大火葬神話
第一話「青天の砲声」


 世界を裏から操り、各地で戦争を起こして利益を得ていた悪魔の組織『アドミニスター』。
 しかし同組織は平和を願う者たちの活躍によって解体され、さらに今後そのようなことが一切無いようにと国際連合直轄の常設平和維持部隊『ソード・オブ・ピース』が設立された。
 人類はようやくにして戦いをやめることができたのであった。
 そんな『ソード・オブ・ピース』設立から二年目のこと。
 西暦一九八五年九月一三日。この日より神話は始まった。



 一九八五年九月一三日現地時間午前一〇時二七分。
 アメリカ合衆国メリーランド州旧アンドリュー空軍基地。
 かつてはアメリカ合衆国東海岸の防空の要として機能していたこの地も、『ソード・オブ・ピース』設立以後は戦闘機も爆撃機も降り立たず、今ではただその広い空間を持て余しているのみであった。
 しかしこの日だけは違った。
 一九八五年九月一三日の旧アンドリュー空軍基地は在りし日の喧騒を取り戻していた。ただしその喧騒は訓練やスクランブルで戦闘機が出撃したりする喧騒ではなかった。大勢の人々が集い、そして思い思いの方法で余暇を過ごしている、ただひたすらに平和な喧騒であった。
 かつてはF15やF16といった最新鋭戦闘機が並んでいたであろう場所にホットドッグやポップコーンといった屋台が立ち並ぶ。
「おじさん。フィッシュアンドチップス三つね」
 妙齢の女性がフィッシュアンドチップスの屋台のオヤジに言った。絶望的なまでに戦線を後退させた髪の毛を、帽子で懸命に隠しているオヤジは手馴れた手つきで三人分のフィッシュアンドチップスを女性に手渡した。
「ありがと」
 女性はフィッシュアンドチップスを手に持ちながら周囲を見渡す。
 誰もが穏やかに笑っていた。
 それは平和そのものな光景。
 ………アタシたちの行い、無意味じゃなかったみたいだね。
 女性――マーシャ・田幡は心の中で呟いた。マーシャにはかつて傭兵派遣会社『アフリカの星』の一員としてリベルという東欧の小国で戦い、『アドミニスター』解体に一役買った経験があった。
 それだけに平和な空気が自分の周囲を漂うことは喜ばしかった。彼女は戦争で多くの仲間を失っており、それは彼女の心に暗い影を落としている。しかしその犠牲が無駄になったわけではないという事実は彼女を救うに充分であった。
「お待たせ。買って来たよ」
 マーシャはフィッシュアンドチップスの屋台から少し離れた所にいた三人に声をかけた。男二人に女一人の組み合わせ。ただし男の一人はまだ二歳の子供であった。女の腕に抱かれ、物珍しいのだろう周囲をキョロキョロと見回している。
「こっちもジュース、買って来ましたよ」
 そう言ってマーシャにコカ・コーラの紙コップを手渡したのは田幡 繁であった。マーシャの夫であり、『ソード・オブ・ピース』設立後に大日本帝国のMWメーカーとして独立した保髏死畫壊社の設計技師であった。尚、MW(マシン・ウォーカー)というのは鋼鉄の巨人兵であるPA(パンツァー・アーミー)を基礎とした土木建築用人型機械である。
「さぁ、冷めないうちに食べな」
「ありがとう、マーシャさん。さ、頂きましょう、ハーベイ」
 マーシャからフィッシュアンドチップスを受け取ったのはエレナ・ランカスターであった。マーシャたちと共に『アフリカの星』整備班としてリベルで戦っていた少女。戦いの末に相思相愛の関係であったハーベイ・ランカスターを失っていたが、彼女はハーベイから彼との間に生まれた子供という何にも代えがたい宝物を得ていた。戦後に生まれた子供にエレナはハーベイJr.と名付けていた。
「にしてもやはり血は争えないねぇ。目元なんかハーベイ君ソックリじゃないか」
 フィッシュアンドチップスを小さな口で頬張るハーベイJr.を見ながらマーシャは言った。そしてハーベイJr.の頭を優しく撫でた。
「あう………」
 ハーベイJr.は照れくさいのだろう。エレナの後ろに隠れてしまった。
「あはは。可愛いねぇ。さ、そろそろアーサーの元に向かうとしましょうか」
 マーシャはそう言うと田幡とエレナの背中を叩き、一同は格納庫の方へ向けて歩き出した。



 かつてはアメリカ空軍の最新鋭機が収められていた格納庫。
 しかし今、この格納庫に納められていたのは飛行機ではなく、人型の巨人であった。
 しかもその数はわずか二機だけであった。
 一機はアメリカ軍にとって最後の正式PAとなったPA−3 ガンスリンガー。
 もう一機は見慣れない姿形をしていた。一応、手足を持ち、人型をしてはいるものの、従来のPAとは明らかに違うシルエットであった。機能性を優先しすぎたあまりに、美よりもグロテスクさを感じさせるPAがガンスリンガーのすぐ傍に横たわっていた。
 その機体の名はMH−01 コロッサス。『ソード・オブ・ピース』が新たに開発したマシンヘッドと呼ばれる完全自立型無人PAの第一弾であった。
 コロッサスの傍で、それを見つめていたのはアーサー・ハズバンドであった。アーサーは『申し子』計画という遺伝子改造の末に人並み外れた身体能力を身につけた究極の兵士で、『アフリカの星』で『アドミニスター』解体に尽力して後は『ソード・オブ・ピース』の一員として戦火の残る各地を転戦し、あちこちの戦火を消し止めた男であった。しかしその経歴とは正反対に、アーサー本人は未だに頼りなさ気な少年以上青年未満にしか見えなかった。
「………完全自立型無人PA、か」
 アーサーは誰に言うでもなく呟いた。
 そして静かに目を閉じ、この二年間を思い返していた。
 始まりは『ソード・オブ・ピース』設立から数ヵ月後のことであった。
 未だ戦争が続くアフリカの某国に派遣されていた『ソード・オブ・ピース』の部隊が全滅したのであった。
 それが火種となり、『ソード・オブ・ピース』を管理する国際連合にてこのような主張が叫ばれ始めた。
「戦争を止める! それは結構。しかしそのために人が死んでは何にもならないではないか!!」
 そしてその主張は『ソード・オブ・ピース』の技術開発部によって曲解されることとなった。
 技術開発部はこう結論付けたのであった。
「ならば人間が必要ない軍隊で守ればいい。そうすれば戦死者などいなくなる」
 マシンヘッドの開発が始まったのはその瞬間からであった。
 そしてわずか半年でマシンヘッド第一号であるコロッサスの量産が開始され、そしてさらに半年後にはマシンヘッド生産プラント、そしてすべてのマシンヘッドを統率するマスターコンピューター『ノア』が納められた人工島『箱舟』が建設されていた。
 それだけのことがたった二年で行われたのであった。リベルのような小国並みの広さを誇る『箱舟』。『箱舟』の中枢に納められるマスターコンピュータ『ノア』。そして『ノア』の指令で動くマシンヘッド………アーサーにはこの二年間は通常の二〇年間に相当するように思えた。
「アーサー、ガンスリンガーの調整、終わったぜ。一応、チェックしておいてくれ」
 ガンスリンガーの整備を行っていた男が油に汚れた手を拭いながら言った。その男は元『アフリカの星』整備班のアーバートであった。エレナの父である故ヴェセル・ライマールの一番弟子であった彼は『ソード・オブ・ピース』設立後も整備員として戦う道を選んでいたのであった。
「あ、はい。今行きます」
 ガンスリンガーのコクピットシートに腰掛けるアーサー。彼はコクピットブロックを密閉せず、外で待機するアーバートに言った。
「大丈夫です。万全の態勢ですよ、アーバートさん」
「当たり前さ。ガンスリは『アフリカの星』の頃から散々いじったからね。もう目をつぶってでも整備できるさ」
 アーバートは誇らしげに胸をそらした。
「………まぁ、このガンスリンガーが俺の最後のPA整備になっちまったわけだが」
 しかしすぐにアーバートは寂しそうな目を見せた。
 マシンヘッドのメンテナンスはコロッサスを改造した完全自立型無人整備用MWであるコロッサス・ヘルパーが行うことになっていた。このマシンヘッドが主力になるということは、アーバートたち整備班もお払い箱になるということを意味していた。
「なぁ、アーサー」
「はい?」
「………手加減するなよ。俺たち人間の意地を見せてやろうぜ」
 アーバートの言葉にアーサーは苦笑した。
 今日、ここでガンスリンガーとコロッサスが並べられている訳。それはここでガンスリンガーとコロッサスの模擬格闘戦が行われるからであった。国連はこれをデモンストレーションとして大々的に公表し、全世界に新たなる守り手を強調するつもりであった。
「お〜い、アーサー!!」
 アーサーにとって二年ぶりの懐かしい声が聞こえた。
「おっ? マーシャさんたちが来たみたいだな」
 ガンスリンガーのコクピットブロックの傍にいたアーバートが床に飛び降りる。アーサーもアーバートに続いた。



「へぇ。これがマシンヘッドかい………何だか薄気味悪いデザインをしてるねぇ」
 マーシャもコロッサスの機能最優先なデザインは気に入らないらしかった。
「本当。ガンスリンガーの方が全然カッコイイわ」
 エレナもマーシャの言葉に賛同した。もっともエレナにとってガンスリンガーとは亡き夫ハーベイの愛機であったこともあって、評価にある程度の上乗せがされることとなるのだが。
「ただ性能は段違いです。何せ無人だから中の人を気にせずに動くことができますからね」
 技術者である田幡はコロッサスを見かけだけでは判断しない。
「ただこんなデザインでは守られてもありがたくないですね。ビジュアルだって重要なファクターだと国連は気付いてないようです」
 そういえば田幡の設計したX−1 ガンフリーダムは剽悍で、非常に頼もしいシルエットをしていたな。アーサーはそう心のうちで呟いた。
「で、これと模擬戦をやるって?」
「はい。互いに近接格闘用のナイフを一本だけ持って戦うんです」
「ナイフだけって………一対一でナイフのみなんて戦闘が起こるわけ無いじゃないか」
 マーシャが呆れ顔で言った。実際に戦場に身をおいていた者としては、今回の模擬戦は気に入らないようだった。
「あくまで目的はマシンヘッドのお披露目だからね。俺たちはその引き立て役って訳さ」
 不機嫌を隠そうともせずに言ったのはアーバートであった。
「ハズバンドさん、出番です。そろそろ準備をお願いします」
 国連の職員の男がアーサーを呼んだ。いよいよ模擬戦が始まる時間となったらしかった。
「頑張ってね、アーサー。ホラ、ハーベイ。アーサーに『がんばれ』って応援しなさい」
「がんばれ〜」
 エレナにつられてハーベイJr.もたどたどしくアーサーに手を振った。
「あはは。じゃあまた後で会いましょう。そうですね………夕飯、何食べるかもその時に決めましょう」
「じゃアタシたちも見学場所に向かうとしますか」
 ガンスリンガーのコクピットに再び腰掛けるアーサー。今度は完全にコクピットブロックを閉め、ガンスリンガーを立ち上げる。
 すぐ隣で寝かされていたコロッサスもガンスリンガーに続いて立ち上がった。そして二機は格納庫の外へ歩き始めた。



「レディース・アンド・ジェントルメン! 皆様、ご注目下さい! これぞ人類の新たな守り手であるマシンヘッド第一号であるMH−01 コロッサスです!!」
 司会の男がテンションも高くマイクに叫ぶ。司会の指先の向こうでコロッサスは悠然と立っていた。
「このコロッサスは完全自立型無人PAであります! 無人であるために絶対に死者は出ません。そして従来の有人機よりはるかに優れているのです! 今からそれを実証しましょう!!」
 司会の男の指先がコロッサスの立つ方向とは逆に向けられる。そこに立つはガンスリンガーであった。
「従来の『ソード・オブ・ピース』の標準的PAであったガンスリンガー。そしてパイロットは『ソード・オブ・ピース』でも有数の腕利きであるアーサー・ハズバンド氏であります。つまり、これはいわば『ソード・オブ・ピース』最強の一機であります!!」
「アーサー! 頑張れよ!!」
 マーシャがガンスリンガーに向かって呼びかける。ガンスリンガーのコクピット内でそれを聞いていたアーサーは思わず苦笑した。
「ではこれよりこの二機に、ナイフのみを使った模擬格闘戦を行ってもらいます。皆様、くれぐれも指定のラインを超えないようにお願いいたします。そうでないと安全の保障はできませんゆえに………」
 そう言って司会は恭しく頭を下げた。
「では、レディー………ゴー!!」
 その合図と同時に二機は動き始めた。



 最初に仕掛けたのはコロッサスであった。
「従来の有人機よりはるかに俊敏に動くことができる」という触れ込みのマシンヘッドであるが、コロッサスはその触れ込み通りの俊敏さを観客の前で披露した。その動き、並のパイロットでは反応することすら困難であったろう。
 しかし『申し子』としてこの世に生を受けたアーサー・ハズバンドの反応速度は常人を遥かに超えている。
 アーサーの駆るガンスリンガーはコロッサスの一撃を見事に受けてみせていた。
 特殊合金製であるナイフ同士が激しくぶつかり合い、火花を散らす。そして両機はナイフを合わせたまま押し合いを始める。要は鍔迫り合いという奴であった。
 しかしアーサーは鍔迫り合いを続けるつもりはなかった。コロッサスはガンスリンガーよりも新しく、そしてパワーも強い。ガンスリンガーを駆る以上は単純なパワー勝負を行うわけにはいかなかった。だからアーサーは押し続けようとするコロッサスの力をうまく受け流す道を選んだ。
「おお!!」
 観客から歓声が漏れる。
 アーサーの駆るガンスリンガーはコロッサスの力をうまく逸らし、逆にコロッサスの懐に潜り込むことに成功したのであった。
「もらった!!」
 ガンスリンガーがコロッサスの懐にナイフを突きたてようと試みる。しかし………
 コロッサスはまるで軽業師であるかのようにバック転を見せ、ガンスリンガーの突きを回避して見せた。全長一〇メートル近い鋼鉄の巨人が、軽業師のようにバック転する姿は観客を魅了した。
「やるねぇ………あんな動きを従来のPAでやろうとしても失敗するのが関の山だよ」
 マーシャはコロッサスの動きに関心していた。『ノア』と呼ばれるマスターコンピューターによって制御されているというコロッサス。あの動きを見るだけで『ノア』が非凡なコンピュータで、コロッサスが並の機体ではないことがわかってしまう。
「クッ………」
 今度はこちらが攻める番だとガンスリンガーがコロッサスめがけて突進を開始する。
 ガンスリンガーの突き出したナイフを、身をよじって回避するコロッサス。しかしアーサーにとってその攻撃は回避されても惜しくないものであった。アーサーはガンスリンガーの姿勢をグッと下げ、右脚を伸ばしてコロッサスの脚を払おうとする。これでコロッサスの足を払い、地面に倒れさせればアーサーの勝ちは確定的になるだろう。
 しかしコロッサスは大地を蹴り、飛び上がることで足払いを回避し、さらにガンスリンガーの右脚に着地する。
「なっ!?」
 コロッサスの動きはアーサーの予想の埒外にあった。コロッサスの自重がガンスリンガーの右脚にのしかかり、ガンスリンガーの関節に多大な負荷を強いる。これによってガンスリンガーの右脚は使い物にならなくなってしまう。
 その隙をコロッサスは逃さなかった。コロッサスは一瞬の間にガンスリンガーの喉元にナイフを突きつける。
 誰の目にも決着はついていた。
「ウィナー・コロッサス!!」
 司会の男のテンションは最高潮。観客もアーサーの駆るガンスリンガーを難なく倒したコロッサスの勇姿に惜しみない拍手を送る。
 当のコロッサスは観客たちの興奮を他所に悠然と立っていたが、何を思ったのかその足を上げ、観客たちの方へ向かって歩き始めた。
「? 何だ?」
 自分たちの方へ歩み寄るコロッサス。その姿に観客の一人が首を捻った時、コロッサスはおもむろに右手を天にかざすと………思い切り観客たちの方に叩き付けた!!



「な、何ッ!?」
 今、アーバートの目の前で信じられない光景が起こっていた。
 コロッサスが何を思ったのか観客席に向かってその拳を叩き付けたのであった。
「な、何が起こっているんだ………これは一体!?」
 司会の男は事態の急転に思考回路が追いついていないようであった。ただオロオロとコロッサスと観客席の方を見比べるのみであった。
「チッ! みんな、早く逃げるんだ! コロッサスに潰されたくなかったら、早く逃げるんだよ!!」
 マーシャがあらん限りの声で観客たちに道を示した。コロッサスの暴挙を呆然と見るしかできなかった観客たちであるが、マーシャが示した道にようやくすがりつくことを思い出したらしかった。大慌てで逃げ惑う。
「エレナ! ハーベイ君を連れて早く逃げるんだ!!」
「マ、マーシャさんたちは?」
「今日、ざっと見ただけで観客が数千人いる。となるとスンナリ避難が完了するわけないからね………アタシとシゲルで混乱を少しでも食い止めることにするよ!!」
「で、でも………」
 エレナはまだ躊躇いの表情を見せていた。しかしすぐさま腕に抱くハーベイJr.の重みに気付いた。
「………じゃあ、お願いします! 後で………後で絶対に会いましょうね!!」
「当たり前さね!!」
 ようやく走り始めたエレナの背中を見送ったマーシャ。
 彼女は最愛の夫である田幡に言った。
「落ち着いて逃げろっても無理に決まっている。少しでもあのコロッサスの目を観衆から逸らすのが得策かねぇ?」
「そう………ですね。ではどうやってコロッサスの目を引きつけましょうか?」
「相手が男ならアタシが文字通り一肌脱げば済んだんだけどね………機械は何がお好きかしら?」
「僕たちが脅威であることを教えてやるのが一番かと」
「そのようだね。じゃあそれはアタシに任せな。シゲルはここのコンピュータを使って、コロッサスにアクセスしてくれ!!」
「了解」
 マーシャは懐から拳銃を取り出した。四四口径マグナム弾が発射可能なスミス&ウェッソン社のM29である。小型のサブマシンガン並の重量を持つ大口径拳銃は、並の女では振り回すことすら困難であったろう。しかし元アメリカ海兵隊であるマーシャにとってはさほど重い物ではなかった。猛獣相手にも通用する四四マグナムの破壊力は拳銃としては凄まじいが、マシンヘッド相手にはそれでも非力であった。
「ホラホラホラ! 元マリンコの美女が、四四マグナム片手にここにいるよ! こっち向きな!!」
 マーシャがM29を連射しながらコロッサスの周囲を走り回る。屈強な男でも保持が困難であるM29を、片手で連射するマーシャ。
 しかしコロッサスはマーシャの方に振り向かなかった。コロッサスのカメラアイは、アーサーのガンスリンガーに向けて走る田幡に向けられていた。
 コロッサスは拳を叩きつける相手を定めたようであった。コロッサス頭部のカメラ・アイが不気味に動き、田幡の姿を捉える。そして体を田幡の方に向けると、勢いをつけて田幡に目掛けてその拳を振り下ろした!!
「!?」
 ガキィッ
 しかし田幡がコロッサスの拳に潰されることは無かった。コロッサスが振り下ろした拳は、その場にいたもう一機のPAによって受け止められていたのであった。そう、ガンスリンガーである。
「田幡さん、マーシャさん! ここは僕に任せて逃げて下さい!!」
「アーサー! わかった。任せたよ!!」
 マーシャも田幡に続き、コンピュータルームを目指して走り始めた。
 コロッサスはなおも田幡たちを追おうとする。しかしそれを許すほどアーサーは甘ちゃんではなかった。
「このぉ!!」
 アーサーのガンスリンガーの右脚は先の模擬格闘戦のためにほとんど動かなくなっていた。そのために今のガンスリンガーは歩くこともおぼつかない。しかしガンスリンガーには背部のブースターが残されていた。ブースターを用いた高速戦闘に脚はそれほど重要ではない(もっとも完全に「必要無い」わけではない。高速戦闘時、PAの脚は姿勢制御のバランスをとるための重しとなりうるのだ)。
 前傾姿勢でコロッサスの腰部にタックルを敢行するガンスリンガー。さすがのコロッサスもこれにはたまらず転倒する。しかしガンスリンガーよりも基本的なパワーに勝るコロッサスはなおもしがみつこうとするガンスリンガーを易々引き剥がした。
「クッ………」
 再びナイフをその手にしっかりと握り締めるコロッサス。ガンスリンガーもナイフを握りなおし、再びコロッサスに挑まんとする。
「負けるわけには………いかない!!」
 しかしアーサーの裂帛の斬撃もコロッサスに受け止められていた。
 逆にコロッサスの斬撃がガンスリンガーの左肩を切り裂いた。左肩の切断面からはオイルがまるで血液のように噴出す。
 しかしガンスリンガーはコロッサスの腕を掴み、背負い投げに持っていく。コロッサスの巨体が宙を舞い、地面にしたたかに叩きつけられる。そして仰向けに倒れたコロッサスの頭部に倒れ掛かるガンスリンガー。ちょうどガンスリンガーの突き立てた右肘がコロッサスの顔面に突き刺さるようにである。
 ガシャッ!!
 顔面に突き刺さるガンスリンガーの肘。それはコロッサス頭部のAIをも破壊していた。AIを壊されては身動きもできなくなるコロッサス。
「………ハァ、ハァ、ハァ」
 ガンスリンガーのコクピットで、肩で息をするアーサー。
 マシンヘッドの性能は聞いていたよりずっと高かった。皮肉にもアーサーはマシンヘッドと死闘を演じることでそれを痛感することになっていた。



 旧アンドリュー空軍基地コンピュータルーム。
「ここのコンピュータはまだ死んではいないはずです。ここからあのコロッサスをコントロールしているノアにアクセスします」
 旧アンドリュー空軍基地メインコンピュータの前に座る田幡。そして彼は手馴れた手つきでキーボードを叩き、瞬く間に大西洋上の『箱舟』に収められているマスターコンピュータ『ノア』との通信ネットワークを開設していた。
「ノア………これは一体、どういうことなんだ………」
 田幡がそう呟き、キーボードのエンターキーを押す。これでノアへアクセスするための準備は完成する。
 そしてノアへのアクセスが完了した瞬間………田幡とマーシャは信じられないものを見ることとなった。ディスプレイを埋め尽くす『ある単語』。
「シ、シゲル………これは一体………」
「『人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ、人類死スベシ』………何の冗談だ、これは………」
「ウィルス………かい?」
「バカな………ノアは従来のノイマン型コンピュータを超えたコンピュータで、ニューロ型思考………いわば人間と同じ、『考える』コンピュータなんです! だからウィルスに侵されるなど………」
 その時、コンピュータルームの電話が鳴り響いた。恐る恐るマーシャが受話器を取る。
「も、もしもし………」
『アンドリュー基地か!? そっちはどうだ? マシンヘッドが暴走しているか?』
 受話器越しに聞こえる声は切羽詰っていた。声の背後で聞こえているのは銃声? いや、砲声か。さらに爆発音らしき音もマーシャには聞こえていた。
「今、マシンヘッドが暴走しているが………アンタ、どこの人だい!?」
『こちらは………こちらはパリの………』
 男は言葉を最後まで言い終えることができなかった。一瞬だけ爆発音らしきものが聞こえたかと思うと回線は途絶してしまったのであった。マーシャは一瞬だけとはいえ耳元で轟いた爆発音のために、受話器を当てていた右耳の聴力を奪われてしまった。
「イテテテ………耳が………」
「パリとか聞こえましたが………パリでもマシンヘッドが?」
「み、みたいだけど………」
「………パリ。マシンヘッドのヨーロッパ駐屯地は確かフランスにあったはず………まさか!!」
 田幡がマーシャから受話器を受け取り、ダイヤルを押す。田幡が知る世界各国のPA設計者の番号であった。
『こちらはモスクワ交換局! 現在、非常事態のために、ソビエト連邦への通話は行えません! もう少しお待ち下さい!!』
『はい、中国国営鉄甲巨人設計局………おお、田幡か!? 南京じゃマシンヘッドが暴走して………何? アメリカでもか!!』
『もしもし、こちらはアルタネイティブ社サンフランシスコ支局………ミスター・タバタ!? マシンヘッドが………何!? あちこちで暴走しているだと!?』
「……………」
 田幡は顔面蒼白で受話器を置いた。これでわかったことが幾つかある。田幡は情報をまとめるために思考を巡らせる。
 まず、全世界でマシンヘッドが暴走している! 世界の主要都市は混乱の最中にある。
 しかしそれはある意味で当たり前だ。マシンヘッドはすでに世界中に配備が開始されているのだ。そしてマシンヘッドを統率するマスターコンピュータ『ノア』は原因不明だが人類抹殺を宣言している………つまり『ノア』の指令に基づいて、マシンヘッドは人間を殺すために活動を開始したのだ!!
 原因はともかく、現状の把握はできた。
 しかし………
「これからどうするというのだ………」
『ソード・オブ・ピース』設立のよって世界各国の軍隊は六割以上が解体されているのだぞ! さらに『ソード・オブ・ピース』の主力もマシンヘッドに置き換わっている今、暴走したマシンヘッドを倒すための剣が私たちにはもう無いことになる……………

こうして神話の幕は絶望と共に上がった。


次回予告




「ヨーロッパ、アフリカ、アジア、ロシア、アメリカ………戦線は全世界か」




「畜生! こうなったらトコトンまであがいてやるぞ!!




「ヤマト、発進!!」




大火葬神話
第二話「舞い降りた天空の城」へ続く




――これは人類最新の神話である


第二話「舞い降りた天空の城」

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