超火葬戦記
第三章「覚悟完了!」


 よろばうように、ゆっくりとした足並みで「彼女」は入港してきた。
 大日本帝国海軍所属の戦艦 大和である。
 大和は四ノットという非常にゆっくりとした速力でレパルラント一の港町ゼーシーに帰り着いた。
「先の戦いで竜人たちも致命的な打撃を受けたはず。半年くらいは大規模な会戦は起きないでしょう」
 クラナス族のニコライ・リーフェンが語る。彼は先の戦いが終わったあとすぐに、自前の翼を使い大和に帰ってきたのであった。
「交渉はできないのですか?」
 大和砲術長として先の戦いで神業のような砲撃を見せた東條 祐樹少佐が尋ねた。
 ここで説明しておきたいことがある。それは軍人が決して好戦的な人物ではないということだ。
 いざ戦争が始まれば軍人は最前線で戦うこととなる。それは己が命を危険にさらすということだ。自分の生命を危険にさらして笑っていられるのはキ印の人だけである。だれだって命は惜しい。
 だから有史以来、矛盾したことであるが軍人は戦争に反対することが多い。(戦争を賛美する軍人は参謀総長とかいう風に前線にでない幸せ者だけだ)
「そもそも俺たちはこのレパルラントに対する簡単な説明を受けただけだ。まだまだ疑問点は多い」
 大和副長の辻 歳一中佐も懸念を顕にする。
「…………竜人たちの長、バルバロッサは多分、戦いたいのでしょう」
「人は闘争本能を忘れることはできん、というわけか」
 山本がどちらかといえば楽しそうに笑う。
「まぁ、難しい話はおいておこう。我々はここのところ激務続きでな。ゼーシーで休暇を取りたいと思う」
 山本はそういってそれ以上のレパルラント情勢の話を打ち切らせた。
「はい。我々の方も宴の用意をしています」
 ニコライのその一言に大和艦橋内は大いに沸いた


 先の会戦を戦い、生き残った兵士たちはゼーシーにて休養をとっていた。
「…………俺たちの救世主を眺めようと思って来たが、こりゃ無理だな」
 先の戦いで「ルシファー」と呼ばれる部隊を率いて奮闘したヴェオ・ウルフのロウガはゼーシーの港に続く道を歩いていた。
 だがロウガと同様のことを考えた兵士は多く、港は兵士たちであふれかえっていた。
「隊長よぅ、だから言ったじゃねーか」
 デバイスが酒瓶抱えながら言った。
「港は人であふれかえってるから酒場で飲んでる方がマシだって」
「とはいえ敗戦続きだった俺たちを助けてくれた恩人なんだから見たくなるだろ?」
「わからない訳じゃないですがね…………」
 ロウガは空を見上げた。
「あっ、いいなぁ。クラナスの奴ら自前の翼で空から見物かよ」
 戦場では鬼神のごとき活躍を見せていたロウガもここではヒーローショーで後ろの方に並ばざるを得なかった子供のような表情をしていた。

「ちょっとスマンが通してくれんか?」
 ミノス族の老人がリザード・マンの男にそう呼びかけた。
「あぁ?! 冗談じゃねーぞ。俺はずっと前からここで…………」
 リザード・マンの男は怒りを顕に老人の方に向き直り…………
「あ、え?! コ・メイ将軍?!」
 そして相手の正体を知り、慌てふためいた。
 この老人こそ先の会戦で諸民族連合軍を率いたコ・メイである。
「儂は立場上、彼らを出迎えねばならんでな」
 コ・メイはそう言うとヘタクソなウインクをした。これで中々話のわかる爺さんなのだ。
「あ、はい! どうぞ、どうぞ…………」
 リザード・マンの男は借りてきた猫のようにしおらしくなりコ・メイに道を空けてやった。
「コ、どこに行ってたんだ?」
 先の戦いで参謀長を務めていたエルフのヨーク・アルビースが呆れたように言う。
「いや、スマン。今宵の宴会の相談で遅れてしもうたでな」
「頼むぜ。総大将のお前さんがいないとカッコがつかん」
「来ました! ヤマトです!!」
 ヨークの隣にいた若いエルフが声をあげた。
「オオオオオオオオオオ!!」
 ゼーシーの港が揺れた。出迎えに出てきていた兵士たちは一斉に歓声をあげたのだ。
「あれが……ヤマト。ウネビなんかめじゃないくらいに大きいな」
「まったくだ…………」

「ス、スゲェ歓迎だな」
 大和航海長の清水 啓司少佐は呆気に取られたように呟いた。
 ゼーシーの港を見れる場所のいたるところに人、人、人である。
 ここまでの手厚い歓迎を受けた戦艦の話など聞いたことない。
「そりゃそうよ。貴方たちは英雄ですから」
 大和に乗り込んで大和研究を続けているマリア・カスタードが答えた。
「日本でもこれだけの歓迎を受けたことないぜ」
 仕事を部下に押し付けて(笑)艦橋に上がってきていた東 誠一少佐が笑う。
「俺たちなんか『二度と帰ってくんな』的態度でしか送迎を受けたことないからな」
「艦長が問題児だからな」
 辻と東條が好き勝手に混ぜ返す。
「……何もかもが俺の所為だと思うなよな」
 憮然とした表情を見せる山本。
「バカ言え。お前と大和で会うまではみ〜んな真人間だったんだ。それがお前と会ってからこうなったことを忘れんなや」
 清水が肩を叩いた。
「お前は俺に会う前から軍艦マニアとして有名だった気がするがな……」
 頃合を見計らってニコライが山本に言った。
「ミツル殿、宴の準備は万端とのことです。これからその会場へと案内いたします」
 山本はそれを聞くと艦内放送のマイクを握り、言った。
「諸君。これより我々、大和乗組員一同はレパルラントの皆さんが我々のために用意してくれた宴会場へと向かうことになった。我々はマリアナでの戦いからこの方ゴタゴタ続きであり、諸君たちがハメを外したがるであろう事は充分に承知している。……それは無論、私もだ」
 そこで艦内が爆笑に包まれる。
「だが諸君らはあくまでも帝国海軍の一員であることを忘れないように。海軍軍人は紳士であらねばならないことを決して忘れてはならんぞ! いいか、紳士的にハメを外せ!! ……以上だ」
 それだけ言うと山本は艦内放送マイクを元の位置に戻した。
「やれやれ……自分でも信じていないことを宣言するのは中々に疲れるな」
 苦笑を浮かべながら肩を揉む山本。
「さて、ニコライさん。その宴会場に案内してくれ。俺たちゃ久々のドンチャン騒ぎを早くやりたくてな」



 昼間であるからまだ日は当然高い。
 昼間っから開園のこの宴は立食パーティーであった。それも並大抵の規模ではない立食パーティーである。
 しかもこの饗宴は始まる前からすでにかなりの盛り上がりを見せていた。
 レパルラントではこういう宴では(本当の意味での)無礼講なのであろう。
 乾杯を待ちきれず、部下に大量の酒を飲まされて潰される隊長の姿というのはそこらかしこで見かけられた。
 ある意味でレパルラントは大和のような上下をあまり気にしない風潮であるらしい。
「改めて言いますが、私が諸民族連合軍総大将のコ・メイです」
 ミノス族のガッシリとした肉体を持つ初老の男が挨拶する。
「ではこちらも改めて。自分は帝国海軍大佐 山本 光であります!」
 山本たち一同はそう言うと踵を踏み鳴らして最敬礼。普段はおちゃらけた人たちであるが、こういうシメなければならない時はちゃんとシメるのである。
「さて、ミツル殿。できれば今回の戦勝の立役者であるミツル殿に乾杯の音頭を取ってもらいたいのですが?」
 ヨークがにこやかに薦めてくる。
「あ、え? 俺?」
「はい。そうすればこの宴のボルテージは最高潮になるでしょうから」
「いや、俺はそういう柄じゃないんだが……」
 顔を真っ赤にする山本。彼は気の知れた仲間内ならどこまでもノリにノッた行動ができるのだが大勢の前では気恥ずかしさの方が先立ってしまい、萎縮してしまうのである。
「なぁに、乾杯の音頭なんて形式的なモノですよ。何せすでに飲んでいる奴らもいるんですから」
 コ・メイがそういって山本の退路を断つ(笑)。
「何恥ずかしがってんだ、山本。ただ一言『乾杯』って言えばいいだけじゃないか」
「……………………」

 酒瓶ごとラッパ飲みしていたデバイスは壇上に見慣れぬ男が上がるのに気付いた。彼は酒に滅法強く、すでに足元には三本もの酒瓶が転がっていた。
「隊長、あれが噂の英雄様ですかね?」
 ロウガはデバイスと違いチビリチビリと飲んでいた。
「ん? ……そうみたいだな」
 ロウガも酒には強いのでまだ口調からはアルコールの色は窺えない。
 壇上に上がった(正確には上がらされた)男は戸惑ったように何かを探す動きをしていた。
「……何やってんだ?」

「ちょっとミツルさん! 何やってるんですか!!」
 マリアが慌てて壇上に上がってくる。
「おい、マリア。マイク、どれだ?」
「マイク?」
「ん。あれ? もしかしてわかんない? 声をデカクする奴なんだけどさ……」
 そういわれてようやくマリアが山本が何をしていたかを悟ったらしい。
「大丈夫ですよ。魔道士の人がミツルさんの声を大きくしてくれますから」
「……そんな魔法があるの?」
「はい。ですから普通に喋ってください!!」
 ……………………
「あ〜、皆さん……」
 おお、本当だ。マイクいらずとは魔法とは便利な限りだ。魔法は精霊の力を借りているらしいが、この魔法はどの精霊の力を借りているのだろうか?
 宴の熱気が一気に収まる。みんな異世界から現れた英雄の言葉を逃すまいと耳を傾けていた。
「…………皆さん、楽しくやってください。乾杯!」
 そう言うと山本は手にしていたグラスをおもむろに飲み干した。アルコールが山本の喉を通る。
 そしてさっさと退場して行く山本。彼としては一秒でも早く壇上から消えたかったのだ。何せ(レパルラントから見て)田舎モノ丸出しだったからだ。何てみっともないことか。
 長々と演説ぶってくれると思っていた一同は唖然としていた。
 だがデバイスのような「高尚な演説より下卑た酒」という不真面目軍人たちがピーピー指笛を吹いて山本を賞賛する。
 そしてこの宴のテンションは一気に過熱したのであった。

「畜生、もう二度と音頭なんかやらねえぞ!」
 山本が赤い顔のまま、壇上から降りてくる。
「ハハハハハ。まだレパルラントにきたばかりでは仕方ないでしょう。かのウネビの方々も同様でしたよ」
「はぁ、そうなんですか?」
 そうとしか言いようの無い山本。
「しかし色んな種族がいるのですな。レパルラントには……」
 ヒューマン族は自分たちと同様の姿であり、見慣れているが他は見慣れない姿形ばかりである。コ・メイやヨークも山本たちから思えば異形である。
「そうですな。貴方たちの世界ではヒューマンしかいないそうですから、このレパルラントが余計に珍しいでしょう」
 そう言って笑うヨーク。
「あ〜、ダリィ………」
 突然現れて周囲にダリィ〜、やってらんね〜オーラを撒き散らして行く尖がった耳の男が一同の前に現れた。
「アストリア……客人の前でなんということを言う!」
 ヨークがダリィ〜、やってれんね〜オーラを発する男に注意する。そういえばヨークの耳も尖っているから同族なのだろう。
「あ〜、俺、アストリア・カーフね。よろしく〜」
 眠そうに欠伸を噛み締めながら頭を下げるアストリア。アストリアは山本の方を向き、
「アンタがあのヤマトの艦長さんか?」
「ああ。アストリアだったな。よろしく」
 そう言って手を伸ばし、握手を求める山本。
「いや〜、アンタの演説が短くて助かったよ。そこのヨークさんやコ将軍の話は長くていけない。声をデカくしてる俺の疲れも知らずによくやるもんだよ…………」
「貴様はこのレパルラント一の魔道士と呼ばれているのだからそれくらい何ともないはずだぞ?」
 とはヨークの言葉。
「え? アンタがこの世界で一番の魔道士?」
 確かにヨークを見てる限りでは世界一の魔道士には見えない。思わず口に出して疑う清水。
「ええ。こいつはすべての精霊の寵愛を一身に受ける、魔道士の憧れの的なんですよ」
「そうは見えないな……」
 さり気にヒドイことをいう東條。
「いやいや、俺も何でこんなに精霊に好かれるのかわかんないですよ」
「貴様ももうすこし真面目にしていれば、エルフ族を任せれるんだがね…………」
 ヨークが嘆息しながら言う。
「何とまぁ。俺たちと気の合いそうな人物だな?」
 辻が呑気な感想を漏らす。
「何だぁ? あんたたちも元々いた世界では問題児だったのか?」
 アストリアが嬉しそうに尋ねる。
「いや、まぁ、艦長だけが問題児で、俺たちは違ったんだけどな」
「ちょっと待て、そこの軍艦マニア! 何もかも俺の所為にするなっての!!」
 山本が本気で抗議の声をあげる。
「お前が鬼畜だったせいで俺たちまでそういう風に思われかけたんだぞ」
「いや、副長も好きなんだぜ、鬼畜ネタ……」
 周りを置いてけぼりにして情けない議論を続ける二人。
「あの、鬼畜って何なんですか? ツジさんも好きっていってますけど」
 そして二人の会話の内容がわからないマリアが純朴な瞳で辻に尋ねた。
「え? あぁ、いや、その、え〜と…………」
 そして言葉に詰まる辻であった。
 


 翻って、この場所には和やかな雰囲気など欠片も存在しなかった。
「ほぅ、またあのウネビのように異世界から船がやってきたというのか?」
 竜人族の族長 バルバロッサ・バルークスが部下の報告に耳を傾けていた。
「それでヒューよ、貴様に与えた軍団は壊滅したと申すのだな?」
「…………バルークス様よりお預かりした兵たちをむざむざと死なせてしまい、申し訳ありませんでした!!」
 バルバロッサの前にひざまずく竜人の若い男は謝意のあまり、かなり小さくなっていた。
 彼の名はヒュー・エンデン。
 先の会戦で竜人族側の軍を率いていた男である。
「仕方あるまい……あのウネビですらレパルラントを統一する力を持っていた。そのウネビをはるかに上回る船が相手ではいささか分が悪かろうて」
 バルバロッサはそう言ってヒューを許した。
 しかしさすがは竜人族の族長をつとめる男である。彼の度量は深い。大陸を統一することすら可能なほどのカリスマを備えた覇王。
 それこそがバルバロッサ・バルークスであった。
「しかしバルークス様、我が竜人族の兵力は先の会戦で使い切ったも同然。以後、一年は軍事行動を起こせませんぞ。今後はどうされますか?」
 バルークスの脇に控えていた竜人の男が言った。
 彼の名はギザ・トブルク。竜人族最強の魔道士と呼ばれる男である。
「ギザよ…………」
「ハッ?!」
 バルバロッサは楽しそうな笑みすら浮かべ、言った。
「今までのように楽に大陸が統一できたのでは面白くなかろう。あのヤマトとかいう船が現れた……これからの戦、退屈せずにすみそうで何よりだと思わんか?」
「確かに……戦うことこそが我が竜人族の存在意義でありますからな」
 ギザはバルバロッサの意見に賛同し、もっともだといわんばかりに頷いた。
「バルークス様、一つ提案がございます」
 ギザはそのままバルークスに進言する。
「何か?」
「このまま一年間座するだけでは退屈しましょう。そこで私の子飼いの者を何人かゼーシーに送りたく存じます…………」
「なるほど。ヤマト修理の邪魔をするというわけか?」
「はい。我らの戦備の整うまでにヤマトに反攻作戦に参加されては困りますからな。時間稼ぎにはちょうどよいかと…………」
「面白い。貴様の策、やってみるがよい!」
 バルバロッサは嬉々とした表情でギザの作戦を承認した。
「ハハッ!」
 ……………………
 ……………………
 ……………………
 そしてバルバロッサ・バルークスは自らの部屋に戻った。
「…………異世界から来た船、か」
 ベッドに腰掛け、バルバロッサは独り呟いた。
「ウネビはこの大陸から争いを無くし、そして私の野望に火をつけた…………ヤマトよ、貴様は私を止めてくれるのか?」



 一方、ゼーシーの宴は日が変わっても尚、終わる気配すら見せなかった。
 すでに大和の一行は完全にレパルラントに溶け込んでいた。
 東條はヴェオ・ウルフ族の者と楽しそうに談笑し、東はリザード・マンの青年将校と飲み比べをし、清水は飲みすぎてブッ倒れてミノス族の者に介抱され、辻はクラナスと踊り狂っていた。
 山本は少し飲みすぎ&食いすぎで戦線を離脱し、猛烈な吐き気と戦っていた。
「〜〜〜〜………クソッ、あまり調子に乗りすぎるもんじゃないな」
 何とか吐き気を抑えながら山本は苦しそうに呟いた。
「水、いる?」
「……………?」
 見るとマリアがコップ一杯の水を片手に傍に立っていた。
「あぁ、すまんな。一杯くれ」
 山本はそう言って水を受け取り、一気に飲み干した。
「ふぃ〜〜」
「調子に乗りすぎるからよ。貴方の飲んでいたお酒、『死神殺し』といわれるほどにアルコールが強いのよ」
「いや、美味かったんで、調子に乗りすぎたよ…………助かった。ありがとな」
 山本は頭を掻きながら礼を言う。
「しかしマリアよ…………これは反則だな?」
「え? 何が反則なの?」
「こういうパーティーが催され、俺たちはこのレパルラントと交友を持ってしまった…………こうなったら『お前らを見捨てて、俺たちは帰るぜ』なんて言えなくなっちまうよ」
「……………………」
「俺は今でも日本に帰りたい。でも、ここまで来ちまった以上、覚悟は完了したよ」
 山本は真剣な表情で宣言した。
「俺たちがどこまでやれるかは知らんが、全力でレパルラントのために戦わせてもらう。これからはもう…………迷うことは無い!!」
 もはや山本の心に迷いは無かった。
 ただ、彼は内心で国に残した女性に必死で謝っていた。
「許せよ、紅蘭…………」


第二章「大和咆哮!」


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