メタルマックス外伝
鋼の聖女
FULL METAL MARY

第二話「子供」


「ヨハン! そっちにガンボート、行くぞ!!」
 クレメントはアイアン・ナイトの副砲として搭載している一五ミリ機銃を放ちながら無線機に向かって言った。放たれた一五ミリ機銃弾はガンボートの足元に突き刺さって土を抉る。ガンボートはトラックの形をした戦車系のモンスターで、荷台の部分に機関銃を搭載しているのが特徴だ。
 アイアン・ナイトが放つ一五ミリ機銃弾から逃れるために必死にハンドルを切るガンボート。ちなみに戦車系のモンスターはほとんどが無人操縦である。大破壊によってCユニットが暴走したために人を襲うようになったのだと言われているが、詳細はもはや誰にもわからないだろう………。ガンボートがハンドルを切って、車輪が荒野の砂をブワッと巻き上げる。だがその進路の先には五五ミリ砲の狙いを定めるモスキートの姿があった。クレメントの息子であるヨハンが操縦するリトル・ユニコーンである。
 ガンボートは荷台の機関銃をリトル・ユニコーンに向けて撃つ。だが機銃弾はリトル・ユニコーンを覆う鎧、装甲タイルを何枚かはがしただけであった。しかし着弾の際にリトル・ユニコーンは小刻みにビリビリと震える。
「キャッ!」
 リトル・ユニコーンに便乗しているマリィは着弾の衝撃で揺れる戦車に怯えた悲鳴をあげた。ヨハンはマリィの手を左手で掴み、落ち着くように言うとこう断言した。
「大丈夫! 戦車はこれくらいじゃやられない!!」
 帽子についているゴーグルで目を護るヨハンは防弾ガラス越しにガンボートを睨み、照準を左右小刻みに動かす。リトル・ユニコーンの頭脳であるCユニットのウォズニアクSIはヨハンの狙いをより正確なモノとするために照準の微調整を手伝う。結果、照準はバッチリ定まった。ヨハンは主砲発射の釦を叩いた。
 リトル・ユニコーンが搭載する五五ミリ砲が火を噴いた! 撃ち出された五五ミリ砲弾はあやまつことなくガンボートの正面に突き刺さる。五五ミリ砲弾の持つ運動エネルギーはガンボートの装甲に押し止められ、中枢を破壊するには至らなかった。だがそれでもガンボートの正面は見るも無残な姿に変えられていた。
 リトル・ユニコーンの自動装填装置は次弾を装填。再発射が可能なことをヨハンに知らせる。再びヨハンは主砲発射釦を叩く。
 次いで放たれた五五ミリ砲弾は照準が甘く、ガンボートの正面ではなくて少し右下に逸れた。だがそれは砲弾がガンボートの車輪付近に命中した事を意味する。一五ミリ機銃弾のそれとは比べ物にならない一撃の破壊力を誇る五五ミリ砲弾の勢いを受けてガンボートは横倒しに倒れてしまう。走っていた際の勢いが残っていたガンボートは鋼のシャシーが荒野と擦れあってオレンジ色の火花を散らした。
 これで最後だとリトル・ユニコーンは三発目の五五ミリ砲弾を放つ。横倒しになって身動きが取れなくなっていたガンボートは、もっとも装甲が薄い底面に五五ミリ砲弾を受けて燃料タンクを炎上させ、派手な火柱をつき立てた。
 ガンボートの爆発を横目で見たクレメントは息子の戦果にピューと口笛を吹き鳴らした。息子ヨハンはまだ一三歳にも満たない、若いというより幼いといっていい年齢だが、ずっと自分クレメントと旅をしてきた=モンスターと戦い続けてきただけに実戦経験は本当に豊富であった。
「さて、俺も負けてらんねーな」
 クレメントはそう呟いて自分自身にハッパをかける。クレメントの乗るアイアン・ナイトの前面にはハイウェイタンクと呼ばれる砲塔を持った装甲車が立ちはだかっていた。砲塔からは九〇ミリ程度の主砲がニョッキリと顔を出している、攻撃力重視の装甲車モンスターであった。ハイウェイタンクがアイアン・ナイトを狙って砲を放つがクレメントは戦車をまるでスポーツカーのように自在に動かしてその攻撃を避けた。戦車を操縦しているのではなく、戦車と一体になっているかのような錯覚を見ているものがしてしまうほどにクレメントは戦車を操ることが上手かった。
 アイアン・ナイトは全速力でのダッシュを行いながら一発だけ主砲である一二五ミリキャノンを放つ。一発だけ放たれた一二五ミリ砲弾はまるで吸い込まれるかのようにハイウェイタンクの側面装甲に垂直に突き刺さった。一二五ミリ砲弾の運動エネルギーはハイウェイタンクの装甲をボール紙のように貫き破り、そしてハイウェイタンクの体内で炸薬を化学変化させて弾けた。その衝撃はハイウェイタンク内の砲弾を次々誘爆させ、ハイウェイタンクは内側から膨張してくるエネルギーにぶっくりと膨れたかと思うと耐え切れずに弾け飛んだ。一二五ミリキャノンの威力がハイウェイタンクの防御力を上回っているという事実は確かにあるが、しかしこれほど見事なまでの撃破を行える者はそういない。二〇年にも及ぶモンスターハンターとしての生活によって鍛え上げられた技と天賦の才。この二つを両立させたクレメントだからこそ可能な技であった。
「さっすが父さんだよなぁ………」
 父と一緒に旅をしているのだから、息子であるヨハンは何度もこのような光景を目の当たりにしている。だが何度見ても溜息が漏れるばかりだ。
「僕もあんなハンターになりたいな………」
「ヨハンならきっとなれるわ。だってさっきのヨハン、とてもかっこよかったもの」
 思わずそう呟いたヨハンにマリィがそう呟いて微笑んだ。ヨハンは自分の独り言をマリィに聞かれたことを恥じる気持ちと、誰の目にも美しく映る美少女であるマリィにそう言われた嬉しさによる興奮とで顔を真っ赤にした。
 そしてヨハンは自分がマリィの手を握りっぱなしであることを思い出して大慌てでその手を放した。自分は何と大胆な事をしてしまったのだろうか!
 あまりに慌てふためいてしまったので、ヨハンは勢い余ってシャシーの壁面に頭をしたたかに打ちつけてしまったのだった。
「ヨ、ヨハン!?」
 マリィがビックリした表情を浮かべている。ヨハンは頭を打ちつけた衝撃でそのまま意識を失ってしまったからだった。
「ク、クレメントさん! ヨハンが、ヨハンが〜!!」
 マリィも慌てふためいて無線でクレメントを呼ぶ。実はリトル・ユニコーンの無線はずっと送信状態になっていたので内部での事はすべてクレメントに筒抜けであった。
 女の手を握ったままであることに気付き、そして大慌てした挙句に頭打って気絶とは………。
「やれやれ………」
 実戦経験は豊富でも、人生経験は未熟の一言だな。クレメントはそう呟いて苦く笑ったのだった。



「ん………」
 目を覚ましたヨハンの視界に飛び込んできたのはそこそこに広い空間と水準並の家具が調えられた部屋だった。タンスと机椅子、そしてベッドがヨハンの目に映る。
 自分が二つ目のベッドに寝ていることに気付いたヨハンはこれがまだ夢の延長つづきなのだと思った。だって僕はリトル・ユニコーンの操縦席にいたはずじゃないか。だからこれは夢なんだ。夢の中くらいは何も考えずにゆっくり眠りにつきたいものだ………。
 そう考えたヨハンはまた目を閉じようとしたが、父に「コラ、起きろ!」と肩を揺さぶられたのでまた寝付くことはできなかった。
「え、夢じゃないの!?」
「なーに寝ぼけてんだ」
 クレメントは呆れ顔で息子に言った。
「ここはアミテ・イビルの村の宿屋だ。まったくつまらないことで気絶しやがって」
 クレメントは軽くヨハンの額を小突くと立ち上がって部屋を出て行こうとする。
「ま、どーせここらで補給しておかないとノーザン・ガーデンまで持たないのも事実だ。今日はゆっくり休んで明日に備えるんだな」
「父さんは?」
「俺ぁ、酒場で一杯やるのよ」
「酒場」の単語を聞いた時、ヨハンは思わずげんなりした表情を見せた。
「つーわけだ。何かあったら酒場に来いよ」
 クレメントは背中越しに手を振ってヨハンたちが泊まる宿の部屋を後にした。するとクレメントと入れ違いの形でマリィが部屋に入ってきた。マリィは水が一杯入った洗面器を手に持っていたが、ヨハンが起きていることに気づくと安心した表情を浮かべて洗面器を机の上に置いた。
「よかった………。気がついたんですね」
「あ、いや………」
 自分がいかに無様な姿で気を失っていたのか思い出したヨハンは恥ずかしくて顔が上げられなかった。
「ヨハン? さっきもそうだったんですが、顔が赤いですよ。もしかして熱でもあるんじゃ………」
「あ、いや、大丈夫! もー元気すぎて困るくらいだよ!!」
 ベッドから飛び降りたヨハンはマリィに背を向けてスクワットを始めた。そんなヨハンをマリィはきょとんとした表情で見守るのであった。
 そんな時にヨハンたちの部屋がノックされる。
 はて? 父さんは酒場に行ったはずだけど………。そう思いながらドアを開けるヨハン。ドアを叩いたのはアミテ・イビルの住人たちだった。
「お休みの所、申し訳ないが………」
 そう前置いて住人たちを代表して一番年長と見られる男が口を開いた。
「この村の前に停めてある戦車はアンタたちの物かい?」
「あ、もしかして邪魔になってるとかですか………?」
「いやいや、とんでもない! じゃああの戦車はアンタたちの物なんだね?」
「ええ、そうですけど………」
 ヨハンがそう答えた時、アミテ・イビルの住人たちはパァと表情を明るくした。そして最年長の男がヨハンの手を握って懇願した。
「頼む! この村の南に出るスナザメを退治してくれんだろうか!」
「スナザメ?」
「砂の海を泳いで人を喰らう、大きなサメのモンスターだよ」
 スナザメを知らないマリィにヨハンはそう教えた。「あまりに獰猛だからよく賞金がかけられているんだ」と付け加えて。
「スナザメがこの辺りでは出るんですか?」
「うむ………。スナザメのせいでこの村に来るトレーダーの数が激減して、このままじゃ物資が足りなくなっちまいそうなんだ」
「なるほど………」
 住人たちの話を腕を組みながら聞いていたヨハンは代表の男に一つ尋ねた。
「とりあえず僕の父さんと相談してもいいですか? 僕たちはノーザン・ガーデンを目指しているから、父さんが『うん』と言うかどうかはわかりませんが」
 住人たちは少し落胆した表情を浮かべたが、しかしここでヘタにモンスターハンターの機嫌を損ねてはいけないと口に出しては何も言わず、ヨハンの言葉を受け入れたのだった。
「じゃあ急ごう」
 ヨハンはそう言うと迷彩柄のジャケットを羽織って宿屋を出る。
「速く行かないと手遅れになっちゃう」
 マリィはヨハンがこぼしたその言葉の意味がわからず首をかしげながらヨハンの後をついていった。



「♪嵐吹こうと吹雪くともOb's sturmt oder schneit〜」
 酒場のテーブルの上に乗って、アルコールで顔を真っ赤にしたクレメントは心地よさそうに歌っていた。彼の足元には空っぽのビール瓶が一本と飲みかけのウィスキーのグラスが一つ、そしておつまみの焼きアメーバが置かれていた。
「うわ〜、いい声してるじゃないクレメントさ〜ん」
 クレメントの歌声を聴きながら酒場の看板娘が拍手してはやしたてる。酒場で働く女は客を喜ばせるのが仕事だ。だからクレメントがどれだけオンチでも「お上手お上手」とはやしたてただろう。しかしクレメントの歌声は本当によくとおって、普通に上手かった。
「父さん!」
 宿屋から走って酒場にやってきたヨハンだが、気持ちよさそうに歌うクレメントを見て首をガクリとうな垂れた。
「お〜、ヨハン! ど〜したんだぁ〜?」
 呂律が回っていない声でクレメントがヨハンに言った………つもりだったんだろうが、ヨハンが肩を掴んでいるのはマリィだったりする。
「あの、クレメントさん?」
「ん〜? 何だかヨハン、おめー随分女みてーになったんじゃねーのか?」
「父さん、そっちはマリィ。僕はこっちだよ!」
 ヨハンは頭を抱えたい一心を抑えながらクレメントを自分の方に振り向かせた。
 だが酔っ払ってぐでんぐでんのへべれけになったクレメントじゃ真っ当な話ができるはずがなかった。
「ったく、酒に弱いくせに酒好きなんだからな、父さんは!」
「あんだとぉ! 俺のどこが弱いってんだ!!」
 クレメントはそう言うとまだ琥珀色の液体が残っているウィスキーグラスを一気にあおる。しかし気持ちはともかく体はそれ以上のアルコールを受け付けなかったようだ。ブバッとウィスキーを吐き出すと白目を剥いて倒れてしまった。
「………はぁ」
 ヨハンは大きく溜息をつくと唖然としている酒場の客と店員に頭を下げながら父を宿に運ぶために背負ったのだった。



 ヨハンがさっきまで寝ていたベッドで、今度はクレメントが寝ることになった。ヨハンとの違いはそのイビキのやかましさだろうか。両方ともマヌケな理由で寝ている辺りは「さすがは親子」なのかもしれない。
「父さんがあんな様子じゃなぁ………」
 ヨハンは困った表情で呟いた。
「そんな………」
 アミテ・イビルの住人代表はヨハンの言葉に泣きそうな声をあげる。
「でも、スナザメなら僕一人でも何とかなるかな?」
 実はヨハンはスナザメとやりあったことが過去にある。今から二年程前、まだリトル・ユニコーンの主砲が三七ミリ砲だった頃だ。別に人里近くではなく、むしろ誰も人が通らない場所に出現していたスナザメとたまたま遭遇したクレメントとヨハンは事あるごとに砂に隠れて砲撃をやりすごすスナザメに手を焼いたが結局は三七ミリ砲弾を受けてスナザメは息を止めたのだった。三七ミリ砲でも充分に戦えたのだから、今のリトル・ユニコーンの五五ミリ砲ならば楽勝ではなかろうか。そのような考えがヨハンの中で頭をもたげはじめていた。
「それに………」
 ヨハンはチラリと横目でマリィを見やる。
 さっきはみっともない所を見せちゃったし、スナザメを撃退してカッコイイ所を見せたいな。そんな男の子としての願望も膨らみ始めていた。
「あの、もしもスナザメを退治してくださるなら賞金を差し上げてもいいです! ですからお願いできないでしょうか?」
 住人の代表は最後の切り札を切った。そしてその切り札がヨハンの決心を決定的な物としたのだった。
「わかりました! 僕に任せてください!」
「おお、やってくれるのですか………」
「じゃ、早速出発します」
「え? あの、そちらの、お父上は?」
 クレメントに見向きもせずに出発しようとするヨハン。代表は思わず口を挟んだ。
「大丈夫。僕だってモンスターハンターとしてずっと戦ってきたんです。戦歴の長さならそんじょそこらのハンターには負けません!」
 そう言ってヨハンは胸を叩いた。代表は何か言いたそうだったが、しかしあまりに自信満々のヨハンに対して何も言えなかったのだった。



 そしてヨハンはアミテ・イビルの村を出て南に広がる砂地に向かってリトル・ユニコーンを走らせる。
「どうしてアイアン・ナイトを使わないんです?」
 クレメントがあの様子ならばアイアン・ナイトを借りてもいいんじゃなかろうか。そう思ったマリィがヨハンに尋ねた。
「ハンターの戦車には大抵プロテクトがかかってて、そのプロテクトを解除しないと操縦できないんだ」
 だから村や町の前で戦車を無用心に置きっぱなしにしても誰も盗めないということだ。
「でも父さんは僕にアイアン・ナイト、乗せてくれないんだよね。昔に父さんの戦車に勝手に乗って壊しちゃったことあるから」
「はぁ………」
「それに………」
 アイアン・ナイトは特殊砲弾弾薬庫を拡張してて、一人しか乗ることが出来ない。それじゃあマリィに僕の雄姿を見せることができないじゃないか。
「え?」
「いや、何でもない」
 ヨハンは唇を舐めるとリトル・ユニコーンのアクセルをグッと踏みしめた。チヨノフターボが唸りをあげて、リトル・ユニコーンのキャタピラが乾いた大地に二筋の跡を残していく。
 三〇分ほど走り回った頃だろうか。ヨハンはリトル・ユニコーンに向かって突き進んでくる大きなヒレを目視した。
「アレか………!」
 スナザメはヒレを地上に出しながら地中を進む。だからどこにいるのか一目でわかるのだ。ヨハンは手の骨をパキパキと鳴らすと副砲の照準をヒレに合わせて釦を押した。
 七.七ミリ機銃が吼え、機銃弾の嵐がスナザメのヒレに襲い掛かる。
 だが………。
「え………?」
 ヒレよりはるか手前に七.七ミリ機銃弾は着弾し、砂を掘り上げる。自分が考えていたよりヒレはずっと向こうにいるらしかった。だがどうして自分はそんなことをしてしまったのだろう。どうしてそのように錯覚したのだろう。
 その答えは単純であった。今、目の前にいるスナザメは、昔戦ったそれよりはるかに巨大だということだ。
 ズワッ
 スナザメがその巨体を地上に現したかと思うとまるでトビウオのように飛び上がった。あまりに大きすぎる巨体は太陽を遮り、リトル・ユニコーンは影の中に入れられてしまう。
「クソッ!」
 ヨハンは咄嗟にギアを入れ替え、リトル・ユニコーンを後進させる。巨大スナザメは頭を下にして弾丸のようにリトル・ユニコーン目掛けて落ちてきたが、後進のおかげで巨大スナザメの牙がリトル・ユニコーンを捉えることはなかった。着地の際に巻き上がった砂柱・・はまるで塔のように高くそびえる。そして巻き上げられた砂が重力に引かれて落ち、周囲の視界を完全に奪う。
「あんな大きなスナザメ………聞いたことがない!」
 スナザメは大抵五メートル、大きくても一〇メートル程度のはずだ。しかし今、目の前にいるスナザメは二〇メートルはあろうかという破格の巨体を誇っていた。
 巨大スナザメの巻き上げた砂によって閉ざされた視界。まるで砂嵐の渦中にいるかのような、一メートル先すら見えない状態。これでは巨大スナザメの一際大きなヒレも見つけることができない。
 ガァン
 不意にリトル・ユニコーンのシャシーが激しく揺さぶられる。巨大スナザメが尾ひれでリトル・ユニコーンをしたたかに叩きつけたのだった。あまりの衝撃にリトル・ユニコーンのエンジンに異常が発生する。シリンダの一つが尾ひれに叩かれた衝撃で破損し、出力が落ちてしまったのだった。走れることは走れるが、速力の低下は防ぎようがなかった。
「クソッ………!」
 まだ砂は晴れないが、しかし無抵抗で殺されるのはゴメンだとリトル・ユニコーンは副砲を撃ちながら周囲を走る。だが手ごたえなど感じられるはずがない。そもそも命中すらしていないのではないだろうか。
「畜生………」
 ヨハンは目頭が熱くなるのを感じた。ロクすっぽにスナザメの調査もせず、ただマリィにイイカッコがしたかったために出てきてこのザマである。自分があまりに情けなく思えた。
「マリィ、ゴメン………。僕が迂闊すぎた………」
 自責の念にかられるヨハンの口から思わず謝罪の言葉が漏れた。
「ヨハン………」
「バカだった………。君にいい所を見せようとして、こんなことに………」
 ヨハンが拳を硬く握り締め、一言一言を後悔しながら発した。あまりに強く拳を握ったために革の手袋がギチギチと悲鳴をあげる。
 だがマリィは首を横に振ってヨハンに言った。
「私は何も心配していないわ。だってヨハンはクレメントさんにも負けないくらいに立派なハンターになるって信じているから」
「マリィ………」
 彼女は本気で僕を信頼してくれている。その言葉と表情から彼女の思いはひしひしと伝わってくる。僕は、僕は………!
 ヨハンはマリィの名を一度呟くと手袋を外し、素手で自分の頬を強く何度も叩いた。そして気合を充分に溜めた所でハンドルをグッと握り締める。
「ぃよっしゃぁ! スナザメ! お前なんかに負けてたまるかぁッ! 僕は、僕はモンスターハンターだぞ!!」
 ヨハンは再びアクセルをグッと踏みしめてリトル・ユニコーンを再び走らせる。とにかく走って巨大スナザメが巻き上げた砂煙から逃れるのだ。そうすれば視界が開けて活路だって見出せる。だがスナザメだってそれくらいは百も承知。リトル・ユニコーンの視界が閉ざされているうちにリトル・ユニコーンの足を奪おうと大きく口を開けて迫る。
「ええい!」
 スナザメが牙をリトル・ユニコーンのシャシーに突きたてようとしたその瞬間にヨハンはハンドルを切ってリトル・ユニコーンを右に左に針路変更させる。スナザメの牙は虚しくガチンガチンと空を噛むばかりだ。
 視界の無いヨハンがどうしてスナザメの接近を知ることができたのだろうか。そのタネはCユニットにあった。ヨハンはCユニットに周囲の音を拾わせ、解析させることで自分とスナザメの距離を正確に掴んでいたのだった。そのために前が見えなくとも、スナザメの牙を回避することができたのだった。
「しっかり掴まっててよ、マリィ! 飛ばすよーッ!!」
 リトル・ユニコーンはまるで結界のように周囲を覆っていた砂煙から抜け出すことに成功したのだった。スナザメは自分の牙が何度もかわされたことに腹を立て、砂に潜ることも忘れてリトル・ユニコーンを追いかけてきていた。エンジンが破損しているリトル・ユニコーンの速力ではスナザメに追いつかれてしまうのは必至だった。
 これでトドメだとスナザメが大きく口を開けてリトル・ユニコーンを飲み込もうとする。だがヨハンはアクセルから足を離し、ブレーキを踏みしめ、そしてギアをガチガチと入れ替える。その操作によってリトル・ユニコーンはギュラァッと砂塵を巻き上げながら超信地旋回。リトル・ユニコーンの尻を追いかけていたスナザメだが、瞬く間にリトル・ユニコーンと正対する格好になったのであった。
「うおおお!」
 リトル・ユニコーンは主砲を放つ。超至近距離で放たれた五五ミリ砲弾はスナザメの上唇を吹き飛ばし、口が二度と閉じることができないようにした。激痛にのた打ち回るスナザメ。その姿はあまりに無防備すぎた。さらにもう一発五五ミリ砲弾が撃ちこまれ、それはスナザメの腹部を抉る。砂漠の砂がスナザメの血で赤く染まる。五五ミリ砲弾で破れた腹部から、今までスナザメが食してきた人の骨らしきものがいくつもこぼれ落ちる。
 そしてトドメとして五五ミリ砲弾がスナザメの頭を撃ち抜いた。脳を吹き飛ばされて生きている生物はこの世にはいない。例外なくらいに巨大であったこのスナザメも例外ではなく、脳を吹き飛ばされて少しの間はビクビクと震えていたがそれもものの数分で動きを止めた。スナザメはヨハンによって退治されたのだった。
「やったー!」と飛び上がって喜ぶヨハン。飛び上がった際に頭を天井にぶつけたが痛みを感じる暇もないくらいにヨハンは喜びに溢れていた。
「マリィ、君のおかげだよ! 君がいてくれたから、君だから倒せたんだ!!」
 ヨハンはマリィの手を握ってそうまくし立てた。マリィはヨハンの歓喜に気圧され気味に「お、おめでとうございます」と言った。
 そして一〇分ばかし「やった、やった」と喜んでいたヨハンだったが、落ち着きを取り戻すと自分がマリィの手を握り締めていたことを思い出して、またのけぞって頭をしたたかに打ちつけたのだった。



「ほー。巨大スナザメを退治したのか」
 翌朝。二日酔いでガンガン響く頭を抱えながらクレメントは息子の武勇伝を聞いていた。
「凄いだろ、父さん!」
 記念に持ち帰った巨大スナザメの巨大フカヒレを父に見せて胸をそらすヨハン。
「しっかしそんなバカデカイ物、持ち歩けんぞ」
 全長二〇メートルもあった巨大スナザメのフカヒレはリトル・ユニコーンより大きなくらいだった。確かにこんな物を持ち歩けるはずがなかった。
「じゃあ捨てろって言うのかよ………」
 ヨハンは残念そうに口を尖らせる。
「………じゃあこうしてはどうです?」
 ナイフを右手に持ったマリィが巨大フカヒレに歩み寄り、そしてフカヒレの先端部分をナイフで切った。そして細身の鎖にそれを取り付けて、簡単なネックレスを作ってみせた。
「なるほどね。確かにそりゃいいね」
 クレメントはマリィの機転に感心し、そして息子の頭を撫でてその武勇を褒めた。
 マリィはスナザメのフカヒレのネックレスをヨハンの首にかける。
「ヨハン、おめでとう」
 そう言って微笑むマリィ。ヨハンはきりっと表情を凛々しくし、「いや、君のおかげさ………」とキザに言おうとしたのだが、最初の一言目でいきなり舌を噛んでしまった。
「まだまだだなぁ」
 クレメントは人生の先駆者としてヨハンをそう評した。


次回予告

 ………ま、こんな時代だ。自分が生きるだけで精一杯てのが普通だろうな。
 お嬢ちゃん、だから気をつけるんだな。
 こんな時代にいい事やってる奴ぁ、大抵ウラがあるってなもんよ。

次回、「善行」


第一話「ボーイ・ミーツ・ガール」

第三話「善行」

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