「では大枝長官、呉で会いましょう」
 昭和一七年七月二二日。
 この日行われた第一次マリアナ沖海戦の後のスプルーアンス艦隊の攻撃で大日本帝国海軍第二艦隊旗艦戦艦 大和は大破し、呉までの回航が不可能だとされ、総員退艦命令が下された。
 しかしまだ諦め切れていない大和艦長の山本 光大佐以下三〇〇名が大和の修理を続行することを決定したのである。
「……うむ。死ぬんじゃないぞ、諸君。捕虜になっても構わん。だから生きてくれ……」
 第二艦隊司令長官の大枝 忠一郎は涙混じりに言った。
「何度も言いますが、私は眼鏡ッ娘の嫁さんをもらうまでは死にませんからご安心を。では、長官こそご無事で」
 そう言うと山本以下三〇〇名の物好きたちが敬礼。
 大枝もそれに答え、そして大枝は大和を去った。


 ……………………
「さて、諸君! これより大和の修理を再開するぞ!!」
「オォーッ!!」
 山本自らも大和の修理に専念することとなる。
 敵の追撃が心配ではあったが、幸いなことに周囲には霧が立ち込めてきており、大和を隠してくれている。
「やれやれ、霧様々だな」
 …………二時間後。
「艦長! 六ノット程度でなら航行できるようになりました!!」
「ようし、よくやった! 呉に帰ったなら全員でパーティーだ!!」
「艦長の奢りですかい?」
「俺と副長でだ!!」
 大和副長の辻 歳一中佐はギョッという表情を見せる。
「お、おい山本! 勝手なことを宣言するな!!」
「いいじゃないか。どうせ俸給の大半は余ってるんだろう?」
「お前と一緒にするな! ギターとかに金使ってるから余ってなんかないぞ!!」
「チッ」
 心底残念そうな山本の表情。……悪魔か、おのれは。
「仕方ないな。大枝長官にでもたかれば何とかなるか……」
 山本はうつむき気味にブツブツ呟く。しかもとんでもない内容のことを。

 そんな大和を見つめる目があった。
 海中深度五〇メートル。
 アメリカ合衆国海軍潜水艦 フィンパックである。
「戦艦だぞ。しかも手負いときたもんだ」
 フィンパック艦長 レオニール・トリガー少佐は潜望鏡越しに移る巨大戦艦を見た。
 どうも手負いの戦艦らしく、速力はせいぜいが六ノット程度でしかないようだ。
 絶好の好餌である。これをみすみす逃すようでは潜水艦乗り失格だ。
「ようし、やるぜ! 魚雷発射準備!!」
 フィンパック内がにわかに慌ただしくなってくる。
「艦長、いつでも撃てますぜ!!」
 フィンパック水雷長 テッド・イスター大尉の声。
「ようし……撃て! それから深度八〇まで潜るぞ!!」
 バシュッ、バシュッ、バシュッ、バシュッ
 圧搾空気が魚雷を押し出す音がフィンパック内に木霊する。
 敵は六ノット。おまけに付近の霧のおかげかこちらに気付いた風はない。
 ……やったぜ! 俺は潜水艦で戦艦を仕留めたんだ!! これで出世間違いなしだな……
 思わずトリガーの頬が緩む。
 だが……
 いつまでたっても魚雷炸裂の音が聞こえてこない。
「……どうしますか、艦長?」
「うぅむ……危険ではあるが、潜望鏡深度に浮上する。奴は駆逐艦のお供を連れていなかった。ならば危険ではないだろうからな」
「アイアイサー」
 浮上を開始するフィンパック。
「どれどれ……」
 潜望鏡を覗き、それを旋回させるトリガー。
 だがトリガーの視界に映るのは太平洋の波頭のみであった。
「あれ? おかしいな……」
 トリガーはもういちど周囲をじっくりと見回す。
「ダメだ。霧に隠れたのか、周囲には見えないな……」
 トリガーは歯噛みをして悔しがる。
 ……チッ、俺の出世が遠のいちまったぜ。
「艦長、敵は手負いの戦艦なんでしょう? だったら周囲をうろついてたら見つかるんじゃないですか?」
 イスターがそう進言する。
「……そうか、そうだな。そうするか……」
 フィンパックは周囲を捜索した。
 だがフィンパックは大和と出会うことはなかった。
 それどころか……
 大和はその時、すでに「この世界」にはいなかったのだ…………

超火葬戦記
プロローグ「不思議の国の大和」


「山本、そろそろ南鳥島が見えるはずだぞ」
 大和航海長の清水 啓司少佐が山本に報告する。
 ちなみに大和に残留した三〇〇名はすべて山本と同類であり、彼らはプライベートでは親友のように接している。
「やれやれ、太平洋をチンタラ走ること四日。ようやく日本が見えてきたって感じだな」
 砲術長の東條 祐樹少佐の安心したような声。
「艦長、宴会が近いですぜ」
 水兵Aが山本の肩を叩きながらいう。やはり大和の結束力は尋常ではなかった。普通、軍艦でこんなことする奴はいないって。それが山本の人柄なのかもしれなかった。
 …………三時間後。
「おい、清水。まだ南鳥島につかないのか?」
 いつまでたっても島影すら現さない南鳥島に苛立った声で清水に問う辻。
「お前、計算間違えたんじゃないのか?」
「いや、そんなことはないんだが……」
 清水の方も冷や汗混じりに海図を見ている。
「か、艦長!!」
 その時であった。見張り員の悲鳴のような声が飛び込んできたのは。
「何事だ?!」
 プライベート時の温和な表情から一変。戦闘モードバリバリとなった山本。
「三時方向の空に機影が見えます!!」
「敵機?!」
「いや、きっと友軍の偵察機だろう。おい、手空きの奴は帽振れでもやれ」
 辻が気楽に言う。
「副長、違います! あれは友軍なんかではありません!! 双眼鏡でよく見てください!!!」
 見張り員は切羽詰った声で言う。
「どれどれ……」
 山本は双眼鏡を覗く。しかし彼の視力では謎の機影はただの点にしか見えなかった。
「点にしか見えないなぁ。さすがは我が軍の見張り員は優秀だな」
 山本の呑気な声。
「言ってる場合じゃないぜ、山本……」
 山本よりは視力のいい東條が蒼ざめた表情で呟いた。
「どういうことだ?」
「あれは……あれは人間だ。背中に……羽が生えているがな…………」

 ものの三分もしないうちに謎の羽が生えた人間(らしきもの)は大和上空にて旋回を始めた。
「艦長、撃墜しますか? 対空砲火は七割方やられてますが、それでも一機(?)くらいなら撃墜できますよ!!」
「うぅむ……」
 副長の辻は頭を抱えている。砲術長の東條も、航海長の清水もまた然り。
「で、山本、どうするんだ?」
 唯一、機関室に篭っているために状況を上手く把握し切れていない機関長の東 誠一少佐のみが艦内電話で山本の指示を仰ぐ。
「機関室は現状を維持していてくれ。ただし、俺の指示があり次第、全速力をだせるようにな」
「全速ったって六ノットなんだけどな。まぁ、了解だ」
 受話器越しに東の苦笑いが聞こえる。
「なぁ、辻よ」
「何だ?」
「背中に羽の生えた人間は何人だと思う?」
「……アメリカ人ではなさそうだな」
「それどころか本当に我々の世界の人間なのかも怪しいな」
 とは東條の言葉。
「じゃあ、何か? 俺達は異世界に迷い込んだというわけか?」
 清水が口を開く。
「はははは。そいつはいいな。俺達は異世界に迷い込んだ勇者なのかもしれんぞ」
 その手の話が大好きな山本は嬉しそうに言う。
「ともかく、話し合いから始めればいいだろう」
 そう言うと山本は席を立った。
「おい、山本……」
 心配げな東條の言葉。
「大丈夫だって。見た感じ、アイツは武器持ってないみたいだしな」
 そう言うと山本は艦橋を上がっていく。
「しかし……」
 一同を代表して辻が感想を口にした。
「アイツ、何でこんな状況でも落ち着いているんだ?」

 艦橋を上がりながら山本は思った。
 背中に羽の生えた人間ねぇ。
 俺は空母 瑞鶴の艦魂を見たことがあるんだ。まぁ、それなりに不思議な現象に対する耐性は持ち合わせているつもりだ。
 問題は……
 瑞鶴ちゃんみたいに話のわかる奴かどうかなんだよなぁ……

 艦橋最上部に出た山本はあらかじめ用意させておいた拡声器を右手に持ち、上空の鳥人間とのコンタクトを試みてみた。
「あー、あー。ただいまマイクのテスト中……そこの方、聞こえていたなら右手を上げてくれ」
 ……ベタベタなまでに日本語で。
 だが上空の鳥人間は本当に右手を上げた。
「………………」
 本当に日本語が通じるとは思っていなかった山本は一瞬目が点になる。
「あぁ、えぇと。私は大日本帝国海軍大佐の山本 光だ。君と話をしたい。そこで、後部甲板に着艦してもらえないだろうか?了解してくれたなら両手をあげて、○を作ってくれ」
 だが上空の鳥人間は両手を上げなかった。奴は急降下を開始した。
「?!」
 咄嗟に身構える山本。だが次の瞬間には鳥人間は山本の目の前に立っていた。
 ……何てスピードだ。
 思わず背中に汗を感じる山本。
 間近で見る鳥人間は、首から下こそは(背中に羽があるものの)普通の痩身の人間であった。だが顔の部分は鷹のそれと同じであった。
 まるで仮面○イダーの改造人間のような風貌だ。
「こ、こんにちわ……あはははは」
 急に目の前に来られたので咄嗟に言葉が出ず、山本はそんなことを口走ってしまう。
「……驚かせてすまない」
 以外にも鳥人間はスンナリと謝ってくれた。声のトーンは低いバリトンである。シブイ。
「拙者はクラナス族のニコライ・リーフェンと申す。ミツル殿……でよろしいのか?」
 えらく時代がかった喋り方をする鳥人間のニコライ・リーフェン氏。
「艦長、無事ですか?!」
 艦橋の以上を見て、ようやく駆けつけた副長たち。手には小銃が握られている。
「申し訳ない。私としてはミツル殿の申し出が罠に思えてな。こういう風に強攻策を取らせてもらった。だが拙者は諸氏と争いたい訳ではない。話し合いをしたいのだ」
「……だ、そうだ。ここは一つ、平和的に話し合おうじゃないの」
 山本はそう言って小銃の銃口を下げさせた。

「貴公らは自分たちが大日本帝国所属と言った。それは真の事か?」
 大和は元々GF(連合艦隊)の総旗艦として設計されているので会議場には不足しない。
 山本たちはその一室を使ってニコライと話し合うことにした。
「ああ。我々は確かに帝国海軍だ」
 山本が毅然とした態度で答える。
「では……ウネビを知っているか?」
「畝傍?!」
 軍艦マニアが高じて海軍軍人となった清水航海長と何かにつけて詳しい山本がその名に反応する。辻や東、東條などはポカンとした表情である。
「おい、清水、ウネビって何だ?」
 東が小さな声で清水に訊く。
「日清戦争より少し前に、フランスで設計建造された装甲巡洋艦だ」
「日清戦争っていうと吉野とか三景艦の活躍した時代だな」
 海軍にいるものとしてそれくらいなら知っている。
「だが畝傍は竣工後、日本へ回航する際に行方不明となったのだ」
 とは山本の言葉。
「ずさんだねぇ。気付かなかったのか?」
 辻が呆れたような表情で言う。
「無茶を言うな。当時は無線もなかったのだ。当の帝国海軍も予定日を過ぎても畝傍が現れないので初めて遭難したと知ったのだぞ」
「嫌な時代だな」
「それに畝傍はフランス人の手抜き工事の所為か、全長や全幅などが設計値よりも短かったんだ」
 清水がペラペラと解説を続ける。
「おまけに畝傍は清国北洋艦隊の定遠や鎮遠に対抗するために巡洋艦とは思えないほどの重武装だったのだ。それで設計ミスとのダブルコンボだ。ちょっとした嵐でも転覆したろうさ」
「本当に嫌な時代だな」
 つくづく今に生まれて良かった、と言いたげな東條の表情。
「オホン」
 ニコライが咳払いする。
「話を戻してもらえないか? 読者に対する解説はそれくらいでよいだろう?」
「そうだな」
 山本は机に身を乗り出しながら訊いた。
「そんな神隠しにあった畝傍を何で貴様は知っているんだ、ニコライ?」
「……信じてもらえるかわからんが、ウネビもまた貴公らのようにこのレパルラントに召還されたのだ」
「「「「レパルラント?!」」」」
 辻、東、東條、清水の言葉が重なり合う。
「……どうやら本当に俺達は『異世界の勇者様』になったらしいなぁ」
 山本だけが独り期待に目を輝かせていたという………………



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