「これは一体………」
 ソード・オブ・ピースの源 猛中佐と仮面参謀ユウ・ブレイブ大佐を乗せた車は数千人規模の人波によって停車を強要された。
「避難民か」
 源はそう思ったが、即座にその考えを否定した。目の前の人間たちは荷物を持たず、代わりにプラカードを持っていたのだった。そのプラカードには「人は神罰を受け入れるべきだ」と書かれていた。
「一体何の祭だ、これは?」
 ブレイブは面倒くさそうに頭を掻きながら煙草をくわえた。
「我々は箱舟の会の者たちです」
 人波の最前列に立ち、人波を先導していた代表が自分たちが何であるのか名乗った。代表はまだ二〇代前半の大学生の青年に見えた。
「箱舟の会? ………で、この騒ぎは何のマネだ?」
 ブレイブは紫煙を吐きながら尋ねた。
「あなた方はソード・オブ・ピースの方々ですね?」
 代表の青年はそれを確認してから、ブレイブたちを諭す口調で話し始めた。
「我々、箱舟の会はキリスト教系の団体で、今回のノアの叛乱に始まる混乱は神の審判であると考えています」
 ブレイブは煙草を吹かしながら青年の話を聞き続けた。
 この青年曰く「人類は戦争を繰り返し、そして文明の発展と言いつつ地球を汚し続けてきた。我らが主、即ち神は人類を一度滅ぼして新たな世界を創世する道をお選びになったのだ。我々人間は神に逆らってはいけない。だからソード・オブ・ピースは早々に抵抗をやめ、運命を受け入れるのだ」とのことだった。
 青年は自らの主張を一気に、休みを挟むことなく披露した。源は途中で反論を口にしようとしたが、ブレイブに腕をつかまれたので反論できなかった。
 そして青年の主張を聞き終えたブレイブは吸殻を指で弾き落として言った。
「なるほど。お前たちの主張はわかった」
「おお、わかっていただけましたか」
 自分たちの主張が受け入れられたと青年の表情がパァと明るくなる。だが次の瞬間、青年の顔面に黒く鈍く光る銃口が押し付けられた。ソード・オブ・ピースに参加した際に支給されたグロック社の自動拳銃であった。
「あ、あの………?」
 青年は状況が飲み込めず、間の抜けた声をあげた。それに対しブレイブは冷酷に言い放つ。
「お前たちの考えが正しいのかどうか俺にはわからん。だからお前たちの意見は尊重してやるよ」
「え? ええ?」
「わからんか? お前たちのような死にたがりは、さっさと死ねと言っているんだ」
「そ、そんな………」
「マシンヘッドは神の使いなんだろう? 神の手を煩わせるまでもない。俺が、今、お前を殺してやる」
「あ、あわわ………」
 ブレイブの気迫に気おされた青年は全身から冷たい汗を噴出しながら震えるだけだった。箱舟の会の面々も呼吸することすら忘れて状況をただ呆然と見送るだけだった。
「生きるつもりの無い奴まで護る筋は無いんでね」
「ちょ、ブレイブさん………!」
 源が辛うじて口を挟んだ瞬間、ブレイブの指は引き金を引いていた。撃鉄がカチンと音を立てる。
 ………しかし撃鉄は音を立てただけで、銃弾は発射されなかった。当然だ。ブレイブの拳銃に弾丸は一発も入っていなかったのだから。
 自分が助かったことを知った青年は腰が抜けたらしく、ヘナヘナと地面に座り込んだ。ブレイブは膝を曲げ、青年の目線に自分の目線をあわせて訊いた。
「どうだ? まだ死にたいか?」
「………!!」
 青年は顔面を真っ青にして首を横に振った。
「軽々しく死ぬなんて言うな。命というものはそんな安いものではない」
 ブレイブはそう言うと立ち上がり、停車している車の助手席に再び腰を預けた。そして源に「行くぞ」と告げた。
「………これからの決戦で、多くの軍人の命が散るだろうな」
 再び走り始めた車の中で、ブレイブはポツリと呟いた。源はそれに応えて言った。
「地獄ですね」
「ああ、本当に戦争は地獄だな………」

葬神話
第一四話「敵、V−MAX発動」


 一九八六年三月三日。
 ソード・オブ・ピースは北米戦線における一大反攻作戦「ガンパレードGun ParadeマーチMarch(GPM作戦)」を実行に移した。
 その頃になるとソード・オブ・ピースのパンツァー・アーミーPA部隊のほとんどにドラグーンが行き渡っており、GPM作戦は全戦線で優勢を確保することに成功していた。
「ふぃー、疲れたぁ………」
 マスクド・シャインはそんな中、マシンヘッドの反攻に対する遊撃兵力として亜宇宙戦艦ヤマトを母艦として行動していた。ついさっきも霊子甲冑 皇武を駆ってマシンヘッドの部隊を相手に一戦交えてきた所であった。
「ほい、お疲れさん」
 シャインの伴侶であるチュルルがシャインにスポーツ飲料とサンドイッチを投げ渡した。
「正体隠すためにしかたなしにつけた仮面だけど………」
 シャインはスポーツ飲料を一口だけ含んで言った。
「こんなに蒸れるとは思わなかったぜ」
「そんなんちょっと考えたらわかることやない」
「む、そうかな?」
「それに皇武に乗ったらもう誰にも見られへんのやから、皇武に乗ったら仮面外せばええやん」
「………あ゛」
「気付かんかったんかいな………」
 チュルルは呆れた口調で言った。
 そんな感じで戦争の合間の休息を楽しんでいた二人に通信兵が駆け寄った。
「シャイン大佐、司令部から通信が入っています」
「通信? 俺宛に?」
「はい、大佐宛です」
「応援要請じゃなさそうだな」
 応援要請ならポイントだけ伝えるだけだったし。シャインはサンドイッチを一口に頬張るとスポーツ飲料で一気に胃に流し込んで通信兵の後をついていった。
 通信を送ってきたのはブレイブであった。
『休憩中にすまんな。少しお前の意見が聞きたくてな』
「いや、別に構わねーよ。で、何?」
『実はな、作戦が順調にいってるのだ』
「………それのどこに相談しなきゃならない所があるんだ?」
『相手がマシンヘッドだけならばこれは喜ばしいことだろうさ。だが、俺たちは知っている。マシンヘッドの裏に何がいるのかを』
「………コバルトの野郎の差し金だというのか?」
 コバルト。コバルト・ダンケルハイト。異世界レパルラントに千年戦争と言う災厄を作り出し、こちらの世界で数々の戦争を誘発させた不老不死の悪魔。このマシンヘッドの叛乱も彼の差し金である。シャインたちはコバルトを妥当するためにレパルラントからこちらの世界に渡ってきたのだった。
『確証は無い。だが、それだけに奴の動向が怖い』
「………あの野郎が、自ら出てくるというのならば好都合だ」
 シャインはあえて強がってみせた。
「俺と皇武がエグゼキューターで今度こそ奴を断つ」
『うむ………』
「作戦を変更する必要はない。奴が出てきたならそれはそれで好都合だし、出てこないなら出てこないで北米からマシンヘッドを駆逐するだけだ」
『そう、だな。うん、お前の言うとおりだ』
「しかし、お前でも弱気になるんだな」
『当然だ。鬼畜王などと呼ばれても、私は人間だからな』
 ブレイブはそう言うと通信を切った。
 シャインは拳を固く握り締め、吐き出すように呟いた。
「コバルト………来るなら来いってんだ」
 しかしシャインの膝はカクカクと震え続けていた。



 GPM作戦が開始されて一週間。
 マシンヘッドの軍勢はソード・オブ・ピースの猛攻に耐え切れず、戦線を後退させ続けて今やデトロイトのすぐそばに主戦場が移っていた。
 ソード・オブ・ピース司令部はGPM作戦を第二段階に進める好機だと判断し、全部隊にさらなる前進を命令した。
 そんな中に第六八四PA大隊はいた。
 第六八四PA大隊はアメリカ人で構成された部隊であり、マシンヘッドの叛乱からずっと前線で戦ってきた部隊であった。それだけにGPM作戦は彼らにとって悲願であった。
「機械人形どもめ。これが人類の力だ!」
 第六八四PA大隊の全員が搭乗しているドラグーンの性能は素晴らしかった。背中に搭載されたフライヤーシステムMk3によって空を自在に舞うことができ、ハンマーやコロッサスなどの空を飛べないマシンヘッドに絶対優位を確保できたし、ファイアボールに対しても圧倒できるほどの格闘戦能力があった。唯一恐ろしいのはマシンヘッドの戦闘機であるゴーストX−9であったが、ゴーストX−9は空軍部隊がよく抑えてくれていた。
 ただ常に飛行するには燃費がネックとなるので今は大地をその足で踏みしめていた。
「大隊長、一〇時方向に反応!」
 肩にレールガンの代わりにECM装備を搭載したドラグーンE型に搭乗している伍長からの報告。
「数と種類はわかるか?」
「コロッサスタイプが一〇機、ハンマータイプが四機です」
「よぅし、聞いての通りだ。今の我々は数でも質でも目の前のマシンヘッドに対し優勢だ。だから無茶はしなくていいぞ」
 大隊長は無線に向かってそう言うと、フライヤーシステムMk3の起動スイッチを入れた。折りたたまれていたドラグーンの背中の翼がまっすぐ展開される。
「よし、突撃!」
 ドラグーンは膝を深く曲げ、一斉に跳びあがった。そしてフライヤーシステムMk3のメインブースターを点火させ、宙を飛ぶ。
 コロッサスやハンマーが天に向かって一斉に射撃を開始するが、ドラグーンは脚部にもブースターがあり、脚を自在に動かすことでよりフレキシブルな機動が可能となっている。コロッサスやハンマーの撃ち出す弾は一発もドラグーンを捉えることができなかった。
 ドラグーンがマニピュレーター、要するに手に持っているのは対機甲用五〇ミリリボルバーカノン シューティングスターである。連射から狙撃まであらゆる任務に対応できる万能銃である。一機のドラグーンが急降下しながらシューティングスターを放つ。吐き出された流星はコロッサスの胸部を射抜き、コロッサスは糸が切れた人形のようにフラフラと体を揺すっていたがドラグーンがその頭上をフライパスすると地面にうつ伏せに倒れこんだ。
 PAでありながら戦車並という破格の装甲を誇るハンマーは五〇ミリ弾なら当たり所さえ悪くなければ耐えることができる。しかしドラグーンは肩に八八ミリ口径のレールガンを装備しており、その一撃はハンマーの装甲も易々と貫くことができた。
 たった三分の戦闘でマシンヘッドは兵力の半数を失い、残りは撤退し始めていた。だが第六八四PA大隊はそれを逃がしはしなかった。
「今こそ、ニューヨークで貴様たちに殺された妻の仇を!」
 大隊長はそう叫ぶとドラグーンを最大速力で前進させる。マシンヘッドは必死に弾幕を張るが変幻自在の機動を見せるドラグーンに命中させることはできないでいた。
「うおおおおお!」
 ドラグーンの最大速力での運動エネルギーをこめた飛び蹴りはコロッサスの頭部を跳ね飛ばすほどの威力を秘めていた。さらに腰のアタッチメントから二本のナイフを取り出し、すぐ近くにいたハンマーに突き立てる。刀身に超高熱を持たせて装甲を焼ききる対PAナイフはハンマーの装甲をも斬り裂いた。
 周囲を取り囲むように陣取ったコロッサスが大隊長を狙うが、彼のドラグーンは再び地面を蹴って空に飛び上がった。ドラグーンを射抜くはずだったコロッサスの弾丸は自分たちの仲間を射抜く結果となったのだった。
 結局、戦闘は一〇分にも満たず、マシンヘッドは全機がスクラップになり、第六八四PA大隊は損傷機が三機出たものの撃墜された機体は一機もなかったのだった。人類の完全勝利であった。
 だがそれだけで終わるはずがなかった。「人類死スベシ」を唱えるマシンヘッドが、この程度で終われるはずがなかった。
 デトロイトの地下秘密工場から、今、マシンヘッド北米軍団の切り札が飛び立とうとしていた。
「それ」が飛び立った時、第六八四PA大隊はソード・オブ・ピースでもっともデトロイトに近い部隊であった。
 故に彼らは見た。
 デトロイトから赤い光が伸びるのを。そしてその光が自分たちの方に向かって突き進んでくるのを………!
「な………ッ」
 何が起こったか。それすらわからずに第六八四PA大隊のドラグーンが爆発四散する。赤い光が第六八四PA大隊の傍を通り抜けただけだというのに、第六八四PA大隊の七割が撃墜されたのだった。
 だがそれだけでは不親切と言うもの。筆者と言う名の神は第六八四PA大隊に何が起こったのかを詳細に話そうではないか。
 そのために時系列は少しだけ戻ることになる。



 それは金色の肌を持つ戦神であった。
 まばゆいばかりに煌く金色の破壊神マシンヘッド
 MH−05 シム・エムス。それが破壊神の名であった。デトロイトの地下秘密工場で完成したのはつい先ほど。完成した瞬間に破壊神は出撃を決意した。地下秘密工場から地上に出るには曲がりくねった地下道を通らなければならないが、破壊神はそれを拒んだ。
 我に逆らう愚かな人類がすぐ目の前まで迫っていると言うのに、悠長に地下道を行くなど破壊神は許さなかった。
 破壊神が選んだのは最短ルート。すなわちまっすぐに上を目指すと言うのだ。ここは地下の工場で、天井のみならず分厚い大地の壁があるにも関わらず、破壊神はその道を選択した。
 選択を終えた破壊神は間をおかずに行動に移った。グッと床を踏みしめ、そして一気に跳ぶ。その際に床が深く陥没した。破壊神の脚力は百トン単位の重さにも耐えうる頑丈な床を踏み抜く程であった。
 跳び上がった破壊神は背中のブースターを点火。さらに勢いをつけて天井に当たる。天井はまるで紙でできているかのように簡単に突き破れた。土の壁も然り。だがさすがに土の壁は分厚かった。破壊神は全力で大地の障壁に挑む。
 破壊神はブースターに燃焼強化剤を混入させる。この燃焼強化剤によって破壊神の出力は一五%の向上が見られるのだ。もはや土くれでは破壊神を止めることはできなかった。
 最大出力となった破壊神は真っ赤な炎を噴き上げて大地の壁を乗り越えた。レッドパワーと呼ばれる燃焼強化剤はブースターの炎を血の色のような禍々しい赤とする………。
 ついに地上に姿を現した破壊神は、デトロイトにもっとも近い位置にいた第六八四PA大隊を確認した。そして迷うことなく破壊神は第六八四PA大隊の抹殺を決めた。
 破壊神は音速の壁を破り、さらなる高速で第六八四PA大隊に襲い掛かった。
 破壊神が通過した際のソニックブームだけで第六八四PA大隊は壊滅寸前となっていた。
 人類がドラグーンと呼ぶPAが破壊神に果敢にも挑もうとするが、破壊神の動きは人間では絶対に真似できないものだった。破壊神は左腕に装備されている爪でドラグーンを串刺しにする。ドラグーンは必殺の八八ミリレールガンで反撃を試みるが破壊神の動きはレールガンを持ってしても捉えきれなかった。
 第六八四PA大隊はわずか五二秒で全滅したのだった。
 最後に撃墜されたドラグーンのパイロットはこのような言葉を残して絶命したという。
「まるで………赤い光弾!」



「あれはV−MAXです」
 ソード・オブ・ピースの司令部に招かれた田幡 繁は第六八四PA大隊が最期に送ってきたガンカメラの映像を見て言った。
 突如現れた金色の新型マシンヘッド。ドラグーンすらも凌駕する圧倒的性能を誇る新型によってGPM作戦は第二段階に進めずにいた。
 ソード・オブ・ピースはPA開発の権威といっても過言ではない田幡に新型マシンヘッドに関する情報を求めたのだった。
「V−MAX?」
 怪訝そうな表情で尋ねるブレイブ。「それは何ですか?」
「緊急回避用の特殊機動システムです。本来はパイロットの反射神経では対処できない事態の際に、搭載コンピューターが操縦のイニシアティブを握り、その高速演算能力をフルに使って機体を戦闘圏外まで脱出させるシステムとして開発されました」
「ふむん………?」
 ブレイブはわかったようなわからないような表情だ。ブレイブの正体はかの日米戦争の際に活躍した結城 繁治であるのだから、現代の科学力は彼の想像の埒外にありすぎてよくわからなかった。
「しかし、あれはProject G4(大日本帝国による第四世代PA開発計画)の際にガンフリーダムと競ったXN−PAザンパに搭載されていたフォロンと呼ばれるOSが必要だったのでは?」
 大日本帝国統合作戦本部に属していた源はこの件に造詣が深いようだった。ソード・オブ・ピースの面々で田幡と話を合わせられるのは日本人だけに事情をよく知る源だけであった。
「ノアはフォロンよりはるかに優れたマスター・コンピュータです。V−MAXの発動くらい易々と行えるでしょう。しかもフォロンは一〇分という活動限界を持っていましたが、ノアなら時間無制限で動かし続けることが出来ると思います」
「………よくわからないが、技術的なことはどうでもいい。戦力として、その『ブイ・マックス』とやらはどうなんだ?」
 ブレイブが少し乱暴な口調で尋ねた。源は目を少しだけ大きく開いた。ブレイブが、自分にわからない程難しい科学的な話をされて苛立つという意外にも子供っぽい部分を見せたからだ。
「V−MAXを発動したXN−PAはガンフリーダムを持って何とか抑えることができたほどに強力な機体でした。どうやらあの金色のマシンヘッドはXN−PAよりはるかに優れた機体デザインをしており、さらにV−MAXレッドパワーまで使っているようなので、その戦力指数は莫大でしょう」
「ああ、V−MAXレッドパワーというのは?」
「XN−PAを生んだグリューネバッハ女史が書き残していたV−MAX強化プランの一つで、レッドパワーと呼ばれる燃焼強化剤を注入することで一五%の出力向上が図れると言うことです」
「つまりメチャクチャ強いというわけか」
「まぁ、平たく言えばそうです」
「じゃあ我々も切り札を使おうではないか。あの金色、幸いなことに一機しかいないんだからな」
 ブレイブはそう言うと一同の顔を見渡した。ソード・オブ・ピースに是非はなかった。



「霊子甲冑 皇武、推〜参!」
 皇武が魔剣エグゼキューターを構えてポーズを取る。
『あの、シャインさん?』
 皇武の後ろにつくガンフリーダムからリアクションに困る声が聞こえる。
「あ? 何だ、アーサー?」
 無邪気な声で応答を返してくるシャイン。ガンフリーダム操縦者のアーサー・ハズバンドは「もしかして自分がおかしいのだろうか」と頭を悩ませるが口に出しては何も言わなかった。
「おぉっと、来たぜ」
 シャインの声から茶目っ気が消え、戦いを前にした男の声色に変わる。アーサーはモニターに眼をやる。そこには陽光を眩いばかりに弾き返す金色のマシンヘッドMH−05 シム・エムスが立っていた。
「ヘッ、V−MAXだか何だか知らねーが………」
 皇武は魔剣を握りなおすと上段に振りかぶりながら走り始めた。
「ぶつ切りにしてやるぜ!」
 皇武が魔剣を振り下ろすがシム・エムスは素早く身をかわしていた。シム・エムスに命中しなかった魔剣は北米の道路をたやすく斬り裂いた。魔剣の切れ味は鋭く、アスファルトの道路では魔剣を止めるには不十分であった。故に皇武はその剛の力で地面ごとシム・エムスを斬り裂こうと上に向かって魔剣を振り上げた。シム・エムスがつい数瞬前まで立っていた地面は魔剣によって切断された。しかしその刃はシム・エムスにわずかに届いていなかった。
「速い………!」
 皇武は魔剣を振り続けるが、シム・エムスの動きは皇武のそれよりはるかに俊敏であった。魔剣は虚しく空を斬るばかりであった。
 皇武の斬撃をすべて回避して見せたシム・エムスは「今度はこちらの番だ」といわんばかりに左腕に搭載されている爪を皇武の胸に突き立てた。
「んなッ!?」
 皇武の装甲は異世界レパルラントで神金属と呼ばれているオリハルコンという素材でできている。オリハルコンは鋼鉄よりもはるかに硬く、自己再生可能な金属であった。皇武が幾度の激戦を越えても無傷だったのは偏にオリハルコンのおかげであると言えた。タングステンや劣化ウランでできた弾丸ではオリハルコンに瞬時再生可能な程度の損傷しか与えられなかったからだ。
 だがシム・エムスの爪は皇武のオリハルコンを深く斬り裂いた。左胸から右胸にかけて爪による傷痕が深く刻み込まれる。
「ぐうッ………」
 皇武の操縦は操縦者、即ちマスクド・シャインの意識と皇武自身をシンクロさせることによって行われている。そのために実際にシャインの胸が斬り裂かれたわけではないのだが、シャインの意識はそのような錯覚を引き起こしてしまい、シャインは錯覚による激痛に顔を歪めた。
『シャインさん!』
 フライヤーシステムで空に舞い上がったガンフリーダムが皇武を援護すべく二〇ミリレールガンであるGガンを機関銃のように放つ。超初速で放たれた二〇ミリ弾はシム・エムスの周辺に着弾し、アメリカの大地を深く抉った。アーサーは必中を狙ったのだが、アーサーの技量をもってしてもシム・エムスを捉えることは至難の業だったのだ。
 シム・エムスは狙いを皇武からガンフリーダムに変え、赤い光弾となって突進する。V−MAXレッドパワーによる超加速は遺伝子改造によって誕生した「申し子」アーサー・ハズバンドの桁外れの反射神経すら凌駕した。シム・エムスの突進を回避できなかったガンフリーダムは二五〇ミリもの厚さを誇る八三式防盾を構えてシム・エムスの突進にぶつかることになった。ガンフリーダムは核融合炉を搭載し、在来機をはるかに凌駕するパワーを持ったPAである。しかしシム・エムスのパワーに競り負けてしまった。シム・エムスの突き蹴りを受けたガンフリーダムは姿勢を崩され、一瞬の隙が生じたのだった。その隙にシム・エムスはガンフリーダムのフライヤーシステムに攻撃を仕掛ける。シム・エムスの爪はガンフリーダムの翼を易々と斬り裂いたのだった。揚力を失ったガンフリーダムは落下するしかなかった。
「うぅ………!!」
 落下中、アーサーは咄嗟にガンフリーダム最強の戦略兵器であるG−Mk2を起動。核融合炉から生み出されたエネルギーを右肩の砲に集めて放つ。本来、ガンフリーダムであってもG−Mk2は姿勢を安定させなければ撃つ事は許されなかった。膨大なエネルギーを放つG−Mk2はガンフリーダム自身にとっても諸刃の剣となるからだ。そのG−Mk2を落下中という不安定すぎる態勢でアーサーは使用した。それはシム・エムスがそれほどに強力な敵であることを示していた。
 一撃で師団クラスの大部隊を消し飛ばすことができるとされている戦略粒子砲G−Mk2を回避することはシム・エムスであろうと不可能であった。シム・エムスはエネルギーの濁流に飲み込まれてアーサーたちの視界から消えた。不安定な姿勢でG−Mk2を放ったガンフリーダムは自らの装甲を溶かしながら大地に落ちる。その際の衝撃でアーサーは額を切ったが、逆に言えばその程度のケガですんでいた。「申し子」アーサー・ハズバンドの対危険能力の賜物であった。だがガンフリーダムの損傷は激しく、危険を知らせるランプがこんなに沢山もあったのかとアーサーが感じるほどだった。
『大丈夫か、アーサー!』
 皇武がガンフリーダムにかけよって抱き起こす。G−Mk2の放った膨大な熱量はガンフリーダムの装甲にも突き刺さっていたので皇武がガンフリーダムに触れた時、金属が焼ける音がしたほどだった。
「は、はい。僕なら大丈夫です………」
『よかった………。おい、司令部。作戦終了………』
 シャインが司令部に作戦終了の通信を入れようとした時、一陣の風が皇武とガンフリーダムにぶつかった。いや、それは風ではなかった。なぜならば、風は赤い波動を出したりしないからだ。それはG−Mk2の直撃に耐え切ったシム・エムスであった。
「何!?」
 シム・エムスの体当たりを受けて皇武は仰向けに転倒し、抱き起こされていたガンフリーダムは再び地面に寝転ぶこととなった。シム・エムスの金色の装甲はG−Mk2の直撃で所々がただれていたが、それは見る見るうちに修復されつつあった。
「皇武のオリハルコンの装甲に傷をつけ、G−Mk2の直撃にも耐えて傷を自己再生している………。アイツ、オリハルコン製か!!」
 シャインはシム・エムスの正体を悟って愕然とした。つまりシム・エムスはコバルト・ダンケルハイトが開発に携わっているということであった。コバルトがマシンヘッドにオリハルコン精製の技術を教えたのだろう。そしてそのオリハルコンを使ってマシンヘッドが作り上げたのがシム・エムスだということだ。
「あの野郎………。そう来たか!」
 もはやガンフリーダムに戦う余力はない。ここは皇武が何としてもシム・エムスを斬らねばならなかった。だがシム・エムスの超高速機動は皇武の攻撃をよせつけない。
 つまり皇武に、引いては人類に勝利はないということであった。
「あの野郎、笑ってやがるんだろうな………」
 不老不死であるが故に悠久の時の流れに退屈し、戦争を起こして他人の不幸を楽しんでいたコバルトのことだ。GPM作戦が順調に進み、うかれていた人類がシム・エムスによってその表情が絶望に変わるサマを楽しげに見ているに違いなかった。
「切り札は最後まで取っておきたかったが………しかたあるまい」
 皇武はゆっくり立ち上がると、両手でエグゼキューターを持ち、静かに構えた。
 操縦席のシャインは静かに目を閉じ、自分自身に語りかけるかのように呟き始めた。
「精神波、鋼の如し………」
 殺気すら見せず、ただ悠然と立つ皇武にシム・エムスは容赦なく攻撃をしかける。皇武はそれを回避するわけでもなく、ただ黙って食らい続けた。皇武のオリハルコンのボディーに幾重の傷痕が刻み込まれる。
「心眼、月の如し………」
 皇武に傷が刻まれる度、シャインの肉体にも傷が刻み込まれる。意識が繋がっているとはいえ、皇武の傷は本来シャイン自身には無関係のはずなのに、シャインの体には確かに傷が刻まれていた。
 これはシャインと皇武のシンクロナイズがより高くなっていると言うこと。すなわちシャインが皇武を操縦しているのではなく、シャインが皇武自身になっているということ。
 トドメを刺さんとばかりにシム・エムスが大きく左腕を振りかぶり、皇武の頭部目掛けて爪を突き出した。
「見切った!」
 目を閉じ、抵抗どころか回避することもなくシム・エムスの攻撃を受け続けていたシャインはカッと目を見開いて叫んだ。
 シム・エムスの爪は魔剣エグゼキューターによって防がれた。
「雄雄雄雄雄雄雄! これが、極限!!」
 皇武はグイと前に向かって足を踏みしめる。それはまるでシム・エムスというボールを打つバッターのような姿勢となる。
「波頭返し!!!」
 皇武はシム・エムスのV−MAXレッドパワーによる突進力以上の力でエグゼキューターを振りぬいた。それはつまりシム・エムスがエグゼキューターによって真っ二つにされたということであった。皇武の、マスクド・シャインの全身全霊をこめた一撃はシム・エムスを、コバルト・ダンケルハイトの悪意を断ち切ったのだった。
 皇武のスイングの速さは音速をはるかに凌駕していた。そのために大気との摩擦で皇武の両腕は激しい湯気をたてていた。
 シャインにとっての切り札とは皇武とのシンクロを極限まで向上させることだった。普段のシンクロ率は四〇%あればいい方だっただろう。つまり皇武はシャインの一〇の動きのうち四程度しか再現できていなかったのだ。だがこの瞬間のシンクロ率は四〇〇%を越えていたと言う。つまりあの一撃は普段の一〇倍以上の速度で繰り出されたと言うことであった。
 だがこの一撃は瞬間的に力を爆発させるだけに操縦者への負担も大きかった。
「………時は、葉隠の如し」
 シャインはそう呟き終えると受身を取ることもなくストレートに地面に倒れこんだ。シンクロ率を瞬間的に向上させた疲労とシンクロ率向上故にシャインの体に刻まれた傷とでシャインは意識を失ったからだ。
 次にシャインが目覚めるのは三日後のこととなる。そしてシャインが次に目覚めた時、北米戦線の戦闘はすでに終結していたのだった。



 シム・エムスが撃墜されたことでソード・オブ・ピースを阻むものはもう何もなかった。
 北米のマシンヘッドは各所で敗走を繰り返し、マシンヘッドはデトロイト市内に追い込まれたのだった。だがその数はまだ二万を下らず、デトロイトの市街戦で人類に少なくない被害を与えると思われていた。
 しかし唐突に戦争は終わった。
 ソード・オブ・ピース設立前にアメリカ空軍が開発していたステルボンバーT4000がソード・オブ・ピースによって量産され、戦線に投入されたからであった。
「一機で国家が壊滅できる」、「空飛ぶ第七艦隊」などと噂されていたステルボンバーT4000はその噂以上の性能を発揮し、のべ四〇〇機でデトロイトを空爆。
 デトロイトで市街戦の構えを見せていたマシンヘッドはただの一機の例外もなくスクラップとなったのだった。
 こうしてマシンヘッドは五大陸のすべてから駆逐されたのだった。
 残るはマシンヘッドを操るマスターコンピューター「ノア」が納められている大西洋上の超巨大人口島「箱舟」のみとなった。
 そして人類は対マシンヘッド最終作戦「ゴージャス・ダンス・パーティー」への準備に取り掛かることとなる。
 人類の対マシンヘッド戦勝利は目前だと………その時、誰もがそう感じていた。
 だが異世界の文明を滅ぼした悪魔はそんな人類を見て一人ほくそえんでいたという………。


次回予告



「な、何が起こってるんだ!? 誰か説明してくれェ!!」



「人類最後の時か………」



「まだ、希望は残されている!」




葬神話
第一五話「滅ぶ世界」へ続く




――これは人類最新の神話である


第一三話「龍騎」

第一五話「滅ぶ世界」

書庫に戻る
 

inserted by FC2 system