超火葬戦記
第一〇章「決戦」


「でぇぇぇぇい!!」
 ヴェオ・ウルフ族のロウガの愛刀ゲッコウが竜人を袈裟懸けに断つ。
「次!」
 ロウガのゲッコウが動く度に竜人族の兵士たちは次々と切り裂かれ、そして屍の山を築いていく。
 しかし所詮は一人の奮戦。
 数で押せば簡単に倒せるだろうと竜人たちも複数でかかる。
「父っつぁん! 撃て!!」
 ロウガがヴェオ・ウルフ族ならではの機敏な動きで竜人たちとの距離を開ける。
「おっしゃあ!」
 ロウガ率いる第九九他民族混成隊「ルシファー」のデバイスがMBランチャーのトリガーを引く。
 まるで笛のような音をあげながら、炎の尾を引き、飛んでいくMBランチャーの砲弾。
 そして強烈な爆発が竜人たちに襲い掛かる。
 MBランチャーの砲弾炸裂と共に大小の破片が、猛烈な勢いで竜人たちを切り裂く。
「よし! 全軍、遅れをとるな!! 進め、進めィ!!!」
 巨大な戦斧を片手に、諸民族連合軍を率いるコ・メイは自ら竜人の軍勢に斬りかかる。
「そう! ここが正念場である! 一歩たりとも退くな!! 千年戦争より続いた戦乱の炎。今こそ完全に絶やす時!!!」
 参謀長のヨーク・アルビースも呪文の詠唱の合間にそう叫ぶ。
「そうだ!」
 そして彼らの言葉を引き取る男。
 諸民族連合軍の一同が彼の姿を見る視線。
 それは軍神を見るそれであった。
 レパルラントの生ける軍神。
 山本 光は支給された剣をスラリと抜き、天を突くかのように掲げる。
 陽の光を反射し、煌く白刃。
「勝利の鐘も、高らかに!! 我らに敵無しである!!!」
 そして山本の後ろから轟雷の音。
 否、それは雷ではない。
 戦艦 大和の四六センチ砲の発砲音であった。
 諸民族連合軍の総攻撃は、今の所はこの上なく順調であった。



「初めまして、『大罪の姫君』よ………」
 表面上はあくまで恭しく、竜王 バルバロッサ・バルークスは頭を下げた。
 しかし彼の体から滲み出るのは敬意ではない。
 純粋なる殺意。
 それのみが滲み出ていた。
「………私は………」
 マリア・カスタードはバルバロッサの殺意に怯えながらも口を開こうとする。
 しかしバルバロッサはその手をマリアの顔前にかざし、言葉を封じる。
「そう。すべての元凶が貴様であるわけではない」
 バルバロッサは殺意を引っ込めながら言った。
「だがな、マリア嬢。貴様はエレノア人である。それだけでも我らにとって憎悪の対象となる。そう思わんか?」
「……………」
 確かに亜人類(デミヒューマン)誕生のきっかけとなったGBVを作ったのは彼女の祖先である。
 彼女はそれを知るが故に俯くしかなかった。
「ふん。まぁ、いい。貴様が私の手にあることで、諸民族連合は我らに対する最終作戦を決意した様子。それだけで私の望みは叶ったも同然」
「え? ………それはどういう意味なの?」
 しかしマリアの問いは流されてしまった。
 バルバロッサの懐刀と目されているギザ・トブルクが入ってきたのであった。
 武将というよりは軍師であるギザであるが、入室してきたギザは鎧を身につけていた。
「バルークス様」
 ギザがバルバロッサの名を呼ぶ。
 バルバロッサにはギザが何を言いたいのかはわかっていた。
 だから続きを促さず、
「また、逢おうぞ」
 とだけ言った。
「御意」
 ギザも短く、それだけを言うと鎧の金属同士がぶつかり合う音を鳴らしながら退室して行く。
「………さて、『大罪の姫君』よ。ここで共に待とうではないか」
 ギザが出て行ったことを確認してからバルバロッサは独り呟くように口を開く。
「目の前で世界が変わる瞬間を見るというのも悪くはあるまい」



「………乗員のほとんどが現地で集めた素人だという割りに、よく動いてくれているな」
 戦艦 大和艦橋。
 結城 繁治は大和乗員のきびきびとした動きを頼もしげに見つめながら呟いた。
「一応、私や艦長が苦心してマニュアルを作成しましたからね」
 大和副長の辻 歳一が誇らしげに胸を張る。
「右舷より小型舟艇多数接近! 接舷切込みを行う模様!!」
 見張り員からの報告を聞き、双眼鏡を右舷方向に向ける辻。
 確かに何隻もの小さな船が大和に向って迫ってきている。その船には完全武装の竜人が多数見受けられた。
「副砲、高角砲で迎え撃て。主砲はあくまで敵陸上部隊撃破に専念せよ」
 結城は間髪いれずに指示を出す。
 その命令は余分な言葉が一切無い、実に結城らしい命令であった。山本であるならば何かしらの「余計な一言」を加えながら下命していたであろうけど。
 大和の副砲、高角砲が吼え、小型舟艇部隊を蹴散らしていく。
 個人での戦闘力は最強である竜人も、戦艦 大和というイレギュラーの前ではただ蹴散らされるだけの存在に過ぎなかった。
 それは諸民族連合軍の誰もがそう思っていた。
 しかしそれは間違いであることをすぐに彼らは知ることになる。
「………ん?」
 大和見張り員の一人である中林は帝国海軍の兵曹長である。
 そして彼は大和においてもはや数少なくなった「純正培養帝国海軍の見張り員」であり、その視力は並ではない。
 何せ帝国海軍の見張り員というのは光が一切無い部屋で一月ほど生活を強要し、その視力を人間の限界ギリギリまで引き上げようとしているのだから。
 そして中林の驚異的な視力は竜人たちの居城であるハムート城から出てきた「それ」を真っ先に発見した。
「バカな………あれは………」
 右腕で目をこする中林。しかし「それ」は幻覚ではなかった。
「て、敵戦艦発見!!」



「今頃、ヤマトの奴らも泡を食っているであろうなぁ」
 「それ」の艦橋。
 ギザ・トブルクはそこにいた。
 これはギザ・トブルクが対大和用に研究開発した、いわば「戦艦」であった。
 名を「イスタロート」という。その名は千年戦争中期における竜人族の猛将の名前でもある。
 このイスタロートこそまさに竜人族にとって最後の切り札であった。
「よし、タンズーム砲、発射準備!!」
 ギザの命令と同時にイスタロート甲板上にある四つの巨大な砲塔が、獲物を嗅ぎ求める獣の首のように動き始める。
 イスタロートの主兵装がこの「タンズーム」と呼ばれる巨砲である。単装砲塔であるが、その威力は申し分ない。
 何故ならばこのタンズームはあのダイダロスを艦載用に手直ししたものだからだ。
 ダイダロスは大和に大打撃を与えたことがある。
「だから………負けはせぬよ」
 ギザは笑みを浮かべた。その笑みには一点の曇りも無い。完璧なる勝者の笑みであった。



「戦艦だと!?」
 ハムート城から現れた巨艦 イスタロート。
 その姿を見た山本は、戦場のど真ん中であることすら忘れてイスタロートに目を奪われていた。
 しかしそれは山本だけではなかった。
 ロウガも、デバイスも、コ・メイも。
 諸民族連合軍のほとんどがイスタロートの雄姿に釘付けとなっていた。
「おい! 今は戦闘中だぞ!! 余所見をするな!!!」
 ヨークが必死に戦闘に集中するように檄を飛ばす。
「や〜れやれ………竜人さんもやってくれるねぇ」
 ヨークのすぐ隣で呑気な声をあげたのはアストリア・カーフ。レパルラント一の魔道士である男であった。
「竜人の部隊だけなら何とかなる。MBランチャーや魔道部隊がいるからな。だがあの船は………」
「ヨークさんよぉ」
「?」
「悲観してもしょうがないって。あの船がそんなに脅威的だったら脅威でなくすればいいと思うぜ」
「アストリア! 貴様、気楽に言うが、どうやって脅威でなくするというのだ?」
「決まってるさ。どんなに優勢であっても、キングが取られたらチェスは負けになる。それに賭けるってことさ」
 ヨークとアストリアの間に入ったのは山本であった。
 ヨークは山本の顔を呆気にとられた面持ちで見ている。もしかしたら山本が例えでだした「チェス」がわからなかったから怪訝な表情をしているだけなのかもしれないが。
「ま、それしかねぇわなぁ」
 ヨークとは対照的にアストリアは乗り気であった。彼も山本と同じ結論に達していたようだ。
「てなわけで兵を借せ。一個小隊規模でかまわんから、精鋭を借してくれ」
「まさか………ミツル殿も行かれるのですか?」
「当然。バルバロッサには言いたいことがあるんでな」
「危険ですよ?」
 暗に翻意を願うヨーク。
「ならば私が護衛につきましょう」
 そう言ってヨークの肩を叩いたのはリチャード・バリュークスであった。竜王 バルバロッサの息子にして、父に叛旗を翻した男である。
「リチャードが来てくれるならありがたいな」
「………わかりました。では第九九他民族混成隊を預けます。で、我ら本隊は何をすれば?」
「そうだな………できるだけ派手に動いて竜人の部隊をひきつけておいてくれ。少数の部隊がハムート城に向ってるなんて想像もできないくらいにな」
「了解」
 では、と山本とリチャードは「ルシファー」を呼びに向う。
「派手に、ね………」
 アストリアは山本の指示を反芻するように呟いた。
「んじゃま、『アレ』を出しますか」
 アストリアのその言葉に目を剥くヨーク。
「アストリア。『アレ』の制御はできるようになったのか?」
「さぁね? 何せ使うのは本当に久しぶりなんでね」
「なっ!?」
 蒼ざめるヨークを余所に呪文の詠唱に入るアストリア。
「そういえばヤマモトが言ってたな。向こうにはこんな言葉があるらしいぜ」
「?」
「『通らばリーチ。根拠無し』ってさ」
「……………」
「………死を喰らう魍魎よ………暗黒の炎の中より来れ………デス・イーター!!」
 そう唱え終えると同時にアストリアは両腕を前面にかざす。
 そして手のひらより漆黒の闇が形成される。
 グルルルルル………
 闇の中より聞こえるは地獄の唸り。
 レパルラントにおいて最強の召喚獣と目されている「死を喰らう魍魎」 デス・イーターの唸り声である。
「我が敵を喰らい尽くせ! 行け、デス・イーター!!」
 デス・イーターはその声と同時に闇の中より飛び出した。
 デス・イーターはまるで蛇のような体を持つが、顔がなく、鋭い牙を持つ口しか持たない。
 だがデス・イーターは目がなくとも気配という奴で生物の位置を知り、生物を喰らい尽すのである。
 しかしアストリアはその高い魔力でデス・イーターを操ることができる。現在、レパルラントでそれが可能なのは彼一人である。
 もっともデス・イーターの力は強力で、アストリアが少しでも力を抜けば、デス・イーターは暴走し、敵味方を問わずに襲い掛かるのだが。
 それだけ厄介な召喚獣であるデス・イーターであるが、逆にいうとそれだけの力を要求するだけのことはある。
 アストリアの魔力によって制御されたデス・イーターは竜人の部隊のみを喰らう。
 竜人の鋼より硬い鱗もデス・イーターの牙の前では紙も同然。いとも容易く食い破られ、真っ赤な血を噴き上げ、断末魔の叫びと共に倒れる。
 そしてその地獄絵図こそがデス・イーターにとって何よりの楽しみ。
 デス・イーターはそのまま暴れ狂い、竜人の部隊をかき乱し続ける。
 竜人たちはデス・イーターから逃げることにのみ専念せざるを得なくなる。
 ハムート城に向う第九九他民族混成部隊と山本、リチャードに気付く者など誰一人ありはしなかった。



「見張り員の推測であるが、竜人の作った戦艦は全長五〇〇メートルクラスらしい」
 戦艦 大和艦橋。
 結城は腕を組んだままで辻の報告を聞いている。
「主砲は単装であるが、あのダイダロス並の口径はあるらしい。と、いうことは一〇〇センチ砲ということです」
「ふむ………あんな戦艦を作ってたとはな。私も知らなかったな」
「さて、艦長代理。どうしますか?」
 辻にそう訊かれ、結城は組んでいた腕をほどいた。
「山本ならば、『突撃あるのみ!』というのだろうが………何の策もなく突っ込むのはただの自殺だな。特に主砲があのダイダロスというのならばな」
「しかし考える暇なんてありませんよ? 今の所はあの戦艦の砲はこちらを狙っていますが、それが連合軍の陣を狙うようになれば………」
「なるほど。我々には選択肢は無い訳か」
「かつてはダイダロスの性能を見誤ったせいで思わぬ一撃を受けましたが、今度は、今度こそは全弾回避してみせますよ」
 清水 啓司航海長が言った。その表情はかつての忌まわしい過去を振り払うかのようであった。
「信用する」
 結城はそう言うと顎に右手を添え、考え込む表情をみせた。
「ダイダロスが四門。しかし一〇〇センチともなるとその衝撃は並ではないはず………四門同時射撃は無いものと思っていいかもしれんな………」
「では四門搭載した理由は?」
「長篠の戦でも信長と同じだろう」
「なるほど………しかしそれだと………」
 敵戦艦の弱点は無い。
 そう認めることと同じじゃないですか………
「敵戦艦、発砲!!」
 見張り員の叫び。
 結城の推測どおりに全砲門一斉発射ではなかった。
 さぁて、どう戦うか………
 かつて大日本帝国で「鬼畜王」と呼ばれ、米国相手に好き勝手に戦い、講和へ向けて尽力した男、結城 繁治は持てる頭脳のすべてを使い、敵戦艦撃沈のための策を練る。



「………こんなにあっさりと潜入できちまうとはね」
 ハムート城は予想以上に大きく、そして予想以上に閑散としていた。
 全兵力が出撃しているのだから閑散としているのは当然のことなのだが。
「とにかくマリアさんを探しましょう。まずはそれを優先すべきでしょう」
 リチャードの言葉に山本は頷く。
「まぁ、先にバルバロッサの元に向うのもアリだけどな。そこでバルバロッサを捕縛して、マリアがどこにいるかを吐かせて、そして停戦させればいいさ」
「なるほど。それもありって訳だ」
「そうはいかぬよ………」
「!?」
 突然の背後からの声。
 山本たちは一斉に後ろに振り返る。
 しかしそこには誰もいない………否、山本たちの後ろに影があった。誰も立っていないのに影だけがあった。
「『大罪の姫君』を渡すわけにはいかぬよ………我らの怨讐をそう易々とは渡せぬ!!」
 影の中からヌッと現れるのはシュラ・ラークス。あえて竜人の軍に身を寄せるアームドウイング族の猛者であった。
「シュラ! 貴様!!」
 シュラの姿を見るなりゲッコウで斬りかかるロウガ。
 しかしシュラはその太刀を簡単にかわしてみせる。
「ほう、あの時の………ちょうどいい。決着をつけようか、ヴェオ・ウルフ!!」
 シュラは四本の腕、それぞれで刀を構え、ロウガに立ち向かう。
「ミツルさんよぅ。どうやらそういうことらしいぜ………さぁ、行け!」
 ロウガはゲッコウを構えなおし、シュラと対峙する。
 山本たちはロウガを独り残すことに後ろ髪を引かれない訳ではなかったが、今、何をするべきなのかをわきまえてもいる。
「スマン、ロウガ!」
 山本はそう言い残すと駆け出した。
 …………………
「なぁ、シュラさんよぉ………」
「何だ?」
「何故お前一人なんだ?」
「どういう意味だ?」
「俺たちが侵入したことを知らせたとは思えない。何故知らせようとしないのだ?」
「フッ。私にはこの戦争の行方などどうでもいいからな」
「何? どういうことだ?」
「私は剣だ。剣は人を斬るためにある。それだけだ!!」
 そう呟くとシュラはアームドウイングならではの瞬発力でロウガに斬りかかる。
 ガキィ!!
「うらぁ!!」
 シュラとロウガでは力はロウガが勝る。だからロウガは渾身の力でシュラの太刀を薙ぎ払う。
 シュラはロウガに押し返されたためにバランスを失う。
「でぇい!!」
 それを好機と捉えたロウガが一気に前進。ゲッコウを振り下ろす!!
 しかしゲッコウは空を斬るのみ。
 シュラがバランスを崩したのは上辺だけ。それはロウガの侵攻を誘い込む罠だったのだ。
「死ねェ!!」
 シュラの握る四本の太刀がロウガの身体を斬り裂く。
「グゥッ………」
 全身から駆け抜ける痛みにロウガは顔をしかめる。
 だがアームドウイングの力はそれほど強くない。
「残念だったな、シュラ………トドメには至らなかったようだぜぇ…………」
 ロウガの左腕がシュラの腕をガシッと掴む。
「き、貴様! 放せ!!」
「放せと言われて放すバカじゃねぇよ、俺は………」
「!!」
 そして右手にしっかりと握り締めていたゲッコウをシュラの身体に突き立てる。
「グ………ハッ…………」
 血の塊を吐き出すシュラ。
「ク、ククク………まぁ、よかろう………剣に生き、剣に倒れるのは本望……………」
「シュラ………」
「最期に………貴様とやりあえたのは嬉しかったぞ………ヴェオ……ウルフ…………」
 そう言い終えるとシュラはガクリと力が抜け落ち、崩れ落ちる。
「………剣に生きる、か……………」
 そう呟くとロウガは床に膝をついた。シュラから受けたダメージは致命傷ではなかったが、充分に重かった。
 ロウガはふてぶてしくハムート城の廊下に座り込み、シュラの語った言葉の意味を考えることにした。
 考える時間は、それなりにありそうだ。


超火葬戦記 第九章「愚行の罪状」


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