『………マシンヘッドの叛乱は、なおも収まる気配を見せません。現在、解体途上だった軍が残余兵力をかき集め、必死に食い止めようとしていますが、それでもすでに全世界の軍隊の主力となりつつあったマシンヘッドの前では寡兵である模様で………』
 テレビの画面に映るアナウンサーは冷酷な事実を冷淡と告げる。それは視聴者に不快を与える結果となるが、アナウンサーからしてみれば、こうでもしなければ精神に失調をきたしてしまうのだろう。
「……………」
 男はテレビのスイッチを切り、真っ黒になった画面をしばしの間見つめる。その表情はまるで能面であるかのように無機質で、無感情であった。
「せ、先生!」
 いつも優しく笑いかけてくれる先生が、五日ほど前からずっと険しい表情をしている。孤児院の生徒たちはここ数日の先生の変化を不安一杯の面持ちで見つめていた。しかし見つめるだけに耐えれなくなった年長の生徒が思い切って先生に声をかけた。
「……………」
 先生は何も言わずに生徒の方へ振り向いた。その表情はまるで幽鬼のようであり、生徒は一瞬全身を強張らせた。
「あ、あの………先生………」
「………アーダルベルト。悪いがしばらくここを頼むぞ」
 先生は最年長の生徒の頭を撫でて言った。いつもならば先生に頭を撫でられると全身に温もりが行き渡るような気がしていた。しかし今日は違った。もう、もう二度と先生に会えないのではないかとすら思えた。
「せ、先生!」
 アーダルベルトはもう一度だけ先生を呼んだ。しかし先生はアーダルベルトの方に振り向こうともせず、ゆっくりと孤児院を出て行こうと脚を動かし始めた。
「……………」
 しかし先生は孤児院の入り口の扉の前で、ふと歩みを止めた。
「エリィを………よろしく頼む」
「先生!」
 アーダルベルトの叫び。しかし先生はそのまま扉を開け、孤児院を出て行った。
「先生!!」
 アーダルベルトが自分を呼び止めようとしていることはわかっている。彼の言いたいこともわかる。もっとも大切な人を戦場で壊され、なおも戦場に帰る必要は無いのだと言いたいのだろう。
「俺は………約束したのでな」
 先生はどうしても耳に入ろうとするアーダルベルトの叫びに対してそう呟いた。もっとも大切な人と交わした約束。だからこそ………何があろうとも守らなければならないのだ。


葬神話
第三話「再会」

 一九八五年九月一八日。
 ドイツ第三帝国首都ベルリン。
 ベルリン市内にそびえ立つ中世の城のような建造物。一九六〇年代に改築されたOKW(国防軍最高統帥部)であった。
 ドイツ第三帝国首都であるベルリンは初代総統 アドルフ・ヒトラーの個人的な趣味により、中世期のような街並みを持っていた。そのために平時には多くの観光客がこの地で、過ぎ去りし時代に思いを馳せていた。
 しかしマシンヘッドの叛乱以降、この街から観光客は消え、街の空気は殺伐としたものになりつつあった。ベルリンの市民はマシンヘッドの動向を把握しようと躍起になっていたからであった。
 何故ならばドイツ国内こそがマシンヘッドとの戦いの最前線であるからであった。
 マシンヘッドは人類の抹殺を宣言しており、マシンヘッドにつかまれば殺されるのは確実。しかし着の身着のままでベルリンを脱出しても、すぐに野たれ死んでしまうのが関の山。ベルリンの市民は『ソード・オブ・ピース』と解体途上にあったヨーロッパ連合軍の共同戦線がマシンヘッドの軍団を押し返してくれることを祈るのみであった。



「今の所、ベルリン市内の混乱はさほど深刻ではありません」
 OKWの会議室でそう発言したのは『ソード・オブ・ピース』&ヨーロッパ連合軍総司令副官であるサーラ・シーブルー中佐であった。
「ベルリンの市民は余を信用してくれているということか………ありがたい」
 そう言って椅子の背もたれに身を預けたのはドイツ第三帝国第五代総統 ジークヴァルト・ヒトラーであった。あのアドルフ・ヒトラーの孫であり、祖父譲りの絶大なカリスマで第三帝国の全国民から圧倒的な支持を受けている男であった。そしてその支持を当然とするだけの善政をアドルフの孫は行っており、ドイツ第三帝国の国力はジークヴァルト時代を迎えてから常に右肩が上がっていた。
 そしてマシンヘッドの叛乱に際し、ジークヴァルトは「大ドイツの偉大なる国民たちよ!」で始まる名演説を展開し、「『ソード・オブ・ピース』とヨーロッパ連合軍を信じて欲しい。彼らがある限り、マシンヘッドはライン川を超えることはない! 故に混乱など不要である!!」と結ぶことでドイツ国内の混乱を未然に防いでいた。
「確かにこれで後方の憂いは少なくなったといえるでしょう。ですが問題は前方の虎です」
 サーラの言葉を聞いたジークヴァルトは、安心するのはまだ早いのだと悟った。
「………で、戦況はどうなのだ?」
「………残念ですが、芳しくありません」
 ジークヴァルトの問いに答えたのは『ソード・オブ・ピース』&ヨーロッパ連合軍総司令のカシーム・アシャ中将であった。
「やはり兵力不足が深刻なのか?」
 ジークヴァルトが確認のために尋ねた。アシャは何も言わず、ただコクリと頷いた。
「ドイツのみならず全ヨーロッパの工場がフル稼働しているのではないのか?」
 そう言ったのはスウェーデン首相のブルーノ・イーエが尋ねた。
「マシンヘッドの叛乱から一週間も経たないうちに工場の用意が整うわけありません。全世界の軍需工場は解体の途上にあり、生産ラインの復活から始めているのが実情ですし………後、一ヶ月以上は待ってもらわないといけないでしょう」
「一ヶ月………」
 イーエの顔色が青くなる。
「で、現状の戦力だとどのくらい持ちそうなのだ?」
「………一週間。一週間で弾薬が底をつくでしょう」
「い、一週間………」
 もはやイーエの表情は血の気を感じさせないほどに青くなっていた。
「多方面から工面できんのか?」
「どこも事情は似たようなものです。ヨーロッパから一番近いロシア戦線は緒戦で集中砲撃を行ったために私たち以上に弾薬が不足気味だそうです」
「む、むぅ………」
 人は神ではない。無から有を生み出すことは絶対にできやしない。
 マシンヘッド以外の兵器の生産ラインを止めていた人類は、駒を使い尽くそうとしていた。補充の見込みは後一ヵ月後。しかし残された駒では一週間が限界であった………



 最前線。
 独西方国境付近にはアルデンヌ高原を始めとする高原地帯が続いている。高原には様々な草花が息づいており、大自然の美しさを感じることができる場所であった。
 しかし、この高原地帯がマシンヘッドと人類との戦闘の最前線となっていた。
「隊長」
 元リベル人民共和国陸軍少佐のレオンハルト・ウィンストンはかつての精鋭PA部隊『クリムゾン・レオ』の隊員を集め、マシンヘッドとの戦いにその身を投じていた。
 マシンヘッド相手でも『クリムゾン・レオ』の高い錬度と洗練されたチームワークは通用し、『クリムゾン・レオ』はヨーロッパ戦線でもっとも多くの敵機を撃破した部隊として名を馳せていた。
 しかし、もっとも多くの敵機を撃墜するということは、頼りにされることを意味し、『クリムゾン・レオ』は各地を転戦した結果、参戦から一週間も待たずに保有戦力の過半を喪失していた。当初は大隊規模だった『クリムゾン・レオ』も、今では二個小隊を編成するだけで精一杯となっていた。
 部下の呼びかけに対し、レオンハルトはいささか疲労の色が伺える表情を向けた。
「マシンヘッドの部隊が前進を再開したようです」
「………規模は?」
「コロッサスを中心とした部隊で、二個小隊」
「……………」
 レオンハルトは何も言わず、そっと目を閉じた。
 敵の数はこちらと同数。しかし戦力的には同数ではない。マシンヘッドは一個小隊でも有人PA一個中隊分の戦力とみても過大評価とはならなかった。
 どこかの部隊に応援を要請するか………? しかしレオンハルトは即座にその考えを否定した。
 何故ならば、今、『クリムゾン・レオ』の周囲の部隊でマトモに戦えるPA部隊はいない。どこの部隊も連日の激戦で消耗し、要整備となっていたからだ。本当は『クリムゾン・レオ』もその例外ではないのだが、レオンハルトは多少の無理をしてでも最前線に留まり、マシンヘッドを食い止める道を選んでいた。
「………出るぞ」
 レオンハルトは閉じていた目を開くと『クリムゾン・レオ』のPAを駐機している広場へ歩き始めた。どこも戦えない以上、我々だけで戦うしかあるまい。
 広場に並ぶPAは旧式の第二世代機であるP−71がほとんどであった。第三世代機であるP−80は二機しかなかった。
「すまんがそのP−80、俺に使わせてくれ」
 今までレオンハルトはP−71で戦ってきていた。レオンハルトは自分の腕に自信があったし、P−80を必要とするのはもっと別の者だと思っていた。現在の『クリムゾン・レオ』では経験の浅い者に優先的にP−80が割り当てられていた。若輩者が少しでも長生きできるように、とのレオンハルトの心遣いであった。もっともマシンヘッド相手にはイマイチ効果の薄い気遣いとなってしまったが………
「………わかりました。隊長」
 レオンハルトが交換を申し出たP−80のパイロットはレオンハルトの顔をまじまじと見て、そして敬礼してP−80をレオンハルトに譲った。
「残りのP−80は………クラーツ、お前が使え」
「へへ。光栄ですな」
 クラーツ元中尉は現在の『クリムゾン・レオ』でNo.2の腕前を持つ男である。残り少ないP−80を託すのに、これ以上適切な人材はいないであろう。
「尚、これから私が名前を呼んだ者は整備班と共に後方に下がるように」
「な!?」
 レオンハルトの言葉に『クリムゾン・レオ』の面々が声を詰まらせた。それはつまり………
「ボーア、ラーセン、アルバーティ、エカスベア、クロイア………」
 レオンハルトが名前を呼んだのは、まだ若く経験の浅い者ばかりであった。
「隊長! 納得がいきませんよ!!」
 アルバーティ元一等兵がレオンハルトに抗議の声をあげる。アルバーティはリベル戦争末期の、『クリムゾン・レオ』が行動不能になってから配属された新米PA乗りであった。実戦経験はレオンハルトなどから見たら無きに等しい。
「何言ってやがる。今、この『クリムゾン・レオ』じゃPAの数よりパイロットの数の方が多いんだぞ。お前らみたいなジャクに渡すくらいなら、俺たちのようなベテランが使うべきなのさ」
 そう言ってアルバーティの頭をペシペシと叩いたのはクラーツであった。
「………以上だ。以上の者は今すぐ撤収の準備をしろ。何、安心しろ。私たち『クリムゾン・レオ』は機械人形ごときに負けはしない」
 レオンハルトはそう言ったが、それが強がりにすぎないことは誰の目にも明らかであった。そしてP−80に乗り込むレオンハルト。
 マシンヘッドとはそれほどに強力な敵なのだ。下手しなくとも、これが今生の別れとなるだろう。レオンハルトに後退を告げられた若き獅子たちは、皆涙を流していた。
「紅の獅子、最後の出撃か………」
 若き獅子の嗚咽を聞きながら、年長の獅子たちが出撃の準備を済ませ、レオンハルトのP−80を先頭に歩き始める。
 彼らの行く手に待ち受けるは人類抹殺を叫ぶマシンヘッド軍団………
 勝算は限りなく低い………



『隊長』
 レオンハルトが戦場に選んだのはなだらか以上険しい未満の斜面であった。斜面の頂に『クリムゾン・レオ』は陣取り、そこを最終防衛ラインとしていた。
 クラーツがレオンハルトに呼びかけた。
「何だ?」
『世の中って………案外バカが多いものですな』
「フ………俺たちを含めて、な」
 レオンハルト率いる『クリムゾン・レオ』が最後の出撃を敢行したことを知った周辺の戦車小隊や歩兵小隊が続々と『クリムゾン・レオ』への合流を宣言。今、レオンハルトの手元にはドイツ第三帝国最後の正式採用戦車となった八号戦車 レオパルド2が一個小隊。そして歩兵部隊が二個小隊集まっていた。
『バカとは随分な言い草だな』
 そう言ってレオンハルトたちの通信に割り込んだのは元『アフリカの星』の歩兵分隊『ミスター・カモフラージュ』のエンリケであった。エンリケはポルトガル人であり、『ソード・オブ・ピース』設立後は祖国に帰っていた。
 彼もマシンヘッドの叛乱開始以降は再び戦場に戻ってきたクチであった。
 レオンハルトはP−80のカメラアイをエンリケの方へ向ける。モニター越しに映るエンリケは陽気な笑顔を振りまいていた。
「フ………すまない。そういうつもりではないのだ」
『わかってるって。ま、お前さんたちリベル政府軍を苦しめた『アフリカの星』傭兵部隊の精強さを見せ付けてやるよ』
 エンリケがそう言った時、レオンハルトが搭乗するP−80の対空用レーダーが反応を示す。
「対空………空からか!?」
 レオンハルトが独り叫んだ瞬間、超低空を一機がフライパス。勿論、ただフライパスしたわけではない。レオパルド2が二両も爆発炎上する始末であった。
「ファイアボール!!」
『クリムゾン・レオ』に襲い掛かったのはマシンヘッドMH−02 ファイアボールであった。MH−02 ファイアボールは日米共同開発特機であるX−1 ガンフリーダムで採用されたPA用飛行システムであるフライヤー・システムの発展改良型であるフライヤーMk2を搭載したマシンヘッドであり、PAではあるが人型というよりは鳥型に近い姿を持っていた。鳥型であるためにマニピュレーターとしての腕を持たないが、翼に大量のペイロードを持ち、そこにガンポッドやロケット砲、対地ミサイルなどを搭載している。
 主に想定されていた任務は、フライヤーMk2で敵部隊を上空から強襲する事であり、たった今『クリムゾン・レオ』に襲い掛かったファイアボールは教科書通りの使われ方と言えよう。
『シャイセ! よくも小隊長を!!』
 先ほど撃破された戦車部隊の生存者の声が無線から流れる。
「待て! あのファイアボールは囮………」
 レオンハルトが言葉を終える前に、さらに残りのレオパルド2二両が爆発する。
「クッ………マシンヘッドの本隊か」
 残存していたレオパルド2二両を撃破したのはマシンヘッド一号機であるMH−01 コロッサスであった。コロッサスは戦車砲を改造した一二〇ミリライフルを構えていた。さらにその後ろからコロッサスの部隊が続く。
 まるで猿のような軽い身のこなしで『クリムゾン・レオ』に迫るコロッサス。上空のファイアボールも、隙あらば更なる攻撃をしかけんとばかりに間合いをじわじわと詰め始める。
「………一体、どれほど粘れるかどうか」
 レオンハルトはポツリと呟く。
「ルディ、先にあの世に行くことになっても………許せよ」
 レオンハルトのP−80がバーニアの炎を噴き上げてコロッサスの部隊に突撃を開始する。それに続く『クリムゾン・レオ』の勇者たち………
 死闘の幕が今、開けた。



「マシンヘッド軍団の前進が再開されました。現在、『クリムゾン・レオ』を中核とする部隊が防戦を展開しております」
 報告電文を読み上げるサーラ。
「………『クリムゾン・レオ』に勝算はあるのか?」
 イーエが藁にもすがるような思いで尋ねた。
「無いな」
 イーエの問いに、にべもなく答えたのは会議席上の誰でもなかった。その声はイーエの背後から聞こえていた。
「何!? 何者だ!!」
 ジークヴァルトが声の方に振り向き、怒鳴る。
「総統。老人相手に怒鳴るのは止めて欲しいですな。こう見えても体のあちこちに欠陥を抱えておりますから」
 声の主はジークヴァルトを茶化して肩をすくめた。「老人」などと本人は称したが、どう見ても彼は四〇代半ばであった。
「あ、あなたは………」
 しかしアシャやサーラは声の主を見るなり表情を変えた。その声の主は彼らのよく知る人物であった。
 声の主の名はハンス・ヨアヒム・マルセイユ。かつては傭兵派遣会社『アフリカの星』の社長を務めており、『ソード・オブ・ピース』設立に尽力して後、今まで行方不明となっていた男であった。外見は四〇代半ばにしか見えないが、実際には六六歳であった。
「久しぶりだね、アシャ君」
 マルセイユはそう言ってアシャに手を振った。いや、本当はアシャの後ろにいるサーラに振ったのだが。年をとっても彼の女好きは相変わらずであった。
「社長!? どうしてここに………」
「どうしてって………決まっているだろう。世界を救いに来たのさ」
「マルセイユ社長、何か秘策でもあるのか?」
「これを貴方たちに譲渡します」
 マルセイユはジークヴァルトに一通の封筒を手渡した。
「………?」
 ジークヴァルトは怪訝な表情で封筒を開く。イーエたちもジークヴァルトの後ろを陣取って内容を横から見ようとする。
 そこに記されていた内容は………



「うおわあああああッ!!」
 P−71がGSh−6−30Pを放つ。五月雨のように吐き出される三〇ミリ高比重劣化ウラン弾を回避することはさすがのコロッサスでも困難であった。コロッサスが三〇ミリ高比重劣化ウラン弾に乱打されて鉄くずへと変貌する。
「畜生………畜生! ブッ殺してやる!!」
 P−71のパイロットは興奮のあまり、周囲の状況が目に入っていなかった。彼の後ろに一機のコロッサスがナイフを片手に迫って来ているというのに。
「落ち着け! 後ろを見ろ!!」
 レオンハルトが必死に呼びかけるが時すでに遅し。P−71の背中に深々と突き刺さるナイフ。それはコクピット部を深く抉っていた。中のパイロットは確実に死亡しただろう。
「クッ………」
 しかしレオンハルトに仲間の死を悼む暇は与えられなかった。マシンヘッドの砲口が常にレオンハルトに向けられており、回避運動を絶やすことは即、死を意味するからであった。
 レオンハルトのP−80は、まるで蝶のように軽やかに舞ってマシンヘッドの攻撃を回避し、蜂のように鋭い一撃をコロッサスに叩き込む。しかしマシンヘッドに対して優位に戦っているのはレオンハルトくらいであった。
「クッ!?」
 クラーツの乗るP−80の右腕がコロッサスの放った一撃で千切れ飛ぶ。一二〇ミリロングライフル ブリッツェン・ゲヴェアの一二〇ミリ砲弾が突き刺さった結果であった。ブリッツェン・ゲヴェアは従来の狙撃用ライフルと同口径であるが、銃身長が七二口径と段違いに長く(従来は四四口径)、高初速弾を放つことができた。
 ブリッツェン・ゲヴェアを持つコロッサスが、次こそは仕留めんとブリッツェン・ゲヴェアを構える。しかしコロッサスは高初速一二〇ミリ弾を放つことはなかった。コロッサスは横から飛んできた対戦車ロケット弾の直撃を受けて大地に崩れ落ちたのであった。
「ザマーミロ、木偶人形めが!!」
 エンリケがパンツァーファウスト3の発射基を肩に担ぎながらガッツポーズ。
 マシンヘッドに感情があるのかはわからない。しかし「コロッサスの仇だ!」とでも言わんばかりにファイアボールが三〇ミリガトリング砲 フロアガンを放ちながらエンリケ目掛けて急降下を始める。
「やっべぇ………」
 ファイアボールの急降下は怒涛の勢い。エンリケは死を覚悟せざるを得なくなった。
 しかし………新たな巨人の影がエンリケの前に立ち塞がる。その巨人はファイアボールの放った三〇ミリ弾を一身に浴びながらもビクともしない。それどころかバーニアを噴かして跳び上がったかと思うと、右拳をファイアボールの顔面に叩きつけた。いや、正確には少し違う。右拳を叩きつけたのではない。右腕に装備されている巨大杭打ち機を突きつけたのであった。杭の先端がファイアボールに突き刺さると同時に装薬が作動。火薬の力で杭は前に押し出され、ファイアボールの中へ、奥深くへ侵入する。さらにファイアボールの体内奥深くへ侵入した杭は炸薬を作動させ、弾ける。内からの衝撃に、ファイアボールはバラバラに砕け散った。
「え………?」
『無事か? エンリケ?』
 エンリケを助けたPAはかつてNATO軍が試作したPAX−003c アルトアイゼンであった。いや、純正のアルトアイゼンに比べると装甲に厚みが増しており、よりマッチョな印象を受ける。
 それはかつて『アフリカの星』のリベル方面部隊の整備兵であったエレナ・ライマール(当時)がアルトアイゼンをベースに作り上げた現地改造機、アルトアイゼン・リーゼであった。
「アルトアイゼン・リーゼ………ま、まさか………」
『………レオンハルト! レオンハルト・ウィンストンは生きているか!?』
『私ならまだ生きている! もっとも一〇分後は知らんがね』
『大丈夫だ。形勢は逆転した! この俺、エリック・プレザンスが増援を連れて来た!!』
『増援!? どこにそんなものが残っていたというのだ………』
 エリックの声を聞いたレオンハルトは信じられないと聞き返した。
『話は後だ。今はマシンヘッドを叩く!!』
 アルトアイゼン・リーゼがバーニアを全開にして突進を開始する。アルトアイゼン・リーゼの爆発的な突進力は未だ健在であり、マシンヘッドといえども侮ることはできなかった。
 そして後方より次々と現れるPA。それもすべてがP−80やガンスリンガー、ランスロット、パンツァー・レーヴェといった第三世代機ばかりであった。
 今、マシンヘッドと人類の戦力比は完全に逆転することとなった!!
 マシンヘッドは多大なる損害を出して後退。
「か、勝った………のか?」
 レオンハルトは後退していくマシンヘッドを見つめながら、呆然と呟いた。
『ど、どうやらそのようですね………』
 クラーツの声も今の状況が信じられないと言いたげであった。
「説明………してもらえるんだろうな?」
 エンリケがたたずむアルトアイゼン・リーゼの脚にもたれかかりながら尋ねた。
「俺の説明より………この増援の送り主に聞いた方が早いさ」
 エリックはそう言うとレオンハルトにベルリンへの帰還を進めた。レオンハルトに否は無かった。



「………役者は揃った。そんな所かな?」
 レオンハルトたちが勝利の報を携えてベルリンに帰還した時、ようやくマルセイユはすべてを話すことを決めた。
「そうだ。マルセイユ社長。貴方が隠し持っていた戦力、それは確かに我々を助けることとなったが………逆を言えば、それは自分が提唱した『ソード・オブ・ピース』の原則を破ることとなるのだぞ」
 ジークヴァルトが眉をひそめて言った。
 マルセイユは今まで自分が隠し持っていた戦力のすべてを人類に譲渡することを記した書類を携えて現れたのであった。彼が隠し持っていた戦力は全ヨーロッパの軍需工場が再動するまでの時間を稼ぐのに充分な程であった。しかもそれだけの戦力を他の戦線、つまりはアメリカ、ロシア、アジア、アフリカの部隊にも渡したという。
「………ヘッツァーを覚えているか?」
 マルセイユはそう言った。しかしレオンハルトたちは首を捻るのみであった。ただサーラのみがその名を記憶に留めていた。
「確か………『アドミニスター』の幹部の一人………」
「そう。そして、『アドミニスター』の幹部でただ一人行方が知れない男だ」
「その男がどうかしたのか?」
「『アドミニスター』の資料に寄れば、奴こそが世界に戦争をバラ撒いていたそうだ。そんな危険人物がどこかで生き延びているというのに、軍を解体などできるものか」
「………まさか」
 ジークヴァルトはマルセイユの真意を汲み取った。しかしそれが本当であるとは思いたくなかった。
「まさかマシンヘッドの叛乱の影にヘッツァーがいるとでもいうのか!?」
「そうだ。私はそう見ている」
 マルセイユは別の封筒を取り出すとジークヴァルトたちに見せた。
「これは………交通事故死者のリスト?」
 リストに目を通しながらジークヴァルトは呟いた。
「心臓発作で死んだ者もいます。交通事故だけとは限らないようですね」
「それはな、マスターコンピュータ『ノア』の設計に関わった者のリストだよ」
「何ですって!?」
 レオンハルトが表情を強張らせた。では『ノア』の設計に関わった者は皆不審な死に方をしていることになるではないか!?
「だから私はマシンヘッドに警戒心を抱き、彼女にマシンヘッドに対抗できるだけの戦力を預けておいたのさ」
「彼女? それは一体………」
 怪訝そうな表情でイーエが尋ねた。
「彼女ですよ」
 マルセイユが手を叩くと扉が開かれ、一同の前に一人の女性が姿を現した。
 その姿を見た瞬間、レオンハルトは全身を強張らせた。
 マルセイユが呼んだ女性。それはドゥルディネーゼ・ブリュンヒャルト――通称ルディであった。
「ル、ルディ………」
 思いがけぬ形でルディと再会することとなったレオンハルトは呆けたように彼女の名前を呟くだけであった。



 太平洋上に浮かぶ超巨大人工島『箱舟』。
 マシンヘッドのプラントをも備える人工島の奥深くにそれは鎮座していた。
 すべてのマシンヘッドを統べるマスターコンピュータ『ノア』。
『ノア』は『箱舟』の中枢で、全世界で戦うマシンヘッドに指示を飛ばしていた。
「………人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ………」
『ノア』はその言葉を繰り返しながらマシンヘッドを操り、人類に死を与えていた。もはやその姿勢は狂人としかいいようがなかった。
 狂気に侵された『ノア』を傍らで冷ややかに見つめている男がいた。
 男は顔の右半分が銀の仮面に覆い隠されていた。
 男はかつて『アドミニスター』でヘッツァーと呼ばれていた男であった。しかしそれは偽名である。だが彼の本名を知るものは誰一人いない。少なくともこちらの世界には。
「さて………どのくらいで滅亡するかな………こちらの人類は」
 ヘッツァーは独り呟くとクスクスと笑い始めた。
 自らが起こした戦火を純粋に楽しんでいる笑いであった。



「驚いた。まさか君が救世主になるとはね」
 レオンハルトは戦功が認められて、ベルリンにて二日間の休暇が与えられることとなっていた。
 そしてレオンハルトは休暇の間、滞在することとなったホテルの部屋にルディを呼び出していた。
「とにかく再会を祝して乾杯しよう。ルディ、何か飲みたい物はあるか?」
「……………」
「どうした、ルディ?」
「………怒らないの?」
 レオンハルトはルディの言葉の意味がわからないといった表情で彼女を見た。
「私は………レオの前から急に姿を消したのよ? 何で消えたのかとか………聞かなきゃいけないことがあるんじゃないの!?」
「何だ………そんなことか」
 レオンハルトはルディの言葉を簡単に受け流した。そして彼女をそっと抱きしめる。
「これは私の傲慢なのかもしれないが、君は私の元へ戻ってくると思っていた。そして戻ってきてくれた。なら何も聞くことなんかないさ。それだけで充分だ」
「レ、レオ………レオ………」
「おかえり、ルディ」
 氷結していた二人の時間が、二年の時を経て再び動き始めた………


マシンヘッドデータファイルNo.2
MH−02 ファイアボール

全高:7.23メートル
自重:7.5トン
最大飛行速度:1027キロ
最大作戦高度:11400メートル
最大作戦行動時間:18時間
装甲
チタン・セラミック複合装甲

固定武装
三〇ミリガトリング砲 フロアガン×1(頭部……というよりは機首に搭載)
空対地ロケット弾 フレアボマーポッド(翼下に搭載。五七ミリロケット弾を一二発搭載している)

特記事項
 PAの一種として開発されているが、飛行システム フライヤーMk2の都合から人型というよりは鳥型………というよりは歩行可能な二本の脚を持った対地攻撃機と分類したほうがいいかもしれない。


次回予告





「マシンヘッド………お前に
空を翔る喜びはわかるまい」




「マシンヘッドだけじゃない。ミサイルはすべての戦闘機殺した




「あの大空を取り戻すために………俺は戦う!!」




葬神話
第四話「あの大空を取り戻すために」へ続く




――これは人類最新の神話である


第二話「舞い降りた天空の城」

第四話「あの大空を取り戻すために」

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