「はぁ、はぁ、はぁ………」
耳に聞こえるのは慌しい足音と激しい息遣い。
心臓の鼓動は、束ねた爆薬が間断なく反応を起こすようだ。
人間が有する五感のすべてを研ぎ澄まして周囲を警戒しながら、全身の力を前進の動力とする。
前進。
ただひたすらに前だけを目指して進む。これは総じて好意的な意味合いであることが多い。だが、それも時と場合によりけりだ。
ニモはそのことを強く感じていた。
たった一人で前進を続けるニモの目指す先は何もなかった。それもそのはずだ。今のニモにとって前進する先は、ついさっき通った道なのだから。
何が前進なものか。これは「トウソウ」なのだ。言い訳の余地はない。
トウソウ。それは闘争ではなく、逃げ去る方の意味、「逃走」であった。
そうだ、ニモは仲間を捨てて、たった一人で逃げ出していた。
物心ついた時からずっと一緒だったハヤトはいない。ハヤトと一緒にニモも仲間に入れてくれた武装トレーダー『ツルノス』のウルリーカとグレイゴもいない。
ニモはたった一人で逃げ続けていた。
………話は冒頭から数えて、ほんの二時間前にさかのぼる。
戦車に搭載するパーツは大きく分けて五種類に分別される。
それはすなわち主砲、S−E、副砲、エンジン、そしてCユニットである。例外は存在するが、基本的に先ほど列記したパーツ種類の左側が重く、右側が軽いパーツである。
ということはCユニットとは、戦車に搭載するパーツの中で一番軽量であるということだ。しかしいくらCユニットが軽量であったとしても、もっとも軽量で
あるとされるウォズニアクシリーズですら〇.二トン、二〇〇キロもの重量を誇っている。それを人間の手で持ち運ぶのは不可能だと言い切っていいだろう。
だが、彼らはCユニットを自分の手で持ち帰った。「彼ら」というのはハルニチ・ベースにてツルノスの戦いぶりを観察していた二人組みのことを指している。
「クックックッ、帰還システムに迎撃システム、さらには援護システムまで搭載された高性能Cユニットのエミーか。
人間の体にライオンの頭を持つ獣人が、野太いバリトンの声で言った。そして肩に担いでいたCユニットを床に降ろす。
「
「オレ様たちにはまったくわからない話だな………。まぁ、いいさ。オレ様たちの究極戦車の頭脳を、早速組み込むとしようじゃないか」
獅子の声に頷いた虎頭の獣人は、獅子頭のようにエミーを持ち上げた。そしてそれを彼らの愛車となる戦車に組み込むべく作業を開始する。迷いのない、手際のよい作業は半時間で完了する。
「ぃよーし、早速オレ様たちの戦車を起動するぜ!」
獅子頭が喜びに弾んだ声で宣言し、エミーの回路に電流を通す。エミーが起動し終えるまでに必要とした時間はわずか二〇秒。エミーは二〇秒で戦車のすべてを制御下においた。
戦車の心臓部であるエンジン、ルドルフは大馬力を発揮する命令を待ち、爆音を轟かせている。
「おお、エンジンの震えが素晴らしいな」
「んむ、こうこなくっちゃな………む、何だこれは?」
獅子頭の獣人がCユニットのコンソールに浮かび上がった文字に気付く。
「これは………?」
「ふん、面白い。オレ様たちの戦車の性能実験にちょうどいいくらいだぜ」
二人の獣人は牙を見せながら笑う。それは確実にしとめられる獲物を前にした肉食獣の余裕であった。
「さーて、次はどこの町に行こうかしらね………」
モンスターハンターの証であり、旅の必需品であるBSコントローラーの画面に周辺の地図を表示させて呟くのはウルリーカ。わずか一六歳にしてモンスターハンターとトレーダーの両方を兼ねる武装トレーダー『ツルノス』のリーダーを務めている。
「クルメルでの商売の結果、資金に余裕ができましたから、どこかのダンジョンに挑むのはどうでしょう?」
視線は前に向けたままウルリーカに声をかけたのはツルノスに所属するグレイゴという名の青年であった。二メートル近い大男だが、一同の最年長としての落ち着きも備えているためツルノスでは参謀役に徹することが多い。
ツルノスが保有する大型輸送トラックを運転するのが普段のグレイゴの仕事であり、今もハンドルを手にしている。
「メルクール号だけでなく、二台目、三台目の戦車を発見できればツルノスの戦力も大きく向上しますよ、お嬢」
「ねぇ、グッさん。戦車って簡単には見つからないものなの?」
グレイゴに尋ねたのはまだ幼さが残る子供、ハヤトだった。だが子供だと侮るなかれ、ツルノスと共に行動するようになってから急加速で実力を伸ばしつつある少年ソルジャーである。
「文明が崩壊した大破壊が伝説になるほど大昔の出来事だというのに、未だに人類は自力で戦車を生産できていないからな。大破壊を免れた数少ない戦車も、今となっては誰かに先に見つけられて、酷使されてスクラップになっていることが多いさ」
「………ふーん?」
頭上にはてなマークを浮かべているのがアリアリなハヤトのために、グレイゴの言葉を噛み砕いて説明したのはハヤトの隣に座っていたニモだった。ハヤトよりも幼さが多く残っているため、「可愛らしい」という形容がよく似合う子供だ。
「ハヤトくん、簡単に説明するとですね、この団子を戦車だと思ってください」
ニモは皿の上に置かれた三個の団子を指し示しながら続けた。
「ハヤトくんはお団子、自分で作れないですよね?」
「うん。グッさんかニモじゃないと作れない」
「だからハヤトくんとしてはこのお団子はとても貴重です。でも、先に僕やウルリーカさん、グレイゴさんがお団子を食べちゃってたらどうなります?」
「それじゃオレ、食べられないじゃないか!」
「そう。そして戦車というお団子は、いつも皿の上にあるわけじゃなくて色んな所に隠されているんです。そうなった場合は早く見つけないといけないですよね」
ニモの説明に合点がいった表情で頷くハヤト。そこに横合いから口を挟んだのはウルリーカだった。
「でも見つけるだけじゃダメよ。こうやって横取りにくる悪い人だっているんだから!」
ウルリーカはそう言ったと思ったら稲妻のような速さで皿の上の団子をヒョイとつまんで口に放り込んだ。
「あ、ウリちゃん、ズルいぞ!」
「ニモだって言ってるじゃない、早い者勝ちだって」
ヒョイヒョイ。瞬く間に皿の上から団子はウルリーカの口の中に強制収用されてしまった。
「ニモ〜、またオレの分の団子作ってぇ〜」
ニモに泣きつくハヤトを見てクスリと笑顔を見せるツルノス。いつも通りの、平和な光景であった。
しかし平和な光景もここまでだった。グレイゴは不意にブレーキペダルを踏み、トラックに制動をかける。
「ん、どうしたんですか、グレイゴさん?」
ニモの質問に答える代わりに、グレイゴはニモを抱えてトラックから飛び出した。トラックのフロントガラスに銃弾の雨がぶつかって粉々に割れる。
「な、何ですか、今の!? ………そうだ、ハヤトくん、無事ですか!?」
「ああ、お嬢もハヤトも無事だ」
ウルリーカとハヤトはステアーAUG、Vz61といった自分の武器でツルノスに襲いかかった敵に反撃を試みていた。
「おいおい、ただの挨拶じゃないか。過敏に反応しすぎだぜ?」
銃声の合間から聞こえてきたのは人を小バカにした声だった。その声に真っ先に反応したのはウルリーカであった。
「挨拶ですって? 挨拶で銃をぶっ放すなんて、行儀が悪いにも程があるわ」
「おお、そうかい? 人間の行儀ってなぁ、面倒なモンだな」
まるで舞台に上がることを宣言する俳優のように、ゆっくりとした大仰な歩調で二つの人影が姿を現す。だが、太陽を背にした人影の顔は逆光でウルリーカには見えない。
「まさか………」
立ち居地の関係で二つの人影の姿がハッキリと見えているグレイゴが思わず息を呑む。まるでそれを合図としていたかのように太陽の前に雲が流れ出る。
「え………?」
ツルノスに襲いかかった敵の正体。それはもちろん例の獣人たちであった。今まで物語の途中で幾度となく存在感を示していたが、彼らが物語の本筋についに絡みだしたのだ。
「うわー、あの兄ちゃんたち、ライオンやトラのお面してるぞ、ニモ! かっけぇー!!」
しかし緊張感を致命的に欠いているハヤトの言葉に思わずずっこける獣人二人。
「うるせぇぞ、ガキ! オレ様たちがせっかくかっこよく登場してんだ! 少しは黙ってろ!!」
「大体これはお面じゃない。地顔だ」
「やはり、お前たちはミュートか!?」
グレイゴの言葉に獅子頭が指を差し向けた。「ビンゴ!」ということだ。
「お、そこのガタイのいいオッサンはわかってるじゃねぇか」
「ちょっと待ちなさい! グレイゴはまだ二五歳よ。オッサン呼ばわりはヒドイわ」
「………お嬢も話を交ぜ返さないで下さい」
ゴホンと咳払い一つ挟んで話を元へ戻す。
「こんなクシュウの北部にミュートが現れるなんて………」
「グレイゴとか言ったな? 随分と律儀な性格をしているな」
虎頭が苦笑いの成分を多めに声をかける。グレイゴはムスッとしたまま一言だけ応えた。
「………性分でな」
突然襲い掛かってきた二人の獣人。その姿を交互に見比べていたニモがグレイゴの袖を引く。
「あの、ミュートって何ですか?」
しかしニモの疑問に返事を返したのは獅子の顔をした獣人であった。
「見ての通り、人間の遺伝子を組み替えて作られた
「で、でも一体何のために………」
「さぁな。オレ様たちミュート自体は大破壊の前から存在していたらしいが………何のために作られたかなんて今となっては誰にもわからん話さ」
「ただあるのは人から生み出された存在ながら、人とは異なる生命体という事実のみ。我らミュートとお前たち人間との戦いは、大破壊の直後からずっと続いていた………」
「ミュートと人間の戦いはアタシも聞いてるわ。でも、このクシュウではアタシのパパのパパの時代に戦いがおわったはずよ!」
「停戦協定、か………。確かにこのクシュウの南半分をミュートのものとし、北半分を人間のものとする協定は結ばれている」
「だが、それが何だというのだ? そもそも秩序というものが存在しないこの荒野に、協定などという文言が役に立つと思っているのか?」
「この荒野で役に立つものは唯一つ。それは力だ! オレ様たちは究極の力を求めて旅をしている、
獅子頭が自分を指差して名乗る。
「オレ様の名はマグナム。ミュートの中じゃオーガ・オブ・アンガーとも呼ばれている」
「私の名はヘッシュ。同じくミュートの中ではグロリアス・ビーストとも呼ばれている」
「で、そのミュートのライオン丸とタイガージョーが、アタシたちに一体何の用なのよ」
「知れたこと」
「こういう用事よ!」
マグナムと名乗った獅子頭が右の握りこぶしから親指だけを天に向けて立てたかと思うと、迷うことなく拳を天地一八〇度回転させた。
機先を制したのはツルノスの側であった。
ウルリーカのステアーAUGやハヤト、ニモのVz61が一斉に放たれる。
軽快なリズムで鳴り響く銃声の中、グレイゴは初めて目の当たりにするミュートの身体能力に息をまいていた。
人間の遺伝子を操作し、人間以上の身体能力を誇るというミュート。話には聞いていたが、実際に見た彼らの身体能力は驚愕の一言だ。
まったくの助走ナシ、立ち幅跳びと同じ条件でありながら二人のミュートは一〇メートル以上の跳躍を見せていた。当たり前だが人間には不可能な芸当だ。
「ッ!!」
一跳びでウルリーカとハヤト、ニモの弾幕から逃げたミュートの内、グレイゴはヘッシュと名乗った虎頭に狙いを定め、MG4の引き金を引く。
けたたましい銃声と共に、MG4から伸びていた銃弾のベルトが見る間に短くなっていく。グレイゴは自慢の膂力で発砲で上がろうとするMG4の銃口を押さ
えつける。もしもグレイゴの射撃が動かないターゲットを狙ったものならば、見事に真ん中のみを撃ち抜いていたことだろう。
しかし相手は動かぬターゲットではなく、人間以上の動きを誇るミュートであった。
ヘッシュはグレイゴの放った五.五六ミリ弾を見て、微笑む余裕すら残してクルリと身をよじった。グレイゴの射撃は正確で、弾のバラつきが少ない。逆にそれが仇となって、ヘッシュは最小限の動作でグレイゴの射撃を回避してみせた。
ヘッシュは背負っていた両手で抱えるほどの大きさを誇る銃を構え、そして引き金を引く。ヘッシュの銃から放たれたのは実弾ではなく、真っ赤に灼熱する火球であった。
「あ! 今の火球!!」
ヘッシュの放った火球に見覚えがあったのはニモだった。
「ハルニチ・ベースの鷲に向かって放たれたのと同じですよ!!」
「何ですってぇ!?」
ウルリーカが右手に持った手りゅう弾のピンを口で引き抜きながら怒鳴る。
「アンタたちだったのね、ハルニチ・ベースで余計なことしてくれたのわ!」
「ハッハー、だったらどうするってんだ、お嬢ちゃんよぉ」
「怒るに決まってんでしょーが!」
ウルリーカが投げた手りゅう弾をマグナムは雷光の如き速さで上へと蹴り飛ばした。はるか上空で炸裂した手りゅう弾は誰も傷つけることなく果てる。
「残念だったなぁ」
ミシィ。
マグナムが微笑みを浮かべるが、ウルリーカの背筋が思わず凍りつくほどの壮絶さを含んだ笑顔であった。
「うおーッ!」
ハヤトが喚声をあげながら駆ける。ミュートの動きが速すぎて照準が定まらないというならば、銃口を押し付けるくらいまで近寄って撃てばいい。そんな意図が汲み取れる突進だった。
「バカが。オレ様がそうかん単に近寄らせるかよ」
マグナムが取り出したのは二丁の拳銃であった。いや、ただの拳銃ではない。鉄の板を焼ききるほどの出力を持ったレーザー拳銃である。
ズザーッ!
眉間を狙って放たれた光線を、ハヤトは髪を焦がしながら回避する。回避の方法は単純だ。ハヤトは背中を地面につけるほどのスライディングで瞬間的にマグナムの射線から姿を消したのだ。
「何!?」
ハヤトの目論見通り、Vz61の銃口がマグナムに押し付けられ………。
トカカカカカカカカ!
Vz61から放たれた.32ACP弾は一弾倉分、二〇発がマグナムにすべて命中する!
「なるほど………あの野郎が気にかけるだけのことはあるわけか」
しかし.32ACP弾はすべてマグナムの筋肉を貫くにはいたらなかった。人を殺すには充分な銃弾も、ミュートを殺めるには威力が致命的に不足していた。
「!?」
マグナムの突き蹴りを両腕を交差させて受けるハヤト。ハヤトの体がまるでボールのように吹っ飛んでいく。
「ハヤトくん!」
ニモが慌ててハヤトの元に駆け寄り、回復カプセルを手渡す。ハヤトは受け取った回復カプセルをはっきりした動きで飲み込んだ。しかしダメージは確実にハヤトの体に残っているらしく、苦しそうに二度咳き込んだ。
「ニモ、気をつけた方がいいぞ。あいつら、トンでもなく強いぞ………」
「ええ………」
一方でヘッシュもマグナムに駆け寄っていた。
「大丈夫か、マグナム?」
「ああ、銃弾で殺されるオレ様じゃねえ。だが、あのガキ………やってくれるぜ」
「
「かもな………む、何だ、この音は?」
マグナムとヘッシュのみならず、ツルノスの一同にも異変が聞こえてきていた。いや、ツルノス側にとってそれは異変ではなく、福音といってよかった。
「さぁ、覚悟なさい、
その音の正体はキャタピラが大地を叩く音であった。そしてその音が聞こえるということは、ウルリーカの愛車であり、ツルノスの切り札である軽戦車メルクール号が戦場に到着した証であった。メルクール号に乗り込んだウルリーカが上着の袖をまくりながら唇を舐める。
「やれやれ、ようやくのお出ましか」
しかし
「では我々も切り札を出すとしよう。来い、
ヘッシュが指をパチンと鳴らした時、陽光でゆがむ地平線の向こうから姿を現したのは戦うために作り出されたクルマ、戦車であった。
「何! 奴らも戦車を持っているのか!?」
グレイゴはそう言ってから初めて気付いた。
奴ら、
それが意味する符号は一つではなかろうか………?
「い、いけません、お嬢! ここは撤退すべきです!!」
「今更逃げられるわけないでしょ! 降りかかる火の粉は振り払わないと、今時やってけないんだから!!」
メルクール号のチヨノフTSが大きくガソリンを吸い込んで爆発的に馬力を生み出す。メルクール号は馬力を前進する力へと換え、
「グレイゴに言われなくたって、アイツらがアタシたちに勝てると踏んで挑んできてるのはわかってるわよ………」
メルクール号の操縦席でアクセルを踏むウルリーカは冷静だった。
「でも、アタシたちの最終目標は
ウルリーカはメルクール号のCユニットであるラクターに
ラクターによれば
「何が究極戦車よ。究極装甲車じゃない………」
心にわきあがる不安を無視するために、敵だけを見据えるウルリーカ。ウルリーカは敵との距離が二五〇〇メートルを切った段階で砲撃を開始した。
バグォーン!
メルクール号が放った一五五ミリ砲弾は過たず
「何て加速なの!?」
停止した状態で時速八〇キロに達するまでに必要としたのはわずか数瞬。どうやら
「グレイゴ、援護して!」
「了解!」
グレイゴがMG4を抱えて走る。センタウロの装甲は二〇ミリ程度しかないし、おまけにただの車輪で装甲しているのだ。MG4でも車輪をパンクさせて動き
を封じることは充分に狙えるし、ツルノスにはナスホルンケーファー戦で消費しなかったRPG−7がまだ残っていた。RPG−7の直撃ならば
しかし
「ええい、メルクール号にも副砲があれば………」
しかしメルクール号はありふれた貧弱なエンジンに、強力無比の主砲だけを搭載した火力特化型の装備しかしていなかった。長所と短所のバランスを考慮するのではなく、極限まで突き詰めた長所で敵をねじ伏せることを想定していた。
だが、今やメルクール号の長所である砲力は
メルクール号のCユニット、ラクターが警告音を発する。警告音を発した理由は明確だ。なぜならば
「今更見逃してだなんてムシがよすぎる話よね………まったく!」
グオゥ!
メルクール号にATMミサイルが突き刺さって爆発する。
「お嬢!」
グレイゴが一一ミリバルカンの弾幕を省みずに立ち上がり、武器を捨ててメルクール号へ駆け寄る。途中、グレイゴの背中に弾片が突き刺さったが鋼鉄の意志で痛みを無視する。
結論からいえばメルクール号は大破していたが、ウルリーカ自身は無事だった。幸運にもメルクール号の砲身にATMミサイルは命中し、ウルリーカを衝撃で気絶させただけで済んでいたのだ。
ウルリーカをメルクール号から救出し、安堵の息をもらそうとしたグレイゴだったが、
「おっと、チェックメイトだぜ」
グレイゴは力なく頷くと観念したとばかりに両手を挙げた。ハヤトもグレイゴに倣って手を上げる………。
そして話は冒頭へと戻る。
メルクール号が
「ウリちゃんはオレとグッさんで何とかするから、ニモは街に行って誰か呼んできてくれ!」
ニモはその言葉に従って逃げ出した。
しかし危険から離れれば離れるほどにニモの冷静な部分が考えたくもない答えを導き出す。
たとえ僕がどこかの街に逃げ出すことができたとしても、誰が僕たちを助けてくれるのだろうか?
僕たちではまったく歯が立たなかった
そんな奴らを相手に見ず知らずの僕たちを助けてくれる人なんているのだろうか?
ニモは自分がトンでもなく小さな希望を探さなければいけないことに気付いていた。しかし気付かぬフリをして走り続けていた。
走り続けることで
安全に安堵すると同時に、ニモは実質的に仲間を見捨てた自分に対する嫌悪感で潰れそうになっていた。
「僕は、最低です………ッ」
あふれ出した嫌悪感が口をついて出た時、ニモは地面に崩れ落ちて………そして泣いた。
泣いて、泣いて、泣き続けて………そしてどれくらいたっただろう。ニモは誰かに肩を叩かれてようやく顔を上げた。
「どうしたの、お嬢ちゃん」
ニモの肩を叩いたのは妙齢の女性だった。艶やかな紅茶色の髪と淡いブルーの切れ長の瞳、雪のように白い肌にはえる真っ赤な口紅。ニモの心臓が思わずトクンと高鳴るほど綺麗な女性だった。
「こんな所で泣いているとモンスターに食べられるわよ」
声はかけたものの、どこか突き放した口調で女性は言った。よく見れば目の奥は澱んで、どこか厭世的な雰囲気を漂わせている………。見た目の美しさと退廃的な雰囲気。それは目の前の女性を強烈に引き立てていた。
「あの、貴方は………モンスターハンターですか?」
「え?」
「だって貴方もこの荒野に一人で………」
「ああ、そう、ね。ハンターオフィスに登録はしてないけど………襲ってくるモンスターくらいは倒してるわね」
「じゃ、じゃあ………ッ!」
「ああ、誰かを助けてくれって話? 悪いけどワタシ、そういうのって嫌いなの。ワタシはワタシのためにしか動きたくないの」
女性は気だるそうに髪をかきあげる。ニモは打ちひしがれた表情でまたうずくまった。
「………何、ホントに図星だったの?」
女性はポケットからタバコを取り出すとマッチを擦って火をつける。
「………ま、ここで会ったのも縁という奴かしら。一つ教えてあげるわ」
女性はふーと紫煙を吐き出しながら続ける。
「どんな人間にだって長所はあるわ。それに気付けて、それを活かせるかどうかは別の話だけどね。お嬢ちゃんの長所は何かしら?」
「僕の、長所………」
「ところでお嬢ちゃん、メカニックなの?」
「え………?」
「ワタシ、それなりに人を見る目はあるつもりなの。お嬢ちゃん、手先器用そうじゃない」
「えと、メカニックってわけじゃないですけど、色々ガラクタ弄ったりするのは好きですけど………」
「そ。じゃあちょうどいいわ」
女性はそういうと薄い直方体をニモに手渡した。
「これ、ワタシが発掘したノートPCなんだけど………ワタシには必要ないからあげるわ」
「え、いいんですか………?」
「言ったでしょ。ここで会ったのも縁という奴。ま、何せ電源がないから起動もできなくって、単なるガラクタなんだけど………」
ガラクタ。
その単語がニモにニモ自身の長所を思い出させる。
「あ………ッ!!」
ニモは電流に撃たれたかのように体を振るわせた。そうだ、僕にもできることがある!
「あ、あの、ありがとうございます!」
「………どういたしまして」
「このお礼はいつか必ず! ………えぇと?」
「シレイラ。ワタシの名前はシレイラ」
「ありがとうございます、シレイラさん!」
完全に元気を取り戻したニモはシレイラからもらったノートPCを大事そうに抱え、来た道を戻っていった。そう、
シレイラはニモの背中を眩しそうに見つめ続けていた。
「ちっくしょー、縄をほどきなさいよ!」
後ろ手に縛られた状態でハヤトとグレイゴ、そして目を覚ましたウルリーカが並べられている。
「ちょっと、アタシたちに何するつもりなのよ! アタシたちは食べても美味しくなんかないわよ、ライオン丸!!」
「ったく、ギャーギャーやかましい女だな………。第一、ミュートは人間なんざ食わねぇよ、バーカ」
よかった。オレ、食うのは好きだけど食われるのは大嫌いなんだ。そんな場違いなことを考えるハヤトを横目に、ウルリーカが言葉を続ける。
「じゃあ何、まさかアタシの体が目当てとか言うんじゃないでしょうね、このスケベ!」
「誰がお前みてーな貧相な体に欲情するか。なぁ、ヒゲのオッサン。抱くならもっとボインボインのねーちゃんの方がいいよなぁ?」
「なっ!?」
急に話を振られて戸惑うグレイゴ。ウルリーカはそんなグレイゴの反応を曲解したらしい。
「ちょっとグレイゴ! アンタもアタシの体が貧相だっていうの!? 信じらんなーい、サイテー!!」
「おい、マグナム………。火に油を注ぐような真似はよせ」
いささか辟易した表情のヘッシュ。マグナムは肩をすくめて言った。
「ヘッ、まったくからかうと面白い奴らだぜ………」
チャキ。マグナムがレーザー拳銃にエネルギーカプセルを装填し、ウルリーカに銃口を向ける。さすがのウルリーカもお喋りがはたと止まる。
「静かにしてな。お前たちは大切な取引の材料なんでな」
「取引………? 人身売買をやっているのか?」
「いつもは違う。ただ今回はスポンサーの依頼でそうなる」
「スポンサー………お前たちの戦車はそのスポンサーのおかげで完成したのか?」
「ああ」
「………そのスポンサー、まさか
グレイゴの質問の落とした波紋は巨大だった。ウルリーカとハヤトは目を見開いて
「どうしてそう考えた?」
「この世界であれだけの戦車が作れるのは限られた者しかいない。俺はその中から一番強力な可能性を挙げただけだ」
「
「女、その質問がミュート社会全体を指しているのならば、NOだ。
「でも、何で
「アイツはどこかの組織の一員らしくてな、そこいらの店じゃ一生かかっても手に入らないようなアイテムを多数所持してやがる。オレ様たちは
「究極の、戦車………」
その時であった。一発の銃声がこだまし、マグナムの足元に突き刺さる。
「ん? 何者だ?」
「ニモ!」
銃を撃ったのはニモであった。ニモはVz61の弾倉を入れ替えながら腹の底から声を張り上げる。
「やい、お前たち! ………ぼ、僕が相手です!!」
「ハッ、一人逃げてたチビがトチ狂ったか? まぁ、お前も捕まえて仲良く
マグナムとヘッシュが
「ニモ、どうして………」
ウルリーカが信じられないといわんばかりに呟く。グレイゴも言葉には何も言わないが、ニモの行動の真意をつかめないでいた。
ただ、一人ハヤトだけはニモが助けに来てくれたことを純粋に喜んでいた。それにハヤトだけは知っていた。ニモがここに現れたということは、必ず勝てる勝算があるのだ。
だってニモはオレと違って頭がいいのだから。
「ハッ、ハッ、ハッ………」
ニモは可能な限り素早く脚を動かして逃げる。今度の逃げは敵からの逃走ではなく、作戦の一つとしての後退であった。
だが人間の脚力で
グオウ!
「何!?」
だが、
「マグナム、対戦車地雷だぞ!」
「あのガキ………ただ無策に突っ込んできたわけじゃなさそうだな。ヘッシュ、副砲をぶっ放せ!」
「わかった!」
ブオオオォォォォ………
一一ミリバルカンの一基が発砲音を連呼する。排出された薬莢が太陽の光を反射して煌く様はどこか幻想的ですらあった。だが、一一ミリバルカンは一発たりともニモに命中していない。ニモは変わらず走って逃げ続けている。
「………?」
「えぇい、ちょこまかとうざったい奴め!」
マグナムが苛立ちを口にしながら
「ヘッシュ、さっさと次弾を装填してぶっ放せ!!」
「待て、マグナム。何か様子がおかしい。ただ走って逃げ回っているだけの相手に、エミーほどのCユニットが射撃を外すとは思えん………」
「………つまり、あのチビが何かやってやがるってのか?」
「うむ。その『何か』がわからないが………」
ヘッシュはエミーのモニターにニモの姿を拡大した上で表示させる。ニモは何かを抱えながら走っている。後姿しか見えないので詳しくはわからないが、少なくとも何かを持って、その「何か」を使っているのは見て取れるが………。
「とりあえず今は距離を取って射撃に専念するか?」
「消極的な作戦だが、それが一番か………」
ヘッシュが顎の先に左手を置いて考えるポーズを見せた時、エミーのモニターが真っ赤に染まった。
「!?」
「何だ、今のは!?」
ヘッシュがエミーのコンソールを素早く操作し、何が起きたのかを調べようとする。だが、ヘッシュの操作を待たず、次の異変が
二基搭載されている一一ミリバルカンの片方が、もう片方に向けて射撃を開始したのだった。直近で一一ミリ弾を何十発と受けた一一ミリバルカンはあっという間もなく破壊されつくす。
「副砲が副砲を撃った!? 何が起きてやがる?」
「マグナム! エンジンが………ルドルフの調子がおかしい! 温度が異様に上昇している!!」
「バカな! Cユニットがイカレちまったのか!?」
「まさか………あの子供が持っていたのは!!」
「マグナム、あの子供! エミーをハッキングしているぞ!!」
「バカな! Cユニットのハッキングなんざ、そう簡単にできるもんじゃねぇぞ!!」
「だが、今目の前でそれをされている!」
「バケモノめ!」
ヘッシュは一度
「ヘッシュ、脱出を………」
制限を越えた急加速はマグナムとヘッシュほどのミュートでも身動きが取れないほどのGを発生させていた。
「ダメだ、このスピードでは………」
脱出もままならない、と続けようとしたヘッシュの言葉を待たず、オーバーヒートに耐えられなくなったルドルフが爆発を起こした。元々装甲が薄かった
ニモにとって一番大切なのは、自分の大好きなツルノスのみんなを助けにいくことだからだ。
早く行って縄をほどいてあげなくちゃ、僕の大好きな人たちのために。
ニモの呟きは誰に聞こえることなく風に流されていく………。
ウルリーカ「いやぁ、今回はニモのおかげで助かったわ」
グレイゴ「ええ、ニモがいなかったらどうなっていたことか」
ハヤト「ニモ、エライ! ニモ、かっこいい!!」
ニモ「え、えへへ………(赤面)」
ウルリーカ「さって、メルクール号が壊されちゃったんだから、何としてでも新しい戦車を探すわよ! できるだけ強力で、できるだけ整備が行き届いてて、できるだけ簡単に手に入る戦車ってないもんかしらねーっ」
グレイゴ「ハヤト、ニモ、あれが強欲の総天然色見本だぞ」
ニモ「あ、あはは………」
????「やれやれ、お嬢さんは相変わらずお転婆なようだな、グレイゴ」
グレイゴ「!?」
ウルリーカ「アンタは!!」
ハヤト「うわ、ウリちゃんのすっげぇ顔!」
ニモ「こりゃ、ただ事じゃなさそうですよ………」
ウルリーカ「アンタなんかライバルじゃないわよ!」