メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第三話「善行」


「ああ、畜生! このポンコツめ!!」
 戦車アイアン・ナイトの操縦席でクレメントは悪態をついた。アイアン・ナイトのCユニット エミーのコンソールを叩くが別にエミーが悪いわけではないと思い出して溜息をついた。
『父さん、大丈夫?』
 アイアン・ナイトのすぐ傍を走るリトル・ユニコーンに乗るクレメントの息子、ヨハンが心配げに声をかける。ヨハンはアイアン・ナイトのアクセルをグッと踏み込みながら言った。しかしアクセルを限界まで踏み込んでもアイアン・ナイトの速力は一向に上がらなかった。
「こりゃ駄目だ。走るのがやっとという感じで、速力がまったく出ん」
 クレメントは懐からBSコントローラーを取り出すと起動スイッチを入れ、周辺の地図を画面に表示させる。だが周囲に町や村といった人が集まる地域はないようだった。
「どこかで修理したいが………。周りに何もないでやんの」
 クレメントはBSコントローラーの電源を切り、懐に戻して言った。
「どこかモンスターが少ないであろう場所を探してそこでエンジンの修理をしよう。ヨハン、すまんが先行して適当な場所を探してくれんか?」
 息子は明瞭な声で「はい」と言い、リトル・ユニコーンの転輪をより高速で回転させた。鉄の騎士に寄り添うように併走していた幼い一角馬は速力を上げて独り走り去る。
「ったく、いやらしい犬だぜ」
 クレメントは革張りのシートに背を預けながらぼやいた。



 それは二時間ほど前にさかのぼる。
 北の町、ノーザン・ガーデンを目指していたクレメントたちにモンスターの群れが襲い掛かったのだった。編成は蜂の巣キャノン二両とバズーカドーベル三匹。クレメントたちの装備と実力ならばどうということのないはずの敵で、現に一〇分もたたずにモンスターはバズーカドーベル一匹を残すのみとなったくらいだ。
 バズーカドーベルとはその名の通り、背中にバズーカを背負ったドーベルマンのことだ。無論、ただのドーベルマンではなく、何かしらの生態改造を受けたバイオニック・ドッグだと言われている。
 そのバズーカドーベルに一五ミリ機銃を浴びせたのはクレメントだった。さすがのバイオニック・ドッグといえども一五ミリ機銃弾を受けて無事であるはずがない。クレメントはそう思っていたし、すでに倒した二匹のバズーカドーベルはそうなっていた。しかしそのバズーカドーベルの悪運は他二匹よりはるかに強かった。一五ミリ機銃弾はバズーカドーベルが身に巻いているプロテクターを破壊しただけに留まり、バズーカドーベル本体は無傷だったのだ。バズーカドーベルは口の端からよだれを垂らしながら背負うバズーカを放つ。その一弾は戦闘によって装甲タイルが剥がされて、むき出しとなっていたアイアン・ナイトのシャシー部分を直撃。さらにバズーカドーベルが発射した弾種は徹甲弾であった。
 まったくクレメントにとっては最悪の条件が重なり合い、バズーカドーベルの放った徹甲弾はアイアン・ナイトのシャシーを貫通。内部のV48ハルクエンジンに損傷を与えたのだった。これによってアイアン・ナイトは自走こそ可能であったが全速力を出せなくなったのだった。



『父さん、北西に廃ビルを見つけたよ』
 息子が無線でそう言ってきたのはリトル・ユニコーンを先行させて一五分ほど経った時だった。ヨハンは続ける。
『その廃ビルに住む人に話をしてみたら、修理のための場所を提供してくれるそうです。座標はエミーに転送しておくね』
「おー、そりゃありがてぇ。今すぐそっちに向かうから、礼を言っておいてくれ」
 クレメントはエミーのコンソールを指で弾き、ヨハンが転送してきた座標を調べる。今のアイアン・ナイトだと半時間ほど走ればたどり着けるといった距離だった。
「しかしこんな周囲に町もない荒野に住んでるとは………」
 えらく変わった趣味を持つ人だな。クレメントはそう呟きながらアイアン・ナイトを北西に向けた。



 その廃ビルは三階から上が大破壊の影響でなくなったビルだった。しかし雨風は充分にしのげるし、どうやら地下に発電システムを抱えているようで電気も使えるようだった。住まうには充分だといえる。
「いやー、すいません。おじゃましちまって」
 修理のために場所を提供してくれた廃ビルの主は中年から老人にさしかかろうとしていた女性であった。女性は場所を貸してくれるばかりかクレメントたちに寝床を提供し、食事までご馳走してくれると言う。
「いえいえ。こんな時代ですから助け合うのが当たり前ですよ」
 女性はそう言って微笑むとクレメントたちにパンととうもろこしのスープを出した。
「それに三人くらい増えても構いませんわ」
 女性はそう言うと階段の先に向かって「さぁ、ご飯だよ」と言った。その声に導かれて一〇人ほどの子供たちが降りてきた。最年長でも六歳程度の幼い子供で、下はまだ赤ん坊であった。
「私はゾーヤと申します」
「この子たちは?」
「ええ、この近くの荒野で親を亡くした子たちで………。私が育てているんですよ」
「そうなんですか」
 ヨハンが感心した面持ちで頷いた。こんな荒んだ時代にもこういう人はいるとは。世の中まだまだ捨てた物じゃないな、とヨハンは子供ながらに感じた。
 子供たちは楽しそうにゾーヤが食事を並べるのを待っていた。パンとスープを並べる際、ゾーヤの袖から覗いた左腕には何かで斬り裂かれたような傷痕が残っていた。
「………それは?」
「モンスターにやられた傷ですよ。こんな時代ですからね」
 クレメントがそれについて何か聞こうと口を開いたが、子供たちの声にそれはかき消された。クレメントは毒が抜かれた面持ちで口を閉じた。傷痕について迂闊に掘り下げる物ではない。そう思ったからだ。
「おねえちゃんたちは?」
 子供の一人が興味津々な様子でマリィたちに尋ねた。
「僕たちは流れ者のモンスターハンターさ。ここには修理で寄らせてもらう事になったんだ」
 ヨハンの言葉に子供たちは目を輝かせた。危険が待ち受ける荒野に生死を賭けるモンスターハンターという職業は子供たちの心を強く惹きつける。ヨハンたちはたちまち子供たちの質問責めにあうことになった。それにまんざらでもない面持ちで応えるヨハン。一言一言に「おおー」と反応する子供たちと話をするのはヨハンの心を心地よくくすぐるのであった。マリィはそんなヨハンの横顔を見ながら楽しげに微笑んだがすぐ隣でクレメントが何やら考える表情をしているのに気付いて不思議そうに首を傾げた。
 そしてマリィはヨハンに質問する輪に参加せず、独りで黙々と座っている子供がいることに気付いた。その子供はヨハンに尊敬の眼差しを向けながら質問する他の子供たちとは違い、一切の感情を消しながらただぼんやりと時を過ごしているように見えた。
 その日はゾーヤの家で夜を明かし、アイアン・ナイトの修理は翌日に行うことにしたのだった。



 翌朝の日の出と共にアイアン・ナイトの修理は開始された。
「あー、クソ、シリンダが四つはやられてるな。………いや、クランクシャフトもガタがきてるのかよ。」
 アイアン・ナイトのエンジンを見たクレメントは頭を掻きながらどこをどう修理したものかと頭を悩ませた。
「クランクシャフトの換えはあるからそれを交換して、んでシリンダは換えがないからどこか適当な町で修理するしかないのかな………」
 クレメントは機械修理に関しては疎い。彼はハンター生活二〇年の間、ずっと修理は自分のパートナーのメカニックに任せていたのだった。初めはパートナーで、そして恋仲になり、夫婦になり、ヨハンの両親となった女………。
「父さん?」
 ヨハンに声をかけられるまでクレメントは今はもういない彼女のことを考えていた。ヨハンに声をかけられてようやく我に返ったクレメントは内心で苦笑した。
 チッ、こんな時に何を思い出してるんだ、俺は………。あの事はもう吹っ切れたはずじゃねーか、クレメント
「ああ、俺の修理技術じゃ応急処置にもならんだろうが………とにかく始めるか」
 クレメントはそう言うとスパナを片手にV48ハルクの修理を開始した。しかし戦車を手足のように操るクレメントのスパナを持つ手は危なっかしく、修理が逆に故障を増やすのではないかと思われるほどだった。
「あれ? ここのネジは外してもよかったっけか………?」
 ま、いいか。クレメントはネジを外そうとするが………。
「あの、そのネジは外さない方がいいと思いますよ」
 マリィがおずおずとクレメントに言った。
「マリィ、わかるの?」
「お父様に簡単なことは教えてもらったし、お爺様にも………」
「そうか。リカルドさんの娘で、ミトロファン博士の孫ならエンジンのことくらいわかるか………」
 マリィの父リカルドは伝説的モンスターハンターであると同時に伝説的メカニックでもある。ミトロファン博士はそのリカルドに修理を仕込んだ男だ。マリィならエンジン修理くらい難無くこなせてもおかしくはない。
「いつもお世話になっていますから、修理くらいは手伝わせてもらえますか?」
「そりゃ願ってもないことだ。俺たち親子はそっちはさっぱりでね」
 クレメントにそう言われたマリィは「失礼します」と言うとクレメントから修理キットを受け取り、V48ハルクに向かう。マリィは手馴れた手つきでV48ハルクの傷を癒していく。
「へぇ………。マリィちゃんは立派なメカニックになれるぞ、こりゃ」
 クレメントたちがやるより断然速く、そして正確にV48ハルクの損傷は修復されていく。
「スカウトしたいくらいだな」
 さらにクレメントは傍らのヨハンにこう続けた。
「うちにゃメカニックがいねーもんな」
「後、ソルジャーがいたら完璧だね」
 ソルジャーとは戦車に乗らず、生身の白兵戦を得意とするモンスターハンターのことだ。一流のソルジャーは戦車より強力な戦力になるとも言われている。
 ヨハンがそう応えた時、クレメントの記憶に刺激が走った。
「そうか………。思い出した」
「え?」
「あ、いや、何でもない………」
 クレメントは血の気が若干引いた面持ちでマリィに「すまんが修理を頼む」と言い残すと自分は独りでゾーヤの屋敷の方に向かった。
「どうかしたのかしら、クレメントさん?」
「さぁ? それよりマリィ、何か手伝うことないかい?」



 元はロビーか何かだったのだろう。廃ビルに入ってすぐの広間でゾーヤは子供たちに本を読み聞かせていた。
「おや、エンジンの修理はいいのですか?」
 エンジンの修理をすると言って出て行ったはずのクレメントが戻ってきたことに不思議そうに首を傾げるゾーヤ。
「俺よりもっと修理が上手い子に任せた。あれなら大丈夫だろう」
 クレメントはそう呟くと周囲を見回す。何かを探すような視線運びにゾーヤが「何かお探しで?」と尋ねる。
「いや、別に、な」
 クレメントはそう言い残すと二階へ通じる階段に足を運んだ。
 クレメントが探していた人影は二階の一室で見つかった。それは昨日の食事の際にゾーヤに懐いていなかった唯一の子供だった。五歳程度の男の子である。クレメントは男の子に声をかけた。
「どうした、下でゾーヤさんが本を読んでたぜ」
 ゾーヤの名を聞いた時、子供はガクガクと震え始めた。そのあまりに尋常でない怯え方にクレメントは膝を曲げ、自分の目線を子供のそれに合わせて頭を撫でて尋ねた。
「どうした、何か怖いことでもあるのか?」
「………みるんだ」
「え?」
「ゆめをみるんだ………。ボクのパパとママがゾーヤおばさんにころされてしまうゆめ………」
 子供は「ゾーヤさんはパパとママがいなくなったボクにやさしくしてくれるんだけど………だけどこわいゆめにでてくるからキライなの………」と嘆く。
「………そうか」
 クレメントはそっと立ち上がると三階に通じる階段にゆっくりと歩き始める。
 ゾーヤが住処にしている廃ビルは本来もっと高かったのだろうが、大破壊の影響で三階が屋上になっていた。クレメントは三階より上がへし折れて吹っ飛んだ際に散った瓦礫がまだ残る三階に腰かけ、BSコントローラーを取り出して電源を入れ、メール機能を起動させた。



「何のようです? 私をこんな所に呼んで………?」
 その日の夕方。クレメントはゾーヤを廃ビルの裏に呼び出した。クレメントは真っ赤に染まる空を仰ぎながら口を開いた。
「昔、バーバ・ヤーガと呼ばれる女ソルジャーがいた………」
「ほ、ほぅ」
「彼女は優秀なソルジャーだったが、私生活では恵まれなかった。正確には子宝に恵まれなかった。愛する者と何度行為を重ねても子供が産まれる事はなかった」
 クレメントが一言一言紡ぎだす言葉を無表情で聞き続けるゾーヤ。
「……………」
 いや、彼女の内心では何らかの感情が動いていた。その証拠にゾーヤの額に汗が滲み落ちる。
「そしてある日、愛する者すら彼女は失ってしまった。それは大きなショックだったんだろう。彼女は自分の心に大きく開いてしまった穴を塞ぐために………」
 クレメントはそこでゾーヤの顔をまっすぐに見据えた。
「赤ん坊をさらって自分の子供にした。赤ん坊の両親を殺害してな」
「………それが、どうかしたのですか? 私に何の関係が?」
「知ってるかい、バーバ・ヤーガの左腕には子供をさらおうとした際につけられたナイフの傷痕があるんだぜ」
「………なるほど。クレメントさんは私がそのバーバ・ヤーガというソルジャーだと疑っていると言うわけですか」
 ゾーヤは穏やかに微笑むと、次の瞬間には袖口から拳銃が滑り出た。グロック17。九ミリ口径の代表的拳銃。ゾーヤが取り出したグロックを瞬きすらできないほどの素早さで構え、狙い、そして放つ。
「!?」
 クレメントの脇腹に熱い物が突き刺さる。クレメントは思わず身を崩した。屈みこんだクレメントを見下げながらゾーヤが嘲笑う。
「そこまでわかっていたならどうして無防備なまま来るかねぇ。私はこの身一つで戦場を駆け巡ってきたソルジャーなんだよ!」
 ゾーヤはグロックの銃口をクレメントの後頭部に押し付け、そしてトリガーに指をかける。
「あの子たちはみな貧しい家の生まれなのさ。その日の食事にすら悩むような。そんな家に生きるより、モンスターハンターとして財をなしている私が育てた方がずっといい生活が出来る。私はいい事をしているんだよ!」
「………それは、どうかな?」
「何!」
「審判は、子供たちに下してもらおうじゃないか。なぁ、ゾーヤさんよぉ………」
 そこで初めてゾーヤはビルの三階部分が騒がしい事に気付いた。ハッと顔を見上げるゾーヤ。屋上となった三階部分にはヨハンによって子供たちが集められていた。子供たちはみな、恨みがましい視線をゾーヤに突き刺していた。それが子供たちの答えだった。
「な、何故………何故だ!?」
「わからねぇか?」
 そう言うとクレメントがグッと立ち上がり、ゾーヤが持っていた拳銃を蹴り飛ばした。
 バカな! 腹を撃たれていたはず………。ゾーヤがアーミーゾンビでも見るようにクレメントの腹を見やる。ゾーヤが撃ち抜いたはずの腹部は血が流れていなかった。つまり銃弾は腹部を斬り裂いてなどいないということだ。
「防弾チョッキくらいはつけるさ。それに、俺は脇腹を『撃たれた』んじゃない。脇腹を『撃たせた』んだ」
「なッ………」
「子供にとって一番幸せなのは自分の親と時間を過ごすことだ。それがわからぬ貴様に子供を育てる資格はない! 自らの充足のためだけに子供をさらって育てるなど………許されん!!」
 クレメントはそう言うとBSコントローラーをゾーヤに突き出した。BSコントローラーの画面にはお尋ね者として賞金がかけられたゾーヤの情報が出力されていた。
「クソッ!」
 ゾーヤは平手を素早く突き出してクレメントの喉元を狙う。ゾーヤの指の爪はよく磨いであり、人間の頚動脈くらいは簡単に斬り裂くことができそうなくらいに鋭かった。クレメントはその突きをかわしてゾーヤの手首をグッと掴む。そしてゾーヤの骨が軋むほどの握力で掴んだ手首を離すまいとする。ゾーヤはそれを振りほどこうとするが、ゾーヤは別の方向に気を使うべきだった。空いている方のクレメントの拳がゾーヤの顎を強く叩きつける。
「………んで、何でいつも私の幸せは邪魔されるのだ!」
 クレメントに殴られた際に唇を切ったゾーヤは涙を流しながら訴える。私のやりたかったことはいつも何かに邪魔される! あの人との暮らしも、子供を産むことも、そして孤児を育てることも!!
 ゾーヤは強引にクレメントが掴む腕を振りほどき、勢いをそのままに肘をクレメントの顔面に叩きつける。老いたとはいえ鍛え上げられたゾーヤの筋肉はまだまだ硬く、クレメントの頬骨がミシリと音を立てる。だがクレメントはまったく怯まずに言った。
「お前は自分のためにしか動いていない。だから否定されるんだよ!」
 クレメントの膝蹴りがゾーヤの腹部にめり込む。ゾーヤは腹を押さえてうずくまる。
「決着がついた」
 廃ビルの屋上から子供たちと共に動向を見守っていたヨハンはそう呟いた。そしてヨハンは西の方角から何かが近づいてきていることに気付いた。
「あれは………」
 ヨハンはじっと目を凝らして西の方角をみやる。その影がモンスターで、一目散にこちらを目指していることにヨハンは気付いた。
「父さん、モンスターだ! 結構な数が来ている!!」
「よし、俺とヨハンで迎撃するぞ!」
 クレメントの言葉を受けたヨハンはマリィにここで子供たちをまとめるように頼むと急いで階段を降りる。クレメントは腹を押さえてうずくまるゾーヤに向かって言った。
「………もしもアンタにまだ子供たちの親を努めるつもりがあるなら、それは行動で示すんだ。偽善じゃない、本当の善行を行うつもりがあるならな」
 そう言い残すとクレメントは近くに停めてあるアイアン・ナイトに向かって駆け出した。すでにヨハンはリトル・ユニコーンに搭乗しているらしい。キャタピラが大地を叩く音がゾーヤの耳にも聞こえていた。
 ゾーヤはまだ痛む腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる………。



 廃ビルに迫っていたのはバーナーホッパーと呼ばれる全長二メートルはある巨大なバッタ型のモンスターであった。不気味なほどに大きな体を誇るが、能力的にはアイアン・ナイトとリトル・ユニコーンの敵ではなかった。
 しかしその数は両戦車の手に余るほどに多かった。五〇はあろうかというバーナーホッパーの大群はクレメントたちを苦しめるのに充分であった。
「クソッ!」
 ヨハンはリトル・ユニコーンを超信地旋回させながら副砲の七.七ミリ機銃を放つ。だがそんなリトル・ユニコーンを嘲笑うかのようにバーナーホッパーは自慢の健脚でリトル・ユニコーンを飛び越えようとしていた。車体に直接機銃を備え付けているリトル・ユニコーンの対空能力が低いことにモンスターは目をつけたのだった。バーナーホッパーの一匹はリトル・ユニコーンの砲塔を蹴って廃ビルを目指す。
「父さん、ゴメン、突破された!」
『お前もか! 悪いがこっちも手一杯だ………』
「クソッ、ビルには子供たちと………マリィがいるんだ! 行かせるものか!!」
 ヨハンはアクセルを踏み、強引にリトル・ユニコーンを前進させる。リトル・ユニコーンのキャタピラがバーナーホッパーを踏み潰し、副砲と主砲は間断なく吼える。しかしそれでも廃ビルに向かうバーナーホッパーは後を絶たない。さらに廃ビルに向かう仲間を援護するバーナーホッパーまで現れる始末だった。バーナーホッパーの放つ炎がリトル・ユニコーンを包む。ヨハンはやむを得ず進路を変更してバーナーホッパーが噴き上げる炎から逃れる。
 その隙にバーナーホッパーが廃ビルに取り付こうとしていた。
 バーナーホッパーは健脚を活かして廃ビルの正面玄関からではなく、三階部分から乗り込もうとしていた。マリィは子供たちと協力して三階への階段に机やタンスといった家具でバリケードを作る。だが相手はバーナーホッパー・・・・・・・・だ。木製の家具のバリケードでは少しの時間稼ぎにしかならないだろう。だがそれでも何もないよりはマシであった。
「大丈夫、大丈夫だからね………」
 モンスターの影に怯えて泣きじゃくる子供たちをマリィは必死になだめる。しかしマリィの言葉は子供から見ても根拠のない、空虚な言葉にしか聞こえなかった。
 バーナーホッパーの放つ炎がバリケードの木製家具を簡単に炭に変え、もろくなったバリケードを破ろうとする。バラバラと崩れ落ちたバリケードの隙間からバーなホッパーの瞳が怪しく光る。
「ヨハン………」
 マリィは子供たちを抱き寄せながらもっとも信頼する少年の名を呼んだ。そのマリィの言葉は銃声で返ってきた。マリィたちは銃声の方に一斉に振り向く。そこに立っていたのはドラグノフ狙撃銃を構えたゾーヤであった。
 ゾーヤはズカズカとマリィたちの前に立つと背中越しに言葉を紡いだ。
「私は、アンタたちから見たら許されない事をしてしまった………」
 子供たちは言葉もなくゾーヤの続きを待つ。
「だけど、だけどここだけは私に守らせてくれ。これが罪滅ぼしだなんて言わないよ………。だけど、ここだけは守らせておくれ!」
 ゾーヤはそう言うとバリケードを破って二階に侵入しようとするバーナーホッパーに向けてドラグノフを一発、また一発と放つ。ゾーヤの撃つ銃弾は一寸の狂いもなくバーナーホッパーの頭を吹き飛ばす。ゾーヤの鬼気迫る銃撃にバーナーホッパーも戸惑いを隠せないようだった。
「……………」
 今まで一度もゾーヤに懐いたことがなかったあの子供が不意に口を開いた。
「が、頑張って、ママ!」
 その言葉がきっかけとなり、子供たちは口々にゾーヤのことを「ママ」「お母さん」と呼び始める。
 嗚呼、何と言うことだろうか。この子たちが再び自分を母と認めてくれるなんて。ドラグノフのスコープを見つめるゾーヤの視界がジワリと歪む。だがそれでもゾーヤの狙いは寸分の狂いもなかった。狂いなど生じるはずがなかった。
 今のゾーヤならたとえ神を相手にしても負けるはずがないからだ。子供を守ろうとする母親に不可能などあるわけがなかった。


次回予告

 ………旅ってのはどれだけ辛い道のりだったとしても、終わりになると感慨深くなっちまうもんさ。
 だが、まだ旅が終わっていないのに感傷的になっちまったようだな、クレメント。そんな昔のことを思い出しちまうなんて。
 まぁ、目的地まで数時間という残りわずかの旅路をそういうことに費やすのも悪くはない。俺にもその昔話を聞かせてもらおうじゃないか。

次回、「リカルド」


第二話「子供」

第四話「リカルド」

書庫に戻る
 

inserted by FC2 system