軍神の御剣
第三一章「The Crimson Leo covered in blood」


 一九八三年八月二七日午前一〇時四九分。
 リベル解放戦線最前線、通称「防波堤ライン」。
 この防波堤ラインに十数機のP−80が襲い掛かったのであった。そのP−80の部隊は全機が右肩に獅子の紋章が描かれていた。
 一機のP−80が両手で抱える大きなガトリング砲が吼え、弾丸のスコールが降り注ぐ。
 頑丈さがウリであるメルカバ戦車が一撃で鉄くずへと変えられる。
 GSh−6−30P。ソ連が誇る攻撃機Mig27 フロッガーに搭載されている三〇ミリ六連装ガトリング砲をPA用に手直しした武装であり、年々機動性が高くなり、APAGやS−60Pでの補足が困難になりつつあるPAに対する答えの一つであった。西側がM510という面を制圧するショットガンを採用したのに対し、ソ連は連射力を最大限にまで向上させたGSh−6−30Pで対抗することにしたのであった。
 口径こそS−60Pの半分近くにまで小さくなっているが、対機甲戦用に新たに開発された高比重劣化ウラン弾の破壊力はS−60P以上にまで引き上げる。
「進め! 進め! 我らリベル人の底力を見せてやるのだ!!」
 P−80隊のリーダーである男が無線に向かって怒鳴る。肩まで伸びた黄金かと見紛うほどにきらびやかな金髪、そして美の女神の遺伝子を受け継いだのかと思うほどに整った顔立ち、スラリと伸びる長身。
 彼こそはリベル政府軍の精鋭PA部隊『クリムゾン・レオ』を率いるレオンハルト・ウィンストン少佐であった。
『クリムゾン・レオ』はリベル人民共和国首相であるアルバート・クリフォード直々の命令で自ら戦闘を仕掛けていた。その任務はリベル解放戦線の新兵力であるガンフリーダムと呼ばれる機体の性能を推測すること。そのために彼らは戦闘を仕掛け、ガンフリーダムを保有する傭兵部隊『ソード・オブ・マルス』をおびき出すつもりであった。つまり彼らは自らを撒き餌としたのであった。
『隊長! 敵増援が接近中です!』
 レオンハルトが自らの片腕と見込むレアード・ウォリス中尉の声。
「早いな………」
『これほど早く動ける部隊はそうはいません。恐らくは………』
「レアードの思うとおりだろうな。………さぁ、どれほどのものか、見せてもらおうか………ガンフリーダム」
 レオンハルトはそう呟き、意識を戦闘に集中させることにした。



「敵は『クリムゾン・レオ』か!?」
 背部のブースターが激しい炎を噴き上げ、ドイツ製第三世代PAであるパンツァー・レーヴェが疾風のように駆ける。以前まではアーサー・ハズバンドの乗機であったが、今ではエリック・プレザンスが搭乗していた。
「『クリムゾン・レオ』って確か第三親衛大隊捜索の時に一緒に戦っていた………」
 アーサーの新たな愛機であるガンフリーダムはフライヤーシステムを使い、空を飛んでいた。レーダーの眼を避けるために高度は極力抑えられている。ガンフリーダムは高度二〇メートル以下で飛翔していた。
「その通り! 政府軍のエリート部隊だ」
 ガンスリンガーF型に乗る『ソード・オブ・マルス』隊長であるハーベイ・ランカスターの声。
「気をつけなよ、坊や。『クリムゾン・レオ』は一筋縄じゃいかない相手だよ、ガンフリーダムを持ってもね」
 四〇式装甲巨兵 侍を駆るのは再び『ソード・オブ・マルス』に復帰したマーシャ・マクドガルであった。この侍は一度引退する前にも乗っていた機体であり、『ソード・オブ・マルス』の機体の中では最古参であり、それでありながら一度も損傷らしい損傷を受けたことが無いという幸運機でもあった。
「あ、見えてきましたよ!」
 エリシエル・スノウフリア――通称エリィのアルトアイゼン・リーゼのスクリーンに防波堤ラインが映る。
「………苦戦は免れないか。仕方ないのかもしれんな」
 ネーストル・ゼーベイアは苦虫を噛み潰した声で言った。彼の愛機は英国製第三世代PAであるランスロットであった。
「防波堤ラインに配備されていた兵力は?」
「メルカバを中心とした戦車部隊だった。戦車砲ではPAを捉えることは困難だからな………」
「じゃあ早く行かないと!!」
「さぁ、おしゃべりは終わりだ」
 ハーベイは静かにそう宣言した。
「全機散開! 『クリムゾン・レオ』を撃退するぞ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
 ハーベイの指令に五つの声が重なり合った。そして次の瞬間、それぞれの機体が思い思いの方向へ散っていった。



 ネーストル・ゼーベイアは防波堤ラインの残存兵力の救援に向かった。
 P−80の性能は非常に高く、今まで「安かろう、弱かろう」で語られていた他のソ連製兵器とは一味違う。その高い機動性は西側最強とまで言われているガンスリンガーのそれに匹敵するほどとされている。その高い性能に『クリムゾン・レオ』の高い錬度が加味された時、このP−80は悪魔的な強さを見せるのであった。
 しかしネーストル・ゼーベイアはかつてソ連のみならず東側最強のPA部隊『血染めのマリオネット』を率いていた男であり、その錬度は『クリムゾン・レオ』ですら軽く凌駕する。
 ランスロットはAPAGを連射し、今まさにメルカバに攻撃を仕掛けようとしていたP−80をメルカバから離れさせる。
「甘いな………退いて何になるという………」
 ネーストルはそう呟くとランスロットをP−80に接近させる。P−80は接近戦用のナイフを抜いて、ランスロットに対抗しようとする。しかしネーストルは斬り合いをするつもりは毛頭無かった。ネーストルはランスロットを跳躍させ、P−80を跳び越させる。そしてそのP−80の後方にいた別のP−80にAPAGの一撃を浴びせた。そう、ネーストルの狙いはこの後ろにいたP−80だったのだ。『クリムゾン・レオ』はこれに気付かなかった。ナイフを抜いたP−80は一瞬呆気に取られていたが、すぐさま気を持ち直してネーストルに襲い掛かろうとする。
 しかしネーストルは瞬間的に斬りかかるP−80の腕をランスロットの脇の下に挟み取り、関節を稼動方向とは逆に捻じ曲げる。P−80の関節は金属が軋む音を立ててへし折れた。
 そしてネーストルはそのP−80にAPAGを腰部に撃ち込んでトドメとした。腰部にAPAGの四〇ミリ弾を受けたP−80は下半身の動力を失い、ガクリと崩れ落ちた。
 ネーストルはそのP−80にもはや一べつもくれずに他の敵へと向かって行った。



 エリィのアルトアイゼン・リーゼの最大の特色はその背部の超大出力ブースターにある。このブースターは戦闘機 F15のエンジンを流用して作られており、出力は並のPAをはるかに凌ぐ。
 それ故にアルトアイゼン・リーゼの突進力は爆発的であり、その操縦には相当な慣れを必要としていた。しかしエリィはアルトアイゼン・リーゼの前身であるアルトアイゼンからこの機体に乗り続けており、もはや彼女にとってアルトアイゼン・リーゼは自分の手足同然の存在であった。
 そのアルトアイゼン・リーゼが、まるで砲弾のような勢いでP−80に襲い掛かる。あまりにまっすぐなその突進はエリィの性格そのものを現しているかのようであった。そしてそれは『クリムゾン・レオ』のP−80にとっては命中させることなど造作も無い物であった………あるはずだった。
 しかしエリィを狙い撃とうとしたP−80は照準を定めることはできなかった。エリック・プレザンスが駆るパンツァー・レーヴェの持つ一二〇ミリライフルがP−80を狙っていたからであった。このエリックの援護射撃によってP−80は正確な射撃を行うことができなくなっていた。
 悔し紛れにP−80はエリックのライフルをかわしながらS−60Pを放つ。だがアルトアイゼン・リーゼの装甲は五七ミリ弾を完全に食い止めていた。アルトアイゼン・リーゼはPAとしては破格の装甲を持っており、対PA用マシンガンではその装甲を撃ち抜く事は不可能であった。
 そしてアルトアイゼン・リーゼがP−80の懐へと潜り込む。アルトアイゼン・リーゼは右腕を大きく振りかぶり、P−80の頭部に思い切り叩き付けた! アルトアイゼン・リーゼの右腕に仕込まれている直径三六〇ミリにまで達する巨大な杭がP−80に突き刺さる。さらに装薬が作動し、杭は射出されてP−80の奥深くへと突き刺さる。これぞアルトアイゼン・リーゼ専用の固定武装であるリボルビング・バンカーであった。接近戦用の武装であるが、その威力は折り紙付であり、PAならば簡単に撃墜できる代物である。無類の突進力を誇るアルトアイゼン・リーゼだからこそ活きる兵装であった。
 エリックがエリィの援護を担当し、エリィがアルトアイゼン・リーゼの突進力を活かして敵をかき乱す。これが彼ら二人の考案した戦術であり、二人の合致した呼吸は阿吽の域。『クリムゾン・レオ』ですら手を焼くこととなった。



「フッ………相変わらず手ごわい奴らだ………全機、一旦後退せよ! 距離をとって戦え!!」
 レオンハルトは一瞬のうちに戦況を分析し、何を為すべきかの結論を導き出した。
 そして自らが出した後退命令とは裏腹に、自分はP−80を『ソード・オブ・マルス』の方へ突進させた!
「この………レオンハルト・ウィンストンが相手だ! 傭兵!!」
 レオンハルトのP−80は最大戦速で『ソード・オブ・マルス』の方へ突っ込む。その両手に抱えたGSh−6−30Pを放ちながら。
『隊長、お供します!』
 そんなレオンハルトに続いたのはレアード・ウォリスであった。彼のP−80は肩に搭載されたAT−2P スワッターPを放つ。スワッターPとは対戦車ミサイルであるAT−2 スワッターをPA搭載用に改造したものである。レアードの放ったスワッターPは合計で八発であった。
 しかしレアードの放った八本の火矢は空しくも全弾が外れてしまった。いや、より正確には外されてしまった。
 背部に電子機器をありったけ搭載し、電子作戦使用に改造された四〇式装甲巨兵 侍のECMの効果であった。スワッターPは目標を見失い、頼りなげにふらつく。
 だがレアードはスワッターPの命中を期待などしてはいなかった。
 レアードにとってそのミサイルは高価な囮であった。そしてレオンハルトは、レアードから何もいわれなくてもその意図を完璧に把握していた。
 レオンハルトのP−80はスワッターPを狙い撃った。三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾に穿ち抜かれた八基のスワッターPは空中で爆発散華する。
「もらったぞ、傭兵!!」



「何!?」
 スワッターPの爆発。その閃光がマーシャを侍のスクリーン越しに照りつける。マーシャは一瞬であるが閃光によって視力を奪われていた。
 咄嗟にマーシャはレオンハルトたちの目的を悟った。スワッターPを途中で撃ち落し、それによってこちらの視界を奪うのだ。そしてアタシを狙い撃つつもりだ!!
 マーシャは無意識のうちにフットバーを蹴り込む。しかしそれでは遅いだろう。スワッターPの爆発散華によって生じた一瞬の隙。『クリムゾン・レオ』にとってそれは永遠に等しい隙である。今やマーシャはただの的であるはずだった。
「ジーザス!!」
 マーシャは婚約者 田幡 繁に対する謝意を込めて叫んだ。ここで死んでしまう自分が悔しかった。
 ガガガガガガガガ
 GSh−6−30Pの三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾が着弾し、装甲を削る音。しかしマーシャの侍はどこも傷ついていなかった。
「バカな!?」
『大丈夫ですか、マーシャさん!?』
 マーシャの侍の前に一機のPAがそびえ立っていた。そのPAは左手に持った鉄板で三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾をすべて受け止めていた。
「ガンフリーダム!? 坊やかい!!」
『はい!』
 ガンフリーダムが装備する八三式防盾は厚さ二五〇ミリにも達する特殊合金でできている。重さ一〇トンにも及ぶこの大盾ならば三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾の雨でも耐え凌ぐことができた。
「借りができたね! 後で返すよ!!」
 マーシャはそう叫ぶと侍を再び走らせた。



「あれがガンフリーダム!?」
 レアードはスクリーン越しに見るガンフリーダムの姿に叫んだ。
「何という………何という存在感か!!」
 白系統に統一された塗装、そして流麗なフォルム。ガンフリーダムの姿はある種神々しさまで備えていた。レアードはそれを受けて賛嘆の息を漏らしたのであった。
「だが………負けぬ! 『嘆きの夜』に散った同胞のためにも! 我らは負けるわけにはいかない!!」
 レアードはガンフリーダムに果敢に挑む。
 レアードのP−80が手に装備するのは旧態依然たるS−60Pであった。しかしそれでもレアードの技量を持ってすればまだまだ充分に通用する………そのはずであった。
 しかしガンフリーダムは翼を広げ、急上昇。その上昇力は大地から天空に向けて放たれた稲妻の如し。さすがのレアードもその上昇力には息を呑み込んだ。
「な、何て上昇力だ………」
 レアードは敵ながらガンフリーダムのパイロットの身が心配になる。あれだけの急上昇を行えば、パイロットにはかなりのGがかかるであろうことは想像に難くなかった。
「クソッ!!」
 しかしガンフリーダムは何事も無かったかのように、その右手に装備したライフルの銃口をレアードに向けた。
 レアードは咄嗟にフットバーを蹴り、P−80を左方向に滑らせた。
 そして間髪入れずに、レアードが今までいた地点の土が激しく巻き上げられる。それは着弾の証であった。
「バカな!? いつのまに………」
 レアードはガンフリーダムのライフルの銃口に発射炎と発射音がしなかったことに驚きを隠せなかった。そしてライフルの口径がAPAG未満であるにも関わらず、その破壊力が一二〇ミリライフルを超えるほどであることにも驚愕した。
 ガンフリーダムの装備するライフル、Gガンの口径はわずか二〇ミリ。しかし核融合炉を搭載するガンフリーダムの豊富な電力を使ったGガンはレールガンであり、二〇ミリ弾を猛初速で撃ち出す。その運動エネルギーは一二〇ミリライフルをはるかに上回るほどであった。
「ク、クソッ………」
 レアードはわずか一九歳にして数え切れないほど多くの戦場に出てきた。しかし今日ほど恐怖した戦場というものを知らなかった。



「レアード! 今、助ける!!」
 レオンハルトのP−80がGSh−6−30Pを放つ。しかし空を自在に舞うガンフリーダムには命中はおぼつかなかった。そして命中コースの弾道でもガンフリーダムの八三式防盾で阻まれてしまうのであった。
「何とォ………」
 レオンハルトは悔しげに歯噛みする。無論、敵はガンフリーダムだけではない。レオンハルトは他の『ソード・オブ・マルス』の面々にも狙われていた。レオンハルトはその攻撃を巧みに回避する。しかし彼にもガンフリーダムの攻略方法は見つからなかった。



「隊長たちを助けるんだ!!」
 一時後退していた『クリムゾン・レオ』の面々がレオンハルトとレアードを助けるべく再び前進を開始する。しかし危機に陥る二人を助けることを主眼に置きすぎたのだろう。その足並みは乱れていた。
 本来ならば滅多な事では当たらない筈のメルカバの戦車砲。それを食らって擱座する機体が出るのはその証拠であった。



「下がって! 下がってくださいよォッ!!」
 ガンフリーダムのコクピットでアーサーは切実に叫んでいた。
 傲慢な言い方かもしれないが、ガンフリーダムに乗った自分に勝つことなど不可能に等しいといっていい。何故ってアーサーは人の手によって生み出された最強の兵士なのだから。
 しかしアーサーは命の重さを知っていた。故に彼はガンフリーダムの圧倒的な力を見て、『クリムゾン・レオ』が退いてくれることを望んでいた。
 だが『クリムゾン・レオ』は決して退こうとしなかった。まるで退くという言葉を知らないかのように。
「畜生! 何でそんなに戦いたがるんだよ! ここで戦死して、誰が喜ぶっていうんだよ!!」



「ガンフリーダムの力があそこまで圧倒的とはな………」
 ハーベイは信じられないものを見る者特有の、呆気に取られた声で呟いた。彼にとって『クリムゾン・レオ』というのは強敵の代名詞であった。彼が初めて乗機を失ったのは『クリムゾン・レオ』との戦いであったからだ。
 しかしアーサー・ハズバンドの駆るガンフリーダムは『クリムゾン・レオ』を圧倒していた。ハーベイは当初、田幡がガンフリーダムを評して「一機で戦況を変えることができる機体」と語っていたのを聞いて、苦笑していたのだった。無論、ガンフリーダムの装備するG−Mk2の威力は認識している。しかしハーベイはガンフリーダムはG−Mk2が使えるからこそ最強だと思っていた。
 だがこの状況を見れば………ハーベイが間違っていて、田幡が正しかったことは立証されていた。
「ん!? あの機体………まさか!!」



「………クッ」
 ガンフリーダムの射撃を紙一重でかわしながらレアードはガンフリーダムに対抗する手段を考えていた。無論、同時に『ソード・オブ・マルス』の相手もしている。
 咄嗟にレアードは自分のP−80の兵装リストをスクリーンに映す。だがどれもガンフリーダムに対抗できそうなものは無かった………かに見えた。
「………そうか、これなら………」
 レアードは意外な武器を見つけた。単品では武器にもならないが、工夫次第ではガンフリーダムに対抗できる物であった。
「おおおおッ!!」
 レアードのP−80がブースターを全開にして跳び上がる。そしてガンフリーダムに肉薄しようとする。
 ガンフリーダムは高度を上げてP−80から離れようとするが、それよりも早くレアードのP−80は左腕からワイヤーを射出していた。そのワイヤーをガンフリーダムの翼に巻きつかせ、P−80の全パワーで引き寄せる。
「掴まえたぞ!!」
 そしてついにレアードのP−80はガンフリーダムを羽交い締めにすることに成功したのであった。



「う、うわっ!?」
 ガンフリーダムを羽交い締めにする状態で絡み合うガンフリーダムとP−80。突然一〇トン以上のPAに上体を掴まれたのである。ガンフリーダムは空を自在に飛ぶことができなくなっていた。
 そしてP−80が腰部の一二.七ミリチェーンガンを放つ。零距離で放たれる一二.七ミリ弾が次々とガンフリーダムの装甲に食い込む。
『アーサー!!』
『よせっ! アーサーに当たる可能性があるぞ!!』
 状況を落ち着いて確認している場合ではないが、声から察するとエリックがガンフリーダムを羽交い締めにするP−80を狙い撃とうとしたのをネーストルが止めたのであろう。
「ク、クソッ!!」
 アーサーはダメージを確認する。P−80の一二.七ミリ弾によってガンフリーダムの腰部付近にダメージが蓄積していた。このままではガンフリーダムは下半身が動かなくなるであろうことは疑いようが無かった。
「我々は! 負けるわけにはいかんのだッ!!」
「!?」
 装甲越しにP−80のパイロットの叫びが聞こえた。
「何だって!? クリフォードに協力して、何になるって言うんだ!!」
「ッ!? ………貴様に何がわかるか!!」
 恐らくP−80のパイロットもこちらに自分の叫び声が聞こえているとは思わなかったのだろう。一瞬、言葉に詰まったがすぐさま怒鳴り返してきた。
「みんなを虐殺して………何が首相だよ!!」
「リベルが発展するためだったんだ! あれは………必要悪だったんだ!!」
「悪が………悪が必要なものか!!」
 アーサーはガンフリーダムの全パワーでP−80の締め付ける力に対抗する。高性能機といえども所詮はガスタービン駆動でしかないP−80と、核融合炉を搭載するガンフリーダム。そのパワーの差は圧倒的であった。それでもなお食い下がろうとするP−80の手を引き千切ってガンフリーダムはP−80の手から逃れた。
「う、うおあぁッ!?」
 ガンフリーダムはその時、高度六〇〇メートルにいた。空挺用PAならば充分降下可能高度であった。しかしP−80は空挺用PAではなかった。P−80は地面に背中から落ちた。
「し、しまった………」
 アーサーは呆然と落ちたP−80を見ていた。しかしそのP−80はもはやピクリとも動かなかった。おそらくパイロットは落ちた際の衝撃で絶命したのであろう。
「殺して………殺してしまった………」
『アーサー! ボサッとするな!!』
 ハーベイに怒鳴りつけられてようやく我に返るアーサー。しかし先のP−80の攻撃によってガンフリーダムは異常をきたしていた。
「クッ………ガンフリーダム、下半身がほとんど動きません!!」
『わかった! 一旦後退しろ! 後は俺たちに任せておけ!!』
「は、はい………」
 アーサーはガンフリーダムの機首をルエヴィト市の方へ向け………最大速力でその場を後にした。



「レアード………レアード! 応答しろ!!」
 レオンハルトは必死に無線に呼びかける。しかしレアードからの返答は無かった。
「クッ………レアードが命を投げてまで戦ったのに、撤退させるがせいぜいなのか………あのPAは!!」
『レオンハルト! のんびりしている暇は無いぞ!!』
 無線から聞きなれぬ声が聞こえる。聞きなれてはいないが、レオンハルトはその声を確かに知っていた。
「その声………ハーベイ、ハーベイ・ランカスターか!!」
『その通りだ! クリューガー隊長の頃からの因縁のケリをつけさせてもらうぞ!!』
 その声と共に一機のガンスリンガーFがレオンハルトのP−80に向かってくる。
「面白い! ならば貴様の魂をレアードの従者としてやろう!!」
 レオンハルトのP−80がGSh−6−30Pを放つ。しかしガンスリンガーFはその三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾の驟雨を前に、大地を力強く蹴り、横に逃れる。
 今度はこちらの番だと宣言するかのようにM510を放つガンスリンガーF。しかしレオンハルトはP−80を跳躍させ、散弾を上に逃れた。
 レオンハルトはGSh−6−30Pを放つ。今度の射撃はハーベイの逃れるであろう方向を狙って放つ。そしてハーベイはそれに引っかかってしまった。ガンスリンガーFの右腕が三〇ミリ超高比重劣化ウラン弾を受けて千切れ飛ぶ。右腕が無くなるということは、右腕に装備していたM510も無くなるという事であった。
 しかしレオンハルトはGSh−6−30Pを放り捨てた。何故ならばレオンハルトの方は弾切れになったからであった。
「チッ! 後、二〇発あれば撃墜できたものを!!」
『それは残念だったな、レオンハルト!!』
「グォッ!?」
 ガンスリンガーFが最大速力でレオンハルトのP−80にタックルを敢行する。レオンハルトのP−80はその衝撃によって地面に倒される。
 そして馬乗りとなったガンスリンガーFが、残された左手に近接戦闘用のナイフを構え、P−80のコクピット目掛けて振り下ろす!!
 咄嗟に身をよじってコクピットが貫かれることを避けたレオンハルトであったがP−80の左肩にナイフが突き刺さる。これによって左腕の駆動部が切断され、左腕が使い物にならなくなる。
「舐めるな!!」
 レオンハルトはP−80の上体を起こさせ、ガンスリンガーFの胸部にP−80の頭部をぶつける。ガンスリンガーFはたまらずのけぞり、レオンハルトはガンスリンガーFから離れる。そしてレオンハルトもナイフを抜いた。
『互いに残るは片腕のみか………』
「そのようだな………ならば条件は互角!」
 もはや二人の意識は極限にまで研ぎ澄まされており、ハーベイはレオンハルトだけが、レオンハルトはハーベイだけが認識できる相手となっていた。二人は互いの相手の挙動を、どんな細かい挙動をも見逃さないだけの心構えでいた。
『ソード・オブ・マルス』の面々も、『クリムゾン・レオ』の面々も、この二人の決闘を固唾を呑んで見守っていた。手出しするという発想すら持てないでいた。
「………………」
『………………』
 P−80とガンスリンガーFは互いに残された一本の手にナイフを構え、ただ静かににらみ合うのみであった。
 しかし先に動いたのはハーベイであった。
『うおおおッ!!』
 無線越しにハーベイの裂帛の気合が伝わる。そしてハーベイの操縦によって動くガンスリンガーFの機動に無駄という文字は無かった。
「そこだッ!!」
 レオンハルトはP−80の腰部一二.七ミリチェインガンを放つ。そしてその一二.七ミリ弾はあやまたず、ガンスリンガーFの左手に命中し、その手に握られていたナイフを弾き飛ばした。
『なっ!?』
 ハーベイは咄嗟にガンスリンガーFの突進を止め、弾き飛ばされて地面に突き刺さったナイフの許へ向かう。
「もらった、傭兵!!」
 レオンハルトのP−80が背部ブースターの炎を揺らめかせて突進する。もはやハーベイは飛ばされたナイフを拾う時間的余裕など無かった。
『残念だったな………これで終わりだ!!』
 ガンスリンガーが咄嗟に地面を蹴り上げる。
「何!?」
 先ほど弾き飛ばされたはずのナイフが土と一緒に蹴り上げられ、ガンスリンガーFの目の前に飛び上がる。ハーベイはそのナイフを空中でパシッと握り締める。
 そして敵は無防備と油断してかかってきていたレオンハルトのP−80の右肩を刺し貫き、ナイフをそのまま振り下ろし、P−80の右腕を切断してみせた!!
「ぬ………しまった………」
 両腕を失い、もはや戦闘能力を喪失したレオンハルトのP−80。レオンハルトはその最期を覚悟する。
 だがハーベイのガンスリンガーFはブースターを噴かしてそのままレオンハルトから離れる。
「何………何のつもりだ、傭兵!!」
『ここでお前を撃墜したら………この戦闘はどちらかが全滅するまで続く。そう思っただけさ』
「………フッ。この借り、必ず返す! 覚えていろ、ハーベイ・ランカスター!!」
『ああ、楽しみにしているさ』
「………『クリムゾン・レオ』、全機撤収だ! 作戦は完了した! 退くぞ!!」
 レオンハルトは『クリムゾン・レオ』の生存機に向けて怒鳴った。出撃前は一八機もいた『クリムゾン・レオ』であるが、この戦闘で一〇機以上が撃墜されていた。『クリムゾン・レオ』創設以来、初めての大損害であった。
『ソード・オブ・マルス』たちも撤退していく。律儀にこちらに銃口を向ける素振りすらない。
「………レアード、奴らに負けたのならば、納得もいくというものだな………」
 多くの部下を死なせてしまったが、不思議にレオンハルトは恨みを抱くつもりは無かった。自分たちも敵を多数撃墜しているからおあいこだという思いもあるのだろうが、それ以上に『ソード・オブ・マルス』の態度に好感を持っていた。彼らは自分とハーベイが一騎打ちを行う間、ずっと見ていてくれたのだ。兵士としては失格であるが、レオンハルトのような戦士の眼にはそれは美しく映っていた。
「………次は……次はそうはいかん。それでいいだろう、レアード………」



 一九八三年八月三一日午後四時一二分。
 リベル人民共和国首都リベリオン。
 ソビエト人民義勇隊総司令代理ヘルムート・フォン・ギュゼッペ邸(旧マモト邸)。
 その日のリベルは季節外れの豪雨に見舞われており、ギュゼッペ邸の窓に激しく雨が打ちつけられていた。
「なるほど………ガンフリーダムの威力はこれほどのものだったか」
 執務室のソファーに四人の兵士を座らせ、自分は机で『クリムゾン・レオ』からの報告をまとめたレポートをギュゼッペは読んでいた。
 見れば見るほどガンフリーダムは興味深い機体であった。その機動性、攻撃力、装甲………どれをとっても従来のPAとは一線を画している。
「さぁ、お前たち………お前たちの相手はこれになるが………どう思った?」
 ギュゼッペはソファーに座る四人の兵士に呼びかけた。
「ケッ………そんなの関係ねぇな」
 黒い髪を持った男が言った。彼はその口調と眉間に寄せられたしわによって粗暴な印象を他人に与えていた。そしてその印象はおおむね正しかった。
「ヒャハハハ! 俺は戦えりゃ何でもいいぜ! それに敵が強ければ強いほど燃えてくるねぇ!!」
 栗色の髪に切れ上がった目の男が哄笑しながら言った。その目には狂気の色すら伺える。
「少佐は………少佐はこれに乗っていないのだろう? なら自分にも関係無い………」
 異様なまでに痩身でやつれた男がボソリとささやいた。彼の顔にはいたる所に傷が見えた。それは拷問の痕であり、彼の精神はその拷問の末に彼方へと流され去った。今、彼が理解できるのは自分がある人物を見つけねばならないことだけであった。
「ふむ………では君はどう思うかね、ハーグ大尉?」
 ギュゼッペが最後に尋ねた男はあのリベル解放戦線の精鋭PA部隊『破邪の印』の隊長であったボフダン・ペーシャーであった。彼は『マーケット・ガーデン』作戦の際に負傷して捕虜となり、ギュゼッペによって洗脳処置が行われ、今やハーグ・クーという名でギュゼッペの私兵となっていた。
 そしてハーグ・クー以外の三人も事情は似たようなものであった。ギュゼッペの洗脳によって自我を塗り替えられ、彼の手ごまとして動く。それが彼ら四人に与えられた役目であった。
 そしてハーグはギュゼッペの問いに対してこう答えた。
「ブッ殺す………相手が傭兵なら、ブッ殺すまでだ………それ以外何があるってんだよォッ!!」
「ふふ。そうだったな………お前たち『ネメシス』隊もいよいよ出撃の時だ。いつでも出れるように準備しておいてくれたまえ………」
 ギュゼッペがそう呟いた時、窓の外が煌いた。
 そして激しい落雷の轟音………
 今、リベルに四匹の戦争の狂犬が放たれようとしていた……………


第三〇章「Fly to Final」

第三二章「Nemesis」

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