猿型モンスターのサルモネラ一族の集団であるサルモネラ・ロンダーズの本拠地であるロンダー刑務所。
 その一室………。ロンダー刑務所所長室。
「サルート、お前の地球制圧作戦のための切り札の設計図を引いてみたのだが、どうだろうか?」
 フラックスがサルモネラ・ロンダーズのボス猿であるドン・サルートに一枚の設計図を見せる。ドン・サルートは八割方完成していた模型を組む手を止め、模型を机の隅にどかして設計図を広げさせた。それは山のように大きな戦車の設計図であった。
【ほぉ、こりゃ強そうだな。しかし、造れるのか?】
「ああ。その点は任せてくれ」
【ほぉ………ん?】
【よぉ、兄弟!】
 アーノルドが上機嫌に弾むだみ声と共に所長室に入ってくる。フラックスは設計図をしまって応接用のソファーに腰かける。ドン・サルートは模型作成を再開しながらアーノルドに声をかけた。
【おー、アーノルドじゃねぇか。今、戻ったのか?】
 ドン・サルートは机の引き出しから葉巻を取り出して咥え、火をつけた。芳醇な煙がドン・サルートの肺を満たす。葉巻を吸いながら模型のパーツに接着剤を塗るドン。
【ヘッ、金ピカが苦戦したっていうモンスターハンター、ありゃ大したことなかったぜ】
 アーノルドは大げさなポーズで自分の奮戦をサルートに説明する。盛り上がるアーノルドに対しサルートは横目で応接用のソファーに座るフラックスの様子を気にしていた。アーノルドの言う「金ピカ」ことフラックスは設計図を撫でながらアーノルドに言い返した。
「その大したことないハンターを逃がしたのは失敗ではないのかな?」
【ヘッ、負け惜しみだなぁ、金ピカぁ?】
「………クッ」
【そういやぁ、機械が得意だったな? おらよ】
 アーノルドはそう言うと腰のホルスターからアーマー・マグナムを取り出し、フラックスに放り投げる。
【直しといてくれ、金ピカ】
 そう言うとアーノルドは下卑た笑い声をあげる。フラックスは設計図を握りつぶして立ち上がる。
「何? キサマ、自分を何サマだと………」
【フラックス】
 フラックスを遮るドン・サルートの声。サルートはフラックスに懇願する口調で続けた。
【アーノルドとは古い付き合いだ………やってやっちゃくれねぇか?】
 そう言われては断ることがフラックスにはできなかった。フラックスは怒りの矛を収め、渋々ながらアーマー・マグナムの分解整備を始めた。
【そりゃそうと兄弟? こりゃ一体、何だ?】
 アーノルドはドン・サルートの机上にある模型に興味を示した。見た所何かの建物のようだが………。
【地球のてっぺんにぶっ建てる俺の城よ】
 そう言われればこの模型の台座は球体を半分に割った形をしている。どうやらこの台座は地球の北半球のようだ。しかし台座が地球だとすると、この城はとてつもない大きさということになる。サルモネラ一族を束ねるだけあってドン・サルートは夢のスケールもとてつもなく大きいようだった。
【ほっほー。なら俺の部屋はこの見晴らしのいいトコに頼むぜ!】
 図々しい奴め。フラックスの呟きは小さく、アーノルドの耳には届かなかった。
【しかしこれだけの城、建てるのは大変そうだな………?】
 アーノルドの疑問に対しサルートは葉巻を燻らせながら答えた。
【ヘッ、労働力ならいくらでもいるじゃねーか】
【と、いうと………?】
【人間どもだよ。俺たちサルモネラ・ロンダーズが天下を取ったら、人間どもはすべて俺たちの奴隷よ!】
【ほー! そいつぁ面白ぇ!!】
【ま、今はまだサルモネラ・ロンダーズの力を大きくするのが先だ。そのためには人間の町を襲うことになるが………】
 サルートは葉巻を灰皿に押し付けながら続けた。
【将来的には人間どもをドンドン捕まえて奴隷にしていくつもりだ】
【何でぇ、じゃあ人間は殺さねぇってわけか?】
【ま、そうなるわな】
【しっかし、さすが兄弟だな………そこまで考えていたなんて………】
【そのためには仲間が必要になるな】
 サルートはそう言うと椅子にその身を預けた。サルートが「仲間」という単語を口にした時、何かがアーノルドの脳を刺激したらしい。アーノルドはサルートの肩に手を置いて言った。
【そうだ、兄弟。いい機会だから一つ話しておくが………】
【?】
【持つべきモノは古い友達だぜ。友達は絶対に裏切らない。機械って奴はすぐに裏切る。何が大破壊を起こしたのか、考えてみろ】
「………それは私のことかな?」
 アーノルドの言葉を聞き流していたフラックスだが、さすがにこれ以上言わせておくことはできなかった。
【耳がいいな、そう言ったんだ! 幼馴染の周りに胡散臭いのがいたんじゃ気にもなるぜ!!】
 アーノルドの言葉に再び立ち上がるフラックス。
「立場をハッキリさせる必要がありそうだな!」
【よさねぇか!!】
 ガシャン
 ドン・サルートが机を思い切り叩く。その際に机はまっぷたつに割れ、机上のサルートの城の模型が床に落ちてバラバラに壊れる。
【アーノルド、フラックス………。前にも言ったはずだが、俺は仲間内のいざこざが一番キライだ。わかってるな?】
【オメェは昔から仲間を大切にする奴だなぁ。覚えているか? 二人で盗んだ食い物半分ずつ分け合ったあの日をよぉ!】
【………忘れるはずがねぇ】
【あれが、仲間だ! 0と1でしか物事を考えられない機械には絶対にわからない世界なんだ!!】
 アーノルドはそう言うと所長室のドアへ足を向け、そして乱暴にドアを開けて外へ出て行った。
 フラックスは書きかけの段階でクシャクシャにしてしまった設計図をもう一度広げる。
「………この計画は進めていいのか、サルート?」
【ああ、頼む】
 ドン・サルートの許可をもらったフラックスは所長室を後にして計画を開始しようとする。部屋にはサルートが独り残される形となった。サルートは壊れた模型と机を片付けるために部下のサルモネラを呼び、そして到着を待つ間にポツリと呟いた。
【………アーノルドぉ、フラックスが俺を裏切るはずがないんだよ。オメェには絶対にわからないだろうがな………】

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第一一話「受け継がれる魂」



 アーノルドとの戦いによってリトル・ユニコーンを失って戦力を大きく失ったヨハンたち。だがビリーの紹介で「戦車を造る」という、この時代にとっては魔法に等しい研究を行っているという研究者の許を訪ねることになったのだった。
 幸い、噂の研究者はヨハンたちのすぐ近くに居を構えているらしく、ヨハンはマリィのジャック・イン・ザ・ボックスに便乗してそのラボへと向かったのだった。
「ここだ、ここに戦車を造る研究をしている博士が住んでいる」
 大破壊の影響でボロボロに朽ちかけてはいるがだだっ広い倉庫にその魔法を研究する博士は住んでいるらしい。ヨハンは自分でも気付かないうちに喉がカラカラに渇いていることを知覚した。だが緊張した面持ちのヨハンとマリィとは違い、ビリーはどこか後ろめたい様子だった。言いにくそうに口を開けるビリー。
「あー、ヨハン。これから会う博士のことなんだがな………」
「はい?」
「ちょいとばかし………いや、かなり偏屈な爺さんなんだ。しかも気分屋でな。いいか、変なこと言われても怒るなよ。愛想笑いでいいから笑っとけ。いいな?」
「は、はぁ………」
 ビリーはそう言うとヨハンとマリィを背にして倉庫の扉を開けた。倉庫の中はまるで別世界のようだった。ヨハンにはどう使うのかさっぱりわからないが、とにかく戦車生産のために使われるであろう機械で広いはずの倉庫は手狭になっていた。
「バトー博士! バトー博士はおられますか!?」
 ビリーは倉庫中に響き渡るほどの大きな声でこの倉庫の主を呼んだ。しかし返事はなく、代わりに登場したのは下半身がキャタピラになっているロボットだった。ロボットは無機質な声で応えた。
「ナニカヨウカ」
「バトー博士にお会いしたい。いるか?」
 人型のロボットはビリーの言葉を聞くと超信地旋回で回れ右、倉庫奥の地下へと続くスロープを降りていった。そして少しの間を置いて、エキセントリックな風貌の老人が現れた。妙にけばけばしいアロハシャツと半ズボン、冗談じみたほど鋭角的なサングラス、そして禿げ上がった頭になぜか生えている(?)ヤシの木………。どこをどう見てもおかしな風貌であった。呆気に取られるヨハンとマリィを気にも留めずに老人は口を開いた。
「何だ、君か? 何度も言うが、私の戦車生産は商売じゃなくて………」
「おっと、博士。今日はそのことじゃありませんので」
 ビリーとバトー博士という目の前の老人は何らかの接点を持っているようだ。しかしビリーは即座に話題を変えてみせた。
「そこのヨハンって少年に博士のことを話したら、えらく興味を示してくれましたのでね。博士の許に案内したってわけですよ」
 ビリーの言葉を聞いたバトーはヨハンの目の前に自分の顔を突きつけ、そして気圧されるヨハンの表情をマジマジと見る。そして何かに気がついてバトーは言葉を紡ぎだした。
「ああ、自己紹介がまだだったね。僕の名はバトー。ちょっと前までは北の方に住んでいたんだけど、まぁ、色々あってここに住むことになったんだ。だけど見知らぬ土地だけに知り合いがいなくて寂しかった所なんだ………。僕とトモダチになってくれるかな?」
「あ、えぇと………?」
 チラリとビリーに視線を送るヨハン。ビリーは目配せで「Yesと言っとけ」と言った。
「あ、はい、僕みたいなのでよければ………!?」
 ヨハンが頷いた瞬間、バトー博士の眼がサングラス越しでもハッキリわかるほど輝いた。頭の上のヤシの木が嬉しそうに揺れている………。バトー博士はヨハンの両手を握ってブンブン振り回しながら喜びをあらわにする。
「じゃあ君と僕はトモダチだね! トモダチ! トモダチかぁ………いいヒビキだよね、トモダチ!!」
「そ、そうですね………」
「じゃあ、僕はトモダチをあだ名で呼ぶことにしているんだ! 変に肩肘張って付き合うのはおかしいもんね、トモダチなんだから!!」
「は、はぁ………」
「そうだなぁ、ヨハン君のあだ名は何がいいかなぁ………」
 バトー博士はヨハンの頭の先から爪先までジーッと眺めながら考える顔。そして「これがいい!」と言いたげな表情でヨハンにつけられるあだ名を口にした。
「チビスケ! ヨハン君にはチビスケがいい感じだね!!」
「なっ………!?」
 ヨハンの背は年相応とはとても言いがたいほどに小さい。何せ女の子であるマリィより背が低いくらいだ。背が低いことはヨハンにとっていつかは克服したい悩みの一つだ。しかしバトー博士はヨハンの背が低い事を嘲るかのようなあだ名を口にしたのだった。ヨハンは異議を口にしようとするが、ビリーに肘で小突かれて思いとどまる。
 なるほど。この研究所に入る前にビリーが言った言葉の意味が理解できた。このバトー博士、決して悪人ではないのだろう。だが彼は純粋に対人音痴なのだ。彼の音階がズレた付き合い方は人を不愉快にさせる。だがそれを本人が自覚することはない。彼は自分の人との付き合い方が間違っているなど夢にも思わないだろうから。
「チビスケ! チビスケ! トモダチになった記念に僕の研究を君の為に使ってあげるよ」
「え………?」
 そう言うとバトー博士はヨハンたちを地下へと招いた。バトー博士の後に続いてスロープを降りる一行。
 地下はバトー博士の研究室になっていた。足の踏み場もないほどに丸められた設計図や設計に使う道具が床にばら撒かれている。そこでバトー博士はできたばかりのトモダチに言った。
「チビスケはハンターなんだろ? なら戦車が必要だよね? その戦車を僕が造ってあげるよ。さぁ、ここにある設計図から好きなのを選ぶといい」
 バトー博士は何種類かの設計図を机に広げ、ヨハンにどれがいいか尋ねる。しかし専門的なことがヨハンにわかるはずがなく、図面だけではどの戦車がどのように優れているのか判別できなかった。だからヨハンは適当に選ぶことにした。
「じゃあ、これを………」
 ヨハンが選んだ設計図は端にMBT70/Kpz.70と書かれている。ヨハンの父、クレメントが使っていたアイアン・ナイトよりも雄々しく見えたのが選んだ基準だった。
「ん? これか? よーし、任せろ! ………と、いいたい所だけど、材料がないんだよね」
「え………?」
「トレーダー殺しみたいなビークル系のモンスターでも倒して鉄くずを集めてくるんだ。そしてその鉄くずをサースデーに渡すんだ。そしたら僕がチビスケ戦車を造ってあげるからさ!」
 バトー博士は先ほどのロボットを指差して言った。
「人間ノ屑ハ鉄ノ屑集メル」
 主人に似たのかサースデーはサラリととんでもない事を言ってのける。
「えっと………どのくらい集めればいいんですか?」
「ん? そーだなぁ………四〇トンくらいあればいいんじゃない?」
「よ、四〇トン………」
「遠い道のりですね………」
 マリィは自分の乗るジャック・イン・ザ・ボックスの重さを思い出し、そして四〇トンという道のりの遠さに溜息を吐いた。ジャック・イン・ザ・ボックスで全備重量八トン程度なのだから、単純計算でその五倍は必要ということだ。確かに遠い道のりだと言える。
「………ん?」
 しかしヨハンはふとあることに気付き、マリィとビリーに向き直って言った。
「大丈夫、僕に考えがある。四〇トン、すぐに集まるよ、きっと」
 ヨハンはそう言うとマリィにジャック・イン・ザ・ボックスをすぐさま出すように言った。バトー博士の研究所を出たヨハンたちは北を、一度は通った道のりを引き返していった。



「ここは………?」
 ヨハンたちが向かったのは深い霧に包まれた谷の中だった。日中でも日が差さない谷の底は温度も上がらずヒンヤリとしていた。ビリーは埃よけのための外套の予備を荷物袋から取り出して羽織る。そうでもしなければ寒さに震えてしまうほどだ。
「おい、マリィ。ここは一体どこだ?」
 谷の中を少し行った所でジャック・イン・ザ・ボックスから降りるヨハンとマリィ。ビリーもサイドカーを停めてヨハンに続くが、ここがどこなのかマリィに尋ねた。
 マリィはどのような表情すればいいのか迷っているようだったが、静かに応えた。
「………ここは魔の霧の谷です。トーナの町の東にある谷で………」
「………?」
「………ヨハンのお父様が亡くなった場所です」
 マリィの言葉を聞いて、ビリーは左手で持つ懐中電灯の灯りをヨハンに向けた。日が差し込まぬほど深い谷底の闇を懐中電灯の灯りが切り裂き、そしてヨハンの背中に光が当る。表向きには平静を保っているように見えるヨハンだが、しかし父が死んだ場所に一歩ずつ近付いていく度に感情が強くなっているようだ。少しずつだが足音が大きく、そして呼吸が荒くなっている。
 そして三人は行き止まりにあたった。ヨハンの父、クレメントが自ら乗るアイアン・ナイトを自爆させてシウンを消滅させた際に谷の壁面が崩れ落ちて道を塞いだのだった。
「父さん………」
 ヨハンはマリィとビリーを背に、目の前に崩れ落ちた岩に語りかけた。
「父さんの戦車………使わせてもらうね」
 ヨハンはそういうとジャック・イン・ザ・ボックスに牽引用のワイヤーを取り付けると目の前の岩にもそれを結びつけた。そしてジャック・イン・ザ・ボックスの力で岩をどかし始める。
 二時間ほどの作業でアイアン・ナイトにかぶさっていた岩を取り除くことに成功した。弾薬庫を自爆させた時の衝撃とその後の岩の落下でアイアン・ナイトはかつての面影をほとんど残していなかった。戦車の中を見てもクレメントの遺体は見つからなかった。クレメントの遺体が見つからなかったことにヨハンはむしろ安心したような息を漏らした。
 父さんの無惨な姿は見たくない………。マリィの聴覚はそんな言葉を拾ったが、それについて何かいうことはしなかった。ビリーも聞こえていたであろうが口に出しては何も言わなかった。とにかくジャック・イン・ザ・ボックスの牽引用ワイヤーをアイアン・ナイトに結びつけ、アイアン・ナイトを牽引できるようにした。
「父さん………たぶん、これが本当に最後のさよならだよ」
 ヨハンはそう呟くと父の墓標を後にした。



 一方、その頃………。ロンダー刑務所に場面は切り替わる。
 ヨハンたちを退けることに成功したアーノルドであったが、しかしフラックスの言うようにヨハンたちを殺すには至っていないのは事実だ。敗北の味を知ったモンスターハンターは装備を変えるなり己を鍛えるなり、何らかの対策を立てて自分に挑んでくるだろう。そうなっては次もアーノルドが勝てるかどうか保障はない………。
 そう考えたアーノルドは再びヨハンたちと対峙する事を決心したのだった。アーノルドは自分用にあてがわれているプライベートルームに行き、装備を整える。フラックスに整備させたアーマー・マグナムは快調そのもの。幼馴染にまとわりつく気に入らない奴だが、機械いじりの腕だけは機械だけあって優秀だな………アーノルドはそんなことを考えながらアーマー・マグナムをホルスターに収める。そして銃弾も持てるだけ持つようにする。
【さて、行くとすっか………ん?】
 その時、アーノルドは自分の机の上に何かが置かれていることに気付いた。それはアーノルドが使うアーマー・マグナムの銃身に合う装置のようだった。そしてその装置の下にはドン・サルートの字で書置きがあった。
【何々………? 『これを持っていきな。もしもの時は、その銃の威力が倍になる。今度こそオメェの力を見せ付けてやるんだ。なぁ、兄弟』………。兄弟ぃ、ありがてぇ! こいつがありゃ俺に負けなんて無しだぜ!!】
 アーノルドは上機嫌でその装置も持っていくことにした。そして手下のサルモネラに号令をかけて出撃の準備を始める。
「クックックッ………」
 そんなアーノルドの様子を柱の影で見守る金色の影が一つあったことを、アーノルドは知る由もなかった。



「おや、チビスケ………。この二台の戦車を潰して新戦車を造っていいのかい?」
 バトー博士はアイアン・ナイトの残骸と大破したリトル・ユニコーンと持ってきたヨハンに確認の為に尋ねた。
「アイアン・ナイトの方はもう修理しても直せないと思うし、リトル・ユニコーンじゃもう通用しないのはわかってるから………」
 ヨハンはそう言って頷いた。ちょうどその時、二台の戦車を鉄くずにした場合の重量を計測していたサースデーが計測結果を報せた。その結果は四〇トンを少し上回るほどだった。
「よーし! さっそくチビスケ戦車を造るとするか!!」
 バトー博士はそう言うと楽しげに戦車造りを開始したのだった。
 バトー博士の戦車生産は完全にオートメーション化されており、バトー博士自身は戦車が造られていくのを見守るだけだった。その間、ヨハンたちはマリィがジャック・イン・ザ・ボックスの厨房で焼いたクッキーをおやつにお茶を楽しむことにした。バトー博士はヨハンのハンター生活のことを興味津々で聞いていた。
 そしてヨハンの話がちょうど尽きた時、アイアン・ナイトとリトル・ユニコーンの鉄を使って造られた新戦車が完成したのだった。
 MBT70/Kpz.70と呼ばれるシャシーはアイアン・ナイトより一回り大きく、それは男らしい力強さに満ち溢れていた。主砲はアイアン・ナイトの一二五ミリキャノン砲よりさらに大きく一五五ミリスパルクを搭載し、副砲には誘導追尾性能を持つスキャンレーザーを搭載、SEとしてマニアックシェフを搭載しており、火力の面でもアイアン・ナイトを大きく上回っている。エンジンは大出力エンジンであるシルフィードを搭載し、重装備重装甲でありながら軽快な機動という矛盾をはらんだ動きが可能となっている。Cユニットは高い演算能力を誇るアクセルノイマンが積まれ、常に最適の行動ができるように操縦者を補助してくれるようになっている。
 新戦車の性能はアイアン・ナイトをはるかに超えるほど強力なモノとなっていた。
「さぁ、これがチビスケの戦車だ! 僕とチビスケの友情の証って奴だね!!」
 バトー博士は歯茎をむき出しにして笑う。ヨハンはそっと黒く光る新戦車の装甲を撫でる。その撫でた感触はリトル・ユニコーンとアイアン・ナイトのそれだった。ヨハンにとって思い出が沢山あるあの二台の戦車は確かにこの新戦車の中にも息づいていた。
「さーて、チビスケ、この戦車の名前はどうするんだい? チビスケにお似合いの名前をつけるといいよ」
「そう、だな………。メタル・ユニコーンって名付けようと思うんだけど、どうかな?」
「そーか、そーか! メタル・ユニコーンか。まぁ、チビスケがそれでいいっていうんなら、それでいいんだろ」
「ほー、この戦車ならあいつらにも勝てそうだな、ヨハン!」
 ビリーとマリィがメタル・ユニコーンと名付けられることになった新戦車に駆け寄る。ヨハンは二人に頷きながらバトー博士に振り返る。
「………あの、バトー博士」
「ん?」
「本当にありがとうございます! 僕、この戦車で沢山のモンスターを倒しますね!!」
「………ああ、僕とチビスケの友情の証、大事にしてくれよ!!」
 メタル・ユニコーンの完成に興奮を隠せないヨハン。ヨハンはバトー博士がそうしたように、バトー博士の両手を取ってブンブンと振り回す。だがバトー博士自身はどこか寂しげだった。そしてヨハンがメタル・ユニコーンに乗ろうとした時、サースデーがヨハンにだけ聞こえる大きさでポツリと呟いた。
「コレデ博士マタ一人ボッチニナル」
「え………?」
 サースデーの言葉を聞いたヨハンが慌ててサースデーに振り返るが、サースデーは素知らぬ顔でバトー博士の隣に佇んでいた。
「あの………」
 サースデーの呟きが気になったヨハンはバトー博士に声をかけようとした。しかしヨハンの声を遮るようにバトー博士が言った。
「チビスケにはチビスケの信念がある。それはさっきのお茶の時にわかった。人々の為に戦う、か………その結果に何があるのか僕にもわかんないけど、チビスケが信じるようにやればいいさ」
「バトー博士………」
「ただ、困ったことがあったらいつでも相談しにくるといいよ。だって、僕とチビスケはトモダチだもんね!」
 そう言うとバトー博士は親指を立てて掲げてみせた。ヨハンもバトー博士と同じく親指を立て、そしてバトー博士に掲げてみせる。そしてメタル・ユニコーンのCユニットであるアクセルノイマンを起動、エンジンを発動させる。
 風の精霊シルフィードが生み出すパワーがメタル・ユニコーンの転輪に伝わり、そしてキャタピラを動かしていく。
 鉄の騎士アイアン・ナイト若き一角獣リトル・ユニコーンによって造られた鋼鉄の一角獣メタル・ユニコーンはヨハンを乗せて、トモダチの研究所を後にしたのだった。



「………本当によかったのかな」
 バトー博士の研究所を後にして南のロンダー刑務所を目指すヨハンたち。その道中でヨハンがポツリと呟いた。
「どういうこと、ヨハン?」
 ヨハンの呟きの真意を尋ねるマリィ。ヨハンは少し間を置いてから応えた。
「………僕はあの人の友達が欲しいという気持ちを利用して、この戦車を造らせたことになるんだよね………」
「ヨハン」
 ヨハンの呟きを聞いたビリーがヨハンに言った。
「そういう風に思ってしまうことが、一番あのジイさんを傷つけることになるんじゃないか? 周りが何を言おうと、当事者が満足すればいいんじゃないかな?」
「………そう、ですよね。今言ったことを認めたら、それこそ一番バトー博士を裏切ることになるんですよね」
「そういうこった。誰に何と言われようと、ヨハンとバトー博士はトモダチ。それでいいんじゃないか?」
「………はい」
 ビリーの言葉に気持ちが楽になったヨハンはビリーに礼を言おうとする。しかしヨハンが紡ごうとしたお礼の言葉は爆発音と銃声によってかき消された。
「な、何!?」
 突然の爆発音と銃声に震えるマリィの声。だが誰かがその正体を指摘するより早く、その当事者が姿を現したのだった。
【人間ども! 今度はぶっ殺してやるぜ!!】
 爆発音と銃声の正体はアーノルドと手下のサルモネラたちだった。アーノルドの手下のサルモネラたちはサブマシンガンを右手で撃ちながら、空いた左手で手榴弾を投げてきていた。それが爆発音と銃声の正体だ。
「チッ! あいつら………!!」
「ヨハン、手下のサルモネラは私たちに任せて!」
「そうだな、お前はあのこの間のサルモネラを討て!!」
 マリィとビリーはそう言うと砂埃を巻き上げながらメタル・ユニコーンから離れていく。適当な所でビリーはサイドカーから降り、パイルバンカー・カスタムを両手で抱えながら走り始める。そしてマリィのジャック・イン・ザ・ボックスは火炎放射器を放ちながらサルモネラ手下たちを牽制する。サルモネラ手下の数は一〇体程度。数の上ではマリィとビリーの二人では劣勢かもしれないが、しかしビリーは歴戦の勇士だし、マリィも彼女の父親には及ばないもののそれなりの経験を積んで強くなっている。手下とマリィ、ビリーの戦いは互角所ではなく、マリィとビリーの二人の方が優勢なくらいであった。



【チィ、ハンターめ! 新しい戦車を持ってきやがったな!!】
 自分の懸念が早くも的中してしまったことに舌を打つアーノルド。だがしかしアーノルドは自分の負けなど想像すらしない。彼はアーマー・マグナムを抜くとヨハンのメタル・ユニコーンに向けて一発放った。しかしメタル・ユニコーンの装甲を貫くことはできず、アーマー・マグナムから放たれた一七ミリ弾は虚しくはじかれるだけだった。
【チッ、やっぱ簡単にはいかねぇか!】
 アーノルドは自慢の脚力を使って跳躍、メタル・ユニコーンとの距離を一気に詰めようとする。ただ前に跳ぶのではなく、右にも左にも変幻自在に動いて距離を詰めようとする。
「クッ、相変わらず素早い………だけど!」
 だがリトル・ユニコーンには有効だったその戦法も、メタル・ユニコーンには通用しなかった。メタル・ユニコーンが放ったスキャンレーザーはロックオンした目標を追いかける効果がある。如何にアーノルドの脚力が優れていて、銃弾をも回避できようとスキャンレーザーはアーノルドを追ってどこまでも迫ってくるのだった。
【クソがぁ!】
 アーノルドはメタル・ユニコーンに向かう事を一旦諦め、足元の砂を蹴り上げて自分の前にバラ撒いた。スキャンレーザーの威力が砂によって半減され、レーザーがアーノルドに命中してもアーノルドの毛を焦がすだけという結果に終わる。
【野郎がぁ!!】
 アーノルドは再び地を蹴ってメタル・ユニコーンを目指す。ヨハンはアクセルノイマンのコンソールパネルの武器リストからSEを選ぶと発射するように命令した。メタル・ユニコーンのSE、マニアックシェフが放たれる。マニアックシェフは青白い光のエネルギー弾を放つ武器だ。そのエネルギー弾がいくつかに分裂して周囲に着弾し、ダメージを与える。マニアックシェフの分裂した子弾がアーノルドの行く手を遮る。アーノルドはその衝撃に立っていられない。
「す、凄い………」
 ヨハンはマニアックシェフの威力に自分自身も驚いてしまう。あれだけ苦戦したアーノルドの素早さが問題になっていない。
【クソッ………遊びはこれまでだ!!】
 アーノルドはホルスターに銃をしまうと両腕で頭と胴体を護りながら突進する。リトル・ユニコーンを仕留めたあの戦法である。
【GUUUUOOOOOO!】
 まるで弾丸のようなアーノルドの突進。リトル・ユニコーンはその体当たりに横転し、無防備な底面を狙われた。ヨハンはスキャンレーザーを放つがスキャンレーザーを受けてもアーノルドの両腕のガードは崩れなかった。そしてアーノルドが全身でメタル・ユニコーンにぶちかましを敢行する。
「うわッ………!?」
 衝撃に揺れるメタル・ユニコーン。しかしメタル・ユニコーンは横転しなかった。当然である。メタル・ユニコーンはリトル・ユニコーンよりはるかに重いのだ。いかにサルモネラ一族の怪力でも簡単にぶっ飛びはしないのだ。
【クッ………畜生!!】
 アーノルドはメタル・ユニコーンをひっくり返そうと全力をメタル・ユニコーンに向ける。しかしメタル・ユニコーンのエンジンであるシルフィードが生み出すパワーはアーノルドのパワーを上回っており、アーノルドの方が押されていた。このままではメタル・ユニコーンに轢かれてしまう、とアーノルドは後方へ跳んで再び距離を取ろうとする。そしてそこに降り注ぐマニアックシェフのエネルギー弾。エネルギー弾着弾の際の爆発でアーノルドは一〇メートルほど吹っ飛ばされる。
【グ………兄弟………】
 その時、アーノルドの懐から例の装置がこぼれ落ちた。メタル・ユニコーンに押されっぱなしでその存在を失念していたアーノルドだが、目の前にこぼれ落ちたことでようやくその存在を思い出したのだった。アーノルドは装置を掴むとホルスターからアーマー・マグナムを取り出し、そしてアーマー・マグナムの銃身に装置をセットする。
【ヘッ! 兄弟からもらったこいつで………死ねぇッ!!】
 アーマー・マグナムの引き金にかけられたアーノルドの指。その指が引き金を引く………!
 バゴォン!!
「! ………なっ!?」
【………あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?】
 だがアーノルドが引き金を引いた瞬間、アーマー・マグナムは暴発を起こしたのだった。暴発によって手首から先がなくなってしまったアーノルド。訳がわからず血が吹き出る右手首を眺めるだけだった。
【爆発した? どうなってんだ!?】
 不意にアーノルドの脳裏に鼻につく笑い声が蘇る。金色の装甲に身を包んだ殺人ロボットの笑い声が。
【ま、まさかあの野郎………!】
 奴は機械だ。兄弟の筆跡をそっくりそのまま真似ることくらい訳がないだろう。あの野郎、俺のアーマー・マグナムを暴発させる装置を渡しやがったな!!
 突然敵の銃が暴発したことに驚いたのはヨハンも同じだ。しかしヨハンはなぜあの銃が暴発したのかを考えるより、あの敵を倒す事を優先させた。
【兄弟! すまねぇ………ッ!!】
 メタル・ユニコーンの一五五ミリスパルクが火を噴き、その破壊力でアーノルドはバラバラのミンチになってしまった。
「おい、やったな、ヨハン!」
 ヨハンがアーノルドにトドメをさすのを見ていたビリーがヨハンに声をかける。
「こちらの方も片付きました」
「メタル・ユニコーンのおかげで………サルモネラ・ロンダーズにも勝てるかもしれないな」
 ヨハンはそう呟くとBSコントローラーを取り出し、そしてメール機能を起動させた。そしてバトー博士にメタル・ユニコーンのことを感謝するメールを打ち、そして送信する。
 これからヨハンは事あるごとにバトー博士にメールを送っていこうと思っていた。だって遠く離れていても、自分はバトー博士のトモダチであるのだから。



【何ィ! アーノルドが死んだだと!?】
 ロンダー刑務所の所長室。アーノルドと共にヨハンたちに戦いを挑み、そして命からがら逃げ帰ってきていたサルモネラ・ロンダーズの手下の報告を聞いてドン・サルートは信じられないという面持ちだ。
【あのアーノルドが逃げることもできずに死んじまうとは………】
【あ、あの、ドン! そのことなんですが………】
【何だ? 何か知っているのか?】
【じ、実は………】
 手下はアーノルドがドン・サルートより贈られたといっていたアーマー・マグナム強化装置を使おうとしたら銃が暴発し、そこを狙われて絶命したのだと言った。
【アーマー・マグナムの強化装置だと!? バカな! 俺はそんなモン知らねぇぞ!!】
【で、ですがアーノルドさんは確かにドンからもらったって………】
【………わかった。調査しておくとしよう。オメェはもう休め。それから、その強化装置のことは誰にも話すんじゃねぇぞ、いいな?】
【へ、へぇ………】
 ドン・サルートは手下を下がらせると代わりにフラックスを呼び寄せた。フラックスは「どうした? 私は忙しいのだが………?」と不満気だった。
【フラックス】
 ドン・サルートはフラックスをジロリと睨む。フラックスはドン・サルートの視線から逃れるように視線を他所へ外す。
【フラックス、オメェあの時の言葉は覚えてるな?】
 ドン・サルートは深く溜息を一つつくと、昔を懐かしむ口調で尋ねた。フラックスは首を縦に振った。
「当たり前だろ、サルート」
【………なら構わない。今回の件は、不問にしておく】
 ドン・サルートはそう言うとフラックスを下がらせ、そして葉巻を咥えて火をつけた。深く煙を吸い込み、そして吐き出しながら独り呟く。
【………どうしてこうなっちまったんだ、どうして………】
 ドン・サルートの呟きに答える者は誰もいなかった。


資料

名前 メタル・ユニコーン
シャシー MBT70/Kpz.70
主砲 一五五ミリスパルク
副砲 スキャンレーザー
SE マニアックシェフ
エンジン シルフィード
Cユニット アクセルノイマン


次回予告

 ………バイクに跨って風を切るってのはいいモンだ。戦車に乗って走るのとは全然違う種類の快楽が味わえる。
 何と言うのかな、自分が風になったかのような錯覚を覚えるんだ。バイクに乗る奴はその錯覚を覚えたがっているのかもしれないな。
 この錯覚があまりに気持ちいいんでな。未だに未練タラタラと出るらしいぜ、スピードに憑かれた亡霊がよ。

次回、「SPEED EATER」


第一〇話「完全なる敗北」

第一二話「SPEED EATER」

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