艦これショートショート
「極めるその先には必ず友軍艦<とも>が(前編)」


 こんにちは。
 大和型戦艦一番艦の大和です。
 鉄底海峡<アイアンボトムサウンド>とまで言われたサーモン海をめぐる戦いの末、莫大な資源と膨大な時間、そして多くの艦娘の血が流れることになりましたが、最終的には我が艦隊は勝利を収めました。
 そして鉄底海峡の最深部で大和型戦艦二番艦の武蔵を保護することに成功し、我が艦隊はさらなる戦力の増強に成功したのでした。
 艦隊に合流した武蔵は何度かの演習の後、サーモン海の戦いの敗北で散り散りになっている深海棲艦の追撃任務に戦艦長門さんたちと共に赴くようになったのです。
 これはそんな時期のお話です。



 艦娘たちの活躍で暗雲の晴れた南方海域。
 南方海域での決戦では出番のなかった軽空母隼鷹にとって、今日は久方ぶりの出撃であった。本来なら豪華客船として誕生するはずだった隼鷹にとって、出撃から遠ざかる日々は望ましいはずなのだが、しかしどこか口惜しさも感じていた。
 ………皮肉なモンじゃないか。望んで軍艦になったわけじゃないのに、戦から遠ざけられることを悔しがるなんて。
 隼鷹は心の内でそっと呟いた。しかしそれはおくびにも出さず、代わりに努めて明るい声をあげた。
「ビンゴ! 敵艦隊発見だ」
 今から半時間ほど前に発進させていた彩雲が敵艦隊発見を報せてきた。
「敵艦隊の規模は?」
「ル級が二隻にリ級が一隻、あとは駆逐艦だ」
「っしゃ! 腕が鳴るぜ!!」
 そういって両の拳をあわせ、本当にポキポキ鳴らし始めたのは重巡摩耶だった。明朗にて快活。表裏のない摩耶は発見された敵艦隊に戦意を隠そうともしない。
「いこうぜ、長門さん!」
 摩耶はそういって右手を揚げる。
「摩耶、そう逸るな。それに、今日の旗艦は私じゃない」
 摩耶をたしなめるような口調で応えたのはスラリと伸びた長身と、対照的に巨大な艤装を背負った艦娘だった。彼女こそ戦艦長門。ビッグセブンの誉れを受けし、偉大な戦艦の力と記憶を受け継ぐ艦娘なのだ。長門は後ろにいる艦娘に尋ねた。
「敵艦隊発見だが、どうする? 命令を」
 長門に質問を投げられた艦娘が、左手でそっと眼鏡の位置をなおす。
 長門の背負う四一センチ連装砲よりもさらに長く、そして巨大で、なおかつ一門多い四六センチ三連装砲塔を三基も主に備えた巨大な艤装。
 よく日に焼けた褐色の肌と、サラシを巻いていても艤装に負けないほどに豊満な肢体。そしてアンダーフレームの眼鏡。
 彼女こそ鉄底海峡での死闘の果てに、ついに実戦配備された超弩級戦艦武蔵だった。
「よしてくれ、長門。私はまだ艦隊に合流したばかり。右と左くらいはわかっているが、自分の判断が絶対と思えるほどの自信はないよ」
「わかった。ならば先任として助言はしよう。で、命令は?」
「敵艦隊に向けて突撃、だ」
 武蔵の力強い断言に、長門はニコリと微笑み返した。武蔵の命令に、全面的に賛同しているという顔だった。それを見てから武蔵は強く達した。
「よし、全艦、この武蔵に続けェッ!!」



「ただいまー!」
 鎮守府に響く元気に満ちた声。その声は隼鷹のものだった。
「あら、おかえりなさい」
 隼鷹の声を迎えたのは凪いだ海のような慈愛を秘めた声だった。
「や、鳳翔さん。今日も無事に帰ってきたよ」
 軽空母の艦娘、鳳翔に向けて手を振る隼鷹。彼女は隼鷹の少し頬を砲煙で汚した姿を見て、ほっとした面持ちを見せた。
「よかった。どこも怪我はなさそうね」
「まーね。ま、ちょっと汚れちゃったし、袖がほつれたけどね」
 隼鷹はそういって両手を広げ、巫女装束に似た自身の服を鳳翔に見せる。
「なら、あとで修繕しますから、洗濯籠とは別に置いておいてください」
 海軍史上、初めて純粋に空母として誕生した鳳翔が優しく告げる。隼鷹は鳳翔の申し出をありがたく受けることにした。
「お夕飯、もう少しで出来ますから、シャワーでも浴びてきたらどうですか?」
「そーね。そうします」
 そう言って艦娘用大浴場、通称ドックに向かう隼鷹を横目に、姿を現したのは大和だった。
 朝方に出撃したはずの隼鷹がもう戻ってきている。と、いうことは………
「鳳翔さん、艦隊が戻ってきたんですか?」
「そのようですね。武蔵さんや長門さんは提督に報告をしているでしょうから、もう少しかかるかもしれませんが………」
 噂をすれば何とやら。戦艦艦娘特有の巨大な艤装を背にした長身の美女が二人、鳳翔たちの前に姿を見せた。
「無事、艦隊が帰投したぞ………」
「作戦終了だ。艦隊が帰投したぞ」
 二人の美女とは大和型戦艦の艦娘、武蔵と長門型戦艦の艦娘、長門であった。二人とも若干の損傷が見られるが、しかし戦闘力そのものにはわずかな陰りも見られなかった。それは深海棲艦の攻撃は、二人の重厚な装甲を抜くことはできなかったという証左である。
「おかえりなさい、武蔵、長門さん。戦果は、いかがでした?」
 大和の声に応えたのは長門だった。
「うむ。戦艦二隻を含む中規模の深海棲艦艦隊を撃破した。こちらの被害は、これくらいかな?」
 長門はそう言うと左腕を大和に向けて掲げて見せる。敵弾を左腕で受けたのだろう、その部分は内出血で紫色になっていた。
「そういうわけで、少し整備が必要だ。申し訳ないが私はドックに入らせてもらう」
 長門がドックの方に向かって踵を返す。その際に彼女の艶やかな黒髪がファサリと揺れる。柔らかな乙女の香りがあたりに撒かれ、大和の鼻腔をくすぐった。
「………ふぅ」
 長門の姿が見えなくなると同時に武蔵が溜息をついた。
「………不機嫌そうね、武蔵」
 姉の言葉に武蔵は少し驚いた顔を見せて、その後で苦く笑う。
「不機嫌というわけではない。どちらかというと、むずがゆい感じだな」
「何かあったの?」
「何、先ほど長門が言っていたろ? 敵の艦隊に戦艦がいたのだが、その二隻とも長門に沈められてな。あげくに敵の重巡に狙われたところを長門に庇われた自分がむず痒いのだ」
 なるほど。長門さんの左腕の内出血の理由はそこにあったようだ。
「そうは言っても、長門さんはこの大和よりも昔から鎮守府にいるのよ。錬度が違うわ」
「そう、だな………だが、大和よ。我ら大和型、今度こそ活躍してみせねばなるまい」
 武蔵はそういうと悔しそうに唇を噛む。鳳翔は大和型姉妹の会話を近くで聞いていたが、あえて口を挟むことはなかった。



 鎮守府の大食堂。一〇〇を超える艦娘たちはここで食事を取ることになっている。この日の晩御飯はチキンカツのおろしソースかけであった。
「すまんが、大盛りを頼めるか?」
 食堂に備え付けられているプレートの中でも、一際大きな、超弩級戦艦用のプレートを二枚持った武蔵が食堂の奥に向けて声をあげる。鎮守府に雇われた近所のおばちゃんのガラガラの声………ではなく、凛とした若い娘の声が返ってきた。
「わかった」
 武蔵はその声の主に気づいて思わずずっこけそうになった。食堂の奥から山盛りのチキンカツの皿を差し出してきたのが長門だったからだ。重厚な戦艦の艤装を外し、
「………どうした? 遠慮せずに取れ」
「な、長門! お前、一体なにをしてるんだ?」
 武蔵の素っ頓狂な声を聞いて、長門はクスリと微笑んだ。
「もちろん、お手伝いだ」
「な、な、ナンデ………?」
 狼狽のあまり、何をしゃべればいいのかわからないという武蔵に、食堂任務で徴発されて鎮守府に入ったおばちゃんが応えてくれた。
「最近、長門ちゃんったらアタシたちの業務を手伝ってくれるようになってね。ホラ、今日のチキンカツのおろしソース。コレね、長門ちゃんが作ってくれたのよ!」
 縦に小さく、横に大きなおばちゃんがガラガラの声でまくしたてる。
 料理? 長門が料理だと!?
「長門ちゃん、ほんの数ヶ月前は包丁を持ったことすら初めてだったんだけどね、今じゃおばちゃんたちよりよほど美味しい料理が作れるようになったのよ! 昔なんて卵割るのに砲弾持ってこようとしてたくらいなのにねぇ」
「おば様、その話はもうやめてください………」
 楽しそうにお料理初心者だったころの長門の醜態を話そうとするおばちゃんに、長門は顔面を真っ赤にしておばちゃんに頭を下げていた。
「アッハッハッ! ま、そんなわけだから、アンタもたんと食って、御国のためにがんばるのよ」
「あ、ああ………」
 おばちゃんの大きな笑い声に気圧されながら、武蔵は山盛りのチキンカツのおろしソースかけとご飯と味噌汁を持って座席に向かったのだった。
 頭のどこかがぼんやりと霞がかったような体の武蔵だったが、席についてチキンカツを一口すると、たちまちに頭の中の霞が吹き飛んでいった。
 ………美味い! このあっさりとしたおろしソースがチキンカツの油をうまく中和し、油で胃がもたれることがない………これならいくらでも食べられてしまう!
「どうだ、美味いか?」
 エプロンを纏ったままの長門が武蔵の対面に座る。長門の持つプレートにも武蔵のに負けず劣らずのチキンカツが盛られていた。
「驚いた。まさか世界のビッグセブンにこんな特技があったとはな」
「私だって料理を始めたのはつい最近さ。おば様によく教えて頂いたおかげだよ。どうだ、武蔵もやるか?」
 長門の提案に対し、武蔵はどこか憮然とした声と表情で応える。
「………やめておこう。今は深海棲艦の脅威を如何に排除するかにすべてを使いたい」
「………そうか」
 武蔵の拒否の返答に長門は少し残念そうにチキンカツに噛み付いた。
 ………マズイ。いや、チキンカツは美味いが、目の前の艦娘はマズイことになりそうか。



 結局、長門謹製のおろしソース効果でいつもより多く食べてしまったな………。
 別にダイエットを意識しているわけではないが、武蔵は星空の下で走り込みを行っていた。鎮守府の近くにある砂浜で、ただ我武者羅に走る。走って、走って、走り続けることで、武蔵はむしろ胸の内にあるモヤモヤを意識しないようにしていた。
 ………長門が料理を趣味にしている。自分より先に鎮守府に合流しているとはいえ、自分が、この四六センチ砲戦艦の武蔵が、暇な時に料理の特訓をやっていた長門よりも劣っている。
 それは武蔵にとって認めがたいコンプレックスであった。世界最大最強の四六センチ砲戦艦たる自分が、四一センチ砲戦艦よりも劣っているなどと、とても認められるものではなかった。
 だから走る。走って、走って、自分を鍛え、次の戦場では必ず長門以上の戦果をあげてみせる。その意地が武蔵の脚を動かし、彼女に風を感じさせる。
「精が出るな」
 そんな武蔵にかかる声。その声は、今はあまり聞きたくない声だったが………。
「長門か」
「水分は足りているか? 水を持ってきたぞ」
 長門がそう言ってタオルと水筒を武蔵に放り投げる。だが、長門が持ってきたのはそれだけではなかった。タオルで汗を拭いながら武蔵は尋ねる。
「………どういうつもりだ?」
 長門は自分のと、武蔵の艤装を足元に置いていたのだった。夜空の星の、淡い光を浴びて艤装は冷たい輝きをみせていた。
「何、悩める後輩に一つ、稽古をつけてやろうと思ってな」
「一対一でか?」
 武蔵は水筒の蓋を開け、蓋に中身を注ぎながら訊く。長門は黙って首を縦に振った。
 武蔵は水筒に注いだ中身を呷り、再び蓋を閉じてから右親指で唇をそっと拭ってから言った。
「面白い。四六センチ砲戦艦の全力を見せてやる」
 武蔵はぶっきらぼうに宣言すると、長門に水筒を投げ返した。やや強めに投げ返された水筒を、長門も難なくワンハンドキャッチしてみせた。
 そんな二人を少し離れた所で見守る影が多数。その影は鎮守府の艦娘たちであった。
「何だ〜? 龍田から『面白いものが見られる』っていうから来てみたら………」
 左目に眼帯をつけた艦娘が艦娘たちの群れに一足遅れて加わった。
「お、天龍じゃん。遠征、終わったんだな。お疲れさん」
 彼女に声をかけたのは右目に眼帯をつけた艦娘だった。軽巡洋艦天龍と木曾。二人は同じ軽巡で、思考回路も似通っているため仲のよい友達同士だった。
「ラムネ、飲むか?」
「飲む」
 遠征帰りの天龍に木曾がラムネの瓶を手渡して訊く。
「長門対武蔵。あっちで隼鷹が主催でどっちが勝つかのトトカルチョやってるぞ」
 木曾からもらった瓶の栓となっているビー玉を親指で圧し開ける。プシュッという気持ちのよい音と共に、吹き上がってくる炭酸水が天龍の指を濡らす。
「トトカルチョ? そんなの賭けにならんだろ」
 濡れた親指をチュッと舐めながら天龍が肩をすくめる。
「だよなー。摩耶姐さんも『この賭けで誰が武蔵に賭けるんだ?』って言ってたよ」



「さて、今回使用する弾頭はあくまで演習用のペイント弾だ。殺傷力はないが………」
「当たるとそれなりに痛くて、なにより派手に汚れるやつだな」
 艤装を装備した二人の戦艦少女が沖へ出る。空に雲はなく、星と月が暗黒の天から淡い光を注いでくれていた。
「では、いくぞ!」
 武蔵はそう宣言すると海面を滑るように駆け出した。夜の海に武蔵の航跡が刻まれる。
 そしてそれは長門も同様であった。左右の脚が刻む二重の航跡が二つ、相手に近寄っては離れていく………。
「遠慮はしない………撃てェーッ!!」
 裂帛の気迫を込めて、武蔵が吼える。そして武蔵の咆哮に負けないほど巨大な砲声が周囲を満たす。武蔵が三連装砲を三基、合計九門搭載している主砲、人類史上最大最強の艦砲、四六センチ砲が一斉に発射されたのだ。発砲炎の熱と発砲そのものの衝撃が武蔵の全身を熱し、そして叩く。
 だが、武蔵はその衝撃をものともしなかった。そうだ。基準排水量で六五〇〇〇トンを誇る武蔵の膂力は四六センチ砲の斉射をものともしないのだ。
 人が造りし砲熕兵器の至高。大艦巨砲主義の究極。一撃必殺の申し子。雷神の鉄槌………様々な形容で称えられるべき一撃だ。
「ッ!」
 長門はその究極の一撃に対して後ろに跳び退ることで回避してみせた。後ろに跳ぶことで進路を急激に変更する。それは軍艦では絶対に出来ない機動であり、艦娘ならではの戦い方であった。
 しかし四六センチ砲弾が海面に突き刺さることによって生み出される水柱のサイズは太さ、高さの両方で、長門が今まで見た中では最大のものであった。フラッグシップ化した深海棲艦の戦艦や先の南方海域での決戦でまみえた戦艦棲姫でもここまでのものはなかった。
 だが、何より長門が驚いたのはその散布界の小ささであった。武蔵が発射した九発の砲弾が建てた水柱を円で囲った場合、その円の半径は極めて小さなものになっていた。それはつまり武蔵の狙った照準と放った砲弾の弾道がほぼ一致していることを意味している。彼女の砲撃の錬度はとてつもなく高いことになる。
「凄い火力だ………」
 四六センチ砲弾の落着で巻き上がった水の柱が重力によって滝となって落ちてくる。その飛沫を浴びながら長門は一人呟いた。
「さて、反撃だ」
 長門はキュッと歯を食いしばり、そして四基の連装砲の砲身を蠢かせる。それはまるで獲物を狙う蛇の鎌首のようであった。
 次の瞬間、長門の四一センチ砲が咆哮をあげた。合計八発の四一センチ砲弾が弧を描いて撃ちだされる。武蔵の四六センチ砲に比べれば弱いはずだが、しかしそれでも八門もの四一センチ砲の斉射は大艦巨砲主義の象徴であった。
 しかし武蔵の放った砲弾に比べ、長門の放った砲弾の弾道は非常にばらけていた。先ほど話題にあげた、散布界で見れば武蔵の円に比べ、長門の円は二周りほど大きかった。
「長門、何だ、その砲撃は!」
 あまりに無様な長門の砲撃に苛立ちを感じた武蔵がその感情を吐露する。だからといってはあまりに酷だが、武蔵は次の瞬間の対応に遅れた。
 長門の砲撃によって立ち上った八本の水柱。それを貫いて迫る一筋の光。武蔵の動体視力が、その光が模擬弾であると気付いた時、その時はすでにもう手遅れであった。
「なっ!?」
 武蔵の腹部に命中する模擬弾。模擬弾の弾頭が武蔵の腹筋によって潰れ、染み出した黄色の塗料が武蔵のへそを染める。
 四一センチ砲弾が巻き上げた水柱が海面に崩れ落ちる中、武蔵が見たのは模擬弾を投球したであろう長門の姿であった。そう、あの下手糞な砲撃は水柱を建て、武蔵の目をくらませるための布石だったのだ。そして真打の一撃として模擬弾を投げつける………。艦娘は軍艦の記憶と能力の双方を持つ少女だ。ゆえに艤装から砲をすべて外し、九一式鉄鋼弾だけ持たせていても深海棲艦を沈めることはできる。できるが、まさか連撃として模擬弾を投げつけてくるなんて………。
「武蔵!」
 黄色く染まった自分の腹を見て震えている武蔵に、長門が大声で呼びかける。
「どうした? まさか、これで終わりじゃあるまいな!?」
「………ッ! 当たり前だ!!」
 恥辱に震えながらも武蔵は再び海面を滑るように駆け出す。もはや一分の容赦も残さない。長門を沈めるつもりで次の一撃は放つ!
 再びの斉射。四六センチ砲の発砲炎が夜空に咲く。そう、私には提督より与えられた三二号対水上電探だってあるのだ。私は、提督にも期待されているのだ。期待には、応えて………。
 だが、武蔵に降り注いできたのは四一センチ砲弾の雨であった。先ほどの気の抜けた砲撃とはまったく違う、武蔵の肢体を正確に狙った砲撃だった。散布界は、武蔵のそれよりも小さいほどだ。
「馬鹿な!?」
 今度は左腕が黄色く塗装される。ショックだった。長門の砲撃が、ここまでの正確さで放たれていたなんて………。
 武蔵はなおも砲撃を続ける。だが、武蔵の放つ四六センチ砲の砲弾を長門は右に、左に、前に、後ろに、縦横無尽の航跡を描いてすべて回避してみせた。
 もし長門と武蔵、二人の航跡をなぞったとしたら、一つの点が明確になるだろう。武蔵の航跡は直線と曲線が混じってはいるが、基本的には一筆書きのようになっている。だが、長門のそれは子供が適当に描いた落書きのように、一筆ではとても追いきれないほどに複雑に絡み合った航跡となっていた。
 武蔵の航跡は軍艦的であり、長門の航跡は艦娘的、とでも言おうか。
 武蔵の全身が見る間に黄色く染まっていくのに対し、長門は右腕が黄色くなっただけであった。
「くッ………」
 ほとんど当たらない砲撃に業を煮やした武蔵が、進路を長門のいる方へ向ける。こうなったら、長門の腕をつかんででも逃げられなくし、砲撃を浴びせてやる!
 武蔵の自棄になった突進を見た長門がニヤリと笑う。そして自らも武蔵の方に向けて進路を変える。
「長門おおおおおお!」
 武蔵がぐいっと手を伸ばし、長門の肩をつかもうとする。だが、長門は武蔵の伸ばされた腕を掴み、そして………。
「え?」
 武蔵は一瞬、何が起きたのかわからなかった。天と海がひっくり返り、足の先に天が、頭の上に海があって………。そして武蔵の頬に長門の蹴りが! ………さすがに最後の蹴りは当たる寸前で止められた。
「陸奥から教わった技だ。確か、雷とかいったか?」
 武蔵の腕を取った長門は、武蔵の腕を極めながら一本背負いで投げ、頭から落としつつ最後に蹴りを浴びせようとしたのだった。もしも最後の蹴りが寸止めでなかったら、武蔵は大ダメージを受けていただろう。
「あ………」
 バシャン! 長門は武蔵が仰向けになるように海面に投げた。長門に投げられた時に極まった腕がまだ痺れている。これも手加減をしていたはずだ。本気でやったなら、確実に折れていただろうから………。
 そこまで悟り、武蔵は自分の頬を何かが伝っていることを自覚した。「何か」とは涙であった。
「何故だ………」
 最初は力なく呟く武蔵。
「何故、私はお前に勝てない………? 私の体は主砲も、装甲も、照準儀でさえ! お前より優れた最新パーツのはずなのに!!」
 流れ出る涙と悔しさに満ちる声。武蔵が一際大きな声で吼える。
「何故なんだぁーッ!!」
「艦娘の力とは、元の軍艦の性能だけではないということだ」
 武蔵の咆哮を腕を組んで聞いていた長門だったが、不意に口を挟んだ。
「何………? 私たち艦娘に、艦の性能の他に何があるっていうんだ!?」
「艦娘として産まれたばかりのお前ではまだわからんだろう。しかし、いつか気付く日が来る。艦娘を磨くのは、艦娘なのだと」
「艦娘を………磨く?」
 長門の言葉の真意がつかめず、目をパチクリさせている武蔵。長門はそんな武蔵に対して長い髪が揺らし、背中を向けて去っていく。
「それがわかった時、お前は新たな力を身につけるだろう」
「どういうことだ!? 私たち艦娘に、元の軍艦のスペック以外、何があるっていうんだ!?」
 夜空に武蔵の慟哭がこだまする。だが、彼女は自分自身の力で長門の語った言葉の意味を知らなければならないのだった。



 ………一方で、鎮守府からははるか遠い南方の海にて。
 かつて艦娘と深海棲艦との一大決戦が繰り広げられた海で、一つの異変が起きようとしていた。
 夜の闇よりも黒い「何か」がこの海に集まり、そして急速に拡大していったのである。
 そしてその「何か」が最大限まで膨張した時、黒の中から異形の悪魔たちが生れ落ちるのだった。
 深海棲艦。
 飛行場姫と戦艦棲姫を失い、散り散りバラバラの敗残の身となっていた深海棲艦たちだったが、戦艦棲姫の下についていた泊地棲姫を旗艦として、今再び南方海域に降り立ったのであった。
 そしてそんな泊地棲姫に続くは戦艦タ級、ル級、空母ヲ級を始めとする深海棲艦の主力艦たちであった。
「サァ………悪夢ノ夜ハ コレカラヨ………」
 ドス黒い闇の中で泊地棲姫が妖艶に笑う。


次回予告

「くっ、いいぞ、当ててこい! 私はここだ!」

「馬鹿な………! 何故私を………」
「馬ッ鹿野郎! 仲間を助けるのは、当然だろうが!!」

「くそったれがああああああ!!!」

次回、後編
「無口な視線で見守る友軍艦<とも>がいる」


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