超火葬戦記
第一章「異世界の八紘一宇」


「……で」
 ラムネで喉を潤しながら山本は口を開いた。
「このレパルラントとは何なんだ? バ○ストン・ウェルみたいなものか?」
 一九四二年に生きている男が何故それを知っている?
「は……?」
 さすがに訳がわからずに言葉を詰まらせるニコライ。まぁ、当然だ。
「あ〜、失礼。バイ○トン・ウェルにはクラナスみたいなのはいなかったよなぁ」
 しかし山本は構わずに話を続ける。ニコライは益々混乱しているようだ。
「おい、山本。ニコライさんで遊ぶな」
「はは、バレてたか」
 そこで初めてニコライがバツの悪そうな顔をした。
「悪いな。こちらも突然の状況で混乱しているんだ。気分を落ち着けるために利用させていただいた」
「いえ、いきなりこのような世界に招かれては混乱するのも仕方ないでしょう。話によればウネビの時の混乱は現在の比ではなかったとも聞いております」
「そうだ、畝傍だ。畝傍はどうなったんだ?」
 艦船マニアの清水が興味津々でニコライに訊く。山本も知りたそうだ。
「はい。このレパルラントには様々な種族が住んでいます。私のようなクラナス族、貴方たちのようなヒューマン、堅い鱗に全身を覆われたリザード・マン、高い魔力を持つエルフ……」
 ニコライが挙げた他の種族の名に一同は驚きを隠せなかった。
「すごいな。まさにファンタジーだ」
 とは東の言葉。
「ですがウネビが現れるまでは、各種族間が争い、このレパルラントは戦乱の炎に包まれておりました。我々はこれを千年戦争と呼んでおります」
「千年……そんな長い間争っていたのか?」
「いえ、実際にはもっと長い間争っていたとも言われています。エルフ族の記述に寄れば、三千年とも言われております」
「恨みつらみはそう簡単には消せない、というわけか」
 今、日本もアメリカと戦争をしている。あの争いの火も消せる時が来るのだろうか? 彼らのように何千年も争い続けるのだろうか?
「しかし突如現れたウネビがその状況を一変しました」
「ほう?」
「今までいがみ合う事しかしなかった我々に対し、ウネビは話し合いの場を設け、そして我々をわかり合わせたのです」
「……きっと畝傍に乗り込んでいた人は、八紘一宇の精神で戦ったのだろうな」
 と東條が言った。清水は何か言いたげだったが、結局は何も言わなかった。
 八紘一宇。
 天皇陛下の下ではすべての人類は平等であるという信念。
「私にはよくわかりません……ですが、我々は知ったのです。我々はわかり合えるのだと」
「それで千年戦争は終わりを告げた、という訳か」
「はい。その通りです」
「それで、畝傍はどうなったのだ?」
「……彼らは元いた世界に帰りたがっていたようなのですが、残念ながら帰る方法が見つからず……」
「レパルラントに骨を埋めたのか?」
 東條のその言葉にニコライは黙って頷くしかなかった。
 山本、辻、東、東條、清水の間に風が吹いた。
「そんな……もう、俺達も帰れない……のか?」
 ニコライは黙って俯くばかりである。
 今まで黙って聞いていた山本が口を開いた。
「ニコライさん……」
「はっ、はい」
「とりあえずどこかこの大和が入港できる場所はないか? そこで大和の修理は出来なくても、補給だけでも行いたいのだが……」
「わかっています。私もそれが目的でこの船に降りたのですから」
「では話し合いはこれで終わりだ。各自はそれぞれの持ち場に戻ってくれ」

「山本……これからどうするんだ?」
 副長の辻が訊いて来る。その表情は不安としかいいようがない表情だ。
「ん? そうだなぁ……どうしようか? どうもニコライのあの調子だと猫耳娘が普通にいそうな世界だ。ニャんとも素晴らしい世界じゃないかね」
「なるほど。そういう考え方もある訳ね」
「そういうことだ。エルフのお姉さんとラブラブになるのもよろし。ヒューマンの女の子とイチャイチャするのもよろし。何せこの世界だったらよりどりみどりだぜ」
「あはははは。そいつはいいねェ」
 そう笑いながらタバコに火をつける辻。不安の色は少しは薄まったか。それを見て山本は安堵した。
「それよりも山本よ……」
「ん?」
「ニコライだがな、まだ何か話したりない様子だったぞ。畝傍のことを話した所為で、重要なことが話せなかったっぽいぜ」
「だろうな。これは飽くまで推測だが、この世界、まだ戦争があるぞ」
「……やはりか」
「ああ。そしてニコライたちは負けかかっていると見ていいだろう。だからこの大和が欲しいんだ」
「それでお前はニコライの話を途中で切ったのか?」
「ああ」
「しかし補給を受けたら結局は同じことじゃないのか?」
「だからといって補給を受けずにいるわけにはいかないだろう。とりあえず補給だけ受けて、俺達は中立を表明する」
 辻は紫煙を吐き出す。
「果たしてそれが通るかどうか……」
「通す。何が何でもな」


 半日後。
 大和はようやくにして港に入ることが出来た。
「しかしデカイ港だな」
「ここはレパルラント最大の港湾都市 ゼーシーです」
「ふむ……」
 山本は双眼鏡で周囲を見渡す。
 港に停泊している船は帆がない船が中心である。山本はファンタジーの船=帆船を想像していたのだが。
「ああいった蒸気船は畝傍を参考にしたのかい?」
「いいえ。あれはウネビとはまた違う動力で動いています」
 ニコライの言葉に山本は興味を引かれた。
「というと?」
「我々、レパルラントは様々な精霊達と密接に生活しています。例えば火の精霊の力を借りて料理を行ったり、光の精霊の力を借りて夜の照明としたりという風にです」
「ということはあの船は精霊の力を動力とする訳か?」
 辻の言葉にニコライは意外そうな表情を浮かべた。きっと自分たちのシステムが異世界の住人にスンナリと受け入れられるのが珍しいのだろう。
「ああいうシステムは我々の元いた世界でのファンタジー小説に頻出しているのでな。まぁ、実際にこの眼で見ることになるとは思わなかったが……」
 山本がフォローする。彼自身も夏冬二回のコミケでこういうネタを竜崎と共に書いたことがある。とはいえやっぱりこの眼で見るとは思わなかったが。
「ところでニコライさん。全部魔法に頼って、科学とかはないのかい?」
 戦闘がないので艦橋で無聊をかこっていた東條が尋ねた。
「いえ。ちゃんとありますよ。ですが精霊達は科学を嫌っており、科学を使うものたちとは精霊は契約を結んだりしないのです。つまり、魔法を使うものは科学を使えないのですよ」
 これはファンタジーモノで戦士が魔法を使わないようなものなのかな、と山本は思った。
 とにかく異世界に来た山本たちにとって見るものすべてが珍しい。
「さて、手はずではもうそろそろ迎えが来るはずなのですが……」
 ニコライが文字通りの鳥目で周囲を見渡している。
「誰が来るんだ?」
「はい。このレパルラント一の科学者です。何せ我々にはこの船は未知数ですからね」
「ではこちらからも出迎えを出そう。副長、後は頼むぞ」
 そういうと山本はさっさと内火艇に乗り込んだ。

「で、ニコライ、そいつはどこにいるんだ?」
「はい、見つかりました。あちらです」
 ゼーシーの港には大和を一目見るべく港湾付近の住民が多数押しかけており、容易には探していた人は見つからなかった。
 しかし鳥目のニコライはようやく見つけると背中の翼を広げ、宙に舞い、そして山本の乗る内火艇を誘導した。
 そこには蒼く長い髪を後ろにリボン束ねている眼鏡をかけた美少女がいた。格好はいささかラフなものであり、化粧も薄くしかしていないことからどうもそういうものには興味を示さない娘らしかった。
「あなたがあの船の責任者かしら?」
 少女は山本にそう尋ねた。
「いかにも。私の名は山本 光。あぁ……君は?」
「私はマリア・カスタードよ。見ての通りのヒューマン族」
 眼鏡でおまけに美少女である。ある意味で山本の理想像に近い人である。だが山本の応対は素っ気なかった。
「ふぅん。……それでニコライさん、『レパルラント一の科学者』とやらはどこにいるのですか?」
 見た感じマリアの付近には同じヒューマン族の女の子しか見当たらないが。
「私ですけど」
「はぁ?」
「だから、私、マリア・カスタードがその『レパルラント一の科学者』なんですけど!」
 ニコライも頷いている。
 一瞬唖然とする山本。しかしすぐに平静を取り戻し、
「ま、ファンタジーだもんな」
 と言った。


「私、マリア・カスタードです。よろしくお願いします」
 そういうと眼鏡美少女マリアは頭を下げた。
「うぅむ。こんな若い女の子がレパルラント一の科学者とは……」
 東條がそう呟いた。
「しかしよかったな、山本」
 これは東の言葉だ。
 何せマリアは山本の好みの眼鏡ッ娘だ。山本にとっては最高の出来事だ。
「それよりマリア、この大和を修理できるのか?」
「私には元がどんな形だったのかもわからないのよ? そちらも協力してくれないと修理できないわ」
 まぁ、道理ではあるか。
「しかし設計図なんか持ってないぞ」
 辻が言う。
「あぁ、俺がカメラで撮った大和の写真ならあるぞ。無いよりはマシだと思うが」
「何かよくわかんないけど、外観がどうだったのかわかるのね?」
 マリアが山本に訊く。
「ああ。多分な」
「じゃあ、さっそくそのシャシンとかいうのを借してもらえるかしら?」
 清水が自室に写真を取りに行く。
「……ミツル殿、ここで一つ、お願いがあるのですが」
 そこで今まで黙っていたニコライが口を開いた。
「何ですか、ニコライさん。戦争参加以外なら承りますが?」
 山本のその言葉にニコライは体に電気が走ったかのようにビクッと体を震わせた。
「な、何故我々の事情を……」
「まぁ、アンタの態度で大体の察しはついてたのでな」
「…………」
 しばしの沈黙の後、ニコライは重い口を開いた…………


「……このレパルラントには様々な種族がいると説明しましたよね?」
「ああ。エルフやらリザード・マンやらがいるんだよな」
 東が答えた。
「そして畝傍の活躍で種族間の対立が消えた、とも聞いた……」
 東條が続ける。
「ニコライのいうことはある意味で間違っているの……」
 マリアが助け舟を出す。視線は清水から預かった大和の写真に釘付けのままだが。
「というと?」
「『竜人』という種族がこのレパルラントにはあるの」
「竜神?」
「いえ、『竜の人』と書くのです」
 とニコライが説明する。
「竜人は私たちヒューマンやニコライたちクラナス、とにかくレパルラントの種族の中で一番高い戦闘力を誇っているの。一度はウネビたちの勧告に従い、共存の道を歩んでたんだけど……」
「それが変わったというのか?」
 辻が訊く。
「ええ。竜人族の族長のバルバロッサ・バルークスが二年前、新たに竜人族の族長となったの。そしてレパルラント全土に宣言したわ。『我々、世界に冠たる竜人族こそがレパルラントの支配者だ!』と……」
「しかしたかが一種族だろう? 他の種族間で連合軍を組織すれば数の力で呑み込めるんじゃないのか?」
 清水が問う。
「いえ、竜人の戦闘力は群を抜いているのです。おまけにウネビ以後の種族間の交流で竜人たちは様々な種族の戦闘法を調査し、それを自らのものとしていたのです」
「竜人ってのは戦闘民族って訳か」
「まるでサ○ヤ人だな」
 また際どいネタで状況を理解する大和の乗組員たち。ちなみにこの話は艦内放送で全兵士が耳を傾けている。
「それで戦況はどうなんだ?」
「竜人側が圧倒的に有利です」
 苦々しげにニコライが答えた。
「それでこの大和の戦力が欲しいわけか」
「はい。その通りです」
 マリアが臆面も無く言い切った。
「私たちは竜人たちとの戦争に負けかかっています。しかし、あのウネビをもはるかに超える戦闘力を持っているであろう貴方たちの強力が得られたのなら、私たちはこの戦局をひっくり返せるはずなんです! お願いです、力を借して下さい!!」
 マリアが必死に頼み込む。
「山本、どうする?」
「何言ってんだよ、東。山本の答えは一つだろう」
「ま、相手が美少女眼鏡ッ娘なら無理は無いか」
「まったく鬼畜艦長なんだから」
 好き勝手に言う辻、東、東條、清水。
「………………」
 だが山本は思いがけない言葉を口に出した。
「残念だが協力できん」
「そんな!」
「おい、山本!」
 だが山本は右手で机を叩きつけて反論の一切を封じた。
「……いいか。俺たちは何だ? 帝国海軍の軍人だ。そして今、帝国はアメリカとの戦争の真っ最中だ。である以上、一刻も早く日本に帰り、対米戦を遂行しなければならないのだ!!」
「だが山本。このレパルラントは竜人たちとの戦争で混乱に陥っている。元の世界に帰る方法なんか調べている暇は無いんじゃないのか?」
 辻がやんわりと反論する。
「ならば我々は竜人に手を借し、早期にこの戦乱を終結させて元の世界に帰るまでだ」
「?!」
 場の空気が凍りついた。
「山本! 見損なったぞ!!」
 清水が抗議の声をあげる。
「俺は、何よりも先に帝国海軍の軍人なのだ……それはお前たちもわかっているはずだ」
「うっ…………」
「ミツル殿の仰りたいことはよくわかります。ですが、竜人に手を借すということは止めて下さい」
 ニコライが発言する。
「竜人たちのやりたいことは、このレパルラントを竜人の国にするということ。現に今、竜人の支配下にある地域では民族浄化が行われているのです」
「………………」
 山本は黙ってニコライの言葉を受け止める。
「民族浄化? それって虐殺ってことか?!」
 そんな山本とは対照的に辻がその話に喰いついた。
「はい。その通りです」
 ニコライが悲しげな表情で言う。
「私の故郷はすでにこの世にありません。竜人に占拠され、地図上から消えました……」
「酷いことしやがる……そんなこと、軍人のすることじゃないぜ」
 清水が苦々しげに言う。
「山本、それでも……」
「我々はこの世界ではイレギュラーだ。畝傍はこの世界に介入したようだが、それが褒められることとは思えない。我々はこの世界の戦争に介入しない方がいいと思う」
「…………わかりました」
 ニコライが仕方なし、という感じに口を開いた。
「我々の代表にそう伝えておきます……」
 ニコライが意気消沈した体で一旦は大和を後にした。尚、マリアたちは大和の調査のために残っている。


 ……その日の夜。
 山本は自室で独り酒を飲んでいた。
「………………」
 山本は胸ポケットから一枚の写真を取り出した。
「すまないな……俺、俺…………」
 山本は写真に語りかけながら酒を一気に呷る。グラスをテーブルに置いた時、中に入っていた氷がカランと音を立てた。
「ふぅ……戦死したならともかく、互いに生きているってのに逢えないってのは泣けるよなぁ」
 山本は相当飲んでいた。わりかし酒には強い方ではあるが、いつもよりさらにハイペースで飲んでいたので彼の脳内はアルコールに侵されており、思考回路はかなり鈍っていた。
 だから彼は気付かなかった。
「ミツルさん?」
 マリアが自室の扉を開け、こちらを覗いていた。
「ゲッ?! な、何のようだよ?」
 一瞬で酔いが吹っ飛び、慌てて写真を隠す山本。
「いや、ドアが開いてて、そこから光が漏れてたから……まだ起きてたのですか?」
「まぁな」
 マリアが近づいてくる。
「ところでさっき、何見てたの? なんかシミズさんから借りたシャシンみたいなのだったけど?」
 マリアの眼鏡が怪しく光る。
「し、知らなくてもいいよ」
 山本は顔を真っ赤にして隠す。
「何よ、いいじゃないの。ケチなこと言わないでよ」
 山本は結構な量の酒を飲んでおり、反応はかなり鈍くなっている。だからマリアにあっさりと写真を奪われてしまった。
「あっ……」
 マリアはその写真を見て言葉を失った。
 それは眼鏡をかけ、髪を三つ編みにした女性の写真であった。
 男性である山本が持つその写真の意味は一つだ。
「え、えぇっと……妹さんか何か?」
「……俺の帰りを待ってくれている人だよ。お前、俺にそういう人がいるのがそんなに不思議か?」
「えっ? あ、いや、そういう訳じゃないんだけど……」
 山本は深々と椅子に腰掛けた。
「……昼間はすまんかったな。俺、彼女のためにどうしても帰りたくてな……」
 そう言うと山本は頭を下げた。
「え?! いや、そんな頭下げなくても……」
 マリアはしどろもどろしている。
「だが畝傍に乗っていた先輩方を思うとな……俺は大日本帝国の軍人としての責務を果たさせてもらうよ」
 すでに山本の眼からアルコールの靄は消えている。
「異世界の八紘一宇のために、この山本 光、微力ながら力を尽くさせて貰う……よろしくな」
 そう言うと山本は右手を差し出した。
「う、うん。こちらこそよろしく……」
 マリアはその手を握った。

 帰るべき処も無いまま、大和は戦うことを決意したのであった………………


プロローグ「不思議の国の大和」

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