窓一つないその部屋は電球の放つ頼りない灯りだけが唯一の光だった。窓がないのは当然だ。この部屋は地面の下にあるのだから。ここはロンダー刑務所の地下。この地下室がサルモネラ・ロンダーズのフラックスにとってのアトリエであった。そしてこのアトリエのほとんどが小山ほどのサイズを誇る超大型戦闘車両で占められていた。
「ふむん、ミュートエネルギー炉があればいいのだが………さすがの私でもこの時代で造るのは難しい」
 大破壊の前に存在していた少量の触媒で大出力のパワーを生み出すエンジンの名を口にするフラックス。代わりにフラックスは今の技術でも生産できるエンジンを造っていた。ミュートエネルギー炉に比べてパワーは落ちてしまうが、無いものねだりをしても仕方あるまい。機械の正確さでエンジンの溶接を素早く行うフラックス。
「ま、何とかなるだろう」
「ほぉ、諦めるというのかね、ナンバーF………?」
 フラックスが楽観を口にした時、薄暗い研究室の奥深くからその楽観を諌める声が聞こえてきた。フラックスは電球の灯りが届かぬ闇の奥にセンサーアイを向ける。
 コツ、コツ、コツ………。革靴で研究室の床を踏む音がゆっくりと近付いてくる。そしてフラックスの前に姿を現したのは三〇歳前後といった風貌の青年だった。青年はなおも歩みを続けようとしたが、しかしフラックスはそれを遮った。
「貴様………何者だ。どうして人間がこんな所にいる?」
 フラックスは青年に五本の指がそれぞれ機関銃になっている左手を向ける。だが青年はまったく表情を動かさない。
「おや、この場のどこに人間がいるのかな?」
 青年は自らを指差し、「私をもっとよく見ろ」と言った。その言葉を受けてフラックスはセンサーアイで青年をスキャンする。
「私をまだ人間と呼ぶかね?」
「………確かに、お前は人間ではないな」
 フラックスは左手をそっと下げた。青年はさらに歩みを進め、フラックスの傍に近寄る。
「とりあえず自己紹介をしておこうか。私の名はJ。君に有益な情報を持ってきた」
「私に………?」
「そう、君が欲しがっているミュートエネルギー炉の情報だ」

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第一二話「SPEED EATER」


「思えばだいぶと遠くへ来たものだな」
 BSコントローラーに地図を映しながらビリーは静かに呟いた。
 ここはグッド・リブの町。イサカの町が地図から消えた今、サルモネラ・ロンダーズの本拠地であるロンダー刑務所にもっとも近い町であった。それだけに人々はサルモネラ・ロンダーズの影に怯えながら暮らしていた。そのためなのかこの町の家は作りが甘く、すぐに作れそうな物ばかりであった。
「ええ〜!? そりゃないんじゃないの、おじさん!」
 ヨハンの素っ頓狂な声を聞いたビリーはBSコントローラーの画面を消すと声の方へと足を向けて門をくぐった。そこは戦車用のパーツを売る店であった。
「どうしたんだ、ヨハン?」
「あ、ビリーさん」
 ヨハンはビリーに事の事情を説明する。
「この店、ATミサイルしかない上に二〇〇〇Gもするっていうんですよ」
「二〇〇〇Gだってぇ!?」
 ATミサイルというのは車載用の特殊砲で、その名の通りに対戦車ATミサイルを放つ装置である。重量の割に威力が高いために非力なエンジンの車両でも搭載できる手ごろな兵器だと言える。
 しかしATミサイルの相場は八〇〇G程度だ。この店での値段、二〇〇〇Gは確かに素っ頓狂な声をあげてしまう額であった。
「そう言われてもねぇ………。これがうちにある最後の品なんで何ともねぇ………」
 パーツショップの店主は困った表情で手を揉む。
「他の商品はどうしたんですか?」
 ヨハンの半歩後ろで控えていたマリィが店主に尋ねる。店主は視線をマリィに移し、その美しさに数瞬だけ心を奪われながらも質問に答えた。
「全部売れちまったんだよ。このATミサイルが正真正銘最後の品なんだ」
 だから明日以降はしばらく休業にして仕入れに回るんだ、と店主は結んだ。
「まぁ、二〇〇〇なら買えん値段でもないぞ」
 ビリーはヨハンに耳打ちする。先の戦闘で倒したアーノルドはサルモネラ・ロンダーズの幹部であるということでハンターオフィスより賞金がかけられていたのだ。その額、八〇〇〇G。この臨時収入があるからATミサイルを買うこと自体は不可能ではない………。
「でも、何だか割高な気がして………」
「だが装備をケチってピンチになる方が困らんか?」
 ヨハンは渋々ながらATミサイルを購入する事を決めて、店主にマリィのジャック・イン・ザ・ボックスに搭載してくれるように頼む。ビリーはATミサイルの取り付けを始めた店主を捕まえてぼったくった分だけタイルパックをおまけさせていた。ビリーさんはざっくばらんなように見えて、その実ちゃっかりしているんだな………ヨハンはそんなことを思いながら店の外に停めてあるジャック・イン・ザ・ボックスに搭載している冷蔵庫から水の入った瓶を取り出す。
「あ、ヨハン。私にも一つ頂戴」
 ちょうどその時、グッド・リブの町の雑貨屋で食料の買出しをしていたマリィが帰ってきた。モンスターと戦う際に邪魔にならないように旅をしている間のマリィは艶やかな髪をゴム紐で束ねているが、町の中に入った時はその髪を解放している。彼女が少し気だるそうに首を回すと髪がふわりと幻想的に揺れる。
 ヨハンは頬が赤くなるのを感じながらマリィの分の瓶を取り出し、そしてマリィに手渡す。
「はい」
 そして二人はジャック・イン・ザ・ボックスのすぐ傍で瓶の中の水を美味そうに飲むのであった。
 キィィィィィィ
「??」
 キィィィィィィィィィ
「どうしたの、ヨハン? 何かあるの?」
 キョロキョロと辺りを見回すヨハン。マリィがヨハンに何か見つけたのかと尋ねる。
「いや、何か変な音が聞こえ………」
 変な音が聞こえるんだ、と言おうとしたヨハンだがその言葉を紡ぎ終えるより早く、天地を揺さぶるほどの大音量が、グッド・リブの建物をなぎ倒しながらヨハンたちのすぐ傍を駆けていった。大音量の正体はまるで矢のように鋭く尖った姿をしていた。大きさはヨハンの戦車メタル・ユニコーンより少し大きい程度か。だがその速度は並ではなかった。メタル・ユニコーンやジャック・イン・ザ・ボックスでは決してたどり着けないスピードの境地にそれはいた。
「うわ………ッ!!」
 それはヨハンたちの数メートル傍を走り去る。その際に発生する衝撃によって巻き上げられる土埃。
「キャッ!?」
 否、土埃だけではない。マリィまで吹っ飛んでしまう始末だった。ヨハンはジャック・イン・ザ・ボックスにしがみつく事で難を逃れる。
「マリィ!!」
 ヨハンは手を伸ばしてマリィの手を掴み、グイと自分の傍に引き寄せる。
「お、おい大丈夫か!?」
 衝撃波が収まってから、慌ててパーツショップから出てくるビリー。
「は、はい、何とか………」
 ヨハンはそう言ってから初めて自分がマリィを胸元に抱きしめていた事に気付く。ヨハンの顔のすぐ傍にマリィの顔。これほど近くで彼女の顔を見たことがあっただろうか。美を司る神の寵愛を一身に受けた至高の芸術品といってもいいほど美しいマリィの顔を。
「あ、あ、いや!」
 ヨハンは自分でも何だかよくわからない言葉を発してマリィを抱きしめていた手を放すと後ろに跳びすさる。
「………まぁ、その様子なら大丈夫そうだな」
 ビリーの呆れ声はヨハンの耳に届かない。ヨハンの意識のすべてがその手にまだ残るマリィの感触に向いていたからだ。
「………ん?」
 ビリーは地平線の向こうから、砂塵を巻き上げながら何かが迫ってきている事に気付いた。それは見る間に近付いてくる。あのスピードイーターに勝るとも劣らないほどの速さであった。それは蒼い炎を後に引きながらグッド・リブの町へ激走してくる。
 キキィ!
 キャタピラをきしませながらそれは足を止める。迫ってきていたのは戦車であった。車高の低いシャシーに直接砲をとりつけた駆逐戦車タイプの戦車である。異様なまでに長い砲身の主砲とコンパクトにまとめられた流麗なシャシー。だが何よりも目を引くのは後方に備えられているノズルであろう。蒼い炎の軌跡を残して走っていたことから、どうやら搭載しているガスタービンエンジンから出る燃焼ガスすら推力として使っている様子だった。あの戦車離れした速度の秘密はこれか………。ビリーはそんなことを考えながらその駆逐戦車を見上げていた。
 少しの間を置いて駆逐戦車は再びキャタピラを動かし始め、パーツショップ内にある満タンサービスに向かう。
「おじさん、燃料の補充! 急いで!!」
 駆逐戦車の天井部のハッチが開いたかと思うとそこから大きな声が聞こえる。凛とした、透き通った声であった。満タンサービスの店員が急いで燃料補給用のホースを持って駆逐戦車に駆け寄る。そして駆逐戦車の中から、豊満な肢体を黒い戦車服で覆った女が出てきたのであった。どこか女性的な印象を与える駆逐戦車であったが、乗員が女だったのか………。ビリーは変に合点がいった面持ちでコクコクと頷いた。
「おい、ライラ………少しは休んだらどうだ?」
 パーツショップの店主が女に声をかける。女は憔悴しきった顔をしていたが、しかし眼だけは爛々と輝かせている。
「おじさん、ありがと。でもね、私は休んでいられないのよ」
 ライラと呼ばれた女はそう言うと燃料の補充が終わった駆逐戦車にまた乗り込もうとする。しかし心はともかく肉体はとっくに限界を超えていたらしい。女は駆逐戦車に登ろうとした手を滑らせて、そのまま倒れこんでしまった。
「おい、大丈夫か!?」
 パーツショップの店主のみならず近くで女の様子を(半ば唖然と)見ていたビリーやヨハンたちもその女の許へ駆け寄る。酷使され続けたが故に途切れようとする意識の中、女は急速に暗闇がかる視界にヨハンを映した。
「………オズワルド」
 その言葉を最後に女の意識は途切れたのだった。



 パーツショップで購入したATミサイルをジャック・イン・ザ・ボックスに取り付ける工事が行われる中、パーツショップの隣に建てられているバラックに女は運ばれたのだった。
「………随分と長く寝てなかったみたいだな」
 バラックの狭い部屋に置かれたベッドで静かな寝息をたてて眠り続ける女。その寝顔を覗きながらビリーはそう呟いた。短く切りそろえられたルビーのような赤い髪、切れ長の目の傍には泣きぼくろ、そして艶やかな唇………。その容姿は美人だと言い切っていいだろう。今は額に濡れたタオルを置いて静かに眠っていた。
「しっかしこのお姉ちゃん、何者なんだ? えらい気迫でさっきのモンスターを追っていたみたいだが………」
「この娘の名前はライラ」
 パーツショップの店主はライラの寝顔を見つめながら口を開いた。
「元々はどこか別の町で暮らしていたらしいけど、詳しい事は私たちも知らないな。ただ………」
「ただ?」
「ライラの弟はハンターで、あのスピードイーターに挑み、そして死んだことだけは聞いている」
「スピードイーター?」
「ああ、さっきこの町を走り去っていったモンスターがいただろ? あれのことさ」
 パーツショップの店主が言うには、あのスピードイーターというモンスターは自主的に人を襲う事はないのだが、とにもかくにも走り続けなければならないらしくこの辺りを延々と走り続けているらしい。その際に邪魔があっても意にも介さずまっすぐに走り続けているのだとか。
「なるほど。だからこの町の建物は全部簡素な造りになっているんだな?」
 あのバケモノはいつ来るのか予測できないのに、確実にグッド・リブの町を通るのであった。故に立派な建物を造っても明日には壊されるかもしれない。その思いがグッド・リブの建物を簡素にしていくのであった。
「はい。ハンターオフィスから六〇〇〇Gの賞金がかかっているけどあのスピードじゃハンターもなかなか手を出しづらいらしくてね………」
「心配しなくていいよ、おじさん」
 いつの間に起きていたのだろうか。ライラがベッドからムクリと起き上がって言った。
「あ、まだ無理をしない方が………」
 ライラが起き上がった際にこぼれ落ちたタオルを拾い、絞りなおしながらマリィが言った。ライラは「ありがと。もう大丈夫だから」と言ってパーツショップの店主の方を向いて言った。
「あのスピードイーターは私が倒すから、心配はいらないよ」
「し、しかし………」
「大丈夫」
 そう言って店主の言葉を封じて立ち上がろうとするライラ。
「あの、ライラ………さん」
 そんな中、おずおずといった体でヨハンがライラに声をかけた。
「もしよかったらですけど、僕たちにも手伝わせてもらえますか? スピードイーター退治………」
「え?」
「お、おい、ヨハン! 俺たちは………」
 俺たちはサルモネラ・ロンダーズと戦っている最中なんだぞ! ビリーがそう口を挟もうとしたが、マリィがビリーの口を遮った。
(な、何するんだよ!)
 口をモガモガさせながらマリィを睨むビリー。マリィは首を横に振って、成り行きを見守るように言った。
「はは、ありがたいけどそうはいかないわ。だってスピードイーターは弟の仇だからね………」
 ライラはそれ以上は何も言わず、店主に頭を下げるとバラックを出て行ったのだった。



 ………早くに両親を亡くしたライラにとって、家族と呼べるのは弟のオズワルドだけであった。この時代、まだ幼かった二人だけで生きていくのは決して簡単ではなかったが、幸いにも姉弟が住む町のすぐ近くには工場だった施設があり、そこからICチップを掘り出しては店に売り、そうやって日銭を稼いで細々と生きてきたのだった。
 栄養が上手く取れなかったためなのか幼い頃のオズワルドはよく熱を出して倒れていた。その度にライラが必死で看病していたのだった。
 そして時が流れ、弟のオズワルドはライラの許を離れることを姉に告げた。ライラは一五歳、オズワルドは一四歳になっていた。
 オズワルドは突然の事に驚く姉の肩に手を置いて言った。いつの間にかオズワルドの身長は姉の顔を見下ろすほどに、そして体は女を抱きしめられるほどに大きくなっていた。
「俺、モンスターハンターになるんだ」
「そんな………。オズワルド、モンスターハンターは危険な職業なのよ」
「だけどそれだけに稼ぎもいいじゃないか」
「それは、そうだけど………」
「俺、絶対に有名なモンスターハンターになって、姉さんを楽させてやるよ!」
 オズワルドはライラが止めるのも聞かず、そのままライラの許から出て行ってモンスターハンターになったのだった。
 それからオズワルドは事あるごとにライラに手紙に自分の写真と稼ぎの何割かを同封して送ってきていた。ライラの暮らしは中の上と呼べる辺りまで余裕が生まれ始めていた。しかし手紙と一緒に送られてくる写真に写るオズワルドは日に日にライラの知るオズワルドではなくなっていった。日によく焼け、そしてガッシリとした体つきになっていくオズワルド。それはオズワルドがライラの弟から一人前のモンスターハンターになりつつある何よりの証拠であった。
 だが運命は残酷であった。ある日を境にオズワルドからの連絡が途絶えたのであった。心配で食事も喉を通らず、睡眠も充分でなかったライラに届いたのはハンターオフィスからの通知書であった。その通知書にはオズワルドが死んだという事実が事務的な文面で書かれていた。
 ライラは自分がこの世界で一人ぼっちになってしまったのだと感じた。そして同時に後悔する。どうしてオズワルドを止められなかったのだろう。モンスターハンターにならずとも、二人で頑張れば貧しいながらも幸せに生きていけたはずなのに………。後悔に苛まれるライラの家に、一台の戦車が停車していた。それはオズワルドが使っていた駆逐戦車であった。戦いに敗れ、ボロボロになっていたが、Cユニットの帰還プログラムにしたがってライラの家の前まで帰ってきたのだった。
 ライラはその戦車に乗って旅に出ることに決めた。一人でこの町に住むのはあまりに辛かったから。そしてこの戦車で旅をすれば弟と一緒にいるような気分になれたから。
 こうしてモンスターハンター ライラの旅は始まったのだった。片手の指では足りないほどの尋ね者を討ち取り、それなりの名声を得たライラはある事を知る。
 それは弟オズワルドがどのモンスターにやられたかという情報だった。オズワルドを殺したモンスターはグッド・リブの町周辺に出没するスピードイーターというモンスターだという。
 ライラは他のことには一切目もくれず、スピードイーターを倒すためにグッド・リブへと向かったのだった。



 ライラが駆る駆逐戦車は徹底的に速力だけを重視している。ガスタービンエンジンの燃焼ガスすら推力として使っているのだからその速力は戦車のモノとは思えないほどに速かった。シャシーに直接取り付けられた主砲の口径は八八ミリ。しかし砲身長は一〇〇口径と極めて長く、その貫通力は二回り上のランクのそれに匹敵するほどだった。
 その高速高火力の駆逐戦車をライラはオリオールと呼んでいた。蒼白い炎を後に引きながら走る駆逐戦車はまるで後光を背負っているようだったから。
 そしてオリオールが後光を残しながらスピードイーターに迫る。
 スピードイーターの正体はホバー戦車であった。地面に触れるか触れないかギリギリの所を浮かびながら、超高速で周囲を走り回るスピードイーター。何ゆえにスピードイーターは走り回るのであろうか。それはスピードイーターのエンジンの問題であった。スピードイーターのエンジンは空冷型であり、つねに風を送り続ける必要があった。故にスピードイーターは速く走ることで風をエンジンに取り入れるのだ。スピードイーターが走る事を止めることはスピードイーターが行動を停止する事を意味しているのだ。
 故に走る………。スピードイーターのCユニットは停止したくないから走ることを選ぶのだ。人間を襲うことなど考えない。だがスピードイーターの進路上にある物は何であろうとも破壊する。風でエンジンを冷やさなければ停止してしまうスピードイーターにとってそれだけがすべてであった。
 そのスピードイーターの後ろを追いかけるオリオール。オリオールは副砲の一一ミリバルカンを放つ。スピードイーターは進路を左右に揺らして一一ミリバルカンの射撃を紙一重で回避する。逆にスピードイーターがレーザーを放って反撃を試みる。スピードイーターの撃ったレーザーはオリオールに正面から突き刺さる。速力を確保するために装甲タイルすら貼っていないオリオールであったが、オリオールの正面装甲はスピードイーターのレーザーに耐え切った。少し装甲が焦げた程度である。ダメージは、無い。
 オリオールが主砲を放つ。弾種は徹甲弾。砲弾の重量ではなく高初速による運動エネルギーを主力とした八八ミリ砲弾がスピードイーターに突き刺さる。しかしスピードイーターの速力は衰えない。逆にオリオールを引き離そうと加速し始めたくらいだ。
「逃がしはしないわ………ッ!」
 ライラは緊張で乾き始めていた唇をそっと舐める。そしてオリオールのアクセルにかけていた足をさらに踏み込む。
 オリオールのエンジンがさらに唸りを強め、オリオールの速力は見る間に増える。スピードイーターにも追いつき、そして追い越せるほどに。
 しかしそれこそがスピードイーターの狙いであった。スピードイーターはあえて速力を落とし、加速のついたオリオールが自分の前にでるように仕向けたのだった。
「しまっ………」
 スピードイーターにはめられたことに気付いて後悔の声をあげるライラ。しかしもう遅い。スピードイーターは自分の存在意義である走ることを邪魔しようとするモンスターハンターに体当たりをしかけるべく最大出力で加速する。ライラには決してわからないことだが、ライラの弟であるオズワルドもこの戦法に引っかかって死んでいるのであった。風を切り裂くために鋭角に尖ったスピードイーターの正面装甲がオリオールの後部に突き刺さる………。
 ドゴォッ!!
 だがスピードイーターの体当たりがオリオールを揺らそうとしたその寸前でスピードイーターに爆発が起こる。スピードイーターはオリオールから離れ、別の方向へ逃げ去っていく。
「た、助かったの………?」
 すんでの所で死から逃れることができたライラ。全身から冷や汗が滲んできているのを感じる。
 そして行き足を止めたオリオールに二台の車両と一台のサイドカーが近付いてくる。中でも目を引くのは全長九メートル以上の重戦車であろう。スピードイーターに一撃を加えたのもその重戦車のようだ。オリオールの主砲と比べて二倍近い大きさを誇る主砲からまだ煙が見えている。
「大丈夫ですか?」
 その重戦車から顔を出したのはグッド・リブのバラックに自分を運んでくれたヨハンという少年であった。
「助けてくれたことは素直に感謝するわ、ありがと」
 ライラはオリオールから降りてヨハンたちに頭を下げる。
「で、まだ一人でスピードイーターを追い続けるつもりか?」
 サイドカーのシートに肩膝を乗せて座っているビリーの声。
「あのモンスターは弟の仇なの。そう簡単には譲れないわ」
「それで死にかけてちゃ世話ないぜ」
「う………」
「あの、ライラさん」
 言葉に詰まるライラにヨハンが一歩前に出て言った。
「ライラさんの気持ち、僕にはわかると思うんです。僕も、モンスターとの戦いで父さんを亡くしましたから………」
「あなたも?」
「僕の父さんの場合はモンスターと相打ちという形でした。でも、もしも父さんがモンスターに負けていたら………僕もきっとライラさんのように父さんの仇を取ろうと必死になると思います」
「……………」
「でも、仇討ちに必死になりすぎて冷静さを失うのは危険ですよ! それで死んだら、それこそ弟さんにあわせる顔がないんじゃないですか?」
 ヨハンはそう言い終えると「すいません」と頭を下げた。自分みたいな子供が生意気を言ってしまったという自覚がそうさせたのだった。
 ライラはそんなヨハンを見てクスリと口元を緩めた。そして「ふぅ」と大きく息を吐き出した。
「そう、ね………。よく考えたら私の弟が仇討ちなんか望むとは思えないわ」
 ライラは憑き物が落ちたといった表情で肩をすくめるとヨハンたちに向き直った。
「じゃあ私は一人のモンスターハンターとして貴方たちにお願いするわ。一緒に、あのモンスターを倒しませんか? ってね」
「頑張りましょう、ライラさん」
 ヨハンはニコリと微笑んで右手を差し出した。ライラはその手を握り、そしてその温かさに感激した。嗚呼、弟と別れてからこれほど温かいモノに触れた事があっただろうか。ライラが長い間忘れていたモノをヨハンの体温は思い出させてくれたのだった。
「反撃の態勢なら整えてるぜ」
 ビリーはそう言うとBSコントローラーに周辺の地図を映し出した。そしてこれからの作戦をライラに伝える………。



 メタル・ユニコーンの砲撃を受けたスピードイーターのダメージは深刻ではないにせよ、無視できるレベルでもなかった。スピードイーターの装甲がめくれ、そこから内部機構が覗いている。ここに攻撃を受けた場合は致命傷になりかねないだろう。
 しかしスピードイーターは逆にこのダメージを歓迎していた。この装甲がめくれた穴から吹き込む風がエンジンの熱で火照る体を冷やしてくれるから。スピードイーターはダメージを追いながらも以前よりも速い速度で荒野を走り回っていた。
「ケッ、このスピード狂が………」
 そんなスピードイーターを狙う眼。ゴーグル型照準機をつけてパイルバンカー・カスタムを構えるビリーであった。ゴーグルの画面に映る三角形の頂点にスピードイーターの姿を合わせる。
「交通ルールは正しく守らないとな!」
 ドオゥッ!
 パイルバンカー・カスタムの引き金を引くビリー。一瞬だけのマズルフラッシュの後に飛び出していく一七ミリ弾は、スピードイーターの足元に吸い込まれていく。
 グオゥ!!
 スピードイーターの足元に埋まっていた対戦車地雷に命中した一七ミリ弾は対戦車地雷を誘爆させる。真下からの爆風にスピードイーターのホバー装置は気流を乱され、スピードイーターは地面ギリギリに浮いていた巨体をよろめかせる。スピードイーターの超絶速度の秘訣は速度を出しやすいように尖りきった形状にあるが、それは即ち気流を安定させているということであった。スピードイーターは奇跡的とも言えるバランスでなりたっていたのだった。そのバランスが崩されてしまった場合、スピードイーターはその存在意義であるはずの超絶速度が仇となる………。
 ガガガガガガッ!
 横倒しになって地面と体をすり合わせながらスピードイーターは摩擦によって余勢が消えるまで荒野を滑る。
 ここで初めてスピードイーターは人間という存在に注目した。自分の存在意義である「走行」を阻止しようとする人間………。それは決して許してはならない存在である! スピードイーターのCユニットは計算の末に憎しみと言っていい結論を下したのであった。スピードイーターは空気抵抗になるからと普段は装甲の下に隠してある兵装をすべてあらわにした。主砲の一〇五ミリ砲と副砲のレーザー機銃である。
 走ることを邪魔する人間の排除を目的としたためにスピードイーターの速度は確実に落ちている。つまりそれはエンジン冷却のための風が体内に送れなくなるということだ。スピードイーターのCユニットは自らの活動限界を一五分と定める。
 グオゥ!
 だが一五分もあれば充分だ。戦いのために走り始めたスピードイーターはそう言わんばかりに主砲を放つ。ビリーは狙撃を行ったポイントからとうに離れ、サイドカーのアクセルを限界まで吹かしている。ビリーのサイドカーの後をなぞるかのように着弾するスピードイーターの砲撃。ビリーは背中で冷や汗をかきながらも口ではこう呟く。
「ウッヒョ! なかなか熾烈な歓迎なねーかよ!!」
 ビリーは長年の経験を下地にした直感でサイドカーを右に左にまた左にと走らせる。しかしついに至近弾の破片が側車の車輪を吹き飛ばし、ビリーはサイドカーから地面に投げ出される。その時、一番長く、そして動きの速い時計の針は三周目に入ろうとしている。
 バイクから投げ出されたくらいで悲鳴をあげるほどヤワな体ではないという自負はあるが、しかしこれでビリーの逃走手段は二本の足だけになってしまった。人間の足だけでスピードイーターから逃げる事は不可能に近いだろう。特に、今の人間に明確な殺意を持ったスピードイーターを相手にしては。
 だがビリーを追い詰めかけていたスピードイーターにミサイルが降り注ぐ。新たにジャック・イン・ザ・ボックスに搭載されたATミサイルから放たれたミサイルである。
「大丈夫ですか、ビリーさん!?」
「おー、何とかな」
 ジャック・イン・ザ・ボックスに向けて軽く手を振って応えるビリー。そのジャック・イン・ザ・ボックスの傍を黒い鋼の一角獣メタル・ユニコーン後光を引く駆逐戦車オリオールが走り抜ける。二両の戦車は二手に分かれ、メタル・ユニコーンがオリオールの右側から、オリオールが後背に回り込む。旋回砲塔を持つメタル・ユニコーンがスピードイーターと併走しながら砲撃を浴びせ、そして正面にしか砲を撃てないオリオールが背後からスピードイーターを追い詰めようというのだった。
 メタル・ユニコーンの一五五ミリスパルクが轟き、オリオールの超長砲身八八ミリ砲も負けじと吼える。一発の破壊力ならばメタル・ユニコーンの方が強力であろうが、装填速度はオリオールの方が断然早かった。メタル・ユニコーンが一発放つ間に二発、三発の八八ミリ砲弾がスピードイーターの体に叩きつけられる。
 スピードイーターも反撃を試みようとするが、しかしスピードイーターは今までずっとただ走り続けることだけにCユニットを使っていたヴィークル型モンスターであった。戦う事に関しては素人も同然である。せっかくの一〇五ミリ砲の砲撃もどこかちぐはぐな印象が否めなかった。スピードイーターは走る事を止めたその瞬間から末路が定まっていたのだった。
「………これで、終わりよ!」
 ライラが放った一四発目の八八ミリ砲弾がスピードイーターの中枢にまで侵入し、内部のCユニットを破壊する。Cユニットを破壊されたスピードイーターは頭を潰された人間と同じ。スピードイーターのエンジンは未だ健在であったが、しかしCユニットからの指示が届かなくなったために活動を停止したのであった。ホバー推進が消えたスピードイーターはまるで力尽きる巨象のようにゆっくりと横倒しに倒れていった。そして、二度と動き出す事はなかった。
「………案外、何ともないものなのね」
 ライラはオリオールの車内で一人ポツリと呟いた。いや、このオリオールの車内で力尽きた弟に向かって呟いたのだった。あれほど望んでいたはずの弟の仇討ち。それを遂げることができたというのに、何も満ち足りない。ただ感じられたのは、これで弟との繋がりがすべて過去のモノになってしまったのだという実感だけであった。
「………ふぅ」
 ライラがオリオールの中で独り吐いた溜息は何を意味していたのだろうか。



「ヨハン君、貴方たちにはいくら感謝しても感謝しきれないわ」
 ライラはそう言うとヨハンたちに頭を下げた。
「いえ、僕たちは………」
「ふふ、人が頭を下げている時は素直に偉そうにしてる方がいいわよ、ヨハン君」
「………ん」
 ヨハンは気恥ずかしそうに頭を掻きながら言葉を捜しあぐねているようだった。見かねたのかマリィが横合いから尋ねた。
「あの、ライラさんはこれからどうなさるのですか?」
「これから、か………スピードイーターを追っかけてた頃は考えてもいなかったのよね。復讐って本当に前が見えなくなるものね」
 マリィの質問にライラは苦く笑って肩をすくめた。そして今度はライラが恐る恐る尋ねた。
「………ねぇ、もしよかったら貴方たちのお手伝いさせてくれないかしら?」
「お手伝い?」
「そ。ヨハン君が私の手伝いをするって言おうとした時にそこのお兄さんが何か言いかけたの、見逃してはいないんだからね」
 ライラに指差された「そこのお兄さん」ことビリーはサイドカーの外れたタイヤを付け替えながら言った。
「俺たちは今、サルモネラ・ロンダーズと戦ってるんだ。サルモネラ・ロンダーズ、知ってるだろ?」
「あのイサカの町を滅ぼしたっていう? たった三人で!?」
 ビリーの言葉に驚きを隠せないライラ。しかしライラは途端に元気を取り戻して自分を指差した。
「だったらなおさら私とオリオールが役に立てるじゃない! ね、ね、私も連れて行ってよ!!」
「ライラさんがそう言ってくださるなら………じゃあ、よろしくお願いしますね」
「うん、よろしくね」
 こうしてヨハンの一行に新しく加わったライラであった。
 ビリーのサイドカーの修理も終わり、再びロンダー刑務所を目指して南に進もうとするヨハンたちの中、ライラはふとグッド・リブの町の方へ振り返る。
「………おやすみ、オズワルド」















 ………ヨハンたちがグッド・リブの町、正確にはグッド・リブ近くのスピードイーターの残骸から離れてからしばらくして。
「これはまた………なぜこうも私を喜ばせることばかり起きるのだ!」
 サルモネラ・ロンダーズの手勢を率いたフラックスはスピードイーターの残骸を見て喜びのあまりに飛び上がってしまった。
【フラックスさん………このガラクタを運べばいいんで?】
 フラックスが連れてきたサルモネラの一人が尋ねる。フラックスは「そうだ」と応えてスピードイーターの残骸から覗くミュートエネルギー炉の部品に電子の眼を向ける。
 これがあれば私の計画は間違いなく完成するだろう………。
「フフフフ………ヒャハハハハハハ!!」
 荒野の只中にフラックスの哄笑が響き渡る。サルモネラたちはそんなフラックスを不気味がりながらも、そんなフラックスを重用し続けるドン・サルートにも首を傾げるのであった。


資料

名前 オリオール
シャシー オリオール
主砲 八八ミリ一〇〇口径砲
副砲 一一ミリバルカン
SE ナシ
エンジン ルドルフ
Cユニット ウォズニアクU


次回予告

 ………一度噛みあわなくなった歯車が、二度と戻る事はない。
 そんなことはわかっている。わかっちゃあいる………つもりだったんだ。
 だがな、それでも俺は賭けてみたかったんだ。「奇跡」って奴によ………。

次回、「破壊の堕天使」


第一一話「受け継がれる魂」

第一三話「破壊の堕天使」

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