異世界レパルラントより帰還した男たちがいた。
男たちの参戦によって、人類史上最新の神話は大きく動くことになる。
だが今は時系列を撒き戻すことを許して欲しい。
人類史上最新の神話を語るために、異世界最古の悲劇を語らなければならないのだ。
否。
この二つの物語は決して無関係ではない。
神話は、異世界最古の悲劇を序章として幕が開いたのだから………
異世界レパルラントに移り住むことにした戦艦大和の乗員たち。
彼らは異世界で軍人以外の道を歩むこととなった。
ある者は食堂を開き、またある者は野菜を売買する。
ある者は畑を耕すことに腕を振るい、またある者は工場で生産に従事する。
そんな中で大和艦長であった山本 光が選んだ道は歴史研究であった。
彼は元々歴史学者志望だったが、受験に失敗し、海軍兵学校しか受からなかったために海軍軍人になったという曰くつきの人物であった。
こうして歴史家の道を歩み始めた山本に寄り添うは妻の紅蘭と息子の三十六であった。
「ん〜………」
レパルラントには様々な種族が共存している。その種族の中でも記録保全に最も精力的だったのはエルフ族であった。そこで山本は戦争終結後にエルフ族の族長となったアストリア・カーフの許可を得てエルフ族の図書館に篭りっきりとなっていたのだった。
しかし図書館に篭って一週間。未だに山本の求める本は見つかっていなかった。
「ダ〜メだ、ダメだ」
山本は頭をボリボリと掻き毟りながら読んでいた本を元に戻した。
「ダメですか?」
視線は下に落としたまま、ペンを走らせながら応えたのは竜人族のリチャード・バルークスであった。リチャードは千年戦争終結後に父である竜王バルバロッサ・バルークスが何を思い、何のために戦い続けようとしたのかを後世に残すために父の伝記を執筆することにしたのだった。
「確かにエルフ族の図書館は他の民族とは比べ物にならないほど古い書物が多い。だけどせいぜいが千年戦争初期………いや、中期の頃の話ばかりだな」
「そうですか」
「ああ、そうですよ。ったく、俺は千年戦争が起こった理由を知りたいんだがなぁ」
山本は図書館の机にだらーと四肢を投げ出した。そして何を思ったか机をカタカタと振るわせる。机を小刻みに震わされてはマトモに文字が書けない。リチャードは口を尖らせた。
「ミツルさん、やめてくださいよ」
「だってやる気が削がれたんだも〜ん」
山本の投げやりな言い草にリチャードは思わず苦笑い。
「子供じゃないんですからそんなこと言わないで下さい」
暇でしたら三十六君と遊んだらいいじゃないですか。
「三十六はこっちで友達一杯作っちゃってさぁ、俺と遊んでくれないんだも〜ん」
「じゃあコウランさんは?」
「紅蘭はマリアと意気投合して発明に耽る日々でさぁ。昼間は俺の相手してくれないんだよぉ」
アイツが機械いじりが好きだったことは前から知っていたが、こっちに来てからはマリア・カスタードという素晴らしき相棒を得たせいなのか昼間は本当に発明に没頭している。そして月一のペースで新発明をし、三分の一の確立でそれは人々の役に立っていた。ちなみに残り三分の二は山本家にて自爆してたりする。山本家の近所に住んでいる人は爆発音を聞くことで月末だと認識するようになっているらしい………。
「もっとも今は発明じゃなくてエグゼキューターの調査をしてるらしいけどな」
エグゼキューター。リチャードたち竜人族に古くから伝わる魔剣で、使用者の望む長さ、形に変形することが可能であった。前使用者であるバルバロッサが大剣での使用を好んでいたために今は大剣の状態で戦後に設立された千年戦争記念館に保存されていた。
「エグゼキューター………あの剣は古い物ですからね。もしかしたら新しい発見があるかもしれませんよ」
だから私の傍で暇を潰しているよりも、コウランさんたちの傍の方がいい。リチャードは言外にそのような含みを持たせて言った。
「う、む………。そうかなぁ」
その時、三つ編みに編まれたクセの強い長髪を揺らしながら一人の女が図書館の扉を強く開け放つ。図書館にいた者は皆、目を大きく開いて静寂を破った闖入者を見た。
「ミッちゃん! 大変や!!」
李 紅蘭、いや、今や山本 紅蘭が山本の元へ駆け寄る。しかし忙しなく脚を動かしすぎ、脚をもつれさせて転んでしまう。
「おいおい………。図書館じゃ静かにするのがルールだぜ」
転んだ際に鼻を打ったのか鼻の辺りをさすりながら紅蘭は山本に手を引かれて立ち上がる。
「そ、そんな冗談言うてる場合やないんや! とにかくうちとマリアはんの研究室に来て欲しいんや!!」
そう言うと紅蘭は山本の袖を引いて走り出した。
「お、おい、袖引っ張るなって! あ、そうそうリチャード。今晩辺りに飲みに行こうぜ〜」
そう言い残して山本はフェードアウト。
夫婦揃ってかしましいものだ。リチャードはクスリと微笑むと執筆作業に没頭することにした。
「ったく………。袖が伸びちまったじゃねーか。この服、気に入ってたのに」
前面に猫の顔がプリントされたTシャツのどこが三七歳の好みを刺激したのだろうか?
「ヤマモトさん」
レパルラント大陸にかつて繁栄を極めたエレノア人の最後の生き残りであるマリア・カスタードが山本に声をかけた。エレノア人は知識を蓄えるために生まれた人種といっていい。人をはるかに超えた記憶容量と新たな知識を発見する能力。それがエレノア人とヒューマンとの唯一にして最大の差であった。
「おう。紅蘭が大変やいうから来たぜ」
で、何がわかったの?
「私たちがエグゼキューターの解析を行っていたのは知ってますよね?」
「紅蘭から聞くだけ聞いてたが………」
「そのエグゼキューターにメッセージがあったんや」
へぇ、と山本は薄い反応しか示さなかった。エグゼキューターにそんな秘密があったとは初耳であるが、わざわざ俺をここに呼ぶほどのことじゃない。山本にはそのように思えたからだ。
「でもそのメッセージを再生する機材がなかったの。今回、私たちが作ったのはそのメッセージを再生する機械で」
「名付けて再生君や」
相変わらず紅蘭の作る発明品はネーミングセンスが単調である。もう少しユーモアってものを利かせて欲しいものだ、関西人としては。
「それでメッセージを聞いてみたんだけど………」
「百聞は一見に如かずや。ミッちゃんに聞いてもらおう」
「そうね、コウラン」
二人は早速エグゼキューターと再生君を繋ぎ、魔剣に残されたメッセージの再生作業に取り掛かる。
山本は椅子に腰かけて準備が終わるのを待つこととなった。
そして五分もしないうちに再生準備が整い、再生君のスピーカーから音声が流れ出す………。
『いつか、私の残した声を聞いた者が、あの悪魔を倒すことを期待してこのメッセージを残す』
魔剣に残されたメッセージはそう前置いて始まった。
だが山本はその声に言い知れぬ既視感を覚えた。その声は山本の記憶を、いや、「山本 光」という命のさらに奥の魂を刺激したのだった。
そして山本の意識は唐突に途切れた………。
「……きて。起きて」
誰かが自分に起きるようにと自分の肩を揺らしている。
俺は深い海の底から浮上するかのように意識をゆっくりと覚醒させた。
「ん………」
まだはっきりしない意識。瞼に映るのは一人の女性。女は俺の顔を覗き込んでいた。長くクセの強い紫色の髪が俺の目の前にカーテンのようにかかっていた。
「ああ、紅蘭………お早う」
女が紅蘭だと知覚した俺は彼女の名を呼びながら体を起こす。しかし女は俺の言葉に口を尖らせた。
「ちょっと、コウランて誰よ。まさか浮気してるの、ハムート!?」
ハムート?
何を言っているんだ。俺の名前は………。
「ハムート・バルークス」
俺の口から自然にその言葉が漏れた。女は怪訝な表情で俺の表情を窺った。
「ハムート? どうしたの?」
あれ? 俺の名前はハムート・バルークスに決まってるじゃないか。さっき、俺は別の名前を口にしかけたような………。
「いや、どうやら寝ぼけていたらしいよ、ラクルル」
女は「ラクルル」と呼ばれると安心した表情を浮かべた。
「出陣前で気が昂ぶってたのかしら?」
ラクルルはそう言って笑った。
まだ記憶に混乱が見られる俺は内心で記憶をそっとなぞってみる。
俺の名はハムート・バルークス。
彼女は俺の妻であるラクルル・バルークス。
俺はレパルラントを二分する王国側の軍人で、人は俺を「竜騎士」と呼ぶ。なぜそう呼ばれるかというと竜のように強いから。単純な話だ。
大陸レパルラントは二つの勢力に分かれている。「王国」と「帝国」である。二つの国家はレパルラントを仲良く二つに分けて、平和に時を費やしていた。
しかしほんの一ヵ月前に突如として帝国が王国領へ侵攻を開始し、レパルラントは戦争という物に巻き込まれた。
戦争は帝国優勢で進んでいたが、王国は起死回生の切り札として俺に出陣を命じた………。
うん。記憶はハッキリしているみたいだ。やはりさっきのは寝ぼけていただけだな。
「みんなビックリするわね。あの『竜騎士』が気が昂ぶって寝ぼけただなんて」
ラクルルはそう言って微笑んだ。明るく常に笑顔を絶やさない娘。そんなラクルルと恋に落ちて結婚して早一〇年。しかしラクルルは未だに少女のように明るく、見る者を幸せにする笑顔を周囲に振りまいてくれた。
「お父さん?」
いつもならベッドから起きて朝食を取っているはずなのに未だに寝室にいる父を心配したのだろう。俺とラクルルの愛の結晶であるルータが俺の寝室に顔を出した。
「いや、ちょっと寝すぎたみたいだ。大丈夫、心配はいらないよ」
「でもお父さん、戦争行くんでしょ?」
「ん? ああ、そのことか。そういうことなら大丈夫だ」
俺は自信満々、躊躇うことなく言い切って見せた。
「俺は一三〇まで生きるつもりだ。それまで後一世紀近くある」
そしてルータの頭を撫ぜてやると、ルータは満面の笑みで俺を信頼してくれた。
俺は果報者だった。美人で気立てのいい嫁さんに、素直でまっすぐな心を持った息子がいるんだから。
出陣を前に俺は王国の中枢部、すなわち王宮への出頭を命じられていた。
きらびやかで豪奢な王宮の廊下を、背筋をまっすぐに立てながら歩く俺。
俺の姿を見た侍従たちがひそひそと囁きあう。
「ハムート様」
「そうか、もうすぐ出陣なされるから。でも大丈夫なのかしら? 帝国の軍勢は強力と聞いているけど………」
「何、大丈夫よ。ハムート・バルークス様がおられる限り、我が王国は安泰ですわ」
その囁き声に内心で肩をすくめる俺。大した者じゃないか、
人々がそれで安心するのならば偽りを演じるのも悪くは無いが………しかし肩は凝るな。
「おや、これはハムート・バルークス殿」
俺は右肩の方角から聞こえた声に振り向いた。
そこにいたのは壮年の男であった。黒一色の瞳が丑三つ時の静寂のように穏やかな光を放っていた。
「コバルトさん」
男の名はコバルト・ダンケルハイト。王国、いや、レパルラントでもっとも数奇な生涯を現在進行形で生きている男。
研究者として名を馳せていた男だったが、気が付けば寿命や輪廻といった自然の摂理を超えてしまったという稀有な男。目の前にいるのは壮年期の男であるが、本当に数百年前から王国の重鎮として王国を支えてきたのだから、本当に不老不死なのだろう。
「そういえばもうじき出陣でしたな。今日はそのことで王宮へ?」
「はい。みんなを護るために、剣を振るってきますよ」
俺は左手を曲げた右腕の力こぶに添えて言った。
「それは頼もしい。勝利の報を楽しみにしておりますよ」
コバルトはそう言うとニコリと笑った。
「では私にも用がありますので」
そう言うとコバルトは廊下を歩いて行った。
「ハムート。出撃を陛下に報告に来たのか」
コバルトと入れ替わりに俺に声をかけたのは王国軍参謀のマット・タプファーであった。マットは常に沈着冷静で、軍を最も効率よく動かすことができる男だった。しかし敵を打ち倒すために平気で味方を犠牲にする方針のために「鬼畜王」のそしりを受けていた。
だが俺はマットを評価していた。
軍人やってる以上は必ず損害がでる。損害が出る=死人が出る、である。しかし軍人は勝たなければならない。マットは極力損害を減らすために、最低限の犠牲を供物として勝利を収めていたのだった。もっともそう考えるのは少数派であり、マットは今まで閑職で干されていた。
「マットか。お前もどうして王宮に?」
「俺が帝国への反抗作戦の指揮を執ることが決定したからさ。バカどもの尻拭いをさせられるのは大変だが………」
マットは王宮の廊下で遠慮なく上の連中を罵倒する。それも聞こえよがしな大声で。
「まぁ、いい。しかし今お前と話してたのはコバルトか?」
「え? ああ、そうだが………」
マットは明らかに表情を曇らせた。
「コバルトか………。奴は油断ならんな」
「コバルトさんが? 何で?」
「奴の目は危険だ。俺ですら奴の真意は読めん」
「真意って………」
「ハムート、気をつけろよ。奴は数百年生きているバケモノだ。王国だけでなく、帝国へのパイプも強い」
それだけ言うとマットはさっさと歩き始めた。
「お、おい! 今のはどういう意味なんだよ………」
しかし俺の言葉をマットは背中で聞くだけだった。奴にしては珍しい曖昧な物言いは、恐らくマットも確証があるわけではないのだろう。しかしマットの第六感はコバルトが危険だと告げている。でも何で?
俺はただただ首を傾げるだけだった。
それから一週間。
俺は最前線で戦い続け、マットは後方で的確な指示を出し続けた。
たったの三日で俺たち王国軍は帝国軍を国境まで押し戻し、さらに残り三日で帝国領内奥深くへと侵攻した。
それは見事なまでの電撃作戦で、一週間目には帝国が講和を打診。
王国はそれを受諾し、戦争は終わりを告げたのだった。
そして………悲劇が幕を開けた。
「いやぁ、勝った、勝った。見事なまでの大勝利だったな」
愛用の魔剣エグゼキューターを鞘に収め、肩で担ぎながら俺たちは王国への帰路を歩いていた。
「だが犠牲も少なくは無かった………」
マットは悔いの瞳で呟いた。俺はマットの肩を叩いてやった。何も言えない。言える筈がない。だから肩を叩くだけ。
「お! ハムート様、王国の街が見ましたよ!」
兵の誰かがはるか遠くに見える街を指差して言った。
その声に歓喜が弾ける。
「生きて帰ったぜ、ラクルル、ルータ………」
帰ったらルータを右手で抱き上げ、左手でラクルルを抱き寄せよう。そして再び幸せな日常へ………。
カッ
「………え?」
それはあまりに唐突な出来事だった。不意に街に光の半球が生まれ、半球が街のすべてを飲み込もうと巨大に拡がっていく。
誰もが言葉を発することができなかった。誰もが茫然自失とした面持ちで街を包んだ光を見ていた。悪夢ならば早く醒めてくれ! といわんばかりの表情で………。そして光が収まったとき、街だった場所はポッカリと大きな穴が開いているだけの更地に変わっていた。
しかしマットだけは違った。彼だけはこの事態でも自分を失っていなかった。
マットは念話球を取り出すとダイヤルを弄くって通話を求める。しかし返事は返ってこなかった。
「バカな………嘘だろ、オイ………」
「ふはは………いい表情だな、諸君」
全身から力が抜け、立つこともままならずペタリとへたり込んだ俺たちの背中に声が聞こえる。
「コバルト! 貴様!!」
その声を真っ先に判別したのはマットだった。
「コバルト………さん?」
「貴様………今の爆発は貴様の仕業か!」
「そうだ。私の作り上げた生態兵器『終焉の四賢者』の実験だよ。あの威力なら、レパルラントの形を変えることもできるだろうな」
コバルトはそういうと心底嬉しそうに笑った。その笑いにマットは沈着冷静をかなぐり捨てて怒鳴った。
「コバルト! 貴様ぁ!」
マットは腰の短刀を抜いて、コバルトに斬りかかる。しかしコバルトは悠々とその斬撃を回避した。
「本来ならば王国と帝国の決戦の際に『終焉の四賢者』を投入して双方を滅ぼすつもりだったのだが………マット、ハムート、君たちのおかげで予定が狂ったよ」
コバルトは闇夜の帳のように不吉な黒い瞳を楽しそうに輝かせた。その瞳を見て、俺は初めてコバルトという存在に恐れを感じた。俺は、何て奴と肩を並べていたのだ。そしてその危険に誰よりも早く気付いていたマットの感覚の鋭さに舌を巻く。
「だがおかげで愉しめた。だからこの世界を簡単に滅ぼすことは止めようと思う」
「何!?」
「今から、私はコレを散布する」
コバルトは不気味な色の液体が入った瓶を取り出して俺たちに見せた。
「これはGBVといって、エレノア人の体細胞に寄生してエレノア人を生態兵器デミ・ヒューマンに作り変える細菌兵器だ」
「な、何………」
「コレの効果が現れるのは今から二四時間後。それまでに私を探し、殺すことができるか………。そういうゲームを行おう」
「ゲーム! 貴様、言うに事欠いて………ゲームだと!!」
俺はようやくこみ上げてきた怒りを怒声に表した。
「ふはは………せいぜい愉しませてくれ」
そう言い残すとコバルトはGBVの入った瓶を地面に叩きつけ、GBVを散布して俺たちの前から姿を消した。
「あ、あの野郎………」
「う、うわわわわ!?」
風下にいて気体化したGBVをモロに被った兵が自らの手を見て愕然としていた。見ると兵の手はまるでトカゲのような鱗が現れようとしていた。他にも耳が長く尖り始めた者、背中に翼が生えようとしている者など、様々な症状が現れつつあった。
「クソッ! アイツ………」
俺は怒りに任せてエグゼキューターを地面に投げ捨てた。エグゼキューターはレパルラントの大地に深々と突き刺さる。
「とにかくコバルトを探し出すんだ! そしてこのGBVの進行を止めさせろ!」
絶望と焦りに打ちひしがれる俺たちに道を示すマット。もはや俺たちに是非は無かった。
「しかしどこに行けばいいのやら………」
「奴のことだ、二四時間ギリギリで行けるか行けないかの場所に隠れてニヤニヤしているはずだ」
マットが地図を広げながら言った。その言葉が真実かどうかは誰にもわからない。しかしそれしか思いつかなかったし、そうでなければ俺たちは助からなかった。
「全員で手分けをして探し出そう。急げ!」
マットに急かされて走り出すみんな。俺も走るが、その前に光に消えた街を一望。
ラクルル………俺にはもったいないほどのいい女。
ルータ………俺とラクルルの血が息づいていた新しい命。
俺の幸せ。俺の存在意義。俺のすべて。
それがコバルトによって失われた。
必ず、必ず………。
「仇はとってやる………だから、だから………」
俺は強く歯を噛み締めると走り出した。
俺という存在を奪った男を探し出すために。
俺は街のすぐそばにある森を走っていた。
この森は大きく、広く、昼間でも光があたらぬほどに鬱蒼としている。隠れ家を持つとすればここが最適だと踏んだのだった。
いかなる物でも断ち切ることができる魔剣エグゼキューターで邪魔な木々を切り拓きながら進む。
しかし………見つからない。
「クソッ………」
俺の手は完全に人間のものでは無くなっていた。鱗に覆われた手。しかしその鱗は鋼よりも固そうだった。「竜騎士」の異名にちなんで竜にでもなろうとしているのかもしれない。鏡で顔を見ればすぐにわかったろうが、恐ろしくて鏡を見ることはできなかった。
すでに日は落ちている。残り時間は………。そこで俺の視界がグラリと揺らぎ、そして意識が朦朧とする。
「グッ………」
俺は大木に背を預けて座り込む。意識は定まらず、自分が何をしようとしていたのか一瞬思い出せなくなる。しかしラクルルとルータを思えば意識を覆おうとしていた霧は一瞬にして晴れた。
「………これもGBVの所為なのか」
さっきの混濁した意識で、「戦え」という声が聞こえ、俺の体は戦いに飢えて熱くなった。GBVとはデミ・ヒューマンとかいう生態兵器を生み出す触媒らしいが………デミ・ヒューマンとは闘争本能を強く刺激するのだろうか? クソッ、このままじゃGBVによって千年は戦い続けることになるぞ。
一息ついて気を落ち着けた俺は再び立ち上がる。俺はほんの数分しか休んでいないつもりだったのだが、実際には何時間も時を費やしてしまっていたらしい。夜は完全に更けきっていた。
「もはや一刻も無駄にできない………」
ともすれば混濁しそうな意識を刺激しながら、俺は一歩一歩確実に歩みを進めていった。
そしてどのくらい歩いたろうか。時間もどれほど過ぎ去ったのかわからない。しかし俺は歩いた末に一軒の小屋を見つけたのだった。
俺は小屋に駆け寄り、ドアを乱暴に蹴り破る。
その小屋には大した物は見当たらなかったが、ただ地下に通じる階段はあった。
「……………」
俺は息を呑んで階段を下りる。エグゼキューターを握る手が汗に濡れる。
小屋の地下にあったのはドックだった。そしてそのドックで建造されていたのは巨大な人の形をした兵器………。
「驚いたな。本当にここに辿り着くとは」
捜し求めていた声が俺の耳を打つ。俺は歓喜に打ち震えながらエグゼキューターをゆらりと構えた。
「コバルト………探したぜ」
「ほぉ、その声はハムートか? ははは、『竜騎士』が竜人になったか。竜人はデミ・ヒューマンの中でも最高位だ。よかったな、お前が優れていたことが証明されたぞ」
コバルトが嘲笑を浮かべて言った。だがその嘲笑は俺には届いていなかった。
俺は野獣の咆哮をあげながらコバルトに駆け寄る。
ヒュオッ
エグゼキューターが風を斬り裂きながら振り下ろされる。しかし振り下ろされたエグゼキューターは、ドックで建造されてた巨人の手で阻まれた。
大人の身長の倍ほどの長さを誇る大剣エグゼキューターといえども大人の一〇倍以上の背丈を誇る巨人の前では無力だった。
「ふふふ。生身でグラン・ハイトに向かうか? 止めておけ」
コバルトは無益なことに尽力しようとする者を哀れむ目で言った。しかし俺は止めるつもりなど毛頭無かった。
「グルオオオォォォォォォ!!」
GBVが沸きたてる闘争本能、殺意。そのすべてをコバルトに向ける。しかしコバルトが建造していたグラン・ハイトの手が壁のように立ち塞がり、俺は前に進めない。俺を邪魔する壁ならば、破壊するまでである。
「ッルルオオオオオオオォォォォォォォォォォ!!」
エグゼキューターを邪魔な壁に何度も叩きつける。しかしいかなる素材でできているのか、グラン・ハイトの手には傷一つ付かなかった。
「ふふ………哀れなものだな」
五月蝿い。
「だがお前如きが私に立ち向かおうなど………」
煩い。
「まぁ、せいぜい私を愉しませてくれ。ははは!」
ウルサイ。
「はははは、は………?」
「黙れ」
コバルトの笑い声が止まる。そしてその表情を引きつらせた。
「バ、バカな!?」
俺の魔剣エグゼキューターが魔剣と呼ばれる由縁。それは偏にエグゼキューターが自在に形状を変えることができるからだ。俺が大剣を使うことを好んでいたので大剣の形をしているが、俺が望めば短刀にだって、槍にだって、包丁にだってなる。俺はそのエグゼキューターの特性をフルに活かし、エグゼキューターを極限にまで細くした。そしてグラン・ハイトの指の隙間を抜けさせたのだった。
コバルトの右頬に針が突き刺さり、後頭部を貫通した。
「グッ………」
突き刺した箇所から零れ落ちる鮮血。その色は俺たちと同じだった。
「貴様でも、血は紅いんだな………」
「き、貴様!!」
「だがな、針で終わると思うなよ………」
俺はエグゼキューターに命じて、コバルトに突き刺さっている部分だけを拡大させた。
「ボグラァッ!?」
突如幅が広くなったエグゼキューターはコバルトの顔面の右半分を抉り取った。コバルトは激痛に喘ぐ。
「グ……ググ………ァハッ……………」
「コバルト、GBVを止めろ!」
「グ………ハハ………アハハハハ!!」
「な、何が可笑しい!?」
「バカめ! この程度で私を倒したつもりか!? 私は不老にして不死の存在なんだぜ!!」
「!?」
グオゥ
グラン・ハイトの手が容赦なく俺を弾き飛ばす。俺は壁に思い切り叩きつけられた。
「ゴフッ………」
マズイ。今ので全身の骨がやられたか………。
「さすがは竜人。今の衝撃でも生きているとはな………。だがな、ハムート。茶番はこれまでだ」
コバルトはグラン・ハイトの手のひらに乗り、グラン・ハイトの胸元にあるコクピットに座った。
「私は時空を超える。そして、時空を超えた世界の神となり、戦争の絶えない世界を創るつもりだ」
「コ、バルト………」
「ハムート、私が憎いか? ははは、そうだろうな。だが時空を超えた私を追うことはできまい。もうじきGBVに侵食されてお前は正気を失い、死ぬまで戦い続けるのだからな!!」
「コバ、ルトぉ………」
「では、サラバだ」
「コバルトオオオォォォ! 貴様ァァァァ!!」
時空を超えるために空間を捻じ曲げるグラン・ハイト。捻じ曲げられた空間に入り込み、そして俺の前から消えていくコバルト。
俺の叫びはただ虚しく轟くだけだった。
そして俺の精神の九割九分がGBVに侵食される。
もはや俺の意識はもう持たないだろう。
そしてGBVに侵された俺たちは戦うだけの生きた機械となる。
だがこのままでは終われぬ。
俺は一縷の望みを我が魔剣に託す。
このエグゼキューターに今までの、このレパルラントで何があったかを記すのだ。
そして………願わくば……輪廻の果てに………転生した俺が……この剣の………秘密を解き………コバルトに…………引導を………渡せる………よう………に……………
「………ちゃん! ミッちゃん! ミッちゃんて!!」
山本は不意に肩を揺り動かされていることに気付いた。
「ん、んん!? アレ、俺………??」
山本は呆然とした表情でキョロキョロと周囲を見回す。
「ちょっと、居眠りはないんじゃないの。大変な事実がわかったのに」
マリアが俺を非難する目でジロリと睨む。
「ああ、わかってるよ」
「嘘ばっかし。今、寝てたじゃないの」
「いや、寝てはいない………」
「ミッちゃん? 顔が真っ青やけど………大丈夫なんか?」
「ああ。俺なら大丈夫だ、ラクルル………」
「え?」
「全部、全部わかったよ」
山本は悟りきった目で呟いた。
「マリア、紅蘭。俺はコバルトを倒す。そのために、俺に力を貸してくれ」
マリアと紅蘭は互いに顔を見合わせる。
「ホ、ホントに聞いてたのね………」
そして山本はエグゼキューターをそっと手に取る。初めてエグゼキューターを手に取ったにも関わらず、何百年も前から使い続けてきたかのようにエグゼキューターは山本の手に馴染んだ。
「俺がレパルラントに来たのは、そういう理由だったのか、ハムート・バルークス」
エグゼキューターは答えない。しかし山本にはそれで充分だった。
「お前の無念、俺が継いでやるさ」
こうして山本は仮面を被り、シャインとして元いた世界に戻る決断を下したのであった。
そして一九八五年一一月一三日にシャインたちは元の世界に戻り、コバルト・ダンケルハイトを討つべく神話の一員として獅子奮迅の活躍を見せるのであった。
これはその神話の幕開けのエピソードである。
次回予告
「船頭多くして、船山登る」
「儂のような老いぼれが役に立つとでも?」
「行くぞ! ユーラシア大陸から奴らを駆逐するのだ!!」
大火葬神話
第八話「中東決戦」へ続く
――これは人類最新の神話である