軍神の御剣
終章「Sword of Peace」


 一九八三年九月一八日午後一二時四八分。
 リベル人民共和国首都リベリオンは混迷の最中にあった。
 国連を一時的に制圧したハンス・ヨアヒム・マルセイユの演説によって暴かれた『アドミニスター』の大罪。そして『アドミニスター』の一員であったリベル首相アルバート・クリフォード。
 リベル政府軍のリベリオン駐留部隊は、鼻息荒く「クリフォードを捕らえて真相を聞きだすのだ!」と叫ぶ部隊と、どうすればいいのか即断ができず、仕方無しにクリフォード捕縛部隊と交戦している部隊の二つに分かれていた。
 そしてリベリオンに迫る『アフリカの星』の傭兵部隊。
 しかしクリフォード自身は『クリムゾン・レオ』のレオンハルト・ウィンストン少佐の導きによってリベリオンを脱出しようとしていた。
 一寸先も見えないほどに複雑に絡み合った状況下で最終章の幕は上がった。



「クリフォード閣下。リベルの国境まであとわずかです」
 レオンハルトは無線のマイクに向かって喋った。
『おお、そうか! ウィンストン少佐、ご苦労であったな』
「いえ。私はリベルの軍人ですから………」
『レオ! 聞こえているなら返事をなさい!!』
 レオンハルトがそう答えた時、彼の無線に別の声が割り込んだ。
 その声はややソプラノというべき音域で、聞く者の耳に心地よい女性の声であった。そしてレオンハルトがもっともよく知る声でもあった。
「ル、ルディ………」
 その声はレオンハルトの恋人であるルディことドゥルディネーゼ・ブリュンヒャルトのものであった。
『レオ………貴方、自分のしていることがわかっているの!?』
「私は………私はリベル軍人だ。軍人ならば首相の命令を聞く。これが当然で………」
『その男が何をしていたかわかって言ってるの!?』
 レオンハルトの言い分は詭弁であった。そんな詭弁に納得するルディではない。詭弁は彼女の怒りに油を注ぐだけであった。
「ルディ………」
『その男は『嘆きの夜』を起こしたのよ』
「それは知っている! だがそれがあってこそのリベルの繁栄だったんだ!!」
『嘆きの夜』。一般には反クリフォード派を虐殺した事件として知られているが、真相は違う。クリフォードはリベル国民をソ連の労働力として売り、外貨を得て、自国の発展に使ったのであった。
『嘆きの夜』は決して虐殺ではない。それはリベルのような貧乏小国家にとっては必要悪なのだ。
 だからこそ『嘆きの夜』で妹と両親を失いながらもレオンハルトはクリフォードを支持しているのであった。
『違う………違うのよ、レオ』
「何?」
『『嘆きの夜』の本当の意味………貴方ならわかっているはずよ! 現実から目をそむけないで!!』
『ウィンストン少佐………どうかしたのか?』
 クリフォードの声が別に聞こえる。どうやらルディの声はクリフォードには届いていなかった。何故ならば何度も共に戦場で肩を並べて戦ったレオンハルトとルディの二人の間には専用の無線周波存在していたからだ。
「いえ………」
『レオ! 本当に、本当にそれで皆が、死んでいった皆が納得するというの!?』
「……………」
 瞳を閉じ、唇を硬く噛み締めるレオンハルト。彼は決断を迫られていた。
 そして彼が選んだ答とは………
「………クリフォード閣下」
 レオンハルトはGSh−6−30Pの砲口をクリフォードの乗るトラックへと向けた。
『な!? 何をするんだ、ウィンストン少佐!!』
 クリフォードは突然己に向けられた砲口に驚きを隠すことができなかった。対するレオンハルトは静かに尋ねた。
「貴方に………一つお聞きしたいことがあります。答えてください。貴方にとって………『アドミニスター』とは何だったのですか?」
『『アドミニスター』………? あれは所詮手段に過ぎんよ。私は………私は何でも利用してやるさ。私が勝ち残るためにはな!!』
 そう、すべては………すべてはクリフォードの手駒に過ぎないのだ。
「『嘆きの夜』も………ですか」
『『嘆きの夜』? ………あぁ、あの『アドミニスター』に取り入るために行ったアレか』
 クリフォードはレオンハルトの向ける砲口に対する恐れを振りほどくためなのか必要以上に雄弁に語った。そしてそれはクリフォードの命運を決したのであった。
「クリフォード閣下………いや、逆賊クリフォード!!」
「なっ………」
 P−80の腕がクリフォードの乗るトラックへと伸び、トラックを掴み、抱えあげる!!
「私は『クリムゾン・レオ』のレオンハルト・ウィオンストン少佐だ! この無線をフォローするすべてのユニットへ告ぐ! リベルを悪魔に売った逆賊クリフォードは私が捕縛した!!」



『………逆賊クリフォードは私が捕縛した!!』
 無線から流れるレオンハルトの勝利宣言。
「レオ………」
 無線を聞いていたルディはこぼれそうになっていた涙を拭いた。
「さすが貴方の選んだ人ね、ルディ。正道を選んでくれたわね」
 そう言ってルディの肩を叩いたのは『アフリカの星』リベル方面陸上部隊副官であるサーラ・シーブルーであった。今、ルディはリベル解放戦線を(事実上)乗っ取った『アフリカの星』の面々と行動を共にしていたのであった。
「今、『ミスター・カモフラージュ』のノモトから連絡があった。リベル解放戦線のミハエル・ピョートル中将の身柄も無事拘束したそうだ」
『アフリカの星』リベル方面陸上部隊総司令官のカシーム・アシャが浅黒く彫りの深い顔を緩ませた。
「じゃあこれですべて終わったんですね………」
 サーラがしみじみと呟いた。彼女は、かつて『アドミニスター』の正体を暴こうとして返り討ちにあったエルウィン・クリューガーの恋人であった。恋人の無念がこれで果たせたというものである。
「いえ………まだ終わりではないわ」
「え?」
 サーラに言ったのはサーラの親友にしてジャーナリストのエルザ・システィーであった。彼女の表情にはまだ暗いもやがかかっていた。
「リベリオン市内での戦闘はまだ続いているそうよ。あのソ連製特機カルネアデスがまだ戦い続けているわ」



「止まれ!!」
 そう叫びながらヨシフ・キヤ・マモトはAK74を放っていた。
 AK74の五.四五ミリラシアン弾がヘルムート・フォン・ギュゼッペの乗る車のエンジンを貫いた。エンジンを潰されたために車はコントロールを失い、電柱にぶつかって止まった。
「クッ………お、お前はマモト!!」
 後部座席に座っていたギュゼッペが命からがらといった体で這い出した。
「久しぶりだな、ギュゼッペ」
 マモトはあえて淡々と言った。
「さて………お前の身柄、捕縛させてもらうぜ。お前も『アドミニスター』の一員であることはマルセイユ社長から聞いているんでな」
「フッ。負け、か」
 ギュゼッペは大人しく両手を挙げて降伏の意思を示した。
 しかしマモトは表情を緩めようともしない。
「………伏せろ!!」
 マモトは怒鳴ると同時にすぐそばにいたスチョーパの背中を蹴飛ばし、ウィッテとクロパトキンの背中を手で突き飛ばして自分の地面に伏せた。
 地面に伏せたマモトたちのすぐ頭上を銃弾が通り過ぎる。
「チッ! ギュゼッペの野郎!!」
 それはギュゼッペ直属の部隊である『ツァーレンシュヴァスタン』のズィーベとアハトによる銃撃であった。
「ははは! 残念だったな、マモト! 負けたのはお前の方だ!!」
 ギュゼッペは哄笑を残して走り去ろうとする。
「ギュゼッペ! テメェ!!」
 マモトが怒鳴り、AK74の銃口を走り去ろうとするギュゼッペの背に向けようとする。しかしズィーベとアハトの射撃によってマモトたちは完全に身動きが取れない、いわゆる「制圧状態」であった。
「大佐! 私に任せてください!!」
 そう言って弾幕の中に立ち上がる姿があった。
「な!? バカ!!」
 マモトの制止も聞かず、立ち上がった影は『ツァーレンシュヴァスタン』の二人が放つ銃弾に身を砕かれながらも手りゅう弾を『ツァーレンシュヴァスタン』の二人に向けて投げつけたのであった。
「!?」
 二種類の少女の、短い悲鳴。
 爆発音。
 以降、銃声が轟くことは無かった。
「スチョーパ! お前………何てことを………」
 マモトは全身に銃弾を受けて倒れたスチョーパの体を抱き起こした。
「………みんな、命を賭けて戦っている………たまたま私が命を投げ出す番だっただけです………」
「喋るな! い、今すぐ治療を………」
「バカなことを言わないで下さい!!」
 スチョーパは傷口が広がることも気にせずに大きな声でマモトに怒鳴った。
「早く………早くギュゼッペを捕まえて下さい! そして………リベルに平和を………」
 ガクリと下がるスチョーパの腕。マモトは自らの右腕と頼んでいた参謀を失ったのであった。
「スチョーパ! ………クッ。俺に、俺に泣くなってんだな? ああ、わかった。わかったぜ」
 マモトは目から涙も流さずに、再び立ち上がった。
「行くぜ! ギュゼッペの野郎をとっ捕まえるぞ!!」
 マモトはスチョーパの亡骸に目もくれず走り出した。ウィッテとクロパトキンもマモトに続いた。
 スチョーパの亡骸をリベルの太陽の光が優しく包み込んだ………



「バカな………自分の命を捨ててまで『ツァーレンシュヴァスタン』を撃破するなど………そのようなこと、ありえん!!」
 ギュゼッペは必死に逃げていた。しかし頼みの『ツァーレンシュヴァスタン』のズィーベもアハトの斃れてしまった今となっては、彼に逃げ切る術など残されていなかった。
「ヘッ………今度こそ観念するんだな、ギュゼッペ!」
 そしてギュゼッペは再びマモトたちによって捕まったのであった。
「クッ………私の、私の計算が間違っていたというのか………この私の………!!」
「バカが。すべて計算でどうにかなると思っていたのか」
「私は………私は人を超えた『申し子』を作ることができたのだぞ!? いわば『申し子』を神なのだぞ! 神が人に劣るなど………」
「ギュゼッペ。神などこの世にいないことがわからんか………だがそんなことよりもだ!!」
 マモトはギュゼッペの胸倉を掴み、引き寄せる。
「カルネアデスをさっさと止めろ! あれが止まらんと犠牲者が増えるばかりなんだよ!!」
「バカな………私がカルネアデスを止めることができるとでも?」
「お前の性格から言って、絶対に自分の管理を離れた兵器は作らない。違うか? それにお前に拒否権は無いんだよ!!」
 マモトはAK74の銃口をギュゼッペの腹に押し付けながら言った。もはやギュゼッペに否は無かった。
「……………」
 ギュゼッペは小型携帯端末を取り出すとカルネアデス停止のコードを入力する。
 しかし………
「バカな………これは一体………」
「ど、どうしたんだ!?」
「カルネアデスが………止まらん………」
「何だと!?」
 ギュゼッペの顔が真っ青になっている。マモトは当初、カルネアデスが止まらないのはギュゼッペの策かと疑ったが、完璧主義のこの男の顔がここまで青くなっているのを見ては疑うことなどできなかった。
「た、大佐! あれ………」
 ウィッテの悲鳴。
 マモトはウィッテが何を言いたかったのか知ることなく気絶した。カルネアデスの放った一撃が周囲に炸裂し、マモトたちを吹き飛ばしたからであった。



「フハハハ、フハ、フワハハハハハ!!」
 カルネアデスのコクピットで、完全に狂気に侵食された笑い声をあげるハーグ。
 カルネアデスの放つ荷電粒子キャノンのビームから必死で逃れようとしているのはマーシャ・マクドガルの四〇式装甲巨兵 侍であった。
「クソッ! 背中の荷物、降ろしてくればよかったかね!!」
 マーシャは侍のコクピット内で毒づいた。マーシャの侍は電子作戦用に西側の電子機器を搭載しているが、その電子妨害もカルネアデスには通用しなかった。だから今のマーシャにとって侍の背負う電子機器は重量を増やすだけの荷物でしかなかった。
「簡単に死ぬなよ、傭兵! 俺が、俺がいたぶる楽しみが無くなるからよぉ!!」
 元々ギュゼッペから施された洗脳によってハーグは傭兵に対して強烈な憎しみを抱くようになっている。だが今のハーグは『カルネアデスシステム』によって、その憎しみがさらに倍加されていた。今のハーグにとって自分に逆らう者がすべて憎き傭兵に見えていた。
「影も! 形も! 何もかも無くなってしまえ!!」
 カルネアデスの放ったビームが同じ政府軍のP−71を撃ち抜いた。P−71のパイロットは何とか脱出に成功していたが、ハーグはそれを逃がしはしなかった。カルネアデスの巨大な掌がP−71のパイロットに迫り………小型ながら核融合炉を動力とするカルネアデスの全力で握りつぶされた。カルネアデスの指の隙間から人間だったモノが零れ落ちる。
 それは豪胆な女性として周囲に認知されているマーシャであっても吐き気を覚えずにはいられなかった。
「クソッ! ふざけんじゃないよ!!」
 侍が悔し紛れにM510を放つ。PA用ショットガンであるM510は面を制圧する射撃用兵装である。しかしカルネアデスは横に跳んで、散弾の雨あられから逃れた。
「自分の血が沸騰する音を聞きながら死ねェェェェ!!」
「タバタ………ゴメン!!」
 カルネアデスの両肩に搭載されている荷電粒子キャノンの砲口が侍を示す。もはや逃れることができないと悟ったマーシャは最後を覚悟し、最愛の男の名を咄嗟に叫んだ。
 しかし………
「グォッ!?」
 爆発したのはカルネアデスの左肩であった。カルネアデスの左肩は完全に撃ち抜かれ、左腕はリベリオンの道路に落ち、アスファルトに大きくヒビを作った。
「………カルネアデス! もう、許さない!!」
 カルネアデスの左腕を奪ったのはガンフリーダムのGガンであった。Gガンは二〇ミリと小口径ながら、レールガンであるために桁外れの初速を誇るために貫通力は戦車砲をも上回る。
「アーサー!!」
 カルネアデスの放った一撃によってフライヤーシステムを破壊され、リベリオンのビルに墜落していたガンフリーダムであったが、未だに戦うことはできる様子であった。もっとも、もう空を飛ぶことはできなくなっていたが。
「僕は今まで誰も殺すつもりは無かった! だけど………だけど僕はお前だけは許せない!!」
 ガンフリーダムが右肩に搭載されているG−Mk2を構える。一撃必殺の戦略兵器G−Mk2。超大出力のエネルギーの奔流ならばカルネアデスといえども回避は不可能であるはずだった。
「バカめ! 撃たせるものかよ!!」
 カルネアデスが一瞬の間にガンフリーダムに迫る。
「アーサー!!」
 ガキィッ
 カルネアデスの爪がG−Mk2を切り裂いた。これによってG−Mk2は発射不可能となった。
 ガンフリーダムの勝機は潰えた?
 否。否である。
 アーサーにとってG−Mk2はカルネアデスをおびき寄せるための囮にすぎないのであった。ハーグが本来狙って爪を繰り出したのはガンフリーダムのコクピットである。それがアーサーの回避行動のためにG−Mk2「しか」潰せなかったのであった。
「カルネアデス! 消えろ! この世界から………消えろ!!」
 ガンフリーダムの右手が握るGガンの銃口がカルネアデスに押し付けられる。この至近距離ならば外すことは無い。
 しかし………
「俺の何処が気に入らねぇんだぁ!!」
 Gガンが放たれるよりも早く、カルネアデスの荷電粒子キャノンがガンフリーダムを撃ち抜いていた。被弾箇所は………右腕であった。右腕が溶け落ち、カルネアデスに押し付けられていたGガンの銃口も落ち始める。無論、もはやGガンを放つことなど叶うはずがない。
「な………!?」
「勝利ってのは、じっくり味わうモノだが………死ね」
 カルネアデスの爪が、今度こそガンフリーダムを刺し貫かんと迫る。
 だがカルネアデスに向かって無数の弾幕が降り注いだ。
「何ィッ!?」
 咄嗟にガンフリーダムから跳び離れるカルネアデス。カルネアデスに銃撃を加えたのはアルトアイゼン・リーゼであった。アルトアイゼン・リーゼは頭部を破壊され、さらには肩部のアヴァランチ・クレイモアも無残な残骸となっている。しかしそれでもアルトアイゼン・リーゼは左腕に仕込まれている五連装二〇ミリ機関砲でカルネアデスに立ち向かったのであった。
「エ、エリック! 無事だったのかい!?」
 アルトアイゼン・リーゼはカルネアデスによってM510の弾幕の盾代わりにされて大破したはずであった。しかしアルトアイゼン・リーゼはPAとしては破格の装甲を持つためにM510の直撃を受けても撃破には至らなかったのであった。
「……………」
 アルトアイゼン・リーゼのコクピット内で静かに腰掛けるエリック。撃破されなかったとはいえど、アルトアイゼン・リーゼは確かに大ダメージを受けていた。コクピットの計器盤のガラスが割れ、エリックにその破片が襲い掛かっていたためにエリックは全身のあちこちから血を流していた。彼の体で唯一血を流していなかったのは義足となっている右足だけであった。
「お前たち傭兵は、俺の体を! 俺の祖国をズタズタにしたァ! 今度は俺が………俺がお前たちをズタズタにするんだぁ!!」
 カルネアデスが残された右手の爪を煌かせながらアルトアイゼン・リーゼに突進するカルネアデス。
「死ねェェェェ!!」
 カルネアデスの爪がアルトアイゼン・リーゼの左肩に突き刺さる。しかしアルトアイゼン・リーゼはそのままカルネアデスの胴に手を回し、その体を拘束した。ちょうどベア・ハッグのような体勢である。
「貴様………いい加減にしろ!!」
 エリックの唇から憤怒の言葉が漏れる。
 そしてアルトアイゼン・リーゼの右腕に装備されているリボルビング・バンカーがカルネアデスの胸部に突き刺さり………装薬の爆発力でバンカーが撃ち出され、さらに奥深くを食い破った。
 さらに一発だけでなく、エリックはリボルビング・バンカーの残弾すべてをカルネアデスに叩き込んでいた。一撃でカルネアデスの装甲をも簡単に撃ち抜くリボルビング・バンカーが六発も撃ち込まれたのであった。
 カルネアデスはしばらくは呆然としたかのように立ち尽くしていたが、最後の一発を食らってちょうど一五秒後にガクリと膝を折り、リベルの大地に崩れ落ちた。
 パイロットのハーグ・クーはすでにミンチとなっていた。生存など望むだけ無駄であった。
「………エリィ、ハーベイ………やったぜ」
 エリックはアルトアイゼン・リーゼのコクピットでポツリとそう呟くと………ようやく自分の体が失神することを許可した。
 すぐさま医者の下へ運ばれたエリックは出血が酷く、入院が必要であったが生命に別状は無かった。
 こうしてリベルの戦争は終結した………
 一九八三年九月一八日午後二時一〇分のことであった。




エピローグ

 一九八三年一〇月一四日午後一時四七分。
 アメリカ合衆国ニューヨーク州国際連合本部ビルにて。
「………では全会一致をもって、ハンス・ヨアヒム・マルセイユ氏の提唱する常設国連平和維持軍を可決します。今後は全世界の軍を解体し、常設国連平和維持軍のみが『アドミニスター』の撒いた紛争の種の掃除を行うことにします。また、常設国連平和維持軍の手綱を握るのは、この地球に住まうすべての人々であります。国益など考えず、真の平和のために彼らはあり続けるでしょう。尚、この常設国連平和維持軍の名称は『ソード・オブ・ピース』と決定いたしました」
 国際連合の事務総長 ニコラス・オーウェンは常設国連平和維持軍設立の会議をそう締めくくった。
 この瞬間、人類の平和の護り手にして牙無き者のための剣、『ソード・オブ・ピース』は誕生したのであった。
 彼らの最初の任務は『アドミニスター』が世界各地に撒き散らした紛争の種を摘むことであった。



 同じ頃。
 リベルにて。
 陸上戦艦 コリヤークはリベルの大地にその身を静かに横たえていた。
「………これですべて終わったんだね」
 マーシャが国連の中継を映したテレビを見ながらしみじみと呟いた。
「で、皆さんはこれからどうするんですか? 僕たちは日本に帰りますが………」
 田幡 繁が生き残った面々の顔を見回しながら尋ねた。無論、「僕たち」というのは田幡とマーシャのことである。彼らは日本に帰国したら挙式をあげる予定であった。
「俺は………一度ソ連に帰る。そして上の許しが得れたら『ソード・オブ・ピース』に参加しようかな」
 そう言ったのはマモトであった。
「そうか。では私はソ連軍に残り、軍の解体を進めることにしよう」
 マモトの親友にしてコリヤーク艦長のマクシーム・フョードロブナはそう言った。
「それに………彼女たちの引き取り先なども探さねばならないからな」
 フョードロブナはそう言って元『ツァーレンシュヴァスタン』のフェンフとノインの肩を叩いた。
 フェンフとノインは不安に怯えるような表情をしていた。生まれてからずっと戦場で生きていた彼女たちにとって、待ち受ける平和な暮らしというのは不安らしかった。
「大丈夫ですよ。僕は………平和に暮らせましたから」
 そう言って二人を安心させたのはアーサーであった。
「アーサー自身はこれからどうするんだ?」
「とりあえずアルフォリア夫妻の所に帰り、このことを報告して………許しが得れたら『ソード・オブ・ピース』に行きます」
「そうか? だったら俺と同じ道になるかもしれないのか。よろしくな、アーサー!」
 マモトはそう言ってアーサーの背中を叩いた。
「エリックさんは………どうなさるんですか?」
 アーサーは恐る恐る尋ねた。
「俺か? 俺は………リベルに残る」
 エリックは焦点の定まらぬ瞳で車椅子に座るエリシエル・スノウフリアの髪を優しく撫でながら言った。
「教会兼孤児院でも開いて………エリィの看病をするつもりさ」
「……………」
「あ、あの………」
 おずおずといった体で口を開いたのはアンナであった。
「ぜ、絶対、絶対にエリィさん、元気になると思います………いえ、なります! だから………だから………」
「ああ。わかっているさ。ありがとう、アンナちゃん」
 エリックはそう言って微笑んだ。
「そういえばアンナ。お前はどうするんだ?」
 マモトがアンナに尋ねた。
「俺はさっきも言ったがソ連に帰る。お前は………どうするんだ?」
「え………あの………」
 アンナは顔を紅く染めて言いづらそうにしていた。
「何言ってるんだい、マモトさん! アンタ、アンナちゃんの保護者なんでしょ? だったらアンナちゃんもソ連に連れて帰らないとダメじゃないの!!」
 アンナに助け舟を出したのはマーシャであった。
「え? でもアンナにとってソ連は外国だし………外国で暮らしたくないってんなら………」
「それなら………それなら大丈夫です。だから………」
「あ、ああ。アンナがいいって言うなら別にいいが………」
 マモトが手持ち無沙汰に頭を掻く。
 その時、部屋の扉が開かれ、エレナ・ライマールが遅れて入って来た。
「エレナ! お腹の子は大丈夫なのかい?」
 マーシャが尋ねた。
「うん。順調に育ってるみたい」
 エレナは満面の笑みを浮かべてお腹を撫でた。ハーベイとの間に誕生した子供。それはエレナを支えるに充分な重さであった。
「で、エレナはこれからどうするんだ?」
 エリックの問いに対し、エレナは田幡の方に視線をやりながら答えた。
「田幡の甲止力研究所で働くことになったの」
「補足しておくと、アルトアイゼン・リーゼの改造など、エレナさんのPAに対する知識はうちの職員に勝るとも劣らない。絶対に欲しい人材なんですよ」
 田幡がそう付け加えた。
「なるほど………確かにそりゃ天職かも知れんなぁ」
「しかし………そうなると………」
「みんなバラバラになっちまうな………ま、仕方ないといえばそうだが………」
「なぁに、心配はいらないさ。これから世界は平和になるんだよ。国境だって無くなって、会いたくなったらすぐに会えるようになるさ!!」
「ええ、マーシャさんの言う通りですよ」
「じゃ、『さようなら』は言わないでおくか」
「そう。アタシたちの交わす言葉はこれでいいさ」
「「「「「「「「「「See you again」」」」」」」」」」
 そう言い合って一同はそれぞれの道を歩むこととなった………



 一方。
 レオンハルトは『ソード・オブ・ピース』への誘いを断り、リベル再建のための仕事に従事することとなっていた。
 しかし彼の傍らには誰もいなかった。レオンハルトが愛するルディの姿はどこにも無かったのであった。
 だがレオンハルトはそのことで弱音を吐くことは無かった。
 無論、愛が醒めた訳でもない。
 相手を信じているからこそ耐えることができたのだった。
 それも一つの愛の形であった。



 その頃、ルディはマルセイユと会っていた。
「スマン………このようなことを頼めるのはお前しかいなくてな………」
 マルセイユは自分の孫といっていい年のルディに対して深々と頭を下げた。
「別に構わないわ。貴方にとってこんなことを頼めるのは身内だけでしょうから」
 ルディはマルセイユを責める訳でもなく、淡々とマルセイユの頼みを承諾していた。
 ごめんなさい、レオ………
 ルディは心の中でレオンハルトに謝るしかできなかった。もはや彼女は彼に会うことすら許されぬこととなったのであった………



「……………」
 果てしない未来に思いを馳せる者たちがいれば、過去を振り返り、その記録をまとめようとする者もいた。
 エルザ・システィーは過去と向き合っていた。
 彼女は二ヵ月後に『アドミニスター』に関する情報をまとめた書籍を発行。全世界に『アドミニスター』の真相を暴き立てることとなるのであった。
 しかし今の彼女は寝る間を惜しんで執筆を続けるのみであった。



 ニューヨークの精神病院。
「で、彼女が『アドミニスター』の本拠地で発見された唯一の生存者だって?」
 カシーム・アシャが医師に尋ねた。
「ええ。血の海の中で独り、呆然と座り込んでいたんですよ」
「………それも人の手では到底行えないような惨殺現場の中に、か。で、彼女の名前は?」
「本名はわかりませんが、『アドミニスター』ではアークィラと呼ばれていたそうです」
 アシャは顎に手を添えて考えるポーズ。
「確かヘッツァーとかいう『一三階段』一一段目の副官だとか社長は言ってたな………」
「とにかく何とか彼女の精神を回復させて、『一三階段』のことが聞きだせるようにします」
「ああ、頼む」
 アシャと医師の会話を外に、アークィラは何事かをブツブツと呟き続けるのみであった。その呟きの内容は本人にもわかっていなかった。



 地平線の彼方から陽が昇り始める。
 陽の光は闇を払い、朝の到来を告げる。
 小高い丘に建てられた墓地にも陽の光は平等に降り注いでいた。
「クリューガー………見えてる?」
 元『ソード・オブ・マルス』隊長のエルウィン・クリューガーの墓碑に呼びかけるのは、クリューガーの恋人であったサーラ・シーブルーであった。
「これが………これが貴方が待ち望んでいた夜明けの光よ………見えないというのなら、私の目を通して見て頂戴………ああ、本当に美しい光だわ」
 一陣の風がサーラを撫でる。
 その風は優しくサーラの髪を撫でた。サーラにはそれがクリューガーの意思であるように思えた。
 戦争の無い世界の風はどこまでも優しかった。



大火葬戦史第二期

軍神の御剣






















































But It’s Only Begining.
To Be Continued The Great Parallel Mythology


第三八章「INORI 〜To war dead〜」


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