一九八一年。 
 一九七九年末のアフガニスタン内戦への軍事介入から二年が経とうとしていた。
 ソビエト陸軍はアフガニスタンに一〇万以上の大兵力を投入していた。アフガニスタンの小国の軍隊など一息で吹き飛ばせるほどの大兵力。しかし軍隊ならば簡単に吹き飛ばせるはずのソビエト陸軍は、アフガニスタンの人民の抵抗に大苦戦を強いられていた。
 この戦いはソビエト連邦にとっての「泥沼ベトナム」なのだ。
 クレムリンの連中も薄々感じつつあったが、それでも兵力の投入を止めようとはしなかった。
 もはやソ連は意地だけでアフガニスタンに兵力を集中させていた。



 アフガニスタン領内ソビエト陸軍野戦キャンプ。
 簡素な造りのプレハブ小屋。
 それがソビエト陸軍アフガニスタン侵攻部隊の総司令部であった。
 ソビエト陸軍第四〇軍司令レリューコフ・バーコフ将軍は赤軍にPAを導入することを強く勧め、赤軍の再編成を成功させ、「第二のトハチェフスキー」と称されるほどの男であった。
 しかし彼が組み立てていた新たな赤軍の相手は強大な戦力を誇るアメリカ陸軍であり、大日本帝国陸軍のはずだった。彼の作り上げた赤軍では、ゲリラに対抗することは難しかったのだった。
 それでもレリューコフは持てる兵力をフル活用し、何とかゲリラの跳梁跋扈を阻止し、アフガニスタンの治安状態を向上させようと奮励していた。
 アフガニスタンに来る前、レリューコフは恰幅のよい体格をしていたが、今のレリューコフはベルトの穴が三つも右にずれたという。レリューコフは激務に損耗していく自分を「前から娘には痩せるようにと散々言われていたんだ。これでちょうどいい」と豪胆に笑い飛ばしていたが。
 後にリベルの戦場で重要な役割を果たすこととなるヨシフ・キヤ・マモトも中佐としてこのアフガニスタンの戦場に関わっていた。
 そんなマモトが総司令部のプレハブ小屋の一角に設けられている第四〇軍司令用私室の扉を開けた。
「ヨシフ・キヤ・マモト中佐、入ります」
 マモトは、彼にしては珍しく口調に敬意を滲ませて言った。マモトの声を聞いたレリューコフは視線を手に持つ手紙からマモトに移動させた。
 マモトは最前線でのゲリラ掃討戦を指揮しており、一日のほとんどを銃声の下で過ごしていた。そのために無精ヒゲが芝生のように顎を覆っていた。
「マモト中佐、君もこのアフガニスタンで貫禄というものがついてきたな」
「いやいや、自分では教官には敵いませんよ」
 レリューコフは気さくにマモトに言い、マモトも軍人らしからぬおどけた様子で言い返した。
 マモトがレリューコフのことを「教官」と呼ぶのは、マモトが士官学校で学んでいた時、レリューコフがマモトの教官だったことに起因する。レリューコフは「スターリンの孫」という究極の鼻つまみであるマモトを蔑視せず、他の生徒たちと対等に扱い、そしてマモトの才能に気付いた。レリューコフがマモトの才能に気付かなければ、マモトは士官学校を卒業することもなくシベリアに送り返されていたであろう。そしてシベリアで死ぬまで過酷な強制労働………。
 それが縁となってレリューコフとマモトには親交が生まれたのであった。
「とりあえずアフガニスタンの治安に関する報告書です」
 マモトは疲労のために視点が上手くかみ合わなかったのか、目を擦り瞬きを繰り返しながら書類を手渡した。
「ところで教官。先ほど読んでいた手紙は?」
 レリューコフは直接には答えず、手紙を入れていた封筒をマモトに手渡した。その封筒には差出人として「アミラン・バーコフ」の名前が記されていた。
「アミランさん、お元気なんですか?」
「ああ、元気も元気。今度、結婚するんだよ」
 レリューコフは疲れの色がとれない顔に喜色を浮かべた。アミラン・バーコフとはレリューコフの一人娘の名前である。レリューコフの妻はアミランを産んでから早々に病死し、父一人娘一人でずっと暮らしてきていた。それだけに娘を溺愛しており、娘も父を慕っていた。
「………結婚、ですか」
 マモトはわずかな沈黙の後に「おめでとうございます」と言った。アミランはまるで白百合のように可憐で美しい女性であった。これはあくまで非公式の情報だが、赤軍将兵内調査では「妻にしたい女性」ランキング一位だという。そういう噂がまことしやかに囁かれるほどにアミランはいい女であった。マモトもアミランに淡い心を抱いていたのだが………。
「あの、お相手は?」
「ああ、今度中尉にある男だ。軍人を相手にする必要はないといったんだが………父がその軍人である以上、軍人と接する機会が多いのだから仕方ないのだろう」
「はぁ………」
「だが真面目でいい男だ。あの男ならばアミランをやってもいいだろうな」
 レリューコフはアミランの相手を思い出して感慨深く頷いた。赤軍内でもレリューコフ将軍のアミランの婿評価基準は厳しいと定評がある。そのレリューコフ将軍がべた褒めしているのだ。相当真面目な好青年なのだろう。
 俺なんかじゃ婿候補にもなれなかったのになぁ。しかし、おめでとう、アミラン………。
 マモトは胸のうちにずっと隠していた想いを、さらに奥深くの棚の奥底に鍵をかけて封印することに決めた。
 ソード・オブ・ピースが設立される二年前のことだった。

葬神話
第九話「中東決戦」


 一九八五年一一月二四日。
 人類側にとって最大の工業地帯である東京工業地帯を狙ったマシンヘッドの奇襲上陸作戦は、こちら側の世界に戻ってきたシャイン―山本 光の駆る霊子甲冑 皇武の活躍もあって、苦戦の末に撃退することに成功していた。
 マシンヘッドにとっては膠着しつつあった戦局を、再び自軍優位とするための作戦だったのだが、結果的に東京工業地帯の被害は二割未満と、無傷ではなかったが深刻なダメージにもならなかった。
 マシンヘッドから東京を守り抜いた人類側は、東京での勝利こそが反撃の狼煙であると判断。
 ユーラシア大陸の各所から中東に集結していたマシンヘッドの大軍団に対し、一大反抗作戦「砂の薔薇デザートローズ」を発動させようとしていた。



 一九八五年一一月二七日。
 サウジアラビア王国首都リヤド。
 人類連合軍ともいうべきソード・オブ・ピースのユーラシア方面部隊の司令部はこの街に置かれることとなっていた。
「マシンヘッドはルブアルハリ砂漠に陣取り、我々との決戦を待ち望んでおります」
 そう言ったのは元傭兵派遣会社『アフリカの星』スタッフで、今ではソード・オブ・ピース陸軍中佐のサーラ・シーブルーであった。マシンヘッドの叛乱以降、不眠不休に近い働きを見せているために疲れが見え隠れしていたが、それでもサーラは絶世の美女であった。
「ルブアルハリ砂漠の後ろにはアデン湾とアラビア海、つまりは海しかない。このまま放っておいて、兵糧攻めにしてはどうか?」
 手を挙げてそう発言したのは先の東京防衛戦で総指揮を執っていた守口中将であった。
「守口中将、忘れてもらっては困る。アラビア海の制海権はマシンヘッドの物なのだ」
 守口の意見に口を挟んだのはカシーム・アシャであった。
「ソード・オブ・ピース設立後の軍備解体の際に世界中の海軍は解散となり、保有していた艦船はスクラップ、またはスクラップ待ちのモスボール。だから我々人類には艦船が無いんだ。使えてもせいぜい駆逐艦かフリゲート程度でしかない」
 そんな小戦力ではアラビア海を遊弋するマシンヘッド艦隊には勝てない。アシャはそう締めくくった。
 現在、アラビア海には六〇ノットを超える超高速が自慢のヴィルベルヴィント級巡洋艦を始めとする艦隊がその名の通り暴風と化して暴れまわっており、ルブアルハリ砂漠のマシンヘッド軍団は悠々と補給を受けることができていた。
「航空攻撃もマシンヘッド艦隊にアルウス級空母が確認されている以上、望めないしな………」
 別な誰かがポツリと呟いた。それに呼応してユーラシア方面部隊の佐官クラスの指揮官たちが次々と意見をぶつけ合い始めた。
「やはり、戦うしかないということですか」
「ですがルブアルハリのマシンヘッドの数は六万を超えています。これだけの数を一度に相手取るのは至難の業ですよ」
「だが、今やらなければマシンヘッドは数を増すばかりだぞ。今なら東京襲撃で予備兵力を使ったばかりだから、ルブアルハリのマシンヘッドは増えることは無い。今を逃しては二度とユーラシアからマシンヘッドを駆逐できなくなるぞ!」
「しかし我々もさほど数があるわけじゃないんですよ!」
「戦いには機というものがある! 機を逃して勝利を得ることができるものか!!」
「その機とやらは貴方が勝手に思っているだけじゃないですか!」
 喧々囂々。
 アシャや守口たちは、ソード・オブ・ピースの中堅所たちが好き勝手に口論を始め、あまつさえ乱闘寸前になろうとしているのを必死に止めようとする。
 しかしアシャや守口たちではその舌戦の激流を止める事はできないでいた。



「船頭多くして、船山登る」
 大日本帝国の皇族のお墨付きを受け、ソード・オブ・ピース大佐として参戦することとなったブレイブは司令部の喧騒をそう表現した。
 同じくソード・オブ・ピース大佐の階級をもらったシャイン、そしてシャインの妻で中佐のチュルルはペットボトルに入れた水で喉を濡らしながら、ブレイブの言葉を聞いていた。
「何だ、鬼畜王のお前でも抑え切れなかったのか?」
 シャインは呑気に笑った。
「今の俺は結城 繁治ではなく、ブレイブだ。ブレイブとしての発言力なんか小さなものでしかないから、権限以上のことは難しい。基盤となる権限無しでは策謀を巡らせることも難しい」
 ブレイブは他人事のように言った。
「ふむん。そうなると困ったことになるんとちゃう?」
 チュルルの言うことはもっともであるが、しかし今のシャインとブレイブではどうしようもない問題ではあった。
「ぃよう」
 そんなシャインたち三人の背中に呼びかける声。
 シャインが振り返ると、声の主は三〇代半ばの男であった。ソード・オブ・ピース従軍徽章が付いているが、彼の着ている軍服はソビエト陸軍のものであった。男は初対面であるシャインたちに臆することなく、乱暴ではあるが優しさが滲む口調で言った。
「あんたらが噂の仮面の三人組かい? 俺は元ソビエト陸軍のヨシフ・キヤ・マモトだ。よろしくな」
 マモトは自分の名前を名乗ると右手を差し出した。ブレイブやチュルルはマモトが唐突に右手を差し出したことに驚いた表情を見せた。しかしシャインは間髪いれずにその手を握り返した。
「噂とやらで聞いてると思うが、俺はマスクド・シャイン。シャインと呼んでくれ」
「トーキョーでの活躍、聞いたぜ。たった一機でマシンヘッドをボコにしたんだって?」
「おうよ。中東でも、東京以上の活躍を見せてやるよ」
「ヘッ、ソイツは頼もしいが、俺にも出番をくれよな」
 初対面にも関わらず、二人はすっかり意気投合した様子だった。
「何かマモトさんもミッちゃんとよく似た雰囲気持ってるなぁ」
 チュルルが周囲に聞こえないほどの小声でポツリとこぼす。対してブレイブは大きめの声で「マモトとやらも粗忽者のようだな。シャインほどの粗忽者が二人もいるとは………」と仮面の下の眉をひそめていた。
「しっかし、何とかならんのか」
 シャインはマモトに言った。
「船頭が多すぎてソード・オブ・ピースという船が山に登っちまってるぜ」
「ソード・オブ・ピースは人類連合といえば聞こえはいいが、それだけに世界中の軍隊からその構成員を募っている」
 マモトは両腕を組みながら応えた。
「だからそれだけにドクトリンが定まらず、意見が分かれがちになるんだ」
「なるほどなぁ」
 マモトの説明に納得の声をあげるシャイン。
「しかしグズグズしている暇があるわけでもあるまいに」
 ブレイブが二人に口を挟む。
「そりゃそうだな。そのために俺はモスクワに戻るんだ」
「モスクワ? ソビエトの首都か?」
「ああ。この現状を打破できる人材に一人心当たりがあってな。ただ、もう高齢だから引き受けてもらえるかどうか………」
 マモトは思い出したかのように腕時計を見て、「ヘリを待たせてるんだ。じゃあな」と言って、そそくさと歩き出した。
「ま、この状況を打破できるなら結構なことだ」



 一時はモスクワの手前数十キロ地点にまで迫ろうとしていたマシンヘッド。
 しかし先述のように、今ではマシンヘッドは中東に集結している。
 そのためモスクワは、脅威から逃れることができた安心感から、安穏とした空気が流れていた。
「所変われば何とやらってか」
 マモトは誰に言うでもなく独り呟くとモスクワ中心部へと足を早めた。
 モスクワの中心部には政府や軍の権力者―赤い貴族ノーメンクラツーラの屋敷があった。
 マモトの言う「現状を打破できる人材」はそこに居を構えていた。
 マモトが呼び鈴を押してから十数秒後。屋敷の扉が開けられ、一五歳頃の少女が顔を出した。マモトはその少女をよく知っていた。
「ア、アンナ!? なぜここに………」
 リベルの地で出会い、マモトが預かることになった少女、アンナ・フェルフネロフスキが屋敷から顔を出したのであった。
「お前、俺のアパートにいたんじゃなかったのか?」
「えと………あの………」
 アンナはリベルにいた頃、心因性失語症であった。それは彼女が周囲に対して絶望し、自分の殻に閉じこもってしまったことが原因であった。マモトと出会ってからアンナは殻から出ることには成功したが、失語症だった頃が尾を引いており、彼女は感情を口に出して表現することを不得手としていた。
 だからマモトがいくら尋ねても、アンナは歯がゆそうに口どもるだけだった。
「彼女一人では混乱の最中のモスクワでは不自由すると思ってな。儂がここに泊まるように勧めたのだよ」
 アンナに助け舟を出したのはマモトが会おうとしていた人物だった。
 かつてアフガニスタン侵攻部隊である第四〇軍を指揮し、そしてマモトの才能を見出した恩師。
 レリューコフ・バーコフがその顔を覗かせたのだった。



 アンナが淹れたロシアンティーの香りが嗅覚を優しくくすぐる。
 アンナの淹れたロシアンティーは絶品であり、口をつけると思わず表情が綻んでしまう。だからマモトはロシアンティーには口をつけず、レリューコフに向き直った。
「教官、ソード・オブ・ピースから話は来ているはずですので、説明の一切は省かせてもらいますよ」
「儂をソード・オブ・ピースの指揮官として招きたい、か………」
 レリューコフは腕を組み、目をそっと閉じて天井を見上げる。どの言葉で断ろうか思案を巡らせている様子だった。
「教官、今は………」
「無論、今が世界の危機であることは百も承知だよ。だが………」
 マモトが慌ててレリューコフに言おうとしたことを、レリューコフは先んじて言った。
「なぁ、マモト君。儂のような老いぼれが役に立つとでも?」
「勿論です。むしろ『第二のトハチェフスキー』でなければこの現状は打破できないでしょう。東側では言うまでもなく、西側にも赤軍中興の祖としてその名は轟いていました。ソード・オブ・ピースも教官ならば問題なく従うでしょう」
「だが私の育てた赤軍は、アフガニスタンでは物の役に立たなかった………。それだけじゃない。アミランの最愛の人まで儂は殺してしまった………」
 レリューコフは両手で頭を抱え、悪夢をかき消そうとするかのように頭を振った。
 レリューコフ・バーコフ指揮下の部隊に、彼の娘の夫となるべき人物が従軍したのは一九八二年のことだった。そしてレリューコフの義子はアフガンゲリラとの罠によって包囲された味方を救うために勇猛果敢に立ち向かい、部隊の全滅だけは免れたが当人はRPGの直撃を受けて跡形も残らなかった。
 彼はレリューコフが提唱していた最新鋭PA部隊の隊長だったが、アフガンゲリラを相手するのにPAはまったく役に立たなかったのだった。アミランは深く悲しんだが、父を責めようとはしなかった。父を責めるのは筋違いだと知っていたからだ。しかし娘の思いやりがレリューコフには逆に恐ろしかった。レリューコフが第一線を退いたのはその二ヵ月後であった。
 教官は未だにあのことを気にしていたか。アミランの優しさが、逆に教官から勇気を奪ってしまった………。マモトは表情の選択に困った。しかしマモトもすんなりと引き下がるわけには行かなかった。
「教官。教官は士官学校で私に言ったじゃないですか。『士官になるということは、人の死に耐えなければならない』、と。あの言葉を私は胸に刻み込んでいます。『兵の命を散らしてでも護らなければならない何かが確かにある』んだと信じて!」
「マモト君………」
「あ、あの………」
 おずおずとアンナがレリューコフの袖を弱々しく引っ張った。
「アンナ………」
「わ、私………リベルでマモトさんと一緒に暮らすようになってから………わかったんです」
 アンナは顔を真っ赤にしながらも、引っ込み思案な彼女とは思えないほど力強く言った。
「指揮官さんって、責任があるんです………。兵隊さんの願いを全部かなえなきゃいけないって」
「兵の………願い?」
「は、はい! 戦争を終わらせて、また平和な世界を作るんです! 兵隊さんは指揮官さんがその願いを叶えてくれる人だと思うから……だから戦えるんだって!」
「!!」
「アンナ………。教官、アンナの言うこと………」
「ああ、わかっているよ………。そうだな、確かにそうだ………」
 レリューコフは肩の重荷が取れたと言わんばかりに深く息を吐いた。
「ふぅ………。年を取ると変なことに気がいってしまっていかんな」
「教官………」
「マモト君。ソード・オブ・ピースの申し出、儂のすべてを賭けて全うさせていただくよ」
「あ、ありがとうございます!」
 マモトは上半身と下半身を九〇度に曲げて謝意を表現した。
「では、行こうか。………人類を、軍人が護るべき人々を、機械などに殺させはしないさ」



 砂の薔薇デザートローズ作戦は一二月一日の始まりと共に開始された。
 2S3アカーツィヤ自走榴弾砲部隊が咆哮し、吐き出された一五二ミリ砲弾は空を切り裂いて飛び、着弾と共に炸裂して衝撃と砂塵を巻き上げる。
 自走榴弾砲部隊の咆哮にかき消されながらもレオパルト2戦車部隊の履帯が軋みをあげる。戦車部隊の横に控えるは四〇式装甲巨兵 侍部隊。
 国籍はおろか東西陣営すらも超えた混成部隊が前進を開始したのだった。
 勿論、これは世界史上類を見ないことだ。だがその足並みは何の乱れも見られなかった。新たにソード・オブ・ピース総司令官に就任したレリューコフ・バーコフの指揮能力の賜物であった。
 ソード・オブ・ピース……いや、人類連合軍はまるで稲妻のように一気呵成の勢いでマシンヘッドの勢力圏に侵入し、マシンヘッド部隊に戦いを挑んだのであった。
 ヨーロッパ戦線でもっとも多くの戦果を示し、最強のPA部隊の名を欲しいままにした旧リベル共和国軍「クリムゾン・レオ」が先陣を切り、MH−01 コロッサスの部隊に果敢に突撃を開始する。
「行くぞ! ユーラシア大陸から奴らを駆逐するのだ!!」
「クリムゾン・レオ」隊長のレオンハルト・ウィンストンは、そう叫びながらP−80の腕を振り、全軍に更なる前進を促した。
 それに応えるべく、背部の大出力ブースターを全開にし、炎を後に引きながら突進するのはNATO軍共同開発機をハンドメイドで改造したアルトアイゼン・リーゼであった。アルトアイゼン・リーゼは戦車並の正面装甲を誇り、コロッサスの放つ七六ミリマシンガン Neo−APAGの雨にも怯まない。アルトアイゼン・リーゼは左腕に内蔵されている五連装二〇ミリ機関砲を放つ。二〇ミリという小口径機関砲でも五つも束ねると、その投射密度は恐ろしいレベルとなる。二〇ミリ弾に全身を撃ち抜かれたコロッサスは膝をガクリと折って崩れ落ちる。七六ミリマシンガン Neo−APAG程度ではアルトアイゼン・リーゼの突進を食い止めることができないと悟ったマシンヘッドは「歩く弾薬庫」とでもいうべき重マシンヘッド MH−03 ハンマーを差し向ける。ハンマーの装甲ならば二〇ミリ弾など物ともしない。しかしハンマーの機動性ではアルトアイゼン・リーゼの動きを捉えることは不可能に近かった。ましてやアルトアイゼン・リーゼのパイロットは並のパイロットではなかったのだ。
「甘い!」
 かつて傭兵派遣会社「アフリカの星」でもトップエース部隊だったPA部隊「ソード・オブ・マルス」でも稀有な、「設立から解散まで戦い続けた唯一の男」であるエリック・プレザンスは神業的に腕を動かし、アルトアイゼン・リーゼを自在に操っていた。
 アルトアイゼン・リーゼの右腕に仕込まれている三六〇ミリ口径杭打ち機 リボルビング・バンカーの一撃がハンマーの頭部に下される。超弩級戦艦の主砲並の口径を誇る杭は、装薬の爆発力で加速されてハンマーの体内奥深くに突き刺さり、さらに杭自体が炸薬を反応させて炸裂する。重マシンヘッド ハンマーはリボルビング・バンカーの直撃には耐えられなかった。
 ならばと空からMH−02 ファイアボールがアルトアイゼン・リーゼを狙って逆落としに突進する。エリックはファイアボールの存在に気付いていない。いや、気付いてはいた。だが注意を払う必要性がなかったのだった。
 ファイアボールの背中に二〇ミリ口径の穴が開く。ファイアボールに命中した「何か」はそのままファイアボールを腹まで突きぬけて、中東の砂の大地に突き刺さる。それは二〇ミリ弾であった。
 ファイアボールを狙撃したのはX−01 ガンフリーダムであった。ガンフリーダムの主武装であるGガンは二〇ミリ口径と小口径だが、核融合炉を搭載するガンフリーダムの豊富なエネルギーを使った電磁砲レールガンなのだ。その猛烈な初速による運動エネルギーは戦車砲をも上回り、ファイアボールの装甲など紙の如しである。
 アラビア湾に展開するマシンヘッドの空母アルウスから緊急発進した無人戦闘爆撃機 ゴーストX−9が戦場に飛来し、人類に襲い掛かる。ガンフリーダムもGガンで狙い撃つが亡霊の数は膨大だった。空母アルウスは一隻で数個軍団の航空戦力を運搬できるといわれていたが、その噂に偽りはなかったようだった。
 しかし人類にも戦闘機はある。
 ゴーストX−9に唯一対抗可能な戦闘機 槍空がゴーストX−9の倍以上の機数で参上し、制空権確保に努めようとする。槍空の放った高機動ミサイルSMM−XはゴーストX−9を確実に撃墜していく。
 だがSMM−Xよりもはるかに速いペースで亡霊を蹴散らす槍空隊があった。
「機械などに………負けてたまるかぁ!」
 鷲尾少佐率いる戦闘機隊は、機関砲だけでゴーストバードを撃墜していた。
 鷲尾少佐の槍空が撃墜したゴーストX−9が炎に包まれながらまっさかさまに墜落していく。
 シャインは皇武のコクピットでその様を見つめていた。
 コバルト………これが人類の力って奴だ。これから、イヤというほど教えてやるよ。
体は剣でできているI am the bone of my sword………」
 シャインはそっと呟きながら皇武の右手を突き出させる。
 皇武にエンジンはない。そもそも皇武は科学の力では動いていない。皇武は異世界レパルラントの技術で作られているのだ。我々の常識では計ることができない。
 では皇武を動かすモノは何か?
 それは世界の力だ。大地にも、木にも、海にも。世界の森羅万象には力がある。異世界レパルラントではその力を精霊の力としていた。異世界レパルラントではその力が特に強く、個人の才能で世界の力を行使することができ、それが異世界レパルラントの魔法文明発達の温床となっていた。
 だが我々の世界では違う。個人の力で世界の力を借りることはできない。シャイン―山本は異世界レパルラント一の科学者にしてエレノア人の唯一の生き残りであるマリアに頼み、世界の力を引き出すことができる装置を作らせたのだった。
 名付けて「精霊増幅装置」。皇武はこれを埋め込んでいた。
 皇武の精霊増幅装置が世界の力を媒体として膨大なエネルギーを生み出す。そのエネルギーは皇武の兵装として用意した魔剣エグゼキューターに注ぎ込まれ、エグゼキューターを自在に変化させることができるのだった。今を例にするならば、皇武の右手の間接部に収められるほどに小さくしていたエグゼキューターを、刃渡り一〇メートルものPAサイズの大剣にまで拡張させた。拡張後のエグゼキューターは皇武の身長並に長さを誇る。しかし皇武は易々と大剣を構えた。中東のギラつく日差しがエグゼキューターの刃で反射されて煌く。
「さぁて………行くか」
 皇武も周囲に遅れまいと跳んだ。
 魔剣が揺れるたびに両断されるマシンヘッド。その姿はまさに「武の皇帝」であった。



 箱舟。
 マシンヘッドたちを統轄するマスターコンピュータ「ノア」が収められており、マシンヘッドの生産プラントも持つ超巨大人口要塞島。
 その中枢に入ることを許される人間などいない。
 人類抹殺がマシンヘッドのテーゼなのだから。
 顔の右半分を仮面に隠したヘッツァーことコバルト・ダンケルハイトは、箱舟の中枢で中東決戦の中継映像を見ていた。
 マシンヘッド部隊は人類側の数に屈しようとしていた。無論、数でかかったくらいで敗れるマシンヘッドではない。足並みの揃った指揮系統と高性能の機体。この二つが揃ったからこそマシンヘッドは押されつつあるのだった。
「死に物狂いの者は見ていて楽しいものだ………」
 コバルトはくつくつと笑いながら呟いた。
 だがこれでユーラシアからマシンヘッドが駆逐されるのはほぼ確実だろう。
 コバルトはチラリとノアを見やる。ノアは自分の計画が瓦解しつつあることに焦りを覚えつつあった。コンピュータであるノアは常に完璧であらなければならないというのに。
 ふふ………ノアめ、自分が完璧だとでも思っているのか?
 コバルトは冷ややかに笑いながら呟いた。
「完璧な存在などつまらないもの………不完全同士の戦いだからこそ愉快なもの」
 コバルトはノアに言った。
「おい。私が一つお前に新型機の案をくれてやろう」



 中東戦線のマシンヘッドの全滅が確認されたのは一二月一六日のことだった。
 二週間以上の戦闘に参加した将兵総数一九〇万人。
 戦死者の数は三四万人………。
 膨大な数の犠牲者であったが、ユーラシア大陸からマシンヘッドは完全に駆逐された。
 彼らの犠牲は無駄ではなく、ユーラシア大陸に住まう人々はようやくにして完全な安全を手にすることができたのだった。
 だがソード・オブ・ピースは休む間もなく、アメリカ大陸への転戦を余儀なくされた。
 何故ならばアメリカ大陸ではマシンヘッドは圧倒的優勢で、各地で虐殺が続いていたからだった………。


霊子甲冑 皇武

全長:一〇.五メートル
自重:八トン
動力源:精霊増幅装置
装甲:神金属「オリハルコン」(エネルギーさえあれば自己修復が可能な異世界レパルラントのレアメタル。皇武はこれのおかげでいかなる攻撃も無効)

武装
魔剣エグゼキューター(エネルギーさえあればいかなる大きさ、形状、硬度にもなれる魔導器。操縦者シャインの好みで大剣形態が多し)

特記事項
異世界レパルラントの技術力で作られた機体。
ソード・オブ・ピースに参加しているが、日本の皇族筋の横槍で整備が行えるのはチュルルと名乗る女性のみ。ソード・オブ・ピースの他の参加者は触れることすら許されていない。


第八話「始まりの時」


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