軍神の御剣・J−SIDE
第二話「天空の城」


「地球とはこんなに小さいものだったのか。だが、正義と愛とで輝いて見えるよ………」

 一九六一年四月一二日。
 人類史上、初めて宇宙へと到達した宇門 大介は、栃木県那須高原にある宇宙科学研究所職員に対し、そう語ったといわれている。
 そしてそのまま時代は過ぎ………
 今回の物語は一九八三年三月二四日から始まることになる。



 一九八三年三月二四日。
 東欧の小国リベル人民共和国では、リベル政府軍が送り出した陸上戦艦 ウラルに対する、リベル解放戦線の決戦が繰り広げられていた。
 そのリベルの地のはるか上空。
 具体的にいえばリベル上空高度三〇〇〇〇〇メートル。
 これは誤植ではない。高度三〇万メートルという途方もない高みにそれはあった。
 それは全長二六三メートル、全幅三八メートル。途方もない大きさの人工物であった。
 それは直方体のような体を持っているが、ちょうど中心部付近に塔のように突き出ている。「凸」の字のようなシルエットであった。無論、「凸」の字そのままというわけではないが、イメージ的にはそれで正しい。
 それには人が住んでいた。それは一種の有人人口衛星でもあった。
 それには名前があった。
 曰く、「対攻撃衛星用攻撃衛星二号」。それがこの有人人工衛星の名前であった。
 だがそれをその名で呼ぶ者は誰もいなかった。あまりに素っ気無い名前だからだ。
 皆はそれのことをこう呼んでいた。すなわち………



 大日本帝国統合作戦本部。
 一九四一年からあしかけ四年に渡った日米戦争の後、大日本帝国は軍縮に迫られた。日米戦争の末に肥大化した軍は、日米戦争で疲弊した経済を蝕み、日本という国そのものを食いつぶすに充分だったからだ。
 その結果、陸軍航空隊と海軍航空隊が統合され、帝国空軍が誕生した。
 そして以前からいわれていた「指揮系統の一本化」についてもついに実行に移された(ちなみに日米戦争中は海軍の『悪魔の双璧』こと遠田 邦彦と結城 繁治の両人が軍の指揮を完全掌握していた。そのために実質的な一本化だった。しかし戦後、遠田は火事で焼死。結城は行方不明となっている)。
 一本化の結果。それこそが統合作戦本部であった。
 大日本帝国陸海空軍の上に位置付けられ、内閣の決定に従って動く機関(尚、日米戦争後すぐに憲法は改正され、軍は内閣の管理下に置かれるようになった。二度のクーデター騒ぎの末に、日本はようやくにして統帥権問題から解き放たれたのだった)。
 これで読者諸兄にも統合作戦本部の(大まかな)歴史を理解していただけたと思う。
 だから筆者は安心して話を前へと進ませていただく。



 正式名称は「対攻撃衛星用攻撃衛星二号」。すでにそうは記した。
 しかし誰もその素っ気無い名前ではそれを呼ばない。そうとも記した。
 では何と呼ぶのか?
 今を過ぎること一〇年ほど前。
 大日本帝国内であるアニメが空前の大ヒットとなった。それは宇宙人の攻撃で、滅亡の半歩手前まで追い詰められた人類が、ある宇宙戦艦に最後の望みを託すという話であった。
 そのアニメの宇宙戦艦にあやかり、「対攻撃衛星用攻撃衛星二号」はこう呼ばれていた。
 宇宙戦艦 ヤマト………
 そのヤマト艦橋。
 直方体の船体から突き出る塔の部分。それは「対攻撃衛星用攻撃衛星二号」の中枢であり、乗員たちによって「艦橋」と呼ばれていた。
 艦橋で大日本帝国統合作戦本部大佐の階級章をつけた男がスクリーンに見入っていた。
 スクリーンでは、はるか足元で行われている戦闘の模様が映し出されている。
 ソ連が開発した陸上戦艦 ウラル。それが猛密な弾幕射撃を行いながらリベル解放戦線の傭兵PA部隊を追い払っていた。
 何とも嫌味な男だよな、俺は。
 男は内心で自嘲気味に呟いた。はるか天空から地上の下々の争いの様子を見る。それが嫌味でなくて何だというのだろうか。
 だがリベルでの戦争の監視。それが彼らに与えられた任務であった。
 男――元山大佐は潔癖な性格の男であった。それ故にスクリーンから眼をそらした。
 そして艦橋でリベルでの戦闘の解析を行っている部下の方を見る。
 部下の容姿を見た元山は、思わず嫌悪感丸出しで鼻を鳴らした。
 部下の生嶋中尉は身長が一六〇センチ少々しかないくせに体重が一〇〇キロに達しようかというほどに太っていた。また軍服も着ず、Tシャツにジーンズで、足にはサンダルというとんでもない格好をしていた。おまけにTシャツには目がやたら大きく、キラキラしている女性の姿――元山にはわからないが、何かのアニメのキャラだそうだ――がプリントされている。要するに生嶋はどこから見ても文句の付けようのないオタクという奴であった。これほどステロタイプなオタクも珍しいくらいだ。
 その生嶋の隣の中林軍曹は生嶋とは対照的に痩身で長身。だがいでたちは生嶋と大差なかった。
 中林が生嶋に話しかける。
「いくティー。あのウラルってのはスゲェなぁ」
 いくティーというのは生嶋のあだ名である。
「球にあれの記事が載ったときから僕は思ってましたよ、あれは凄い兵器だって」
「あ、おい、アレってイギリスの第二世代PA ガウェインじゃねぇのか? マーク4だな」
 中林がスクリーンに小さく映ったPAを指差す。元山にはハッキリ言って、それがガウェインかどうか見分けが付かなかった。細かい型のことなんかわかるわけがない。
「違いますよ、中林君。あれはマーク3の後期生産型。ホラ、廃棄ダクトの形がマーク3後期生産型のものですよ」
「いや、俺もマーク3かとも思ったけど、マーク4の初期生産型もああいうダクトの形だって」
「あれぇ? そうだったかな?」
「そういえばリベルの傭兵の機体は凄いなぁ」
「まさに百機繚乱ですからね」
「こないだNATO軍の試作PAのアルトアイゼン見たぜ」
「ガンスリンガーの新型もやってきたみたいですしね。アメリカが実戦で実験するつもりらしいですね………」
 ……………etc、etc。
 元山は彼らの会話にまったく付いていけなかった。
 オタクという人種は度し難く、人生のすべてを自分の趣味に注ぐのだ。他の事項には目もくれない。それだけに自分の専門分野に関しては圧倒的な知識を誇る。だが常識はない。
 ………俺は何という部下を率いているのか。
 元山は自分の胃がキリキリと悲鳴をあげ始めたのを自覚した。
 大日本帝国統合作戦本部大佐である元山 満にとって不幸なことに、このヤマトの乗員の九九.九%。つまりは元山以外の全員がオタクで構成されていたのだった。



 宇宙戦艦 ヤマト(もはやこちらの名称で統一させていただく)が建造された目的。
 それは一九六二年一〇月二四日のキューバ危機まで遡ることとなる。
 キューバ危機にてあわや世界核戦争かと思われていた世界情勢。だが日本は帝国空軍が誇る二〇式戦略爆撃機でキューバを爆撃し、危機を寸前の所で食い止めた(参考:大火葬戦史外伝 「終末の過ごし方」
 二〇式戦略爆撃機はマッハ六以上を平気で出すという超高速爆撃機であった。
 当時、この機体の攻撃を阻止できる兵器はどこにも存在しなかった。二〇式戦略爆撃機を保有する大日本帝国にも。
 二〇式戦略爆撃気が造れてしまう以上、他国でも同様の機体が開発されてしまう可能性はあった。そうなると国防の観点から、日本は何としても二〇式戦略爆撃機を撃墜できる兵器を作る必要ができたのだった。
 日本は二〇式戦略爆撃機を撃墜する手段として宇宙からの攻撃を選択した。
 宇宙からレーザーを放てば二〇式戦略爆撃機といえども一たまりもない。
 そう結論付けた大日本帝国は早速宇宙からレーザーを放てる衛星の開発に取り掛かったのだった。
 そしてその要求に応えれる兵器。宇宙戦艦 ヤマトが完成するまでに二〇年近い年月が必要となったのだった。
 一九八一年一二月一六日。
 その日に宇宙戦艦 ヤマトはめでたく竣工。
 ヤマトは大日本帝国統合作戦本部直轄の戦力として組み込まれることとなったのだった。
 だが竣工後も問題は山積みであった。
 色々とあったが、最大の問題は乗員であった。
 宇宙戦艦 ヤマトを運用するには二〇〇〇名以上の人員が必要であった。
 二〇〇〇名。
 この数字を知った統合作戦本部のある少佐は眩暈すら覚えたという。
 何故?
 考えてみるといい。ヤマトはその任務の性質上、一度宇宙へとあがると数年単位で地上に降り立つことはない。その間、二〇〇〇名の乗員は友人はおろか家族、恋人………というより乗員以外の人間に会うことすら出来なかった。ハッキリいってそれはマグロ漁船に乗り込むよりも厳しい。マグロ漁船も似たような条件といえどもどこかの港に立ち寄ることはあるからだ。ヤマトに妻帯者を乗せるなど論外であった。
 だったら独身者だけを乗せればいい!
 統合作戦本部の中佐がそう言ったそうだ。
 しかしその意見も一瞬で却下とされた。
 何故?
 考えてみればいい。一度ヤマトに乗り込めば、数年の間、いや下手をすれば一〇年以上地上に戻れないのだ。乗り込んだが最後。婚期を百発百中で逃すということになる。そんなモン、誰が志願するか(尚、ヤマトの乗員は、志願でなければならなかった。理由としては一〇年以上続くかもしれない任務、宇宙が好きで志願する奴以外は根気が持たないから)。
 だったら女も一緒に乗せればいい! その中佐は自分の思いつきに満足気に頷きながら言ったそうだ。
 男女半々くらいで乗せれば独身で終わることもなくなるから問題ないはずだ。確かにそうだ。恋愛面の問題は解決できた。
 だけど考えてみて欲しい。宇宙空間とは過酷な空間だ。空気ですら有限である。ハッキリ言うが、人員は一人でも減らしたい。男女混在で乗せれば、ある種の行為の末に人口が増えてしまうこともあるではないか。ヤマトにおいて人口の増加は絶対に忌避すべきことだった。
 じゃあ同性愛者でも乗せるか?
 バカを言え。ヤマトは我が帝国が世界に誇る宇宙戦艦となる(予定)なのだぞ。その乗員が全員性的倒錯者だと公表してみろ。我が帝国の威信はまっさかさまだ。ソ連だとシベリア送りになるぞ。
 ではどうするのだ? もう他に当てはあるのか?
 ハッキリ言ってしまうと当てなどあるはずがなかった。帝国が誇る宇宙戦艦 ヤマトは、乗員の性欲処理問題で頓挫寸前まで追い詰められるという笑えない事態になっていた。
 だが帝国は思わぬ方法でそれを解決して見せた。
 その解決策を示したのは統合作戦本部の黒木 晃大尉であった。
 彼は年に二回ほど帝都で開かれる、ある種の狂乱のお祭に毎回参加していた。そのお祭をコミケという。
「コミケ参加者から志願を誘えばいい。あそこにいる奴らは生身の女に興味は無い」
 黒木大尉は兇悪といっていい笑みを浮かべながら提案した。
 ここで断っておく。コミケ参加者全員が「生身の女に興味を示さない二次元コンプレックス」であるわけでは無い。決して無い。
 だがそういう人の比率が異常に多いのは一面の事実であった。
 ダメで元々………統合作戦本部は半ば諦めにも近い感情を抱きながらコミケで募集をかけてみた。
 結果。
 二〇〇〇名の応募に対し、応えた者は五〇〇〇名を超えた。
 何だコレは。統合作戦本部の上層部はその数字に思わず眼を剥いた。
 そんな上層部に対し、黒木大尉は笑って答えた。
「餌が良かったんですよ」
 黒木大尉の希望で、募集要項にはある一文が加えられていた。
「尚、この任務に志願した場合、貴方の望むサークルの同人誌、及び貴方の望む出版社の本を無条件で支給します」
 五〇〇〇名はそれに乗った。
 夏なら炎天下。冬なら身を切るような寒さの中。彼らは大手サークルの本を求めて二時間以上も並び続ける。彼らはそれほどまでに同人誌に命を………いや、人生そのものを賭けていた。
 その彼らの望む同人誌、及び漫画などが無条件で、どれだけでも支給されるのだ。
 五〇〇〇名のオタクたちはその条件一つのために宇宙へ旅立つ決心を固めた。
 こうしてヤマトの乗員問題は何とか解決した。
 乗員の訓練その他に時間をかけたため、ヤマトが実際に宇宙へと飛び立ったのが一九八二年九月一二日であった。



 黒木大尉の発案によって宇宙戦艦 ヤマトの乗員は何とか確保された。オタクという困ったちゃんな人種に頼るはめになってしまったが。
 そしてその困ったちゃんの皺寄せを受けたのが艦長である元山 満大佐であった。
 乗員の確保は出来たものの、さすがにヤマトの最高責任者はキチンとした士官教育を受けた人間に行わせなければならなかった。
 それはある種の人身御供的な選択であった。そして白羽の矢が元山に刺さる。
 元山 満。一九八三年当時三八歳。未だ独身。性格は極めて謹厳実直で、浮いた話一つ持たない堅物。彼の経歴を記したファイルにはそう書かれていた。
 そしてそのファイルの一項目。「尊敬する人物」の項にはこう書かれていた。曰く「日米戦争時の悲劇の英雄。山本 光大佐」と。
 このファイルを見た統合作戦本部の上層部は元山の肩を叩いて言った。
「どうだい、元山大佐。今度竣工するヤマト(建造時からすでにその異名は定着していた)に乗ってみないかい?」
 日米戦争の際、戦艦 大和の艦長として帝国海軍の不滅の伝説となった漢 山本 光。彼を尊敬すると公言する元山はその誘いに二つ返事で乗った。
 しかしその統合作戦本部の男はある点を見逃していた。いや、より高度な情報に触れれるが故に思い違いをしていた。
 山本 光という男。知っての通り、彼は(最期を除けば)言い訳の余地がないほどの帝国海軍の問題児であった。彼はコミケにも顔を出した。買うだけでなく、売る側としても。彼はヤマト乗員募集に応募する側の人間だった。
 そんな彼を尊敬するならば、元山大佐はヤマト乗員たちとも上手くやっていけるだろうさ。件の統合作戦本部の男はそう周囲に語ったという。
 だが彼はあることを忘れていた。山本 光という男の実像は、彼の言うとおりであった。だが一般に広く知れ渡っているのは彼の虚像なのだ。
 日米戦争の際、作戦行動中に行方不明となった戦艦 大和。そしてその艦長、山本 光と三〇〇名の勇者たち。
 日米戦争当時の軍部は彼らの物語を脚色し、一級のプロパガンダ映画を作り上げた。その映画の名は実に直球で、「戦艦 大和」という。
 その映画の中での山本 光は、実直でありながらユーモアのセンスも持ち、部下の尊敬を一身に浴びる。そんな理想の上官であり漢として描かれていた。実像の持つオタクな部分などすべてカットされていた。
 元山の尊敬する山本は、いわば「劇場版」山本 光であった。というより彼は「原作版(?)」山本 光を知らなかった。彼にとっての山本 光は「劇場版」だけであった(「原作版」山本 光は機密事項であり、知るためにはかなりの地位を要求されるのだ。元山が知るはずは無かった)。
 元山の悲劇はこの一点に集約された。
 こうして元山はオタクな部下たちの上に立ち、胃が痛い思いをしながらもヤマトを指揮し、与えられた任務を黙々とこなすこととなった。
 後に山本 光など足元にも及ばないほどの大英雄として歴史にその名を刻むこととなる元山 満であるが………今の彼はガマンの時であった。
「夜の闇は暁を迎えるまでが一番暗い」
 映画「戦艦 大和」にて山本 光(役:大河内 伝次郎)が、苦戦を強いられる戦況に対し呟いた言葉である。
 元山の人生の闇の帳はまだまだ暗くなりそうであった。少なくとも彼らの戦うべき敵の正体が明かされるまでは………


第一話「日本の日常1983」

第三話「太平洋を分かつ者」

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