戦艦 大和の会議室。
レパルラントに(何故か)やってきてた結城 繁治と山本 光。
彼ら二人は己の導き出した結論に冷や汗をかいていた。
「………世界の謎を解く鍵はすぐそばに、か。『灯台下暗し』とはよく言ったものだな」
結城が冷ややかに言った。
「バ………バカを言え」
結城の言葉を否定する山本。しかし彼の声は震えており、説得力に欠けること甚だしい。
「彼女がエレノアという失われし種族なのか、それともただ頭の働くだけのヒューマンなのか。それは彼女に訊けばわかるさ」
「結城………」
「今は少しでも情報を集めた方がいいさ」
山本は反論できなかった。
仕方無しに山本は結城の後についていく。
………その一〇分ほど前。大和艦橋。
「山本たち、何を話してるんだろうな?」
大和航海長の清水 啓司が好奇心を隠せぬ様子で言った。
「うぅむ。どうやら日米戦争は終わったらしいんだがなぁ………」
大和副長の辻 歳一が腕を組みながら、安心したように言った。
「え? じゃあもう元の世界に急いで帰る必要はないんだ?」
アドバイザーとして大和に乗り込んでいるマリア・カスタードが言った。
「別に俺たちはここにいてもいいんだけどなぁ」
とは清水の言葉。
「え? 元いた世界に未練とか無いの?」
「俺たちは全員が独り身で、故郷に待ってくれてる人なんかいないしなぁ」
辻が何の未練の無く、サラッと言ってのけた。
「山本だって、日米戦が終わってるって知ったんだ。後は何の気兼ねも無く、ここに残ろうって言うと思うよ、マリアさん」
「そういえば結城さん、何か重要なことをバルバロッサから聞いたみたいだぞ。それを山本に言っているみたいだ」
重要なこと? バルバロッサから?
バルバロッサが結城に語ること。マリアには一つだけ心当たりがあった。
もしも本当にマリアが思うことであった場合、彼はきっと………
「今後の竜人たちの戦略のことかな? だとしたらこちらの対応もたてやすくなるってもんだ」
清水が気楽そうに言った
「そう………そうだと、いいわよね。ちょっと外の風にあたってくるわ」
マリアは気の無い返事をし、艦橋を出た。
辻と清水の二人はマリアが何故急にそんな表情を暗くしたのかがわからず、互いの顔を見合わせ、肩をすくめた。
大和甲板。
巨大な四六センチ砲の砲塔に背を預け、マリアは空を見上げていた。
空は突き抜けるように蒼く、深い。
「………ハァ」
マリアは溜息を一つついた。
「彼は知ることになるのね………あのことを」
そしてそれを知った彼はどうするであろうか?
私をどのような目で見るのか………考えただけで恐ろしい。
「………怖い。怖いわ」
「そうか。恐ろしいか」
急にマリアの背後から声がした。驚いて砲塔から離れるマリア。
マリアの影からヌッと人間になった昆虫のような風貌の男があらわれる。アームドウイング族の男。
「あ、あなたは!?」
「始めまして、『大罪の姫君』。儂はシュラ。シュラ・ラークスと申す」
シュラはマリアに対し、深々と頭を下げた。
「儂は竜人に手を借す者でな。我らの主が姫君と是非会いたいと申すのでな………儂が来ることになった」
シュラはゆっくりとマリアに近寄る。
マリアは後ずさり、シュラから離れようとする。
「何故に逃げる? このヤマトとやらの最高責任者に正体を知られたくない。だからこんなところにいるのではないのか?」
「それは………」
「ならば来るがよい。我らの主は貴様と話がしたいそうだ」
シュラは左右あわせて四本ある腕のうちの左上の手を背中に回し、背中に背負う刀を手に取り………
キィン
背を向けたまま、背後からの銃弾を切り裂いてみせた。
「手前、何してやがる!!」
「ヤマモトさん!」
拳銃を構える山本がシュラの背後にいた。左隣には結城もいる。
「マリア、逃げろ!」
山本が拳銃を連続で放つ。
しかしシュラの動きは素早く、山本の拳銃では動きを捉えることはできなかった。
「愚かな………」
シュラは拳銃で己に立ち向かおうとする山本の愚かさを嘲笑った。
「ヒューマンごときがアームドウイングに勝てるはずがなかろうが。それが我らの生まれし理由だというのに。なぁ、『大罪の姫君』よ?」
シュラは視線をマリアの方にやる。マリアは蒼ざめた表情であった。シュラはそんなマリアを見て笑った。
「異世界の勇者よ。我が主、バルバロッサ・バルークスの命により、『大罪の姫君』は預かる」
「『大罪』………? マリアが何をしたっていうんだ!!」
「知らぬ方がよいことというのは世の中にあるぞ、異世界の勇者」
「ふざけるな!!」
山本は弾倉に残った最後の一発をシュラに向けて放つ。
シュラはそれを切り払い、別の腕でマリアの首筋を叩き、マリアを気絶させた。
「では、サラバだ。おそらく、近いうちにまた会うであろうな………戦場で」
シュラはそう言うと気絶したマリアを抱えたまま消えた。
「ふむ………シュラは私たちを殺すつもりはなかった訳か。山本。幸運だったな」
結城の淡々とした言葉に山本は思わず結城を睨みつけた。
「シュラ・ラークス。潜入暗殺術に長けた恐るべき男と俺はバルバロッサから聞いているのでな。お前が必要以上にシュラを刺激するので最期を覚悟したよ」
「テメェ………」
「ふん。何にせよ、俺たちの懸念が的中したことには変わりない。山本。今すぐに諸民族連合軍のトップと話をするぞ」
結城は表情を隠したまま、淡々と山本の背中を叩き、精神的に立ち直ることを促した。
「うぅむ………こうなっては仕方ない、か」
胃の痛そうな表情で諸民族連合軍総大将 コ・メイは口を開いた。
マリア・カスタード拉致の報告を聞いて、コ・メイや参謀長のヨーク・アルビースといった諸民族連合軍の主だった面々はゼーシーにすぐに飛んできたのだった。
「………昔、この大陸に、ミノス族やエルフ族などの民族はいなかった」
結城からすでにそのことを聞いている山本は驚かないが、それ以外の大和の面々は驚愕の表情を浮かべた。
「そ、それはどういうことですか?」
驚く大和の面々を代表し、大和砲術長の東條 祐樹が尋ねた。
「昔。千年戦争よりもはるか昔。この大陸にはヒューマンともう一つの民族しかいなかったということさ」
山本が東條に教える。コ・メイたち諸民族連合軍の者たちは山本がそのことを知っていたことに驚きを隠せなかった。
「そこの鬼畜王から聞いたんでね………ま、そういうことだ」
「………なるほど。しかしヤマモト殿とユウキ殿以外は知らない様子。説明を続けてよろしいですか?」
ヨークが訊いてくる。
「私も断片的な情報をバルバロッサから聞き、そしてその情報を繋げ、推測で語ったに過ぎないのだ。しっかりした情報がそちらから聞けるのならばそれに越したことはない。答えあわせがしたい」
結城の言葉にヨークは頷き、言葉を続けた。
「ヤマモト殿の言うように、千年戦争より以前。このレパルラントにはヒューマンともう一つの民族。エレノア人しかいませんでした」
「エレノア人? そんな民族に出会ったこと無いぞ?」
機関長の東 誠一が首をかしげた。
「ええ。無理もありません。彼らは滅びたのです。自らが生み出した最終兵器『終焉の四賢者』によって」
「『終焉の四賢者』? 大陸だったレパルラントを群島にしたっていう、あの………?」
「その通りです、ツジ殿。エレノア人は非常に優れた民族であったらしく、ヒューマンよりも桁違いに優れる頭脳を有していました。そして、彼らはその優れた頭脳故に世界を滅ぼすこともできる兵器『終焉の四賢者』を生み出し、エレノア人同士の争いに投入しました」
「………無茶をする」
嫌悪感剥きだしに東條が吐き捨てるように言った。
「それだけではありません。エレノア人たちは他にも『とんでもないモノ』を作ってしまいました」
「『とんでもないモノ』?」
「はい。GBVと呼ばれるウィルスです」
「細菌兵器って奴か………」
結城が淡々と言った。
しかし彼は思った。大陸を根こそぎ吹っ飛ばすような兵器と同等に比べられるべき兵器でもあるまいに。
「いいえ。違いますよ、ユウキ殿。さすがのバルバロッサもGBVのことは話しませんでしたか………」
「違う?」
「ええ、違います。GBVはヒューマンやエレノア人に寄生し、その者の体を造り変えるのですよ………」
ヨークの悲しそうな顔。
そこで山本はピンと来た。
「………そうか。今の世界が誕生した理由はそのGBVが原因か………」
戦慄を隠せぬ表情と声。
山本は心のうちで自分の想像が外れることを願っていた。
しかし現実は残酷であった………
「そう。ヤマモト殿の想像の通り。この世界のヒューマン以外の諸民族はそのGBVに感染し、体を造り変えられた者の成れの果てなのだよ………」
コ・メイがためらいもなく言った。
「な!?」
「GBVによって体が変化した亜人類(デミヒューマン)。それが我々ですよ」
「………何てことだ」
「このことを知るのはほんの一部だけです。知れば余計な絶望を周囲に振りまくだけですからね」
もう二度とは戻らない体であるのだから、とヨークは表情で語った。
「だが、それとマリアさんがさらわれたことが何の関係があるのだ?」
清水が暗愚な質問を口にした。いや、彼も真実に辿りついているはずだ。しかし、それを誰かに否定してもらいたがっている。
「………マリアをさらったシュラとかいう野郎はマリアのことを『大罪の姫君』と称した。清水。それが答えだ………」
「………山本」
「コ・メイ将軍。お願いがある」
山本が真剣そのものの瞳でコ・メイに言った。
「マリアを救うために兵を借せ。借さないというのならば大和は単艦で竜人どもの巣窟に向う」
山本の眼には冗談の要素など欠片もなかった。しかしそんな山本に対し、ヨークは肩をすくめながら言った。
「困りますね、ヤマモト殿。それは『お願い』ではなくて『脅迫』って言うんですが?」
「そうかもしれんな。だが返事はイエスかノーか。その二つだ」
「勿論、イエスですよ、ヤマモト殿。貴方の申し出を断るいわれが無い」
「そうか! そりゃありがたい!!」
パッと表情を明るくする山本。
そんな山本に対し、ニヤニヤしながら辻は言った。
「じゃあ山本。大和の指揮は結城大佐に任せて、お前は地上部隊に同行しろよ」
「え゛………?」
今までの真剣な目つきが一瞬にしてピエロのような間抜けな眼に変わる。それは一級の喜劇であった。
「マリアさんはお前が助けに来ることを望んでるって。上手いことやれよ〜♪」
「いや、ちょっ………俺は………」
日本に残している紅蘭のことを一切話していないのが裏目に出たようだ。山本はマリアを『友達』として心配しているのだが、辻たちは『恋愛対象』として心配していると思っているのであった。
山本はすがるような眼で結城の方をチラリと盗み見る。
………唯一事情を知るお前だけが頼りだ! 頼むから助け舟を出してくれ!!
結城は口元に笑みを浮かべながら一度頷いた。
「わかった。山本。大和のことは俺に任せてくれ。お前はマリアを助けることだけを考えろ」
テメェ! 事情を知りながら!!
結城は鬼としかいいようのない表情で山本の肩をポンポンと叩く。
さらに憎たらしいことに山本の耳元でこう囁いた。
「国に帰るのが楽しみだな、山本君?」
「………………」
強く、強く。歯が圧力によって欠けてしまうのではないかと勘ぐってしまうほど強く、山本は上下の歯を噛み締めた。
一週間後。
「これより我々は竜人たちの城、ハムートを攻め落とす! これが最後の戦いとなる!! 総員、心してかかれ!!!」
コ・メイが数万の軍勢に対し、大声で怒鳴る。
数万にその声を届かせるほどの大声は、すぐ近くにいる者にとっては鼓膜を撃ち破りかねないほどの大音量となるのであった。
「オオォォォォーーーッッッ!!!」
数万が挙げる鬨の声。
その声は大気をも震わせる。
「どうしました、ヤマモト殿?」
何故か元気の無い山本に対し、竜王 バルバロッサ・バルークスの息子にしながら、竜人と相対する道を選んだリチャード・バルークスが声をかけた。
「ん? いや、まぁ、なぁ………」
「マリアさんなら大丈夫ですよ、きっと」
リチャードは山本を気遣ってそう言った。
うむ。確かにマリアのことで頭を悩ませてはいるが………
山本は懐に手をやる。懐のポケット越しに一枚の写真の感触。
これ、浮気にはならんよなぁ?
そんなとんでもないことを考えながら、山本は最後の決戦に赴く諸民族連合軍地上部隊と共にハムートを目指すこととなったのであった………