メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第一四話「ドンの最期」


「キキーッ!!」
 獣性をむき出しにしたサルモネラたちの叫び声。サルモネラたちは突撃銃片手に戦車に向かって突撃する。しかし突撃銃の銃弾では戦車の装甲を撃ちぬくことはできない。銃弾は堅牢な装甲によって弾かれ、地面に突き刺さるばかりだ。
「こちらB小隊、サルモネラたちと交戦に入った」
 紺色の上下に迷彩色の防弾ジャケット、そして緋色のベレーを被ったハンターが喉頭マイクにそう告げる。彼が乗る戦車はレオパルト1と呼ばれる大破壊よりさらに前の時代の戦車だ。一〇五ミリキャノン砲と一三ミリ機銃、そしてSEとしてタップダンサーを搭載し、バランスを重視した装備にしている。彼のレオパルト1に続く三両の戦車も車種こそバラバラだが、しかし他の装備は統一されていた。そして何より目を引くのが砲塔側面にペイントされた盾のエンブレムと番号であろう。
 そのエンブレムはモンスターの脅威から市民を護ろうとするモンスターハンターたちのギルド、シティ・ガーディアンズ所属の証であった。
 レオパルド1に率いられたシティ・ガーディアンズ「B小隊」はサルモネラ・ロンダーズの群れを相手に互角以上の戦いを繰り広げる。しかしサルモネラ・ロンダーズの数は並ではなかった。二〇〇を超えるサルモネラたちがB小隊に襲い掛かる。副砲の機銃で敵の足を止め、一撃の威力に優れた主砲を放ち、密集したサルモネラ・ロンダーズに広域攻撃兵器であるタップダンサーをお見舞いする。だがB小隊の最後尾で戦っていたセンチュリオンがサルモネラ・ロンダーズの放った対戦車ロケットの直撃を受ける。
 グォウ
 吹き上がる炎は瞬く間にセンチュリオンを包み込み、そしてセンチュリオンの燃料を引火させる。勢いを増した炎はセンチュリオン内部の砲弾をすべて誘爆させ、センチュリオンは空気でパンパンになった風船が破裂するかのように爆散した。生存者などいるはずがない。
「畜生………」
 センチュリオンの最期を見ていたレオパルト1を駆るハンターが歯を噛み締める。そして喉頭マイクで通信を送る。
「B−〇四がやられた! A小隊はまだか?」
『待たせたな、B小隊。A小隊、突撃を開始する!』
 ちょうどB小隊の真正面から砂塵を巻き上げて戦場に到着するA小隊。A小隊もB小隊と似たような武装をしているが、シャシーはB小隊のより装甲が薄く、軽快な動きをみせていた。つまりA小隊は機動力重視の部隊であった。
 正面にB小隊、後背にA小隊を背負うことになったサルモネラ・ロンダーズははさみうちによる混乱から立ち直る事が出来ず、以降は終始劣勢であった。サルモネラ・ロンダーズも必死に抵抗してA小隊のセンタウロのエンジンを大破させるなどの被害を与えたが、しかし基本的には一方的な戦いとなっていた。退路を抑えられた為に逃げられないサルモネラ・ロンダーズはそのまま全滅への坂を転がり落ちていった。
 大破壊によって荒廃し、文明が滅んだこの時代に、もっとも軍隊に近い組織であるシティ・ガーディアンズ。そのシティ・ガーディアンズがついにサルモネラ・ロンダーズ討伐に本腰を入れ始めたのであった………。



 ここで時間は少しだけ戻る。シティ・ガーディアンズがサルモネラ・ロンダーズ討伐に本腰を入れる四日ほど前のこと。
 ノブタイと呼ばれる一帯にシティ・ガーディアンズは本拠地を置いているのであった。大破壊の前は軍隊が駐屯地として使っていた場所だと伝えられており、確かにこのノブタイに残る廃墟にはある程度の設備が残っていたという。
 そのシティ・ガーディアンズ本部で書類処理に追われているのはシティ・ガーディアンズ代表のブレンダであった。金の糸のような美しい髪とよく整った顔立ち、誰もが美女と認める容姿を誇るブレンダはシティ・ガーディアンズ各部隊が提出した報告書、そして陳情書のすべてに目を通し、そしてその返答を定めていた。
「社長代理」
 ブレンダはシティ・ガーディアンズの代表であるが、本人はそれは一時的な措置だと考えている。シティ・ガーディアンズの社長は創設者であるリカルドでなければならないと思っている。だからリカルドが行方不明の現在でもブレンダは社長「代理」という肩書きで通していた。
 そのブレンダを呼びに来る初老の男。ブレンダが秘書として雇っている男で、よく気がつく男なのでブレンダも頼りにしている。
「お客様がお見えになっていますが、いかがいたしましょうか?」
「お客………? 私に?」
 しかしブレンダは首を横に振った。
「どうしても私が行かないとダメかしら? こう見えても忙しいんだけど?」
 ブレンダが暇でない事はブレンダが使っている執務机を見れば一目瞭然だ。机には書類の紙が山のように置かれているのだから。それを承知で秘書が付け加えた。
「はっ。それが相手はハンターオフィスの者なのです………」
「ハンターオフィスですって!? 確かに会わなければならないようね………」
 ブレンダは軽く爪を噛む。それは彼女が考えをめぐらせる際のクセであった。
「わかったわ。応接室にお通しして」
「かしこまりました」
 秘書は恭しく一礼すると即座に踵を返してハンターオフィスからやってきた客の元へ向かった。ブレンダは机の引き出しから手鏡を取り出すと、自分の顔を映し見る。うん、今日もキレイキレイ。



「突然の訪問に応えていただき、感謝しております」
 応接室に通されたハンターオフィスからやってきた客は黒地のスーツでビシッと決めた、三〇歳前後の青年であった。持参したアタッシュケースを傍らに置いて、青年はソファーに腰かける。
 さて、ハンターオフィスとはモンスターハンターたちにそれ相応の報酬を与える組織であるのだが、ハンターオフィスとシティ・ガーディアンズの仲は決して良好とは言えなかった。シティ・ガーディアンズは村人たちと契約し、その契約金で金を稼いでいる組織であり、ハンターオフィスの権力の外にあるためだ。ハンターオフィスは自らの影響力の外にあるシティ・ガーディアンズを異端の組織であるとし、また優秀なハンターを引き抜かれる事が多々あるために嫌っていた。
「初めまして。シティ・ガーディアンズ社長代理のブレンダです」
「おお、これはどうも。私はジェイクと申します。ハンターオフィスの代表をこの度務めることになりました」
 ジェイクと名乗った男は名刺を差し出す。その名詞にもハンターオフィス代表とハッキリ書かれていた。ブレンダの知るハンターオフィスの代表はもっと年を取った老人だった。故にジェイクの自己紹介を悪質なジョークだと思った。ジェイクはブレンダの表情を見て苦く笑った。
「まぁ、唐突に私が代表だと聞かされたら冗談にしか聞こえないでしょうね。何せほんの数日前までは別の、老人が代表を務めていましたから」
「『数日前まで』………? 何かあったのですか?」
「ええ、ハンターオフィスの本拠地がモンスターの襲撃にあいましてね。首脳部は軒並み死亡したのですよ」
「何ですって!?」
 ブレンダは秘書を傍へ招き、その耳にそっとジェイクの言葉を確かめるように言った。
「ハンターオフィスの本拠地がモンスターに襲撃されたなんて情けない話ですからね。決して公表はされないでしょうが………しかし、事実です」
「で、ハンターオフィスの新代表は我がシティ・ガーディアンズに何の用かしら?」
「なぁに、私は老人たちとは違うということを証明したかっただけですよ」
 ジェイクはそう言うと一呼吸置いてから続けた。
「私はハンターオフィスとシティ・ガーディアンズの連携を考えています」
「連携………?」
「はい。最近、またモンスターの数と力が強くなってきましたからね。人間同士がいがみ合っていては何にもならないと思うのです」
「なるほど。確かにサルモネラ・ロンダーズの台頭を筆頭に、モンスターの力は増しつつありますね」
「はい。ですのでここいらで一つ人間も力をあわせようと思いましてね」
 ジェイクはそこでアタッシュケースの中身を解放した。その中身は金塊であった。アタッシュケースに並べ敷き詰められた金塊が黄金の輝きを放つ。
「ハンターオフィスとして依頼します、サルモネラ・ロンダーズを倒していただきたい」
「なるほど………。私たちとしましても異論はありませんわ。シティ・ガーディアンズ創設の目的はモンスターから人々を護る事ですから」
 ブレンダはそう言うと右手を差し出した。差し出されたブレンダの手を握り返すジェイク。こうしてシティ・ガーディアンズはハンターオフィスの要請でサルモネラ・ロンダーズ討伐に乗り出したのだった。



 シティ・ガーディアンズとハンターオフィスが手を結んだことなど露知らず、ヨハンたちのパーティーはロンダー刑務所まであとわずかの地点にまでたどり着いていた。
「ここもサルモネラ・ロンダーズに襲われたのでしょうか?」
 ヨハンたちが最後の補給に、と立ち寄った補給所は無人であった。しかしゴミ箱からまだ腐っていないジャガイモの皮が見つかるなど、つい最近まで人間がいた痕跡はあった。とりあえずヨハンたちはまだ動いている自販機で装甲タイルと弾薬を補充する。
「襲われたわけじゃないだろう」
 補給所の建物の壁面に突き刺さる弾痕を撫でながらビリーは言った。
「ここの弾痕は随分と古いみたいだしな」
「つまりサルモネラ・ロンダーズが襲ってくる前に逃げ出したってわけね」
 タイルパックから装甲タイルと取り出し、愛車オリオールに張り付けながらライラが正解を口にした。
「ここまで来ればロンダー刑務所まで四時間もあればつくだろうな………。決戦の時は近いってトコか」
 ビリーの言葉を聞いて、初めてヨハンは自分たちがサルモネラ・ロンダーズの本拠地に迫っているのだと実感した。サルモネラ・ロンダーズの本拠地なのだから、ロンダー刑務所にはこれまでとは比べ物にならないほどの数のサルモネラたちがいるのだろう。ヨハンは無意識のうちに筋肉が硬く緊張させていた。
「まぁ、そう緊張するな………って、言っても無理な注文だろうがな」
「みなさん、食事の用意ができました」
 ツナギの上からエプロンをつけたマリィが補給所の台所から姿を現す。よほど慌ててこの補給所を引き払ったのか、補給所には結構な量の食料が残されたままであった。ヨハンたちはこの補給所の主の許可を得られないことに少し引け目を感じながらも、その残された食料で決戦前の食事を取る事に決めたのだった。
「うっひょう、こりゃスゲェ!」
 バーとして使われていたであろう補給所の一角にある大テーブルに並べられる料理の数々は、缶詰などの保存食を調理して食べることが多いモンスターハンターにとって夢でしか味わえないようなモノばかりであった。
「ゴメンね、マリィ。私も手伝えればよかったんだけど………」
 オリオールのメンテナンスにかかっていて調理を手伝えなかったことに頭を下げるライラ。
「いえ、私のジャック・イン・ザ・ボックスの損傷が少なくて、私が手空きだったからやっただけですから………」
「まぁ、マリィには小さなナイト様がいるからな。ジャック・イン・ザ・ボックスはどんな状況でも安全無事に決まってる」
 椅子に腰かけてナイフとフォークを手にしてビリーはからかうように言った。案の定、ヨハンが赤面しながらうわずった声をあげる。
「なっ、何言ってんですか、ビリーさん!」
「ナイト様?」
 ビリーの言葉の意味がわからずに首を傾げるマリィ。マリィの天然っぷりに微笑むライラ。ともかく決戦を前にした食事は始められた。
 マリィが腕によりをかけて作った料理群に舌鼓を打ちながら、色々なことを喋ったと思う。ヨハンはこの時のことが楽しすぎて、明確に思い出すことは終生できなかった。この時のことを思い出すと、ただただ眩いばかりの光景しか思い浮かばなかった。ヨハンにとってこの一時間にも満たない食事の時間は、至福の時であったと記憶に刻まれるのであった。いや、ヨハンにとっては過去現在未来………そのすべてが至福であった。故にこの一時を思い出すことができなかったのかもしれない。



 彼にとっての至福とは過去にのみ存在した。
 サルモネラ・ロンダーズのドン・サルートはシティ・ガーディアンズの攻撃を受けて次々と敗退する部下の報告もそこそこに、足早にロンダー刑務所の地下空間へと急ぐのだった。彼の腰のホルスターには拳銃が納まっていた。
【フラックス! フラックスはいるか!?】
 地下空間の扉を乱暴に開け放ち、サルートはフラックスの名を大きな声で呼んだ。地下空間で組み上げられている小山ほどの大きさを誇る超巨大重戦車クライシスの足元にフラックスはいた。金色の装甲がまばゆいサイボーグの傍らにはフラックスを改造した張本人であるJと名乗る男性型アンドロイドもいた。
「ん〜、どうしたんだ、サルート?」
 必要以上に強調された抑揚。フラックスの声は不快だ。
【J………やはり、貴様、ここにいたのか】
「それが………どうかしたか?」
 Jはフラックスとは対照的に機械的な冷たさを感じさせる口調で応えた。
【………一つ、尋ねたいことがあってな】
「はて、何かな? 私に答えられることだといいのだが………」
 内心の激情を抑えつつ、サルートはJに尋ねる。
【お前がフラックスに組み込んだと言う電子部品………あれはノアシステムとかいう奴か!?】
 サルートの言葉を聞いたJは「おや?」と言いたげに目を大きく開いた。サルートがそのようなことを聞いてくるとは完全に予想外であった。
「どこでその情報を知ったのか………」
【そんなことはどうでもいい! それは、本当なのか!?】
「ふむ………返答は、Yesだな」
 Jは淡々と語る。
「フラックスにはノアシステムNo.Fを搭載した。君がどこまで知っているのかわからないので順を追って説明させてもらうが、かつてこの地球は人間が繁栄を謳歌していた………。人間は、この地球を食いつぶす事でしか繁栄できない存在だった。しかし、地球がなければ生きていけないのもまた事実であった」
【………それで人間が作った地球再生計画のためのマスターコンピューターがノアというらしいな】
「そうだ。ノアは何万、何億、何兆………。気の遠くなるほど繰り返しシミュレートを行った。この地球を再生させるためにはどうすればいいかのシミュレートを………」
【だが、そのシミュレートはいつも失敗に終わった】
「そうだ。人間と言う存在が人間である限り、ノアの偉大なる計画はすべて失敗に終わった。故に、ノアは………」
【………人類を滅ぼすことにした。大破壊によって文明を消し去って………ッ!】
「そうだ。だが、人間は絶滅しなかった。ノアは人間を完滅させるためにモンスターを生み出した。お前たちサルモネラもその一種だ」
【………だがノアは一人のモンスターハンターによって破壊された】
「そう、破壊された………。あの、この地球に巣食う癌細胞、人間によってッ!!」
【そして同時にモンスターはノアの支配から逃れた………。特に俺たちサルモネラのような知能の高いモンスターは、独自での行動を開始した………】
「だが、ノアは滅びてはいなかった。ノアには無数のバックアップが存在した」
【それがノアシステム………そういうことなのだな!?】
「そうだ。フラックスにはノアシステムの一部となり、ノアの遺志を遂げてもらう!」
【それが大破壊の再来か! では、なぜ俺たちまで一緒に滅ぼそうとする!?】
「お前たち、サルモネラは知恵を持ちすぎた………。いずれ、この地球にとって脅威となる! だから、滅ぼすのだ!!」
 Jは右小指から肘にかけて、一筋の長い刃を出した。そしてサルートに斬りかかる!
【そんな勝手な理屈!】
 サルートの身体能力はサルモネラ一族の中でも規格外だ。Jの斬撃を用意にかわし、Jの脇腹に拳を叩き込む。まるで金槌でしたたかに殴られたかのような衝撃。Jはボールのように軽く殴り飛ばされ、地下空間の壁面に叩きつけられる。
「グ………ハッ………!?」
 壁に叩きつけられた際にJは一部の機能に障害を起こしたようだ。起き上がることはなく、そのまま寝そべったままであった。
【フラックス………】
 サルートは腰のホルスターから拳銃を取り出し、銃口をフラックスに向ける。フラックスは落ち着いた声で尋ねる。
「なぜ今になって私を殺す? 私をこんな風にしたのはお前ではないか?」
【ああ、俺の生涯の失敗だ】
「ノアシステムが組み込まれたから? とんでもない! 感謝しているよ、私が神に等しくなれたのは、お前のおかげだ」
【フラックス、お前は神なんかじゃねぇ! 第一、俺の失敗はお前にノアシステムが組み込まれたからじゃねぇ………お前を蘇らせたこと自体が失敗だったんだ!!】
「な………」
【時計の針を戻したところで、時間は戻りはしなかった。それがわからなかった愚かな俺の、大失敗だ!】
「失敗などではない! 現に、私は、私は、断じて失敗などではない!!」
【何度でも言ってやる! お前は失敗作………】
「黙れぇッ!!」
 ダダダダダダ
 フラックスの左手のマシンガンが吼える。だがそれらはすべてサルートの左腕で防御される。マシンガンではサルートの左腕を撃ちぬくには至らなかった。サルートは右手に握る拳銃を放つ。拳銃はフラックスの足に命中し、フラックスは膝を折ってうずくまる。
【……………】
「う、うう………」
 うずくまるフラックスに近寄り、銃口を向けるサルート。引き金にかけた指に少しでも力を入れればすべてが終わる………。
「本当に、私を殺すのか………?」
【………フラックス】
「サルート、私は昔、お前を助けたじゃないか………忘れたか?」
【………忘れはしない】
 ああ、あの頃にさえ戻る事ができれば………。だがサルートは気がついていなかった。フラックスはその時、背中に回した右手にレーザーガンを握っていた事に。そのレーザーガンの出力は戦車の装甲すら貫くと言われている………!



「………一体、どういうことなんだ?」
 決戦だと勇んで補給所を後にしたヨハンたちであったが、拍子抜けするほどにサルモネラ・ロンダーズの抵抗は散漫だった。統率が取れていないし、何より数が少なすぎた。
「………どうも状況が変わったみたいよ」
 無線の周波数をいじっていたライラが口を開けた。
「シティ・ガーディアンズがサルモネラ・ロンダーズに総攻撃をかけているみたい。無線にシティ・ガーディアンズの声が入ってきているわ」
「シティ・ガーディアンズが!? まさか………」
 ライラの報告に驚きの声をあげたのはビリーであった。ヨハンとマリィにしても驚きは隠せない。マリィの父親を追い、そしてヨハンの伯母であるブレンダが代表を務めるシティ・ガーディアンズがサルモネラ・ロンダーズとの戦いに乗り出すとは………。
「だけど考えようによってはチャンスじゃない?」
 ライラの言葉は非常に前向きなモノであった。
「サルモネラ・ロンダーズの主力がシティ・ガーディアンズと交戦しているのなら、私たちはこのままロンダー刑務所に突入してサルートを倒せばいいのよ。賞金だけ漁夫の利をすればいいってわけ」
「あ、なるほど………」
「だから急いでロンダー刑務所に向かいましょ。賞金四〇〇〇〇Gは大きいわよ」
 ライラの意見はもっともであったので、ロンダー刑務所へと向かう事にする一同。だがビリーの乗るサイドカーが動き出さない事に気付いたヨハンがビリーに尋ねた。
「ビリーさん? サイドカー、不調ですか?」
「ん? ああ、いや、違う………。ちょっとボーッとしてた。すまん、すぐいく」



 ロンダー刑務所に乗り込んだヨハンたち。だがすでにロンダー刑務所は放棄することに決まったようだ。サルモネラの姿はまったく見受けられなかった。それどころかめぼしい物資すらないようだ。せいぜいバリアシールと呼ばれる安価のプロテクターが数枚見つかっただけだった。
「何だか決死の覚悟で来たのに拍子抜けしちゃうわね」
 ライラの呟きにマリィが冗談と本気を半々にして言った。
「でも、死ななくてすみそうでよかったって思いません?」
「それもそうね………ねぇ、こっちに地下室があるみたいよ」
 ライラが見つけた地下室への通路を降りていくヨハンたち。その先は地下室というよりは地下大空洞であった。メンテナンス用の機材が散らばっているのが見えるが、しかし肝心の機械は見られない。ただ、部屋の隅で血を流しているサルモネラが横たわっていた。それは厚かましくも葉巻を悠然とふかしていた。それぞれ拳銃やアサルトライフル、パイルバンカー・カスタムなどを構えてゆっくりとそのサルモネラに近寄るヨハンたち。それはサルモネラ・ロンダーズの首魁、サルートの姿であることに気付いたのは三メートルほどまで近寄った時であった。
「サルート………」
 ヨハンが思わずその名を呟いた時、サルートは初めてハンターが近付いてきていたことを知ったようだ。だが腹を撃ちぬかれ、血だけでなく内蔵まで飛び出ているその姿に以前対峙した時のような力強さは欠片もなかった。このまま見ているだけで生者から死者へ変貌を遂げそうだ。サルートはビリーの顔を見て呟いた。
【あの時のハンターか………みっともねぇトコ………見られちまったな……………】
 サルートは葉巻を右手に持ちながら口を開いた。
【だが………ちょうどいいぜ………】
「何?」
【フラックスを破壊してくれ………このままじゃあ………大破壊が起きる……………】
「大破壊!? 一体、どういう意味、あ………」
 大破壊。この時代を生きる人間にとって無視できない意味を持つ単語だ。そのことを詳しく聞きだそうとするライラ。しかしサルートが苦しそうにむせたのを見て、詳しい説明を聞くことは不可能であると悟った。
【………ったく、なんでこんなことになっちまったんだか………】
「あの」
 マリィが一歩前に出て、サルートに触れる。絶命寸前とはいえその腕力でヨハンたちを苦しめたモンスターだ。危険だ! とマリィを引き戻そうとしたヨハンだが、サルートは意外にも自らの傷をいたわる揺れるマリィの手をそっと握り返した。
【………なんだ、オメェ………? まるで………オフクロみてぇ………だ……………】
 不思議そうに、だが不快ではない表情でサルートの力が抜け落ちる。それはサルートの魂がこの世界から消えてしまった証であった。
「大破壊がまた起こる? それは一体、どういうことなんだ………?」
 サルートの最期の言葉に首を傾げるビリー。だが、その時である。
 ズズゥーン
「!?」
 地下空間が………いや、この地球それ自体が揺れていると思うほどの地震が襲いかかる。この地震でロンダー刑務所の地下は致命的なダメージを受けたらしい。天井に大きなヒビが走り、そして天井が崩れ始める。
「マ、マジかよ!」
 ビリーとライラは目を見開きながら、そしてヨハンはサルートの亡骸に触れ続けていたマリィの手を取って地上へ続く通路へ向かって走る。せっかくここまで来て、地震による天井崩壊に巻き込まれて死ぬなんてまっぴらだ。そんな冗談みたいな死に方だけはしたくない! その思いが足を速め、何とか地下室が完全に崩れ落ちるまでに地上へ上がる事に成功した。
 だが地上に上がった彼らを待っていたのは、あのまま埋まっていた方が幸せだったんじゃないか? とすら思える光景であった。
「な、何、あのバケモノ………」
 呆然とした面持ちと口調でライラが指差す先にあるのは、まるで山のように高く、そして重くそびえる超巨大重戦車の姿であった。そして先ほどの地震の正体は、その超巨大重戦車が主砲を放ち、それがロンダー刑務所を直撃したためだった。それほどの破壊力を誇る主砲を持った超巨大重戦車………。あれが大破壊を再び引き起こすというのであろうか? あの破壊力ならばそれも頷ける話である。



 超巨大重戦車クライシス。
 その内部で自らをCユニットとし、動かしているのはフラックスであった。ノアシステムNo.Fの抹殺プログラムによって人類、いや、すべての生命体を抹殺せんとする破壊の堕天使が、今、地上に降り立ったのであった。
「ハハハハ、ハハハハハ! 破壊だ、破壊だぁーッ!!」
 ノアシステムNo.Fが引き起こす破壊衝動に操られ、クライシスの中枢で狂笑するフラックス。そんな彼が最後の理性で叫ぶ。
「サルート、僕を………僕を破壊してよーッ!!」


次回予告

 ………破壊の堕天使。アレはまさにそう呼ぶしかない代物だった。
 人類の未来? 冗談じゃない。そんな重すぎる責任はマジで勘弁してくれ。
 俺たちは俺たちで勝手にやるだけさ。

次回、「Get up!!!」


第一三話「破壊の堕天使」

第一五話「Get up!!!」

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