超火葬戦記
第七章「ダイダロス(後編)」


「清水、進路はこのままでいいのか?」
 戦艦 大和艦橋。
 そこで大和艦長の山本 光は航海長の清水 啓司に尋ねた。
「あぁ、現状でいけるぜ」
 清水は計算尺片手に、目を航海図から離さずに言った。
「しかし山本………せっかく乗員を補充したものの、これじゃあ何一つ変わってないな」
 大和副長の辻 歳一が苦笑いしながら言った。
 レパルラントにて修理を終えた戦艦 大和。
 しかしそれでも大和が全力を発揮することはできなかった。
 何故か。
 それは大和の乗員の決定的不足にあった。
 なにせマリアナ沖で受けた傷を応急処置するために、大和に残ったのはわずか三〇〇名。
 それだけで排水量六万トンを超える大戦艦に全力を発揮させるのはハッキリ言って不可能であった。
 そこで大和はレパルラントで乗員を補充した。
 だがそこは異世界であり、大日本帝国の呉ではなかった。
 呉であれば訓練された、正規の海軍兵士を補充できたであろう。
 だがレパルラントに帝国海軍は無い。
 そこで補充できたのは船は知っていても、軍艦は知らないという素人の集団であった。
 つまり、彼らは一から補充員を始動しなければならなかったのだった。
 しかし充分な訓練を行う暇もなく、竜人の再侵攻が始まったのであった。
 訓練は一時中断となり、大和は出撃した。
 訓練どころか艦内を迷わず行ける程度でしかない乗員を大半として。
 そのために自然と元からいる三〇〇名の負担は重くなるのが道理であった。
「とにかく、後二時間ほどでつく。そろそろ戦闘準備とした方がいいぞ」
 清水の声に山本は静かに頷いた。



「でぇい!!」
 デ・カインの巨大な戦斧が空を斬る。かなりの重さがあるはずなのだが、カインの強力の前にはそのようなことは無視されている。
 ヒュー・エンデンはそのような巨大な斧を受けるなどという愚かな真似はしない。彼は風のような身のこなしで戦斧の斬撃をかわす。
 ガコッ!!
 戦斧が大地を抉る。その威力は凄まじいというレベルすら超越している。
「やるな、若造が」
 カインが地に深く刺さっていた戦斧を易々と引き抜き、斧を自らの顔面の前に持って行き、威嚇する。
「竜人にとってそのような一撃は止まって見える。私を殺めたくば、もっと素早く振るうのだな」
 侮蔑の表情すら浮かべ、余裕を見せるヒュー。
「例えばこのようにな!」
 ヒューが動いた。疾風の如く。
 ヒュッ!
 ヒューの手にしていた剣がカインの鋼の肉体を斬り裂く。そして斬られた箇所から滝のように溢れ出す紅い鮮血。
「うぬ!?」
 全身を駆ける激痛に顔を歪めるカイン。
「どうした? 竜人族一の武を誇るヒュー・エンデンの動きについて行けぬか? まぁ、当然であろうがな」
 口元をかすかに歪め、冷たい笑いを浮かべるヒュー。
「………なるほど。こいつは想像以上だったな。まさかヒュー・エンデンとやらの力がこれほどだったとは」
 そして膝を屈するカイン。
「竜人こそが世界を統べるために神が生み出した民族なのだよ。大人しく神の意思に従っておれば、このような戦にはならなかったであろうにな………」
 哀れみの眼で無様に膝を屈したカインを見やるヒュー。
 しかしそれが致命的であった。
「愚か者が!!」
「!?」
 今まで以上の、ヒューすら凌駕する素早さで迫り来るデ・カイン。
「バカな!?」
 カインの丸太のように太く、そして引き締まった腕が伸び、ヒューの身体を掴んだ。
「ひ、卑怯な!」
「卑怯も糞もあるか。ここは戦場であるということを忘れたか? 油断した貴様が愚かなだけよ!!」
 カインはそのまま右手でヒューを掴んだまま、左手で戦斧を持ち、ヒューを両断しようとする。
「はな……放せ!!」
「死ねぃ!!」
 しかしヒューは口を開き、口から火球を吐き出した。
「グオゥ!?」
 怯んだカインの腕の力が緩まる。こうなればヒューは簡単に抜け出すことができる。
「バカめ。私は竜人の中でもさらに火竜族。火球を吐き出せることを忘れていたか!」
「チッ………」
「死ね!!」
 ダメだ。間に合わん。
 ヒューが剣を振りかぶり、振り下ろそうとするその瞬間。カインは最期を覚悟し、両方の目を閉じた。
 ガキィ!
 だが鍔迫り合いの音が木霊した。
 バカな。俺は斧で防御したりはしていないのだが………
 目を開けたカインの視野に映っていたのはヒューの剣を受けるリチャード・バルークスであった。
「リチャード殿!?」
「遅れて申し訳ありません、カイン様。応援に参りましたよ」
 見るとリチャードの率いる反バルバロッサ派の協和派竜人たちの部隊がカインの部隊を助けるべくヒューの部隊に突撃していた。
「リチャード? そうか。貴様がバルバロッサ様の………この竜人の面汚しが! 覚悟せい!!」
 自分を邪魔した相手の正体を知ったヒューが一旦は後ろに退き、剣を構えなおす。
「ヒューか。子供の頃、共に剣を習っていたな、そういえば」
「そうだな。そしていつも勝つのは私であった! 貴様は臆病で、常に誰かを傷つけることを恐れていた!!」
「そうだ。今でも私は誰かを傷つけるのは好かない。だが、もう迷いはしないのだよ!!」
 そして駆け出すリチャード。
「!?」
 ヒューの顔が驚きに満ちる。リチャードの動きはヒューの予想以上に素早く、そして的確で、隙の無いものであった。
 ヒューに匹敵する動きであった。
 キィン!!
「なるほどな。本気を出せば………そういうことか」
 互いに剣を構えなおし、対峙する二人。
 そして睨み合いが続く………



「ショット様! 奴です。ヤマトが来ました!!」
 部下の報告を受けたヌアク・ショットはすぐさま椅子から立ち上がった。
「本当か!」
「はい。北西より接近中です!!」
「フフフ………あのヤマトを仕留めるのはこのダイダロスということを教えてやるわ。ようし、射撃用意!!」
 その言葉を合図にダイダロスは発射態勢にはいる。
 小さく収納されていた一〇〇センチ八二口径の超大口径長砲身砲が伸びる。
 そのメカプロセスは圧巻そのものである。
 銃があるといえど、基本的に剣と魔法を主戦力としているレパルラントの兵器とは思えないほどにSF的である。
「………しかしこのような兵器が謳歌していたという千年戦争初期とは一体どのような時代だというのだ」
 ショットはこのダイダロスを発射態勢にさせる度に思う。
 そう。ダイダロスはかつてレパルラント全土を覆いつくしていた千年戦争という大戦争の初期。終焉の四賢者が発動し、大陸の過半を消失させる前に使われていた兵器を研究し、威力を調節し直したものなのだ。
 このようなある種の超兵器が謳歌し、殺しあっていた時代。
 クソ。考えるだけで体が震えてしまう。
「………ショット様?」
 急に体を震えさせたショットを不審に思った部下が声をかけた。
「………何でもない。とにかく発射用意だ!!」


「ダイダロスか………さて、清水。準備はいいか?」
 山本は清水の方にチラリと視線を送る。
「ああ。いつでもOKだ」
 清水は自ら舵輪を握っている。
「やれやれ。お前に任せなきゃいけないだなんて………世も末だな」
「ならお前がやるか、山本?」
「冗談だって。そんなに怒るなよ」
 山本は傍らの念話球に語りかける。
「ニコライ。ダイダロスの様子はどうだ?」
『そうですね。砲が今、左右に動いています』
 山本はクラナスのニコライに航空偵察をさせているのであった。目的はただ一つ。ダイダロスの動向の一つ一つを見逃さないようにするためだ。
「そうか。こちらに向き、そして固まったらすぐに言ってくれ。照準が固定された証拠だからな」
『わかっています』
「さぁて………一世一代の闘牛と行きますか?」
 清水は唇を舐めながら呟いた。全身はすでに緊張の汗に濡れている。軽口を叩いてはいるが、本当は内心では絶叫したい気分だ。
 山本とてそれは同じであった。彼は腕組みをしたままで立ち、その目を静かに閉じていた。
 大和に緊張が走る。
 マリアはそのピリピリとした緊張感を肌に感じながら、ゴクリと唾を飲んだ。
 そして三〇秒後。
『ダイダロスがこちらに狙いを定めました!!』
 ニコライの声と同時に山本は目をカッと見開き、叫んだ。
「清水!!」
「おう!!」
 清水が舵輪を派手に回す。
 次の瞬間、はるか彼方の大地に炎が浮かんだ。


 ダイダロス発砲の衝撃は圧倒的であった。
 自重が九〇〇〇トン(無論、我らの数字で)にも達する巨体を誇るダイダロスといえども一〇〇センチ八二口径砲の衝撃にはさすがに揺れた。
 ショットはその腹を揺さぶる衝撃を耐えながら、微笑んだ。
 この一撃を耐えうる物などこの世に存在しない。
 ヤマトよ。先の戦いでは苦汁を飲まされたが、今度は違う。この一撃で、この一撃で貴様を仕留め、我ら竜人の悲願を達成するのだ!!


 一〇〇センチもの魔弾。
 使用しているのが貫通力の弱い榴弾であったとしてもその破壊力は大和の四六センチ砲をも上回るのは確実である。
 直撃すれば終わり。
 だが清水はとっさに舵輪を回すことで大和を回頭させ、その魔弾を回避してみせた。
 しかしその衝撃は六万トンを超える排水量を誇る大和をも荒波の中の木の葉のようにたやすく揺さぶった。
「うおっ!?」
 衝撃に耐える大和乗員。
 ヘタな船では転覆しかねないほどの揺れ。しかし大日本帝国の造船技術の妙はその揺れに耐えた。
「被害知らせ!」
 衝撃を何とか凌いだと判断した山本はすぐさま怒鳴った。
 返事が返るまでにかなりの時間が要された。やはり大和の錬度は致命的に下がっているようだ。
「山本! 高角砲や機銃が幾つか水柱に持ってかれたらしいが大和自体はまだ大丈夫だ!!」
 大和副長である辻 歳一の返事が返ってくる。
「ようし。清水! あれだけの巨砲だ。次弾装填には時間が掛かるはず。今のうちに接近する!!」
 山本の指示を受け、大和はダイダロスに向けて突進を始める。


「外した? いや、かわされたというべきか!!」
 歯噛みして悔しがるショット。
「しかし愚かなことだな。次弾装填までに近づいて攻撃しようというのか? バカめ。ダイダロスに弱点など無いわ!!」
 だがすぐさま表情を引き締め、ほくそえむショットであった。


 山本の見立てではダイダロスは次弾装填までに二〇分以上は確実にかかるはずであった。
 これなら充分に近づいて大和の主砲を叩き込めるだろう。
 そう思っていた。
 だがそれは甘い見通しでしかなかった。
 ダイダロスは初弾発射からわずかに三分で第二射を放ってみせたのであった。
「何!?」
 予想をはるかに上回る速射に清水は度胆を抜かれ、舵輪を回すことを失念してしまっていた。
「バカ! 早く舵を………」
 そういわれてようやく我に返った清水が必死に舵を切る。
 だが一瞬といえど反応の遅れは致命的であった。
 大和はなんとか直撃こそ避けえたものの、至近弾の衝撃で舵を損傷し、直進しかできなくなってしまっていた。
 左右のスクリューの調節で進路変更はできないわけではないが、以前のような敏捷な動きはできないことを意味している。
 そしてそれは魔弾を避ける術がないということに直結する。
「マズイ………か?」
 その時、念話球よりニコライの声が届いた。いつも厳粛なニコライの声であるが、今の声は今まで聞いた中でも一番厳粛であった。
『ヤマモト殿。そのまま全速力で直進を続けて下さい』
「ニコライ? 何をするつもりだ?」
『今から私が時間稼ぎを行います。ですから直進を続けて下さい』
「時間稼ぎだと?」
 何をするというのだ?といいたげな清水の怪訝な声。
「ニコライ………まさか!」
 だがニコライの口調からニコライの真意を掴み取った山本は悲痛な叫びをあげる。
『………………』
 沈黙したままのニコライ。
「バカな! 考え直せ、ニコライ!! 俺はそのような作戦、認めないぞ!!!」
『後は頼みます。ヤマモト殿………異世界より来られた貴方がたに頼むのは非常に申し訳ない。ですが、必ずや、必ずやレパルラントを覆う炎をかき消して下さいね』
「ニコライーッ!!」
 そして切れる念話球。
 山本は鋼鉄の艦橋を拳で強く叩いた。
「バカ野郎……………」
 山本は哭いていた。
 しかし自らの果たさなければならない義務を忘れはしない。
「機関室! 罐がブッ壊れてもかまわん!! 全速力を出せ!!! あのクソッタレに一秒でも早く近づくぞ!!!!」


「何!? クラナスが単身で突っ込んでくるだと!?」
 その報告を聞いたショットはやれやれと言いたげに肩をすくませ、そして呆れた表情で言った。
「バカが。このダイダロスの防空能力もまた完璧なのだというのに………自暴自棄にはなりたくないものだな」


 ニコライは雷の如き勢いでダイダロスに迫る。
 ダイダロスは全対空火器でニコライに立ち向かう。
「クラナス族最速の男を………舐めるなアアアアァァァァァァァァァ!!!!」
 ニコライの動きは俊敏そのもの。
 ダイダロスの対空火器は命中させることはおろか捕捉することすらできないでいた。


「ダメです! 捕捉できません!!」
 ダイダロス乗員の悲鳴のような報告を聞き、ようやくにしてショットは危機感に襲われた。
「何を………何をしているのだ! あれくらい、一撃で墜としてみせんか!!」
 ショットはダイダロスの威力を過信しすぎていたのだろう。
 だからこそ彼はニコライを過小評価したのだった。
 だが彼は学んでおくべきであったのだ。
 死を覚悟した者がどれだけ強靭で、かつどれほど恐ろしい存在であるかを。


「うおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」
 獣のような咆哮あげ、ニコライは天にそびえるダイダロスの砲身に向けてMBランチャーを叩き込んだ。
 だがそれでもダイダロスの砲身はビクともしない。
 しかしニコライにとってはそれすらも想定内であった。
 ニコライはMBランチャーの呼び弾のすべてをダイダロスの砲身の中に放り込み、そして自らその一〇〇センチの砲身の中に飛び込み、ランチャーを放ったのだ。
 砲身内には装填中であった一〇〇センチ榴弾があった。
 そしてその榴弾はMBランチャー弾炸裂の圧力を受け、そのエネルギーを暴発させた。
 やったか………
 エネルギーの光に包まれながら、ニコライは最期にそう思い、そしてエネルギーの渦に飲まれていった。


「な、何という事だ………これではまるで『あの男』のような戦い方ではないか!!」
 ニコライの自爆戦法に驚愕を隠せないショット。
「ク、クソッ! て、撤収する!!」
 しかし山本には撤収させるつもりは毛頭無かった。


「一撃だ。一撃でダイダロスを吹っ飛ばせ。これは命令だ」
「ああ。その命令、絶対に実現してみせるよ」
 山本の無茶な命令。しかし大和砲術長の東條 祐樹はあえてその命令を是とした。
 己の無力故にニコライを死なせたのは事実であったからだ。
「………畜生」
 大和が吼える中、山本が密かにそう呟いたのをマリアは聞いた。
「俺の………俺の楽観がニコライを死なせたということか。畜生……………」
 マリアには山本にかけるべき言葉が見つからず、ただ口を閉じたまま、山本の顔を憐れむように見つめることしかできなかった。


「ヒュー様! ダイダロスが破壊されました!! 撤退命令がでています!!!」
「何? ふん。ショットめ。案外だらしのない奴め………そういう訳だ、リチャード。また戦場で会おうではないか!!」
 ヒューはそういうと悠々と帰っていった。
「カイン様、大丈夫ですか?」
 無益な追撃を避け、傷ついているカインを気遣うリチャード。
「ああ。俺は大丈夫だ………しかし、なんとか勝てたようだな、俺たちは」
「はい。またもヤマトに救われたようですよ、我々は………」
 彼らがその真相を知るのはまだ少し先のことであった。



「ほぅ。また負けたようですね」
 竜人たちの本拠地であるハムート城。
 そこに竜王 バルバロッサ・バルークス相手に平気で失礼な口調で話しかけるヒューマンの男がいた。
「………フフフ。客人。相変わらず厳しい言葉だな?」
 しかしバルバロッサは男のその態度を楽しんですらいた。
 男は内心で舌打つ。
 さすがは覇王だな。その度量の深さだけは誉めてやるよ。
「客人。私は次の戦いの指揮を客人に任せようかと思っている。どうかね?」
 バルバロッサのその言葉に客人のヒューマンの男は意外そうな表情を浮かべた。
「………ほう? 裏切るかもしれませんよ?」
 恐る恐るといった感じで尋ねる客人。しかしバルバロッサはその言葉に対して余裕で微笑んでみせた。
「私の見たところ、君はよほどのことがない限り裏切りはしないさ。違うかね、ユウキ?」
 ユウキと呼ばれた客人は心を見透かされたかのような思いであった……………


第六章「ダイダロス(前編)」


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