メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第一〇話「完全なる敗北」


 高い塀に四方を囲まれた建物が、アスファルトがはがれて荒野になった道路の先に建っている。
 ここはロンダー刑務所。今も昔も悪が住む場所。時代の流れによって変わった唯一の点は、悪を収監するための施設だったロンダー刑務所が、今では悪の本拠地になっていることだった。
 ロンダー刑務所の奥にある所長室。ここがロンダー刑務所を本拠とするサルモネラ・ロンダーズの首魁ドン・サルートのプライベートルームであった。
 ドン・サルートは所長用の椅子に腰をかけ、例によって葉巻を吹かしながら執務机で模型を組んでいた。応接用のソファーでは金色の装甲を照明で輝かせながらフラックスが左手を布切れで磨いていた。別に何か世間話をするでもなく、静かに時間だけがすぎていく………かと思ったが、所長室の分厚い扉と壁越しからでもしっかり聞こえるほどの足音が近づきつつあった。
【ん?】
 サルートが咥えていた葉巻を指で持った瞬間にドアが開かれ、大きな体を誇る猿が一匹入ってきた。
「アーノルド」
 左手を磨いていたフラックスがけたたましい足音をたてながら入ってきた猿の名を呼んだ。アーノルドは不機嫌そうにフラックスを睨んだがすぐさま表情を崩す。そして鬼の首でも取ったかのような口調でフラックスをはやす。
【ハッ、聞いたぜ、金ピカ!】
「……………」
【サルートを護るためのロボットのテメェが、ハンターに追い詰められて逆にサルートに護られたんだってぇ!?】
「クッ………」
 アーノルドの下卑た口調にフラックスは左腕を磨く事をやめる。しかしそれ以上は何もなかった。何かが起こる前にドン・サルートが二人に割って入ったからだ。
【それはそうとアーノルド………一体、何の用だ?】
【おぅ、兄弟! 実はな………】
 アーノルドは馴れ親しんだ友の肩に手を回す。この二人はこの世に生れ落ちてからずっと、親友として肩を並べてきた仲であった。故にサルモネラ・ロンダーズの中でアーノルドはナンバー2であると目されている。
【そこの金ピカの不手際で兄弟に泥が塗られたって聞いたんでな。俺がその汚名を挽回してやろうと思ったわけよ!】
「何ッ………!!」
 アーノルドの言葉に金ピカが怒りをあらわにして立ち上がる。磨きたての機関銃となっている左手が血を求めてうごめく。
【あぁ? 金ピカぁ、テメェがドジ踏んだからサルートがハンターなんぞに背を向けることになったのは事実だろーが! それとも、違うってぇのか? あ?】
「キサマ………」
【よさねぇか!】
 バァン
 一触即発だったフラックスとアーノルド。しかしその場はドン・サルートが机をしたたかに叩いた音でうやむやとなった。ドン・サルートは葉巻を咥えて煙を吸い込む。
【………俺は仲間内のいざこざが一番キライなんだよ。アーノルド、オメェもちったぁ言葉に気をつけな】
【ハハッ、お前は昔から仲間を大切にする奴だったな】
【アーノルド、ならわかるな?】
 ドン・サルートに睨まれたアーノルドは大人しく頷く。フラックスも怒りの矛を収めるしかなかった。「フン」と鼻を鳴らすとフラックスは再びソファーに腰かける。
【で、アーノルド。俺の汚名をどうするって?】
【おお、そうよ。ハンターに舐められっぱなしってなぁ、気に食わねぇ。俺がババーッと片付けて、汚名挽回してきてやるぜ】
「フン、『汚名』を『挽回』しようとは酔狂な奴だ………」
 汚名は返上するものである。汚名の挽回とはすなわち恥の上塗りではないか。フラックスはまだ収まらぬ怒りの一端を皮肉に載せて呟いた。
【まぁ、そりゃそうとあのハンターども、戦車を持っていたぞ。アーノルド、気をつけて行けよ?】
【ヘッ、俺にはコイツがあらぁな、兄弟!】
 アーノルドは腰のホルスターに刺さっている大型の拳銃を取り出し、指でクルクルと回し始める。その拳銃は対物ライフルの大口径銃弾を撃つという対物拳銃ともいうべきバハウザーGMA−571通称アーマー・マグナムと呼ばれる大口径拳銃だった。角度と距離次第では戦車の装甲すら撃ちぬくことができる。
【じゃ、行ってくるぜ、兄弟!】
 アーノルドはそう言い残し、意気揚々で所長室を出て行った。その背中を睨みつけていたフラックスがポツリとこぼす。
「大物気取りとは、笑わせる」
【別に、悪い奴じゃないんだ、悪い奴じゃ………】
 ドン・サルートはそう言うと葉巻を灰皿に押し当て、意識を模型一本に集中し始めた。



 雲一つなく、青一色の空に燃える太陽は今日も大地を渇かしていた。
 そんな中、南を目指して走る三つの車両の姿。軽戦車を先頭に、キャンピングカー、そしてサイドカーと続く。車種こそバラバラであるが、しかし武装しているという共通点があった。
 砂塵を巻き上げて走る三つの影はサルモネラ・ロンダーズのみならず、周辺のモンスターにも見つかっていた。
「ん?」
 先頭を走るリトル・ユニコーンの運転手であるヨハンは地平線の向こうから何かが近付いてくるのを見た。ヨハンはウォズニアクSIにその姿を照合させる。ウォズニアクSIの下した判断は85ミリ自走砲四両が近付きつつあるということだ。
「マリィ、ビリーさん! 敵だ! 85ミリ自走砲が四!!」
 ヨハンは無線の送話機を取ると大きな声でそう伝えた。
「おー。軽く片付けるとするかな」
 ビリーは昼食のスパゲッティの皿を前にしたような気軽さでそう返事するとサイドカーのハンドルを切って独り別方向へ進む。愛用の対物ライフルHS−SAT パイルバンカー・カスタムで遠くから85ミリ自走砲を狙い撃とうというわけだ。ならばヨハンたちは85ミリ自走砲の注意を引いてビリーの狙撃を容易にするべきだろう。
「マリィ、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫」
「よし、正面から行くよ!」
 ヨハンはリトル・ユニコーンのアクセルをグッと踏み込む。リトル・ユニコーンのチヨノフターボが激しい唸りをあげながらパワーを生み出す。速度を増したリトル・ユニコーンは見る間に85ミリ自走砲との距離を詰めていく。
 先に撃ってきたのは85ミリ自走砲だ。ヨハンたちのそれより大きな85ミリ口径の主砲が長い射程距離を活かしてヨハンたちより早く、四連続で雄叫びをあげる。だが85ミリ自走砲の放った砲撃はリトル・ユニコーンやジャック・イン・ザ・ボックスの周辺の土を掘り返すだけだった。射程距離だからといって必中だとは限らない。命中が期待できる距離となれば………85ミリ自走砲もリトル・ユニコーンの五五ミリ砲も大差はない。
 85ミリ自走砲の砲撃を意ともせず、若き一角獣は一気に距離を詰める。駿馬の如く戦場を駆けるリトル・ユニコーン。リトル・ユニコーンと85ミリ自走砲との距離は六〇〇メートルを切っていた。
 ヨハンはアクセルを思いっきり踏みしめたまま、リトル・ユニコーンの進路を85ミリ自走砲のそれと正対させる。二つの進路がぶつかり合う! ………そう思われた瞬間、ヨハンはハンドルを切り、リトル・ユニコーンの進路をわずかだが右に逸らす。リトル・ユニコーンのキャタピラが巻き上げた土くれが85ミリ自走砲の転輪を叩く。二つの車両はそれほどまでに近付いていた。リトル・ユニコーンが85ミリ自走砲との距離を極限にまで減らし、そして今度は増やし始める。再びリトル・ユニコーンと85ミリ自走砲との距離が三〇〇メートルほども離れた時、リトル・ユニコーンとすれ違った85ミリ自走砲はガクリと速力を落とし、鉄板の隙間から炎を噴出し始めた。リトル・ユニコーンが85ミリ自走砲とすれ違った際に、リトル・ユニコーンは五五ミリ砲が搭載された砲塔を85ミリ自走砲に向け、零に限りなく近い距離で一撃叩き込んだのだった。これほどまでの至近距離で放たれた一撃に、85ミリ自走砲の装甲は簡単に貫かれた。85ミリ自走砲の車内で発生した火災は85ミリ自走砲内の残弾に引火。85ミリ自走砲は派手に炎を噴き上げながら弾けたのだった。
 大胆かつ不敵に85ミリ自走砲を一両撃破したヨハン。残り三両の85ミリ自走砲はリトル・ユニコーンを逃しはしないとキャタピラを軋ませて車体の向きを変える。旋回式の砲塔を持たず、自身の正面の敵しか撃つ事ができない85ミリ自走砲は、自らの車体を回すことで砲の向きを変えるのであった。その場でキャタピラの左右をそれぞれ逆方向に動かして超信地旋回を行う。だがそれはこの場でやってはならない行動だった。
 超信地旋回の最中の85ミリ自走砲は控えめに言って鉄の塊だった。まるで射的の的を射抜くかのようにビリーのパイルバンカー・カスタムから放たれた一七ミリ弾が一両の85ミリ自走砲の右キャタピラを切断する。右キャタピラを切られ、半身不随となった85ミリ自走砲はノタノタとその横っ腹を晒す。ビリーは両手でパイルバンカー・カスタムを抱えながら日本の足で乾いた大地を蹴り、その身を85ミリ自走砲の群れに進ませる。走りながらビリーはパイルバンカー・カスタムにアタッチメントの杭打ち機を取り付ける。このアタッチメントを取り付けた状態の長銃パイルバンカー・カスタムこそ彼が杭打ちパイルドライバービリーと呼ばれる所以である。ビリーはパイルバンカー・カスタムの射撃でキャタピラを切断した85ミリ自走砲に対して火炎瓶を三つ投げつける。85ミリ自走砲の鉄の装甲にぶつかると瓶は割れ、中に注がれていた燃料が85ミリ自走砲にベッタリと塗装される。そして火炎瓶の栓として詰められていた火のついた布によって燃料に火が灯り、85ミリ自走砲は激しく燃え盛る。ビリーは火達磨になった85ミリ自走砲には目もくれず、さらに別の85ミリ自走砲へと駆け寄る。ビリーは超信地旋回中の85ミリ自走砲の背後に回り、数十トンの巨体を振り回す85ミリ自走砲に怯むことなく手を伸ばした。そして85ミリ自走砲のシャシーにしがみつき、ついにはそのシャシーの上に乗る。そしてアタッチメントを取り付けて完全な状態になったパイルバンカー・カスタムの銃口を85ミリ自走砲のシャシーに向ける。
 ズドゥッ!
 炸薬が爆発することで発生する炎をブースターのようなノズルによって逃し、パイルバンカー・カスタムは全長四五四ミリメートルの杭を85ミリ自走砲の車体に撃ち込んだ。ビリーが杭を撃ち込んだ箇所はエンジンルームだった。人体で表現するなら心臓といっていい箇所を杭打ち機で撃ち抜かれた85ミリ自走砲は動力を失って停止する。だが、その時………。
「ビリーさん、逃げて!」
 咄嗟の声にビリーは85ミリ自走砲の車体から跳び下り、その身を砂に伏せた。その瞬間にビリーが杭を撃ち込んだ85ミリ自走砲に砲撃が加えられ、85ミリ自走砲は破壊される。もしもあの85ミリ自走砲の上にビリーが乗ったままだったなら、ビリーも一緒に吹っ飛んでいた所だろう。
 その犯人はビリーに火炎瓶をぶつけられて炎上した85ミリ自走砲だった。火炎瓶を三つもぶつけられて火達磨になったかのように思われていたが、火炎瓶の炎では行動不能には及ばなかったようだ。
「………チッ!」
 ビリーはパイルバンカー・カスタムを構えて反撃しようとするが、パイルバンカー・カスタムは杭打ち機を含めると全長二メートル以上にもなる長銃だ。そう簡単に振り回せるシロモノのはずがなかった。ビリーがパイルバンカー・カスタムを構えるより速く、炎に包まれた85ミリ自走砲がビリーを轢き殺さんとキャタピラを軋ませて前進してきた。
 だがその前進を阻む影。
 それはマリィが乗るジャック・イン・ザ・ボックスだった。ジャック・イン・ザ・ボックスはビリーを轢き殺そうとする85ミリ自走砲の横っ腹に体当たり。その軌道を逸らすことに成功した。自走砲という軍用車両にキャンピングカーであるジャック・イン・ザ・ボックスが体当たりをしかけて無事であるとは思えないかもしれないが、しかしジャック・イン・ザ・ボックスは装甲タイルで周囲を固めている。外側を覆う装甲タイルが何枚か剥がれただけでジャック・イン・ザ・ボックスのシャシー自体は無事だった。ジャック・イン・ザ・ボックスは少しだけ後退し、距離を開くと火炎放射器を放った。ジャック・イン・ザ・ボックスの火炎放射器が放つ炎は火炎瓶のそれと比べると圧倒的だった。それは焚き火の火と地獄の劫火ほどの差が開いているようにビリーには思われた。それで85ミリ自走砲の動きは完全に止まった。火炎放射器の熱で85ミリ自走砲のCユニットが焼ききれたのだろうか? 理由は不明だが、とにかく火炎放射器の炎で動かなくなったのは紛れもない事実だ。
「さっきの声、お嬢ちゃんか!?」
「ケガはありませんか、ビリーさん?」
「ああ、助かったぜ………。残り一つはどうなった?」
 ビリーの声にマリィはジャック・イン・ザ・ボックスの火炎放射器を動かし、その砲口で指し示した。その指し示す先には最後に残った85ミリ自走砲と一対一で砲撃戦を繰り広げるリトル・ユニコーンの姿があった。だがほどなくしてその最後の85ミリ自走砲もリトル・ユニコーンの砲撃を受けて破壊される。
「ほー、大したモンだ」
 とても一三歳のガキが操縦しているとは思えないほどにリトル・ユニコーンの動きは素晴らしかった。この荒れ果てた世界に生れ落ちてからずっと、モンスターハンターの両親と共に戦場を駆け回ってきたというのは決して伊達じゃないようだ。
「さすがはクレメントだ………いい教育してやがる」
 リトル・ユニコーンの操縦を見ていたビリーの口から思わず漏れる言葉。それは小さな声だったので、マリィの耳にはよく聞こえなかった。
「え? ビリーさん、何か言いましたか?」
「いや、何でもない」
 聞き返すマリィにビリーは素っ気なくいうとパイルバンカー・カスタムを肩に提げて立ち上がる。傍に停めているサイドカーを取りにいくためだ。
 だがビリーは首筋をあぶるような強い殺気に振り返り、その身を乾いた大地に伏せた。
「ど、どうしたんですか、ビリーさん!?」
 突然地面に伏せたビリーに驚きを隠せないマリィ。ビリーはマリィに怒鳴った。
「ボサッとしてんな! 新手だ!!」
 ビリーは地面に伏せながらパイルバンカー・カスタムの銃身に弾を装填する。一七ミリ口径の銃弾が三発、パイルバンカー・カスタムの中に吸い込まれていく。ビリーは照準機と連動しているゴーグルを下げ、殺気の根源を探して目を動かす。
 だがビリーの言う新手はビリーの予想の上を行っていた。
 不意に地面に伏せるビリーに影が差す。雲か? 否、今日は雲一つない快晴だったはず………。
【ヒャハー!】
 新手の正体はサルモネラ・ロンダーズのアーノルドであった。アーノルドは自慢の脚力で地面を蹴って跳び、上空からヨハンたちに襲い掛かってきたのだった。
「野郎!」
 ビリーは歴戦のソルジャーらしくアーノルドの奇襲に素早く反応。パイルバンカー・カスタムの銃口を上へ向けて連続で三発放つ。だが充分な狙いを定めずに放たれた三撃はアーノルドをかすりもしない。アーノルドは腰のホルスターから大口径拳銃アーマー・マグナムを抜くとジャック・イン・ザ・ボックスに向けて引き金を引いた。
 ドゥッ! ドゥッ!
 拳銃とは思えない発射音が響く。だがジャック・イン・ザ・ボックスは咄嗟にバックしていたためにアーマー・マグナムの一七ミリ弾に貫かれることはなかった。
【さぁ、兄弟にかかせた恥を百倍にして返してもらうぜ!!】



 マリィの乗るジャック・イン・ザ・ボックスとビリーから少し離れた所にいたヨハンはアーノルドの奇襲に驚きを隠せなかった。だがすぐさま気を取り直し、ヨハンはリトル・ユニコーンのアクセルを思いっきり踏み込む。リトル・ユニコーンはヨハンの操縦に応え、チヨノフターボが唸りを強くする。
 距離はまだ遠いが、牽制になればいい。そう考えたヨハンは五五ミリ砲を放つ。だがそれはアーノルドにもわかっていたことだ。ヨハンの放った一撃は命中するはずがないと踏んだアーノルドは五五ミリ砲弾に目もくれず、アーマー・マグナムでジャック・イン・ザ・ボックスを撃つ。
 アーマー・マグナムから放たれた一七ミリ弾はジャック・イン・ザ・ボックスの装甲タイルだけでなく装甲タイルの下のシャシーそのものにまで届き、ジャック・イン・ザ・ボックスにダメージを与えた。
「キャアッ!?」
 着弾の衝撃に揺れるジャック・イン・ザ・ボックス。マリィは悲鳴をあげながらもCユニットのHAL900に損害をチェックさせる。………どうやら今の一撃でHAL900自身が損傷したようだ。妙にレスポンスが悪くなっている。Cユニットが破損したために照準が合わせ辛くなったが、マリィは火炎放射器を発射させる。
 真っ赤な炎が噴出され、アーノルドを包みこむ………はずだったがアーノルドの跳躍はジャック・イン・ザ・ボックスの副砲旋回速度より速かった。
 アーノルドはジャック・イン・ザ・ボックスのシャシーの上に飛び乗ると、両の拳をあわせてジャック・イン・ザ・ボックスの天井に叩きつける。
 ガンガンガンと耳障りな音が響く。だがマリィにとってその音は耳障りだと思うよりも恐怖の方が先になるだろう。なぜならばアーノルドが一撃叩きつけるたびにジャック・イン・ザ・ボックスの天井は歪んでいったからだ。
「テメェ、調子に乗るな!」
 再び銃弾を装填したビリーがジャック・イン・ザ・ボックスの天井で暴れるアーノルド目掛けて引き金を引く。アーマー・マグナムと同じ口径で同じ規格の一七ミリ弾がパイルバンカー・カスタムの銃口から吐き出される。
 しかしアーノルドはまたも跳び上がり、ビリーの射撃から逃れる。そして今度はビリーを狙うべくアーマー・マグナムの銃口をビリーへ向ける。だがそれこそがビリーの目的だった。ビリーは杭打ち機を装着したパイルバンカー・カスタムを構えながらアーノルドに向けて突進していたからだ。自分を狙ってアーマー・マグナムの銃口を向ける一瞬のうちに、ビリーは杭打ち機の射程にまで飛び込むつもりだ。
「おおおおおおおお!」
 雄叫びをあげながら走るビリー。そしてアーノルドの腹目掛けてパイルバンカー・カスタムを突き出す!
「!?」
 だが………だが、パイルバンカー・カスタムはわずかだがアーノルドには届かなかった。アーノルドが足元に転がっていた小石を蹴り、ビリーの喉にぶつけたからだ。ビリーの突進はくじかれ、ビリーは喉を押さえてうずくまる。
【バカが! 俺たちサルモネラが人間なんかに負けるわきゃねーだろうが!】
 アーノルドはそう言うとビリーの腹を思いっきり蹴飛ばす。まるでサッカーボールのようにビリーは五メートルほど飛び、地面に叩きつけられる。たまたま下が砂地だったためにビリーは無事であったが、ビリーは蹴られた際にあばら骨が何本か折られたことを悟った。
「ぐ………クソ………ッ!」
「マリィ、ビリーさんを頼む!」
 ヨハンの声。そしてビリーのすぐそばをリトル・ユニコーンが駆けていく。
「大丈夫ですか!?」
 そしてすぐさま駆けつけるマリィ。マリィはサバイバルキットの中からエナジーカプセルを取り出すとビリーに飲むように勧めた。エナジーカプセルの中に含まれている即効性鎮痛薬オイホロトキシンがビリーの痛みを即座に消してくれる。そしてエナジーカプセルの新陳代謝を加速させる作用がビリーの傷を回復させていく。エナジーカプセルを一つ飲み込んだだけでビリーの傷はほとんど治療されていた。
「よかった………大丈夫そうで」
 エナジーカプセルの効果で即座に元気を取り戻したビリーを見てマリィが安堵の息を漏らす。だがビリーは険しい顔のまま言った。
「アイツ、かなり強いぞ。気をつけろよ、ヨハン………」



 リトル・ユニコーンを操縦するヨハンとアーノルド。二人は互いに距離を取りながら対峙を続ける。つまりリトル・ユニコーンが前進すればアーノルドが退き、アーノルドが前進すればリトル・ユニコーンが退くということである。
 しかし短気なアーノルドがそんな対峙を長く続けられるはずがなかった。アーノルドはアーマー・マグナムを抜くと一気にリトル・ユニコーンとの距離を詰めにかかる。
「ん!」
 ヨハンはリトル・ユニコーンの副砲である七.七ミリ機銃を放ち、アーノルドの進路を塞ぐ。七.七ミリ機銃の弾幕でアーノルドは常にリトル・ユニコーンの正面に立たされることになっていた。戦車の装甲がもっとも分厚いのは正面なのだから、アーノルドにとって非常に戦いにくい位置だといえる。
「キキーッ!!」
 獣の咆哮をあげながらアーノルドがアーマー・マグナムを放つ。だがリトル・ユニコーンの七.七ミリ機銃に阻まれて満足な射撃ポイントにつけない状態で放った一七ミリ弾はリトル・ユニコーンの装甲を穿つことはできなかった。
 今度はこちらの番だとばかりに五五ミリ砲をぶっ放すヨハン。野生の反射神経を誇るアーノルドに直撃することはなかったが、それは至近弾となって舞い上がった破片や土砂がアーノルドの左腕を叩く。生身の人間ならば致命傷になってもおかしくないはずだが、サルモネラ一族の筋肉は鋼のように硬く、至近弾が舞い上げた破片や土砂に耐え切ってみせた。
 再びリトル・ユニコーンの副砲が唸りをあげる。ヨハンはこの副砲による牽制でアーノルドの動きを封じ、そして五五ミリ砲弾を放ち続けるつもりだった。至近弾が重なれば致命傷にだってできるだろうし、直撃がでればなおさらだ。戦いのイニシアチブはヨハンが握っていた。
 だがアーノルドもドン・サルートの幼馴染だからというだけでサルモネラ・ロンダーズのナンバー2顔をしているわけではない。彼も己の力を頼みにサルモネラ一族の内部紛争を生き残ってきたのだ。人間ごとき・・・・・に負けるはずがない。
【なめんな!】
 アーノルドはサルモネラ一族にしかわからない言語で吼える。ヨハンの耳には野獣の咆哮に聞こえただろう。
 とにかくアーノルドは両腕で顔と胴体を護りながら地面を蹴り、まるで弾丸のようにリトル・ユニコーンへ跳びかかる。七.七ミリ機銃弾が何発もアーノルドの腕に突き刺さる。まるで焼けた針が何本も突き刺さるかのような痛み。
【GUUUUOOOOOO!】
 アーノルドは自分でもよくわからない雄叫びをあげながら突進を続ける。アーノルドの突進を止めるべくヨハンは五五ミリ砲も放つ。そしてそれはアーノルドに直撃する! ………だが、それでもアーノルドの突進は止められなかった!!
【WOOOOOO!】
 アーノルドは両腕を前に突き出したまま、リトル・ユニコーンに体当たり。若き一角獣は歴戦の野猿の体当たりを受けて吹っ飛ぶ。全備重量が一〇トンを超えるはずのリトル・ユニコーンが、アーノルドの体当たりで吹っ飛び、そのまま横倒しに倒れる。
 アーノルドは横倒しになってあらわとなったリトル・ユニコーンの裏側にアーマー・マグナムを撃ち込む。普通、ひっくり返るなど戦車は想定していない。そのために裏側は戦車の装甲が最も薄い箇所なのだ。戦車にとって最大の弱点といえる箇所にアーマー・マグナムの銃弾が幾重も突き刺さる。
「う、クッ………」
 ヨハンは横倒しになったリトル・ユニコーンのハッチから何とか脱出する。無事で………といいたいところだがリトル・ユニコーンを貫いた銃弾が掠めたのだろう、右腕から血が流れていた。
 まだ興奮状態にあるアーノルドはアーマー・マグナムの残弾が無くなっているにも関わらず、引き金を何度も引き続けている。だが二十回ほど引き金を引いた時、アーノルドはようやく正気に返った。そして戦車から脱出して逃げようとしているモンスターハンターを見つけ、それを嬲り殺すことに決めたのだった。だがアーノルドのその望みは叶わなかった。ビリーがパイルバンカー・カスタムでアーノルドを狙撃したからである。アーノルドの狙撃はアーノルドのふくらはぎを射抜いたのだった。脚を撃たれては自慢の脚力を使うことができなくなる。アーノルドが忌々しげにビリーを睨んだ時、マリィのジャック・イン・ザ・ボックスがヨハンを回収し、その場から逃げ出すべく速力を増していた。
 ならば自分を狙撃したソルジャービリーの方をくびり殺してやろうとアーノルドは考えたが、しかしビリーもこれ以上アーノルドと戦うつもりは無かったようだ。アーノルドの足を潰した事を確認すると、さっさとサイドカーに乗ってその場を後にしたのだった。
 アーノルドはビリーに撃ち抜かれたふくらはぎから流れる血を止めようともせず、ただモンスターハンターたちを逃がしてしまったことを悔やむことだけをした。アーマー・マグナムを地面に思い切り投げつけたのもその一つだ。
【チッ………忌々しい奴らめ!】
 アーノルドの怒声だけが虚しく荒野に響き渡った………。



 アーノルドが追ってきていないことを確認したジャック・イン・ザ・ボックスとビリーのサイドカーは三〇分ほど走った所で停車した。
 サイドカーを降りたビリーはすぐさまジャック・イン・ザ・ボックスに向かい、ヨハンに尋ねた。
「ヨハン、ケガはどうだ?」
「あ、僕なら大丈夫ですよ」
 ヨハンもエナジーカプセルを飲んでアーノルドから受けた傷を癒していた。血を流していた右腕を包帯で巻いて治療終了とする。
「しかし………負けてしまいましたね………」
 マリィが唇を噛み締めながらそう呟いた。マリィの言葉を聞いたヨハンはビリーやマリィに背を向け、そして体を震わせ始めた。耳をすませばかすかに聞こえるのは嗚咽であった。
 そう、アーノルドとの戦いはまさに完全なる敗北であった。ヨハンにいたっては長年乗り回してきたリトル・ユニコーンすら失うという大敗であった。今は亡き父クレメントと共に戦場を駆けてきた愛車リトル・ユニコーンの喪失………。父親に続いてヨハンは自らの半身までも失ったのだった。涙がこぼれるのも当然だと言えよう。
 だがビリーはあえて悲しむヨハンとマリィを哂う口調で言った。
「何だ何だ。たった一回負けただけでこんなに落ち込むなんざ………情けないぜ」
「で、でもビリーさん………。ヨハンのリトル・ユニコーンまで破壊されたんですよ!?」
「だが、負けちまった事実なんざ今更覆しようがないだろ?」
 俺たちは神様じゃない。時計の針を戻すことはできやしないのさ。
「………問題は、次に勝つ方法をどうやって見つけるかさ」
「「!!」」
 ビリーの言葉にマリィと涙で目を晴らしていたヨハンは顔を見合わせた。ヨハンは涙を拭いながらビリーの言葉を反芻した。
「次に、勝つ、方法………」
「そうだ。いや、むしろ俺たちは死ななかったんだ。ならば負けじゃない。勝ちじゃなかったが、負けじゃない。次こそ勝てばいい。違うか?」
「「……………」」
「「………はい!」」
「よぉし、いい返事と眼差しだ。じゃあ、行くか!」
 そう言うとビリーは自分のBSコントローラーを取り出すと周辺の地図を画面に映し出した。
「これは………?」
「この辺りの地図だ。いいか? 今、俺たちがいる場所から東にちょっと行った所に研究所があるんだ」
「研究所………? 何の研究所です?」
 マリィがそう尋ねるとビリーは会心の笑みを浮かべて一言、衝撃的な一言を発した。
「戦車を造る研究さ」


次回予告

 ………鉄の騎士も、若き一角獣も、モンスターとの戦いで傷つき、そしてついには斃れた。
 多くのモンスターを倒した偉大なる戦車。その残骸から、今、新たなる戦車が誕生する。
 どうだい、ヨハン? 新しいオモチャを目の前にした感想は?

次回、「受け継がれる魂」


第九話「ヒーローになる時」

第一一話「受け継がれる魂」

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