超火葬戦記
第六章「ダイダロス(前編)」


「機動榴弾砲 ダイダロス………完成していたのか」
 苦虫を一ダースほど噛み潰したような表情で唸るのは諸民族連合軍参謀長のヨーク・アルビースであった。
 彼は机の上に広げたレパルラントの地図を、両腕を組みながらジッと見つめていた。それこそ穴が開くほど、という形容がピッタリなくらいにである。
「ヨーク、戦況を知らせてくれ!」
 そう言いながら総司令部に入ってきたのは諸民族連合軍最高司令官のコ・メイ将軍であった。
 身の丈二メートルを超える屈強のミノスの老人。
 しかしコ・メイの声は若々しく、年のことなど微塵も感じさせないほどだ。
「戦況か………竜人どもは『火のライン』に対する総攻撃を仕掛けている。以上だ」
「ダイダロスをもってか?」
「当然だ。難攻不落を鳴らせる『火のライン』の城壁を一発で破壊して見せたそうだ、ダイダロスの奴は………」
 ヨークの報告を聞き、うぅむと唸るコ・メイ。
 今、彼の頭の中では「火のライン」の兵力を如何にして扱うかで一杯である。
「守りを固め、時間を稼ぐか?」
 ヨークがコ・メイに尋ねる。
「悪くはない」
 コ・メイは参謀長の意見をそう評した。
「だが守勢に回ったところで結果は同じ。ここはむしろ攻めてみたいと思う」
「だが! 『火のライン』の兵力は五〇〇〇。竜人たちは一〇〇〇なんだぞ?!」
 尚、何度も言うようだが竜人の戦闘力は圧倒的であり、竜人一人で並みの兵士一〇人分の戦力になるとまで言われている。
「おまけに竜人どもにはダイダロスが………」
「そうだ。ダイダロスがある限り、攻めるしかないのだ!」
「………………そうか! その手があるか!!」
「そうだ。『火のライン』守備隊には総攻撃命令を下せ。そして我々は一秒でも早く現場に向う。準備を急がせろ!!」
「わかった!!」
 そう言うとヨークは念話球に向う。急いで「火のライン」守備隊に連絡をとるためだ。
「ヨーク! それからヤマトにも出撃を要請してくれ!!」


 ほぼ同時刻。
 ゼーシーの港。
「了解。『火のライン』救援ですか。任せてくださいよ」
 大日本帝国の戦艦 大和の艦長の山本 光はそう言って胸を叩いた。
「できればもう少し訓練を行っておきたかっただろうが、止むを得ない事態なんだ」
 念話球の向こうですまなさそうにしているヨークが目に浮かぶ。
「大丈夫ですよ。こっちの世界に来たばかりの時は三〇〇名で大和を動かして、あまつさえ砲撃まで加えれたんですから。現状でも何とか戦えましょう」
「うむ………そう言ってくれるとありがたい。では、ヤマト、出撃準備に取り掛かって下さい」
「はい」
 そして念話球が輝きを失う。これが念話球が切れた証である。電話でいう「ツーツーツー」にあたるものだ。
「さて、諸君。聞いての通りだ」
 山本は艦橋に集まっている一同の顔を見渡しながら言った。
 大和副長の辻 歳一。
 航海長の清水 啓司。
 砲術長の東條 祐樹。
 機関長の東 誠一。
 連絡役のニコライ・リーフェン。
 そしてアドバイザーのマリア・カスタード。
 合計一二の瞳が山本を見ている。
 山本は一度首を縦に頷いてから艦内放送のマイクを手にとって口を開く。
「新生大和の初陣だな。まぁ、気負いすることはない。驕るつもりはないが、この大和の性能を信じ、各員一丸となって戦って欲しい。以上」
 山本はもう一度頷くとマイクを元あった場所に戻し、そして凛とした声で言った。
「大和、出撃せよ!!」
 その声を合図に大和の機関に火が灯る。
 そしてゆっくりと基準排水量六四〇〇〇トンの巨体が動き出す。
 新生大和はこうしてゼーシーを出港した。



 「火のライン」要塞の司令はリザード・マン族のデ・カインであった。
 身長はコ・メイよりもさらに大きく、二メートル三〇センチにまで達しており、さらに全身のあちこちに剣で切りつけられた傷痕をもつ屈強な男である。
 彼は要塞での防衛戦を何よりも得意とする将軍で、「火のライン」防衛にはこれ以上ないくらい打ってつけの人事であった。
「そうか。さすがはコ・メイ将軍だ。的確な判断であるな」
 カインはリザード・マン族特有のいかつい顔をほころばせてコ・メイからの作戦指令書を読む。
「ようし、全軍に突撃命令を下せ! 竜人どもにデカイ顔をさせる必要はないぞ!!」
 カインはそう宣言すると一般兵のそれよりはるかに巨大な戦斧を右手にしっかりと握り締めて自ら出撃する。
 指揮官自らが最前線で戦うと宣言したので劣勢にたたされていた「火のライン」の将兵は勇気百倍。
 全部隊の士気は沸点に達したのだ。
 そして「火のライン」から出て、雄叫びをあげながら竜人に向って突撃するカインたち。
 まさにその勢い、烈火の如し。


「エンデン様! 敵が突撃を開始しました!!」
 竜人たちの司令部。
 今回も兵の指揮をとるのはヒュー・エンデンであった。
「何? あえて要塞から打って出たというのか?」
 エンデンは信じられないといいたげに呟いた。
「はい。奴らはどうも死にたがっている様子です」
 我ら竜人に敵うものか、とでもいいたげに指を鳴らす伝令。
「………そうか。それが狙いか」
 だがヒュー・エンデンは少し考える目をし、そしてカインたちの意図を悟った。
「奴らはダイダロス砲を狙っておるのだ!」
「え? どういうことですか?」
「わからぬか。ダイダロスの威力は絶大である。肉薄することになる突撃戦を仕掛け、乱戦に持ち込めばダイダロスの脅威からは解放されるではないか!」
 そういわれて初めて合点がいった様子を見せる伝令。
「だがダイダロスのようなおもちゃに頼らずとも我ら竜人が無敵であることを教え込んでやろう。奴らのその仕掛け、乗ってやろうではないか!!」
 そして自らも剣を手にし、出陣する気満々のヒュー・エンデン。
「ショットめ………奴はダイダロスでこの戦を終わらせる気やも知れぬが、戦場とは正面から堂々と敵と渡り合い、勝利してこそ華なのだ。それがわからぬとは、竜人の面汚しめが………………」
「エンデン様?」
 なにやら小声でブツブツと呟いているエンデンを不審に思って声をかける伝令。
「ようし、我らも全軍突撃せよ! 竜人の力、思い知らせてやるがよい!!」


「何だと? ヒュー・エンデンが突撃命令を下しただと?!」
 ヒュー・エンデンの主力部隊の陣から八キロほど後方。
 そこに巨大な人口構造物が鎮座していた。
 機動榴弾砲 ダイダロス。
 それは俗に言う列車砲であった。
 しかしただの列車砲ではない。
 主砲口径は約一〇〇センチ(我々の基準で言えば)。砲身長は八二口径。
 勿論、車体の部分はその巨砲に見合ったものとなっており、その威容だけで一軍を圧倒するといってもいいだろう。
「あの猪武者め………さっさと後退して我が巨砲に任せればよいものを……………」
 ダイダロスを任されているのはギザ・トブルクの腹心のヌアク・ショットであった。
 ショットはガッシリとした体格の竜人族にあって、あまり屈強な肉体は持っていない。
 しかし竜人族の中でも有数の頭脳を持つ初老の男であった。
 尚、彼はヒュー・エンデンとは仲が悪く、ちょっとしたことで常にいがみ合っていた。
「まぁいい。あの若造にはいい薬となろうて…………」
 ショットは無情にもそう言ってダイダロス待機を命じた。
「ショット様!」
 しかし部下の悲鳴のような報告が入る。
「どうした! 何事だ?!」
「空撃です!!」


「いいか! ダイダロスさえ潰せば我々にも勝機はある!! 何としてもあれに取り付くのだ!!!」
 隊長と思しき男がそう叫び、そして一気に降下する。
 カインの部隊に組み込まれているクラナス族で構成される強襲部隊である。
「行くぞ!!」
 手にした機関短銃を撃ちながらダイダロスに取り付こうと必死に急降下で迫るクラナスの部隊。


「おのれ、小癪な奴らめ………蹴散らせい!!」
 ショットの指示と同時にダイダロスの巨体に備え付けられている対空&近接防御用の機関砲が唸りをあげる。
 それはさながら大地から降り注ぐスコールの如し。
 鋼鉄の五月雨であった。


「ウオオオォォォォォ?! コ、コイツは…………」
 ダイダロスの濃密な弾幕に思わず舌を巻く突撃部隊の隊長。
「隊長、自分たちが吶喊します!!」
 MBランチャーを抱えた部下、四人が吶喊を敢行する。
 ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ、ドシュッ
 MBランチャーから放たれたロケット砲弾が黒煙を引いてダイダロスに吸い込まれる。
 ドゴォ!!
 そして四つの火球がほぼ同時にダイダロスに咲く。
「やったか?」
 だがダイダロスはビクともしなかった。MBランチャーをもってして、せいぜい二、三門の機関砲を潰した程度であり、ダイダロスの表面を焦がした程度であった。
「バカな?! ク、クソッ!!」
 失望の淵に立たされてた突撃部隊に容赦なく機銃弾が浴びせられる。
「こ、後退! 総員、後退せグアアアアアァァァァァァァァァ!!」
 機銃弾に胸を抉られ、そして力尽きてレパルラントの大地へ落下していくクラナスたち。
 空襲によってダイダロスを破壊することは失敗に終わったのであった。



「さて、諸君。竜人たちが新たに戦線に投入したダイダロスとやらを相手に我々はどう戦うか。今回はそれを話し合うために今日は集まってもらった」
 戦艦 大和はGF(連合艦隊)旗艦となるべく生まれている。それゆえにこの手の会議室には事欠かない設計となっているのであった。
 もはや自分たちしかいないことをいいことに、山本たちはこのヘタな高級ホテルよりよほど豪奢な造りの大和の会議室で話し合いを行っていた。
「ヤマトの主砲でパ〜ッと吹き飛ばせないの?」
 マリアが怪訝そうに尋ねた。
「残念だがね、そういうわけにはいかないよ。陸上にある砲台と戦艦とでやりあった場合、戦艦側の方が不利になるからね」
 東條が微笑みながら言った。
「砲術長がいうのは第一次世界大戦のガリポリ上陸作戦のことだな?」
 航海長でありながら、軍事オタであるのでその辺の事情に詳しい清水がすかさず発言する。
「ガリポリ?」
 マリアとニコライは首を傾げる。
 まぁ、当たり前であるが。
 ガリポリとは第一次世界大戦の際の古戦場で、英仏連合軍が攻撃を仕掛けた場所である。具体的にはトルコ領で、エーゲ海から黒海に入るまでの海峡(ダーダネルス海峡)の付近のことである。
 詳しいことは省くが、とにかく一九一四年にイギリスのウィンストン・チャーチル海相(ちなみに後のチャーチル首相のこと)の提案により行われたこの作戦で、英仏連合艦隊がオスマン・トルコ軍の陸上砲台の猛攻を受けて大損害を出しているのである。
 東條はそれを引き合いにして陸上砲台を相手にすることの困難さを訴えたのである。
「だがあれは機雷の効果も大きかったといわざるを得まい。レパルラントに機雷のような兵器があるとは聞いていないぞ?」
「それもそうだが、コ・メイ将軍の話ではダイダロスの主砲口径は一〇〇センチにも達するそうじゃないか。榴弾しか撃てないそうであるが、一〇〇センチもの榴弾を受けてはさすがの大和も無事ではすまないぞ」
「直撃など滅多にないと思うが………」
「思うなどと推測で作戦を立てるわけにもいかないぞ。乗員の錬度が低いということを忘れるなよ。回避運動なんて立派な行動はできないと言ったのは、お前だぞ」
 東條と清水の議論は熱を帯び始める。
 二人とも、顔は真剣そのもの。平時では明るい男たちであるのだが、平時から今の顔を想像するのは不可能といってよいだろう。
「すごいわね」
 思わず感想が口をついて出てしまうマリア。
「………これが働く漢たちなのさ」
 そして辻がそういって少しヘタクソ気味なウインクをする。
「で、我らが艦長様はどうするつもりだ?」
 東がそう言って山本の意見を訊く。
「ん? 何が?」
 急に話を振られて困惑する山本。どうも今までの話を聞いていなかったらしい。彼の集中力は極めて散漫で、彼はよく人の話を聞き逃すのである。
「ヤマモト殿………ダイダロスの件ですよ」
 いささか呆れ気味に言うニコライ。ちょっと怒ってるかもしれない。
「あぁ、ダイダロスね。そりゃ破壊するまでさ。完膚なきまでに」
 あっさりと言ってのける山本。一同は唖然とした表情で山本を見ている。
「そうか! 何か秘策があるのね?」
 手をパンと合わせてマリアが言う。
「ん? まぁ、見てなって。大和がある限り、ダイダロスなんぞにデカイ顔させないよ」
 山本はいかにも秘策ありって表情で笑う。
 秘策、あると思うか?
 あるわけないな。
 あぁ、鬼畜でおまけに無責任男だからな。
 こんなのでいいのかよ?
 しかし好意的に解釈したマリアとは正反対に辻、東、東條、清水は目配せでそう語り合った。



 一方で、「火のライン」から打って出たカインの部隊は善戦していた。
 勿論、これは「竜人を相手としたにしては」という注釈がつく。
 はっきり言って、状況は劣勢そのものであった。
 だがそれでもダイダロスで狙われるよりははるかにマシなのが事実であった。
「オオオオオオオオオオオオ!!」
 咆哮しながら豪快に戦斧で竜人の兵士を薙ぐデ・カイン。
 ヒューマン族の大人の男に匹敵する重さの戦斧である。これを太く逞しい両腕で、力一杯に振るうのだ。そのエネルギーは並大抵のものではなく、竜人の銃弾すら弾く強靭な鱗といえどもひとたまりもない。
「フゥ、フゥ、フゥ………」
「カイン将軍! 大丈夫ですか?」
 参謀のヒューマン族の青年が尋ねる。
「おぅ、俺は大丈夫だ。貴様こそ大丈夫なのか?」
「はい。すでに竜人を六人、屠りました」
 誇らしげにF56を掲げてみせる青年。
「将軍は?」
「俺か? ………そうだなぁ。一〇人までは数えたんだがな」
 実際にはその倍以上の竜人を薙ぎ払っている。
「さすがはカイン将軍で…………」
「後ろ!!」
「え?」
 次の瞬間に青年は剣で袈裟懸けに切られ、絶命する。
 裂かれた背中から吹き出る赤い噴水が切りつけた竜人の男を赤く彩る。
「………カイン将軍か。相手にとって不足はないわ!」
 そう言うと剣を構えなおす竜人。
「何者だ? 名を名乗れ」
 静かであるが、しかし圧倒的な怒りを込めた口調で尋ねるカイン。
「我が名はヒュー・エンデン。黄泉の世界で我が名を広めてくれるのか?」
「ああ、レパルラント中に広めてやるわ。俺の参謀を殺し、俺の怒りに火をつけた愚か者としてな…………」
 そして巨大な戦斧を軽々と振り回し、最後にジャキと構えるカイン。
 これこそ私の求めていた戦場!
 ヒュー・エンデンは自己陶酔の極みであった。
 そして二つの人影が動いた………………



第五章「なんで差別なんかするのさ?」


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