超火葬戦記
第五章「なんで差別なんかするのさ?」


 新暦125年5の月。
 大和がレパルラントに来てから一年半ほどが経とうとしていた。
 一年半の間、竜人側も民族連合側も互いに目立った動きを見せなかったために、レパルラントは表面上は実に平和に見えた。
 だが戦争が終わったわけでは決してない。
 その証拠として大和は竜人たちの放った刺客によって破壊されそうになったからだ。
 この大和破壊未遂事件は民族連合側に大きな衝撃をもたらしていた。
 何せ大和を狙ってきたのはアームドウイング族だったのだ。
 竜人対竜人以外の民族という図式はここにきて遂に崩壊したのであった。



「うぅむ………」
 戦艦 大和第二代艦長(忘れてる人もいるでしょうが、彼は第二代艦長なんですよ?)の山本 光はゼーシーの港から大和を見上げ、唸り声を上げていた。
 大和の修理は完全に終わっていた。
 それどころか大和は今、新品同様なまでに仕上がっていた。
 山本に言わせればそれが恐ろしい。
 何せこの大和の修理を担当したのは………
「あら、こんな所にいたの?」
 大和をボンヤリと見上げていた山本の背中から声が聞こえる。
 まだ二〇歳にもならない少女がそこにいた。
 マリア・カスタードであった。
「どうかした? 何か不満点でもあるの?」
 マリアが心配げに山本に尋ねる。
「………いや、どちらかというと不満点が無い事に驚いているんだ」
「あら、どうして?」
 キョトンとして聞き返すマリア。
「………お前に渡されたのは清水の奴が撮影した数枚の写真だけだったんだよなぁ?」
「ええ。そうよ」
「………それでよくこうまで完璧に直せるもんだ。ここまでの仕事は呉の連中でもできやしないぞ」
「あら、そんなこと簡単よ。アストリアに手伝ってもらって、ヤマトに直接訊いたんですもの」
 あっさりと答えるマリア。
「大和に直接訊いた? どういう意味だ?」
「たとえそれが戦艦でも精霊というのは宿るものなのよ。ただ、その精霊に好かれるかどうかで訊くか訊けないかが決まるわ。その点、アストリアはすべての精霊に好かれる特異体質だから安心よ」
「むぅ………レパルラントにはレパルラントのやり方があるということか?」
「まぁ、そういうことね。『エルフの村ではエルフに従え』って言葉、あるでしょ?」
 文脈から判断して、どうもそれは『郷に入らば郷に従え』のことらしい。
「なるほど………確かにそういう言い方もあるか」
 妙に納得して頷く山本。
「それよりヤマモトさん。このヤマト、二五〇〇名ほどで動かすんでしょ? 残りの二二〇〇名はどうするの?」
 何せレパルラントに来た際に大和に乗っていたのは三〇〇名ほど。マリアのいうように二二〇〇名ほど足りないのである。
「あぁ、辻や東らが頑張って人選を選出しているはずだ」
「あら? ヤマモトさんは選出に参加しないの?」
「フッ、甘いな、マリア君。私ほどの名艦長となればたとえ羊の群れであっても狼に勝てるようになるのさ」
「ヒツジ?」
「…………ヒューマンだけで竜人に勝つみたいなもんだよ」
 そう言われてようやく合点がいったような表情を見せるマリア。
 無意味に格言(っぽいこと)を言うのが好きな山本としてはレパルラントとの文化の相違を思い知らされて頭をカクンと垂れた。
「あぁ、見つけたぞ、山本!!」
「ゲッ、清水!!」
 大和航海長の清水 啓司少佐が山本を指差して怒鳴る。
「お前も少しは手伝えっての!!」
 山本に猛ダッシュで迫る清水。
「冗談じゃねぇ! 俺は人前で話すのが苦手なんだよ!!」
 山本も全力ダッシュで逃げようと必死になる。
「…………………」
 マリアは目の前で起こっている風景が理解できなかった。
「何でヤマモトさんは普段はあんなに幼稚なんだろう?」
 なまじ真面目に働いてる時を知るマリアは首を捻った。



「おや、ヤマモト殿。どうされました? …………なにやら全身が汚れておりますが?」
 厳格なクラナスの男、ニコライ・リーフェンが厳格な表情と口調で尋ねた。
「ん? いや、まぁ、そのちょっち転んじゃってな。アハハハハハ」
 本当は清水から逃れるためにゴミ箱の中に隠れたのが原因であった。
 ここはゼーシーの中心部に設けられた諸民族連合軍の司令部である。
 大和がレパルラントに来、そして大和を主軸に戦うことになった連合軍は本格的に司令部をここに移したのであった。
「ここならば仕事してるふりして清水をやりすごせるだろう」
 ボソッと呟く山本。
「え? 何か仰いましたか?」
「いいや、何でもない」
 その時司令部のドアが開き、見慣れぬ男が入ってきた。
「ん? おい、ニコライ。ありゃ誰だ?」
「は? あぁ、リチャード殿のことですか?」
「リチャード。で、苗字は何だ?」
「それは………」
 言葉に詰まるニコライ。
 だがリチャードという名前の男は山本に気付くと自分から歩み寄ってきた。
 にしてもデカい。身長二メートルは簡単に超えている。そして均整のとれた体格。その目つきは戦士と呼ぶに相応しいが、どこか影があった。
「貴方がヤマモト殿ですか?」
「あ、あぁ。よろしくな。君は?」
「私はリチャード・バルークスです。よろしく」
「リチャード殿?!」
 ニコライが慌てて大声をあげる。だがそれはすでに遅かった。
「バルークス? まさか君は………」
「はい。私は竜人族。そして我が父の名前はバルバロッサ・バルークスです」
 リチャードは寂しそうに笑う。
「すべての竜人がバルバロッサの考えに賛同しているわけではありません。私は父……いいえ、バルバロッサの思想が許せない。だから連合軍の一員として戦っているのです」
 そう言うとリチャードは右手を差し出した。
「………そうか。よろしくな、リチャード!」
 山本はためらわずリチャードの差し出した右手を強く握る。
「…………なるほど。噂通りの方のようですね」
「どんな噂を聞いてるのかは知らないが、俺は自分を偽らずに正直でいる奴は大好きでな」
 山本のその言葉を聞いた時、リチャードは初めて心から嬉しそうに微笑んだ。
「なぁ、リチャードさん。今、暇か?」
「え? まぁ、今日やらなければならないことはすべて終わらせましたが?」
「ならいいや。昼飯でも食いに行かないか? 勿論、ニコライも一緒によ」
「…………本当に面白い人のようですね」
 リチャードはそう言ってまた笑った。


「…………しかしレパルラントに来て一番驚いたのは飯が俺のいた世界と似たような感じだったってことだな」
 司令部の近くの食堂は司令部勤務組みで込み合わせていたので山本たちは司令部から少し離れた食堂に入った。
 山本はカレー(勿論、我々にわかりやすい表現で言えばのことだ)を頬張りながら言った。
「へぇ、そうなんですか?」
 リチャードの方も興味深そうに山本の話に耳を傾けていた。案外、気の合う二人なのかもしれない。
「ところでお前みたいな竜人ってのは結構多いのか?」
「そうですね。バルバロッサのカリスマ性は絶大ですからね。正直な話、あまり多くはないですよ」
「…………そうか。残念だな。まぁ、悲しい話だな。民族が違うからといって殺しあうってのはさ」
 山本の言葉に深く頷くリチャード。
「…………だが一番悲しいのは……………」
 そういうと山本はいきなり立ち上がった。
「ヤマモト殿?」
 ニコライが何をするのか、という感じで山本に呼びかける。
 だが山本は水の入ったコップを手に取るとそれを向かいの席に座っていた面々にぶちまけた。
「な、何しやがる!!」
 水をかけられたミノス族とりザード・マンの男の二人組みが怒りに頭に血管を浮かせながら立ち上がる。
「あぁ? お前らの言葉が聞こえないとでも思ってたのかよ」
 完全にケンカを売る気満々の山本。この店のウェイトレスのエルフがおろおろしている。
「聞こえてたんだぜ。お前らがリチャードの悪口言ってたのがよ。竜人であることが何だって言うんだ、えぇ? 畝傍の奴らは五族協和のために戦ったんじゃないのかよ」
「手前ェ………ヤマトの乗員だからって調子に乗ってんじゃねぇぞ」
 ミノス族の男が鼻息荒く指をパキパキ鳴らす。完全に頭にキたようだ。
「ヤマモト殿………」
 ニコライが山本に声をかける。
「止めるなよ、ニコライ。コイツは誇りの問題なんでな。止めるんだったらお前も敵と見なすぜ」
「上等だ。ヒューマン風情が。肉弾戦でミノスやリザード・マンに勝てると思うなよ!!」
 ミノス族の男の豪腕が山本を襲う!
「帝国海軍を………舐めるなよ!!」
 だが山本はその腕を掴んでそのまま投げ飛ばす。海軍仕込みの柔道技である。
 ビダ〜ン
 レパルラントに柔道のようなものはないのであろう。ミノス族の男は満足な受身もとれずに床に叩きつけられる。
「キャアッ?!」
 ウェイトレスのエルフが悲鳴をあげる。
 だがリザード・マンの男は冷静であった。山本がミノス族の男を投げて一息ついた山本の隙をついて鉄拳を一発見舞ったのであった。
「チッ………」
 山本の口内に鉄の味がしみる。
 だがそのままリザード・マンの猛攻は続く。今度は腹に決まった。
 そして地面に倒れる山本。さすがにリザード・マンのパワーは凄かった。
「ケッ、竜人なんざ滅びればいいんだよ。民族浄化を図ってるんだ。それくらいやられて当然だろうが!!」
「貴様…………」
 リチャードがそのリザード・マンに飛び掛る。
「うおっ?!」
 竜人のパワーはリザード・マンのそれをさらに上回るのだ。リチャードのアッパーがリザード・マンの顎を捉える。
「リ、リチャード殿?!」
 普段は温厚で、自らが罵られても決して反論しようとしないリチャードが反撃したことでニコライは完全に混乱していた。
「何をしておるか!!」
 その時であった。店内を一喝する声が響いたのは。
 ミノス族の族長にして諸民族連合軍最高の名将のコ・メイであった。
「まったく………ここは食堂だぞ。飯を喰うところだ。ケンカなら他所でやらんか!!」
 コ・メイはそのケンカの渦にリチャードもいたことを見ると意外そうな表情を一瞬だけ浮かべた。
「………さぁ、お前ら。さっさとこの店から出て行かんか。さもないと儂が相手になるぞ?」
 年を取ってはいるが、コ・メイは未だにミノス族最強の男と呼ばれるのだ。こんなのを相手にしてはたまらないとリザード・マンはミノス族の男を抱えてさっさと逃げて行った。
「コ・メイ将軍………申し訳ありませんでした」
 リチャードはコ・メイに頭を下げる。
「………早くミツル殿を治療してやれ」
「は、はいッ!!」
 リチャードとニコライはコ・メイに敬礼。そして山本を抱えて帰っていった。
 コ・メイをそれを見送った後にまだ困ったような表情のウェイトレスのエルフに向かって言った。
「嬢ちゃん。注文を聞いてくれないかな?」


「ヤ、ヤマモトさん! 一体どうしたの?」
 司令部にはマリアがいた。
 マリアは打ちのめされて伸びている山本を見て素っ頓狂な声をあげた。
「マリア殿。実は…………」
 ニコライが簡潔に事情を説明する。
「………まぁ! そんな奴らがいたの?」
 憤慨するマリア。
「私だったらチューリップで吹っ飛ばしてるわね」
「それは辞めた方が………」
 ニコライがやんわりとたしなめる。
「まぁ、仕方ないでしょう。今は戦時中。敵である竜人に敵意を抱くのは仕方ないことですよ」
「リチャードさんがそんなことだからそういう連中が付け上がるんですよ! 嫌な奴にはバシーンとやってやらないと」
「はぁ………」
 リチャードはポリポリと頬の辺りを掻く。
「しかしヤマモトさんも案外いい人だったのね。少し見直したわ」
 マリアはまだ伸びてる山本の寝顔を見つめる。
 実はこの時、すでに山本は気が付いていたのだが何となく目を覚ましにくい状況だったので狸寝入りを決め込んでいたのだった。
 そしてそれから三分もしないうちに山本はすやすやと穏やかな寝息を立て始め、三人を唖然とさせたのであった。


 ……………山本は夢を見ていた。
 彼がまだ地上にいた頃に、実際に経験した過去の夢。
 山本の海兵の一期上であった大神 一郎というコネから、彼は帝国華劇団と交友関係があった。
 時は二・二六事件のすぐ後。
 日本が国共内戦への介入を決めた時のことであった。
 その時、帝国華劇団の女優の一人の李 紅蘭への風当たりは非常に冷たかった。
 理由は単純。
 彼女が中国人だったからだ。
 彼女の人格ではなく、彼女の出身を罵る手紙は日に日に増えていた。信じられないことに一部の極右新聞はそれを認容する記事すら掲載したのであった。
 そしてある日の舞台。
 キレた男がナイフ片手に舞台に乱入し、紅蘭に斬りかかったのであった。
 その時、誰もが唖然として動けなかった状況で動いたのが山本であった。
 山本はそのまま紅蘭の代わりに腹部を刺され、大量に血を流しながらも暴漢を押さえつけた。
「手前、ふざけるなよ………生まれが何だってんだ、えぇ?! 彼女の女優としての能力に対して文句つけるならまだしも、生まれで文句つけるだと? 舐めるんじゃねぇ!!」
 そう啖呵切って、そのまま彼は病院に運ばれた。
 思えば二人の付き合いはこの事件から始まったのだった。
「そうだ………生まれで差別するのはバカげている………………」



「バルークス様………」
 恭しく頭を下げる竜人の男。ギザ・トブルクであった。
「うむ? どうしたのだ、ギザよ?」
 竜王 バルバロッサ・バルークスが食事を取る手を止めた。
「おぉ、御食事中でありましたか。失礼をば致しました」
「構わぬ。で、何の用だ、ギザ?」
「ハッ。ダイダロスが完成いたしました」
 ギザのその一言でバルバロッサの表情は一変した。
「何? 遂にあれが完成したのか?!」
「左様でございます」
 バルバロッサは顔を歪めた………否、笑ったのであった。覇王に相応しい壮絶な笑みである。
「よぅし。これで戦争再開となるな。一年半もの休眠期間は終わったということか」
「はい。すでに我が兵力は一万にも達しております。並みの民族でいうならば一〇〇万の兵力に匹敵いたします」
「よぅし、ダイダロスを中心とした編成を組め! 次でこのレパルラントを我が竜人の手にするのだ!!」



 新暦125年6の月。
 竜人側の勢力と連合軍の勢力がぶつかり合う最前線「火のライン」。
 この「火のライン」には連合軍側の兵力五〇〇〇が集結し、一大要塞を築いていた。
「………ん?」
 この「火のライン」防衛任務についているリザード・マンのダン・ボウガは何かが空をつんざくのを聞いた。
 そして衝撃と轟音のカクテルがダンを襲った。
「うわっ?!」
 リザード・マン特有の固い鱗はダンの命を救った。だがそれでも無数の破片がダンに突き刺さる。
「な、何が起きたんだ?!」
 状況が理解できないダン。しかし彼の目には確かに映っていたのだった。
 雄叫びをあげながらまっすぐに「火のライン」に突進してくる竜人の大軍を。
「…………また、戦争になるのか……………」
 ダンはそう呟きながら愛用のバトルアクスを構えた。


 レパルラントは再び戦火に覆われる。
「………新生大和の初陣だな」
 山本はそう呟いた。
 だが不安が無いわけではない。なにせまだ乗員の訓練が充分ではないからだ。
 しかし大和の選択肢は一つしかない。
「大和、出港せよ!!」
 母港であるゼーシーを出港して「火のライン」に急行する戦艦 大和。
 果たして大和はこの戦火を吹き消すことができるのだろうか?
 そして竜人の秘密兵器ダイダロスとは一体何なのか………
 それは次回にて明らかになるであろう。


第四章「裏切り」


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