乾いた大地を鉄の轍が叩く。轍の数は二〇。両手の指の数の戦車が履帯を軋ませながら走る。その戦車の車種はバラバラであったが、示し合わせたかのように砲塔に盾のマークと番号が描かれていた。番号は〇〇一から〇一〇まで順番にいる。
「奇数番号は俺に続け。偶数番号は迂回して包囲。いいな?」
 砲塔に〇〇一と描かれた戦車を駆るモンスターハンターが無線に怒鳴る。彼の戦車はサブラと呼ばれるM60という戦車を改修したモノだった。一二〇ミリ滑腔砲と九ミリバルカン、そして特殊砲SEとしてTNTグレネードを搭載するという攻守のバランスがほどよく整った堅実な装備をしていた。
 〇〇一に乗るハンターの指示で一〇の戦車は二手に分かれる。〇〇一と共に直進する奇数班と〇〇一たちから離れて迂回する偶数班。二手に分かれた戦車隊はモンスターの大群をグルリと包囲するために動く。
 モンスターハンターの集団に追われるモンスターの大群はバルカンシャークやミサイルボートなどのヴィークル系モンスターが主であった。中にはさまようタイルやグレートカバガンのような例外もいたが、その大半はヴィークル系であった。基本的にヴィークル系のモンスターはCユニットが狂った車両であるので、その機動力はモンスターハンターの駆る戦車とまったく差はない。そんなヴィークル系モンスターを足止めするためには知恵をまわす必要があった。
 まっすぐモンスターの群れに切り込んだ奇数班の戦車は主砲、副砲、SEをお構いなく撃ちまくる。その火力を受けて横倒しに倒れるミサイルボート。倒れこんだ際に荷台に載せてあったミサイルが誘爆を起こして派手なかがり火となる。モンスターの群れは奇数班の砲火から逃れようとジグザグに、巧みに進路を変更しながら走る。この回避運動のためにモンスターの群れが進むことができる距離が相対的に少なくなる。
王手、詰みチェック・メイト
 偶数班のハンターがそう呟いた時、偶数班はモンスターの群れの目の前に陣取っていた。前門の偶数班に後門の奇数班である。
「撃てーッ!!」
 逃げ場を塞がれたモンスターに容赦なく降り注ぐ鉄による破壊の嵐。モンスターはすべて例外なく残骸となって荒野に骸をさらす。
 〇〇一と砲塔に描かれたサブラに乗るモンスターハンターが戦車から降りて辺りを見回した時、鉄が燃える臭いが彼の鼻をくすぐった。男は服装を紺色で統一し、その上から迷彩色の防弾ジャケットを着込んでいた。男は緋色のベレー帽で自分を扇いでいたが、周囲で動く者が自分たち以外にいないことを確認し終えるとベレー帽を深々と被りなおすと戦車に乗り込み、荒野から撤収を開始した。



 荒野の只中にあるウィーストの町に住む住民は、前々からモンスターの影に怯えながら日々を送っていた。
「………ですがこれからは安心してください。このウィーストの町周辺のモンスターは我々が駆除いたしました」
 砲塔に盾のマークと番号を描いた戦車から降りたモンスターハンターたちは横一線に整列してウィーストの町の住民に言った。
「おお、ありがたいことですじゃ」
 ウィーストの町長である老人が何度も何度も頭を下げる。町長の隣に控えていた酒場のマスターがハンターたちに言った。
「さ、お疲れでしょう? ささやかですが、食事とお酒を用意してありますのでうちの店に来てください」
 普通のモンスターハンターならば飛び上がるほど喜ぶほどのもてなしだろう。しかしこのモンスターハンターの集団は首を振った。
「いえ、そこまでしていただく必要はありません。我々は契約に従っただけですから」
 モンスターハンターたちを代表してベレー帽の男が応えた。
「契約以上のことは絶対にしない。それが我々、シティ・ガーディアンズの規律ですから」
「何と欲のない方々じゃ………」
 町長が感心した面持ちでそう呟く。酒場のマスターは「しかしもう料理は用意してしまったし………」と残念そうな表情を見せる。それを見たベレー帽の男はならば、と提案した。
「ならば代金はちゃんと支払いますので、そちらで食事を取らせていただきましょう。くどいようですが、割引などのサービスは一切不要ですので」
 契約以上の報酬は一切必要ない。モンスターハンターの男たちは何度もそう念を押して酒場の方へ向かっていく。
 最近、巷で噂のモンスターハンターたちによるギルド「シティ・ガーディアンズ」が評判なのは偏にこの謙虚さにあると言ってよかった。

 

メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第五話「シティ・ガーディアンズ」



 ノーザン・ガーデンで落ち合うはずだったリカルドは何者かの追っ手から逃れるために姿を眩ました。彼が残した書置きには「どこかで落ち合おう」と書かれていたが、具体的なことは何一つ書かれていなかった。
 ベテラン・モンスターハンターのクレメントとその息子ヨハン、そしてリカルドの娘でリカルドが会いたがっていたマリィの三人は、とりあえずノーザン・ガーデンを出て、南東の方角にあるトーナの町にたどり着いていた。そしてトーナの宿の硬いベッドに腰を落ち着けた三人は、これからどうするのが最善なのか話し合うことにした。
「リカルドさんって伝説と言われるほど有名な人なんでしょ? だったら探すのは簡単じゃないの?」
 ヨハンはそう言ったが、クレメントは暗い表情で応えた。
「いや、事態はそう簡単ではないな」
 リカルドは何者かによって追われており、逃げるためにノーザン・ガーデンを出ていった。そうなった以上は自分が何者であるかを隠して、密かに行動するだろう。だからリカルドを探すのは、砂の上にこぼした砂糖の一粒を探すのに等しい難易度だと言えた。特にノーヒントで探すなど不可能といってもいい。
「じゃあ、どうするってのさ?」
「そうだな………。こちらからリカルドさんを探すのが困難なら、向こうからこっちに来てもらうようにするのが一番楽だろうな」
「え? どうするってこと?」
 ヨハンが首を傾げる。クレメントは不敵に笑いながら言った。
「俺たちが有名人になって、町に入っただけで噂されるようになればいいのさ。そうすればリカルドさんもこちらを探しやすかろう」
「なるほど………。でも、どうやったら有名になれるのかしら?」
 クレメントの意見に頷くマリィ。しかしクレメントの言う案をどのように実現すればいいのか、彼女にはわからなかった。
「何、簡単さ」
 クレメントはベッドの上であぐらを組み、両腕も組んで上半身を上下に揺らしながら言った。
「俺たちが賞金首を沢山倒して、第二の伝説的モンスターハンターになればいいんだからな」
 クレメントはそう言い終えると背中からベッドの上に落ちた。
 賞金がかけられるほどやっかいなモンスターを倒す。それはモンスターハンターにとって一つのステータスである。その賞金首を数多く倒せば、当然ながらモンスターハンターとしての名も売れる。名が売れると言うことは即ち、人の噂となるということだ。なるほど。クレメントが提示した案は確かに単純で、かつ効果的だ。
 しかしそれはまさに「言うは易く、行なうは難し」であった。
「賞金首を数多く倒して有名になる、か」
 ヨハンは父の提案を反芻するように呟き、そして頭を掻く。
「アテもなく探し続ける訳にもいかんだろ」
 クレメントはベッドに寝転んでいた上半身を起き上がらせて言った。
「それに、もしもアテが見つかったならそのアテを優先すればいい」
「それはそうなんだけど………」
 クレメントがいくら言葉を積み重ねてもヨハンは「良し」とは言わなかった。ヨハンは何かを言おうとして口を開くが、決心がつかないのかすぐに口をつむぐことを繰り返す。
「何だか歯切れが悪いなぁ。何か心配事でもあるのか?」
「え? いや、その………」
 ヨハンはチラリと傍に座るマリィを見やる。その視線の動きにマリィは気付かなかったが、クレメントは見逃さなかった。
「なるほど。マリィちゃんが心配なのか」
 クレメントにズバリ内心を代弁されてヨハンは顔を真っ赤にして目を剥いた。しかしすぐに気を落ち着けてクレメントに向かう。まだ顔は赤いままだったが。
「そうだよ。賞金首相手にするんだ。その凶暴さはそこいらをうろつくモンスター以上なんだ。危険だよ」
 クレメントがヨハンに対して何か言おうとした時、おずおずといった体でマリィが口を挟んだ。
「あの、そのことなんですけど………」
「マリィ………」
「何だい?」
 ヨハンとクレメントの視線がマリィに集まる。マリィはあくまで控えめに言った。
「あの、クレメントさんやヨハンがよければなんですが、私も戦わせてください」
「え? でも………」
 ヨハンがマリィに翻意をうながす口調で声を出すが、クレメントは片手を上げてそれを止めさせた。
「これからはいつ終わるかわからない、長い旅になりそうなんですよね? だったらいつまでも私だけ甘えている訳にもいきません。私も、自分のことくらいは自分で護れるようになりたいんです」
「ふむん………」
 クレメントは短く息を吐き、数瞬の間をおいてからマリィに尋ねた。
「マリィちゃん、本当にそれでいいんだね?」
 マリィは言葉なく首を縦に振った。それがマリィの決意の証だと言えた。本人がそう言うならば、自分たちが口を出す問題でもないだろう。この時代に何よりも必要なのは自分の力で生きようとする力強い意志だから。
「わかった。そういうことならマリィちゃんは今日から客人じゃなくて、俺たちの仲間だな」
 クレメントはヨハンの方に振り向いて「これでいいよな?」と目配せを送る。ヨハンは「異存無し」と首を縦に振った。
「じゃあこれで決まりだな」
「あの、色々尋ねることになると思いますけど………よろしくお願いしますね」
 マリィはベッドから立ち上がるとペコリと頭を下げる。クレメントは「肩肘張る必要なんかないさ」と言いながらヨハンを見やり、意地の悪い表情で言った。
「なぁに、いざとなったらヨハンが何とかしてくれるさ」
 マリィのためならうちの息子ヨハンは火の中水の中ってヤツだ。そうだろ、ヨハン?
「な、何を言ってんだ、父さん………!!」
 父にからかわれて恥ずかしげに頬を染めるヨハン。まったくをもって初心うぶい息子だ。
「そうですよ! 私は自分の命を自分で護れるようになって、ヨハンやクレメントさんの負担を減らしたいと思っているんですから!!」
 そしてマリィはそう言って唇を尖らせる。だがその言葉を聞いてヨハンは肩を落とし、クレメントは「まぁ、何とピントがズレたお言葉でしょ」と微妙な表情を浮かべてニヤニヤしていた。
「あ、そうですよね………。やっぱり私じゃヨハンやクレメントさんを安心させることなんてできませんよね………。私、銃の撃ち方も知らないし………」
 親子の表情を見たマリィはそう言ってしゅんとしょげ返る。まるで意気揚々と飼い主にイタズラを報告して、それが原因で叱られる子犬のようだった。
 クレメントにからかわれて頬を赤らめたりマリィの言葉を聞いて肩を落としたりと感情を慌しく起伏させるヨハンは、今度はマリィをなだめることになる。
「い、いや、そんなことないよ! 僕だって最初は銃が全然当たらなかったんだし! それに、えぇと、それに………」
 クレメントはそんな二人を感慨深く見つめていた。
 ああ、まるで昔の自分を見ているようだな。
 世間を知らず、不器用な少年だった俺。
 そして気弱で泣き虫な少女だった妻。
 俺が心にもない冷たい言葉をつい吐いちまって少女の頃の妻を泣かせたことがあったな………。まるであの時の自分たちを傍から眺めているようだ。そして今の自分はアイツ・・・のポジションってわけか。
「なるほど。あの頃のお前の気持ちが少しはわかったな。イジワルの一つや二つはやりたくなるわ、ブレンダ………」



 太陽が地平線の下に沈み、煌く星が天を彩り始める。
 クレメントらは宿が用意してくれた夕食を食べ、明日に備えてゆっくりと休むつもりだった。宿の食堂で料理を待つ三人に、厨房から大きな皿が運ばれた。
「さぁさ、沢山食べてくださいよ」
 宿のおばさんが茹でた麺料理が載った大きな皿を出す。皿一杯のそれはスパゲッティ麺のような卵色とは違い、ほのかに黒っぽい色をしていた。おばさんはさらに各自に小さな容器に入ったつゆを配る。そして三対の箸も。
「え? 何これ? 変な色の麺だなー」
 この世に生れ落ちて一三年弱。ヨハンはこの麺料理を初めて目にすることとなる。彼は好奇心丸出しで目の前に山盛りで控える麺料理を見ていた。
「私も初めて見ます」
 マリィもこの料理のことは知らないらしく、どのような味がするのか楽しみだと言わんばかりに瞳を輝かせる。
 クレメントはヨハンたちより倍以上の人生経験を誇っている。さすがに彼はこの料理の事を少しは知っていた。
「こりゃ、蕎麦だな」
「あら、お客さん知ってるのかい?」
 クレメントが麺料理の名を言い当てたのでおばさんは嬉しそうな表情を見せた。
「「ソバ?」」
 ヨハンとマリィが同時にそう呟いた。
「そう。蕎麦という植物の実をひいて粉にして、その粉を水でこねて薄く切った麺のことさ」
「そうそう、そういう料理さ。ここいらじゃ蕎麦の栽培が盛んでね。その関係でよく食べるのさ」
「へぇ………」
 クレメントとおばさんが蕎麦の話で盛り上がろうとするが、二人はヨハンとマリィの関心が自分たちの話ではなく完全に蕎麦へ注がれていることに気付いて肩をすくめて苦笑をこぼしあった。
「ま、とにかく召し上がれ。そのつゆに麺を浸からせてから食べるんだよ」
 おばさんはそう言うと厨房の奥の方へと戻っていった。
「じゃ、いただきまーす」
 そう言って真っ先に箸をつけたのはヨハンだった。麺をつゆに浸してからズルズルとすする。
「あ、美味しい」
 最初にそう感想を漏らしたのはマリィだった。ヨハンは感想を口にするのも忘れて箸を進めようとする。感想は態度で示しているということか。
「ははは。ヨハン、あんま急いで食いすぎて喉つまらせるんじゃねーぞ」
 クレメントは何かに追われるかのように蕎麦をすする息子を見て苦笑い。そして案の定、ヨハンは急いで食べ過ぎて喉をつまらせてマリィを慌てさせ、父を呆れさせるのであった。
 そんなクレメントたちに近近付く足音が一つ。ヒールの高い靴が奏でる足音はまるで打楽器のようだ。妙齢の肢体を紺色のスーツに包み、背中まで届くほど長い金髪を星型の髪飾りで束ねる女性がクレメントたちに近付きつつあった。
 艶やかな口紅ルージュで彩られた唇を動かして女性は声を発する。
「失礼ですが、一つお尋ねしてもよろしいかしら?」
「あ?」
 蕎麦を喉に詰まらせてゲホゲホと咳を繰り返すヨハンと水を片手にヨハンを介抱するマリィ。だから女性に返事したのはクレメントだった。ただし態度はぞんざいで。
 しかしクレメントは声をかけてきたのが希代なほどに美人の妙齢の女性であることに気付いて態度を改める。
「ああ、いや、何か御用ですかな?」
 自分の姿を見て手のひらを返したかのように態度を改めたクレメントを見て女性はクスリとしのび笑いをこぼした。怪訝な表情のクレメント。女性は楽しげな口調で質問した。
「表に停めてある戦車は貴方の物かしら? あのアイアン・ナイトは?」
「ああ、俺の戦車だが………」
 クレメントが表情に困った面持ちでそう答えた時、女性はますます楽しげ………いや、むしろいたずらっ子のような目を見せた。
「って、どうして俺の戦車の名前を知ってるんだ?」
 クレメントは自分の戦車を外から見ているだけで名前がわかるようなペイントにはしていない。黒系の、極めて地味だが実用的な塗装を施しているだけだ。にも関わらず女性がクレメントの戦車の名前を言い当ててみせたことにクレメントは警戒心を抱いた。そっと体をねじり、懐に拳銃が入っている事を再確認する。
「うふふ。相変わらずニブいわね、クレム」
 女はそう言って右の目をパチリとウィンク。その仕草はクレメントの記憶の深層を刺激する。
「え? え!? ええ!!」
 クレメントは女が何者であるかを理解した。だが当人はとてもではないが信じることはできない様子だった。目をくわっと見開いて、口をパクパクと開閉させ、全身を震えさせていた。
「父さん?」
 マリィから差し出された水を飲んで落ち着きを取り戻したヨハンが様子が急におかしくなった父をいぶかしんで声をかける。
「『父さん』? じゃあ、君がヨハン君?」
 女は電流でも受けたかのように体を麻痺させているクレメントのことを放ってヨハンの方へ好奇心を向けた。
「え? あ、はい。僕はクレメントの息子のヨハンですけど………どこかで会いましたっけ?」
 ヨハンが自分のことを名乗った時、女の表情がわずかだが複雑に動いた。だがそれも一瞬のこと。
「まぁ、君はまだ小さかったからしょうがないわよね」
 女はそう言ってうふふと微笑んだ。しかしクレメントの方に向き直るとクレメントの鼻先に指を突きつけて言った。ただし先ほどまでの艶やかで色っぽい大人の女性の声色ではなく、強気で快活な少女のような声色だった。
「だけどアンタはニブすぎ。一〇年以上も一緒に付き添ってたのに、全然わかってなかったじゃない! ホラ、アタシの名前をヨハンたちに教えてあげなさい」
 女はそう言うとパァンとクレメントの背中を叩いて促す。クレメントは壊れかけたおもちゃのように一言一言を絞り出した。
「ブ、ブレンダ………コイツはブレンダって言って、昔一緒にパーティーを組んでて………」
「それより何よりヨハン君のお母さんの妹ってわけ。あ、でも『おばさん』だなんて呼ばないでね。もしそう呼んだら関節技だから」
 ブレンダはそう言って微笑んだが、その笑顔が本気であることはクレメントの表情が雄弁に物語っていた。だがヨハンはそんなことに気付く余裕があるはずがない。
「え!? 母さんの!?」
「そ。今後ともよろしくね」
 ブレンダはそう言うとヨハンに手を振った。
 ヨハンに母の記憶はほとんどない。ただ、何よりも温かく、そして優しかったという記憶というよりは抽象的な概念だけしかない。そうなっている原因の一つにヨハンの父、クレメントが母のことを話したがらないということがあった。父に母のことを聞こうとすると、どれほど機嫌がよくても父は悲しげな表情を見せるのだ。ヨハンは母の事を知りたいが、しかし父が悲しむことはその好奇心以上にしたくなかった。だが、目の前のおば………もとい親類のブレンダならば母のことをよく知っているのだから、きっと教えてくれるに違いない。ヨハンは期待に胸を膨らませながら口を開こうとする。
 だがその前にクレメントの言葉が発せられた。
「で、お前は何でここにいるんだ? というかお前は今何をしているんだ?」
「そうね。クレムは相変わらずモンスターハンターだから説明の必要はないみたいだけど」
 そう言いながらブレンダは懐から一枚の紙、名刺を取り出した。そしてクレメントにその名刺を手渡す。
「私は今、シティ・ガーディアンズの代表を務めているの」
 ブレンダの言葉に思わず表情のみならず全身を強張らせる三人。だがクレメントだけは強張りが瞬間的であり、ブレンダに怪しまれることなく応じることができた。
「シティ・ガーディアンズ? 何だそりゃ?」
 モンスターハンターとしての二〇年以上のキャリアはクレメントの精神を強く鍛えている。クレメントは内心の動揺をおくびにも出さずに平静を保ちきることができた。だがヨハンとマリィはクレメントのような強固な精神を持っていない。ここで話を続けていたら、自分たちがリカルドを探していることもバレてしまうのではなかろうか。もしそうなればシティ・ガーディアンズとは完全に敵対することになる。モンスターだけでなく、人間まで敵に回すのだけはゴメンだ。
「シティ・ガーディアンズとは………」
「キャッ!?」
 ブレンダがシティ・ガーディアンズのことを説明しようとした時、マリィの服の上にそばつゆがこぼれてしまった。クレメントが眼ではブレンダを見ながら、そっと足でテーブルを軽く蹴ってマリィのそばつゆがこぼれるように仕向けたのだった。だがクレメントはヨハンの方に振り向いて言った。
「何やってるんだ、ヨハン。早くマリィの服を替えて洗濯しないとシミが落ちなくなるぞ」
 座席の関係上、ヨハンの方に向くクレメントの表情はブレンダからでは窺えない。クレメントは目配せでヨハンに罪をなすりつけたことを謝りながら、ヨハンとマリィに部屋に先に戻っておくようにと無言で告げた。
「あ、ゴメン………。すぐ部屋に戻って着替えないと、マリィ」
 ヨハンはそう言うとマリィと共に席を立って部屋に戻っていく。ブレンダは何も言わずに一部始終を見守っていたが、ヨハンたちが完全に視界から消えるとクレメントに言った。
「ここじゃ話しにくいかもしれないわね。じゃあ、酒場にでも行きましょうか」



 トーナの酒場の奥の席は目立つことはなく、そしてすぐ傍にジュークボックスが置かれて常に音楽を流していることもあって話が漏れることもなく………おそらくトーナの町で一番秘密の話をすることに適した場所だった。
 注文を聞きにきたウェイトレスにブレンダはぶっとびハイを注文し、クレメントは酒は頼まずに焼きアメーバを注文した。
「何? 相変わらず酒には弱いままなの、クレム?」
 ブレンダはクスクスとからかいを帯びた笑いを見せた。戦場ではこの上なく頼りになるクレメントだが、酒場では少しの酒で酔いつぶれるアルコールの弱者であった。
「飲むこと自体はキライじゃないから、ハメを外していいのなら飲むさ。だけど、今は真面目な話をするんだろ?」
 すぐさま運ばれてきたぶっとびハイと焼きアメーバ。クレメントは焼きアメーバを一つつまむと口に放り込みながら言った。ブレンダは「そうね」と呟くとぶっとびハイを一口。ぶっとびハイのグラスを傾けた際に氷同士がぶつかってカラリと音をたてる。
「………あんなことをしたのはヨハン君に話したくないから? あの時のこと・・・・・・を」
 どうやらクレメントが密かに机を蹴ってそばつゆをこぼさせたことはブレンダにバレていたようだ。しかしブレンダはその真意を間違えて解釈したようだった。クレメントは心のうちで胸を撫で下ろしながら応える。
「まぁ、聞かれて気分がいい話じゃないからな。あの時のこと・・・・・・は………」
「そう、ね………」
「………いい女だった・・・な、お前の姉ちゃんは」
「そう、ね。自慢の姉だった・・・わ」
 ブレンダはぶっとびハイをグイと一気にあおるとウェイトレスを呼び、カクガリータを注文した。少しの間を置いてカクガリータが運ばれた時、ヨハンはブレンダからもらった名刺をテーブルの上に置いて先ほどの話に入るように促した。
「シティ・ガーディアンズ。まぁ、簡単に説明するならモンスターハンター同士の組合ギルドってトコね」
「ふむ。そりゃどういうことだ?」
「このギルド内に所属する者同士ならお互いに協力しあってモンスターと戦いましょうって話。モンスターとの戦いの際、戦力は多い方がいいでしょ?」
「パーティーを組みやすくするというわけか?」
「そう思ってくれていいわ」
 ブレンダはそう言うとカクガリータを一口飲む。そして少しだけ眉をひそめる。どうやらこの店のカクガリータはお気に召さない味らしい。
「この店の酒、アルコールが薄めねぇ………。ま、それはいいとして」
 ブレンダはゴホンと一つ咳払い。
「ただし、それだけじゃないわ。シティ・ガーディアンズに所属するなら、本部の要請には必ず応じてもらうことになるの」
「ほぉ。たとえばどんなことがあるんだ?」
「元々、私たちシティ・ガーディアンズはモンスターの脅威から人々を護るために作られた組織だから、人々の要請があれば出動することにしてるわ。その際はクライアントの近くにいるメンバー全員に召集がかかり、周辺のモンスターを絶滅させるまで戦うことになるわね」
「へぇ。しかしそれじゃ招集をかけられた者はお尋ね者を追ったりできなくなるな。稼ぎが激減しそうだな」
「その点は勿論考慮しているわ。召集に応じたメンバーには特別報酬をこちらで用意させてもらってるから」
 そりゃ随分と気前がいい話だな………。
「その特別報酬の資金源はどこにあるんだ?」
「クライアントから取る契約料も一部だけど、大部分は創設者の金庫からね」
「大部分が? じゃあ創設者は一銭の儲けにもならないんじゃないのか?」
「そうね。確かにシティ・ガーディアンズ創設からずっと赤字続きになってるわね」
「そんな赤字続きのギルドじゃ後々が心配だなぁ………」
「その点は大丈夫よ。創設者は物凄い資金を持ってるんだから」
「誰だ、その金持ちは?」
「伝説的モンスターハンターのリカルドさんよ」
 ブレンダのその言葉を聞いた時、さすがのクレメントも平静を保てなかった。クレメントはつまんでいた焼きアメーバをポロリとこぼしてしまう。
「リ、リカルドさんだとぉ!?」
「そ。アンタにとっては同郷の人だったわね」
 驚いたでしょ? とブレンダの眼が語っている。確かにクレメントは驚愕した。リカルドさんは、自分で作ったギルドに追われている………? 何故だ?
「ま、私が代表を務めていることからもわかると思うけど、今のリカルドさんは資金だけ出して引退状態ね」
 まー、あれだけ巨万の富をわずか一代で築き上げたんなら働き盛りで引退するのも不思議じゃないわよね。ブレンダはそう言って同意を求めてくる。クレメントは「俺たちのような貧乏ハンターじゃ考えられないことだな」と笑ったが、ブレンダの言葉を信用していなかった。普通に引退しただけならばあれほど物々しく捜索をしたりするものか。リカルドは確実にシティ・ガーディアンズ絡みの厄介ごとに巻き込まれている………。クレメントはそう確信した。
「ま、シティ・ガーディアンズに関してはこんなもんね。要するに普段はハンター同士の繋がりを強める程度でしかないけど、召集がかかった際には人々のために徒党を組んで戦ってもらうって感じね」
「ああ、理解したよ」
「じゃあ、シティ・ガーディアンズ代表として貴方に尋ねるわ、クレメント」
 ブレンダはクレメントの義妹ではなく、シティ・ガーディアンズの代表として、真面目な顔でクレメントに尋ねた。
「貴方、シティ・ガーディアンズに入るつもりはないかしら? クレメントが入ってくれたら即戦力として頼りになるんだけど?」
「……………」
 わずかな沈黙。クレメントはブレンダをまっすぐ見据えて応えた。
「いや、せっかくの誘いだが断ることにするよ」
 ブレンダはカクガリータにまた口をつける。そして溜息を吐くように言った。
「そう………残念ね」
「俺一人ならば是非とも入りたいところだったが、ヨハンやマリィのような子供にシティ・ガーディアンズでの仕事は荷が重そうなんでな」
 おや? そういえばブレンダの奴、マリィを見ても何の反応も示さなかったが………。マリィがリカルドの娘だと知らないのだろうか? ならばますますシティ・ガーディアンズとこれ以上接触するわけにもいかんな。
「ま、しょうがないわね」
 ブレンダはシティ・ガーディアンズ代表としての仮面をすぐに取って肩をすくめてみせた。
「元々、私がここでアンタと出会ったのは偶然だし、Noと言われても別にいいわ」
「お前、そういや何でこの町に来たんだ?」
「このトーナの町でシティ・ガーディアンズの勧誘を行ってたのよ」
「代表自ら勧誘するのか?」
「そうよ。クレムに説明したのはハンターを傭兵的に雇う場合で、シティ・ガーディアンズが直接雇用する場合もあるからね、うちは」
「直接雇用………。それって軍隊って奴か?」
「そうね。市民を護ると言う意味も併せて軍隊だと言った方がいいかもね」
 ブレンダは「ちなみにクレメントが直接雇用に応じてくれるなら、今すぐ一個部隊任せていいわよ」とも言ったがクレメントは丁重にお断りした。
「………さて、息子たちが心配してそうだな。用事がすんだのなら俺は帰らせてもらうぞ」
 クレメントがそう言うとブレンダも頷いた。
「そうね。私も宿に戻るとしましょうか………」
 そう言いながらブレンダはテーブルの上に置かれているクレメントの手に自分の手のひらを重ねる。
「ね、今晩私の部屋に来ない?」
 そう言って艶やかに妖しく微笑むブレンダ。しかしクレメントは重ねられていた手をそっと引き、ブレンダに言った。
「妹は抱けんよ」
 ブレンダは自分の誘いが断られたことに嬉しそうに応えた。
「当然よ。Yesなんて言ったらひっぱたいてたんだから」
 こうして酒場を出て、夜の町を歩いて宿に戻る二人。一見、すぐ傍にいるように見える二人だったが、その心の距離ははるかに遠かった。かつては同じパーティーで荒野を渡っていた仲間だったが………袂を分かってから流れた時間の濁流は、二人の間に大きな溝を作っていた。この溝のことを運命と呼ぶかどうかは当人の判断次第である。


次回予告

 ………夢というのは人間にとって原動力という奴なのかもな。
 夢があるから人は頑張れる。そんな事を言う奴は昔からごまんといるぜ。
 さて、ヨハン。お前にはこれと言った夢、あるのか?

次回、「夢のそばに」


第四話「リカルド」

第六話「夢のそばに」

書庫に戻る
 

inserted by FC2 system