超火葬戦記
第二章「大和咆哮!」


 戦場。
 それは我々の闘争本能を燃やし尽くす魔性の祭典である。
 ありとあらゆる「残虐さ」の宝庫である。
 ましてや一方的な戦いとなれば負け側は悲惨としかいいようがなかった。
 レパルラント諸民族連合軍の状態は悲惨という形容すら生温く思えるほどであった。


 レパルラントの諸民族連合軍と竜人たちの軍との決戦はレパルラント最大の港湾都市 ゼーシーの近く、距離にして八〇キロという本当にゼーシーの間近で行われていた。


 レパルラントは魔法を基本とした社会である。
 だが魔法というものは一部のエリートのみが強力で一般兵は大したものは使えないのが定説だ。
 よって一般兵たちは銃で武装していた。
 ケンタウロス族のルフォード・ハーマインは愛用の機関短銃を片手に戦場を駆け回っていた。ちなみにその機関短銃は我々の世界のMP38によく似ている代物だがこれは偶然の一致であろう。大和と畝傍という二つの例外以外で我々の世界とレパルラントに接点はないからだ。作者の趣味では決してないことを明記させていただく。
 彼の所属する「一陣の風」隊は全員がケンタウロス族で構成されている。ケンタウロスとは上半身が人間で下半身が馬となっている種族で、代々その突撃で敵を圧倒する戦術を得意としていた。
 だが相手が悪かったとしかいいようがなかった。
 パパパパパパパパパパパパパパパパパ
 ルフォードの機関短銃が吼える。しかし敵の竜人は涼しい顔をしている。
 その竜人はフルフェイスのヘルメットからわずかに見える眼に笑いを滲ませるとルフォードの部隊に襲い掛かる。
 竜人たちは銃ではなくて旧来の剣で戦っている。銃と剣では後者のほうが不利なのは自明の理だが竜人の堅牢な皮膚(鱗ともいう)は銃弾をいとも簡単に弾いていた。
 逆に竜人たちが剣を振るうたびにケンタウロス族の若人は血に塗れていくばかりだ。竜人は力も並ではなく、ケンタウロス族の装備する鎧を易々と切り裂くのだった。
「クッ! 後退!! 全軍後退せよ!!!」
 ルフォード隊は突撃を中断し、一旦後方に下がることを決意した。
 だが竜人たちはそれ幸いとばかりに猛追を開始していた…………

「むう……」
 諸民族連合軍を率いていたのはミノス族の族長でもあるコ・メイ将軍であった。
 ミノス族というのは頭から下が人間で、頭が牛のものといういわばミノタウロスのことである。種族の平均身長が一メートル九〇センチを超え、ガッシリとした筋肉質の体つきが特徴的で、その見た目通りにあふれんばかりの剛力を自慢としている種族だ。
 だがコ・メイは決して筋肉バカではない。
 御年二六九歳(ヒューマン族で換算すれば六四歳)で、畝傍登場以前から戦場で戦い、畝傍と共に千年戦争終結に尽力した男で、その才幹から「智の軍神」とまで称されている名将である。
 だがコ・メイの表情は冴えなかった。
 コ・メイの率いるのは総勢三万の大軍。
 対する竜人たちはわずか二〇〇〇。
 一〇倍以上の数の差を持ちながら諸民族連合軍は敗退しようとしていた。
 理由?
 簡単だ。
 それだけ竜人が強いのだ。「戦闘民族」の名は伊達ではない。
「将軍、『一陣の風』隊が崩壊寸前です! 予備兵力を投入し、体勢を立て直すべきではないでしょうか?」
 参謀の一人が進言する。
「止むを得ない、か……」
 コ・メイは仕方なしに予備兵力の投入を決定する。


「よう、ルフォード!」
 ルフォード隊救援として派遣されたのは他民族混成の第九九部隊、通称「ルシファー」である。
 「ルシファー」はせいぜい小隊規模でしかない部隊である。
 「ルシファー」隊長のロウガは愛用の片刃の刀、ゲッコウを片手に竜人の群れに切り込んでいく。
「ご苦労さん。後は俺達に任せて後退しな」
 ロウガはヴェオ・ウルフという頭から下がヒューマンで、頭が狼の一族である。ヴェオ・ウルフ族はまさに狼の如し素早さを最大の特色とし、その剣技は天下一品である。ロウガのゲッコウが振られる度に堅い鱗と鎧で覆われている竜人が次々と切り裂かれていく。このゲッコウはレパルラント東方の名匠が作り上げた一種の芸術品といってもいいくらいに美しい刀だ。
「すまん、ロウガ!」
 ルフォードが最後尾で機関短銃を撃ちながらロウガに感謝の意を示す。
「ルフォードよぅ、謝意は酒で示せよ! ガハハハハハ!!」
 そういいながら無精ヒゲ茫々のヒューマン族の三〇代後半と思しき男が大きな筒を右手に抱え、左手に酒瓶を抱えながら言う。その口ぶりはやや酩酊している。
「父っつぁん、また飲んでるのか?」
 ロウガが呆れたような口ぶりで男の飲酒戦闘を咎め……なかった。
「ま、酔ってない父っつぁんの方が怖いがね」
「おうよ。俺にとって酒の一滴は血の一滴だからな!」
 男の名はデバイス。ヒューマンである。
「はぁ、どっこいせ!」
 アルコールの息と共にデバイスは大きな筒を肩に構えた。
「竜人どもめ……一撃で吹き飛ばしてやるぜ!!」
 そう豪語するとデバイスは筒の引き金を引いた。
 シュグオオオオオォォォォォォォォォ!!
 轟音と共に筒から炎の尾を引く物体が飛び出した。それは少々ばかし不安定な弾道であったが竜人の群れのすぐ近くに落ちた。
 それは着弾の際の衝撃で信管を作動させ、中の爆薬をエネルギーとして周囲に散った。
 その破片は高速で竜人たちに降り注ぐ!
「へへへへ……マリアのヤツも中々にいい仕事するじゃねぇか」
 デバイスは左手の酒をクイッと呷る。
 デバイスの持つ筒はマリア・カスタード設計の科学兵器であった。尚、化学兵器とは魔道の力に頼らない兵器のことである。
 正式名称はMBランチャー。開発コードは「チューリップ2号」である。
「フッ!!」
 MBランチャーの炸裂により竜人たちの隊列は確実に乱れていた。
 そしてそれこそロウガの狙っていたチャンスであった。
 ロウガはゲッコウ片手に縦横無尽の活躍を見せる。竜人は基本的に強力な戦闘民族である。だがロウガのように竜人に対抗できるものがいないわけではない。……無論、数は限られてくるが。
 だがそれでも全体の戦況は竜人側有利で推移していた。


「むう…………」
 コ・メイは思わず苦悶の声を漏らした。
 彼の目の前には戦況図がある。青いピンが味方を。赤いピンが敵、つまりは竜人側を示している。
 だが青いピンは明らかに赤いピンに圧倒されていた。
 今は何とかコ・メイの的確な作戦指示で持ちこたえてはいるが、崩壊は時間の問題である。つまりこのまま戦い続けていてもジリ貧になるだけである。
「将軍……」
 参謀長でエルフ族のヨーク・アルビースが気遣わしげな視線をコ・メイに送る。ヨークも人間観算で初老の域に達する老将である。
 そしてコ・メイは決断した。
「諸君、今すぐ撤退作戦を実行に移してくれ」
「?! で、ですが……」
「このままでは兵力を徐々に消耗するばかりだ。我々はここで全兵力を失うわけにはいかんのだから……」
「ですが竜人どももみすみす逃がしてくれるとは思えませんが……」
「それは大丈夫だ」
 それだけは自信たっぷりに宣言するコ・メイ。
「何故ですか? 何を根拠に……」
「儂が残るからだ」
「?!」
 コ・メイは老いて尚太い右腕をたくし上げる。
「年をとったといえども儂は戦えるさ」
「では我々も残ります!」
 若い参謀たちが我も我もと残留の決意を顕にする。
「ダメだ、ダメだ!」
 ヨークは血気に逸る若人たちを一喝して黙らせた。
 そしてヨークは教師のような口調で語り始める。
「この戦いでわかっただろう。俺たちのような老人たちではもう戦争に勝てないとな」
「それは相手が竜人だからで……」
「だったらなおさら巧妙な作戦でもたてなきゃダメだってことだ。それをしなかった俺たちの所為で今の敗戦がある」
「……………………」
 若い参謀たちは一斉に押し黙った。
「ま、俺たち老人に汚名返上のチャンスをくれってこと。その代わり、後は頼むぜ」
「そういうわけだ。儂や参謀長のような老人たちで追撃を喰い止める。だからさっさと離脱するんだな」
 声もなくただ俯き続ける若手参謀たち。
「よし、それは了承の意思と取らせていただく。さ、行った行った」
 ヨークは手をひらひらさせて退出を促す。だが…………
「お待ち下さい」
 それを遮る厳格そのものな声。
「ニコライ君……何故ここに?」
 司令部のテントを訪れたのは新たに登場した異世界の船を迎えに行ったはずのニコライ・リーフェンであった。
「はい。もうすぐ増援が来ます。ですから撤退を待っていただきたいのです」
「増援? もう我々にはチップは一枚もなかったと思うがな?」
 ヨークが皮肉に笑う。
「確かにこのレパルラントにはありませんでした。ですが……」
「異世界にはあった、というのかね、ニコライ君?」
 コ・メイが後ろを引き取った。
「はい。まさにその通りであります」
「異世界の彼らは参戦を嫌がっていたのではないのか?」
「その辺の事情は落ち着いてから話しましょう。ですから全軍を内陸部に移動させて下さい」
「かつてウネビは沿岸部への艦砲射撃で戦争を終結させた……」
 ヨークが感慨深く呟く。彼もまた畝傍と共に戦った男なのだ。
「わかった。では全軍にそう通達しよう。ヨーク、アストリアの部隊と連絡を取ってくれ!!」


「はぁ?! 内陸部への移動命令だぁ?!」
 ロウガは念話球からの指示に信じられないという声をあげた。
 ちなみに念話球とは魔道の力を応用した通話装置であり、精霊の力を借りず、誰にでも使えることから有用な通信手段として定着している。
「はい。そうです。コ・メイ将軍からの指示です」
 司令部のHQ(ヘッド・クウォーター)で勤務しているオペレーターのヒューマンの女性が落ち着いた声で答える。どうしてオペレーターのねーちゃんはこういう風に冷たそうなんだろうな、とロウガは思ったが口にはしなかった。代わりに、
「理由を説明してもらえるのか? 他所はどうか知らねえが、今、うちは竜人たちの猛反撃で散り散りバラバラ。移動なんか夢の話なんだぜ」
「理由を説明すれば長くなります。ですから一刻も早く移動してください。巻き添えで死んでも知りませんよ」
 そう言うと念話球の会話は一歩的に切られた。
「あっ、クソッ!」
「隊長よ、竜人どもが来ますぜ」
 デバイスが報告する。尚、その口調からアルコールの色はまったく窺えない。彼はどんなに飲んでても実戦では酩酊しないというくらいに酒に強いのである。まぁ、だからロウガも飲酒を認めているのだが。
「MBランチャーは後何発撃てる?」
「隊長、残念ながら弾切れだ」
「チッ! まぁ、あの激闘では仕方ないか……」
 ルシファーは最大の激戦区に投入されたおかげでかなりの損害を被っていた(とはいえ損害の倍以上の戦果は挙げている。あの竜人相手にだ)。今、ロウガの周囲にいるのはデバイスだけだ。
「今、俺が持ってる科学兵器はバウンドバスター二発とF56八発だけだぜ」
 バウンドバスターは平たく言えば手榴弾のこと。F56は別名「小型チューリップ」の異名を持つロケットピストルである。
「仕方ない。それで包囲網を食い破るぞ」
 愛刀ゲッコウ片手に立ち上がるロウガ。だが彼の耳にとある音が聞こえていた。
「これは…………」
 そして轟音。竜人たちが炎に包まれ踊り狂っている。
「魔法か!!」


「……あ〜、面倒くさいねェ」
 全身からダリィ〜、やってらんねぇ〜オーラを噴出すエルフ族の青年が面倒くさそうに魔法の詠唱を行っていた。
 彼の名はアストリア・カーフ。
 レパルラント一の魔道士である。
 しかし外見からでは彼が偉大な、世紀の魔道士だと信じるものはいないだろう。
 基本的に彼、アストリア・カーフは「超」の字が八つほどつくほどの怠け者で、全然偉そうに見えない。しかも大魔道士を名乗る割りに若い。人間で言うなら二三歳という年齢である。
 だから彼を嫌う者は皆、口を揃えていう。
「なんであんな若造が」
 ……………………
「俺だって好きで大魔道士やってんじゃないんだけどね」
 欠伸混じりに炎の魔法を詠唱しながらアストリアは内心で自嘲気味に笑った。
「精霊たちも俺なんかのどこがいいのやら……」
 そう思いながら今度は雷の魔法である。普通、魔法というものは精霊たちの力を借りなければならないのだから真剣に詠唱しなければ威力が出ない。怠けた姿勢では精霊に舐められるからだ。
 だがアストリアは異常なまでに精霊たちに好かれていた。だから彼は思い思いの姿勢で強力な魔法が放てるのだ。
 危機に陥っていたロウガたちを助けたのも彼の魔法のおかげであった。
 そして一〇分ほど指揮下の魔道士部隊と共に魔法を唱えて竜人たちを「ある箇所」に固めることにアストリアは成功していた。
 そして出し抜けにその「ある箇所」が爆発した。
 その轟音はMBランチャーの着弾の比ではなかった。
 普段は眠たそうに半開きのアストリアの目が思わず見開かれたほどだ。
「…………あれが異世界からきた船の威力か」


 諸民族連合軍司令部のテント内。
「こ、これは……」
 ヨークの声が震えている。
「スゴイな。ウネビの比ではないぞ、この威力…………」
 コ・メイも呻かずにはいられなかった。
 そして再び着弾。
 その衝撃で竜人たちが吹き飛ばされていくのがコ・メイにもヨークにも見えていた。
「神か、悪魔か…………」
 コ・メイは思わずそう呟いてしまっていた。


 コ・メイに「神か、悪魔か」と形容される存在は戦場近くの海岸にいた。
 そう、帝国海軍所属の戦艦 大和である。
「す、すごい…………」
 呆けたような表情でレパルラント一の科学者のマリア・カスタードは大和の砲撃に見とれていた。
「これが世界最強の四六センチ砲の威力ですよ」
 大和副長の辻 歳一中佐がマリアにおもちゃを自慢する子供のような眼で語りかけていた。
 大和が吼える度にあれだけ諸民族連合軍を苦しめていた戦闘民族 竜人が吹き飛んで行く。それはとんでもない光景であった。
「……………………」
 大和艦長の山本 光大佐は艦橋でボンヤリと大和の砲撃を眺めていた。
「チッ、まだ覚悟が足らんのか?」
 山本はどこか釈然としない自分に苛立っていた。
「艦長?」
 航海長の清水 啓司少佐が心配そうな表情で彼を見ていた。普段は友人であるが、今は戦闘中であるのでけじめをつけて艦長と呼んでいる。
「ん? 何だ?」
「いえ、何か上の空のようでしたから……」
「いや、残弾数や損傷が気になってな」
 大和は前回、ゼーシーに入港したが、戦況が大和の修理を許さなかった。それで大和は今回の救援作戦のために燃料を補給した程度でそのまま出てきている。だから主砲はマリアナ沖海戦で撃ち残していた分のみである。サンプルとしてマリアに何発か渡してあるが、マリアがそれの量産化に成功できなければそれっきりしかない宝石よりも貴重な魔弾であった。
「大丈夫ですよ。砲術長の腕前は天下一品です。陸上砲撃なら百発百中ですよ」
「……そうだな。そうだったな」



「ふえ〜。スゴイ砲撃だったな……」
 ロウガはようやく伏せていた頭を上げた。
 彼とデバイスは内陸部への脱出が遅れ、そのために大和の砲撃の余波を多少受けていた。
「デバイス、大丈夫か?」
「ああ、俺は大丈夫だ。しかしありゃ何だ?」
「千年戦争を終結させた伝説のウネビとかいう船の同類なんじゃないのか?」
「とんでもない奴が味方になったみたいだな…………」
「おかげでこれから楽な戦争ができるかもな」
「だといいがねぇ…………」


「コ、竜人たちは撤退を開始しているぞ」
 ヨークがテント外でタバコ(らしきもの)を吸っているコ・メイに呼びかける。
「ま、あれだけの砲撃を受けてはなぁ。当然だろう」
「奴らかなりの打撃を受けたはずだ」
「これで半年以上の時間を稼げたわけだ」
 コ・メイは紫煙をプハァと吐き出した。
「それまでにあの船の解析が終わればいいんだがな…………」


「皆さん、本当に、本当にありがとうございました。レパルラントを代表して……と言っても私なんかで代表できるものじゃないですけど、礼を言わせてください。ありがとう…………」
 そう言うと感動した面持ちのマリアはペコリと頭を下げた。
「いや、その……俺たちは当然のことしただけだもんなぁ、山本?」
 辻がそう言って山本に話を振った。
「ん? まぁ、そうだな」
「何だその愛想のない返事は」
 砲術長の東條 祐樹少佐が呆れたような声を出す。
「いやいや、山本は理想の女性が目の前にいるから緊張して何も言えないのさ。なぁ?」
 機関長の東 誠一少佐が茶化した。
 ドッと爆笑に包まれる大和艦橋。
 山本も表面上では笑っていた。
 だが山本の内心を知るマリアは笑わなかった、否、笑えなかったという………………


第一章「異世界の八紘一宇」

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