超火葬戦記
第八章「鬼畜王襲来」


「ク、クソッ………このままでは……………」
 驟雨降りしきる中、竜人族の青年 アグニは雨に濡れる顔を手で直に拭いながら呟いた。
 いや、彼が拭ったのは雨ではない。
 何故なら雨ならば赤い色をしているわけがないからだ。
 アグニは全身に傷を負っていた。
「クソッ」
 アグニは舌打ちしながら額を伝い、目に入ろうとする血を拭った。
 諸民族連合軍の戦力は確実に向上している。
 剣すら通さぬ竜人族の鋼鉄よりも硬い鱗を傷つけるMBランチャー。その配備が全軍にいきわたり始めたからだ。
 こうなると数に優れる諸民族連合軍はその数に任せ、竜人の部隊を包囲し、一斉にMBランチャーを叩き込む戦術をとるようになった。
 そして竜人たちが密集し、その包囲網を食い破ろうとすれば異世界より現れた鋼鉄の大海獣 ヤマトの砲撃が襲い掛かるのだ。
 ダイダロス戦からわずか二ヶ月。
 たったそれだけの期間で竜人たちの戦線はかなり押し下げられていた。
 この勢いのままでは竜人たちの本城であるハムート城まで半年もあればたどり着きかねないほどであった。
「………えぇい、援軍は! 援軍はまだ来ないのか?」
 アグニは苛立ち、部下に怒声を浴びせる。彼の部隊はすでに両手で数えるほどの部下しかいなかった。ほんの数時間前までは一〇〇を超えていたにもかかわらず。
「ダメです………さっきも念話球で呼び出したのですが、『もう少し待て』の一点張りで……………」
「………あの新任の司令はやる気があるのか!!」
 アグニはヒュー・エンデンの後任として竜人の部隊を率いることになった『あの男』を罵った。
「あの男、聞けばヤマトやウネビと同じ世界から来たというではないか! あのようないわくつきの男に頼らずとも、ヒュー様であれば…………」
 アグニがそういい終えないうちに破滅が訪れた。
 閃光。
 轟音。
 衝撃。
 そして鉄片に切り刻まれてアグニたちは絶命した。


「ようし、撃ち方やめ………しかし中々にてこずらせてくれたな」
 リザード・マン族の初老の男がまだ硝煙の消えないMBランチャーを肩に提げながら呟いた。
「隊長、敵部隊の追撃で随分と突出してしまいましたね」
 副官のエルフの男が初老のリザード・マンに言った。
「ああ。確かに………よし、では一旦後退し、部隊を立て直す……………」
 そこまで言って初老のリザード・マンは目を見開いた。
「な………ななな!?」
 意味のない呻き。
 しかし呻いても仕方の無い状況が彼の眼前で起こっていた。
「りゅ………竜人! ど、どこに隠れていやがったんだ!?」
 彼の部隊は同数程度の竜人に包囲されていた。
 そしてそれが何を意味するか。
「あ、あああ………」
 後はただの虐殺でしかなかった。
 友軍を倒された怒りに震える竜人たちは包囲した諸民族連合軍の兵士を残さず惨殺した。
 近距離で包囲された諸民族連合軍のMBランチャーは同士討ちを恐れて使用することができず、竜人たちのなすがままとなったのだった。
 この日の戦闘で竜人側は一〇〇名強の兵士を失った。
 しかし諸民族連合軍は二〇〇〇名の兵力を喪失したのであった……………



 その戦闘から五日後。
 レパルラントの中心都市であるパルランテ。
 そこの諸民族連合軍最高司令部にて連日連夜軍議が執り行われていた。
「これが五日前の戦闘の解析です………」
 竜人でありながら諸民族連合軍の一員として戦っているリチャード・バルークスが手元のレポートを見るように一同に勧める。
 彼の父親はバルバロッサ・バルークス。竜人たちの長である。それ故に当初は立場がマズかったが戦艦大和艦長の山本 光が彼を庇い、さらには先のダイダロス攻防戦における戦功から全軍にその立場が認められるようになっていた。
「………これは……………」
 レポートに目を通していた諸民族連合軍参謀長のヨーク・アルビースが不快そのものの声をあげる。
「はい。竜人たちはその一〇〇名の部隊を囮とし、我が軍の部隊をおびき寄せ、そして包囲殲滅したのです」
「なんということだ………兵士をまるで消耗品のように扱うやりかただな」
 ヨークは不快そうな表情でそのレポートを握り締めた。
「……………………」
 そのレポートを見ながら山本は何やら考え込む顔をしていた。
 そんな山本を横目に見ながら大和副長の辻 歳一はレパルラントの戦争が穏やかなものだと思っていた。
 俺たちのいた世界の戦争はそんな作戦は朝飯前なんだがな………このような作戦に怒りを覚えれる。俺たち軍人の無くしてしまった感覚だな。
「しかし竜人にこのような作戦をとる奴などいたのか?」
 コ・メイがリチャードに尋ねる。
「いえ。私は聞いたことがありません」
「そうか………」
「一人、心当たりがあるな………」
 不意に誰かが呟き、一堂は視線をその呟いた者に向ける。
「ヤマモト殿?」
 山本が腕組みをした姿勢で呟いたのであった。
「一人、俺の知り合いにこういう作戦を得意とする奴がいた………」
「山本。しかし俺たちとウネビの他にこっちに来た奴はいないはずだぞ?」
「ああ。辻の言う通りだろうな………俺の思い過ごしだろうな」
「………参考までに尋ねたいのですが、その者は一体何者なんですか?」
 ヨークが尋ねる。
「………鬼畜王」
「え?」
「人を人とも思わない鬼畜で外道な最低の男さ」


 竜人たちの本城 ハムート城。
 ………今頃、アイツは俺のことを鬼畜王とかいってるんだろうなぁ。
 竜人たちを率いるヒューマンの男は自嘲気味な笑みを浮かべていた。
「ユウキ………あれはどういうことだ!」
 ヒュー・エンデンが全身から怒りを滲ませて彼の部屋に殴りこんでくる。
「おや? ヒュー殿………どうかされましたか?」
 しかし彼はヒューの剣幕にも一歩たりとも引かず、飄々と答えて見せた。
「『どうかされた』だと!? 貴様が先の戦いでとった作戦のことに決まっておろうが!!」
「しかし私は現に勝ちました。数百の犠牲でその幾倍もの戦果をあげた。貴方のような力押しの作戦では犠牲を増やすばかりで戦果が無い。しかし私は犠牲に見合う戦果を挙げている。軍人としてそれは誉められるべきでは?」
「貴様………兵の命を何だと思っている!!」
「その甘さが今までの負けに直結していることに何故気付かない。貴方の騎士道精神のせいで何人の兵士が死んだと思っているんです?」
「おのれ………異世界のヒューマン風情が! 図に乗るなよ!!」
 竜人にとって生身の貴様はいつでも殺せるんだぞ! 暗にそのことをにおわせるヒュー。しかし彼は怯まない。
「では私は指揮権を貴方に譲り渡してもいいですよ。バルバロッサに頼まれてやっているんですから、私は。貴方たちによって捕らえられている妻のために、ね」
「グ………」
 彼の妻は竜人たちによって捕らえられている。それは事実であった。そのようなやり方を生理的に嫌っているヒューとしてはその事実があるが故にあまり強気にでれないのであった。
「………わかった。ではこうしないか?」
「? 何ですか?」
「貴様の妻を解放してやろう。そしてどこなりと行くがいい」
 彼の表情がそこで始めて変わった。
「………いいのか? それは裏切りだぞ?」
「人質をとって戦わせるなど我ら世界の覇者たる竜人の為すべき事ではないわ。ギザ・トブルクの奴が勝手に決めたそうだが、私は反対だ。そのように戦わせている者など信用ならん」
「………ヒュー殿。私は君を少し勘違いしていたようだな。戦場以外の………平時の時であるのなら君のような男を親友としたいよ」
「………私は貴様などと親友になりたくもない」
 ヒューがムスッと言ったので彼は思わず噴出した。この世界に来てから久しぶりに笑う気がする。
「………だが私はおそらく大和と共に竜人と戦うことになるぞ?」
「いつまでもヤマトが最強の存在だと思わんことだな。我らには切り札がある」
「そうか………」
「ではそこで半刻ほど待っていろ。………ユウキ シゲハルよ」
 帝国海軍中佐 結城 繁治はヒューのその言葉に黙って頷いた。


「あ、ヒュー様。何故このような所に?」
 ハムート城の地下牢。牢の番をしている竜人の男がやや卑屈気味に尋ねた。
「………チエコとかいうヒューマンの女が捕らえられているだろう。彼女を出せ」
「は? し、しかしそのようなことはギザ様が許されませんが………」
「よい。許してやれ」
 周囲を圧する声が地下牢に響く。
 そしてその声に男もヒューも驚愕した。
「バ、バルバロッサ様………」
 竜人たちの覇王 バルバロッサ・バルークスがそこにいた。
「ヒューよ………」
「は、はい!」
「………あの男は何と言っておった?」
「は、はい。あの男は自分の戦う理由は捕らえられた妻の安全のためと………」
 ヒューのその言葉を聞いたとき、バルバロッサはどこか失望したような表情を浮かべた。しかしそれも一瞬のこと。
「そうか………彼なら私の正義を理解してくれると思ったがな」
「は?」
「わかった。ユウキ チエコを出してやれ。そしてあの二人を連合軍に引き渡せ。これは命令である」


「バルバロッサ様、よろしいのですか?」
 ヒューが結城の妻 千恵子をつれて出て行くのを見ていたバルバロッサの背後からギザ・トブルクが声をかけた。
「構わんよ。私は彼にそれなりの判断材料を与えた。そして彼はその結果、我らに正義は無いと判断したのだ。ならば私はその結果を受け入れようではないか」
「御意………」
 ギザは恭しく一礼。
 ………そうか。私の考えは間違っていたのか。ふふふ。そうか。
 バルバロッサは嘲笑を浮かべた。勿論、その対象は自分自身である…………



 そして一週間後。
 結城夫妻は諸民族連合軍に保護され、さらに一週間後。ゼーシーに停泊していた大和に乗艦したのであった。
「てめぇ………なんでてめぇがここにいやがる」
 大和艦橋にいた山本は結城の顔を見るなり表情を歪めてそう言った。
「知らんよ。私が聞きたいくらいだね」
 キッパリと言い切る結城。
「山本さん。お久しぶりです」
 そして結城の傍らにいた結城の妻 千恵子が頭を下げる。
「………幸せそうで安心したよ、千恵子さん。相手がこいつでなければもっと安心できたんだがね」
「相変わらずね、山本さんは。………でもあの人に悪気はないのよ」
「………そうか。まぁ、もう俺の口出しすることじゃないな」
 山本は寂しげに笑った。
 そんな彼らから少し離れた一角にて。
「ねえねえ、ヤマモトさんとあの人ってどういう関係なの?」
 マリア・カスタードが大和副長の辻 歳一に耳打ちする。
「いや、俺もよくは知らんが、なんでも山本が昔好いていた女性らしいぞ」
「え〜。そんな人とレパルラントで再会しちゃったんだ〜」
「マリアさんも結構そういう話、好きなんですね」
「あら、副長さん。私だって女の子なのよ?」
 マリアが少し拗ねたような表情を浮かべる。
「………ところで山本。少し貴様と話したいことがある」
 結城が山本に言う。
「そうだな。日米戦がどうなったのかを含めて尋ねたいことはごまんとある」
「わかった。じゃあ会議室に来い………辻、訓練を続けていてくれ」



「………で、結城。戦争はどうなったんだ?」
 会議室に入るなり山本は開口一番にそう言った。
「お〜お〜。さすがは世界のアイドルが愛した男。軍務熱心なことこの上ないな」
 結城がからかうように言う。
「何ィ? 俺が世界のアイドルの愛した男? どういう意味だ?」
「お前の演技力はみえみえだな。声が震えているぞ?」
 結城は嬉しそうに笑う。相手をやりこめた勝者の笑みであった。
「まぁ、今から話してやるよ。日米戦がどのように推移したかをな」
 …………………………
 …………………………
 …………………………
「な、何ィ!? それじゃあ紅蘭がクーデター派に担ぎ上げられかけたって言うのか!?」
「ま、そういう訳さ。しかし彼女の演説のおかげでクーデター派に正義がないことは全土に知らしめられた訳だ。さすがの私もあのクーデターは予想外でな。あの演説が無かったらどうなっていたかとヒヤヒヤするよ」
「と、ということは俺と紅蘭との仲は………」
「ああ。全世界に公表された形になるな」
「……………」
 声もでない山本。
「ははは。君の友人の竜崎大佐など『お前を殺す』と言いたげだったそうだぞ」
 さもありなん。山本はそう思って頭を抱えた。
「まぁ、余談はこれくらいにしようか」
 結城はそう言うと表情を引き締めた。勿論、山本もである。
「山本………お前、この世界のことをどれくらい聞いている?」
「うむ………あまり深くは聞いていないな」
「なるほど。あまり深入りしないようにするためか?」
「まぁ、な。俺としては日本に帰るためにここで戦っているんだからな」
「そうか。では千年戦争のことはどれくらい知っている?」
「千年戦争? ああ、畝傍がこの世界に現れるまでず〜〜っと続いてたっていう戦争のことだよな?」
「ああ。『千年』と称されているが実質はもっと長い間戦争していたらしいがな」
「結城。それがどうかしたのか?」
「俺は竜人の王 バルバロッサから結構色々な情報を聞いていてな。それで面白いことを聞いたよ」
「面白いこと?」
「ああ。千年戦争勃発の前の時代………この世界にはエレノア人と呼ばれる民族とヒューマンしかいなかったのだそうだ」
「エレノア人? そんな種族は聞かんなぁ?」
 首を傾げる山本。
「ああ。今では絶滅した種族だそうだ。外見は俺たちと同じ………つまりヒューマン族と同じなんだそうだ」
「ほう? ではどこが違うんだ?」
「ここさ」
 結城は自分の頭を人差し指でトントンと小突く。
「頭がいい、と言う訳か」
「それも尋常なレベルじゃない。エレノア人はわずか三歳にしてアインシュタインを凌駕する知能を持つんだとよ」
「アインシュタイン? 俺たちの世界の、あの高名な物理学者のか?」
「おお、知っていたか。同人に命を捧げているだけでもないらしいな」
「バカにしてるのか?」
「じゃあ何をした人か知っているか?」
「え………ええと? ……………俺の負けでいいよ」
「いいよ、じゃなくて負けているんだがな。まぁ、そういう種族があったそうだ。先の戦いで使用されたダイダロス。あれも元はといえばエレノア人が基本設計を行った物を竜人が組み立てたんだそうだ」
「ダイダロスか………」
 忌まわしき記憶が蘇る。
「山本。死者を忘れろとは言わん。だが死者に捉われていては………」
「わかっている。俺も軍人なのだからな」
「そうか………で、話を戻すが不思議だとは思わんか?」
「ああ。竜人やエルフ、リザード・マンなどはどこから現れたのか。それらが一切不明のままだな」
「うむ………バルバロッサはその謎を知っていそうだったのだがな。俺には教えてくれなかった」
「………コ・メイやアンデラはその謎を知っているかどうかがはなはだ疑問だな」
「うむ。場合によっては我々はいいように扱われているだけかもしれんしな………ところで山本」
「何だ?」
「………マリアナで損傷していたはずの大和をよくここまで修理したな。大和乗員にそんなことができる奴がいたのか?」
「いや、この修理はマリア・カスタードというこの世界で一番の女科学者に………」
「……………」
 そして視線を合わせる山本と結城。
「………まさか、まさか、なぁ?」
 山本は否定してくれることを期待して結城に尋ねた。
「………世界の謎を解く鍵はすぐそばに、か。『灯台下暗し』とはよく言ったものだな」
 結城の目は笑っていなかった。そして山本の期待していた返答とは一八〇度違う言葉を紡いだのであった……………


第七章「ダイダロス(後編)」


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