艦これショートショート
「極めるその先には必ず友軍艦<とも>が(後編)」


「深海棲艦の艦隊が発見された!?」
 南方海域での決戦を勝利した鎮守府にもたらされた急報。その衝撃で鎮守府は重く鋭い緊張が走っていた。見た目も心も幼い駆逐艦の艦娘であっても大事が起きているのを感じ、艤装の点検に余念がない。
「敵深海棲艦の規模は先の南方海域での決戦に比べれば小規模です」
 鎮守府の艦娘たちを大きな空間、平時は建造用のドックとして使用されている場所に集めてから、開口一番で説明役の少女がそう告げた。陽光を受けて少女の縁の無い眼鏡がキラリと光る。
「ですが、泊地棲姫や多数の戦艦、空母も確認されています。よって、提督はこの深海棲艦の艦隊に対して早期の攻撃を指示しました」
 重巡の艦娘、鳥海の説明は簡潔にして明瞭。数時間にもわたる会議での決定事項を、わずか数十分で百を越す艦娘たちに伝えきってみせる。その賢さこそが彼女の艦娘として最強の武器であった。
「敵の艦隊は大きく分けて二つ。北の甲部隊と南の乙部隊があります。よって我が鎮守府も艦隊を二つに分けます。甲部隊にあたる艦隊の旗艦は大和さんに、乙部隊にあたる艦隊の旗艦は武蔵さんになります。編成表もこちらに張り出したとおりです。出撃は明朝〇六三〇になりますので、準備を欠かさないようにしてください」
 鳥海の言葉を受けた二人の艦娘、超弩級戦艦大和型の姉妹の反応は対照的であった。
 姉である大和は静かに、しかし断固たる決意を秘めた眼差しで頷いてみせた。
 だが、妹の武蔵の顔を彩っていたのは、一言で表すならば「困惑」であった。自分よりも適任の者がいる。そのことを知った、知ってしまった武蔵にとって、艦隊旗艦の任は四六センチ三連装砲塔よりも重く、抱えきれないほどになっていたのだった。
 非常に名誉ある話だが、今の自分ではとてもではないが務められそうにない。そう感じた武蔵が辞退を申し出ようとする。
 だが、武蔵はある視線を感じ、その視線の主を見やる。無口な視線で見守る艦娘。艶やかな黒髪と、凛とした眼をした艦娘。
 あの日の夜、武蔵と戦い、そして武蔵に完勝した艦娘。長門型戦艦一番艦長門………。
 武蔵の脳裏にあの日、彼女が言い残した言葉が甦る。
『艦娘を磨くのは、艦娘なのだ』
 格下だと思っていたし、実際に大和型よりも旧式であるはずの長門と一対一で戦い、そして完膚なきまでに叩きのめされたあの夜。あの夜に長門が言い残した言葉だった。
 そして長門はこう続けていた。
『それがわかった時、お前は新たな力を身につけるだろう』
 その言葉の意味は今の武蔵にはわからない。だが、この戦いでわかるというのだろうか? 長門の視線はそういう意味なのだろうか? いや、あの言葉の真意を探るのは私だ。この武蔵が自分自身で見つけるべきなのだ………。
 そう考えた武蔵は結局、旗艦の任を辞退せず受けることにしたのだった。



 出撃が決まった艦娘たちが艤装や弾薬の最終チェックを行っている。殺気と覚悟がカクテルになった雰囲気が鎮守府を満たす。
「………で、どうすんの、アレ」
 明日の出撃で持っていく二〇センチ砲弾の状態を一つ一つ確認し、問題ない弾薬を一つ一つ砲塔に搭載しながら重巡の艦娘 摩耶が不意に口を開いた。
 摩耶に対して応えたのはスラリと伸びた長身の艦娘だった。まるで日本刀のような美しい肢体に無骨な艤装を背負う少女。長門型戦艦の艦娘、長門であった。
「どう、とはどういうことだ?」
 長門は両の腕を組んだまま、背負った艤装の砲塔や砲身を動かしながら尋ね返した。長門の艤装に問題はない。明日の出撃でも、深海棲艦を正確に狙い撃つだろう。
「こないだ、夜の演習で武蔵さんをボッコボコにしたでしょ? あれ以来、武蔵さん、思うように力が出せてないみたいだけど?」
 摩耶は砲塔に全弾装填し終えたので、一度自分の左手にはめてみる。弾薬を満載した二〇センチ連装砲は重いが、その重さも馴れたものだ。これが軽くなる時は勝利の喜びの中にいるか、それとも自分が血の海に沈んでいるかのどちらかである………。
「誰もが最初は通る道さ。私もそうだった」
「まー、アタシもそうだったけど、アタシの時はまだ南西諸島海域が戦場でノンビリしたものだったからねぇ。今回はそんなこと言ってる余裕ないんじゃ………」
「ま、そん時ゃさ………」
 摩耶の言葉をさえぎるように口を挟んだのは紫色に染まった髪の、改造巫女衣装をまとった艦娘だった。彼女は小さく切った紙にそっと右手をかざし、そしてかざした手を前へと振る。彼女の手の動きにあわせて紙が動き始め、次いで紙がカタチを変えだし、最終的には飛行機の形となり、空へと飛び上がった。
 彼女の名は隼鷹。軽空母の艦娘である。弓矢を使う正規空母の艦娘とは違い、彼女はまるで陰陽師の式神のように艦載機を操るのを得意としていた。
「あたしたち先輩で支えてやるべきなんじゃないの?」
 隼鷹は飛び立たせた零戦五二型に部屋をグルリと一周させてから自分の巫女服の左袖に着艦させる。隼鷹の巫女服の左袖は航空甲板を模した長い布になっており、着艦した零戦は再度、紙に戻っていった。
 隼鷹の言葉に摩耶と長門は頷き、その話はそこで終わりとなったのだが………。
「あ〜あ、またメンドクサイことになりそうだな〜」
 長門、摩耶、隼鷹の三艦娘に比べて、気だるそうな声で栗色の髪の幼い艦娘が一人呟いた。彼女の呟きに応えたのは長い黒髪を三つ編にした艦娘だった。幼い方は睦月型駆逐艦の望月、三つ編の方は重雷装艦の北上だった。
「あー、そうね」
 北上の気のない返事に望月が口を尖らせる。
「なー、北上さま〜。無敵の甲標的でちゃちゃっと敵艦隊壊滅させてきてよ〜。私、ここで寝てるからさ〜」
(もっちーのまったく敬意のこもっていない「さま付け」、ある意味天賦の才だよな………)と内心で北上は思いつつ。
「そりゃー無理よ、もっちー。今回、大井っちと木曾っちは大和さんの艦隊に配備されちゃったんだし、重雷装艦は私だけしかいないんだし」
 北上はそう言いながら多数というか無数と言ってもいいほど大量にある魚雷発射管に魚雷を一つ一つ装填していた。艦娘の身でも魚雷は重く、装填は重労働だった。………この時ばかりは重雷装艦になったことを後悔するよ、ホント。
「つーか、もっちー、装備の点検はしたの? ゴロゴロしてていいの?」
「えー? 昨日やったから大丈夫だよー」
 そう言って望月の小さな指が指し示す先にはピカピカに磨かれた望月の艤装があった。弾薬もすべて装填済みで、あとはそれを持つだけで今すぐにも出撃が可能なくらいだった。
「………もっちー、ホントに根は真面目だねぇ。口じゃダルいのなんだの言うクセに」



 ………翌朝、〇六三〇に鎮守府を発った武蔵を旗艦とする第一遊撃部隊が再び南方海域へと向かう。数日にもわたる南方海域への航路は順調だった。
 だが、南方海域に進出してから三日目に、ついに第一遊撃部隊は深海棲艦の艦隊と接触を果たしたのであった。
「敵艦隊発見!」
 隼鷹が先行させて発進させていた彩雲からの報告。
「敵の規模は?」
「軽巡ホ級や軽母ヌ級がちらほら。主力艦の姿は見えないな………」
「敵の警戒部隊ってヤツ? メンドくさ〜」
「敵艦隊発見だが、どうする? 命令を」
 長門に作戦を確認された武蔵だが、その返答はいささか覇気に欠けるものだった。
「あ、あぁ、敵の警戒部隊に見つかっては困る。ここは敵の主力を発見するまで、手出しはしないで………」
 武蔵の消極策に難を示したのは摩耶だった。
「おいおい………。武蔵さん、アタシたちは深海棲艦の大部隊を叩きにきたんだぜ? 警戒部隊なんか、むしろ蹴散らしてハデに敵のいる方へ突っ込むべきだぜ。敵の主力なんか、警戒部隊の奥にいるに決まってんだからさ!」
 摩耶の彼女らしいストレートな物言いに北上が苦く笑う。
「摩耶の作戦は乱暴だなぁ。まー、でも今回はそれがいいと私も思うけど」
「む………」
 摩耶の意見の正しさを理解した武蔵が口をつぐむ。ここで旗艦の権威をかざして摩耶を怒鳴れるほど武蔵は恥知らずにはなれなかった。だが、摩耶の意見を取り入れられるほどの余裕も武蔵は持ち合わせていなかった。
 自分の中でも葛藤があり、武蔵は決断が下せなくなり、時間だけが過ぎていこうとする中、隼鷹がおもむろに左腕をかざし、零戦を二機発艦させた。隼鷹の腕から飛び立った二機の銀翼の猛禽が、かなたの空でゴマ粒のように見える黒に向かって突き進む。そして機銃の発砲音が短く木霊し、かなたに見えた黒が黒煙を引きながら落ちていく。だが、艦娘たちは黒が落ちていくまでの間に何かしらの電文を放っていたことに気付いていた。
「敵の偵察機だ。撃墜したけど、たぶん発見された」
 隼鷹の言葉に長門がやむをえないとばかりに頷いた。
「武蔵、敵に発見された以上は逃げ出すわけにはいくまい」
 長門に促され、武蔵はついに決断する。というよりは状況がその選択肢しか許さなくなったとも言える。だが、この瞬間、武蔵の迷いが一つ断ち切れたのも事実であった。
「あ、ああ………突撃するぞ! ついてこい!!」
 武蔵の凛とした命令に「待ってました!」と応えたのは摩耶だった。つい先ほどまで武蔵に異を唱えていたとは思えないほど明瞭な声。だが、その表裏のなさが摩耶の美点であることを武蔵も知っていた。
 第一遊撃部隊の六人の艦娘が敵艦隊に向けて進撃を開始する。
 最初に隼鷹が見つけていた警戒部隊を鎧袖一触、まったくの無傷で突破した第一遊撃部隊だったが、偵察機の通報か、それとも警戒部隊の通報か。
 ついに深海棲艦の主力部隊が襲い掛かってきたのだった。



「敵主力部隊発見! 戦艦ル級にタ級、空母ヲ級二隻だ!!」
 隼鷹の彩雲が再び敵艦隊を発見し、その規模を知らせてくる。
「今度はさっきみたいに簡単にはいかないんだろうなぁ………」
「どしたの、もっちー。もしかしてびびったの?」
「ヘッ、怖いならアタシの後ろに隠れてな」
 望月の髪を優しく撫でる摩耶。
「ま、今度もちゃちゃっと片付けちゃいましょっかねぇ」
 隼鷹が気楽にそう言ってのける。しかし声の芯には死線をくぐり抜けようとする緊張が見え隠れしていた。隼鷹は自分の発言を「少し失敗したかな?」と思いつつ、真面目な声に切り替えて静かに唱える。
「誅戮凶悪………急々如律令!」
 隼鷹の唱える呪文に応え、隼鷹の左袖から零戦が、彗星が、天山が、攻撃隊が次々と実体化して飛び立っていく。
「ここで叩けるだけ叩いておくさ………いっけぇ!!」
 隼鷹の命令を受けて発進した攻撃隊が敵艦隊に向けて突撃を開始する。対する深海棲艦の空母ヲ級も、帽子のような、はたまたクラゲのような大きな異形の中から昆虫のようなフォルムの小さな異形を飛び立たせていた!
 ヲ級から飛び立った艦載機は本能に導かれているのか、まっすぐ疑問も抱かずに彗星や天山へ襲い掛かろうとする。だが、彗星や天山よりも高空に占位していた零戦五二型が高度を速度に変え、逆に襲い掛かる!
 零戦の放つ二〇ミリ弾が深海棲艦の艦載機を砕き、穿ち、貫く。深海棲艦の艦載機は本能のままに戦おうとしたツケを、その全身で払いつつあった。
 しかし第一遊撃部隊の空母は隼鷹しかいないのに対し、深海棲艦は空母ヲ級を二隻も擁している。いかに隼鷹が正規空母並の搭載機数を誇る空母といえど、倍の数の空母を相手にしては多勢に無勢………。
 否、否である。隼鷹の艦載機に対し、数で優位に立とうとしていた深海棲艦のもくろみを撃ち砕く一撃が、海上から放たれたのだった。
 大空に咲く大輪の花。炸裂した砲弾がばら撒く焼夷弾子が深海棲艦の艦載機を焼き殺す。それは摩耶の放った三式弾の一撃だった。まとまった数で制空権を奪おうとし、密集していた深海棲艦の艦載機に向けて放たれた三式弾が最高のタイミングで炸裂し、最大の戦果を第一遊撃部隊にもたらしていた。
 摩耶の援護射撃を受け、制空権を完全に掌握した零戦隊の庇護の下、彗星と天山が深海棲艦に襲い掛かる。
 ここからが隼鷹の腕の魅せ所であった。
 軍艦であった時は艦載機を発進させた後は、艦載機を収容するまで基本待つのが空母の仕事であった。だが、今の隼鷹は艦娘である。彼女の呪力で彼女の艦載機は一括に操ることができるのだ。彗星隊が深海棲艦の対空砲火を振り切るほどの高速で迫り、そして一機、また一機と翼を翻して針のように尖った機首を敵艦へ向ける。
 まるで地獄への超特急! 彗星がダイブブレーキを広げ、真っ逆さまに敵艦へ向けて突き進む。このまま敵艦に体当たりを慣行するのではないかと思われるほどの勢いで、彗星が見る間に高度を下げていく。だが、ある高度で彗星が真っ黒い爆弾を投下し、そして機首を全力で持ち上げていく。
「ヲッ!?」
 空母ヲ級の頭部の異形に投下された爆弾が命中し、衝撃と熱と………そして機首を持ち上げて飛び去っていく彗星が残していった風が空母ヲ級に吹き荒ぶ。
 小癪な艦爆を追い払うべく、戦艦ル級とタ級が対空砲火を向けようとする。だが、彼女たちが気をつけるべきは空から降ってくる彗星ではなく、海であった。
 プロペラが高波を砕くほどの超低高度を這うように、だが高速で飛翔する天山隊が迫ってきていたのだ。深海棲艦の戦艦であるル級もタ級もレーダーを装備していたが、天山の飛行高度が低すぎて電子の目でも捉えることはできなかったのだ。
 低空を這う暗殺者となった天山が一斉に魚雷を放つ。合計一五本の魚雷が青い海面に、真っ白い航跡を残して伸びていく。天山の投下した魚雷の航跡が伸びきれば、そこには戦艦ル級の姿があった。どう少なく見積もっても三本から四本の魚雷がル級に命中するはずだった。
 だが、次の瞬間であった。
 一体の深海棲艦が魚雷と戦艦ル級の間に立ち塞がったのだ。それは塔のような異形の口から人間の上半身がはえたような怪物、軽巡ホ級であった。軽巡ホ級に天山の投下した魚雷がすべて吸い込まれていき、そして軽巡ホ級は自らを犠牲に戦艦ル級を護ることに成功したのだった。
「へぇ、やるじゃん」
 自らを犠牲にして主力艦を護ろうとし、事実護りきってみせた軽巡ホ級の行動を天山の風防越しに見た隼鷹はその英雄的行動を賞賛した。
 だが、その軽巡ホ級の行動ですら、第一遊撃部隊にとっては予定調和だった。隼鷹の艦載機による攻撃は深海棲艦の隊列を乱すための一手。第一遊撃部隊の本命の一撃。それは重雷装艦の北上が事前に放っていた甲標的であった。
 彗星と天山に気を取られ、海への注意がおろそかになった戦艦タ級にめがけ、甲標的が必殺の魚雷を放つ。戦艦タ級は不意の衝撃に両脚を折られ、急速に力が抜けていく自身に驚く暇も、自分に何が起きたのか理解することもなく沈没していったのだった。
 軽巡ホ級一隻と戦艦タ級一隻を失い、そして空母ヲ級を一隻中破させられた状態で深海棲艦は余力を大いに残した第一遊撃部隊を相手取らなければならなくなったのだった。
「隼鷹、北上、見事だ! 摩耶もよくやってくれた!!」
 長門の賞賛の声にピースサインで応える北上。
「次は我々の番だな、武蔵よ!」
「あ、ああ………」
 先ほどの隼鷹と北上、そして摩耶の連携攻撃。あれは軍艦だった頃では不可能なものであったことは疑いようがない。
『艦娘の力とは、元の軍艦の性能だけではないということだ』
 武蔵の脳裏に、あの夜の長門の言葉が浮かぶ。
『艦娘を磨くのは、艦娘なのだ』
 武蔵の胸の奥で何かがチクリと刺さる感覚が走る。その感覚が具体的に何なのか、それを熟考するだけの時間は武蔵には与えられていなかった。武蔵は首を横に振り、胸の奥の感覚を自覚しないようにしながら、自慢の四六センチ砲を戦艦ル級へと向ける。
 だが………武蔵の主砲砲塔の旋回速度が遅い。照準が定まらない。………いや、砲塔の旋回だけではない。武蔵自身、今は速力が二〇ノットも出せていなかった。
「何だ………? ボイラー圧が、上がらん………!?」
 一発の被弾もしていないにも関わらず、武蔵の全身から力が抜けていく。いや、自分の体が鉛のように重い。それとも両方か。
「武蔵さん? どうしたんだよ、一体!?」
 艦隊の先頭に立つどころか、艦隊の隊列を乱すほどに速力を低下させる武蔵に困惑した様子の望月。
「パワーが、上がらない………」
 望月の困惑に応える間もなく、武蔵は思うようにならない体で強引に照準を合わせ、そして意識の中の引き金を引いた。
 それを合図に三連装砲三基、合計九門の四六センチ砲が斉射を開始する。手馴れたはずの四六センチ砲発砲の衝撃が、今の武蔵には全力で踏ん張らなければならないほどに大きくのしかかる。
 武蔵に狙われた戦艦ル級は両の手に装備した、砲門のついた盾のようなものを構え、その身を隠す。
 ぐゎんと重い金属と重い金属同士がぶつかりあう鈍い轟音。古来より幾度となく比較されし、矛と盾の争い。
「………ニィ」
 此度の争いは盾の勝ちであった。武蔵の攻撃を防ぎきった戦艦ル級が、双つ盾の向こうに身を隠したまま、盾についた砲を武蔵へと向ける。
 そして戦艦ル級の一六インチ砲が………放たれるよりも早く、右と左の盾の隙間を縫って一弾が戦艦ル級の腹に突き刺さる。
「ゴフッ………」
 望月の放った一弾によって腹を貫かれた戦艦ル級は照準が完全に狂わされ、彼女の放った一六インチ砲弾は武蔵とは全然関係のない場所に巨大な水柱を立てるだけだった。
「………くっ」
 武蔵の二斉射目が、今度こそ戦艦ル級の盾を穿ち抜く。武蔵の意地が貫いた一撃が戦艦ル級を海中へ引きずり込んでいく。
「武蔵さん、大丈夫なの!?」
「どうしたんだ、武蔵?」
 戦艦ル級をしとめながらも歯を食いしばった苦渋の表情を浮かべる武蔵に第一遊撃部隊のメンバーが集まってくる。
「ボイラー圧が上がらない………パワーが、出せないんだ………」
 武蔵はまるで生まれたての子馬のように、震える脚で自分の体を支えていた。
「司令部! 武蔵が不調だ。撤退の許可を!!」
 武蔵の不調を見て取った長門が司令部に打電する。しかし司令部からの返答が来るよりも早く、第一遊撃部隊は黒に囲まれていたのだった。
「!? いつの間に………」
 第一遊撃部隊の周辺海域を染めるドス黒い液体。その液体が盛り上がったかと思うと、瞬く間に液体がヒトの形を造り、そして深海棲艦として海の上に立つ。戦艦ル級、タ級、空母ヲ級が再び海上にて艦娘たちに殺意を向ける。
「ヨク来タナ………艦娘ドモ………」
 黒の中から生み出された深海棲艦の艦隊の中で一際大きな黒の塊から現れた深海棲艦が妖艶な笑みを浮かべつつ言葉をつむぐ。彼女は鎮守府側で泊地棲姫と呼ばれている。深海棲艦の中でも大多数の深海棲艦を指揮することができる指揮官クラス、「姫」にカテゴライズされている強敵であった。
「泊地棲姫………」
 南方海域での決戦では飛行場姫と戦艦棲姫の撃破を優先し、泊地棲姫は存在が確認されていたものの撃破することはなかった。まさかあの時の泊地棲姫が残存戦力を集結させて、再び立ちふさがるとはな………。長門が苦い内心を隠しつつ、泊地棲姫を睨む。
「だが、何度来ても同じことだぞ、泊地棲姫。我ら艦娘、お前たちなどに遅れはとらぬ」
 長門の視線を正面から受けながら、しかし泊地棲姫は余裕で肩をすくめてみせる。
「オオ、コワイコワイ………ダガ、ソチラノ艦娘ハドウカナ?」
 泊地棲姫のアルビノの指が指し示す先。そこには立つことさえやっとになっている武蔵がいた。
「オ前タチノ切札デアル大和型戦艦、ソノ片割レヲココデ沈メル。コレガ私ノ意地ダ!」
 泊地棲姫の周囲を護るように漂う浮遊要塞。その浮遊要塞を優しく撫でつつ、泊地棲姫が宣言する。
 その言葉を聞いて長門は一つだけ合点がいった。なるほど。深海棲艦も南方海域から撤退したことに対する言い訳としての戦果が欲しかったと言うことか。………しかし誰のために? いや、それは今考えていても仕方のないことか。
「武蔵、立てるな?」
「どうするのだ、長門………」
「決まっている。奴らを打ちのめし、鎮守府に帰るのだ………よし! 艦隊、この長門に続け!!」



「雑魚ニ構ウナ! 武蔵ダケヲ狙エ!!」
 泊地棲姫の命令を受けて空母ヲ級が艦載機を繰り出す。
「『雑魚』だぁ………? 随分舐めた口聞いてくれっじゃないの!!」
 泊地棲姫の命令を聞いた摩耶が激昂する。彼女の撒き散らす対空砲火がまるで線のように空へと伸び、そしてヲ級の放った攻撃機を絡めとっていく。
 ならばと戦艦タ級が羽織っているマントの奥から一六インチ三連装砲塔を出し、摩耶を狙い撃とうとする。だが、タ級に飛び掛る巨大な影がタ級の砲撃を阻害する。影の正体は戦艦長門であった。
「陸奥よ、技を借りるぞ!」
 長門がタ級の腕を取り、そして腕を極めながらブゥンと投げる。腕の骨が折れる音と逆転する天と海………そして待っていたのは雷の如き一閃の蹴りであった。あの夜、長門が武蔵に繰り出した最後の一撃。あの時は加減されていたため武蔵の腕も顔も無事だったが、今日は本気で繰り出されているのだ。タ級の腕は投げる際の衝撃で折れ、そして投げられて天海逆転したタ級の顔面に長門の蹴りが容赦なくめり込んだ。
 だが、戦艦ル級と泊地棲姫の砲撃が武蔵を狙う。
「うわっ!」
 ル級の放つ一六インチ砲弾と泊地棲姫の巨大で長大な重砲が武蔵に何発も突き刺さる。自慢の四六センチ三連装砲の三番砲塔は、その分厚い装甲で敵弾に貫かれることはなかったが着弾の衝撃でバーベットが歪み、砲塔の旋回が不能となる。また、一番砲塔手前に着弾し炸裂した重砲弾は一番砲塔の砲身を容赦なく千切っていく。武蔵自身の右腕も曲がってはいけない方向へ曲がり、鈍い痛みが武蔵の神経を走る。
 武蔵は残った二番砲塔が反撃を試みるが、パワーの上がらない今の武蔵では照準がまるで定まっておらず、ル級の現在地とはまるで見当違いの場所に水柱を立てるばかりだった。
「ちくしょー! あっちいけよ!!」
 望月と北上が武蔵を庇いつつ砲撃を試みるが、泊地棲姫はモノともしない。
「もっちー、少し遠いけど魚雷撃つよ! とにかく敵を離そう!!」
 北上の言葉に頷く望月。
「いや、待て………」
 しかし、それを制止した者がいた。武蔵本人であった。
「魚雷はもっと敵に近づいてから撃て。ここで撃っても命中は見込めない」
「武蔵さん、そんなこと言ってる場合じゃ………」
「まだだ………まだ、この程度で、この武蔵は沈まんぞ………ッ!」
 もはや満身創痍といっても過言ではない武蔵だが、それでも歯を食いしばり、思うように動かない体を引きずりながらも戦いを止めようとしない。そして武蔵は泊地棲姫たちの方に向かっていこうとする。しかしそれは誰の目にも無謀な突撃であった。武蔵の唯一残っていた第二砲塔もさらなる被弾でついに沈黙する。
「長門、敵の攻撃はこの武蔵が引き受けた! 敵を撃つのは、お前たちに任せる!!」
 ………思えば軍艦だった時もこうだった。恐らく、これが私の、武蔵の運命と言うものなのだろう。深海棲艦の攻撃を一身に集めながら、しかし武蔵の表情はむしろ清々しいものがあった。
「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ!」
 ならば一思いに殺してやるとばかりに戦艦ル級が武蔵に砲を向ける。
「させぬよ!」
 だが長門がル級のトドメの一撃の前に立ちふさがり、武蔵を庇ったのだった。しかし長門もル級の攻撃を受けて無事ではなく、中破する。
「馬鹿な………! 何故私を………」
「馬ッ鹿野郎! 仲間を助けるのは、当然だろうが!!」
 怒声に近い叫び声をあげて、一人の艦娘が矢のような勢いでル級めがけて飛び蹴りを浴びせる。艦娘の飛び蹴りを背中に受けたル級の膝が崩れ落ちる。飛び蹴りを浴びせた方の艦娘は、ル級の背中を使ってさらに跳び、バク宙を決める。ル級が膝をついた際にあがった水飛沫を前にバク宙の状態から両手にはめた二〇センチ砲を乱射する艦娘………そう、摩耶であった。
 摩耶のアクロバティックな連撃を受け、戦艦ル級が爆発の中で沈んでいく。
「仲間………?」
 摩耶の言葉を武蔵がもう一度呟く。その声色は摩耶の言葉の真意を測り損ねているようだった。
「まだわかんないの!」
「望月………」
「今の深海棲艦に対抗できる方法は、たった一つしかないんだよ! みんなの、すべての力を活かす、チームワークだ!!」
「しかし、パワーが………」
 武蔵に向けて、再び空母ヲ級が艦載機を放とうとする。だが、隼鷹の放った攻撃隊が空母ヲ級に襲いかかり、逆に空母ヲ級の方を撃沈する!
「心配すんなって! あたしたちがついてるぜ!!」
「グ………マダ、終ワリデハナイ!!」
 泊地棲姫が右腕を掲げる。それを合図に再び深海棲艦が姿を現す………だが、その深海棲艦の増援部隊に連続して立つ水柱。重雷装艦の北上が、そんなこともあろうかと甲標的を再度発進させていたのだった。
 熱血漢ではなく、むしろゆるい性格の北上だが、こういう時はどうするべきか知っている。武蔵に対してサムズアップで促してみせたのだ。
「ぐ、おあああ………」
 武蔵の中で、何かが動き出そうとしている………。ボイラー機関とはまた違う、もう一つの何かが!
「どうした!? 早くしろ!!」
「く、あああああああ………ッ!」
 荒い息で、だがしっかりと歩みを続ける武蔵。泊地棲姫が砲撃を浴びせるが………当たらない。おぼつかない足取りに見えるが、武蔵は確実に泊地棲姫の攻撃を回避していた。しかしついに武蔵のパワーが切れたのか、武蔵が膝をつきそうになる………。
「何してるんだ、武蔵! さっきまでの元気はどこいったんだ!?」
「立ち上がるんだ! 情けねぇぞ!!」
「最後まで諦めちゃダメだよ!!」
 隼鷹が、摩耶が、望月が、それぞれの言葉で武蔵を支える。
「むぅうううう………ッ!!」
 武蔵の中で、何かが、何かが………。
「武蔵よ! お前の力は、そんなものだったのか!?」
 長門の叱咤が武蔵を打つ。
「うぉおおおおお………!! くそったれがああああああああああ!!!」
 世界最大最強の戦艦であるという自負。周囲の期待に応えなければならないという義務。そして戦争のための道具である軍艦という意識。今、武蔵を縛っていたすべてが「くそったれ」の言葉と共に解き放たれ、艦娘としての武蔵が動き出す。武蔵の中に、「心」という名の新しい機関が生まれ、その機関が無限に等しいパワーを生み出す! 武蔵の全身にパワーが戻り………否、軍艦であった頃よりもはるかに巨大なパワーが溢れこむ!!
「やった………!」
 望月の言葉に満足げに頷く一同。
「いくぞ!!」
 武蔵が左手に持っていた九一式徹甲弾を泊地棲姫に向け突きつける。
「ソンナぼろぼろノ体デ………何ガデキル!!」
 泊地棲姫はそう吼える。だが、それはあまりに無様な虚勢であった。
 今の武蔵には「心」がある。心は熱き流れとなって武蔵の体を満たす。
 そして今、武蔵は一途な思いを一筋のイカズチに変え、偽りの闇の鎖を断ち切ってみせるのだ。
(そう、今の私は艦娘………軍艦ではない。だから、砲がなくても戦える!)
「これが、この武蔵の………心の結晶だ!!」
 武蔵は手にしていた九一式徹甲弾を離す。重力に従い、九一式徹甲弾が落下する………。武蔵はその落下する九一式徹甲弾を蹴り、九一式徹甲弾を泊地棲姫に向けて放ったのだった。自らの脚を撃鉄にして砲弾を撃つ。それは軍艦では絶対に出来ない真似だった。
「ウ、ウオオオオオオ!?」
 武蔵の放った一弾を受け止めようとする泊地棲姫。だが、それは無茶な行動だった。世界最強最大の艦砲である四六センチ砲の一撃を受け止める装甲など、大和型本人でなければ存在しないからだ。
「馬鹿ナ………!!」
 それが泊地棲姫の最期の言葉であった。泊地棲姫は再び真っ暗で静かな海の底へと還っていく………。
 泊地棲姫の最期を見届けてから、武蔵がガクリと崩れ落ちそうになる。それを抱きとめたのは長門だった。
「武蔵………見事な、見事な心の一撃だったぞ」
「ふふ、まさかこんなにパワーを使うなんて思わなかった………だけど、やっとわかったことよ、長門。艦娘を磨くのは、艦娘なのだな」
「ああ、そうだな」
 長門は武蔵に肩を貸して武蔵を立たせる。
「さ、旗艦として皆に命令してくれ。次はどうする?」
「作戦完了。艦隊、帰投だ」
 武蔵の命令に長門が、摩耶が、隼鷹が、北上が、望月が朗らかな声で「はい」と答えた。



 ………泊地棲姫との戦いで傷ついた武蔵と私はドック入りを余儀なくされた。
 その資材消費量に提督が熱を出したと言う話もあるが、ここでは詳しくは語るまい。
 武蔵はあれで完全に吹っ切れたらしく、最近では艦娘として色々な経験をつんでいこうとしている。
 この間など、私と共に食堂のおば様に料理を教わっていたのだが、武蔵め、卵を割るのに四六センチ砲を使おうとしてな。武蔵と同じく初心者だった頃の私もたいがいだったが、流石の私でもそこまではしなかったぞ。
 何だ、陸奥? 何? 「最初は姉さんも似たようなことしてたから、五十歩百歩でしょ」? 私は卵を割るのに主砲は使わん。副砲を………。
 ………あ〜、コホン。とにかく、大和に加えて武蔵も艦娘として強力な戦力となった今、私も負けているわけにはいかんということさ。
 艦娘は艦娘同士で切磋琢磨し、互いに強くなれる存在なのだからね。


「極めるその先には必ず友軍艦<とも>が」(前編)

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