トーナの町から見てはるか南にそれはあった。
 大破壊が起きる前の、人類が繁栄を謳歌していた頃からそこは悪が集まる場所だった。大破壊後の今でもそこには悪が集っていた。
 だがその意味は大破壊の以前以後で大きく変わっている。大破壊の以前にこの場所にいた悪は監視されるために集められていたからだ。
 それが今はどうだ。野放しになった悪は牙を剥き、人々に襲い掛かろうとしていた。
 ここはロンダー刑務所。大破壊の以前では悪を閉じ込めていたが、今では悪が基地とする施設である………。



 ロンダー刑務所に拠点を構える猿型モンスターの組織 サルモネラ・ロンダーズはロンダー刑務所のすぐ近くにあるイサカの町を襲った。イサカの町は人口四〇〇〇人とこの時代にしては非常に大きな町で、強力な自警団イサカ町衆を結成していることでも知られている。自警団イサカ町衆は元モンスターハンターを数多く有し、両の手の指の数以上の戦闘用車両を保有することで有名であった。
 だがそのイサカの町は今、炎の中にあった。
【イサカ町衆がいる限り、イサカの町は平穏無事………】
 サルモネラ・ロンダーズの首魁 ドン・サルートはそんなことを呟きながら、大地を蹴って体を右方向へ跳ばした。ドン・サルートが一瞬前までいた場所に機銃弾が次々と突き刺さる。それを撃ったのは荷台に九ミリ機銃を載せたトラックだった。ドン・サルートは上に向かって跳び、ビルの残骸を跳び越えてトラックに向かって落ちる。
 ガシャアアッ
 重力によって加速されたドン・サルートは自らの肉体を砲弾にしてトラックへ叩きつけた。荷台の根元から裂かれたトラックに戦闘能力のことなど考えるだけ無駄だ。トラックから慌てて運転手が飛び出し、引け気味の腰で逃げ出そうとする。しかし運転手の逃げる背中に銃弾が次々と突き刺さり、運転手の背中は背中だったモノへと変えられる。
 銃弾を放ったのは金色の装甲に包まれた人型ロボット フラックスだった。あちこちで燃える炎に照り付けられた金色の装甲が眩しい。フラックスは五本の指が銃身となっている左手を撫でながらドン・サルートに近寄った。
「さっき何か呟いていたようだが、何のことだ?」
 フラックスの鼻につく声を聞きながらドン・サルートは葉巻を一本取り出し、すぐ近くで燃える炎で灯す。
【この町で信じられていたことだ。イサカ町衆………自警団としちゃ優秀だったんだろうがな】
「ふむん………。ところでサルート、この町を脱出した者がいるのだが追っていいかな?」
【ああ、いいぜ。ただ、ムチャはするなよ。兵隊も連れて行けよ】
「ああ、わかっているよ」
 フラックスは赤々と光る眼を嬉しそうに点滅させると埃よけのために右半身を覆うように身に着けているマントを翻してキビキビとした足取りでサルートの許を離れていった。フラックスの背中を見ながら葉巻をくゆらせるサルート。その眼差しは複雑な色を放っており、内心の動きはうかがい知ることができなかった。

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第九話「ヒーローになる時」



 杭打ち・ビリーパイルドライバー・ビリーと行動を共にするようになったヨハンとマリィ。
 三人はビリーの勧めもあってマイカタの町を訪れていた。ビリーの言う通りマイカタの町はトーナの町よりはるかに大きく、そして多くの人が集まっていた。
「ここならトーナより沢山の情報が集まるってわけだ。俺たちに適当なモンスターの情報もここなら入手しやすいってわけよ」
 ビリーはそう言うと町の入り口にサイドカーを停め、自慢の長銃を肩に提げてマイカタの町に向かって足を進めた。ヨハンとマリィもビリーの後を追いかける。
 マイカタの町を歩き始めてヨハンが気がついたのはトレーダーの数が多いことだった。トレーダーとはこの荒れ果てた世界を右に左に渡る行商隊のことだ。彼らが運ぶ物資は勿論のこと、情報だって通信網が壊滅したこの世界では貴重な資源だと言える。そのトレーダーが数多く見かけられるというのはこの町がそれだけ大きく、そして重要だということだろう。
「よぉ、お嬢ちゃん。DDパイナップルはどうだ? 安くしとくぜ」
 露店を開いているトレーダーがズシリと重く黒光りするDDパイナップル、つまりは手榴弾を片手にマリィに呼びかける。すると抜け駆けは許さんとばかりに隣で店を開いていた男も口を挟む。
「いやいや、俺っちのニトロビールの方がいいぜ。身を護るにはこっちの方がいい」
「に、賑やかですね」
 マリィは強引に売り込みをしてくるトレーダーに少し気圧された面持ちで感想を述べた。
「いや、俺が前に来た時よりずっと武器売りが増えてるな………」
 ビリーは首を傾げながらも露店の一人に声をかける。
「おい、昔からこんなに武器売りが多かったっけか?」
「ん? 兄ちゃんのカッコ、この町のモンじゃねーな?」
「俺たちはモンスターハンターでな。あちこちを回ってる」
「なるほどぉ。じゃあ知らないのも無理はねーな」
 そう前置いて露店は物々しい表情と口調で言った。
「はるか南のイサカの町がモンスターの群れに襲われて壊滅したんだよ。この町にもイサカからの難民が沢山流れてきてる」
「イサカの町が!?」
 信じられないとばかりに声をあげたのはヨハンだった。
 イサカの町というのはこの辺りに住む者なら誰でも知っている大きな町の名前だ。人が多いだけでなく強力な自警団も誇り、この地方ではもっとも安全な町だと噂されていたのに………。
「みんな、次はこの町が狙われるんじゃないだろうかと心配なのさ」
 そして俺たちはそんな心配性の奴らに武器を売りつけに来たってわけだ。説明を続けていた露店の男は露悪的に笑いながら結んだ。話を聞いていたヨハンとマリィ、そしてビリーは互いに顔を見合わせる。
「で、お前さんたち」
「ん?」
「ニトロビール、買うのか? 買わんのか?」
 ビリーは丁重にお断りした。



 トレーダーたちが露店を開いている通りを抜け、町の外れでマリィが作っておいた弁当のサンドイッチをつまみながら三人は休憩を取っていた。
「イサカの町がモンスターの群れに襲われたなんて………」
 カンビレの村に住んでいた時から知っていたほど大きな町のイサカがモンスターの群れによって壊滅したとの情報はマリィにとってはショックだったらしい。やはりこの世界に安全な場所などないということだろうか。
「ハンターオフィスに聞いてみたが、どうやらずっと内部抗争をしていたサルモネラ一族がやっと一つにまとまったらしい。で、新しく出来たサルモネラ一族の組織、サルモネラ・ロンダーズがイサカの町を襲ったというわけだ」
 ビリーは水筒の水を一口含むと続ける。
「ハンターオフィスはこのサルモネラ・ロンダーズを警戒するようにしたらしく、今週のターゲットとして指定しただけでなくその首魁であるドン・サルートとかいうエテ公に四〇〇〇〇ゴールドもの賞金をかけたそうだ」
「四〇〇〇〇ゴールド………」
 自分が父クレメントと共に倒したキャメル・クルーザーで一五〇〇〇ゴールド、父が命がけで倒したシウンの賞金で一〇〇〇〇ゴールドであったことを考えれば四〇〇〇〇ゴールドもの賞金首であるドン・サルートとやらはかなり恐るべき敵であるといえた。
「どうだ、ヨハン。挑戦してみるか?」
 ビリーは今日の晩御飯のメニューを尋ねるかのような気楽さでヨハンに尋ねた。
「いえ、やめた方がいいと思います」
 ヨハンの返答をビリーは責めることはなかった。むしろ妥当だと頷いた。今の自分たちの戦力じゃとても四〇〇〇〇ゴールド級の賞金首と戦えない。その判断からだった。
 そんな時、ヨハンたちの目の前を一個のボールが弾みながら横切った。おぼつかない足取りでそのボールを追う小さな男の子が次いでヨハンたちの視界に映った。マリィはそっと立ち上がるとボールの元へ足を運び、それを拾って男の子に向けて転がした。マリィやヨハンはそれで初めて気がついたが、男の子はマリィが転がしたボールが見えていないようだった。男の子の目線はあらぬ方向を向いている。男の子は自分の足にボールが当たり、けつまずいて転んで初めて自分の足元にボールがあることに気付いたようだった。転んで膝をすりむいた男の子に慌てて駆け寄るマリィとヨハン。ビリーはポケットから絆創膏を取り出してヨハンに投げた。
「大丈夫か? ほら、ボール」
 ヨハンは血が滲む男の子の膝に絆創膏を貼ってやるとボールを手渡した。男の子は光が入らぬ瞳でヨハンの声がする方を向いた。だがその目線はどうしてもズレてしまっている。
「うん、ありがとう!」
 しかし声に出しては元気よく、男の子はヨハンに礼を言った。
「あ、ビトス!」
 その時、男の子がやってきた方から女の子の声が聞こえた。ヨハンやマリィと同世代の女の子だった。女の子はビトスと呼んだ男の子の許へすぐさま駆けつけた。そしてビトスの膝に貼られた絆創膏に気付き、左足をかばうような歩き方でヨハンたちに近寄るとペコリと頭を下げた。年の割に落ち着いて見えるのはこの時代に目の見えないヤンチャな弟を持つためだろうか? とにかく礼儀正しく女の子は言った。
「あの、ありがとうございます。何だかビトスがお世話になっちゃったみたいで………」
「いや、気にすることないよ。ねぇ?」
 ヨハンに同意を求められたマリィは優しく言った。
「そうですよ。こんな時代だからこそ助け合わなくちゃ」
 ボールをいじって遊ぶビトスを胸元に抱き寄せながら女の子は繰り返し頭を下げる。ふと女の子はビリーが肩に提げている長銃に気がついて尋ねた。
「あの、もしかして貴方たちはモンスターハンターですか?」
「ああ、そうだけど………」
 ヨハンが言い終えるのを待たず、女の子はヨハンの手を取って懇願を始めた。
「あの、お願い! サルモネラ・ロンダーズを倒して欲しいの!!」
「え………!?」
「私たちはイサカの町に住んでいたの。パパもママも一緒で、私たち幸せだった。でも、ある日やってきたサルモネラ・ロンダーズっていうモンスターの群れにイサカの町は………」
「うぅ、うわーん」
 女の子の瞳に涙が溢れて零れ落ちる。急に声に涙を含ませ始めた姉にビトスも泣き始める。
「私とビトスはここまで逃げてこられたけど、パパもママも………ううん、それだけじゃない。ビトスの眼も私の足もあいつらは奪ったわ」
 女の子はそう言うとズボンのすそを捲る。彼女の左足は木でできていた。
「できれば私の手でパパやママの仇を討ちたい………。でも、私じゃそういう訳にはいかないの!」
「……………」
「お願い! 私、私………」
 女の子はそこまで言うと後は言葉にならず、嗚咽をこぼすだけだった。
 その時、泣きじゃくる姉弟の嗚咽を打ち消すかのようなマイカタの住民の叫び声が聞こえた。
「大変だ! サルモネラ・ロンダーズがこっちにも攻めてきたぞ!!」
「!?」
 姉弟にとっての仇がこの町までも侵そうとしている。姉弟は体を強張らせる。それは恐怖と憎悪が入り混じった複雑な感情だった。ヨハンは何も言わず、姉弟に背を向けてマイカタの町の入り口に停めているリトル・ユニコーンの方へ足を進めた。マリィは何も言わず歩き去るヨハンと姉弟を交互に眺めていたが、それでは何にもならないと気付いてヨハンの後を追いかけた。
「……………」
 サンドイッチの最後の一切れを口に放り込んだビリーは気だるそうに首を回す。そして血と硝煙の臭いがこびりついた無骨な手で姉弟の頭を撫でるとヨハンたちの後を駆けて追った。



 その時、マイカタの町にいたモンスターハンターはヨハンたちくらいだったようだ。マイカタの町に迫るというサルモネラ・ロンダーズの迎撃に出たのはヨハンとマリィとビリーの三人だけだった。露店を開いていたトレーダーたちはサルモネラ・ロンダーズ接近の報を聞くやすぐさま店をたたんで荷物をまとめてマイカタの町を出て行ってしまった。まぁ、彼らは商売人だ。戦闘のプロではないのだから戦わないのはしょうがない話かもしれない。
 だがマイカタの町民にとってトレーダーたちの行動はどうしても身勝手に映ってしまう。逆にヨハンたちは幌馬車を助ける騎兵隊のように、輸送船団を護る駆逐艦隊のように頼もしい存在として映ったのだった。
 リトル・ユニコーンを先頭に、ジャック・イン・ザ・ボックスが後に続く。ビリーはサイドカーに乗って適当な場所を見つけると長銃HS−SAT パイルバンカー・カスタムを構えて待ち伏せの姿勢をみせていた。
 そしてヨハンの視界に映ったのはサルモネラ・ロンダーズの猿たち、その数二〇弱だった。アサルトライフルや火炎放射器などで武装した人間ほどの大きさの猿がヨハンに襲い掛かる。
 だがアサルトライフルの射撃ではリトル・ユニコーンの装甲タイルをはがすことはあってもその下の装甲を射抜くにはいたらない。ヨハンはアクセルをグッと踏み込んでリトル・ユニコーンを全速で進ませる。
「お前がーッ!」
 怒りの炎を瞳に燃やしながらヨハンは副砲である七.七ミリ機銃を放つ。七.七ミリ機銃弾はサルモネラ・ロンダーズの兵士の体を射抜く。真っ赤な血に溺れるかのように仰向けに倒れる猿。
 ついで五五ミリ砲に榴弾を装填して放つ。榴弾が炸裂した際に周囲には破片と衝撃が襲い掛かり、サルモネラ・ロンダーズのグループが傷を負う。ヨハンはさらにトドメの一発を放つ。
 父を目の前で失ったヨハンにとって、イサカの町から逃げ延びたあの姉弟の気持ちは痛いほどにわかった。ただ違うことはヨハンはモンスターハンターであるが、彼女たちは戦う力がないということだ。もしも自分がモンスターハンターではなく、あの姉弟のような立場だったらどうだろう。きっと気が狂うほどに復讐を願うだろう。だがその復讐を果たす力がないことに苦しむことに………。そう考えるとヨハンは彼女たちの復讐を代わりに行わなければならないのだと感じるようになっていた。
 それはマリィも同じ思いだった。つい先日まであの姉弟と同じようにモンスターに怯えて暮らすばかりだった自分。自分がモンスターハンターとなったのは偶然の産物にすぎない。だからマリィはこう思うのだ。
「あの娘は私だ。私はあの娘なんだ」
 その思いがマリィの体を突き動かす。何だろう、この体の熱さは。まるで胸のうちに原子炉でも搭載したかのようだ。活力が体の底から無限にあふれ出てくる。今のマリィなら神にだって勝てるような気分だった。
 リトル・ユニコーンとジャック・イン・ザ・ボックスは義憤に猛りながらサルモネラ・ロンダーズの猿たちを相手に真っ向から挑んでいったのだった。



「………熱いね、お二人さん」
 そんなことを呟きながらパイルバンカー・カスタムの銃口と連動したスコープをつけるビリー。ビリーは小高い丘の上を陣取り、そこに寝そべってヨハンとマリィが取りこぼすサルモネラ・ロンダーズを狙っていた。
 ビリーが引き金を引く度に一七ミリ口径弾が飛び出し、サルモネラ・ロンダーズの体を吹き飛ばす。一七ミリ口径弾の持つ運動エネルギーはサルモネラ・ロンダーズの四肢を掠めただけでちぎり取るほどだ。
 三発撃つ度にビリーは一七ミリ弾を取り出し、銃身に直接装填する。パイルバンカー・カスタムは弾倉を持たないタイプの対物ライフルであった。銃弾を直接装填するとレバーを引いて装填完了。そして遠くでリトル・ユニコーンとジャック・イン・ザ・ボックスに手を焼くサルモネラ・ロンダーズを狙うのだ。
 だが不意に強烈な殺気を感じたビリーは己の感覚を信じて頭を伏せて姿勢を極限まで低くする。ビリーの長年の経験に基づいた直感は正しかった。ビリーの周辺に機関銃弾が何発も突き刺さって土ぼこりを巻き上げる。そのうちの一発がビリーの左太ももに命中する。太ももを基点にして走る激痛に顔をゆがめるビリー。
「ふん、ソルジャーがいたとはな」
 人を小ばかにした神経を逆なでする声がビリーの耳に届く。ビリーはパイルバンカー・カスタムを持って咄嗟に身を転がし、パイルバンカー・カスタムの銃口を声の方へ向ける。声の主は金色の装甲に身を包んだロボットであった。
「貴様………何者!?」
 身を転がした際に撃たれた太ももがさらなる激痛を放つ。ビリーは歯を食いしばりながら左太ももに手をやり、銃弾が貫通していることを確認すると血に濡れた手で顔を撫で、赤一色の迷彩化粧を施す。
「私かぁ? 私はフラックスだ。サルモネラ・ロンダーズの者でね」
「貴様もサルモネラ・ロンダーズ………?」
 サルモネラ一族がこんな人型戦闘用ロボットを持っていたとはな………。
「まぁ、私のことなどどうでもいいだろう」
 フラックスは楽しげに「貴様はここで私に殺されるのだからなぁ!」と言い切り、五本の指が銃身となっている機関銃の左手をビリーに向け………そして一気に放った!
 パパパパパパパ
 連続する銃声。だが銃弾はことごとくがビリーに命中しなかった。ビリーはパイルバンカー・カスタムで地面を強く突くと棒高跳びの要領で上へ跳んで逃げたのだった。
「何!?」
 もしもフラックスに表情があったならば目をカッと驚きで見開いていただろう。そんなフラックスの顔面にビリーの放った飛び蹴りがぶち当たる。フラックスはたまらず吹っ飛んで倒れる。ビリーはパイルバンカー・カスタムの長銃に取り付ける杭打ちの装置を取り出す。パイルバンカー・カスタムに取り付けることで長槍のようにすることもできるが、この杭打ちの装置は単独でも使用可能だ。ビリーは痛む左脚を庇う余裕すらフラックスへの攻撃へと向けていた。
「クッ………!」
 フラックスは咄嗟に身をよじってビリーの杭打ちから逃れる。杭打ちの先端は乾いた砂の大地に虚しく突き刺さるだけだ。フラックスは後ろへ跳んでビリーとの距離を開ける。ビリーは杭打ちのことはスパッと諦めてパイルバンカー・カスタムの銃口をフラックスへ向ける。そして引き金を引き………。
 ズギューン
 だが放たれた銃弾はフラックスには当らなかった。いや、本来ならばフラックスを射抜くはずだった。しかし銃弾はフラックスに突き刺さる寸前に何者かによって弾かれたのだった。その銃弾を弾いたのはサルモネラ一族としては小型だが、誰よりも素早く、そして誰よりも力強いサルモネラ一族のドンだった。
「サルート!」
【フラックス、危ねぇトコロだったな】
「サルート………サルモネラ・ロンダーズのドン・サルートか!?」
 ドン・サルートの言葉はサルモネラ一族にしかわからない独自の言語だが、フラックスのそれは普通の言葉。フラックスの言から自分の邪魔をしたサルモネラの正体を知ったビリーは額に汗が滲むのを感じた。まさかいきなり大ボスと対面できるとは思わなかったのだ。
「ビリー!」
 サルモネラ・ロンダーズの兵隊を蹴散らしたヨハンとマリィがリトル・ユニコーンとジャック・イン・ザ・ボックスを急行させる。三対二でにらみ合う両者。だがそんな中、ドン・サルートだけは悠々と葉巻を取り出して咥え、そして火を灯した。あまりに堂々と、そして人を食った行動に唖然とするヨハンたち。サルートは口を開き、人間の言葉で話した。
「おめぇら、ハンターだな? 今日の所は見逃しておいてやる」
 そこまで言うと葉巻の煙を美味そうに吐く。
「だが、この次は無いと思え!」
 サルートは葉巻を二つに折るとその場に叩きつけた。
「行くぞ、フラックス」
 サルートはそう言うと悠然と背を向け、そして歩き始める。フラックスもそれについていく。それにしても何と無防備な撤退だろうか。今、ここでリトル・ユニコーンの主砲を放てば簡単に倒せるのではないだろうか。傍目にはそう思われる。
 だがヨハンは撃たなかった。いや、撃てなかった。ドン・サルートの纏う気迫はヨハンたちの想像をはるかに超えているのだ。万が一ここで戦端を開いてもヨハンたちにあるのは敗北の結果しかあるまい。敵にそう思わせるだけの気迫がサルートにはあった。
 マイカタの町を巡る戦いはこうして終結を迎えたのだった。



「銃弾が貫通してたのが唯一の幸いだな、イチチ………」
 ジャック・イン・ザ・ボックスの中でフラックスに射抜かれた左太ももの治療を行うビリーたち。ビリーはどこかおどけた口調でそう言ったのだった。
「……………」
 ビリーは左太ももに包帯を巻き、そして回復ドリンクを飲んで傷の治りを早くする。このドリンクには人の治癒能力を爆発的に向上させる効果があり、ある程度の負傷ならばすぐさま回復できるのだ。
 そんなビリーを見ながらヨハンはおずおずといった体で口を開いた。
「あの、僕とマリィで話しあったんだけど、僕たちはサルモネラ・ロンダーズと戦おうと思ってるんだ」
「サルモネラ・ロンダーズによって苦しむ人がいるんです、あの姉弟のように。私たちはモンスターハンターとして、サルモネラ・ロンダーズは放っておけないんです」
 ヨハンとマリィの言葉にビリーは「そうか」とだけ言った。ヨハンは申し訳なさそうに続ける。
「だから、このパーティーはここで解散ということになります。短い間でしたけど、ありがとうございました」
 そう言うとヨハンとマリィは深々と頭を下げる。ビリーはそんな二人に背を向けるとすねた口調で言った。
「あー、そーかいそーかい。俺は仲間ハズレになるってわけだな」
「え? でもビリーさん………」
「あんな、サルモネラ・ロンダーズってのは町一個を平気で潰し、さらに貪欲に他の町も狙おうとする凶悪モンスターなんだぞ? 俺だって放っておけるはずがないだろうが!」
「でも………」
 ヨハンはまだ何か言いたそうだったが、しかしそれ以上は何も言わなかった。代わりにマリィがビリーに尋ねた。
「じゃあ、これからも一緒に旅を続けるんですね?」
「当たり前だ。どこまで行けるのか知らないが、トコトンまで行ってやろうじゃないか」
 ヨハンとマリィは嬉しそうに表情を輝かせる。ビリーは包帯を巻いた太ももをさすりながら立ち上がる。
「じゃ、旅を続けようぜ!」
 そしてサルモネラ・ロンダーズの本拠地があるロンダー刑務所を目指して南の方角へ走り始める三人。
 サイドカーのハンドルを握りながらビリーはふと呟いた。
「この時代、みんな似たような経験があるんだな………」
 そう、ビリーにもあの姉弟のような経験があるのだった。だからこそヨハンたちと同じ思いを抱くのだ。敵であるサルモネラ・ロンダーズ、特にドン・サルートとフラックスは強敵であるが………とにかく前へと進むことにした三人であった。


次回予告

 ………まぁ、長い人生だ。一日くらいこういう日があってもおかしくはない。
 だけど、さすがにこれは………。
 ツキに見放されるにも程があるって言いたいよなぁ、マリィ?

次回、「完全なる敗北」


第八話「パイルドライバー・ビリー」

第一〇話「完全なる敗北」

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