一九四二年二月二八日午後二時五八分。
 カナダ国ブリティッシュコロンビア州バンクーバー市上空。
 バンクーバーに限らずカナダには多くの野鳥保護区がある。たとえばバンクーバーに近い場所でいえば、レイフェル野鳥保護区などがある。
 だが、この日、この時間にバンクーバー市内で空を見上げている者は一人もいなかった。空は青く、雲一つない野鳥観察には絶好の天候であるにも関わらず、だ。
 理由は単純だけに明快だ。
 この日、アメリカ合衆国陸軍航空隊の大規模編隊がバンクーバー市に向かってきたからだ。その数はジェラルミンで空を覆いつくさんばかりだ。
「クソッ、数が多すぎる………ッ!」
 バンクーバー国際空港に展開していた第二五一海軍航空隊に所属する笹井 醇一中尉は、アメリカ領から大挙して押し寄せる「ジェラルミン製渡り鳥」の群れに毒づいた。その数は小さく見積もっても三桁をきることはない。それに対する帝国陸海軍の戦闘機は稼動機のすべてをかき集めても一〇〇機に届かない………。
『中尉、あまり本音を漏らさない方がいいですよ』
 笹井が座る零式艦上戦闘機、通称ゼロ戦の操縦席に備え付けられているスピーカーから少し後方を飛ぶ坂井 三郎一飛曹の声が聞こえてくる。坂井の声を聞いて笹井は背中に冷や水が流れたのを感じた。
 日本がオルレアン同盟に加盟し、イギリスやドイツといった科学立国との技術交流が盛んになり、笹井たちにとって一番ありがたかったのは無線機の質の向上であった。イギリスから伝達された真空管製造技術によってゼロ戦の無線機の質は格段に向上。今じゃ空戦中でも僚機と気軽に会話ができ、意思疎通が図れるようになった。
 笹井は無線の電源を入れたまま本音を漏らしてしまった自分の迂闊さに舌を出す。
「みんな、敵を撃墜することも大切だが、何よりも自分が撃墜とされないようにしろよ。百戦錬磨のお前たちの替えはそうそういないことを忘れるな! ………では、かかれ!」
『了解!』
 笹井の指示を受けて真っ先に飛び出したのは西沢 広義一飛曹であった。笹井と同じゼロ戦に乗っているはずなのだが、西沢のゼロ戦は笹井のそれより機敏な動きを見せていた。つまりはそれだけ操縦技術が卓越しているということだ。
 戦闘機乗りとは選ばれた者だけがなれるものだ。戦闘機乗りに選ばれた者は鍛錬さえ積めば誰もが西沢や坂井のようになれる。笹井は最近になってそのことを理解し始めていた。だから西沢の卓越した操縦技術を見ても笹井は平静を保っていた。



 そう、それでいい。今はまだ西沢の後塵を見る立場であっても、空の上で戦い続けるうちに西沢と肩を並べ、そしてついには西沢を追い越してしまうことだって夢じゃない。それが戦闘機乗りという選ばれた人種の全員が持つ「可能性」なのだ。
 スロットルを開いて増速する笹井のゼロ戦を後方から見守っていた坂井 三郎は誰に伝えるでもなくうなずいた。
 笹井中尉はまさにダイヤの原石だ。あの人ならば世界最強の撃墜王にだってなれるだろう。坂井はそう考えている。そしてダイヤの原石に自分ができること、それは………。
「フッ!」
 坂井は操縦桿とスロットル、フットバーといったゼロ戦の操縦装置のすべてを駆使してゼロ戦をヒラリと舞わせる。
 急転する視界!
 だが、坂井の猛禽も裸足で逃げ出す動体視力は急転する視界の中から的確に狙うべき敵を見出していた。それは笹井の前進を阻まんとする合衆国陸軍航空隊の戦闘機。
 ダッ!
 あまりにも短い一連射で決着がついた。坂井のゼロ戦が放った七.七ミリ機銃弾と二〇ミリ機関砲弾がP40 ウォーホークに命中する。坂井に狙われたウォーホークはあまりに運がなかった。二〇ミリ機関砲弾が破壊した胴体部に連続して七.七ミリ機銃弾が突き刺さったのだ。炸裂弾頭が載っていた二〇ミリ機関砲弾を受けたために胴体部を引き裂かれかけていたウォーホークは七.七ミリ機銃弾の直撃でダメを押された。真っ二つに裂けたウォーホークが重力に引かれて墜落する。
『坂井、助かる!』
 無線から聞こえてくる笹井の声に坂井は口元を綻ばせた。笹井中尉は海兵時代はがむしゃらなまでの真面目さ故に「軍鶏」とあだ名されていた。しかし今では周囲に気を配る余裕が生まれている。バンクーバー市に向かう敵編隊を目指しながらも自分の周囲にまとわりつく危険と、その危険から自分を護ってくれる列機、坂井の位置、高度、速度を正確に把握している。
「中尉、戦闘機は俺に任せて!」
『ああ、俺は爆撃機をやる!!』
 阿吽の呼吸とはこれをいうのであろう。坂井と笹井のコンビは付きすぎず、離れすぎず、的確な距離感で合衆国陸軍航空隊に立ち向かう。
 その機動は五条大橋で弁慶に立ち向かう牛若丸の如し。合衆国陸軍航空隊は笹井、坂井のゴールデンコンビの動きに翻弄されるばかりだ。
 そんな中、坂井はあることに気付く。そしてそのことを口にしようとした時、笹井の声が聞こえてきた。
『坂井、敵編隊なんだが、妙だぞ!』
「中尉も気付かれましたか」
 対米戦開始以来嫌というほど戦ってきた重爆撃機B17 フライング・フォートレスの姿が敵編隊の中に確認できていない。敵編隊はウォーホークやP38 ライトニングといった戦闘機と………
『司令、敵編隊は戦闘機と輸送機! 繰り返す、敵編隊は戦闘機と輸送機だ!!』
 双発の輸送機、C47 スカイトレインが笹井機の銃撃を受けて翼をもがれて墜落する。輸送機からごまつぶのように零れ落ちる「モノ」があった。昼間の星を見つけることができる坂井の並外れた視力はごまつぶの正体を正確に見抜いていた。
 それは落下傘を背負った歩兵であった。
『敵輸送機は落下傘装備の歩兵を乗せている………えぇい!!』
 別のスカイトレインに攻撃を仕掛けようとする笹井機に、その名の通り稲妻となって突っ込んでくるP38 ライトニング。横軸を主体とした格闘戦に持ち込めば何ともないライトニングだが、縦軸を主体とした一撃離脱に持ち込まれると、ゼロ戦では防戦に回るのが精一杯となってしまう。
 笹井だけでなく坂井や西沢も多数のP40やP38に追い詰められていた。一対一ならば絶対に負けることはないだろうが、戦争において、空戦において一対一の勝負などもはや望むことすらできない時代になっていた。
 そして笹井と坂井のゼロ戦が防戦に回ったことは、帝国陸海軍の迎撃が失敗したことを意味していた。
 合衆国陸軍航空隊のC47の大編隊は一割にも満たない「わずかな損害」を出しただけでバンクーバー市内上空へ侵入する。そしてバンクーバー上空に連続して咲き乱れる大輪の白。それは合衆国陸軍第八二空挺師団が空挺降下を開始したことを示す狼煙であった。

戦争War時代Age
第一五章「野望の果て」


「ブラッドレー准将より連絡! 『儂は舞い降りたI has landed』! 作戦は成功ですね!!」
 合衆国陸軍西海岸方面軍の総司令部ではバンクーバー攻略作戦「TR」の第一段階の成功を意味する電文が届いたことで熱気が渦を巻いていた。
 合衆国陸軍西海岸方面軍司令官を務めるドワイト・アイゼンハワー大将は軍服のポケットから取り出したハンカチで額を拭う。日本人が自分の意図した通りに動いてくれるか、「TR」作戦の第一段階はアイゼンハワーにとって一種の博打であり、アイゼンハワーの心中は穏やかではなかった。
 だが、その緊張もここまでだ。「TR」作戦の第一段階成功を聞いたアイゼンハワーはパチンと右手の指を弾いて司令部のスタッフの意識を引いた。
「よし、パットンに命令しろ! お前の一番好きな命令を伝えると言ってだ!!」
 合衆国陸海軍では無電の前後に意味のない言葉を挿入することで暗号解読を困難にするルールがある。アイゼンハワーが発した命令であってもそれは例外ではない。
 だが、そのルールが今回は破られた。
 通信兵にアイゼンハワーたちの興奮が伝播したのだろう。パットン率いる第一機甲師団に対する命令は以下の通りだった。
「第一機甲師団に命ずる。バンクーバー市内へ突撃せよ。戦争の猟犬を解き放て」



 アイゼンハワーからの命令を受け取った時、第一機甲師団は帝国陸軍第五軍団の猛攻を受けていた。
 国境付近の戦いで消耗していたとはいえ、一個機甲師団で三個師団弱の戦力を保有する部隊と正面から戦うのは無謀の極みであるはずだった。しかしパットンの第一機甲師団の編成は帝国陸軍の常識をはるかに上回っていた。
 まず歩兵部隊のほとんどが機械化され、迅速かつ的確な部隊展開ができていたのが驚愕だった。帝国陸軍第五軍団は帝国陸軍初の機械化部隊とうたわれていたが、第一機甲師団の機械化率は第五軍団のそれを大きく引き離していた。
 次いで驚かされるのは圧倒的な砲兵弾幕の量だった。
 第一機甲師団は自走榴弾砲を集中運用することで帝国陸軍の前進を食い止めていた。自走榴弾砲の弾幕砲撃によって足止めされた帝国陸軍を迂回、包囲する第一機甲師団の機械化歩兵部隊という光景があちこちで発生していた。
「佐倉、二時方向のM4、徹甲弾で撃て!」
 ドイツからライセンスを取得して生産した三号戦車J型の長砲身三七ミリ砲が吼える。もろい側面を狙い撃たれたM4はガソリンが激しく炎上し始めて赤い棺おけと化した。
「クソ、一両のM4を倒すのにかかる時間と損害が多すぎる………」
 国境付近の戦いで消耗していた溝口の戦車第七大隊の戦力は、パットン率いる第一機甲師団との戦闘でさらに落ち込んでいる。すでに大隊の残存戦力は戦車二〇両まで落ち込んでいた。
「藍田、司令部との通信はまだ回復しないのか?」
 溝口は自身が戦車長を務める三号戦車J型で通信を担当する藍田一等兵に問いかける。まだ幼さをおぼろげに残している藍田一等兵は困惑と諦めの顔を同時に浮かべ、自分にわかる範囲をバカ正直に報告する。
「ダメです。他部隊との通信はできるんですが、第五軍団司令部との通信だけはできません」
「バンクーバーで何か起きているのか? ………全車、後退!!」
 溝口の聴覚は合衆国陸軍の砲兵が放った榴弾が落下してくる音を聞いた。そして砲兵の射程距離外へ退避し、補給と戦力の建て直しを図ることにした。
 彼らがバンクーバー市内の異変に気付くのはもう少し後のことである。



 合衆国陸軍第八二空挺師団の空挺降下が開始された時、帝国陸軍歩兵第六八〇大隊がバンクーバー市内にいたのは偶然と錯誤と誤解のためだった。
 突出していたパットン率いる第一機甲師団に対する攻撃に参加予定だった、歩兵第六八〇大隊はバンクーバーから逃げ出そうとする市民の波につかまって身動きが取れなくなっていた。歩兵第六八〇大隊を率いる結城 光洋少佐はしかたなく部隊の者たちに市民の誘導を命令し、他部隊の通行を優先させていた。
 そんな中、合衆国陸軍第八二空挺師団の空挺降下が開始される。合衆国陸軍が空から降りてきたことを聞いた結城 光洋は一瞬だけ信じられないという表情を浮かべたが、すぐさま気を持ち直して部隊の再集結を命じた。
 一〇分後、バンクーバー市内を舞台に、歩兵第六八〇大隊と第八二空挺師団は戦闘を開始する。



 バンクーバー市内中心部のホテルを接収し、帝国陸軍第五軍団は司令部としていた。
 そして第五軍団の司令部は大童となっている。
 たとえば結城 光洋らとは違い、第五軍団司令部の面々は「空挺降下」という新時代の戦術を知っているし、その研究も行ったことがある者ばかりだ。
 しかし昔からいうように、「百聞は一見にしかず」である。
 研究を重ねていた空挺降下を初めて目の当たりにした第五軍団司令部は、バンクーバー市内の各所から発せられた情報の統括に失敗。錯綜する情報と多発する誤解。第五軍団司令部は自軍本陣を急襲してきた合衆国陸軍第八二空挺師団への初期対応に出遅れてしまっていた。
 司令部勤務の参謀たちが好き勝手に喋り、山下 奉文軍団長や鈴木 宗作参謀長ですら騒ぎを収めきれない中、第五軍団を掌握していた滝沢 紳司大佐は独りで錯綜する情報の取捨選択を行い、各部隊に指示を出していた。
 歩兵第六八〇大隊に対する攻撃命令は滝沢自身が発したものである。
 偶然とはいえ、お前に頼らなければならないとはな、結城………。滝沢は人知れず臍をかむ。
 群馬県の山村の貧しい農家の息子としてこの世に生を受けた滝沢にとって、人生とは皮肉でしかなかった。
 自分に天賦の才があることに気付いたのは、尋常小学校に入った時だった。彼は誰よりも早く、そして正確に尋常小学校のカリキュラムをこなしてみせた。尋常小学校の教師は滝沢の才能を褒め、滝沢はその賞賛に鼻を高くした。
 だが、賢い滝沢は程なくして気付く。貧しい農家の息子である自分には、この才能を活かす術がないということに。家業の農業を継いだとして、毎年冬の訪れに怯えて惨めに細く生きることしかできないのは目に見えている。自分は誰よりも賢いのに、誰よりも愚かな生き方しかできないのか!
 だから滝沢は家を捨てた。陸軍士官学校へ入学したのだ。入学時の成績は主席。「おらが村の神童」として群馬県を出た滝沢は、陸軍で成り上がることを決めていた。
 しかし陸軍士官学校で人の輪の中心にあったのは自分ではなく、入学時の成績が次席だったあの男だった。そう、その男こそ結城 光洋。滝沢にとって、結城 光洋は何もかも自分と真逆だった。
 鎌倉時代から続く武家の子孫として生まれ、父も祖父も帝国海軍で才幹を発揮して昇進を重ねている結城 光洋。
 滝沢にとって、自分の望むすべてを持った結城 光洋という存在は、嫉妬の対象であり、そして憧れでもあった。
 滝沢は頭を振って雑念を払う。今は自分の過去を振り返っている場合ではない。苦境に立たされているバンクーバーで、逆転の策を練るのが最優先だ。
 バンクーバー戦で勝つ。そして自分の出世を磐石のモノとする。
 己の出自にコンプレックスを抱く滝沢。つまり滝沢にとって野心が生まれ出る場所は、滝沢 紳司という人生の根幹にあるのだ。これを結城 繁治や、南 燃などが知れば、彼らはため息混じりに納得するであろう。
 自分が一番嫌いなのが自分である場合、その人生が満足のいくものになるはずがないのだから。



 バンクーバー市内に降下したオマー・ブラッドレー准将は部隊の集結を図らず、分隊、小隊単位での行動を優先させていた。
 故に降下直後からバンクーバー市内の各所で戦闘と、占領が繰り返されていた。帝国陸軍の対応が完了するよりも早く、ブラッドレーの部隊がバンクーバー市内の重要拠点を占領していくためだ。
 ブラッドレーは第一目標と定めていたバンクーバー市内の変電所制圧に成功。バンクーバー市内への電力供給を断ち、市内の混乱を加速させた。
 だが、ブラッドレーの本命は変電所ではなかった。
 彼は一個大隊を市内中枢の高級ホテル、そう、帝国陸軍第五軍団が司令部として使用しているホテルの制圧へ向かわせていたのだ。
 すでに戦闘は、第五軍団司令部の一室で短機関銃の発砲音が聞こえるまでに迫ってきていた。
 実はこの時、滝沢はすでに司令部の移動を始めさせていた。故にホテルが制圧されても司令部が壊滅することはない。滝沢はホテルを劣りとして合衆国陸軍の戦力を吸引させることに成功したのだった。合衆国陸軍がホテルの制圧に完了する頃には結城 光洋が率いる歩兵第六八〇大隊がホテルに集まった合衆国陸軍を包囲できるだろう。
 そうなれば勝負は五分に持ち直せる………。滝沢はホテルを防衛する部隊の直接指揮を執りながら、そう考えていた。
「ゴー、ゴー、ゴー! あのホテルを制圧するんだ!!」
 合衆国陸軍第八二空挺師団に属する第一大隊のジャック・ダニエル少佐がM1ガーランド小銃を掲げて前進を促す。
「ジェロニモオオオオオ!」
 ジャック・ダニエル少佐の命令に応じて、先住民族の英雄の名を叫びながら、先住民族の末裔の軍曹が駆ける。
 対する帝国陸軍歩兵第六八〇歩兵大隊は接収した民家に重機関銃を備え付けて急造の火点として合衆国陸軍の前進を阻む。帝国陸軍がカナダに持ち込んだ九二式重機関銃の七.七ミリ弾がインディオの子孫の胴体を無残に引き裂く。内臓だけが上半身と下半身をつなぐようになった軍曹は、苦しそうに右手を伸ばすがミリ秒単位でその力は弱く、細くなっていく………。
 だが、合衆国陸軍は帝国陸軍の火点に対して新兵器を使用した。
 まるでラッパのような形をした筒状の兵器。その形状故に喜劇俳優自作のラッパと同じ名前で呼ばれる携帯型噴進弾発射器。
 M1 バズーカから放たれた噴進弾は山なりの弾道を描いて火点に飛び込んでいく。
 ズオゥ!
 爆発と衝撃。九二式重機関銃の銃身が千切れて突き刺さり、戦死した日本人の墓標と化す。敵は重装備を持てない空挺部隊と考えていた帝国陸軍は、バズーカという新兵器の衝撃に、物理的にも精神的にも押され始めていた。
「自軍が持つ兵器は敵も使用してくる………当たり前の話、か」
 滝沢はススで黒く汚れた頬を袖で拭いながら独り呟く。だが、すぐに気を取り直してホテルを防衛する部下たちに向けて怒鳴る。
「いいか、噴進弾の射程は大したことないし、噴進弾はそもそも重い! ひょこひょこ動いているマヌケがいたら、それを優先して狙え! そうすりゃアメ公は小銃と短機関銃と手榴弾くらいしか武器がなくなる!!」
 滝沢の言葉は的確だ。敵は恐ろしい兵器を持ってきているが、しかしそれは対抗不可能な残虐兵器ではない。勇気と知恵さえあれば対抗策が見出せる兵器なのだ。
 滝沢の一声で浮き足立ちかけていた部隊の士気は落ち着きを取り戻せた。滝沢は内心で胸をなでおろし、自分の九九式小銃に銃弾を装填する。
 だが、五分も経たないうちに滝沢の目は驚きで見開かれる。合衆国陸軍のM4戦車がホテルに向かって進んできたからだ。
 空挺部隊に戦車が同伴している!? 戦車のような重量物を落下傘降下させることは不可能だ。それはすなわち、パットン率いる第一機甲師団が第五軍団の猛攻を跳ね返し、バンクーバー市内へ突入を果たしたことを意味していた。
 M4の砲塔がゆっくりと動く。まるで「自分を撃破できるものならやってみろ」と滝沢たちをたきつけるかのようだ。
「く………」
 滝沢はすぐ近くにいた一等兵の肩を叩き、「後退!」と叫んだ………つもりだった。滝沢が動こうとした瞬間に、M4が放った七六ミリ榴弾がすぐ近くで炸裂。滝沢の意識に黒い緞帳が降りた。



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