メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第六話「夢のそばに」


 乾いた風が頬を撫ぜる。風の流れる音の他には何もない、張り詰めた雰囲気の中にマリィは立っていた。マリィのわずか後ろにはクレメントとヨハンのハンター親子が控える。そしてマリィの視線の先には空き缶が四つ、適当な距離を開けて並べられていた。
 マリィは静かに息を吐くと腰に提げていたホルスターから銃を抜く。伝説の大破壊より以前に作られた自動拳銃USPコンパクトのポリマーフレームの肌が太陽の光に照らされる。
 パン、パン、パン、パン………。
 USPコンパクトが四度、スタッカートで銃声を鳴らす。銃口から放たれた九ミリパラベラム弾は過たず空き缶に命中し、空き缶は大きな風穴を開けられて吹っ飛ぶ。
「はぁ〜、見事なモンだな」
 クレメントが感心しきった声で感想を漏らす。
「マリィちゃん、本当に拳銃撃つの初めてなのかい? 百発百中じゃないか」
 クレメントとヨハンはマリィの方に歩み寄る。
「ホント、凄いよね。僕なんか最初は全然当たらなかったのに」
「そんなことないですよ。お二人の教えがあってこそです!」
 マリィはそう言ってはにかむ。
「まぁ、とりあえず昼飯にするか」
 クレメントはそう言うと踵を返して喧騒の方へ足を運ぶ。
 ここはトーナの町の外れにある空き地。トーナの町について三日。クレメントたちは自分たちと共に戦うと宣言したマリィに戦闘のイロハを教えるためにこの町に留まっているのだった。



「戦車が欲しいな」
 トーナの宿屋の食堂で昼飯を取りながらクレメントはボソリとそうこぼした。昼食のメニューはパンとかぼちゃのスープだった。
「戦車、ですか………」
 マリィがパンを口に入る程度の大きさに手で千切りながら「戦車」という言葉を反芻した。
「しかしアイアン・ナイトやリトル・ユニコーンのような戦車はそう簡単に見つかる物じゃないと聞きますよ?」
 大破壊によって文明が滅びてしまったために、戦車は大破壊以前に作られて、さらに大破壊を運よく逃れた物くらいしか存在しない。文明が滅んだために、戦車を新たに製造することが極めて困難になったからだ。この時代、戦車はとても貴重な代物だといえる。
「まぁ、しっかりした戦車でなくていい。クルマなら何でもいいってトコロだな」
 クレメントはそう言い直してかぼちゃのスープを口に運ぶ。
「クルマねぇ………」
 戦車ではなく、車も視野に入れるならば選択肢は多少ではあるが広くなる。大破壊によって文明は滅んだが、あれから過ぎ去った年月は車の部品くらいなら自作できる程度の技術の復活を許してくれたのだった。それを踏まえればバスや救急車のような車を求める方がよいだろう。
「あら、貴方たちクルマが欲しいの?」
 その時、隣のテーブルで食事を取っていた女性が不意に声をかけてきた。ヨハンとマリィはその声を聞いて思わず体を強張らせる。
 声の正体はブレンダという妙齢の美女であった。金の糸のような長い髪をかきあげながらブレンダはクレメントたちに近付く。
 ブレンダはモンスターハンターたちのギルド「シティ・ガーディアンズ」の代表を務めている。
「マリィちゃんの父であるリカルドさんがシティ・ガーディアンズに追われていて、自分たちはそのリカルドを探す旅をするのだから、ブレンダに変なこと言ったりするんじゃないぞ」
 クレメントにそう言われていたヨハンとマリィはどうしてもブレンダに警戒心を抱いてしまうのだった。
「まぁ、三人で旅しているからな。一人一台は欲しいってワケだ」
 そういえば、と前置いてクレメントは続ける。
「お前、俺たちと一緒に旅してた時に乗ってた戦車はどうした? もう使わないなら譲って欲しいんだが………」
「残念だけど私のクール・ビューティーならシティ・ガーディアンズの部下に譲っちゃったわ」
 ブレンダの返答を聞いてクレメントは「上手くいかないもんだな、世の中は」と肩をすくめる。
「でもいい情報なら教えてあげる」
「何?」
「ここの修理屋さんに車があるわ。修理屋の店主が元ハンターで、その時に使ってたんですって」
「そりゃ確かにいい情報だな。サンキュー、ブレンダ」
「なぁに、シティ・ガーディアンズには入ってもらえなかったけど、クレムは私の大切なお義兄様ですから」
 ブレンダはわざとらしい口調でそう言うと大仰に頭を下げ、再びトーナの町へ繰り出していった。
「じゃあその修理屋さんに行ってみましょう!」
 マリィはそう言ったが、ヨハンは心配げな表情で懸念を口にした。
「でも、そんな簡単に譲ってもらえるかなぁ?」
「まぁ、もう使ってないなら金さえだしゃ譲ってもらえるんじゃないかな」
「金って………父さん、お金あるの?」
 ヨハンの心配げな表情に対し、クレメントは自信満々に胸をそらして言った。
「カンビレに行く前に倒したキャメル・クルーザーの賞金をまだもらってないんだ。その金があれば充分だろう」



 トーナの町の中心部にある一番大きな建物。その建物がこの町の修理屋の所在だった。この店は戦車のメンテナンスだけでなく、満タンサービスやパーツ屋、さらには洗車サービスまで備えている総合的な店であった。なるほど。町で一番大きな建物を使うわけだ。そんなことを考えながらクレメントたちは「ビンセント・ショップ」と書かれた看板をくぐる。
「わかりました。お売りしましょう」
 油で髪を後ろに撫で付けた小太りの元ハンターである店主ビンセントはクレメントたちの申し出を快諾した。あとはいかに安く買うかの交渉勝負となる。ビンセントは電卓を弾いてクレメントに金額を示す。口元のチョビ髭を震わせながら尋ねるビンセント。
「こんなものでいかがでしょう?」
「え………二万ゴールドだって!」
 クレメントはビンセントの示した値段を見て素っ頓狂な声をあげた。
「何であのクルマが二万ゴールドもするんだよ!」
 クレメントは話題のクルマを指差して言った。そのクルマはキャブコンタイプのキャンピングカーであった。天井にうっすらと埃を被った火炎放射器だけが搭載されている。他に穴が一つだけ開いているが、そこには何もなかった。主砲も特殊砲もないクルマとしては二万ゴールドという値段は非常に高いと言える。
「いや、あのクルマはもう何年もメンテナンスしてないんですよ。そのメンテ費用も込みで二万ゴールドってことです。クルマだけなら一万五〇〇〇でお売りしますが………」
 メンテナンスの行き届いていないクルマに乗るのがどれほど恐ろしいことか………。モンスターハンターの貴方ならばわかるでしょ? ビンセントの眼はそう言っていた。さすが元ハンターとして硝煙の中を潜り抜けてきただけあってビンセントはなかなかにしたたかだ。
「ぐ………」
 クレメントはそっと財布を確認する。キャメル・クルーザーの賞金は一五〇〇〇ゴールド。それに手持ちを合わせれば二万ゴールドに届くことは届くのだが、それは全財産をあのクルマに注ぎ込むと言うことだった。さすがにそれだけは避けなければなるまい。
「オーケー、オヤジさん。少し話し合おうぜ」
 クレメントはビンセントの肩に手を回して店の端に連行していく。店主は「ほっほっほっ」と余裕の笑みでチョビ髭を震わせていた。
「………ありゃ父さんの苦戦は免れそうにないな」
 ヨハンの呆れ気味の声。マリィも「あ、あはは………」と苦く笑うしかなかった。
「何だ、親父の奴ジャック・イン・ザ・ボックス売るつもりなのか?」
 ヨハンたちの背中から聞こえる声。頭にバンダナを巻いて髪を隠した青年がクレメントと交渉している店主を見てそう言った。
 青年はヨハンとマリィが自分を見ていることに気付くとヨハンたちに頭を下げた。
「俺はドモン。この店の店主の息子、二代目って奴さ」
 青年はドモンという自分の名前をヨハンたちに明かす。そして「お前たちは?」と尋ねる。
「僕はヨハン。あそこで店主のおじさんと交渉しているハンターの息子です」
「私はマリィと言います。ヨハンたちと一緒に旅をさせてもらっています」
「なるほど。ヨハンにマリィ、か。よろしくな」
 ドモンはそう言ってニコリと笑った。愛想のいい好青年の笑みであった。
 一方、店の端で交渉をしていたクレメントと店主だったが、店主はドモンを見るなり眉をひそめ、そしてクレメントに一つ提案した。
「どうです、クレメントさん。私の頼みを聞いてくれましたらこのクルマを一万ゴールドでメンテ込みで売りますよ?」
 店主の大幅譲歩に目を輝かせるクレメント。よーし、何が何でもその頼みって奴を完遂してやろうじゃねーか。
「で、何をすればいいんだ?」
「実は、私の息子のドモンなんですが………。あいつにこの店を継いでもらえるように頼んで欲しいのです。あいつはもういい年だってのに私が修理のテクニックを教えようとしてもさっぱり覚えようとしないでツマランことに夢中になっている!」
 店主はクレメントにグチグチと息子ドモンに対する不満をぶちまけ始めた。店主の目つきがあまりに暗く、そして長引きそうだと感じたクレメントは店主の愚痴が続く中、店主の肩を叩いて言った。
「わ、わかった。そのドモンってのを説得するから………任せておけって!」



「ま、遠慮せずくつろいでけよ」
 ドモンは自分の部屋にヨハンとマリィを案内した。八畳ほどの部屋はベッドと机、そして調理場の三つにほとんどを占拠されていた。日当たりのよい窓の傍には鉢植えが置かれいるが、その鉢植えには何もなかった。
「………って何で調理場?」
 ヨハンが驚くのも無理はないだろう。ドモンは慣れた口調でヨハンに説明する。
「俺、料理が趣味でね。いつか自前の店を持つのが夢なんだ」
「料理、ですか?」
 カンビレの村をヨハンたちが訪れた際にマリィはクッキーを焼いていた。そこからもわかるようにマリィも料理を作ることが好きであった。マリィは調理場の方に足を向け、ざっと見回して言った。
「凄い! こんな設備がまだ残っていたなんて知りませんでした!」
「大半はジャンクから俺が組み立てたんだぜ」
 ドモンは鼻高々と言った所か。さすがは修理屋の息子だとヨハンは感じた。ヨハンは視線を机の方に向け、机の上に置かれている物を手にとって眺めた。それは一メートルほどの長さの木の棒で、表面に何かの粉がついていた。
「ドモンさん、これは?」
「ん? ああ、そりゃメンボウだ」
「綿棒?」
「違う違う。麺棒っていって、蕎麦の麺を作る際に使うのさ」
 ドモンはそう言うと部屋の窓の傍にある鉢植えをどけて三人が並び立てるだけの空間を確保してから窓を開け、窓の下を見るように言った。ドモンに誘われるままに窓の下を見やるヨハンとマリィ。窓の下に広がるのは畑であった。畑には黒い実をつけた植物が一面に植えられていた。
「これは………?」
「これは蕎麦だ。この実を使って蕎麦面を作るんだ。蕎麦ってのは痩せた土地でも育てることができるんだぜ」
 ドモンは眼下に広がる蕎麦畑を眺めながら教えた。
「今はまだ食料に蓄えがある。でも蓄えは増えはしない、減る一方だ。蓄えがなくなった時にこの蕎麦畑はきっと人々の救いになる」
「へぇ………」
「俺は自分の作った蕎麦で未来を支えていきたいと思ってる。それが俺の夢なんだ!」
 ドモンは純真な眼差しでそう語る。
「立派な志じゃないか」
 背後から聞こえる声にハッと振り返るドモンたち。振り返ったドモンたちの目に映ったのはバツが悪そうな表情で頭を掻いているクレメントであった。クレメントは「別に盗み聞きしようとしてたんじゃねーぞ」と口をもごもごさせながら弁明の言葉を発した。しかしすぐさま気を取り直してドモンに言った。
「そのことをお前の親父さんにも説明してやればいいんじゃないのか?」
「親父か………。確かに親父にも話したさ」
 ドモンは視線を俯けながら続ける。
「だけど親父は『今日を生き残れるかどうかもわからん時代に、明日のことを心配してどうする』と言って聞いてくれないんだ」
「ふむん………」
「勝手な言い分だな」
 ドモンの言葉を聞きながら顎に手をやって思案顔のクレメントの背中からドモンの父ビンセントがぬっと姿を現す。
「将来の食糧確保は確かに大事だ。それは儂だって認めているし、今このトーナの町では町をあげて蕎麦を栽培している」
 そこまでは認めたビンセントであったが、そこからは違った。ビンセントはズカズカと麺棒が置きっぱなしになっている机に向かって歩くと机を思い切り叩いて言った。
「だがお前は何だ! 『世界一美味い蕎麦を作る』だと!? こんな時世にメシの味なんか気にしとる場合か!!」
「メシは美味い方がいいに決まってるだろ!」
「そんなモンは二の次でいいんだ! 今は人類すべてが力を合わせて生きていくことを優先させるべきなんだと何度言えばわかるんだ!!」
「じゃあどうしろってんだよ!」
「修理の技術を磨いて儂の跡を継ぎ、モンスターハンターの戦車の修理やメンテを行えばいい! モンスターハンターはモンスターを退治してくれるんだから、その方が人類全体の為になる!!」
「そんなのいくらでもなり手がいるだろーが!」
「メシの味なんて余分な無駄を気遣うくらいなら、必須の技術を磨けといっているんだ!」
「む、無駄だとーッ!!」
 激しい怒鳴りあいを続けるドモンとビンセント。ヨハンとマリィはいつ殴りあいに発展してもおかしくない親子喧嘩をポカーンと眺めているしかできなかった。クレメントだけは適度な頃合を見て仲裁に入ろうとしていたが。



「チックショウ、親父の奴………。どうしてわかってくれないんだ!」
 結局ドモンとビンセントの怒鳴りあいは開始から一時間ほどで小康状態になった所でクレメントが割って入り、うやむやのまま終わった。ドモンは「俺は必ず美味い蕎麦を作ってやる!」と言い残して家を出たのだった。そしてトーナの町が見渡せる高台に腰を降ろしながら町を眺めるドモン。そんなドモンの後を追いかけてきたのはヨハンとマリィだった。
「あの、ドモンさん」
 ヨハンがドモンの背中に声をかける。ドモンは町を眺めたまま、ヨハンの言葉を聞いていた。
「僕、生まれた時から父さんと一緒にモンスターハンターとして世界中を旅しているんです。そんな僕の感想なんですけど、町の宿屋で食べるちゃんとした食事や温かいベッドって本当にかけがいのないモノだと思います。だからドモンさんには頑張って欲しい………僕、応援しますから!」
 ドモンはそっと立ち上がると尻についた土をパンパンと払いながら言った。
「そうだな、そうだよな! モンスターハンターにそう言われると俄然やる気が出てくるぜ!」
「でもドモンさんのお父様もモンスターハンターなんですよね? どうしてヨハンとは違う結論を出したのかしら?」
 マリィが首を傾げながら疑問を口にした。
「それは親としての感情だな」
 マリィの疑問に答えたのはクレメントであった。
「ビンセントさんは元ハンターだけに、この時代に飲食業を行う難しさを熟知しているのさ。それに、修理屋はこの時代に必要とされる職業だから、失敗することはそうそうないからな。つまりビンセントさんはドモンの将来の安定を考えて修理屋を継がせようとしている訳だ」
 クレメントは「ま、今のは俺の想像だけどな」と付け加える。しかしその表情は「しかし間違いではない」と語っていた。
「ま、ともかくだ。今のままじゃいつまで経っても平行線になってるのはわかるよな?」
 クレメントの言葉に渋々ながら頷くドモン。それを見たクレメントは「じゃあ………」と前置いて続けた。
「ビンセントさんからの許可は取ってきた。ドモン、三日後に最高の蕎麦を一つ作れ。それがビンセントさんを唸らせる味だったらお前のことを許すと言ってたぞ」
「ほ、本当か!?」
「ああ、本当だとも。じゃ、俺は伝えることは伝えたからな。頑張れよ」
 クレメントはそう言うとヨハンたちに「俺は一足先に宿に戻ってるからな」と言い残すと背中を向けた。そして五歩ほど歩いてから思い出したように付け加えた。
「今、宿にブレンダっていう女がいる。そいつは結構舌が肥えてるから協力を仰いでみるのも一興だぞ」



「………で、私に食べてもらいたいというわけ?」
 クレメントの言葉を聞いたドモンたちは蕎麦を一つ作るとブレンダの許へと急いだのだった。ブレンダを宿の食堂に呼び出して協力を願うドモン。
 私の誘いを断ったくせに、私をこの件に巻き込むなんて………。義兄さん、年取って少し厚かましくなったんじゃないかしら。ブレンダは内心でクレメントに対する文句を呟いた。
「ま、いいわ。ビンセントには少し負の感情もあるしね」
 ブレンダはそう言うとドモンの申し出を受け入れた。しかし「負の感情」という言葉を聞いて不安げな表情を見せるドモンたち。ブレンダは自分の迂闊さを恥じる顔を見せると弁明であることを承知しながら説明した。
「ああ、そんなたいしたことじゃないわよ。ただビンセントをうちのギルドに勧誘したんだけど、断られたってだけの事よ。あの人、結構有名なメカニックでね。簡単な工具箱一つで大破も修理できるほどの腕はうちとしてはどうしても欲しかったわけ」
 ブレンダはそう言うとドモンに蕎麦を出すように促した。ドモンが机の上に蕎麦を出す。ブレンダは慣れた手つきで箸を持つとさっそくドモンの蕎麦を口にした。ブレンダの艶やかな唇をすべるように口の中に運ばれる麺。
「ん〜………」
 ブレンダは感想として口にする言葉を捜しながらドモンの蕎麦をすする。
「そうねぇ、普通に美味しいんだけど………つなぎ、何使ってるの?」
「つなぎ?」
 ブレンダの言葉にヨハンが首を傾げる。
「蕎麦麺は蕎麦の実を磨り潰した蕎麦粉だけでもつくれるけど、別の何かを入れることで麺を打ちやすくしたり、麺をきれいにしたり、麺を伸びにくくしたりすることができるんだ。そのための何かがつなぎってわけだ」
「さすが蕎麦屋志向。そのつなぎなんだけど、何を使ってるの?」
「小麦粉ですね………」
「うん、それでいいと思うけど、比率も重要だし………」
「小麦粉以外のつなぎも試してみたいんですが………」
 ドモンとブレンダは二人で蕎麦に関する薀蓄を話し続ける。ヨハンとマリィは話に入っていけず、ただただ呆然と二人の議論を見守るばかりだった。しかし真剣な眼差しでブレンダの話を聞き、そして自分の考えを述べるドモンの姿は本当に眩しくヨハンには見えた。
 ヨハンはふと自分のことを考えてみる。果たして僕にはドモンさんのような夢はあるのだろうか? 少し考えたヨハンだが、その結論は「No」であった。父のような立派なモンスターハンターになりたいという願望は持っているが、そのモンスターハンターになって何かをしたいというわけではない。ヨハンにとってモンスターハンターとは夢として捉えることができなかった。
 僕は遠くて近い未来に、どんな男になっているのだろうか?
 ヨハンは生まれて初めて自分の将来と言うものに関心を覚えた。だが明確な答えは見つからなかった。いや、しかし………。ヨハンは自分の隣で肩を並べる美しい少女をチラリと見やる。
 もしも自分の思いが叶うなら、マリィと………。



 そして三日後。
 ビンセント・ショップのガレージの隅で一同は集まっていた。椅子に腕を組みながらふんぞり返るビンセントを睨みすえながらドモンは最後に尋ねた。
「いいんだな、親父。俺が勝ったら、俺の事を認めるんだな?」
 ドモンの真剣な眼差し。しかしビンセントは鷹揚な態度で応えた。
「ふん。親父に二言はないわ」
「ヘッ、後でほえ面かくなよ!」
 火花が散りそうな勢いでにらみ合う親子。会話が途切れたと判断したクレメントは確認の為に口を開いた。
「勝負は単純。ドモンの作った蕎麦をビンセントさんと俺とブレンダの審査員三人で食べて、美味かったかどうかの票を取る。美味いが多かったらビンセントさんの負け。その場合、ビンセントさんは以後ドモンに口を出してはいけない。その逆の結果ならばドモンは修理屋を継ぐ。いいかな?」
 クレメントの言葉に静かに頷く二人。
「よろしい。ではドモン、調理を開始してくれ」
 クレメントにそう言われたドモンは自らの頬を叩いて気合を入れると意気揚々と調理場に向かった。
 傍からドモンの調理の様子を眺めるヨハン、マリィ、クレメント、ブレンダの四人。ヨハンとマリィは「ドモンさん、頑張ってー!」と声援を送る。ブレンダは子供たちに気付かれないように肘でクレメントを突付いてクレメントの注意を惹いた。
(ちょっと、クレム………)
 ブレンダとクレメントにしか聞こえないほど小さな声でブレンダが囁く。
 ブレンダの視線の先にあるのはクレメントが買おうとしていたキャンピングカーだった。埃を被っていたはずのクルマはガレージの照明を受けて輝くほど奇麗になっていた。ここからではわからないが、おそらく内装も完璧に整備されているのだろう。
(ガレージの向こうに見えるクルマのメンテが完璧に終わってるのは何故かしら?)
(そりゃ、ビンセントさんがメンテしてくれたからな。シティ・ガーディアンズが欲しがるのも納得なくらいに仕事が速くて、おまけに巧みだったよ)
(なるほど。これは出来レースという訳ね)
 ビンセントはどんな蕎麦が出てきても美味いというつもりはないし、クレメントもそのつもりだ。つまりこの勝負はドモンの負け以外はありえないということだった。そしてドモンは修理屋の道を歩むこととなり、ビンセントの頼みを叶えたクレメントは安値であのクルマを入手できると言うわけだ。勝負を三日後とわざわざ時間を空けたのはクルマのメンテナンスが終わるのを待つと言う意味だったのだ。
(大人になったのね、クレム。そんなことするなんて思わなかったわ)
 ブレンダは毒のある口調で囁く。しかしクレメントは気にする様子はなかった。
(ま、そう言うな)
(言うわよ!)
(いいから黙って見てろ。お前があたふたしてたら周囲に怪しまれるぞ)
 クレメントはそう言ってドモンを指差す。
「見てみろ、ブレンダ。ドモンの手際」
「え………?」
 すでに粉を練り終えたドモンは麺棒を使ってそれを延ばす作業に入っていた。ヨハンとマリィの応援すら耳に入っていないほどに集中したドモンの眼差し。そして一分の無駄もないドモンの的確な動作。まるで蕎麦を打つ機械のように作業を続けるドモン。
「まったく無駄のない動きだ。ありゃ、ホンモノだぜ」
「ええ………」
 でもそのホンモノの動きも貴方たちの出来レースで砕かれるんじゃない! ブレンダは忌々しげにクレメントとビンセントを睨む。
 そしてドモンは長方形に拡げ、包丁で切りながら麺を完成させる。一定のタイミングで切られた細長い麺はすべて均一の厚みに仕上がっている。
「こりゃ、ひょっとするかもしれんぜ」
 そうこう言っているうちにドモンは蕎麦を茹で終え、そして洗いも済ませていた。本来ならばざるに載せておきたい所だが、あいにくこの時代、そんな風流な物は簡単には用意できないので端が少し欠けた皿に盛られる。しかしどんな粗末な食器の上でもドモンの蕎麦は輝いているように見えた。まるで金糸のような輝きを放つ蕎麦。
「できたぜ………」
 三人前の蕎麦を用意し終え、ドモンは審査員として座る三名に自慢の蕎麦を出す。
「これが俺の蕎麦だ。これで、勝負だ!」
「むぅ………」
 ビンセントは息子が一から作った蕎麦を見て喉を鳴らす。
「ま、延びないうちに食べましょうか」
 クレメントがそう言って両の手を合わせて箸を割った。
「「「いただきます」」」
 三つの声が一つに重なり、ほぼ同時に箸が蕎麦の山に突き刺さる。ヨハンもマリィも、当然ドモンも息を呑んで末を見守る。沈黙がガレージを支配する。
「……………」
「……………」
「………美味しい」
 沈黙を護る二人。しかし一人が沈黙を破った。やはりというか、その声はブレンダの物だった。
「蕎麦のコシ、さわやかな喉ごし………香りも口の中に拡がっていくのがわかるわ!」
 ブレンダはドモンの方に向いて言った。
「これは四つの『たて』が完璧に出来ているわね!」
「四つの………」
「………たて?」
 聞きなれぬ単語に疑問符を並べるヨハンとマリィ。
「とれ『たて』、ひき『たて』、打ち『たて』、ゆで『たて』………美味しい蕎麦の最低条件よ」
「ああ。裏の畑でとれたれの蕎麦粉だからな。味が違って当然さ!」
「だけどそれだけじゃないわ………。蕎麦粉8、つなぎが2の二八蕎麦だけど、それだけじゃこの味にはならないはず………」
「大豆の汁、つまりは呉汁をつなぎに使ったんだ。麺に大豆の甘みが残り、そしてコシもある麺ができる!」
 ドモンの言葉に目を剥いたのはビンセントだった。
「だ、大豆だと!? この町の畑ではそんなもの作っていないはずだぞ………」
「トレーダーから種を少しだけわけてもらって、俺の部屋の鉢植えで栽培してたんだ!」
 そう言われてヨハンはドモンの部屋の窓際に置かれていた鉢植えの事を思い出した。そうか、あれは大豆を栽培していたんだ………。
「う、うぬぅ………」
 ビンセントは必死に何かをこらえている。気を抜いてしまえば口からこぼれてしまいそうな言葉を必死で抑えているのだった。
「さて、みんな食べ終わったようですし、そろそろ投票と行きませんか?」
「ん? え!?」
 ビンセントはクレメントにそう言われて初めて自分はドモンの蕎麦を完食していたのだと気付いた。しかも本人はそれに気付いていなかったので箸でずっと皿を突付いていたのだった。ビンセントはコホンと一つ咳払いをして「そ、そうだな………」と言った。
「……………」
 ビンセントはムスッとしたまま紙に結論を記してマリィが紙を回収するのを待っていた。
「えぇと、では結果を………」
 マリィが一枚目を確認する。それはブレンダが記した物で、「美味しかった」の一言が書かれていた。
 次いで二枚目。それはクレメントが書いたもので、そっけない文字で「× 次に期待」と書かれていた。
 最後の三枚目。当然ながらそれはビンセントの物だ。マリィは祈るような気持ちで内容を確認する。
「えぇ、と………『私はモンスターハンターとして財を築き、そして引退後はこの店の店主としてこの店を大きくするために必死になっていた。そのために嘘も何度となく吐いた。しかし息子にだけは嘘を言いたくない』………こ、これ?」
 マリィは混乱した様子で、ビンセントの仏頂面と文面を交互に見比べるばかり。ガマンできなくなったドモンがマリィからビンセントの紙を強引に奪い取って自分の目で確認する。
「『私は息子になんとしても修理屋を継いでもらいたかった。修理屋というのは時代に必要とされる職業で、食うのに困ることはないからだ。だからクレメントさんと組んで出来レースで息子を罠にかけようとした。つまり、この勝負は私とクレメントさんでドモンを負けさせるつもりだったのだ。だがドモンの蕎麦は本当に美味かった。完食した事に気付かないほどに箸の運びが速かった。あんな料理はモンスターハンターとして世界を駆け回っていた時でも味わったことはなかった。あの蕎麦で息子の熱意が本物であることは充分に思い知らされた。ならば私は親として息子を温かく見守ってやるべきだと思う。この勝負、息子の勝ちだ』………」
 ドモンは呆気に取られた表情でビンセントを見やる。ビンセントは息子に視線を合わせようともせず、ぶっきらぼうに言った。
「ただし、途中で投げ出すようなことは絶対に許さん! 男なら一度決めたことは最後までやり遂げる、それが約束できたら俺はもう何も言わん………」
「……………」
「どうした? 今更怖気づいたのか!?」
「そ、そんなわけあるか! 俺は世界一の蕎麦を作って、みんなの未来を支えてみせるんだぜ!!」
 ビンセントに対しドモンは拳を握り、そして握られた拳以上に固く誓った。
「なるほど。この展開を期待してたわけ?」
 ブレンダはクレメントを肘で小突きながら尋ねた。
「ま、そういうこった。ビンセントさんの意思を変えてしまうほどの蕎麦なら充分この時代でもやってけるだろうさ」
 しっかし………。頭を掻きながらクレメントは困った表情を浮かべた。
「この場合、やっぱ二万ゴールド払うことになるのかなぁ?」
 その表情は無理して偽悪的に振舞っているようにしか見えず、ブレンダはそんなクレメントを見てクスクスと微笑んだのだった。



 ちなみに例のキャンピングカーはメンテ込みで一万五〇〇〇ゴールドということに落ち着いたのだった。


資料2

名前 ジャック・イン・ザ・ボックス
シャシー セイラー
主砲 ナシ
副砲 火炎放射器
SE ナシ(穴は有り)
エンジン ブル
Cユニット HAL900

 トーナの町の修理屋ビンセントから購入したキャンピングカー。リモールという大破壊前に存在した会社が作ったセイラーというキャンピングカーがシャシーとなっている。
 元が元なだけに戦闘能力はほとんどないに等しいが、居住性はバツグン。四人程度なら寝泊りできる設備が整っており、長距離の旅を行うならば欠かせない存在であるといえる。
 尚、ジャック・イン・ザ・ボックスという名前はビンセントが名付けた名前で、マリィの物とする際に改名するかどうか訊かれたが、マリィはいい名前が思い浮かばなかったのでそのままとなっている。


次回予告

 ………人間、前が見えなくなっちまうと非常に困ったことになる。クルマの運転だって大変になるだろ?
 しかも困ったことに人を襲う霧となると………。
 さぁ、クレメント。お前さんならどうするよ?

次回、「魔の霧を払え!」


第五話「シティ・ガーディアンズ」

第七話「魔の霧を払え!」

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