軍神の御剣・J−SIDE
第五話「人が人を超えた時」


 一九六一年。
 大日本帝国帝都大阪府は梅田にある国会議事堂。
「あ〜、それでは票決を取りたいと思います」
 司会進行を務める衆議院議長は八〇を超えようとする老体であり、その外見、そして声は水分を失い、しわがれていた。
「え〜、日米共同出資の医学研究所設立に賛成の方はご規律下さい」
 議長はたったそれだけのことをいうだけでカンペを必要としていた。彼は年功序列だけで議長になったような老人であった。
 自ら持ち込んだ計画が承認されるかどうかの審議が行なわれている。そう思えば自然と体は緊張する。そう思っていたが、議長のその醜態を見ると緊張は自然と消えうせる。
 ドイツ人科学者であるヘルムート・フォン・ギュゼッペは嘲笑をこらえるのに必死であった。
「………どうかしたのかね、ギュゼッペ君?」
 傍らの、大日本帝国統合作戦本部の襟章をつけた大佐が、何かを必死にこらえているギュゼッペに対して声をかけた。
「いえ………何でもありませんよ、何でも………」
「………そうか?」
 統合作戦本部大佐はそれ以上は何も言わなかった。
 そしてその間に票決は取り終えられた。
「あ〜、賛成多数であることが確認されました。よって本件を承認いたします」
 パチパチパチ
 無感動な拍手。大方の政治家は本件には無関心であり、その内容もおおざっぱにしか記憶にとどめていない。もっとも彼らに公開された情報は偽りのものであるので、完璧に記憶しても無意味であったが。
「さて、私たちの仕事はこれまでだな」
「大佐には本当に感謝しております」
 ギュゼッペは恭しく頭を下げた。冷酷非常と周囲から評されるこの男にしては珍しく、それには謝意が感じ取れた。
「ふん。だが貴様が功績をあげねばすぐに予算は打ち切られるわい」
 しかし大佐は慇懃無礼にそう言った。心の中で、ギュゼッペは大佐に対する謝意を床に投げ捨てた。
「………お任せ下さい」
 ギュゼッペはそう言い残すと大佐に背を向け、国会議事堂を後にした。
 日米戦争終結から十数年。
 大日本帝国の内部は徐々に腐りが見え始めていた。
 ともあれこの日、日米共同の「申し子計画」の予算が下りたのであった。



「申し子計画」。
 日米共同で予算と技術と研究者を出し合い、遺伝子改造を施した最強の兵士を生み出すという計画。
 その計画は一般には極秘とされ、一般には「日米共同の医学研究」という風に報告されていた。
 そしてその研究所はアメリカ合衆国ネヴァダ州の荒野の最中に建てられた。
 世間には「土地が安かったから」とか適当な言い訳でお茶を濁したが、実際問題としてはそのような計画を他人に知られるわけにはいかなかったから、というのが本音であった。
 この計画の総責任者は提案者でもあるヘルムート・フォン・ギュゼッペ博士。
 ギュゼッペ博士は祖国であるドイツ第三帝国から日本に渡ってきた遺伝子工学の権威であった。蛇足であるが、ドイツから日本にわたる科学・技術者は後を立たない。PAを発明したフェルディナント・ポルシェ博士だって日本に帰化して保髏死畫壊 腐壊髏濔難屠と名を変えているし、エルンスト・ハインケルだって日本に来ている。それは日本の方がドイツよりも多額の援助金を出してくれるからであった。まぁ、それは国力の差でもあるのだが。
 ともかく日本に渡ったギュゼッペ博士はかねてから胸に抱いていた計画を実行するために労力を惜しまなかった。それは最強の兵士を作るという博士の念願を叶える計画であった。
 そしてその計画は急成長を遂げるソビエト連邦に危機感を抱いていた日米両国のハートをガッチリと掴んだ。それがあってのGOサインであり、両国の国家予算の四%にも達する莫大な予算であった。なお、この計画には日米両国の製薬会社も関与している。日本の燦月製薬会社と米国のイノヴェルチ社も、計画に使う新薬の実験データを受け取る代わりに多額の予算を提供した。
 気づいてみれば、この計画の総予算は連合艦隊が一つ買いなおせるほどにまで膨れ上がっていた。
 そして研究開始から三年目。
 ついにギュゼッペたちは最初の「申し子」を誕生させた。



 その申し子の名はルワイルと名付けられた。
 ルワイルは誕生からわずか数週間で歩き始め、関係者を驚かせた。
 そして生後一年目にして完璧に言葉を操った。この瞬間、ギュゼッペは己の計画の成功を確信した。
 しかしギュゼッペに最初の挫折が訪れる。
 ルワイルは一年半で死亡。死因は………老衰であった。
 並の人間より早く、そして優秀に育つように改造された遺伝子は、ルワイルの肉体に過度の負担をかけていた。それ故の老衰であった。
「何故だ!? 何故!?」
 ギュゼッペは頭を抱える日を重ねることとなる。
 だがそれでも彼は実験を重ねた。その熱意だけは褒められるべきであった。たとえその内容が人の道を外れたものであっても。
 そんな中、アメリカの超巨大財閥であるアムプル財閥がこの計画への参加を打診してきたのであった。
 それからの「申し子」計画は急加速を迎える。
 今までとは違い、格段に寿命は延びると思われた。何故ならば細胞がすぐには死ななくなったから!
 ギュゼッペはようやくにして計画を成功させようとしていた。
 ギュゼッペは夢見る。
 己の作り上げた最強の兵隊がこの世界を席巻することを!
 そうなった暁には、自分はその兵を支配することができる! 何故ならばその兵は自分が作ったのだから!!
 そうなれば………私は、私はこの世界の王にもなれる! あのアレクサンダーやナポレオンがあれだけ望みながら果たせなかった野望を、成し遂げることができるのだ!!



 一九七二年一二月二四日。
「さぁ、ご覧下さい。これが私の生み出した自信作です」
 視察に訪れた政府高官を相手にギュゼッペは得意げに語り始めた。
 まだ一〇才にも満たない子供たちがギュゼッペの指し示す先にいた。
 そして子供たちは自分の体よりも大きな小銃を巧みに操り、標的を次々と撃破してみせる。それも確実に頭部か心臓を射抜いていた。
「ほぉ………素晴らしいじゃないか、ギュゼッペ君」
 あの時の大佐が今や中将サマか………偉くなったものだな。
 ギュゼッペは内心の嘲笑をおくびにも出さず、言った。
「ありがとうございます。これも私の計画を理解してくださった閣下のご賢察の賜物です」
「あのまま実戦に出してもいいのではないか?」
「もちろんです。いえ、大人になるのを待たず、今出したほうがかえって戦果をあげれるものと私は信じます」
「ほう? そうかね?」
「当然です。閣下、ご覧ください、あの子を」
 ギュゼッペは緑色の長い髪の少女を指差した。
「あの子はエイベルというのですが、彼女が兵士だと誰が思いましょう? 兵士と気取られない外見。これこそが最高の迷彩だといえましょう!」
「なるほど………確かに君の言う通りなのかも知れんなぁ」
 ギュゼッペの熱弁とは裏腹に、かつての大佐は興味なさそうに髭を撫でた。少将に昇進したと同時にはやし始めた髭であった。
 やはり貴様は暗愚だな。この私の兵士の凄さに気付いていないようだ………
 ギュゼッペはエイベルを見やる。
 あれこそが私の兵士。世界で一番恐ろしく、そして一番可憐な兵士。近い将来には最強にして可憐なる軍隊が誕生するのだ!!



「あ〜、何だ。あれがギュゼッペとかいう奴か?」
 研究所を見渡すことができる丘の上。
 そこから丘の上に寝そべり、双眼鏡で研究所を見る男がいた。その双眼鏡は古いツァイスの双眼鏡であった。
「そうらしい。神をも恐れぬ奴だ」
 もう一人の男がタバコを吹かしながら言った。
「ほう? お前が言うとはなぁ」
 双眼鏡を覗くのを止めて、露悪的な声で笑う男。
「ふん」
 タバコを吹かす男は鼻を鳴らすと一気にタバコを吸い終えた。
 そんな二人の表情はまったく窺うことができなかった。
 何故ならば二人は鼻から額の辺りまで隠れる仮面をつけていたからであった。
「で、今夜決行するのか?」
「いや、うちのカミさんからの連絡が来るまでは行動を起こさない方がいい」
 その時であった。
 二人の傍らに置かれていた通信機が着信音を鳴らす。
 双眼鏡を覗いていた方の男がその通信機を取り、スイッチを入れる。その通信機はこの世のいかなる通信機にも似通っていなかった。
『やっほ〜、お二人さん。仲良ぅしてた?』
 通信機から流れてきたのは関西弁であった。声質から判断するに女性である。
「まぁ、皮肉の応酬程度かな」
 通信機を手に取った方の男が肩をすくめながら言った。
『あはは。なら安心やな。………あぁ、頼まれてた件やけど、何とかなったで』
 通信機越しの女性は笑いながら言った。それを聞いた男たちの表情は引き締まった。
「じゃあ今夜、来てくれるんだな?」
『そや。電話で頼んだだけやから、だいぶ訝しんではったけど………』
「いや、大丈夫だろう。彼らは動く」
 通信機を手にとっていない方の男がそう語った。
「んじゃ、今夜結構でいいな?」
『オッケーや! うちとマリアはんの自信作、しっかり使ったってや!!』
 そうして通信機は電源を切られた。



 その日の夜。
 一九七二年のクリスマスイブの夜は雲一つ無い晴天であった。星明りと月光が優しく地表を照らす。
 研究所の警備として密かに配備されている米軍の新型PAであるPA−2 ガンモール乗りの者たちは待機所でささやかなクリスマスパーティーを開いていた。彼らは自分たちの警護対象が何であるのかを知らなかった。だがPAまで持ち出すほど大事な何かであることは熟知しており、クリスマスパーティーにもアルコールは一滴たりとも出なかった。
 そんな夜に、それはやってきたのであった!!



『総員戦闘配置! 総員戦闘配置を急げ! これは演習ではない! 繰り返す、これは演習ではない!!』
 スピーカーから悲鳴のような声が鳴り響く。
 研究所の警備に当たっている全兵力が稼動状態となり、研究所にまっしぐらに向かってくる敵機への迎撃体制を整えていた。
「これは一体何事だ!?」
 自身の研究の順調な成り行きに満足し、とっておきのシャンペンで祝杯をあげていたギュゼッペであるが、突然の警報に苛立ちながら警備本部へと顔を出した。
「ギュゼッペ博士………敵襲です!」
 研究所の警備責任者であるアメリカ陸軍のジェディディア中佐がギュゼッペに言った。
「敵襲………!? バカな! ソ連軍がこんな所まで来るというのか!?」
「敵の正体は不明です。ですが、この研究所に向かってくる以上は迎撃せざるを得ないでしょう!!」
「う、うむ………確かにそうか。では中佐、急いで迎撃してくれたまえ!」
「すでにガンモールを二個小隊まわしています。大丈夫。敵はPAがたったの一機との報告も来ております」
 ジェディディアはそう言って自信満々に胸を叩いた。
「その言葉、信じるぞ………いいな!!」
 冗談では無いぞ。ここで私の兵たちが公に暴露されてみろ! すべてが終わりではないか!!
 ギュゼッペはそのような不安に駆られ、侵入者を必ず撃退せよと怒鳴った。



 基本的にガンモールは機動性よりも積載量を重視したパワー型のPAである。
 それ故に侵攻形の作戦にはいささか不向きであると一般には言われている。しかし今の状況はいわば拠点の防衛。機動性よりも火力の高さが求められる戦場であった。
 APAGをそれぞれの手に持ったガンモールが侵入者に向けて弾幕を形成する。
 四〇ミリ口径の鋼鉄の驟雨が侵入者に降り注ぐ。そして闇の帳を切り裂く着弾の閃光。
 戦車砲を改造した一〇五ミリライフルの狙撃もそれに続く。
 さらにトドメとばかりに肩に搭載された対戦車ミサイルが放たれる。
 二個小隊分の火力が一機のPAに降り注がれた。それは明らかなオーバーキルと言えた。だが研究所の責任者であるギュゼッペの剣幕は激しく、何が何でも侵入者を撃退せよと息巻いており、警備のアメリカ陸軍はそのニーズに応えなければならなかった。
「ふぅ。可哀想になぁ………」
 ガンモール乗りのディック一等兵は侵入者を哀れんで呟いた。
「だがこんな所にPAで突っ込もうとするから………ん?」
 ディックはガンモールのレーダーに何かが映ったのを見逃さなかった。
 それは前方に機体反応があることを示す光点であった。
 ディック一等兵の前方にあって、レーダーに引っかかりそうな存在。それは………あの侵入者のみであった。
「バ、バカな! こ、これは残骸なんだよなぁ、おい!?」
 しかしそれは残骸などではなかった。
 唐突に吹いた夜風がミサイルの爆煙を散らす。
 そして悠然と歩み寄る敵機。
 ディックはモニターを拡大させて、敵機をまじまじと見る。
 それはまるで中世ヨーロッパの鎧騎士のようなシルエットであった。銀色の装甲には傷一つ無く、星明かりに照らされて映える。
「な、何て奴だ………」
 ゆっくり、一歩一歩確実に警備部隊のPA二個小隊に歩み寄る敵機。その手に握られていたのはAPAGでも一〇五ミリライフルでも無かった。その機体の持つ武装は剣であった。これまた西洋式の両刃の剣。
『ヘ、ヘイ! 何をボサッとしているんだ! 敵機の持つ武器は近接攻撃用の剣だけだ! 距離を置いて、APAGを叩き込め!!』
 ジェディディアの声でようやく目が覚めたのはディックだけではなかった。全機が蜘蛛の子を散らすように散開し、APAGを放つ。
 しかしAPAGはことごとくが弾かれてしまうだけであった。
「バ、バケモノめ! 大体、どこの機体なんだよ、コイツは!?」
 半ば恐慌状態に陥るディック。
 そして敵機はついに反撃に出た。バーニアも使わず、ただその脚力だけで地面を蹴る。しかしそれだけでガンモールの最大速度以上の速さを見せた。その跳躍で一気に距離を縮めた敵機は、手に持った剣を振るう。
 剣はガンモールのチタン・セラミック複合装甲をたやすく切り裂いた。
「うわぁっ!?」
 ディックのガンモールの右腕が切断される。ガンモールのオイルが、まるで鮮血のように切断部分から流出する。
 さらに返す刀で左腕を切断。これによってガンモールは完全に無力化された。ボディと脚だけではPAは何もできないのだから。
 ディックは自分の最期を覚悟した。もはや抵抗の手段を持たないディックのガンモールはただの巨大でいびつな棺桶であった。
 しかし敵機はディック機に対する興味を失ったらしかった。再び大地を蹴り、別のガンモールへと跳んだ。
「………ジーザス」
 自分は命拾いしたことを悟ったディック。ディックは股間が熱く濡れているのを感じた。
 そしてモニター越しに、次々と撃破されていくガンモールたち――やはりディック機と同様に、コクピット部分には手を出さず、ただひたすらに両手だけを切断して行った――を見守る。
「ア、アイツは………悪魔だ! 主よ、私を悪魔から護りたまえ………」
 ディックはガンモールのコクピットで、ただ小さく震えながら己の信じる神に祈ることしかできなかった。



「バカな………バカな、バカな、バカな、バカな、バカなッ!!」
 ギュゼッペは頭を振り、スクリーン越しに繰り広げられる光景を否定しようとした。
 しかしそれはいかに目をそむけようとも現実であった。
「こ、この研究所に配備されていたガンモールは一個中隊もあるんだぞ………」
 ジェディディアの方も信じられないという面持ちで呟いた。
「それを、それを奴は………」
 あの白金の鎧騎士の形をしたPAは、剣一本で全滅させやがった!!
「クッ………」
「ギュ、ギュゼッペ博士! どこにいかれるのですかぁ!?」
「うるさい! 私の、私の王国建設の邪魔はさせぬ! 何者にもなぁ!!」
 ギュゼッペは焦りの脂で濁った瞳で叫んだ。
「で、ですがガンモールですら敵わない相手にどうやって………」
「私の、私の兵を使う!!」
 そう言い残して警備本部の扉を乱暴に開け放つギュゼッペ。自分が何の警備をしているのか具体的に聞いているわけではないジェディディアは、ギュゼッペの気が触れてしまったのだと思い、もはや何も口出しすることをしなかった。狂人には手を触れたくないものだ。



「お前たち! お前たちの初陣の時だぞ! さぁ、目を覚ませ!!」
 研究所の一角にある「申し子」たちの私室エリア。普段ならば日々の研究の後は絶対に近寄らないはずのギュゼッペが、それも物凄い形相で入ってきたのだった。
 しかし「申し子」たちは表情一つ変えなかった。それはある意味で当然であった。彼らは生まれた時から人間としてではなく、実験対象、乃至は兵器と見なされていた。人と見なされていなかった以上、人として教えられるはずの、当たり前のことが彼らには教えられていなかった。彼らは銃器の扱い方や、速く走る方法などは知っていても、笑ったり、泣いたりすることを知らなかった。
「どうしたんですか、ギュゼッペ先生」
 まだ一〇歳にも満たない男の子がギュゼッペに声をかけた。抑揚の無い、まるで機械が喋るかのような声。
「おお、今、この研究所が正体不明の敵に襲われている。ヤンキーどもは頼りにならん。お前たちの力が必要なのだ!」
 そこまで言った時、ギュゼッペのこめかみに硬く冷たい何かが押し当てられた。
「残念だな、ギュゼッペ博士………これまでだ」
 昼間、丘の上でタバコを吸っていた方の仮面の男が拳銃をギュゼッペのこめかみに押し当てながら言った。
「な、何者だ、貴様!? お、おい、お前たち! こいつが侵入者だ! 早く殺せ!!」
「貴様! ………!?」
 仮面の男は信じられないものを見た。
 わずか一〇歳にも満たない子供が、ギュゼッペの「殺せ!」の声に反応し、飛び掛ってきたのだった。その動きは素早く、仮面の男の想像をはるかに上回っていた。
 子供の小さな脚が仮面の男を蹴り飛ばす。しかし子供のものと思えぬ威力の蹴りは仮面の男を壁にまで吹き飛ばすほどの威力があった。
「グッ!?」
 思わず仮面の男の手から零れ落ちる拳銃。ギュゼッペはその拳銃が大日本帝国の一四年式拳銃であることを見抜いた。一四年式拳銃といえばあの日米戦争よりも古い拳銃で、もはや武器というよりはアンティークというべき趣すらあった。
「ふんっ、驚かせおって………」
 ギュゼッペは零れ落ちた一四年式拳銃を拾い、仮面の男に銃口を向ける。
「クソッ………」
 ドジを踏んだ! まさか子供であそこまでの身体能力があるとは………かつて海軍兵学校の主席だったからというのは自惚れだったか!!
「………お前たちは一体何者なんだ? 見たことも無いPAを持っていたようだが………」
 ギュゼッペは知的好奇心に駆られたのだろう。そして相手に銃口を向け、さらに脇を「申し子」たちに固められているという心的余裕。ギュゼッペは仮面の男に素性を尋ねた。
「………正義の味方」
 おいおい、俺。どうしたんだ。仮面の男は自嘲に駆られた。
 以前は味方が死んでも好機を得るまでは岩のように動かず、そして勝つためならば兵の命を欠片も惜しまず、数々の外道作戦を立てていたこの俺が。周囲の影響力と言う奴の恐ろしさだな………
「正義の味方? ふはっはっはっはっ。それは面白い!」
「………そんなにおかしいかぁ?」
「!?」
 ギュゼッペは急に誰かに耳打ちされたことに驚愕した。その声は女のものであった。
「な、何だ!?」
 ギュゼッペが拳銃を構えたまま振り向く。しかしそれよりも先にギュゼッペに耳打ちした女がギュゼッペの鼻先にスプレーを吹きかける。それは即効性の睡眠ガスであった。ギュゼッペは白目を剥いて倒れ込んだ。
 子供たちはその間、何もしなかった、いや、しようとしなかった。
 彼らは未だ実験段階であり、命令されなければ何一つできない、そんな兵士としては致命的な欠陥を抱えていたのだった。
 これだけのことがあったのに、子供たちはピクリとも動じていなかった。
「この子たち………」
 女もやはり仮面をつけていた。どうやら彼らのグループは仮面をはめなければならない事情があるらしかった。もっとも彼女のは仮面というよりもちゃらけたパーティーなどに用いるようなジョークアイテムっぽい大きな赤い眼鏡であったが。
「あぁ、これが人が人を超えようとした末路だよ」
 仮面の男は蹴り飛ばされたわき腹を撫でながら立ち上がった。
 その時、もう一人の仮面の男も現れた。
「ぃよう、ご苦労さん」
「お前、皇武はどうした?」
 どうやらもう一人の男はあの銀の鎧騎士のようなPAに乗っていたらしかった。そしてあの機体の名前は皇武というらしい。
「ちゃんと隠した………というかもうあっちに戻した。もっともこっちの奴らにはあれは理解できないだろうから混乱を招いたろうけどな」
 男はそう言っておかしそうに笑った。イタズラに大成功した子供のような笑み。目の前の「申し子」たちよりもずっと明るくて、子供っぽい笑いであった。
「で、これが噂の『愛を知らない悲しい申し子』たちか?」
 笑顔から一転して真面目な表情で赤い眼鏡の女性に尋ねる。
「そうみたいや………うちは昔から発明こそ人を幸せにする糧やと思ってたんやけどなぁ………」
「美味しい料理を作る包丁ですら人を殺める事ができる。要は使い方だろうさ………」
 その時、外がにわかに騒がしくなり始めたことに三人は気付いた。
「おぉっと。アルフォリア夫妻の到着らしい」
「おい、こっちも用件をさっさと済ませて帰った方がいいぞ」
「そやな………あ、そこの君」
 女性は一人の男の子に声をかけた。
「ちょっとゴメンやけど髪の毛一本貰うからな………ほい、ありがと」
 女性は男の子の髪の毛を一本だけ抜いた。男の子はそれでも表情を変えなかった。
「………ホンマはこの子らもあっちに連れてった方がええんとちゃう?」
「いや、あっちに行くのは俺たちのような、あそこしか居場所の無い者たちだけでいいだろう。この子たちは、ここで暮らすことができるんだ。アルフォリア夫妻に押し付けるようで心苦しいが、俺たちだけで帰ろう」
「お〜お〜。もっともらしいことを言うとるように聞こえるけど、うちと三十六をあっちに連れてったんは………」
「そ、それは言うなよ………」
「おい、夫婦漫才はそこまでにしろ。じゃ、帰ろう」
 こうしてキリのいいところで止めておかないと際限なくこの二人は続けるであろう。
「ん。じゃ、お前ら………いい子に育てよ」
 三人はそう言い残すと………フッと消えた。
 そしてその場には「申し子」たちと睡眠ガスで眠りこけるギュゼッペだけが残された………



 翌日、全世界に衝撃の記事が公表された。
『神をも恐れぬ日米の暴虐!』
 そう題された「申し子」計画を暴露する新聞記事は、全世界から日米両国、そして燦月製薬とイノヴェルチ社への非難を生み出した。
 この計画が表に出たことにより、日米は両国とも政権交代を迫られることとなった。
 特に大日本帝国ではこれを期に自民党一党が優位の通称五五年体制は崩壊。野党に甘んじていた政党の盛り返しが始まり、事件発覚から一週間後に辞職した田中 角栄内閣に代わり、日米戦争末期に第二次二・二六事件を起こした伏見宮博恭王の実子である伏見 博信(伏見宮家は第二次二・二六事件の末に皇族の地位を剥奪されて、一市民となっている)が率いる光和党が政権を握ることとなった。
 当初は「外道政党の次は逆賊の子孫かよ」などと陰口を叩かれた伏見首相であったが、彼の執政は誠意と確かな戦略思想の二つを備えており、国家開闢以来の大汚名を何とか挽回し、腐り始めていた大日本帝国を立て直すことに成功することとなる。



 一方、この計画の首謀者であるヘルムート・フォン・ギュゼッペは、国連主催の裁判所への護送を担当していた国際警察機構の一瞬の隙をついて逃亡に成功。その後、行方を完全にくらます。彼の名前が再び確認されたのはそれから五年後のことで、彼は何と日米にとって最大の仇敵であるソ連の技術士官となりおおせていたのだった………



 またこの計画を破壊した何者かの存在は、当時研究所を警備していた兵士たちによって目撃されていたものの、肝心のその「銀の鎧騎士」のPAが衆人の前で、唐突に姿を消し(目撃者の証言を借りれば「まるでマジックのように」)、その後の消息はまったく知ることができなかった。
 そしてこの計画の末に誕生した子供たちは、事件の第一発見者となったナナス・アルフォリア、ライセン・アルフォリア夫妻の経営する「アーヴィ学園」にて引き取られ、その短い余生を、人間らしく過ごすこととなる。
 まるで機械のような子供たちが、人の心を取り戻していく様を描いたドキュメンタリーやドラマ、書籍などは後を絶たず発売され、全世界で莫大な反響を呼ぶこととなる。
 読者は一様にこう言った。
「人は、人であるべきなのだ」と………


第四話「運命の子」

第六話「指輪の秘密」

書庫に戻る
 

inserted by FC2 system