軍神の御剣
Lost Number「Project G4」


 一九八三年七月一二日。
 北海道にある大日本帝国陸軍最大規模を誇る根釧演習所。
 この演習所に二台の大型トレーラーと一〇台以上の車が乗りつけられていた。
 今日はそこでProject G4と呼ばれる新型PA開発計画の性能試験が行われる予定であった。
 Project G4とは第四世代(rade )PAの開発計画であり、要するに大日本帝国陸軍の次期主力PA開発計画であった。



 トヨタ製のワゴンカーから降りた一団が二台あるうちの右側のトレーラーに取り付く。そのメンバーは日本人とアメリカ人が半々に混じりいっていた。
 大日本帝国装甲阻止力研究所――通称「甲子力研」とアメリカのアルタネイティブ社のスタッフであった。
 トレーラーの中には一機の鋼鉄の巨人、PA(パンツァー・アーミー)が収められていた。甲子力研とアルタネイティブ社、つまち日米で共同開発されたPAであった。開発コードはX−1である。曲線を主体とした流麗なフォルムを誇っており、さらに均整の取れた体格は見る者を魅了してやまない。
「どうだ? いけそうか?」
 白衣を纏った細身の眼鏡クンがアメリカ人技術者に尋ねる。
「OKネ!」
 アメリカ人技術者は親指を立て、イェイと言った。
「エンジンの調子は? 暴走して爆発だなんて冗談じゃないよ」
 せっかくの艶やかな髪を乱暴に短く切りそろえた釣り目気味の女性が技術者連中を茶化すように言った。彼女の名前はマーシャ・マクドガル。元アメリカ海兵隊にして元傭兵。で、現在は甲子力研のテストパイロットを務めていた。
「マーシャさんか。大丈夫、アンタの旦那を信じるんだな」
 甲子力研の狭山技師が笑いながら答える。
「お、おい狭山………」
 狭山の言葉に顔面を赤く染めながら、弱った声を出したのは田幡 繁であった。X−1開発の中心人物であり、X−1開発のために現場の風を味わう! とわざわざ内戦真っ只中のリベル共和国にまで出かけた変人だった。そして田幡はリベルの戦場でマーシャと出会い、互いに恋に落ち、現在大恋愛中であった。
「アハハ。相変ワラズLoveLoveデスネ〜」
 アルタネイティブ社の技師が田幡を小突きながらからかう。
 こうしてX−1は和気藹々とした雰囲気の下で調整されていた。



 もう一方のトレーラーに取り付いていたのは野嶋重機のスタッフであった。
 野嶋重機は元々はブルドーザーなどの重機を作っていた小さな会社だったのだが、PAの民需用であるMW(マシン・ウォーカー)に真っ先に飛びつき、そしてMWの第一人者となった企業であった。野嶋重機のMWは信頼性が非常に高く、滅多なことでは壊れないことからユーザーからの絶大的な信頼を勝ち取ったのであった。
 そんな野嶋重機はMWで培った技術を活かし、PA業界に殴り込みをかけたのだった。
 野嶋重機の開発したPAは社内ではXN−PAと呼称されていた。XN−PAと書いて「ザンパ」と読む。XN−PAは曲線主体のX−1とは対照的に鋭角的で、威圧的なフォルムを誇っていた。
 ところで民需用のMWと軍事用のPAでは求められる方向性がまったく違う。野嶋重機はそのギャップを優秀な技術者の引き抜きによって埋めていた。
 XN−PA開発の陣頭指揮を取っていたのはシャルロッテ・グリューネバッハであった。ドイツから日本にやってきた技術者である。そして彼女は世界的にも珍しい女性PA設計者であった。彼女の腕と才能は市井のPA設計者では足元にも及ばないほどに高かったが、ドイツにいた頃に所属していた会社の政治力と経済力の無さから彼女の設計したPAは正式採用にはならず、すべて試作で止まっていた。ドイツにいたのでは自分の才能が無駄になると感じたグリューネバッハは日本へ渡ることを決意。そしてちょうど優秀なPA設計者を探していた野嶋重機とめぐり合い、野嶋重機のPA開発計画の主任に抜擢されたのだった。
 グリューネバッハは御年三八歳。しかし生気に満ち、きびきびとした動作を見る限りは三〇代前半にしか見えない。普段は化粧など一切しないが、化粧をすればもう一回りは若く見えるはずだと野島重機の若い男性スタッフは影でため息をついていたりする。
「グリューネバッハ君。大丈夫なのだろうね?」
 野嶋重機の専務取締役である桐嶋 十郎が尋ねる。桐嶋は野嶋重機PA参入を強く推した男で、彼はこの計画に己のすべてを賭けていた。成功すれば次の社長の椅子は自分のもの。しかし失敗すれば左遷は確実である。
 桐嶋に対しグリューネバッハは自信満々に応えた。ドイツから日本に渡ってきて一〇ヵ月ほどしか経っていないにも関わらず、彼女の日本語は完璧であった。
「大丈夫です。私のXN−PAの性能はX−1など相手にもしません」
 グリューネバッハはてきぱきとXN−PAの調整をこなすスタッフを満足気に眺めながら言った。しかし桐嶋は浮かない顔である。
「だがなぁ、グリューネバッハ君。君がXN−PAの要にすると言っていた新型OS、あれはまだ未完成なのだろう?」
「新型OS? フォロンのことですか?」
「そうだ。フォロンの完成を無くしてはV−MAXは使えまい」
 V−MAX無しではX−1に対し絶対的優位に立てないのではないのか? 桐嶋はそう続けた。しかしグリューネバッハは桐嶋の懸念を鼻で笑う。
「フォロンならばすでに完成しております。V−MAXもいつでも発動可能ですわ」
 桐嶋は「君は何もわかっていない」と言いたげに首を振る。
「君の言う完成は、本当に『器ができただけ』にすぎん」
「ほぅ。ヘル・桐嶋は私の設計にミスがあるかもしれないと?」
「デバッグも行っていないシステムを使うなど………。リスクが大きすぎると言っておるのだ」
「何ですって!?」
「いいか、グリューネバッハ君。V−MAXの発動は禁じる。試験はこれで終わりではない。次の時までにフォロンを完成させておけば充分に巻き返せる」
 桐嶋は「今は臥薪嘗胆の時なのだ」とグリューネバッハの肩を叩く。しかしグリューネバッハは唇を噛み締め、桐嶋の決定に不服の様子であった。



 二つのトレーラーでそれぞれのPAの整備を行っている集まりとは別に第三の集まりがあった。
 その集まりはProject G4のすべてを任されている帝国陸軍の評定官の一団であった。彼らはテントを張り、そこで二体のPAの調整が終わるのを待っていた。
 Project G4の総責任者である佐藤中佐は二体のPAの書類を捲りながら言った。
「X−1の方はまさに今までのPAの集大成といった感じだな」
 佐藤の言葉を受けて部下の西谷大尉が言った。
「はい。機体そのものは今までのPAの延長にすぎず、ただの高性能機であります。ですがX−1はフライヤーシステムという新開発の飛行システムを搭載する予定だそうです」
「フライヤーシステムか。それを搭載することでX−1は自在に空を舞うことができるのだったな」
「はい。PAでありながら対地攻撃機としての特性も併せ持つことができ、その利点は計り知れないでしょう」
「そして最大の目玉はG−Mk2か」
「ええ。今回のProject G4は新たに開発されたばかりの小型核融合炉を搭載しており、ガスタービン駆動の従来機よりはるかに強大な出力を出すことができます。それを利用して、甲子力研が作った戦略ビーム砲であるGキャノンの改良型であるG−Mk2を使用可能としたわけです」
「Gキャノンの破壊力の凄まじさは聞いているよ。何でもリベルに持ち込まれたソ連の陸上戦艦を一撃で沈めたとか」
「はい。それが使えるということは最強の攻撃力を持ったPAだといえるでしょう」
 ただ、と西谷は肩をすくめて言った。
「問題はフライヤーシステムとG−Mk2が未だ開発中であることですかね」
「それがネック………といいたいが、それでもX−1のスタッフは自信満々なのだろう?」
「はい。それらが無くても充分にこの試験を勝ち抜くことができると豪語しております」
「その言葉通りだといいがね」
 佐藤はそう言うとX−1の資料を置き、XN−PAの方を手に取った。
「XN−PAの方は『未来のPAはこうなる!』といった未来への挑戦のようなPAだな」
「はい。機体のあちこちにスラスターとバーニアを搭載し、従来機を問題にしない超高機動性を持つPAとなりました」
「ふむ」
「この機体は空を飛んだり、戦略ビーム砲を搭載したりはしません。ですがその代わりに新型OSを搭載しております」
「フォロン………とかいったか?」
「はい。このフォロンはアメリカ軍のガンスリンガーシリーズに試験的に搭載された緊急回避システム『ウラヌス』をさらに発展させたような形だといえるでしょう。このフォロンは自己判断能力をも備えており、PAを常に最適に動かすことができます」
「ふむ。そしてフォロンの能力をフルに使うのが………」
「はい。XN−PA最強の武器であるV−MAXですね」
「V−MAXか。確かXN−PAの出力を100%にまで引き上げた状態で行う超高機動戦闘形態だったな」
「はい。開発者のグリューネバッハ女史曰く、V−MAX発動時のXN−PAを捉えることは不可能だそうです」
「そこまで豪語するのか。どんなモノなのか楽しみだな」
「佐藤中佐」
 その時、一等兵の階級章をつけた男が敬礼して告げる。
「準備が整ったそうです」
「そうか。では行こうか。新型機の実力を見に」
 佐藤と西谷は腰を上げてテントを出た。二人の瞳はこれから見ることになる新型PAに対する期待で輝いていた。



 試験項目は多岐に渡った。
 初歩の初歩ともいえる歩行から戦闘機動、さらには射撃性能とPAに要求されるありとあらゆる事柄が事細やかに調べられていった。
 X−1は今までのPAの集大成ともいえる基本設計が功を奏し、すべてにおいて佐藤たちをうならせるほどの好成績を示していた。
 しかし対するXN−PAの方は不調であった。やはりデバッグのすんでいないフォロンはまだまだ未成熟だったのか、フォロンの指示は「最適」から一拍ほどズレていた。そのためにXN−PAの成績は思ったよりは振るわなかった。
「ふぅむ。新型OSフォロンには期待していたのだがなぁ」
 帝国陸軍の評定官の一人が明らかな失望の言葉を漏らす。その呟きは風に乗ってグリューネバッハの耳元へ流れていった。グリューネバッハはその言葉を発した評定官をキッと睨みつける。そして周囲が驚くほどの大きな怒声を発した。
「フォロンの実力はこの程度ではありません。V−MAXを発動させます。そうすればフォロンの素晴らしさがわかるでしょう」
「V−MAX」の単語を聞いた帝国陸軍の将官たちは「おお」と期待にざわつく。しかし桐嶋はグリューネバッハに言った。
「グリューネバッハ君! V−MAXの使用は………」
「ヘル・桐嶋、今使わなければ、今使わなければ私のXN−PAが不当に評価されてしまうのです! 私はそれには耐えられません!」
「………グリューネバッハさん」
 グリューネバッハと桐嶋の言い争いに佐藤が割って入る。
「今回の試験で最終決定が下される訳ではありません。次回の試験でフォロンを完成させておけばよいではないですか」
「見ろ、佐藤中佐もああ言っておられるのだぞ」
「おだまり! 貴方たちに、貴方たちにフォロンの、私の何がわかるというのですか!」
 また私のことを理解できない愚か者たちに、私の息子たちが評価されないというのか。もう、そんなのは沢山だ!
 グリューネバッハは周囲の制止も聞かず、XN−PAに繋がっている端末に取り付き、キーボードを素早く打つ。
「よせ、グリューネバッハ!」
 V−MAX発動の命令を下そうとするグリューネバッハの腕を桐嶋が掴み、捻じ伏せようとする。しかしもはやV−MAX発動のことしか目に無いグリューネバッハは、女性のモノとは思えぬ力で桐嶋を突き倒し、エンターキーを押した。



 XN−PAのテストパイロットは何やら野嶋重機のXN−PA開発陣が揉めているのをコクピットのモニター越しに眺めていた。次は遠隔操作の無人機を相手にした格闘戦のテストのはずなのだが、野嶋重機の開発陣が揉めているためにGOサインがでないのであった。
「何だ? 何があったんだ?」
 テストパイロットは無線のスイッチを入れ、開発陣を呼び出そうとする。現状を説明してもらうためだ。しかし急にXN−PAは出力が落ち、身動きが取れなくなる。
「何だ?」
 テストパイロットは急に活動を停止したXN−PAに怪訝な声をあげる。予備電源で動いているはずのフォロンを呼び出して原因を尋ねようとするが、フォロンも応えない。
 フォロンがバグで停止したのか? チッ。できたてほやほやのOSはこれだからいけねぇ。
 内心でそう毒づいた時、XN−PAの動力が急に息を吹き返した。
 息を吹き返したかと思うと、急に出力が上昇する。XN−PAの動力である小型核融合炉の出力が80%を超えた………いや、まだまだ上昇している! さらにはXN−PAの計器が狂ったとしか言いようが無いほどに動き始める。
「何だ!? 何が起きて………」
 テストパイロットは最後まで言い終えることができなかった。
 そしてXN−PAは外部からの指令によってV−MAXを発動させ………。



「お、おい………。XN−PAが………」
 西谷が呆気に取られた表情でXN−PAを指差す。
 V−MAXが発動したXN−PAはカメラアイを不気味に紅く光らせると、機体の各部から蒼い光を放ち始める。これはV−MAX発動に伴う熱量の増大に対抗するための冷却材が散布され、機体を蒼く見せているのであった。
「!? え?」
 XN−PAに続いて無人機の遠隔操作システムが異常を見せる。
「これは………フォロンだ。フォロンがシステムを強制的に立ち上げている!」
「何だと!?」
 次の瞬間、遠隔操作された七二式装甲機兵『鬼神』が立ち上がり、XN−PAに向かう。
「試験は中止………といってもフォロンがシステムを乗っ取った以上、こちらから止めることは不可能に近いだろう………」
 佐藤は色を失った顔で言った。
「このまま試験を続行する!」
 そしてグリューネバッハに言った。
「グリューネバッハさん。万が一のことがあれば、貴方を警察に………」
 しかしグリューネバッハは佐藤の言葉など耳に入っていなかった。彼女はV−MAX発動によって蒼く光り輝くXN−PAにのみ意識が向かっていた。その眼は恍惚としていた。
「中佐!」
「む!?」
 鬼神が動き、XN−PAに向かって駆ける。しかし鬼神はXN−PAに触れることすらできなかった。XN−PAは蒼い残像を残して消える。………佐藤たちには「消えた」としか言いようが無かった。XN−PAの動きは人間の動体視力の限界をはるかに超えていたのだから。佐藤たちがようやくXN−PAの位置を捉えた時、XN−PAは鬼神の背後を取っていた。
 ガキィッ!
 XN−PAの手が鬼神の顔を掴む。そしてXN−PAがわずかに力を込めただけで鬼神の頭部は砕け散る。小型核融合炉を搭載したXN−PAのパワーは圧倒的であった。
「お、おお………」
 誰もが意味を為さない呻きあげるのみだった。V−MAXのパワーは圧倒的であった。独りグリューネバッハが言った。
「フォロン………。さすがよ、フォロン………。完璧だわ………」
 彼女の瞳にはXN−PAとフォロンのみしか写っていなかった。彼女は越えてはいけない線を越えてしまっていた
「………はっ」
 佐藤はようやく我を取り戻す。そして部下たちに命令する。
「お、おい! XN−PAに乗ってるパイロットを回収しろ!」
 あんな無茶な動きをやったんだ。中のパイロットはタダじゃすまないぞ………。
 佐藤の心配は的中した。XN−PAのテストパイロットはV−MAXの高機動に耐えられず、内臓と骨を圧し崩されて絶命していたのだった。



 前代未聞の大惨事があった一九八三年七月一二日の夜。
 田幡たち甲子力研&アルタネイティブ社の者たちは根釧演習所の宿舎に泊まる事となっていた。
「………グリューネバッハ女史はとりあえず個室に収監されることになったらしい。明日にでも札幌の精神病院に入るらしい」
 狭山がバツの悪そうな表情で言った。
「そう………」
 たいていのことではくじけないマーシャですら表情が暗かった。
「ドイツ時代に自分のPAが採用されなかったことからノイローゼの兆候は元々あったそうです。最近はそれにXN−PA開発での徹夜がかさんでしまい、余計に負担となったのでしょう。一応、野嶋重機でも彼女に休養を取るようにと言ったそうですが………」
 田幡はやりきれない表情で言った。
「彼女は頑なにそれを拒んだそうです」
「俺たちが悪い訳じゃないが、同じ技術者としちゃ後味の悪い話だぜ」
 自分に任された計画に没頭するあまりにノイローゼとなり、それが原因で発狂するなんて、技術者にとっては悪夢のような話だった。技術者というのはついつい寝食を忘れがちとなる。グリューネバッハは寝食を忘れすぎて壊れてしまったのだった。
「結局、XN−PAに搭載されていたフォロンって何だったのさ」
 マーシャが田幡に尋ねる。
「要するに、何が何でも自機を守るためのシステムです。そういう意味ではガンスリンガーなどに搭載された緊急回避システム『ウラヌス』に類似した点は多いでしょう。でも決定的に違う所もあります」
「それは?」
「それはフォロンが護るべき対象にしていたのが、あくまで『自機のみ』だということです。中に乗っているパイロットの命はまったく考慮されていないのです」
「で、自分を護るためだけの緊急回避システムがV−MAXかい? まったく変な話だね」
「同意します。これはあくまで推測ですが、グリューネバッハさんにとってXN−PAは自分の息子。自分の息子を敵に破壊されたくない。息子を護るためにはすべてを犠牲にしてもいい。その思いがフォロンを生み出したのでしょう」
「だけどよぉ、田幡」
 今度は狭山が田幡に尋ねる。
「何でXN−PAは無人機にしなかったんだ? 無人機だったらV−MAXも使い放題じゃねーか」
「ああ、それはフォロンの限界なんだ」
「何?」
「フォロン単独での参戦遂行時間はせいぜい一〇分未満しかないんだ。これでは兵器にならない。そこでフォロンにバトンを渡すまでの運搬役として人間が必要だったのさ」
「何だか本末転倒だなぁ」
「まぁね。グリューネバッハさんは高性能を追及しすぎて初歩的なことを見落としてしまったのさ」
「タバタ、お願いだから貴方はグリューネバッハみたいにはならないでよ?」
 マーシャが心配げに田幡の手を取る。田幡はマーシャの手をしっかと握り締めて言った。
「私は大丈夫ですよ。だって私は人を護るためのPAしか作りませんから。彼女が作ろうとしてたのは高性能のPA。元が違うから彼女のようにはなりませんよ」
「うん………。信じてるからね、タバタ」
 マーシャは人目もはばからずに田幡の唇に自らの唇を重ねる。狭山は所在無さ気に視線をそらした。



 一方でグリューネバッハはあてがわれた個室の端に座り込みながらブツブツと独り言を繰り返していた。
「なぜわからないの………わたしのフォロンのすばらしさが………なぜ………」
 彼女は指の爪を噛みながらある結論に達した。
「このままじゃわたしのフォロンがおろかものたちにこわされる………フォロン、わたしのかわいいフォロン………にげて………ここにいたらはかいされる………」
 グリューネバッハはすっくと立ち上がるとあらん限りの声で叫んだ。
「フォロン、にげて!!」



「この中に暴走を起こしたPAがあるんだって?」
 根釧演習所の第五格納庫にXN−PAは封印されていた。聞くところによれば明日にでも解体のGOサインがでるそうだ。一先ず解体のGOサインがでるまで第五格納庫は立ち入り禁止となり、一〇名以上の警備兵がつくようになっていた。
 警備兵の一人の柏木上等兵が同じく警備兵の田中一等兵に訊いた。
「どんなんなの、そのPAって?」
「何でも自機を護るために中のパイロットがグチャグチャになっちまうくらい無茶な動きをやったらしいですよ」
「ヘー。無茶苦茶な話だね」
「そんなPA、いくら詰まれても乗りたくないですよね」
「俺、歩兵でよかったかもしんない」
「まったくですよ」
 二人はそう言って笑いあう。
 その時、第五格納庫が揺れていることに田中は気付く。
「あれ? 格納庫、揺れてません?」
「えー? そんなバカな………」
 柏木がそう言った時、格納庫の壁が貫かれ、そこから機械製の腕が突き出てくる。突き出た腕は、ぶち開けた穴を無理やりにこじ開けて広げようとする。そのために第五格納庫は倒壊を始める。
「うわ、うわわ、うわっ!?」
 柏木と田中の二人のみならず一〇名以上の警備兵が脱兎の如く第五格納庫から遠ざかる。そんな人間たちを尻目にしながらXN−PAは第五格納庫から外に出たのであった。



『緊急警報、緊急警報。試作PAのXN−PAが動き出した。何としても奴を止めろ。場合によっては破壊しても構わん。なお、これは演習にあらず。繰り返す、これは演習にあらず!』
 緊急警報のサイレンが鳴り響く中、根釧演習所に帝国陸軍最精鋭と謳われる第七師団隷下の部隊が集まる。第七師団は北海道を本拠地とする師団であり、北海道防衛の要であった。
「高性能の試作機だか何だか知らねーが、俺たち七師団相手に勝てるもんかよ」
 XN−PAを包囲する四〇式装甲巨兵『侍』の搭乗員の一人が呟いた。XN−PAは根釧演習所に配備されている第七師団隷下の第五一二一装甲巨兵小隊に包囲されていた。全機が大日本帝国第三世代PAである四〇式装甲巨兵で固められている。
「誰が乗ってるのか知らねーが、さっさと降りろ! お前は包囲されてるんだよ!」
 ……………
 しかし応答は無い。
「仕方無い。全機、攻撃開始だ」
 第五一二一装甲巨兵小隊の侍たちは装備していた対PA用四〇ミリマシンガンAPAGを一斉に放つ。夜の帳の中にAPAGのマズルフラッシュが蛍のように煌く。
 APAGの銃口から放たれた四〇ミリ弾は八五〇メートル/秒でXN−PA目掛けて飛ぶ。四〇ミリ弾はXN−PAの複合装甲製の体を貫き、破壊するはずだった。
 格納庫から出てきてずっと何をするでもなく立っているだけだったXN−PAのカメラアイが紅く光る。光ったかと思うとXN−PAは蒼い残光を残して消える。
「何!?」
『隊長! うわぁっ………』
 部下の悲鳴が無線を通じて第五一二一装甲巨兵小隊の耳に轟く。慌ててモニターを悲鳴を発した部下に向ける。だがモニターに映ったのは侍のコクピットブロックに手刀を突き刺しているXN−PAの姿だった。コクピットブロックを手刀で貫かれた侍は四肢をダランと投げ出し、各部から火花を散らしていた。XN−PAが手刀を引き抜くと侍は大地にぐしゃりと崩れ落ちた。そしてXN−PAは顔をこちらに向ける。
「う………」
 XN−PAの冷たく燃えるカメラアイに見据えられると爪先まで恐怖に冷える思いだった。
「撃て、撃て!!」
 その恐怖心を払うかのように大声で攻撃を命じる。しかしV−MAXを発動させているXN−PAにとってAPAGの一撃など当るはずがなかった。再びXN−PAが消える。
 そして次に姿を現した時、第五一二一装甲巨兵小隊の侍は全滅していた。侍たちは一機残らずコクピットブロックを潰されていた。



「田幡さん! 田幡さんはいますか!?」
 侍ではXN−PAの前に無残にやられてしまうだけだと悟った帝国陸軍は根釧演習所から退避しようとしていた甲子力研の面々に言った。
「XN−PAは強く、既存の装備では対抗できそうにありません。X−1を、X−1の力を貸してもらいたい!」
 佐藤中佐が田幡に頭を下げる。田幡もそう感じていたので、田幡は佐藤の申し出を快諾した。しかし意外な人物がそれに異を唱えた。
「ダメだよ、タバタ。帝国陸軍の連中よりX−1を上手く扱える人が目の前にいるんだからさ」
 マーシャ・マクドガルはそう言って自分を指差した。
「マーシャさん、失礼なことを言わないで下さい。私たち帝国陸軍は………」
 西谷がマーシャに反論しようとした時、マーシャは自分を指していた指を西谷に向けて言った。
「じゃあ、帝国陸軍で人を殺したことのある兵がいるのかい?」
「そ、それは………」
 帝国陸軍はここ最近は実戦を経験していない。それは歴史的事実であった。
「アタシは甲子力研のテストパイロットになるまでは傭兵としてリベルで戦っていたんだ。何人も殺したよ。だけどその時の経験が今は必要なんじゃないのかい?」
「なるほど。確かにマーシャさんの言うとおりです」
 佐藤はマーシャの主張が正当なものであると判断し、X−1をマーシャに任せることを決定した。



 X−1は第二格納庫に寝そべった状態で収められていた。格納庫に横たわるX−1に整備兵たちが取り付いて出撃可能かどうか調べる。
『いいですか、マーシャさん。フライヤーシステムとG−Mk2は未完成なので搭載されていませんが、Gガンと八三式防盾は使えます。この二つを持って行ってください』
 GガンとはX−1用に開発された二〇ミリ電磁銃(レールガン)のことである。弾丸の口径こそ二〇ミリとAPAGの半分しかないが、超高初速で放たれる二〇ミリ弾の持つ運動エネルギーは戦車砲をも上回る。
 そして八三式防盾とは厚さ二五〇ミリにも達する盾型増加装甲であった。これで脆弱さを欠点とするPAでも戦車砲の直撃にも耐えれるようになるとされていた。ただし重過ぎるためにX−1以外には使用不可能である。
 X−1のコクピットシートに腰掛けたマーシャは田幡の声を聞きながらコンソールでX−1各部に異常がないかチェックを急ぐ。
「Gガンの弾は何発ある?」
『一弾倉一二〇発だけです』
「一二〇か………。ま、一発でも当てりゃ勝ちなんだ。何とかなるだろ。………X−1、立ち上げるからどいてどいて!」
 X−1に取り付いていた整備兵たちが蜘蛛の子を散らすように思い思いの方向へ走り、X−1から離れる。それを見たマーシャはX−1を立ち上げる。
 X−1はGガンと八三式防盾を手に取り、格納庫を出る。
 XN−PAは月明かりの下、第五格納庫のすぐそばに立っていた。第五一二一装甲巨兵小隊を蹴散らした際に使用したV−MAXの後遺症でしばらくその動きを止めているのだろうか? いや、フォロンは元々緊急回避の際のみ動くようになっている。敵が自分の前に現れない限りは動かないつもりなのだろう。
「今狙えば………当るか?」
 マーシャは誰に言うでもなく呟き、照準をただ立ち尽くすのみのXN−PAに定める。そして照準がXN−PAを捉えた瞬間に引き金を引く。
 バシィーン!
 GガンはX−1の小型核融合炉から与えられた豊富な電力で二〇ミリ弾を加速させ、従来では考えられないほどの超高初速で二〇ミリ弾を吐き出した。
 しかしXN−PAはGガンが発射された瞬間に身をよじり、二〇ミリ弾を回避せしめる。
「チッ………生きてたのかい」
『マーシャさん、XN−PAは射撃用兵装を持っていません。距離を取り、射撃戦に持ち込みましょう!』
 しかしXN−PAはX−1に射撃戦をさせるつもりは無いようだった。XN−PAはV−MAXを発動させるとX−1に突進する。自らを蒼い弾丸としたXN−PAはX−1に体当たりを敢行する。その突進の速さにX−1は対応できない。
 ガキィッ!!
 X−1は咄嗟に八三式防盾を構え、XN−PAの体当たりのダメージを受け流す。しかしX−1は仰向けに倒れ、XN−PAはX−1に馬乗りとなる。
「クッ!」
 Gガンはライフル型であり、APAGより口径は小さくとも全長は長い。こうも密着した状態では振り回しにくく、逆に使い物にならない。XN−PAはX−1の顔面をしたたかに叩きつける。
 だがX−1も小型核融合炉搭載機である。X−1もXN−PAと同等のパワーを発揮してXN−PAを突きのける。X−1はバーニアを吹かし、後退。その際にGガンを一連射。超高初速を誇り戦車砲をはるかに超える二〇ミリ弾をAPAGよりも速く連射できるのもGガンの特色であった。だがXN−PAは蒼い軌跡を残して横に跳ぶ。
 再びXN−PAがX−1に迫る。X−1はもはやGガンでXN−PAを狙撃することは不可能と感じたのだろう。Gガンを空に放り投げる。
 蒼い流星の如く迫るXN−PA。XN−PAは今度こそX−1を撃破するために、X−1のコクピットブロック目掛けて拳を突き出した。しかしその前に、先ほど放り投げたGガンがX−1の手に納まる。X−1はGガンの銃身を固く握り締め、そして全出力を持ってフルスイング。Gガンの銃底をXN−PAの頭部に叩きつける。XN−PAはGガンの銃底に尖った頭部を破壊され、うつ伏せに倒れこむ。
「うっし! トドメ!!」
 マーシャはX−1のコクピットで吼えると八三式防盾をXN−PAの背中に突き立てる。八三式防盾は格闘戦にも使えるようにと先端部が尖っており、XN−PAの背中を貫いた。
 背中を八三式防盾に貫かれた瞬間、XN−PAは痛みに泣き叫ぶかのようにビクッビクッと四肢を蠢かす。マーシャは一度ならず二度三度と八三式防盾を連続でXN−PAに突き立てる。それも五回ほど繰り返すとXN−PAは四肢を痙攣させることもなくなった。XN−PA、延いてはフォロンが完全に活動を停止した証拠であった。
「さすがのフォロンもアタシの行動は読めなかったかい? 銃は撃つだけじゃないんだよ………」
 マーシャがそう呟いた時、地平線の向こうから真っ赤に燃える太陽が昇り始める。
 太陽はX−1もXN−PAも、分け隔てなく、優しく照らし始めた。



 ………結局、前代未聞の暴走を起こしたXN−PAとフォロンは記録から抹消されることとなった。
 世間的にはProject G4は甲子力研のX−1が勝ったと公表し、野嶋重機はそれを受けてPA業界への参入を断念したと報じられた。XN−PAの暴走が原因で野嶋重機のPA業界参入が絶望的になったというのは最重要機密に指定され、後一〇〇年以上は公表されることは無いだろう。
 そして八月に入った頃にはX−1はガンフリーダムという正式名称を与えられ、ガンフリーダムの目玉であったフライヤーシステムとG−Mk2も完成し、テスト成績も良好と判断された。帝国陸軍内でもガンフリーダムにかける期待は膨らむ一方であった。
 ガンフリーダムの開発者である田幡 繁がリベルの戦友たちと交わした約束を実行するために帝国陸軍の佐藤中佐にある用件を申し出たのは一九八三年八月七日のことだった。佐藤中佐はあまりよい表情をしなかったが、最終的には田幡の申し出にOKサインを出した。
 このOKサインの裏にハンス・ヨアヒム・マルセイユ率いる傭兵派遣会社『アフリカの星』が深く関与していることを知るのは田幡と佐藤とマルセイユの三者のみであった。



 一九八三年八月一七日。
 大日本帝国初………いや、世界初の海上空港である関西空港。
 大日本帝国川西飛行機社製七八式輸送機D型――通称「クジラD型」が四基のハインケル・ヤパン社製大出力ジェットエンジン「炎竜」を轟かせていた。
「一八日の昼くらいにはリベルに着くはずだ」
 アフリカの星社員であるクジラD型の機長が田幡とマーシャに言った。
「リベルは今、政府軍の大攻勢が始まってると聞いてますが」
「ああ。かなりヤバイらしいね。それでも行くのかい?」
 機長は信じられんと言いたげな表情で二人に訊いた。
「当たり前です。彼らの苦境を、僕たちが助けに行くんですから」
「ハッ。気に入った。じゃ、行くぜ!」
 クジラD型は炎竜の発する轟炎を後に引いて飛び立った。
 その行き先はリベル人民共和国。
 内戦の真っ只中で、田幡とマーシャの戦友たちが死を賭して戦う戦場。
 待っていてください、ハーベイ。ガンフリーダムでみんなを絶対に助けてみせますから。
 こうしてガンフリーダムはリベルへと向かって出発したのであった。


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