青い空に青い海。雲一つない快晴の天の下で凪いだ海。
 平穏で描かれたように見える自然界だが、しかし海中空中問わず、魚や鳥たちの生存競争は今日も続けられていた。
 そして、この海域では人類たちの存亡を賭けた戦いも行われていた!
 波の上を滑るように走り、両の手に砲や魚雷を持って武装した鋼鉄の処女たち。艦娘かんむすと呼ばれる、海上の戦乙女たちだ。
「はいはーい、那珂ちゃん、お仕事入りまーす!」
 四人の艦娘たちの先頭を切ってみせたのは軽巡洋艦 那珂の艦娘だった。元気よく右手を天にかざし、海面を三五ノットの高速で突き進む。
「撃つよー!」
 彼女の両腕には一四センチ単装砲を模した砲が備えられた手甲がはめられている。その砲身の一つ一つが「敵」を探して動く。そして照準が定まり………。
 ドワォ!
 次の瞬間、彼女の両腕から光が放たれた。光、つまり発射された砲弾は「敵」、駆逐イ級を目がけて空を斬り裂いて飛ぶ。
 黒く粘ついた、まるでコールタールのような皮膚を持ち、エメラルドのように光る眼を持つ異形の怪物、駆逐イ級。それが艦娘たちの敵であり、引いては全人類共通の脅威である。
 那珂の放った砲弾が駆逐イ級のすぐ近くに着弾し、着弾した砲弾の運動エネルギーが膨大な水を巻き上げる。巨大な水柱に包まれた駆逐イ級は筆舌しがたいうめき声を発するが、しかしそれくらいしかできなかった。
 那珂の砲撃による水柱に囲まれて身動きが取れない駆逐イ級の脇から攻撃をしかけようと接近する小さな女の子がいた。駆逐艦 大潮の艦娘である。
「それ! ドーンッ!!」
 大潮の煙突を模した帽子からもくもくと煙を立てながら、右手に持った一二.七センチ連装砲と左手に持った六一センチ四連装魚雷発射管を同時に放つ。小口径の砲弾が駆逐イ級の体表をえぐり、おぞましい体液が美しい蒼を汚す。さらに砲弾の命中から少し遅れて六一センチ魚雷が駆逐イ級に突き刺さり………
「!?」
 那珂と大潮の砲撃とは次元を異とする破壊力が駆逐イ級を襲う。醜悪な断末魔を残し、駆逐イ級が爆炎の中に消えていく………。敵艦一隻撃沈である。
 しかしさきほど撃沈した駆逐イ級とは別の個体が、仲間の仇とばかりに口から砲弾を吐き散らす。
「ヤッバ!」
 敵艦撃沈の喜びに浸る暇もなく、顔をこわばらせたまま大潮が波を滑る。大潮の航跡をなぞるように立ち上がる水柱。そして大潮の速度よりも水柱が追いかける速度の方が速い!
「〜〜〜ッ! たぁ!!」
「敵」の照準がまさに大潮を捉えんとした瞬間、大潮が両の脚で海面を力強く蹴り、跳んだ! 水飛沫を跳ね上げながら、華奢な少女も跳び上がる。そして空中で側転をしながら、右手に持った一二.七センチ連装砲を砲声を轟かせる。
 大潮の強引な針路変更と反撃は駆逐イ級の意表をついた。大潮の放った砲弾の何発かが駆逐イ級に命中する。
 空中側転から着地、いや、「着水」した大潮が左手の魚雷発射管の引き金を引くが、しかし先ほどの戦闘で発射していた魚雷発射管はむなしくカチリと金属音を立てるだけだった。
「魚雷! ………は、さっき使っちゃったか。誰か、あのイ級を仕留められる!?」
「それだったら、わたしたちに任せて!」
 大潮の声に応えたのは二人の少女だった。波をかきわけながら、三八ノットの全速力で突き進む艦娘。先頭をいくのは駆逐艦 雷の艦娘だ。彼女は大潮とは異なり、背中に一二.七センチ連装砲を装備している。背負った砲から砲弾を撃ちながら、高速で距離を詰めていく。
 駆逐イ級は雷を近づけさせまいと咆哮を続けながら砲弾を発射する。
「ホラ、電、いくわよ!」
 雷は後ろに向けて軽くウィンク。彼女の後ろを追いかけていた小さな艦娘が震える声で応じる。
「は、はいなのです………」
 雷と瓜二つの艦娘。異なるのは髪の色と性格か。勝気な雷に対して、彼女の口調はあまりに弱く、儚げであった。
(………大丈夫、お姉ちゃんと一緒に訓練してきたんだもの)
 小さな胸の前で両の手をあわせ、自分を鼓舞するために念じる。砲火の煌きと硝煙の臭い。恐ろしい戦場。だけど、姉がいるから自分も頑張れる………。駆逐艦 電の艦娘が戦海に舞い踊る。
 雷と電、二隻の艦娘が右と左に分かれて手負いの駆逐イ級を囲むように進む。
「撃つわよ!」
 雷の砲撃と電の砲撃が右と左、前と後ろから駆逐イ級を襲う。雷と電は駆逐イ級を中心とした円の直径を描きながら、円の直径幅を徐々に狭めていく。
 雷と電の動きに翻弄された駆逐イ級に次々と一二.七センチ砲弾が突き刺さっていく。被弾のたびに駆逐イ級の肉が裂け、砕け散っていく。そして雷と電の円はどんどん小さくなっていき………。
「お姉ちゃん!」
「いくよ!」
 肉薄した雷が、両の手で振り上げた錨を駆逐イ級に叩きつける。錨の一撃は一二.七センチ砲弾よりも鋭く、そして重く駆逐イ級に突き刺さる。駆逐イ級の肉が、骨が潰れていく感触が雷の手に伝わっていく。
「うわああああああ!」
 不快な感触を振り払うかのように雷が叫び、そして横薙ぎに錨を振るい、斬り抜ける。敵に接近し、錨を直接ぶつけるという荒々しく、そして危険な戦い方………だが、艦娘ならではの戦い方でもある。
 雷の錨で真っ二つにされた駆逐イ級は海面に崩れ落ちたかと思うと、体内の弾薬を派手に誘爆させて吹き飛ぶ。
「お姉ちゃん!?」
 駆逐イ級の轟沈による爆発の火炎と轟音と衝撃波………。電の頬が三種のインパクトに撫ぜられる。
 だが、爆炎の中から滑り出てくる小さな影。どうやら最悪の事態は避けられたようだ。爆発の煤で白いセーラー服を汚しながらも、雷は傷一つない元気な姿を現した。そしてニッコリと笑って妹に勝利のVサインを見せた。



 ………一方で、こちらの海は至って平穏無事であった。
 凪いだ波。静かな風。陽光をちょうどいい具合に薄める程度の雲。そして大海の中に浮かぶ一隻の小船。
 小船から釣竿を垂らしながら、天を仰いで体を横たえる男が一人。青年から壮年に入った男は空を眺め、雲が流れていくのを飽きもせずに見つめていた。
「平和だねぇ。平和すぎて小魚の一つも釣れやしない」
 男は何の反応も示さない釣竿を指先でピンと弾いた。その衝撃でバランスを崩した釣竿は、重力に引かれて海に落ちていく………。
「だっ、とっ、とっ、とっ………!」
 海に落ちようとする釣竿を確保すべく、ガバッと起き上がって腕を伸ばす。しかし男の腕はむなしく空をつかむだけだった。
 トポン………
 釣竿が真っ逆様に海面に突き刺さり、そして海の底に沈んでいく。
「………釣竿一、撃沈ってか」
 男は憮然とした表情で呟くと、意味のない言語をうめきながら再び小船の上に寝転がる。
「……………」
 そして再び流れる雲を見つめていたが、いつしか男は静かな寝息を立て始めていた。
 しかし男は気がついていなかった。周囲の空気が、いや、時空が音もなく軋み、そして壊れ始めていることに。

艦隊これくしょん 対 大葬戦史
蒼海のイナズマ
第一話「さよならとこんにちは」


 ………一度は「敵」の艦隊を退けた艦娘たちだったが、その勝利の喜びは長続きしなかった。「敵」の第二陣が彼女たちの前に姿を現したのである。
 透き通るような白い肌に黒い髪。………そして翠玉エメラルドの眼。艦娘に類似した外見をしているが、その肢体が纏った黒と緑色に光る眼は駆逐イ級のそれと同質である。駆逐イ級を初めとする「敵」にとっての決戦戦力、つまり戦艦と呼ばれる存在だった。人類側呼称、戦艦ル級である。
「………」
 戦艦ル級は左右、それぞれの手をゆっくりと肩のラインにあわせるように持ち上げる。それに呼応し、戦艦ル級の体から黒い液体が真っ白い手に集まり、瞬く間にそれは盾のような形を取る。だが、それはただの盾ではない。一六インチ砲の砲身が蠢く、盾であり、矛である。
 戦艦ル級が手にした矛兼盾が光る。そして少し遅れての轟音。世界を滅ぼしかねないほどの衝撃が、戦艦ル級の一六インチ三連装砲から放たれたのだった。狙いは………軽巡洋艦 那珂の艦娘であった。
「………!!」
 天を突かんとするほどに高く、そして世界を支えかねないほどに太い水柱が立ち昇る。それが三つ、立て続けに発生したのだ。その水柱が重力に引かれて立ち消えた時、那珂はそこにはいなかった。断末魔の悲鳴をあげる暇すらなく、恐らく一六インチ砲弾の直撃を受けて轟沈したのであろう。
「ひっ………」
 艦隊で一番排水量が大きく、そして強力だった那珂が一瞬で轟沈したことにより、残された駆逐艦三隻分の艦娘たちは恐慌を起こしかけていた。特に気が弱い電の顔は絶望一色で塗りつぶされていた。
『こちら司令部、現有戦力ではル級には勝てない。撤退しろ!』
 戦艦の登場を把握した司令部からの撤退指令。しかし敵戦艦ル級はすでにこちらを射程におさめている。無傷で撤退することは至難の業だといわざるを得ない………。
「りょ、了解!」
 駆逐艦 大潮が司令部の指示に返事をする。だが、彼女を狙い、戦艦ル級が砲撃を続ける。
「〜〜〜〜!!」
 恐怖で震える全身を、がっしり歯を噛み締めて大潮が絶望の海を滑る。直撃はもちろん、至近弾の衝撃でも大潮の小さな肢体を吹き飛ばすには充分な威力を持っているだろう。ダメだ、逃げ切れない………。大潮の目から涙がこぼれ………。
「えぇーいッ!!」
 戦艦ル級の近くに落ちる砲弾。戦艦ル級のそれと比べて児戯のような小さな水柱。そして戦艦ル級の装甲に弾かれる直撃弾………。
「………?」
 しかし、戦艦ル級の気をそらすことには成功した。戦艦ル級の視線が新たに捉えたのは、駆逐艦 雷の姿であった。
「電、大潮を連れて後退しなさい!」
「お姉ちゃん!?」
「大丈夫、ここは私が時間を稼ぐから! だから、行って!!」
 雷はそう言い切ると、錨を両手で持ち上げて戦艦ル級に襲い掛かる。
 ゴォウと重量が風を切る音と共に、錨が戦艦ル級の肉を破砕する感触が………否、雷の手に伝わったのは、硬い金属同士を打ちつけた痺れるような感触だった。
 戦艦ル級を庇って雷の前に立ちふさがったのは、戦艦ル級と同じく人型をした「敵」であった。人類側呼称、重巡リ級である。
 重巡リ級は駆逐イ級を二つに分割したかのような、奇妙で巨大な篭手のような武器を両手に持っている。雷の錨の一撃を受け止めたのは、この珍妙な篭手の左手側であった。重巡リ級は感情を読み取らせない、エメラルド一色の眼のまま、右手側の篭手を突き出す。右手の篭手には軟骨魚綱板鰓亜綱、すなわちサメを連想させる鋭い歯が生えている!
 未成熟な少女の姿をした艦娘の肉に黒い歯が突き立てられ、そして皮膚を裂いて肉を喰いちぎる。その筆舌しがたい、壮絶な攻撃………いや、もはや「捕食」というべき状況にあって、しかし雷は悲鳴一つ上げなかった。
 ここで悲鳴をあげたら、あの子が心配して逃げられないじゃない………! 雷の艦娘、いや、姉としての矜持が悲鳴を喉の奥に圧しとどめたのだった。
 悲鳴のかわりに雷があげたのは、砲声であった。小さな体に背負っている一二.七センチ砲を放ち、重巡リ級の牙から逃れようとする。重巡リ級は左手のみならず、右手の篭手も使って自分の姿を雷の射線から隠そうとする。そのため雷の左肩に喰らいついていた歯も離れる。しかし彼女のセーラー服も真っ赤に染まっていた。
 ………電はちゃんと逃げてるかしら? あの子、優しいから。私と一緒に沈没船の救助をやった時も、敵を倒すことよりも人命を救えることを喜んでたし………。
 雷は荒れる呼吸を必死に整えながら、妹のことを思う。いや、これは走馬灯なのか? だとすれば、彼女の命運は………。
 しかし雷はもう一度錨を持ち上げ、そして切っ先を重巡リ級に向ける。まだ闘志は燃え尽きていない。彼女の姿はそれを雄弁に語っていた。
 それは「敵」にも伝わったのだろう。戦艦ル級と重巡リ級が砲門を雷に向ける。次の瞬間、二隻の敵艦が一斉に砲撃を放つ。戦艦ル級の一六インチ砲に重巡リ級の八インチ砲、どれも駆逐艦 雷にとっては直撃弾=致命傷となる破壊力を持っている。ましてや今の雷は手負いなのだ。かすめただけでも最期を迎えるだろう。
 だが、当らない。一六インチと八インチ、二つの大口径砲はむなしく水柱を立てるばかりだ。駆逐艦 雷の速度はカタログスペック上の最高速である三八ノットを超え、四〇ノットに達しようとしていた。これは雷が潮の流れを読み、その流れに沿って動くようにしたことと………雷が機関を強引に動かし、カタログスペック以上の出力を出していたためだった。
 当然、彼女の小さな体に無理が影響を及ぼし始める。
 荒れる呼吸。爆発しそうなほどに弾む心臓。高速に折れそうな脚。だが、そのことごとくをねじ伏せながら、雷は蒼い海を疾走る。
「………?」
 想定の上をいく雷の疾走。重巡リ級は表情を感じさせない眼のまま、両手の篭手を一度叩きあわせてから、身構える。雷が、手にした錨を叩きつけることを必殺の技としていることは分析している。ならば、もう一度この篭手で受け止めるまで………。重巡リ級の思考をトレースするなら、そのような所だろうか。
 だが、雷も同じ手を二度使うつもりはなかった。
 海上を高速で滑走する雷が、軽いステップを踏んだかと思うと、両手で錨を持ったままグルリと回転する。錨の重さと回転による遠心力。まるでハンマー投げのように、雷は錨を重巡リ級に向けて投げつけた!
「!?」
 雷の行動は重巡リ級の想定を上回っていた。咄嗟に篭手を構えるが、投げられた錨の運動エネルギーは重巡リ級という盾では防ぎきれなかった。高速で錨をぶつけられ、のけぞるように吹っ飛ぶ重巡リ級。天を仰ぎ、背中から海面に落ちていくその瞳は何を見ていたのだろうか………。
 戦艦ル級は思いがけない重巡リ級の脱落にも動じず、副砲の一二.五インチ砲も投入して雷に砲撃を浴びせ続ける。………そして、ついに雷を捉えた一弾が、雷の背負う一二,七センチ砲の砲塔を吹き飛ばす。爆炎の中、雷はついに力尽き………てはいなかった!
 全身を真っ赤に染め、手も、足も、顔さえも傷だらけにしながら、雷の執念は死ななかった。雷は戦艦ル級に抱きつくようにぶつかる。そして最期の最期まで取っておいた切り札を叩きつける。それは即ち、彼女の腰に搭載されている六一センチ三連装魚雷発射管である。
「!?!?!?」
 二人の肌が触れ合うほどの超至近距離である。これで魚雷を外す道理はない。そして魚雷の破壊力は確実に雷の華奢な体をも破壊しつくすだろう。だけど、それでもいい。彼女にはそう思えるだけの姉妹――絆があったのだから。
 光の中で雷が微笑み、そして………。



 小船で釣りをしていたが、釣竿を落としてしまった男はふいに目を覚ましてその身を起こした。
「………これは?」
 どこか遠くで何かが響いている。雷? いや、違う。それは男にとっても馴染みのある音だった。
「砲声? だが、どこで………」
 男は船の上で屈んだ姿勢で荷物として持ち込んでいた双眼鏡を取り出す。彼が「ノバー」と呼び親しんでいる双眼鏡だ。
 そしてレンズ越しの彼方に見える砲煙、水柱………。それは紛れもない海戦の証であった。
「バカな………どことどこが戦うっていうのだ?」
 自分がいた世界はすでに平和になったはず………いや、そもそも俺のいた世界に海戦を行うようなテクノロジーは存在しないのだぞ!?
 そこまで考えた時、不意に背中に殺気を感じ、男は双眼鏡を構えたまま振り返る。双眼鏡のレンズに拡大された視界には、不気味に灯る緑色の眼………。
「って、何!?」
 双眼鏡を外した男の肉眼に写ったのは異形の生物だった。いや、これは本当に生物なのだろうか………? 漆黒の体表にエメラルドのような眼、そして灰色の歯。それは魑魅魍魎の類であった。
「何だ、コイツ………!?」
 呆気に取られつつも、男は持ち前の危機感知能力を発揮し飛びすさる。そして男が数瞬前までいた場所に、魑魅魍魎が喰らいつく! 木造の小船の船首を砕きながら、バケモノは再び男に狙いを定めようとする。
「クッ、こっちゃ釣りに来ただけで、武器なんかねぇんだぞ………!」
 バケモノの一撃は回避したが、かといって対策があるわけではない。万事休すなのに変わりはない………。それでも男は諦めようとはしなかった。どんな苦境に立っても、必ず活路は存在する。それを見つけ出すのが漢の仕事だと信じているが故だ。
 バケモノがもう一度大きく口を開き、男を丸呑みにしようとした、その時!
 バケモノの体表に砲弾が何発も着弾し、バケモノが表記不可能な呻き声をあげた。
「な、何だ? 砲撃、だと?」
 諦めなかったから活路は開けたようだが………誰が、どのようにして開いたのか理解できない男は呆気に取られたまま呟く。
 そんな男に近寄る二つの影。
「あ、あの、お怪我はないですか?」
 男の活路を開いた一人が尋ねてくる。尋ねてくるのだが、その容姿は男の想像の埒外にいた。茶色い髪に、セーラー服を纏った発育途上の柔らかな肢体。いわゆる少女、ともすれば幼女の枠に入りそうなくらいの子供が男の命を救ったのだった。だが、この子供、海の上を滑るように移動し、そして巨大な煙突のようなものと砲のようなものを背負い、腰には魚雷発射管らしきものまで装備している。単なる子供でもなさそうだ………。
「………………」
「あ、あの、もしかして、どこか痛みますか?」
 目の前の少女が、返事を返さない自分を心配して泣きそうな顔をしていることに気付いた男は少女の観察を中断して口を開いた。
「いや、怪我はない………助かったよ」
 男の言葉に少女は心底嬉しそうに微笑んでくれた。その邪気のない笑顔に、彼女について詮索することはやめることにした。
「電! この船の穴なら塞いだよ。曳航して、帰ろう」
 もう一人の少女がそう言うと電と呼ばれた少女に紐を渡す。
「お、おい、この船を引っ張るのか?」
「大丈夫です! 巡洋艦だって引っ張れますから!」
 少女は快活に応えると、その言葉通りに男の船を引っ張ったまま移動を開始した。
「お、おお………」
「そういえば、自己紹介がまだでしたね。あたし、大潮! こっちは電っていうの! あなたは?」
「ん? ああ、俺は山本………山本 光だ」


次回予告

深海棲艦? 何だ、そりゃ?」
「一言でいうなら、人類の敵だ」

「ぅああああ………お姉ちゃんッ! お姉ちゃん〜〜ッ!!」

「俺が艦隊指揮? 俺は元いた世界でも大佐で、艦隊指揮なんかやったことねぇんだぞ」

蒼海のイナズマ
第二話「異邦者と艦娘」へ続く


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