軍神の御剣
第三二章「Nemesis」


 一九八三年九月七日。
 傭兵派遣会社『アフリカの星』よりリベル解放戦線へ派遣された傭兵PA小隊『ペルセウスの鏡』。
 この部隊はランスロットと四〇式装甲巨兵 侍、そして二機のガンスリンガーで構成されていた。
『ペルセウスの鏡』を率いるのはマルティーノというイタリア人であった。マルティーノは結婚しようと誓い合った女にだまされ、有り金すべてを持ち去られるばかりか借金まで背負わされた哀れな男であった。しかしすでにその借金は完済しており、もはや傭兵に縛られる必要も無かった。
 しかし彼がリベルの戦場で戦い続けていた。そしてそれには理由があった。彼はリベル解放戦線の一員として戦ううちに、リベルという国を愛してしまったのであった。彼は愛するリベルに平和を取り戻す日まで戦い続けるつもりであった。
 そんなマルティーノ率いる『ペルセウスの鏡』隊は前線付近の哨戒任務を受けてリベルの大地を鋼の足で歩んでいたのだった。
 そんな彼らを見つめる八個の眼球があった。
「PA四機か………一人一機ずつになるな、ヘヘヘヘ」
 黒い髪を持った人相の悪い男が自身の血の気の多さを隠そうともせず、嬉しそうに言った。この男の名はサムソンと言う。階級は中尉。
「一人一機とは限らねぇぜ、サムソ〜ン! 俺が全部バラバラにしちゃうかもよぉ! ヒャハハハハハ!!」
 栗色の髪の男が狂気をにじませた笑い声を響かせる。元々吊り上がり気味の男の目はさらに狂気に歪む。この男の名はグレプと言う。階級は少尉。
「あ、あの動き………少佐じゃない………なら自分は興味無い………」
 異様なまでに痩せながら、眼だけはギラギラと脂ぎらせる男がボソボソと呟いた。衣服の外から覗く彼の素肌には、傷のついていない所を探す方が困難なほどにボロボロになっていた。彼の名はエレメーイ。階級は中尉。かつてある人物『少佐』を逃した罪で拷問を受け、精神に異常をきたした男………
「ヒャハハハ! だったらエレメーイは手出しすんなよ! ハーグはどうするんだぁ、ああ?」
 グレプが最後の一人に言った。
「傭兵………傭兵はすべて俺が殺す………お前たちの手出しは無用だ!!」
 最後の男、ハーグ・クーが怒りに顔を醜く歪ませた。かつてはリベル解放戦線の正規PA部隊『破邪の印』を率いていたボフダン・ペーシャーとして生きていた男であるが、リベル政府軍によって捕らえられ、ソ連からやってきた技術士官であるヘルムート・フォン・ギュゼッペによる洗脳捜査を受け、今やリベル政府軍のハーグ・クー大尉として生きていた。
 彼らに共通すること。それは彼ら全員がヘルムート・フォン・ギュゼッペによる洗脳捜査を受けているということ。そしてギュゼッペは洗脳を行い、完全にギュゼッペの意のままに動く私兵となった彼らを集め、『ネメシス』隊として専用のカスタムメイドPAを渡していた。
 そして『ネメシス』は『ペルセウスの鏡』に襲い掛かることを決め、各々の愛機へと飛び乗った。
 彼らのPAは世界に一機しか無いカスタムメイド機であった。そのベースとなった機体はソ連が誇る第三世代PAであるP−80であった。
 四機のP−80カスタムが『ペルセウスの鏡』に向かって襲い掛かった………



 マルティーノがレーダーに異常を発見した時、すでに状況は手遅れであった。
「オラオラオラオラオラオラァ!!」
 サムソンの駆るP−80カスタム・ヘヴィは左右の肩に一二五ミリ滑腔砲を搭載しており、さらに左右の二の腕より先がGSh−6−30Pとなっている。このためにP−80カスタム・ヘヴィは手を持っておらず、PAの武器の一つであるはずの汎用性を捨て去る形となっていた。だがこの極端な改造のおかげでP−80カスタム・ヘヴィは異常なまでに高い火力を保有することに成功していた!!
『ペルセウスの鏡』のガンスリンガーがP−80カスタム・ヘヴィの弾幕が避けれずに被弾し、大爆発を起こす。
「オラァ、まずは一機だぁッ!!」
 サムソンは高らかに勝ち名乗りを挙げた。そして次なる獲物を求めようとする。
 しかしサムソンの機体のすぐ傍をグレプのP−80カスタムが駆け抜ける。
「お疲れさん! 後は俺に任せなって! ヒャハハハハ!!」
 グレプのP−80カスタムはセイバーと呼ばれる特殊改造機である。この機体は装甲を極力排除して機動性を高め、さらに二の腕より先をチタン・セラミック合金の剣にしている。P−80カスタム・セイバーは両腕である剣をX字にカチンと合わせるとそのまま振り下ろした。チタン・セラミック製の剣は侍の装甲を容易く切り裂いた。
「ヒャハハハ! 泣けよ! 叫べよ! わめけよ!!」
 P−80カスタム・セイバーは侍の切断面より噴出した返り血………否、オイルを浴びてどす黒く塗装される。その眺めはグレプの精神を高揚させる。
「楽しいぜェ、楽しいぜ! 弱い奴を切り刻むのはよぉ!!」
 すでに侍のパイロットは戦死しているにも関わらず、グレプは執拗に侍を切り刻んだ。そのサディスティックな感情はギュゼッペの洗脳が原因なのかはたまた生来のものなのかは不明であった。しかしグレプは侍を切り刻むことで絶頂に等しい快感を味わっていることだけは確かな事実であった。
「クソッ! 止めろーッ!!」
 マルティーノは相手が死してもなお攻撃を止めようとしないP−80カスタム・セイバーに対し、紅蓮の炎の如き激しい怒りを覚えて叫んだ。そしてその手に抱えるM510の照準を仇敵P−80カスタム・セイバーに向ける。
「!?」
 だが唐突にランスロットのFCSシステムが異常をきたす。ランスロットの腕がマルティーノの思い通りに動かなくなってしまう。
「FCSが………システムダウンだと!?」
 原因はすぐにわかった。ジャミングだ。強烈な電子妨害によってランスロットのFCSは正常動作ができなくなったのだ。
 しかしソ連の電子技術は西側諸国のそれよりもはるかに劣っていたはずであった。今までソ連のジャミングがここまで正常に作用したことなど一度も無かったのに………
 咄嗟にマルティーノはスクリーンを拡大させる。三機のP−80改造型の奥に、平べったい皿のような………そう、AWACSのレドームのような頭部を持つPAがいた。頭部より下がP−80のものであるのでマルティーノにはそれがP−80の改造型であることがわかった。
「P−80電子作戦仕様………!? そんなものを作っていたなんて………」
 マルティーノは知らないことであったが、それはP−80カスタム・ディスチューブであり、エレメーイの乗機であった。その任務はジャミングによる味方機の援護である。
「傭兵………死ねやぁッ!!」
 そしてハーグ・クーの駆るP−80カスタム・キャプテンがマルティーノのランスロットに襲い掛かる。P−80カスタム・キャプテンは他の三機のように極端なコンセプトの元に改造されてはいない。P−80カスタム・キャプテンの目指したのは究極の汎用機であり、PAとして真に目指すべき目標であった。必要に応じてヘヴィの援護もセイバーの援護も、ディスチューブの援護も行える。P−80カスタム・キャプテンはまさに三機を束ねる「キャプテン」であった。
 P−80カスタム・キャプテンが装備するのは見慣れぬライフルであった。口径は二〇ミリ程度とかなり小口径であった。まるでAKシリーズのようにバナナマガジンがライフル下面に取り付けられていた。
 P−80カスタム・キャプテンが見慣れぬライフルを構える。そしてハーグがトリガーを引いた瞬間!
 ライフルの銃口からまばゆい光が撃ち出された。その光は熱量でマルティーノのランスロットを焼き切る。P−80カスタム・キャプテンが装備するは荷電粒子ライフルとでもいうべき代物であった。
「何!?」
 マルティーノの眼が驚愕に見開かれる。しかし光はランスロットのガスタービンエンジンを穿ち抜いていた。
「う、うわッ!? おああああああああ!!」
 ガスタービンエンジンに点いた炎は瞬く間にランスロットを覆いつくした。荷馬車の騎士はさながら魔女狩りの犠牲者の如く炎に包まれたのであった。
「ふふふふ………ふわははははははは!!」
 ハーグは心の底から哄笑した。彼はランスロットのパイロット、つまりはマルティーノに襲い掛かった惨事を想像していた。地獄の底から吹き上がるかのような炎にその身を焦がされてマルティーノは死んだのだ。もはや傭兵に対する怨恨(ただし何故傭兵が憎いのかは覚えていない)だけがハーグのアイデンティティとなっていた。今の彼にとって傭兵を殺すということは喜びであった。それも無残に殺せば殺すほどに彼の胸は興奮に早鐘を打つのであった。
「聞かせろ………もっといい叫びを聞かせろォォォォ!!」
 ハーグは最後に残ったガンスリンガーに狂気の視線を向けた。ガンスリンガーは彼ら『ネメシス』隊に背を向けて逃げ出そうとする。敵がマトモではないことに気付いたのだろう。面目などかなぐり捨てて、一目散に逃げ出そうとしていた。
 しかしハーグは逃がすつもりなど欠片も無かった。彼は荷電粒子ライフルの狙いを逃げるガンスリンガーの背中に合わせ………たかと思うと少し銃口をずらした。
 そして再び放たれる閃光。今度の閃光は二度放たれ、ガンスリンガーの右足と背部のブースターだけを綺麗に撃ち抜いた。
 ガンスリンガーは右足と背中のブースターを失ったために移動手段を失ってしまう。そして地面にガシャンと崩れ落ちた。しかしそれでもガンスリンガーのパイロットは少しでも『ネメシス』隊から遠ざかろうと、残された両腕を使って地面を這ってでも遠ざかろうとする。
『ヒャハハハ! い〜いザマじゃねぇか!!』
 グレプの笑い声が無線から聞こえる。
『どうすんだ、エレメーイ。お前だけ撃墜してねぇが………やるかい?』
 サムソンが白々しく尋ねた。サムソンにはエレメーイの答えなど最初からわかっているだろうに………
 そして「興味ない」とばかりに沈黙を護るエレメーイ。
『ヒャヘヘヘヘ、エレメーイは殺したくないってか? 殺したくないってか!? じゃあお、俺がやってやるぜ………』
『テメェ、グレプ! 俺がエレメーイに訊いたんだ! 俺の獲物だぜ!!』
『知るかよ! 早い者勝ちだぜ!!』
 P−80カスタム・セイバーがガンスリンガーに向けて走り出した。
『アヒィッ!?』
 ハーグが再びトリガーと引いた時、グレプの悲鳴に近い叫びが無線から轟いた。
『ハ、ハーグ………』
 ハーグの放った荷電粒子の光はP−80カスタム・セイバーのすぐ脇をかすめていた。その一撃はハーグの意思表示であった。「余計なことをするな。そのガンスリンガーは俺の獲物だ」という意思表示………
『ヘ、ヘヘ………お、驚かすなよ………ビ、ビックリしたじゃねぇか』
 グレプの声が恐怖に引きつっていた。ギュゼッペの洗脳によって神をも恐れぬ殺人快楽男に堕ちたグレプが唯一恐れる相手。それがハーグであった。狂人がもっとも恐れる者。それは自分以上の狂人のみである。狂気の海に肩までドップリと浸かっているグレプに対し、ハーグは狂気の海の底に沈んでいた。
『ハ、ハーグが先に手をつけたんだもんな、ハーグが殺す権利、あるよな………ハ、ハハハハハ』
 愛想笑いを浮かべるグレプを無視してハーグはP−80カスタム・キャプテンをガンスリンガーの許に向かわせる。一歩一歩確実に踏みしめ、ゆっくりとガンスリンガーに向かう。
 ………そうだ。もっとだ、もっと怯えろ………
 ハーグはゆっくりと向かうことで自分に対する恐怖心を倍加させようとしていた。
 そして極上の悲鳴を俺に聞かせろ! 傭兵どもめ!!



 一九八三年九月八日。
 ルエヴィト市にあるリベル解放戦線基地PA部隊格納庫。
「ねぇ、聞いた?」
 先の第二次ルエヴィト攻防戦の際に整備班班長であったヴェセル・ライマールは壮絶な戦死を遂げた。その後任として『アフリカの星』整備班の新班長となったのはヴェセルの娘であるエレナ・ライマールであった。
 エレナは自ら改造したアルトアイゼン・リーゼの配線をチェックしながら言った。
「聞いたって漠然と言われても………何かあったの?」
 エレナ手製であるために世界でたった一機しかないアルトアイゼン・リーゼのパイロットであるエリシエル・スノウフリア――通称エリィが苦笑しながら尋ね返した。質問を質問で返すなんてどこかの心理学者みたいね。
「また哨戒任務に出てたPA小隊がやられたんだって」
 アルトアイゼン・リーゼの配線に異常は無かった。それを確認し終えたエレナは装甲板を被せながらエリィに言った。
「また!? 今月に入ってもう六個小隊も全滅させられちゃったことになるわね………」
「それでそのPAの残骸が昨日運ばれてね。タバタさんがその解明してるんだって」
「ヘェ………もしかして隊長も? あ、だから今日は隊長ここにいないんだ」
 エリィは合点が言った様子で手を叩き合わせた。
 エリィも所属する傭兵PA小隊『ソード・オブ・マルス』隊長であるハーベイ・ランカスターとエレナは恋仲であった。それもつい最近結ばれるようになったばかりの出来立てほやほやカップルで、ハーベイは余暇時間のほとんどをエレナと一緒にいることに使っていた。エリィは知らないことであるが、それはハーベイに残された時間が少ないことを如実に現していた。不治の病である後退性筋力硬化病に侵されており、その余命はあと七年ほどと言われていたからだ。彼はその七年間をエレナを愛するにのみ費やそうと必死になっているのであった。
「そ、それは関係無いわよ! だってハーベイ、今日は書類書くって言ってたもん」
「あら、そうなの? ………まぁ、何にせよ。そのこちらのPA小隊を次々と襲う敵さん、何とかしないといけないわね」
「できれば『ソード・オブ・マルス』以外にやらせて欲しいね、その任務」
 エレナはそう呟いた。歴戦の傭兵PA小隊を六度も全滅させるほどの相手となると『ソード・オブ・マルス』も無事ではすまないだろう。そう思うとエレナは自然とそう呟いてしまっていた。



「ふぅむ………これが発見された残骸………なのか?」
 傭兵派遣会社『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総責任者であるカシーム・アシャがPAの残骸を、腕を組みながら眺めていた。中東の出身であるアシャの顔は彫りが深くて浅黒い。
「しかし………酷いですね」
 アシャの副官であるサーラ・シーブルーは嫌なモノを見る目でPAの残骸を見た。
「恐らくは撃墜されてからも執拗に攻撃されていますね。それもコクピットブロックを避けるように………」
 大日本帝国陸軍装甲阻止力研究所保髏死畫壊設計局勤務であった田幡 繁は自身の最高傑作である特機 X−1 ガンフリーダムをハーベイたちに手渡して後も整備班の一員として登録され、『アフリカの星』に協力していた。
 田幡は肉付きが薄く細い指で眼鏡をクイッと持ち上げる。
「恐らくはパイロットは即死ではなく、じわじわと殺されたのでしょう」
「………えらく淡々と言いますね、タバタさん?」
 アシャが田幡を恨めしそうに睨んだ。
「………感情を殺さなければこのような事、報告できませんよ」
 田幡はそう言って拳を握り締めた。そこには確かに悔しさが見えた。アシャは己の言葉に後悔の念を抱いた。
「申し訳ない………軽率な発言だった」
「いえ………それよりもこの『ペルセウスの鏡』をこうまで痛めつけた敵機が気になりますね」
 田幡は一機のガンスリンガーとランスロットを指差した。
「どうもこの二機の損傷は従来までの装備では考えられない質のものとなっています」
「………と、言いますと?」
 サーラは緊張の余り唾を飲み込んだ。
「荷電粒子砲………つまりは小型のGキャノンのような武器で撃たれてますね」
「Gキャノンだって!?」
 Gキャノンとは大日本帝国が開発した戦略エネルギー兵器である。一撃で敵軍の大半を消し去ることができる最終兵器。そしてガンフリーダムにも改良型のG−Mk2が搭載されている。ただしガンフリーダムのそれは使用が制限され、使うには『アフリカの星』本社の承認が必要となっていた。Gキャノンという戦略兵器に過剰な恐れを抱いた政府軍が核を用意する恐れがあるからというのがその理由であった。
「エネルギー的にGキャノンなだけで、威力はそこまではいきません。ただガンフリーダムのGガンに匹敵する強力兵器になるでしょうね」
 Gガンとは二〇ミリレールガンである。核融合炉を動力とするガンフリーダムの豊富な電力を使った兵装で、その威力は戦車砲をはるかに上回り、速射性も機関砲並という最強のPA用携帯銃火器であった。
「う〜ん………じゃあリベル政府軍もガンフリーダムのような核融合炉搭載機を登場させたと?」
「いや、Gキャノン初期型のようにエネルギークリップ………要するにマガジンのようなものをエネルギー供給源、言ってしまえば電池としてビームを放っているのでしょう」
「ではP−71やP−80といった並のPAにも使えるのですか?」
「恐らくはそうでしょう。しかしエネルギークリップは調達にかなり資金が必要となるのでそうそう使えるものではないと思います。よってせいぜいこの武器を持ったPAは一機だけでしょう」
 現に件の荷電粒子ライフルに撃破されたのは二機だけ。他の機体は従来までの兵装で撃墜されている。その事実が何よりの証拠であった。
「ならば早急にその荷電粒子ライフルを持ったPAを探し出して撃破する必要がありますね」
 サーラが言った。
「その任務、『ソード・オブ・マルス』に任せたいですが………よろしいですか?」
「む? マーシャさんのことを気遣ってくださっているのなら、それは不要な心配ですよ。彼女もわかってくれていますから。僕たちが再びここに来た理由を」
 アシャの言葉に対し、田幡はキッパリと言い切った。
「む? そうでしたね………では彼らに任せることにします」
 アシャはそう言って頭を下げた。それに対して田幡は困惑した表情を浮かべていた………



 一九八三年九月九日午後三時二五分。
『ソード・オブ・マルス』の面々が最前線の哨戒任務にあたっているのはそういう理由からであった。
「政府軍の謎の腕利き部隊か………何か眉唾モノだね」
 そう呟いたのはエリック・プレザンスであった。彼の愛機はドイツ製第三世代PA パンツァー・レーヴェ。ドイツ人的な機能を優先した無骨なデザインの期待であった。
「そうなんですか?」
 アーサー・ハズバンドが尋ねた。今のアーサーの愛機であるガンフリーダムはフライヤーシステムの翼をたたんでおり、二本の足でしっかりと歩いていた。
「そりゃそうさ。何せ今まで全滅した部隊はことごとく敵襲の知らせを放つことなくやられちまってるからね」
「確かにエリックの言う通りよね………敵襲の知らせを発する暇も無く全滅するなんてよほどのことじゃできないわ。一機や二機ならともかく小隊相手にはね」
 エリックの言葉に唱和したのはエリィであった。アルトアイゼン・リーゼはアルトアイゼンに比べて装備や装甲の重さが増したため、ブースターを使わない通常歩行では少し速度が落ちていた。しかし戦闘中に歩く者などいないのでそれは欠点にもならない。
「もしかしたらある程度の範囲に影響を及ぼす大型兵器でも用意してるのかもしれないね」
 そう言ったのはマーシャであった。彼女が乗るのは大日本帝国製第三世代PA 四〇式装甲巨兵 侍であった。様々な事情の末に電子作戦用の機材を背中に抱えることとなったPAであった。
「タバタの甲止力研究所ではそういう範囲兵器の研究開発も行われてたよ。Gキャノンはその回答の一つだね」
「………私が祖国にいた頃、そのような兵器が開発されているという情報は無かったと思う」
 ネーストル・ゼーベイアの声は常に重々しい。それだけに迫力と説得力に満ちていた。ネーストルの愛機は英国製第三世代PA ランスロット。曲線的なフォルムは気品すら称えており、口性の無い者に「式典用PA」などと揶揄されることもある機体であるが、しかしその性能は本物。第三世代の名に恥じぬ力を持っており、ネーストルの技量と合わされば何者であっても恐れることは無かった。
「………我が祖国が開発した兵器で一番それに近いのは陸上戦艦ウラル級の主砲であろうな」
「ウラルか………ほんの数ヶ月前に戦ってたが、今じゃもうずいぶん昔のことに思えるな」
『ソード・オブ・マルス』を率いるハーベイ・ランカスターがしみじみと呟いた。彼が前隊長であるエルウィン・クリューガーよりこの『ソード・オブ・マルス』を託された時、ハーベイはまだ若輩の未熟者でしかなかった。しかし今となっては『アフリカの星』を代表する撃墜王にまで成長しており、噂では政府軍内でも「死神の代名詞」として恐れられている層であった。そんな彼の愛機は米国製第三世代PAの最新バージョンであるPA−03F ガンスリンガーFであった。突進力ではアルトアイゼン・リーゼに一歩譲るものの、空力学的に洗練されたフォルムは屈指の最高速度を誇り、それが俗に「ガンスリンガー・ファースト(Fast)」と呼ばれる所以であった。
 そして『ソード・オブ・マルス』のPAたちは全機――ガンフリーダムやアルトアイゼン・リーゼのような固定武装機以外はみなAPAGやM510といった対PA用兵装を装備していた。(彼らは未だその敵の正体を知らないが)『ネメシス』隊に対する意気込みはそこからも充分にうかがい知れた。
『ウラルか………確かに懐か……な。あの………だリベ…………線の戦力にも余…があ……し、他…も………』
 ハーベイは無線越しに聞こえるエリックの声が徐々にノイズ混じりなっていることに気付いた。そして一瞬のうちに無線は完全に死に、ノイズばかりがこだまする事となった。
「なるほど………これが答えか。無線を発報する前にジャミングで無線を封じられていたんだな」
 ハーベイは瞬時にそのことを理解した。問題は他の者たちも彼のように素早く状況を整理できたか否かであるが………しかしハーベイはそれは心配無用であると知っていた。何故ならば『ソード・オブ・マルス』は歴戦の勇者たちばかりで構成されているからだ。経験量的にはアーサー・ハズバンドのみ不安が残るが、アーサーにはハーベイですら及ばないほどの才能があった。故に心配無用。
「敵は………どこだ!?」
 ハーベイはガンスリンガーFの首を回し、カメラ・アイを縦横無尽に走らせる。
 その時、ハーベイのガンスリンガーFの足元に大口径砲弾が着弾し、大量の土砂を巻き上げた。
「戦車砲改造のライフル………いや、違うか!?」
 ハーベイの目の前に両肩に大口径砲を搭載したP−80が現れる。無論、それはサムソンのP−80カスタム・ヘヴィであった。



「何て強力なジャミングだい! 解除できないじゃないか!!」
 侍のコクピットの中、マーシャの苛立ちの声が響く。
 マーシャの侍は西側でも最新鋭の通信機器を備えていたはずであった。これより優秀な通信機器は世界中のどこの市場にも流れてはいないはず………
「そ、そうか………市場には流れていなくても………」
 ソ連は基本的に西側諸国に比べて通信技術で劣る。しかしそれは量産品においてのこと。舞台を研究室レベルのものに移した場合、かの国の技術は決して西側最新鋭にも劣らない。マーシャの愛する田幡は確かにそう言っていたことがあった。
「研究室レベルのモノを使用しているのか………やってくれるよ、まったく!!」
 だが逆を返せばその通信妨害はたった一機の手によって行われていることになる。ならばその一機を撃墜すればいいだけのこと。
 マーシャは目を皿のようにしてその通信妨害を行う犯人を探し出そうとする。
 しかしその犯人はすでに彼が探し当てていた。
 ランスロットが侍の脇を駆けて行く。ネーストルはその犯人を見つけているようであった。マーシャはネーストルの援護に回るべくランスロットの背中を追いかけた。



「剣!?」
 エリィは愛機アルトアイゼン・リーゼに向かって吶喊してきたP−80を見た時、その身体的特徴を思わず声に出してしまった。
 その機体は両腕の第二関節より先がそのまま剣となっていた。エリィは与り知らぬことであるが、それはグレプのP−80カスタム・セイバーであった。
 P−80カスタム・セイバーがその両腕の白刃を煌かせて突っ込んでくる。エリィはその剣を受けるような真似はせず、アルトアイゼン・リーゼの身をよじらせることで切っ先から逃れた。
 エリィは咄嗟に左腕に仕込まれている五連装二〇ミリマシンガンを放つ。小口径であるが五連装ともなるとその威力は桁違いとなる。
 しかしP−80カスタム・セイバーはブースターの炎を噴き上げて上昇し、その弾幕を回避してみせた。
 しかし上へ飛び上がったP−80カスタム・セイバーに対しエリックのパンツァー・レーヴェがM510を放った。。P−80カスタム・セイバーはブースターの出力を上げ、まっすぐにM510の弾頭に向かって跳んだ。
「え!?」
 そして白刃が一閃。M510は中の散弾をばら撒く前に真っ二つに切断され、効力を失った。
「な、何てこと………まるでイアイヌキを極めたサムライじゃないの!!」
 多少間違ったサムライ観ではあるが、エリィのその言葉はP−80カスタム・セイバーの操車、すなわちグレプの恐ろしさを如実に物語ってはいた。



「!?」
 咄嗟にアーサーはガンフリーダムが持つ八三式防盾を構えた。そして一瞬も待たずに八三式防盾に突き刺さる光。しかし厚さ二五〇ミリにも達する八三式防盾はその光に耐えた。ただし光を受けた表面部分は焼けただれてしまっていたが。
 い、今のがアシャさんたちが言ってた荷電粒子ライフルの威力………?
 アーサーは唾を飲み込んだ。遺伝子レベルでの肉体改造を受けて産まれたアーサーは、人の発する殺気にも人一倍敏感であった。P−80カスタム・キャプテンのパイロットであるハーグ・クーの殺気はどす黒く、そして強烈であった。アーサーは彼のあふれんばかりの殺気を察知したからこそ八三式防盾を構えることができたのであった。もしもハーグの殺気がわずかばかりでも少なかったとしたら、アーサーは荷電粒子ライフルの直撃を受けていたであろう。危ないところであった。
「クッ!」
 アーサーは赤いボタンを押す。そしてガンフリーダムの翼は大きく広げられる。
 空に飛び上がったガンフリーダムに対し、ハーグは荷電粒子ライフルを連射する。しかし三次元空間をフルに活用するガンフリーダムの機動はまるで霞の如く捉えることが困難であった。
 ガンフリーダムはGガンを構え、そして放つ。電磁力によって加速された二〇ミリ弾がP−80カスタム・キャプテン目掛けて飛ぶ。
 だがP−80カスタム・キャプテンは咄嗟に後ろに飛びすさって超高初速二〇ミリ弾を回避した。
 そしてP−80カスタム・キャプテンが再び放った荷電粒子ライフルの一撃を八三式防盾で再び受け止めるアーサー。人を超越した存在として生み出されたはずのアーサー・ハズバンドは初めて苦戦するということを覚えていた………



「………電子作戦型P−80というわけか………だが好きにはさせんさ」
 ネーストルはポツリとつぶやいた。
『ソード・オブ・マルス』にジャミングを行っているのは勿論、P−80カスタム・ディスチューブであった。そしてP−80カスタム・ディスチューブはマルティーノにそうしたようにネーストルのランスロットのFCSへの干渉を開始した。
「FCSが………死ぬ!?」
 ならば………ネーストルはFCSに頼るAPAGでの攻撃を諦め、腰に搭載されている対PA用ナイフを抜く。
 そしてP−80カスタム・ディスチューブに向けてナイフを突き立てる!
「ッ!?」
 しかしP−80カスタム・ディスチューブはランスロットの腕を取り、その腕を脇に挟み、関節部分に負荷をかける。本来曲がるべき方向とは逆方向に圧力をかけられてきしむランスロットの腕。
「………クッ!!」
 ネーストルは残された方の腕を硬く握り締め、P−80カスタム・ディスチューブの頭部に振り下ろし叩き付けた。ランスロットの振り下ろされた拳がP−80カスタム・ディスチューブをしたたかに打ち付ける。P−80カスタム・ディスチューブの拘束がわずかに緩む。ネーストルはその隙に脱出することに成功した。
『………少佐………? もしかして少佐ですか………?』
 ネーストルの聴覚に幽鬼の如き声が響く。虚ろで抑揚に乏しい精力のない声であるが、その声質にネーストルは聞き覚えがあった。
「ま、まさか………貴様は………」
 ネーストルがまだ東側最強のPA小隊『血染めのマリオネット』を率いていた頃、彼に次ぐナンバー2として公私共にわたってネーストルのよきパートナーであった人物………その名は………
「エレメーイ………同志エレメーイ………なのか?」
『………その通りです、少佐』
「そうか………貴様がこのリベルに来ていたとは………と、いうことはこの部隊は『血染めのマリオネット』隊なのか?」
『いいえ、違いますよ………この部隊は『ネメシス』隊です………』
「何?」
 エレメーイの言葉の続きを待つネーストル。そしてまるで地獄の底にさまよう怨霊のような声でエレメーイが告げた。
『貴方が西に亡命してから『血染めのマリオネット』は解散となりました………我々にはスパイ容疑がかけられた………』
「………な、ななな………」
 ネーストルは呆然とした。まさか自分の亡命以後にそのようなことがあったとは!!
『そして………今の私の為すべきこと………それは!!』
 P−80カスタム・ディスチューブがS−60Pを抜き、銃口をネーストルに向ける。
『貴方を殺し、すべてを清算することだぁッ!!』
「う、うぅ………」
 ネーストルは動くことができなかった。自分がどうするべきなのかもわからなかった。
 しかしネーストルのランスロットは唐突に起こった横からの衝撃に突き倒される。そしてS−60Pの五七ミリ弾はネーストルを捉えることなく空を切った。
「何やってんだい、アンタ!!」
 ネーストルは自分のランスロットを突き飛ばしたのがマーシャの侍である事にようやく気付いた。侍とランスロットは密着するほど近くにいたためにマーシャの怒鳴り声は無線を用いずともネーストルには聞こえていた。
「ここで殺されたらアンタ、何のために亡命してきたんだい!!」
『死ねぇッ! ネーストル!!』
「ッ!!」
 ネーストルはナイフを投げた。そのナイフがP−80カスタム・ディスチューブの右肩に突き刺さる。
『チィッ!!』
 ナイフが突き刺さったために思わずのけぞるP−80カスタム・ディスチューブ。そしてその隙にネーストルはランスロットを接近させ、突き刺さったナイフを手に取り、振り下ろした!!
 P−80カスタム・ディスチューブの右肩が切り落とされる。
「スマン………スマン、エレメーイ………私が悪かった」
 ネーストルは涙混じりに謝っていた。
「だが………だが私はナジェージダを護るために………戦うしかないのだ!!」
『ぐぅぅ………おのれェ!!』
 P−80カスタム・ディスチューブの突き蹴りがランスロットの胸部を打った。仰向けに倒れこむランスロット。
『『ネメシス』の諸君に告ぐ。任務は完了した。後退せよ。繰り返す、後退せよ………以上だ』
 グレプはギュゼッペからの指示を聞いた。たとえ納得のいかない命令であろうとも、彼ら『ネメシス』隊はギュゼッペの命令には反対できないように教育されていた。
「お、おのれ、おのれ、おのれェ!!」
 グレプは眼を血走らせて歯噛みする。その形相は悪鬼の如し。
「ネーストル! 貴様だけは………貴様だけは許さんぞ!!」
 グレプは鬱積する思いを無線に向かって怒鳴ることしかできなかった。そして『ネメシス』隊はそのままその場を後にした。
『みんな、無事か!?』
 グレプのP−80カスタム・ディスチューブが離れていったために生き返る無線通信。ハーベイが隊員の安否をまず確認した。
『エリックとエリィ、共に無事だ………』
『アーサー・ハズバンド、無事です』
『マーシャだ。ネーストルも一緒で互いに無事だよ』
『そうか………よかった………』
 ハーベイの安堵の声。
 ネーストルはそれを意識の外で聞いていた。
 彼は己の為した業に思いを寄せていたのであった。
 病魔に蝕まれた妻 ナジェージダを救うためにネーストルは西側へ亡命した。その結果………『血染めのマリオネット』は解散となり、かつての部下エレメーイは自分の命を狙うようになってしまった。今のエレメーイには以前までの面影はほとんど無いように思えた。今の彼は自分への復讐心だけで生きているのであろう………
「………私は、私はただナジェージダを愛していただけだというのに………何が間違っていたのだ?」
 ランスロットのコクピットの中、独り問いかけるネーストル。しかしその問いに答えることができるものは少なくともこの場にはいなかった。


第三一章「The Crimson Leo covered in blood」

第三三章「A false war」

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