メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第四話「リカルド」


 荒れ果てた大地に所々だけ残るアスファルト。それは大破壊の前に道路があったという確かな事実の残照だった。
 大小二台の戦車が道路の跡をキャタピラで叩きながら北を目指す。クレメントが乗るアイアン・ナイトと、そしてヨハンとマリィが乗るリトル・ユニコーンであった。
「………この調子なら今日中にノーザン・ガーデンに着けそうだな」
 BSコントローラーに地図を表示させ、目標地点ノーザン・ガーデンまでの距離と自分たちの速度を逆算していたクレメントがそう言った。
 カンビレの村からマリィを連れて北を目指し始めて二週間。一行はノーザン・ガーデンまであとわずかの所まで来ていた。
『思ったより早くつけそうだね、父さん』
「昨日から一度もモンスターに遭遇してないからな。邪魔がなければ距離だって稼げるというもんだ」
 しかしこのご時世で一日中モンスターに遭遇しないなんて………俺たちの運が強いと思うべきか、それとも………。
「何かあると思うべきか………? まさかな」
 クレメントの呟きは小さく、無線機も拾うことはできなかった。
『ねぇ、父さん』
 ヨハンが何か尋ねる声色で父に呼びかける。
『父さんはマリィの父さんのリカルドって人を知ってるんだよね? どんな人か聞いてもいいかな?』
「………ああ、そういえばリカルドさんの話をしていなかったか。まぁ、俺が知ってるのは若い時のリカルドさんだけだが………」
『私もお父様の若い頃って気になります。ぜひ聞かせてください、クレメントさん』
「そうか。マリィちゃんもそう言うなら、ノーザン・ガーデンに着くまでの暇つぶしとして話すとしようかな」
 クレメントはそう言うと記憶の引き出しを開き、その中身をヨハンたちに披露し始めた。



 大破壊によって文明が滅びても、それでも子供の無邪気な心に変わりはなかった。
 クレメントが子供の頃四半世紀以上前のカンビレの村は人も多く、子供も多かった。子供たちは村の中を楽しげに走り回っていた。その子供たちの輪の中心にいたのがマリィの父、リカルドだった。
「おい、そのおもちゃ、俺にもかしてくれよ」
 ブリキで作られた戦車のおもちゃで遊ぶ小さな男の子に、二歳だけ年長の男の子が言った。しかし大切なおもちゃを貸すことはできない、と小さな男の子はブリキの戦車をギュッと胸元に抱きしめるという行動で言い切った。年上の男の子はそれが不服だったらしく、小さな男の子の頭を小突いた。二歳だけと侮るなかれ。子供の成長は急激だ。年長の方からしたら軽く小突いただけかもしれないが、小さな男の子にとってその痛みは耐えがたいものであった。小さな男の子は叩かれた部分を押さえてわんわんと泣き始める。その際に胸元に抱きとめていたブリキの戦車が地面に落ちてカシャンと音を立てる。年長の男の子は年下の子を泣かせたことに対して悪びれることもなく、落ちたブリキの戦車を拾ってそれで遊ぼうとする。しかし………。
「こら、ダメじゃないか、ジジ」
 二人の男の子よりさらに年長の、一〇歳程度の子供が自分より幼く弱い子供からおもちゃを取り上げた子供ジジをしかりつけた。ジジは初めて気まずそうな表情を見せて、自分に声をかけた一〇歳ほどの子供の名前を口にした。
「あ、リカルド………」
 リカルドと言う名の子供はジジを頭ごなしに怒鳴りつけるのではなく、諭す口調で言った。リカルドは子供たちの間で問題が起きた時、怒鳴るのではなく諭すことにしている。生来の物なのだろう。リカルドの諭す言葉は子供たちの心によく届くのだ。
「ジジ、自分の思い通りにならないからって暴力を振るっちゃダメだぞ」
「あ、ゴメン………」
「僕に謝っても仕方ないだろう」
 リカルドに頭を下げたジジを見てリカルドは苦笑を浮かべた。リカルドはジジが取り上げたおもちゃを泣きじゃくる子供に返してあげ、そしてジジに謝るように促した。
「あの、ゴメン………。オレが悪かったよぉ」
「さ、ジジはああ言ってるけど………どうする、クレメント」
 リカルドは泣きじゃくる子供、クレメントの髪を優しく撫でて泣き止むように言い、そしてどうするか尋ねた。クレメントは泣くのをやめてジジに言った。
「………いっしょににあそぶならいいよ」
 クレメントの言葉を聞いたリカルドは我が事のようにパァと表情を明るくしてクレメントとジジの頭を撫でた。
「うん。みんな仲良くしないとね」
 リカルドがこうして子供たちのトラブルをまた一つ解決した時、リカルドの家の方がにわかに騒がしくなりはじめた。カンビレの村でも特に耳ざとい女の子であるパオラが走ってくる。
「パオラ、何かあったの?」
「あ、リカルド! また貴方の家にお客さんが来たみたいだよ」
 パオラの言葉を聞いてジジは飛び跳ねた。
「マジで! じゃあ、今すぐ行ってみようぜ!!」
「そうだな。じゃ、みんなで僕の家に行ってみるか」
 リカルドはそう言うと子供たちを集めて自分の家へ向かった。



 リカルドの父、ミトロファンは大破壊以前の研究をしている。その研究は大破壊以前の歴史を取り戻すことを第一の目標としていたが、人々に歓迎されたのはその副産物である大破壊以前の武器を蘇らせることであった。
 大破壊以降、どこにいてもモンスターの危険が迫ってくるのだから、大破壊以前の超強力な武器が一つでも多く蘇るのは歓迎されて当然であった。もっともミトロファン自身は文明の残り火を探したがっていたようだが。
 そんな研究をしているミトロファンの研究所には、自分では何の使い道も思い浮かばないがミトロファンならば蘇らせることができるかもしれないロストテクノロジーを持ってモンスターハンターがよく訪れるのであった。
 今日も一台の戦車がミトロファン研究所の前に停まっていた。子供たちは研究所の窓に張り付いて中の様子を窺う。ガラス越しに見えるのは二〇代のハンターと、ハンターから何かのチップを手渡されて目を凝らしてそれを眺めているミトロファン博士の姿だった。
「こりゃCユニットの部品のようだな」
 ミトロファンはハンターが持ってきたチップを机に置いて言った。
「お前さんの戦車、Cユニットは何を使ってる?」
「私の戦車ですか? ウォズニアクUですね」
「ふむん。コイツはアクセルノイマンという高性能Cユニットの一部でな。お前さんさえよければ、うちのジャンクパーツを組み合わせることでアクセルノイマンを作れるぞ」
「え、本当ですか!」
 高性能Cユニットと聞いてハンターが目を輝かせる。
「無論、タダというわけにはいかんぞ。それにイチから組み立てるんだから時間もかかる」
 それでよければアクセルノイマンを作るがどうする? とミトロファンは尋ねた。無論、ハンターは二つ返事でOKする。ミトロファンは「なら早速作業に取り掛かる」とハンターに宿にでも行って休んでいるように言ったが、窓の外に張り付く子供たちを見て前言を撤回した。
「ああ、お前さん、子供が苦手じゃないなら子供たちの相手をしてやってくれんか?」
「ええ? 別に構いませんが………何故です?」
「こんな辺境の村じゃ娯楽が少なくてな………」
 ミトロファンはジャンクパーツが山のように積まれている倉庫の扉を開けながら言った。
「子供たちは流浪のモンスターハンターやトレーダーの話を聞きたくてウズウズしているのさ」
 モンスターハンターはなるほどね、と頷くと子供たちが張り付いている窓を見て笑顔をこぼして手を振った。



「………で、俺は咄嗟の判断でハンドルを切り、軟体キャノンの砲撃をかわした。軟体キャノンは一撃こそ強力だが、そんな攻撃を連射できるはずがない」
 ハンターは身振り手振りを交えて自らの潜り抜けた死線を自慢げに語る。子供たちは目を爛々と輝かせて聞き入っていた。
「で、俺はコイツの九五ミリ砲で軟体キャノンを残骸も残らないほどに吹き飛ばしてやったってわけだ」
 ハンターの戦車は一般的には軽戦車に分類されるほどの大きさだったが、小ぶりの砲塔には不釣合いなほど巨大な主砲が強引に搭載されている。ハンターは自慢げにその九五ミリ砲を撫でながら話を終えた。
「ねーねー、この戦車なんてーの?」
 ジジが興味の赴くままに尋ねる。「俺も詳しくは知らないんだが」と前置いてハンターはジジの質問に答えた。
「何でもティハだかチハだか言う古い軽戦車だな。装甲が薄いからもっと重い戦車に乗りたいもんだぜ」
「軽戦車じゃ駄目なのですか?」
 そう尋ねたのはリカルドだった。ジジを始めとするカンビレの子供たちは興味だけでハンターに話を聞いている、つまりその話を聞いて今を楽しむ程度の認識でしかないのに対し、リカルドはハンターの話を一句たりとも無駄にせず自らの知識の倉庫に蓄えてようとしていた。そんな態度で尋ねるリカルドに対し、ハンターも真剣な眼差しで応えた。
「俺は生存性を最優先にするべきだと思う。一枚でも多くの装甲タイルを貼り、一ミリでも装甲が厚い戦車に乗っていれば死ににくくなるからな」
「ふむ………」
「大破壊の前にあったという軍隊とかいうハンターの集団みたいな組織で、そこの指揮官にでもなるんだったら軽戦車の機動性にも意義を見出せるんだろうが、個人として戦車に乗るからには機動性より防御を優先したいね」
 何せ一度きりの命だ。なるべく厳重に守りたい。ハンターはそう言って結論付けた。リカルドは合点がいった面持ちでコクコクと頷いた。
「さて、他に何か聞きたいことはあるか? ないなら別の話にするか。そうだな、今度は海の話でもしてやろうか。いいか、海ってのは………」



「ねぇ、リカルド」
 ハンターの話は太陽が西の彼方に沈もうとするのが見える頃に終わった。話しつかれたハンターは酒場に行って心の燃料を補給するのだと言う。
 クレメントはブリキの戦車を抱いたまま、家に帰ろうとするリカルドを呼び止めた。
「ん? 何だい、クレメント」
「リカルドはハンターになるの?」
 みんなはハンターの話を遠い世界の御伽噺のように聞いている。それは自分がハンターになるつもりがないからだ。一生をこのカンビレの村で過ごそうとする者にハンターの武勇伝など必要ではない。必要なのはハンターの戦果だけだろう。
 しかしリカルドはハンターの武勇伝を自らの人生の参考にしているように思えた。それはまだ幼い子供にすぎないクレメントにもわかるほどに。
「そうだな………。僕はハンターになろうと思っている」
「じゃあリカルドに会えなくなっちゃうの?」
 幼いクレメントは兄以上の存在として慕うリカルドがハンターになり、カンビレの村を出て行くと言うことがこの上なく悲しいことに思われた。だから泣きそうな顔で尋ねた。リカルドは優しく笑うとクレメントの髪を撫で、膝を曲げてクレメントと目線を合わせて言った。
「いいかい、クレメント。モンスターハンターというのはみんなを護る職業なんだ」
「みんなを………まもる?」
「そうだ。この村の外には人を襲うモンスターがうようよといる。そのモンスターを倒し、少しでもみんなが安全に暮らせるようにするのがモンスターハンターの仕事さ。村の大人たちは野蛮だのというけど、僕は素晴らしい職業だと思っている」
 リカルドは純粋にモンスターハンターに憧れを抱いていた。彼の瞳に一番星が映る。それは彼の純真な憧れの煌きのようにクレメントには思えた。
「だから、僕はモンスターハンターになってクレメントたちを護るんだ。できればそんな悲しそうな顔をしないで欲しいな」
「うん! リカルドがぼくたちをまもってくれるんだね!」
 リカルドの言葉を聞いて嬉しそうに笑うクレメント。リカルドはクレメントの髪をもう一度撫でると「さ、今日はもう家にお帰り」といってクレメントの背中を押したのだった。本人もそう思わなかっただろうが、リカルドはクレメントの心も押していた。そのことに皆が気付くのはもう少し後のことである。



 そして数年後、リカルドはあの時クレメントに語った言葉通りにモンスターハンターの道を志し、カンビレの村を出て行った。リカルドがモンスターハンターになるであろうことはもはや誰の目にも明らかだったし、ミトロファン博士も何も言わなかったので村の者はたいした感慨もなく、平穏無事にリカルドを送り出した。
 だがクレメントまでがモンスターハンターを志すとは誰も思っていなかった。
「俺もモンスターハンターになる」
 幼かった子供のクレメントはもう面影の彼方。少年と青年の中間に成長したクレメントがカンビレの村で畑を耕して暮らす両親にそう告げた時、両親は信じられないと言う表情をした。
「ハンターというのは危険な職業なのだ」と両親は説得を試みたが、クレメントがそれで折れるとは微塵も考えていなかった。と言うのもクレメントは「『俺も』モンスターハンターになる」と言ったからだ。その言葉の意味に気付いた両親は愕然とした。自分の息子の心は、数年前に村を出た愚か者リカルドに捉われていたのだ。それにずっと気付かなかった者の言葉など心に届くはずがない。
 クレメントは勘当同然でカンビレの村を出ることになった。聞いた話ではクレメントが村を出て数年後に両親は流行り病に倒れて二度と目を覚ますことはなかったという。



「………こうしてカンビレの村を出た二人のハンター志望者は、一人は伝説とまで言われるほどに、もう一人も立派なハンターに成長して人々を護るために戦い続けているのでした」
 クレメントは自らの回想をそう結んだ。何だかリカルドさんの話のはずが、俺の昔話になったな。ま、いいか。俺がハンターになった理由の大半はあの人だし。
『へぇ………そういえば父さんの子供の頃の話って初めて聞いた』
 言われて初めてそのことに気付いたか、息子よ。
「そりゃ、お前が聞いてこなかったからな」
『しかしハンターになってみんなを護る、か………』
 む。綺麗事だと笑うか、息子よ。
『そう言われたらそうなんだよな………。へへ、そう考えると何だか気恥ずかしいな』
 ヨハンもリカルドの言葉を気に入ってくれたようだった。クレメントが今までこの話をしなかった理由の一つに、リカルドの言葉が笑われてしまうのではないかという不安があったのだが、どうやらそれは取り越し苦労だったようだ。だったら早くに話しておくべきだったかな?
『お父様は私にもよく語ってくれました。『私は財を築くために戦ったんじゃない。モンスターを減らして人が殺されないようにするために戦うんだ』、と。お父様は昔からそう言ってたのですね………』
 マリィは感慨深そうにそう呟いた。父の信条が子供の頃からの物だったのだと知り、父をより誇りに思っているのだろう。
 クレメントはこの話をしてよかったな、と心から思った。そして彼は自分の視界に町の姿が映り始めたことに気付いた。
「お、あれだ。あれがノーザン・ガーデン。リカルドさんがいてる町だな」
 さ、ノーザン・ガーデンに急ぐか。そうクレメントが呟いた時、クレメントらの方目指して一台のトラックが走ってきた。トラックは車体上面に載せているスピーカーでクレメントらに呼びかけた。
『そこの戦車、止まれ!!』
 それは呼びかけと言うより命令であった。しかしその声の主は確かに人間であることを確認したクレメントは何事だといぶかしみつつもアイアン・ナイトの行き足を止めた。アイアン・ナイトを出る際に拳銃の弾と予備弾倉を持っていることを確認したのはクレメントがトラックの相手をまったく信頼していない証であった。



 そのトラックは荷台に一〇人余りを載せていた。全員がM16アサルトライフルで武装しているが、何より目を引くのは全員が同じ服装だったことだろう。迷彩色の防弾ジャケットを着込み、紺色の上下に同じ色の帽子を被っている。指の第二関節より先が露出した黒い皮手袋にM16を持たせて荷台に載っていた者たちは次々と降りる。そして銃口をクレメントたちに向ける。
「………おい、こりゃ何の歓迎だ?」
 不機嫌を隠そうともせずクレメントが尋ねた。クレメントの言葉に誰も応えないまま、トラックの助手席から男が降りる。その男も荷台に載っていた者たちと同様の服装をしていたが、唯一帽子だけは緋色のベレー帽になっていた。
 ベレー帽の男は「奇数班は牽制。偶数班は車内を探せ」と命令。その言葉と同時に荷台に載っていた男たちの半分が弾かれるように動き、アイアン・ナイトとリトル・ユニコーンに向かって走り始め、そして両戦車の中を調べ始めた。そしてようやくクレメントに向かって口を開いた。
「失礼。我々は人を探していまして………」
「人を探すのに銃がいるのかい?」
「ええ、一般市民を探すだけならこうも手荒な真似はしなくてよかったのですが………」
 ベレー帽の男ははぁ、と溜息を吐く。クレメントらの戦車を探していた「偶数班」の男たちがベレー帽の男に敬礼し、「対象は見つかりませんでした!」と報告した。高圧的だったベレー帽の男はその報告を聞いて初めてバツの悪そうな表情を見せたが、すぐさま表情から感情を消してクレメントに言った。
「本当に失礼をしました」
 言葉はともかく口調は致命的なまでに礼節を欠いている。ベレー帽の男が「撤収」とだけ告げるとクレメントらに向けられていた銃口が下ろされ、再び男たちはトラックに戻っていく。クレメントはさすがにガマンの限界を感じ始めた。
「おい、一体何なんだよ。お前たちは一体………?」
 ベレー帽は背中越しにクレメントを受けて一瞬だけ歩みを止める。その際に彼は自らのことをこう言った。
「我々はシティ・ガーディアンズの特務部隊です。今、我々はある人物を探して動いている」
「ふん………。だったら最初から言えってんだ」
 そうすれば協力してやらんでもないのに。
「何? 言えば協力してくれるのか?」
 クレメントの予想に反し、ベレー帽の男はクレメントの言葉に食いついた。どうやらシティ・ガーディアンズの特務部隊とやらの人探しは手詰まり寸前らしい。なるほど、焦って俺たちに突っかかるわけだな。
「まぁ、それが知ってる奴だったらな」
 クレメントはそう言いながら息子に目配せを送る。親子のアイコンタクトは一瞬で完了する。ヨハンはマリィを伴ってリトル・ユニコーンの影に隠れた。
「………わかった。なら我々の探す人物を教える。もし心当たりがあるなら教えてくれ」
「で、どこのドイツだ?」
「リカルド。誰よりも多くのモンスターを倒した伝説のハンターにして、誰よりも多くの戦車を修理した伝説のメカニックだ」
「え………」
 ベレー帽の言葉に声をあげかけるマリィ。しかし咄嗟にヨハンがマリィの口を手で塞ぎ、それ以上言わないようにと目で合図した。ヨハンとマリィの動きはリトル・ユニコーンの影になって誰にも見られることはなかったし、マリィの声は小さなものだったので聞こえることもなかった。
「すまん、知らなかった」
 クレメントの言葉を聞いたベレー帽の男は舌打ちを隠そうともせず、乱暴にトラックの助手席へ乗り込んだ。そしてそれ以上クレメントらに気を払うこともなく、トラックを一気に走らせてあっという間にその場から消えた。
「何だよ、アレ。気分悪ぃーの」
 ヨハンがトラックの走り去った方に向けてベロを出す。
「それより気になるのは………」
「ええ、どうしてお父様が………」
 なぜシティ・ガーディアンズの特務部隊が、目の前にあるノーザン・ガーデンにいるはずのリカルドを探しているのか。クレメントらにはわからないことばかりだった。
「とにかくここにいてもしょうがない。とりあえずノーザン・ガーデンに行ってみよう」
 クレメントの意見に反対の者は誰一人いなかった。
 そして半時間ほど後に彼らは目標地点であったノーザン・ガーデンの門をくぐる。しかしゴールしたという感慨は欠片もなく、リカルドに何があったのか、早く本人に会って確かめたいという思いしかなかった。



 ノーザン・ガーデンの者に聞いたリカルドの家はプレハブで建てられた簡素なものだった。だが一時的に定住するだけならばこれでも充分だろう。何せ雨風だけは確実に防げるのだから。
「リカルドさん、リカルドさん!」
 クレメントがその内心を表すかのように短く、手荒に扉をノックする。しかし応答は帰ってこなかった。
「鍵は………チッ、かかってるのか」
 ヨハンが扉のノブを回すが、鍵がかかっているためにノブは回りきらない。
「あ、私、鍵を持ってます」
 マリィがポケットから小さな鍵を取り出す。そして焦る気持ちを必死に抑えながら鍵を開け、リカルドの家の中へ入る。七畳程度の広さの狭い家だったが、誰もいないために空間は寂しげだった。
「………誰も、いないか」
 クレメントは深く息を吐きながら部屋を見回す。狭い部屋には机と椅子、そしてベッドがあるだけ………いや、床には足の踏み場もないほどに本が散乱していた。クレメントには何のことかわからない専門書ばかりだ。大破壊を逃れた本は少なからずあるが、しかしこれだけ沢山の本があるのは前代未聞だろう。そしてリカルドはこの本を読んで何かを研究していたのだろうか?
「父さん、机の引き出しにメモがあるよ!」
 机の引き出しを開けて中を確認していたヨハンが知らせる。クレメントはそれに何と書いてあるのかヨハンに確認させる。ヨハンはよほど慌てて書いたのだろう。ほとんど書きなぐりに近い筆跡に苦戦しながらもヨハンはそのメモを読み上げる。
「えぇと、『クレメント。ここまでご苦労だった。だが、すまんがここにこれ以上いられなくなった。追っ手の目もあるのでどこでかは書けないが、どこかで落ち合おう。だから君は娘と一緒に旅を続けてくれ。面倒なことに巻き込んですまない。リカルド』だって………」
「追っ手………? さっきのシティ・ガーディアンズとかいう奴らのことか………!」
 チッ、だったらあっさり逃がすんじゃなくて、戦えばよかったか。
「お父様………一体、どうして追われてるの………!?」
 自分の父が何かの組織に追われている。それだけがマリィにわかる情報。そしてその情報はマリィを不安にさせるばかりだ。
「………と、とにかくこの町を出よう」
 クレメントはリカルドのメモに従うことに決めていた。リカルドは自分にとって生き方を決定付けた大切な人物だ。彼の願いはどんなことでも叶えてみせる。それがクレメントにとってリカルドにできる恩返しであった。
 こうして三人は目標地点ノーザン・ガーデンについたにも関わらず暗い気持ちのまま旅を続けることになるのだった。わからないことばかりだが、しかし旅を続ければ謎は必ず晴れるだろう。
 クレメントたちはそう楽観するしかなかった。


次回予告

 ………懐かしい顔に出会えると、感情は一つの色しか表現できなくなる。
 親しい仲だったら喜び一色の感情が。憎い仇だったなら怒り一色の感情が。
 そのはずなのに、驚いたな、ヨハン。お前の親父は事情が複雑すぎて無色になっちまったぜ。

次回、「シティ・ガーディアンズ」


第三話「善行」

第五話「シティ・ガーディアンズ」

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