝撃が襲い掛かり………そして天にまで届くかのような巨大なキノコ雲が発生していた。クライシスが爆散したのであった。
 だが、それでもフラックスはまだ生きていた。サルモネラだったフラックスから移植した脳と、声帯機能だけ奇跡的に原型を留めていたのであった。もっともサイボーグ体の心臓部であった電源も失い、機能停止が数秒先になっただけだが。
「サルート………どこ、いっちゃったのぉ……………」
 フラックスは弱々しい声でトモダチの名を呼ぶ。ノアシステムNo.Fはクライシス爆散の際に一緒に消滅しているので、これはフラックスの真意だといえるだろうか。
「………ぼくたち………トモダチだよ………いつまでも………いつま……………」
 ガシャン
 クライシス爆散の際に空に舞い上がっていた鉄の破片がフラックスの残骸に突き刺さる。それがフラックスとサルートの墓標となったのであった。奇しくも二人は同じ場所に埋葬されたのであった。



「………私たち、勝ったのかしら?」
 クライシス爆散を呆然と見ていたヨハンたちだが、一〇分ほど経ってからようやくライラが口を開いた。まるで夢を見ているかのような気分だ。
「………そりゃあ、あれだけの爆発だし、何より俺たちは生きている。これを勝ちと言わずに何て言うんだよ?」
 クライシス爆散の際の衝撃で吹き飛んできた砂を払いながらビリーが応えた。信じられないが、俺たちは………。
「そう、ですよね………私たち、やったんですよね………」
 私たちは、世界を大破壊から救ったんですよね! マリィは感情をどう表現していいのか困っているようだ。声が躊躇いがちだ。
「………ぃやったああああああああああッ!!」
 そう叫んだのはヨハンだった。メタル・ユニコーンのハッチを開け、砲塔の上に立って身をのけぞって叫ぶ。それを見たライラも、ビリーも、そしてマリィも車から降りてメタル・ユニコーンの砲塔に登る。そして互いに背中を、肩を叩きあって自分たちの快挙が夢ではないことを確かめ合う。
 パチパチパチパチ………。
 歓喜を爆発させて絶叫していたヨハンたちの耳に拍手の音が聞こえる。拍手の方に慌てて振り返ってみれば、そこにいたのは中年の男であった。痩身ではあるが、研ぎ澄まされた刀のような長躯を誇っている。
「誰………?」
 男に見覚えがないヨハンは懐に拳銃が入っている事を確認する。男が何かおかしな真似をすれば即座に取り出して撃つつもりだ。
 だが、男は敵ではないようだ。それは彼女の一言で判明した。
「お父様!」
 そう言ってメタル・ユニコーンの砲塔から飛び降りるマリィ。そして男の許へ駆け寄る。
「お父………様?」
 マリィの言葉を信じられないと言う面持ちで聞くビリー。
 マリィの父。それは即ち、伝説のハンター兼メカニックのあの男である。
「リカルド、さん………?」
 ヨハンがその名を口にすると目の前の男、リカルドは静かに頷いたのだった。


次回予告

 ………人生ってのは絶頂の時期てのが確かにある。
 それを過ぎるとあとは落ち目って奴さ。
 悪いな、ヨハン。これからは落ち目になってもらうぜ?

次回、「暗転」


第一四話「ドンの最期」

第一六話「暗転」

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