荒野の只中で、明るい笑い声が響く。
「ちょっと、火を強くしすぎよ!」
戦闘用キャンピングカー ジャック・イン・ザ・ボックス車内にあるコンロのレバーを思い切り捻ったヨハンに対してライラが慌てて制止する。
「え? ………こ、こうですか?」
ヨハンは危なっかしい手つきで捻ったレバーを反対方向へ捻り返す。コンロから放たれる青い炎は瞬く間もなく弱く、細くなる。それを見たライラが右手のひらで顔を覆いながら呆れ声。
「それじゃ弱すぎるでしょ………」
「は、はぁ………」
その後ろでは同じく危なっかしい手つきでジャグイモの皮を剥くビリーの姿があった。モンスターを殺めるためのナイフ捌きならば誰にも負けない自信があるビリーだが、彼のナイフ技術ではジャグイモの皮を剥く事は難しかった。
「………って!?」
ジャグイモの皮だけでなく自身の皮も切ってしまうビリー。ジャグイモに赤い色がつく。
「あーあ、本当にうちの男たちが食事当番になると恐ろしいわね。ビリー、あなたの血じゃ隠し味にはならないわよ」
「うっせぇ! だったらテメェがやりゃいいじゃねぇか、ライラ!」
「食事当番か、クルマの整備の二者択一って約束でしょ。今日はアンタたちが食事の番」
「だから俺たちが整備をだな………」
ライラはナイフで抉れたビリーの指先に消毒液を吹きかけながら言った。
「それにビリー、あなたはクルマの整備だってヘタじゃない。この間、私のオリオールのクランクシャフト折りかけたの、忘れたとは言わせないわよ」
「うぅ………」
ライラに返す言葉もないビリー。申し訳なさそうに長身と縮めている。
「ヨハン、火はこれくらいでいいの。それで塩はこれくらいで………」
「え? こう?」
「そう。うふふ、きっと今日のお昼ご飯も美味しくなるわよ」
男二人に任せているといつまでたっても前進しないと思ったのか、マリィがヨハンに指示を出す。ぎこちない手つきだが、マリィの指示が加わった事でヨハンの進捗度合いは劇的な向上を見せる。
ジャック・イン・ザ・ボックスを少し離れて見つめる機械の眼があった。それは戦闘用アンドロイド GZのメインカメラであった。
「……………」
「どうかね、娘を見てどう思った?」
重戦車シルバーキャッスルの下に潜り込んで整備を続けるリカルドの声がGZに尋ねてくる。GZはリカルドの方に視線を送ることなく答えた。
「『どう思った』………理解不能」
「機械に感情はない、そう言いたいのだね?」
シルバーキャッスルの下から仰向けに這って姿を見せるリカルド。油汚れをタオルで拭いながらGZに言った。
「だが、マリィには感情がある」
「
「それは誰が決めたことだ?」
「『誰が』、『決める』………リカルド、お前の言葉はいつも理解不能だ」
「お前は私の言葉を理解しているさ。お前はそれに眼をそむけているだけだ」
「リカルド、お前の言葉は私の演算を乱す………それ以上喋らないでくれ」
「了解した。だが、あのマリィたちをしっかり見ていてくれ。お前の演算が乱れる原因………それはあの光景にある」
リカルドはそう言うと工具を箱にしまい、ジャック・イン・ザ・ボックスへと足を運ぶ。ジャック・イン・ザ・ボックスから漂う食欲をそそる匂いに導かれるように。
「さて、もう一度確認しよう」
ヨハンとビリーが作ったぬめぬめ焼きと肝ニラ炒めは見た目こそ悪かったが、味は悪くなかった。マリィの手助けのおかげだろう。
昼食を終えるとリカルドが机の上に地図を広げて言った。
「今から二時間ほどでノアの端末と戦いになる。敵はノアシステムNo.B『ビースト』。かつてノアが人類完殺をもくろんで作ったものの、制御不能になっていた正真正銘の『野獣』だ」
緊張で唾を飲む音が聞こえる。誰もがリカルドの次の言葉を待っている。
「そのパワーは今まで戦ってきたどのモンスターよりも上を考えていいだろう。この相手に関してはどれだけ慎重になっても過剰とはならない。みんな、気をつけて戦ってくれ」
「しかし………そんな制御不能な奴を世に出すなんて、ジェイクの奴は何を考えているんだ?」
ビリーの質問はもっともだ。リカルドは推測だが質問に答える。
「それは勿論、ジェイクの狙うノアの遺言の実行、『人類完殺』のためさ」
「ノアってのがそのビーストをせっかく作ったのに使わず封印したのに?」
「ノアの目的は『人類完殺』だけではない。人類完殺後に地球環境を再生させるという目的があった。だが、ノアの端末であるジェイクには人類完殺までしか目的でないのさ」
「要はジェイクも暴走しているっていうことかしら?」
「だろうな。だからこそ厄介だと言える………」
ジェイクめ、最悪のタイミングでビーストを放ってくれたものだ………。
元々、リカルドはビーストに対抗するための戦力としてシティ・ガーディアンズを設立していた。モンスターから人間を護るというのはビーストとの決戦に備えた実地訓練だとさえいえる。だが、そのシティ・ガーディアンズはハンターオフィス代表になりすましたジェイクの謀略のために壊滅状態。今やマトモに戦える戦力は無きに等しい。
リカルドたちの切り札は他でもない、自分自身となっていた。だが、ビーストを相手にして、個人がどれほどの力となるのか………それはあまりに未知数であった。リカルドは、生涯で初めて勝算のない戦いを強いられようとしていた。
「野獣」に意思はなかった。
「野獣」は心を持たないのだ。
故に「野獣」。
創造主が「野獣」に与えたもうた役割はただ一つ。「野獣」は役割を果たすために「手」を伸ばす。
ジェイクが派遣した機械人間たちは、「野獣」が復活したことを確認して無線の送話器を手にして地球救済センターに向けて電波を飛ばす。
「こちらシューティングスター1。No.Bの再起動を確認しました。ジーザス、次の指示を願います」
受話器から聞こえる声はジェイクのものだった。ノアシステムNo.Jであり、ジェイクと名乗る機械人間は抑揚のない声で告げる。
『こちらジーザス。シューティングスター、お前たちの役目は終わった。No.Bの糧となれ』
「了解」
「野獣」が八本の「手」をシューティングスター、ノアシステムNo.B再起動部隊に向けてゆっくりと延ばしてくる。それは動きこそ鈍いが、恐怖を従えて確実に迫ってきていた。だが、機械人間たちは微動だにせず「野獣」の「手」が自分たちを捉えるのを待っていた。
「野獣」の「手」の一本が機械人間の腰に巻きつき………機械人間の腰が握りつぶされ、機械人間は二つに別れた。仲間のオイルが頬にかかっても、機械人間は拭おうともしない。ただ、黙って成り行きに身を任せている。
ようやく力の加減を覚えた「野獣」が「手」に機械人間を絡ませ、持ち上げる。そして自らの本体の元へと運び、「口」の中に機械人間たちを放り込む。
バリボキグシャ
機械が砕け散る咀嚼音を響かせて、「野獣」は機械人間たちを喰らった。「口」の端からこぼれるオイルの黒が「野獣」の緑に映える。
食事を終えた「野獣」は、八本の「手」を「足」にしてゆっくりと移動を開始する。
途中、たまたま目に付いた一二階建ての廃ビルを三分で食べつくす。さらに廃ビルの近くを通っていたはちのすキャノン、トレーダー殺しといったモンスターも容赦なく捕食する。
要するに「野獣」にとって目に付くすべてが食料なのだった。敵も味方もない。あるのは自分と、食料だけなのだ。これこそがノアをして「野獣」を封印させた理由。
「野獣」、ノアシステムNo.B ビーストは次なる食料を求めて移動を再開した………かに見えたが、それを阻む力がビーストに突き刺さった。
二〇五ミリ、一五五ミリといった大口径通常弾がビーストに命中し、炎の華を咲かせる。
ビーストは「手」の一本で被弾箇所を撫でる。炎で焦げた箇所だけさわり心地が違っていて、ビーストには不愉快だった。
ビーストは四台の戦車を認識する。それらのうち、どれが一番美味そうかを考え………全部同時に食べてしまえばいいとの結論に達した。ビーストは八本の「手」を伸ばして「食料」に襲い掛かる!
「あれが、ビースト………?」
「野獣」と聞いていたが、目の前のノアシステムNo.Bはヨハンの想像とはまったく違う姿をしていた。
球体の本体から生えている八本の触手。触手が球体を持ち上げて移動していたかと思えば、触手を使ってビルをケーキのように引きちぎって球体にある大きな口に運び、食べつくしてしまう。さらにはすぐ近くにいたモンスターまで捕食していた。
「常識で測れるモンスターじゃない、そう考えた方がよさそうですね」
「まぁ、ノアってのが手を焼くくらいの存在だしな」
パイルバンカー・カスタムを抱えて走るビリーの声。
「しかし………これだけデカいと一七ミリ弾じゃダメージが通りそうにないな」
ビリーは愛用のパイルバンカー・カスタムに杭打ち機のアタッチメントを装着しながらボヤいた。
やれやれ………あの図体じゃ近付くだけで一苦労だぜ。
「あの、ビリーさん、あまり無理はしないでくださいよ?」
「無理とかそういう単語は好みじゃない。気軽にやるさ」
口ではそう言っても、ビリーの口調から緊張感が滲んでいた。だが、それもやむなしであろう。何せ目の前の敵は、あの超巨大重戦車クライシスよりもはるかに巨大な存在なのだから。
メタル・ユニコーンとシルバーキャッスル、二両の重戦車が遠距離から砲撃をビーストに浴びせる。砲弾は通常弾だけでなく、徹甲弾やホローチャージなどの特殊弾頭も交えて行われているが、しかしビーストの装甲を撃ち破るほどには達していなかった。逆にビーストは口に飛び込んできた砲弾を噛み砕き、美味しそうに咀嚼する始末だ。鉄を噛み切るビーストの歯と歯でこすりあわされて爆発する砲弾の光と黒煙がビーストの口からかすかにこぼれている。
ビーストは八本の触手のうち二本をメタル・ユニコーンに向ける。
「何………?」
間髪入れず、触手から何かが放たれる。触手が放った「何か」はメタル・ユニコーンの近くに着弾し、乾いた土を深く掘り起こす。触手が放ったのは砲弾であった。メタル・ユニコーンはキャタピラを軋ませて移動を開始する。その場に留まっていれば触手に狙い撃ちされるだけだ!
「ヨハン!」
ジャック・イン・ザ・ボックスがATMミサイルを放つ。マリィの狙いは正確無比。その狙いは砲弾を放つ触手の根元であったが………しかしATMミサイルはビーストが持つ残り六本の触手によって薙ぎ払われた。横から胴体部分を叩き壊されたATMミサイルは惨めな姿を晒すことなく誘爆して消えた。無論、狙いからはるか手前で爆発したミサイルがビーストにダメージを与えられるはずがなかった。
「なら、こちらのミサイルはどうかね?」
リカルドの乗るシルバーキャッスルに搭載されているミサイルはATMミサイルとは次元を異とする超高性能万能ミサイル「エクスカリバー」だ。リカルド自らが改造を加え、二〇五ミリキャノン以上の攻撃力と、五〇発以上の総弾数を誇っている。リカルドは聖剣の名を持つミサイルを一〇発、同時発射してみせた。
ATMミサイルの倍以上の速度でエクスカリバーが発射される。ビーストの触手がエクスカリバーも叩き落とそうとするが、しかし速過ぎる速度に触手はついていけない。
グオゥ
エクスカリバーがビーストに命中し、ビーストの巨体を覆うほどの爆炎が渦を巻く。
フオオオオオオオオオ………!!
ビーストが不気味な唸り声をあげる。次いで触手の迎撃を免れたエクスカリバーが合計四発、ビーストの巨体に突き刺さった!
「やった!」
炎と、炎が巻き上げる煙によって姿が見えなくなったビースト。だが、あの巨体を覆い隠すほどの炎と煙ならばビーストの無事ではあるまい………。そう考えたヨハンはメタル・ユニコーンの操縦桿を叩いて喜びを表した。だが………。
「喜ぶのはまだ早いよ、ヨハン君」
リカルドはヨハンの喜びを否定した。ヨハンが「え?」と言う間もなく、炎と煙を振り払ってビーストが姿を現す。ビーストはさすがに表面の多くを焦がしていたが………それだけだった。ビーストはエクスカリバーの直撃を意識していない。つまりエクスカリバーの直撃ですら、ビーストには通用していないということだった。
ビーストは触手の一本を振り上げ、ゆっくりと振り下ろした!
ビーストが振り下ろした触手の動きは、傍目にはゆっくりしたものに見えた。だが、それはビーストがあまりに大きすぎて遠近感に狂いが生じているからそう見えるだけだ。実際、振り下ろされる触手の速度は音の壁をブチ破り、なおも加速を続けている。
バシィッ!
触手が大地を鞭打ち、その衝撃で大地が震える。その揺れは走行する戦車の上からでもハッキリと感じられるほどだった。
「あ、あんなの食らったら一発でスクラップじゃない!」
自慢の高速で触手の一撃を回避したライラだが、触手の一撃の恐ろしさに対する恐怖を隠せないでいた。副砲発射のボタンを押しながらライラは言った。
「ふざけんじゃないわよ、このバケモノ!」
オリオールは車体に直接主砲を搭載している駆逐戦車タイプの戦車だ。敵が真正面にいないかぎり発砲はできず、走行間射撃ができないという欠点がある。ライラはその欠点をオリオールの快速で補い、今まで戦い抜いてきたハンターだが………規格外の強さを誇るビーストが相手ではオリオールが自慢とする快速でも駆逐戦車の欠点を補えないと感じていた。
「ライラ、もう少しの間、ビーストの注意をそっちに引いてくれ!」
声の主はビリーだった。ビリーはパイルバンカー・カスタムを抱えながら、ビーストに向かって走り続けている。ビーストの注意が他に逸れている間に接近し、必殺の杭打ちを行うつもりらしい。
「ちょっと、ムチャ言わないでよ! 今すぐにでも逃げ出したいんだから、私は!!」
「逃げんな! ………もし死んだら、花の一つでも添えてやるからよ!!」
「な、人に物騒なこと頼んでおいて、代償はそれだけぇ!?」
悪態をつきながらもビーストの前から後退する事をやめるライラ。ハンドルを切り、オリオールをビーストに近づける。ビーストは小うるさい蝿を払うように触手を再び振り上げ………。
「私はそんなに………」
叩きつける!
「安い女じゃないわよ!!」
ギギィ!
キャタピラが悲鳴のように軋みながら、オリオールはほぼ直角に近い方向転換を強攻する。未来位置を強引に変更したオリオールにビーストはついていけず、叩きつけた触手はオリオールが実在する場所よりはるか遠くを打ちつけていた。そして打ち付けた触手に飛びつくビリー。ビーストは触手にビリーが飛びついたことに気付いておらず、三度触手を振り上げる………。
「ハッ! じゃあ、後で酒でも奢ってやらぁ!!」
ビーストの頭より振り上げられた触手を蹴って、ビリーが宙へと飛び出した。パイルバンカー・カスタムに装着した杭打ち機のアタッチメント、その杭の先端を下に向け、重力という加速を味方につけてビリーがビーストの本体部を狙う!
「うぉああああ!」
ズドゥ!!
杭打ち機のノズルから吐き出される紅蓮の炎。それは装薬が炸裂し、杭が飛び出したという証。飛び出した杭はビーストの装甲を破り、中へと突き刺さる!
「やったか!?」
しかしビーストは動きを止めようとしない。
「ビリー、ビーストが大きすぎてお前のパイルバンカーでも致命傷となる部分まで届かなかったんだ! 逃げろ!!」
「逃げる? 社長、パイルバンカーの杭が届かないであろうことくらい、俺でもわかりますよ………」
ビリーは杭が刺さって開いた穴にパイルバンカー・カスタムの銃口を向ける。
「ビースト、パイルバンカーで開いた穴に一七ミリ弾………受け切れるか!?」
ドォウ、ドォウ、ドォウ!!
パイルバンカー・カスタムの銃口から放たれる三発の一七ミリ弾。六〇〇メートルで二五ミリの普通鋼を貫通する威力を持った銃弾が三発、ゼロ距離で叩き込まれる。
カシャン
ビリーがパイルバンカー・カスタムのレバーを引いて薬莢を排出する。まだ熱い薬莢は白い煙を引きながらこぼれ落ちる。
「おおお!」
だが、ビーストはそれでも止まらなかった。その身をよじるようにしてビリーを振り払おうとする。全長五〇メートル以上の巨体を誇るビーストから振り落とされれば無事ではすまない………。
「ク、クソッ!」
ビリーはパイルバンカー・カスタムの杭をビーストに打ち込み、足場とする。だが、ビーストはなおもビリーを振り下ろすべく巨体を大きく揺らす。
「!?」
ビーストが体を揺らしたことで打ち込んでいた杭が抜け、ビリーの体が、頭を下にして宙へ放り出される。
「ビリー!!」
誰もがビリーの名を呼ぶことしかできなかった中、ただ一つだけ動く影があった。影は時速三〇〇キロ以上という高速で大地を滑り、ビリーの落下地点へと急ぐ。そしてビリーを見事に受け止めてみせた。
「お、お前は………」
「GZ!」
ビリーを受け止めたのは戦闘用アンドロイド GZであった。GZはビーストとの戦いが始まってからずっと直立不動の姿勢を崩さなかったが、今は三〇〇キロを超える速度で再び移動し、ビリーを安全な所で寝かせる。
「心配はいらない。骨が何本か折れているようだが、命に関わるほどではない」
GZはビリーにエナジーカプセルを飲ませながら言った。
「ありがとう、GZ………」
ライラの声を無視して、GZは再び直立不動に戻り、状況を見守る。GZの視線は基本的に一方へ注がれていた。その視線の先には黒く光る鋼鉄のユニコーンがあり………。
「エクスカリバーもダメ、ビリーさんの攻撃もダメ………」
何ていうバケモノだ。ビーストに弱点と言うのは存在しないのだろうか?
「何か、何か作戦はありますか、リカルドさん?」
「ヨハン君は何か思いつくかい?」
つまりリカルドにも打つ手はないらしい。リカルドは疲れの色が濃い声で言った。
「………ここは一旦、後退するしかなさそうだな」
「え?」
「仕方あるまい。ビーストと構えるのは時期尚早だったと………言わざるを得ない状況だ。シティ・ガーディアンズの再編を待って、再戦するしかあるまい」
「シティ・ガーディアンズの再編が終わるまでの間、ビーストはどうなるんですか?」
「………野放しになるな」
「あんなのを野放しにしていたら、多くの人が殺されますよ!」
「ああ、それは私にもわかっている………」
リカルドは悔しそうに眉をしかめた。
「『呼吸する伝説』だなどと呼ばれていても、できないことというのは存在する………。私もヤキが回ったものだよ、クソッ!」
リカルドの拳がシルバーキャッスルの車内を叩く。
「さぁ、私が退路を開く! 後退を開始しなさい!!」
リカルドの言葉を聞いて、ヨハンはある光景を思い出した。それはヨハンとマリィを逃がすため、自らの命を犠牲にして退路を開いた父の姿だった。
「ダメだ!」
「ダメです!」
リカルドの言葉を否定する声が重なった。声の一つはヨハンであり、もう一つは………。
「マリィ………」
「今のお父様の声、ヨハンのお父様が最後に言った声と同じです………。私だってモンスターハンターなのです! お父様が残るなら、私だって残ります!!」
「マリィの言う通りだ! 僕だって、もう二度と自分を逃がすために誰かを死なせたくない!!」
「マリィ、お前がそこまで言うようになるとは………」
リカルドは意を決し、何度も頷きながら続けた。
「ならば、最後まで戦い続けるか! 誰かの命、未来を護るためにも!!」
再びビーストに対して砲撃を始めるシルバーキャッスル。その咆哮に続かんとばかりにメタル・ユニコーン、オリオールも続く。だが何度砲弾を浴びせても、ビーストの動きは止まる所か衰えることすらなかった。
そしてビーストの触手、砲弾を撃ち出す触手の砲口がジャック・イン・ザ・ボックスの方へ向く。
「マリィ、逃げて!」
ヨハンが触手に狙いを定めてマニアックシェフを発射するが、マニアックシェフ炸裂の衝撃でも触手の砲口はブレない。雷のような砲弾の発射音が響き、発射された砲弾はジャック・イン・ザ・ボックスを直撃………しなかった。
斬!
まるで電光が煌くような速さだった。砲弾がまっぷたつに斬り裂かれ、二つに斬り裂かれて威力を失った砲弾は鋼の肉体に弾かれる。
「………ジ」
「GZ!?」
ジャック・イン・ザ・ボックスを狙った砲弾を斬り裂いたのはGZであった。大地に突き刺さった巨大な戦斧を軽々と片手で持ち上げ、ビーストに対して構える。
「ノアシステムNo.Bよ、
フオオオオオ………!
GZの言葉に対する返答はビーストの咆哮であった。ビーストに矛を収める意思がないと判断したGZは戦斧を振りかざしてビーストに立ち向かう。
だがビーストの装甲はGZの戦斧を持ってしても砕けなかった。逆にGZの方がビーストの触手で弾き飛ばされてしまう。
「グ………」
荒野に倒れるGZに対し、触手が空を切って振り下ろされる。だがその衝撃はGZを破壊しなかった。
「な………!?」
GZと触手の間に割って入ったのはジャック・イン・ザ・ボックスだった。だが、戦闘用に改造したとはいえキャンピングカーにすぎないジャック・イン・ザ・ボックスでビーストの触手の衝撃を受けきるのは不可能な話であった。ジャック・イン・ザ・ボックスは一撃で大破し………触手は操縦席をグシャグシャに潰していた。
「マリィ!」
「
GZは起き上がるやグシャグシャに潰れたジャック・イン・ザ・ボックスの破片に指を挿れ、残骸を強引に引き剥がす。マリィはジャック・イン・ザ・ボックスほど潰れておらず、マリィの美しい顔は健在だった。だがそれも上半身だけのこと。下半身はジャック・イン・ザ・ボックスと同様に圧し潰され、マリィがアンドロイドであるという証拠の金属フレームが見えていた。
「
「GZ………私は、マリィ。………
「理解不能!
「あなたも………ノアの呪縛から逃れられたらわかるわ………私のしたことが………」
「
「あなたも、自由に………」
マリィの言葉はそこで途切れる。力なくダラリと延ばされたマリィの腕。GZは自分の回路が混乱で満たされていくのを自覚していた。
どうすればいい? 私は、一体何をすればいい!?
GZに答えを与えたのは、ビーストに肉薄するメタル・ユニコーンの姿であった。
「うおおお! ビースト!!」
メタル・ユニコーンの操縦席で吼えるヨハン。その眼はビーストだけを映していた。ビーストはメタル・ユニコーンに対して砲撃を加えるが、それでもメタル・ユニコーンの追撃は止まらない。
それに加わったのがGZであった。GZは重力を無視するかのようにビーストの触手、本体を駆け上がり、ビリーが杭と銃弾を撃ち込んだ箇所に拳を叩きつけた。GZの手がビーストの体内をかき回す。その度にビーストの回路が破壊され、ビーストは行動を鈍らせ始める。
そしてついにビーストがその巨体をうつ伏せで倒した時、GZが叫んだ。
「ヨハン! 撃て!!」
GZに命令されるまでもなかった。ヨハンはビリーが穿ち、GZが広げた穴に向かって一五五ミリスパルクを放ち………ミリ単位の誤差もなく穴に突き刺さった一五五ミリ爆裂弾はビーストの体内で炸裂。ビーストの体内を破壊しつくした。
グロロロオオオオオオオ!!
ビーストが吼えるが、その咆哮は力を伴っていなかった。ビーストは最後に咆哮をあげただけで、その機能を完全に停止させていた。
ノアシステムNo.Bは人間によって破壊されたのであった。
だが、それを喜ぶ者は誰一人いなかった。少なくとも、ヨハンのパーティー内では誰も喜ばなかった。
ビーストとの戦いで機能を停止したマリィ。それを気遣うのが精一杯であった。
だから誰一人として知らなかったことになる。
今、この時から最後の戦いの幕が開き始めたということを。
心が芽生えたアンドロイドの少女が停止した時、少女のもう一つの秘密が動き出す。
少女が見る悪夢を現実にするべく行動を開始する狂信者たち。
少女を護ると誓った少年と、少女を護るために造られたアンドロイド。
すべてを終わらせるための戦いが始まろうとしている。